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<title>お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳</title>
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<description>日々心臓の難病と闘う脚本家・田中浩司の心臓(ハートのジェイ)がハレやケや耳の痛いお話を井戸の底から拾い集めてお届けします。</description>
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<title>一人ギルド</title>
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<![CDATA[ 「ジェイとわたし」あるいは「ジェイとの対話」vol.2<br><br>1<br><br>わたし「その後、調子は？」<br>ジェイ「まあね。だいぶ寒くなってきたし、気をつけないとヤバイね」<br>わたし「こっちは毎日暑くて仕方ない」<br>ジェイ「こんなに冷えるのに？」<br>わたし「いまだに部屋の中じゃ、真夜中でも半袖のＴシャツ1枚に裸足だし、明け方でも布団をはいじゃうし。完璧な更年期だね」<br>ジェイ「おいおい頼むよ、毛布くらい着てくれ。こっちはまだ死にたくないんでね」<br>わたし「そういう台詞聞いたことあるな。じゃ、なにかい、今回はバディものっつー設定なわけだ」<br>ジェイ「台詞でもなんでもいいけど、すぐに同情したり意気投合したらつまんないから」<br><br>2<br><br>ジェイ「ところで、一人ギルドはいつ終わるの？」<br>わたし「一人ギルド？　ああ、ストライキのことね」<br>ジェイ「フリーランスがストライキしたって意味ないだろう」<br>わたし「実は、ずっとフリーランスの権利や人権について考えてたんだよ」<br>ジェイ「アメリカのライターズギルドじゃあるまいし。一人ギルドじゃ、切られておしまいだよ。ゴミと同じ。尊厳もへったくれもない」<br>わたし「フリーランスには何も権利がないっていうのは不公平すぎないか」<br>ジェイ「まあ、わかるけど。基本的人権なら憲法第11条で平等に認められてるよ」<br>わたし「[基本的人権の普遍性、永遠不可侵性、固有性]ってやつだろ。11番目に書かれるなんて人権侵害もいいところじゃないか。フランスなんかトップだぞ。だいたい憲法が天皇から始まるなんて異常な国だよ。天皇より先に人権を書けよ。こんな憲法は世界中見たって日本だけだよ。しかも先進国の憲法の中で一番薄っぺらなんだよ。中華人民共和国憲法でさえ日本国憲法よりいかにも人民のためにいいことがたくさん書いてある。但書きが多いのと現実は違う点を除けばだけどな」<br>ジェイ「それで一人ギルドのストライキか」<br>わたし「今年の春以前からオファーされてあてにしてた仕事を一方的にキャンセルされてその穴埋めもなし。それでその仕事自体が流れたのならまだ話はわかるが、実際は仕事そのものは生きていて、それどころか、わたしにキャンセルを知らせるより先に別な人間に仕事を振る確信犯的ダブルブッキングなんだよ。それもまったく知らないやつならともかく、知り合いの同業者だぞ。これで納得いく？」<br>ジェイ「ちょっとプラカードを書きたくなった」<br>わたし「ドヤ街の日雇いだって、その日の仕事にありつけなかったら、あぶれ手当てをもらえる。どうしてフリーランスの人間はいつも、1か0か、つまりオール･オア･ナッシングなんだ？ そこを主張出来ないバラバラに存在する業界利権団体もおかしいだろう」<br>ジェイ「フリーランスにもあぶれ手当を！ まあ、これが日本の社会の現実だよね。暗黙の了解事項に抵触したらアウト。ヤクザ社会と同じだな」<br>わたし「自民党が作った悪しき社会と言って欲しいね。飼い馴らされたしがないサラリーマンや公務員たちは、そういうことが1ミリも想像出来ないんだよ。無傷のまま勤め上げて退職金を手にしたい。そのためなら会社の言いなりにだってなる。そして晴れて年金生活」<br>ジェイ「残念ながら、君は年金生活すら望むべくもないしね」<br>わたし「あんな破綻した制度は要らないね」<br>ジェイ「一人ギルドは続きそうだな」<br>わたし「ぼちぼちストライキは解除の方向だけどな」<br><br>3<br><br>ジェイ「2050年には人口93億人だってね。君は90歳だよ。生きてたら」<br>わたし「他人ごとだなあ。君も今の病気のままゼェゼェ拍動を続けることになるんだぞ」<br>ジェイ「それは困った問題だ。仕事や食糧や住居はどうするんだ？」<br>わたし「アイザック･アシモフの短編『バイセンテニアル・マン』が原作の映画を憶えてるだろう」<br>ジェイ「ああ、ロビン･ウィリアムス主演の…『アンドリュー…」<br>わたし「『アンドリューＮＤＲ114』」<br>ジェイ「そうそう。テーマ曲をセリーヌ･ディオンが歌ってたね。『Then you look at me』あのバラード大好きなんだ」<br>わたし「ただのロボットだったアンドリューが自分の意志で少しずつ人間らしさを手に入れ、夢だった人間の女性と結婚までして幸せをつかんだ。でも、結局、彼が最後に欲しがったものはなんだ？ 老いであり寿命なんだよ。『死』が彼の最大の望みだった」<br>ジェイ「そうだった」<br>わたし「そして、200歳で幸せそうに死んでいった。病院の二つ並んだベッドで、人間ゆえにふつうに年老いた最愛の奥さんと笑顔で手をつないでね」<br>ジェイ「あの場面はよかったな」<br>わたし「90歳でiPhoneやパソコンを使ってツイッターだのフェイスブックだのプログだのブツブツ書き込んでる姿を想像してみろ。友だちなんかみんなとっくに死んでるんだぞ」<br>ジェイ「なんだか早く死にたくなったよ」<br>わたし「それは困る。一人で勝手に死ぬなよ」<br>ジェイ「じゃ、今晩から毛布を」<br>わたし「だから暑いんだよ」<br>ジェイ「かみ合わないな」<br>わたし「うまくかみ合ったら、すぐ死にそうな気がするからいいんだよ」<br>ジェイ「そうだね。あ、かみ合っちゃった」<br><br>4<br><br>ジェイ「そういえば、昨日はサーティワンの日で、今日はポッキーの日で犬の日で世界一有名な猫の誕生日でいろいろあるね」<br>わたし「世界一有名な猫？」<br>ジェイ「キティ&amp;ミミィ。違った？ 君は35年もキティラーやってるんだろう？」<br>わたし「そういえばそうだったね」<br>ジェイ「ふと思い出したから」<br>わたし「さて、読書の秋だし、おすすめの本を一冊紹介して終わるというのはどうかな」<br>ジェイ「いいね！ 君のリコメンデッドな一冊は何？」<br>わたし「そりゃ、もちろん『[新版]世界憲法集』高橋和之編(岩波文庫)だね。アメリカ、カナダ、ドイツ、フランス、韓国、スイス、ロシア、中国、そして日本の憲法が読める。基本図書だよ」<br>ジェイ「必読書だね。君はデスクの横に置いて、ずっと前からちょこちょこ読んでるね」<br>わたし「気分転換にね。適当に開いたページの条文を読む。面白いんだよ」<br>ジェイ「読書は一冊を最後まで必ず読み通さなくちゃいけないと思ってる人が多い」<br>わたし「本によっていろんな読み方のスタイルを持つべきだね。じゃないと世界なんて広がらない」<br>ジェイ「御意」<br>わたし「保証のないフリーランスなら、世界の憲法を読みくらべて、せめて自分の国の権利くらいしっかり勉強しておかなくっちゃな」<br>ジェイ「御意」<br>わたし「ん？ バディものの設定なのに、さっきから意気投合してばかりでいいのか？」<br>ジェイ「まあ、今回はね。聞いてやった」<br>わたし「やっただと？」<br>ジェイ「気にすんな」<br>わたし「あれ？」<br>ジェイ「何？」<br>わたし「バレッタどこ置いたっけ？」<br>ジェイ「知らないよ」<br>わたし「さっきシャワーに入るとき洗面所で外して…」<br>ジェイ「どうでもいいよ」<br>わたし「よくない。思い出せ。髪の毛がまとまらないじゃないか」<br>ジェイ「少し黙ってくれないかな。考えがまとまらないじゃないか」<br><br>(続く)<br><br><br>【特別付録】<br><br>わたし「最近のyoutubeは頭に広告じゃなくてＣＭ動画が入るのが増えて来たね」<br>ジェイ「さっき話してた映画の主題歌だけど、このセリーヌ･ディオンのPVもそうなんだよね」<br>わたし「動画をご覧になる方は頭のＣＭをスキップしてから見て下さい」<br>ジェイ「たまにスキップできないものもあるけど。英語の歌詞つきだから、何を歌ってるかよくわかるね」<br><br><iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/F1lcpMUdZ10" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br>
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<pubDate>Tue, 01 Nov 2011 20:26:28 +0900</pubDate>
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<title>紙魚の記憶を辿る</title>
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<![CDATA[ ハートのジェイです。<br><br>すっかりご無沙汰してしまいました。<br><br>別に死んでいたわけではありません。<br>「まあちよつと黄色な時間だけの假死ですな（宮沢賢治）」。<br><br>★<br><br>昨日のことです。<br><br>田中さんが旧い友人に会うことになったというので、私は楽しみにしておりました。<br>本人でさえ最後に会ったのがいつだったか記憶が定かではないようでした。<br><br>その友人、Ｍさんとお呼びしましょう。<br><br>Ｍさんは、グラフィックデザインをしているデザイナーです。<br>バンドでギターも弾く、スキン(革)好きでスキンヘッドのスリムマッチョという、ちょっと変わった本好きで、田中さんより年上の方です。<br><br>待ち合わせの時間に、指定された本屋のレジの前へ行くと、その独特の風貌の方が立っておりました。<br>すぐに、Ｍさんとわかりました。<br><br>田中さんの方から手を振ると、Ｍさんは田中さんの方に目をやり、眼鏡の奥で一瞬だけ記憶の中の姿と見くらべると、大丈夫(何が大丈夫なのかわかりませんが)と安心したように近づいてきました。<br><br>それはそうです。<br><br>田中さんは、私のおかげで、あの頃の田中さんとずい分、姿が変わってしまいましたから。<br>Ｍさんと出会うよりずっと前の田中さんに戻っただけとも言えますが。<br><br>本屋さんをエスカレーターで昇って行った途中の階に気持ちのいいテラスのある喫茶店があります。<br><br>田中さんとＭさんはテラスの席に腰を下ろしました。<br><br>そして、旧交をあたためる間ももどかしげに話し始めました。<br>十月とは思えないポカポカした気持ちのいい外の空気の中で、ときおり互いに黙っては、森の木々ように建ち並ぶビルの谷間の景色に目をやりながら、話は続きました。<br><br>Ｍさんは、おもむろに手提げ鞄から焦げ茶色の外国製のビニール袋を大切に取り出すと、これをどうぞ、と田中さんに手渡しました。<br><br>袋を開けて驚きました。<br><br>そこに入っていたのは、かのダンセイニ卿の本だったからです。<br>ただの本ではありません。もう二度と入手出来ないかもしれない本です。<br><br>Ｍさんがこよなく愛していた蔵書の一冊です。女と言っても過言ではありません。<br>かつて、よく朝まで飲みながら本談義をしていた頃、Ｍさんの部屋の壁面いっぱいの書棚の中にずらりとダンセイニが並んでいた光景は、今でもしっかりと田中さんの目の奥に焼きついています。<br><br>それをプレゼントしてくれるというのです。<br>根っからドキドキしてるのに、私はもうドキドキが止まりません。<br><br>「田中さんなら大事にしてくれそうだと思ったから」<br><br>本を愛する人なら、その貴重さがわかるはずです。<br><br>1912年にロンドンで出版されたロード･ダンセイニの初期幻想短編集の一冊「驚異の書」です。<br>（ダンセイニの短編集は河出文庫からいくつか出ています。「驚異の書」は「世界の涯の物語」に入ってるので、興味がある人は探してみるといいでしょう）<br>1912年といえば、明治45年であり大正元年にあたります。<br><br>さて、もう四の五の言いません。<br>まずは、その書影を堪能していただくしかありません。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/8d/47/j/o0800106711571804639.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/8d/47/j/t02200293_0800106711571804639.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/f5/1f/j/o0800106711571806533.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/f5/1f/j/t02200293_0800106711571806533.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br>扉です。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/1e/3e/j/o0800106711571805535.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/1e/3e/j/t02200293_0800106711571805535.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br>「ケンタウロスの花嫁」のトップページ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/4a/7f/j/o0800060011571807247.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/4a/7f/j/t02200165_0800060011571807247.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br>紙魚に喰われた背表紙。TとDとLの活字が好物のようです。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/93/32/j/o0800106711571808114.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111026/19/heartnoj/93/32/j/t02200293_0800106711571808114.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br>残念ながら、その芳しい匂いまでは届きませんが、まもなく100歳を迎えようとしている書物の匂いはどんなものか想像して下さい。<br><br>それぞれの物語に添えられた挿絵を眺めているだけでも飽きません。<br>ドーパミンの洪水に溺れながら、至福、眼福の極みです。<br><br>はじめてこの本を手にした所有者が、ペーパーナイフで一頁一頁、真新しいページを切りながら読み進んだ、その茶色く変色したふぞろいのギザギサの切り口がまたなんとも言えません。<br>昔の本は、化粧断ち(ページを切りそろえることです)しないアンカット製本のものが多かったのです。<br>だから読者は、好みのペーパーナイフで袋綴じを切り開くように読んだわけです。<br>こんな基本的なことは、アラマタさんたちがさんざん書きつくしてるので、興味のある人はアラマタさんを代表とする、もはや処置無しの書痴やビブリオマニア(愛書狂)たちが書いた本を読みましょう。<br><br>それにしても、いったい何人の手を経て、Ｍさんの手に渡ったことでしょう。<br>そして、Ｍさんから田中さんへと渡ってゆくという、書物とはまことに不思議な運命を背負ったものです。<br><br>Ｍさんには感謝してもしきれません。<br><br>田中さんは死ぬまで大事にしますとも。<br>私が一ポンドの左心室の肉と冠動脈を引き換えに誓いましょう。<br>私とともに田中さんがこの世から消え去り、また別な誰かの手に渡るそのときまで。<br><br>書物の命は永遠です。<br><br>★<br><br>ところで、我が家にある古い本を見てみました。<br><br>いちばん古いものは、1846年にパリで出版された挿絵本でした。<br>次に古いのは、1847年と1849年。やはりパリで出た挿絵本です。<br><br>それから、1918年にロンドンで出たダンセイニ卿の小さな戯曲集。<br><br>出版年が不明ながら、手彩色の図版が入っているところを見ると、やはり1800年代後期のものと思われるドイツの自然科学百科。<br><br>田中さんがいただいた1912年にロンドンで出たダンセイニ卿の本は、我が家で四番目に古い本として、本棚に収められることになりました。<br><br>以上は洋書ですが、日本で出たものでいちばん古いものはと眺めてみたところ…<br>1914年(大正2年)に出た曲亭馬琴の「近世説美少年録」がいちばん古いものになるようです。<br><br>くらべてみると、やはり当時の日本の印刷技術より、ヨーロッパの技術の方がはるかに優れていることがわかります。<br><br>★<br><br>さすがに、もう書物を栄養に生きている紙魚(しみ)はほとんど見かけなくなりました。<br><br>かれこれ20年ほど前、田中さんが古い部屋に引っ越したとき、三畳間の空っぽの押し入れから這い出してきた、立派に太ったやけに白っぽい一匹のプニプニした紙魚、それを見たのが最後です。<br><br>グーテンベルク以降、紙魚たちが書棚に並んだ書物の間を行き来しながら貪っていたのは、紛れもなく手間隙かけて作られた人々の夢や願い、知識や歴史、個人の記録や日記だったことは間違いありません。<br><br>今ならさしずめ、データを食い荒らすバグ(虫)かもしれませんが、なんとも味気ない時代になったものです。<br><br>★<br><br>Ｍさんと握手して別れ、帰宅する間、田中さんの頭の中に流れていたのは、サイモンとガーファンクルの「旧友」と「ブックエンドのテーマ」でした。<br><br>311の震災を境に、人々の考え方や生き方、人間関係ががらりと変わった、あるいはもともとあったもの(あえて見過ごしていたもの、目をつむっていたもの)がより明確な形になってしまったことを実感せざるを得ない、そんな昨今をお過ごしの方は少なくないはずです。<br><br>うわべだけの熱しやすく冷めやすいいい加減なものはいずれ淘汰され滅んでゆくだけです。<br><br>100年もの間、紙魚に夢や願いを喰われながら、それでもなお人の手から手へ渡り歩き、生き残って来た熟成された美味い酒のような一冊の書物、そのたしかな手応えこそが本物の証なのです。<br><br>私は、田中さんとＭさんの再会のひとときを温かく見守りながら、同時に、ただ懐かしいだけではない、人生の季節の変わり目が長い時間をかけて再び巡ってきたことを告げているような気がしました。<br><br>それをおしえてくれたのが、来年で100歳になるこの一冊の書物だったのです。<br><br>
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<pubDate>Wed, 26 Oct 2011 19:34:27 +0900</pubDate>
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<title>偉大な質問になるためのワークショップ</title>
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<![CDATA[ さる日曜日、二人の俳優(一人は演出家で演劇カンパニーの主宰者)と会食しながら、ワークショップをした。<br><br>自分自身が「作家」の立場から仕切るのは、30年ぶりのことだ。<br><br>名づけるとしたら、テーブルワークショップ、あるいは、ハンドワークショップ･オンテーブルということになる。<br><br>★<br><br>ところで、<br><br>ワークショップという言葉をはじめて知ったのは、はるか昔(小学生か中学生だったと思うが記憶は定かではない)よく教育テレビで見ていた「セサミストリート」だ。<br><br>エンディングロールとテーマ曲が流れ、最後に英語で「セサミストリート(……)テレヴィジョン･ワークショップ」とクレジットが読み上げられる。<br><br>その「ワークショップ」の発音が妙にカッコよかった。<br><br>ワークショップ？<br>でも、ワークショップって何？<br><br>それがが最初だった。<br><br>次にワークショップという言葉が僕の前にあらわれたのは、寺山修司主宰の演劇実験室「天井桟敷」の公演だった。<br><br>1978年1月、晴海の国際貿易センターで上演された寺山修司･作演出「奴婢訓」公開ワークショップ、というものだ。<br><br>もうそのネーミングだけで脳味噌が知的好奇心でぱんぱんになる。<br>ドーパミンが無限に噴出してくる。<br><br>規模も機構もまったく異なるオランダのミクリシアターで上演する本公演の前に、国内で「試演」したのだった。<br><br>見に行って衝撃を受けた。<br>ドーパミンが際限なく脳内に溢れて、幸福に酔いしれていた。<br><br>17才、高校2年のときだ。<br>そして、その年に、はじめて寺山修司に会い言葉を交わした。<br><br>2年後の1980年には既に天井桟敷のスタッフとなり、自らワークショップを実践したり、カリキュラムを考えたりしていたのだった。<br><br>天井桟敷でいちばん印象に残っているワークショップは、1982年10月、最後の海外公演となったパリのシャイヨー宮、国立劇場での「奴婢訓」だった。<br><br>そのワークショップは、アリアーヌ･ムヌーシュキン主宰の「太陽劇団(テアトル･ドゥ･ソレイユ)」の俳優たちと、開演前のセットが組まれた舞台で行った。<br>お互いの日常の身体訓練やいろいろな演劇的要素を含んだ言葉や発声のゲームなどのトレーニング方法を交換し合い、双方の俳優たちが実践した。<br>そして、互いに白塗りの仕方(太陽劇団も天井桟敷同様白塗りメイク)やメイク用品(日本の白粉等)などの情報を交換し合ったのだった。<br><br>太陽劇団はシェイクスピア作品を上演することが多い。<br>そのときも、たまたまパリ郊外のヴァンセンヌの森の中にある太陽劇団のアトリエ、カルトゥシュリー(弾薬庫)で「リチャード2世」と「十二夜」の連続上演中だった。<br><br>俳優たちのワークショップが終わると、寺山修司が太陽劇団の俳優たちに質問した。<br><br>「でも、なぜ、今、シェイクスピアなんですか？」<br><br>若い俳優たちは、フランス人らしい彼らなりの理屈で答えていた。<br>22才の僕は、もうその光景にただ感極まっていた。<br><br>三度目に、ワークショップという言葉に出会ったのは、天井桟敷が解散した後、今はなき恵比寿ファクトリーというワンフラットな巨大空間で行われたピーター･ブルックのワークショップだった。<br><br>★<br><br>いずれにせよ、1970年代から解散する83年までを通じて、国内でワーシクョップという言葉を使い実践していたのは天井桟敷しかなかった。<br><br>ところが、今はどうだろう。<br>自治体も学校も幼稚園も行政も企業も習い事教室も劇団も、なんでもかんでも、すぐにワークショップという。<br>それこそ、猫も杓子も野田秀樹もワークショップだ。<br><br>日本ほどワークショップという言葉が曖昧に都合よく使われている国はそうないのではないか。<br><br>本来、ワークショップというのは、講師や先生がいてその人から何かを教わるものではなく(それは授業、セミナー、講習会、レッスン、教室といった別なものだ)そこに集った人たちがある一つのことについて頭を使い共に「思考」し、その「知」を共有することではなかっただろうか？<br><br>と、僕は、天井桟敷以降、社会に蔓延するもう一つの「ワークショップ」の光景を不思議に見つめていたのだった。<br><br>★<br><br>ワークとはまず「手」を使うことだ。<br>手を使うということは「脳」を使うことだ。<br><br>そこで、今回は最も基本的な「言葉を書く」というワークショップをすることにした。<br><br>「話し合う」のではなく「書き合う」のだ。<br><br>以下は実践したその方法だ。<br><br>〈1〉まず参加者がそれぞれペンの色を決める。<br><br>〈2〉白い紙(ケント紙でも画用紙でも模造紙でも)に、定められたテーマについて、ある様式に従い自分の言葉を書いていく。<br><br>（この日は、寺山修司の世界について語るというのが僕の役目だったが、ただ飲んで食べて話すだけではただの飲み会で知的興奮も刺激もないし面白くない。そこで「寺山修司」と「シェイクスピア」の世界をどう理解しているか、それぞれの言葉で「書いて」みることにしたのだ）<br><br>基本的には、ある世界(たとえば作家や作品やテーマ)を自分なりの四つのキーワードで構成し、そのキーワードから思考を広げてゆくというワークだ。<br><br>〈3〉書き終わったら、紙を順繰りに交換し合う。交換したら、人の書いたものに自分の言葉を同様のルールで書き込んでゆく。とくに書くことがなければ書かなくてもよい。<br><br>〈4〉一巡したところで、それぞれ自分が書いたものを見る。ちがう色のペンで書かれた言葉は他者が書き込んだ言葉だ。色が決まっているから誰が書いたかは一目瞭然。<br><br>〈5〉そこで「書き合った」ことについて、こんどは「話し合って」いく。<br><br>話し合った言葉は書き留めない限り、流されて(大部分は忘れ去られ)残らないが、書き合った言葉はいつまでも残っているので、忘れようがない。<br><br>これは、僕が書いたものを思い出しながら再現したものだ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111025/13/heartnoj/94/59/j/o0610049511569169891.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111025/13/heartnoj/94/59/j/t02200179_0610049511569169891.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111025/13/heartnoj/ef/e7/j/o0611049511569170508.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111025/13/heartnoj/ef/e7/j/t02200178_0611049511569170508.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br>実際にはここに、僕以外の二人の言葉が書かれていて、赤や青が混じってごちゃごちゃになっている。<br><br>たとえば、学校のクラスで話し合いをもつ代わりに、机と椅子を片づけて、床に大きな白い紙を何枚か敷きつめて、そこに人数分の色のペンでそれぞれが話し合うべきテーマについて言葉を書いてゆき、つなげてゆけば、壮大な言葉と知の曼陀羅が出来上がるだろう。<br><br>そこから得られる「質問」ほど偉大なものはないはずだ。<br><br>国会の声を張り上げるだけの空疎な議論よりも、はるかに高次元な集合知を目指すことが出来る。<br><br>★<br><br>「書き合う」ことで、いろんなことに気づく。<br><br>たとえば、同じものを創っている、同じ方向を向いているつもりでも、実際は、そのテーマや作家について、一人一人がまったく違う考えや認識を持っていたりすることが、書かれた言葉の違いでわかる。<br><br>たとえば、いきなり「話し合う」場合は、声のデカい人間、立場の強い人間、ただの目立ちたがりの言葉だけがクローズアップされ、そこに収束していきがちだが、「書き合う」場合はその属性が取り払われ平等になる。<br>発言の多い声のデカい人間、立場が強い人間、態度がデカい人間が必ずしもきちんと漢字を書けるわけではない。<br>文字は記号であり、一種のユニバーサルデザインでもあるから、そのデザインの個性が人に与える印象は、実は声よりも強く残る。<br><br>その場で書かれた(書き合った)言葉は、たちまち客観化される。<br>発言と違い、そこにはいっさいの感情の起伏がない。<br><br>もはや、人は、たまに自分が後で読むために文字を書くことはあっても、他者に読まれることを前提として文字を書くことがない。<br>これでは伝達能力が退化してコミュニケーション力が落ちてもおかしくない。<br><br>ワーク＝手業＝脳細胞の刺激<br><br>多くの人間が加担し一つの目的に向かうとき、つい人は体デッカチに、理屈デッカチに、感情デッカチに、意味デッカチに、気持ちデッカチに、空疎な言葉のための言葉デッカチ(頑張る、前向きに、逃げない、うつむかない、後を向かない、負けない、あきらめない…等)になりがちで、そこにどうしても欠けてしまうものが出てくる。<br><br>それが「知」ではないだろうか。<br><br>もしも、今の自分がそういったところに陥っていると感じたら、ぜひ、このテーブルワークショップを思い出して欲しい。<br><br>自身の「知」を復興する、あるいは脳細胞に刺激を与え、思考する力と言葉の力を高めるきっかけになるはずだ。<br><br>★<br><br>情報格差をなくし、垣根のない質の高い集合知を得るためにはどうしたらいいか。<br><br>インターネットだけが特権的にそうした最新の集合知のよりどころだというのは幻想にすきない。<br><br>少なくともキーを叩くのは手業ではない。<br>それはただの作業にすぎない。<br><br>ネット上に氾濫するキーを叩いただけの誤字脱字･変換ミス(漢字を書けないのが原因)だらけの一見活発だが注意深さのない無責任な「書き合い」は、何も語ってはいないのだということを、きちんと見分けられるだけの、それこそ「知」が必要になってくる。<br><br>★<br><br>なによりも大事なのは、いつも「なぜ？」と問うことだ。<br><br>なぜ？<br><br>寺山修司は言う。<br><br>「偉大な思想などにはならなくともいいから、偉大な質問になりたい」<br><br>こんな子どもみたいなことを大まじめに言う大人は、後にも先にも寺山修司しかいないだろう。<br><br>そして、<br><br>寺山修司は偉大な質問になった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-11058571485.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 13:30:38 +0900</pubDate>
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<title>1955年生まれの「はせがわくん」たちは今</title>
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<![CDATA[ 先日、ある方と会った。<br><br>その方は、今の放射能汚染にナーバスな人々と、この状況をちょっと異常すぎると言った。<br><br>残念ながら、根拠のない恐怖心だけで正確な情報や知識を得ようとはせず、そのことに無自覚なクレーマーたちがいることは事実だ。<br>なぜなら、そういう人たちがクレームをつけるのは、なにも放射性物質に限ったことではないからだ。<br><br>風評被害の元となりかねない無自覚なクレーマーたちの行き過ぎた言動には疑問を感じるが、正直、この現状を指してその方が言った「異常すぎる」という言葉には同意しかねた。<br><br>故郷を離れることを余儀なくされた福島の人たちも、そうではない東京の人たちも「異常すぎる」のだろうか。<br><br>かつてチェルノブイリの立入禁止区域やその外で生まれた赤ちゃんや家畜や植物の正視に堪えない写真を見ても、そんな発言が出来るだろうか。<br><br>★<br><br>そのことだけが原因ではないが、その何気ない会話で出た言葉が、いつまでも心の中に澱のように残っていて、仕事をする気になれず、先週からもやもやしていた。<br><br>昨日…<br><br>今年、ＮＨＫで見た枯葉剤の被害者についての特集の映像のいくつかがフラッシュバックして頭の中に蘇った。<br><br>すると、なぜか、ふいに、ひさしく忘れていた早乙女勝元と長谷川集平の二人の名前が浮かんだのだった。<br><br>そして今日…<br><br>いつものように、朝日新聞の夕刊を開くと、偶然にも「人生の贈りもの」の新シリーズが早乙女勝元その人だったので驚いた。<br><br>早乙女勝元と聞いて「ベトナムのダーちゃん」(1974／童心社刊)を思い出す人は多いだろう。<br>東京大空襲やベトナム戦争など一貫して反戦や平和を訴えてきた児童文学作家だ。<br><br>長谷川集平は、第３回創作えほん新人賞を受賞した「はせがわくんきらいや」(1976／すばる書房刊)で衝撃的にデビューした。<br>森永ヒ素ミルク事件で障害を背負った子供をテーマに、墨一色の手書き文字と絵で大胆に構成されたこの絵本のことを知らない人はいないだろう。<br><br>★<br><br>今や放射能汚染は深刻なレベルだ。<br><br>放射能に限らず、さまざまな有害物質が世界のあちこちを汚染し、その影響は今も続いている。<br><br>米軍がベトナム戦争で使用した枯葉剤も森永砒素ミルクもそうだ。<br>犠牲になるのは、いつだって生まれて来た新しい命とちいさな子どもたちだ。<br>枯葉剤はベトナム人だけでなく、撒いた側のアメリカ人自身とその家族と子どもにも影響を及ぼし深い傷を遺した。<br><br>早乙女勝元は「朝日」夕刊の「人生のおくりもの」でインタビューに答えている。<br><br>「反戦・平和を必死に主張してきた僕が、原発の安全性についてはあまり気にしなかった。私たちの日常を支えてきた平和が、かくももろいものだ、ということを思い知らされました。『なぜ、大人たちは戦争をしたの？　なぜ、戦争を止められなかったの？』という子どもたちの質問に、戦後の大人は誰も明確に答えていません。何年かして、『なぜ、大人は原発を始めたの？　なぜ事故を止められなかったの？』と子どもに問われたときに、大人はちゃんと答えられるでしょうか」<br><br>★<br><br>午後、脚立に上がって、ほとんど書庫となっている納戸を探索していた。<br><br>早乙女勝元の「ベトナムのダーちゃん」はすぐに見つからなかったが、「はせがわくんきらいや」は出てきた。<br><br>脚立の上に立ったまま、三十年ぶりに読み返していたら、涙が止まらなくなった。<br><br>それは、半世紀以上たっても、何も現実が変わっていないことに対する怒りと悔しさだった。<br><br>大人は相変わらず、身勝手な会社や自分の都合だけで、虚飾まみれのキレイごとを並べたて、人を傷つけながら、自己保身のみに邁進している。<br><br>「はせがわくんきらいや」は、そんなだめな大人たちに、今でも鋭い匕首を突きつけていたのだった。<br><br>そこには、いっさいのうそがない。<br>見たまま、感じたままをその通りに、些かの形容も交えずに「ほんと」だけが淡々と語られている。<br>心に浮かんだ疑問について自分の言葉で考え、たとえわからなくても「ほんと」のことを知るという、人間が片時も忘れてはならない最も大切で基本的な態度がある。<br><br>★<br><br>以下に、その全文を引く。<br>（文の改行は絵本のレイアウト通りに採録しておく）<br><br>★<br><br>『はせがわくんきらいや』<br><br>さく・長谷川集平<br><br><br>この前なんか、ひどかったんや。<br>ぼくら日曜日に広峰山に<br>登ろゆうとったら、長谷<br>川くんが、「ぼくも連れてって。」<br>ゆうんや。「あかんあかん、君<br>へたってまうで。」ゆうたら、泣き<br>だしよんねん。よっちゃんが、「か<br>わいそうや。つれてったろや。」ゆう<br>て、まあしょうが<br>ないから、連れてったることに<br>したんや。<br><br>日曜日の朝から山へ登った。<br>十分も歩かへんうちに、長谷川<br>くん、まっ青な顔して汗びっしょ<br>りなんや。<br>「しんどいんか。」ゆうて聞い<br>たら、へなへなへたってし<br>もた。<br>おかげでぼくら、こうた<br>いで、長谷川くんおんぶ<br>して登ったんやけど、途<br>中で雨がふってきて、<br>めちゃくちゃ<br>やった。<br><br>ぼくは、はせがわくんが、きら<br>いです。はせがわくんと、いた<br>ら、おもしろくないです。なに<br>してもへたやし、かっこわるいです。<br>はなたらすし、はあ、がたがた<br>やし、てえとあしひよろひよろや<br>し、めえどこむいとんかわからへん。<br><br>幼稚園のとき<br>長谷川くんは来<br>たんや。乳母車<br>に乗せてもろて<br>来たから、みんな<br>「赤ちゃんみたいや。」<br>ゆうて<br>笑ろてもたで。<br><br>先生が「長谷川くん、からだ弱いから<br>大事にしてあげてね」ゆうた。<br>ぼくは、とんぼをとって、あげた。<br><br>長谷川くん<br>「とんぼ、いらん」<br>ゆうた。<br>「なんでや。」<br>「虫は、きらいや。」<br>「女みたいやなあ<br>おまえ。」<br><br>そないゆうたら<br>長谷川くん泣い<br>てしもた。<br>頭にきて<br>「泣くな」ゆうて<br>なぐってやったんや。<br><br>小学校に<br>はいってから<br>長谷川くんは<br>ピアノを<br>習いはじ<br>めたんや。<br><br>長谷川くんピアノはへた<br>やけど、ピアノ弾いとう<br>時がいちばん楽しそうや。<br>女みたいやなあ、ほんまに。<br><br>「あの子、けんかしても泣か<br>されてばっかりやから<br>ピアノで勝つんやゆうて<br>習いよんよ。」<br>と、おばちゃんがゆうた。<br>おばちゃんのゆうこと<br>よう、わからへんわ。<br><br>「おばちゃんの<br>ゆうこと<br>よう<br>わからへんわ。<br>なあ<br>おばちゃん<br>なんで<br>長谷川くん<br>あんなに<br>めちゃくちゃ<br>なんや。」<br><br>ゆうたら、<br>おばちゃんは、<br>ため息を<br>ついた。<br><br>「あのね、<br>あの子は、赤ちゃんの時<br>ヒ素という毒のはいったミルク<br>飲んだの。<br>それから、体、こわしてしも<br>たのよ。」<br><br>「でも<br>あの子<br>元気な方なの。<br>もっとひどい人や<br>死んだ人も<br>ぎょうさん<br>おってんよ。」<br><br>「おばちゃんのゆうこと、ようわからへんわ。<br>なんで、そんなミルク飲ませたんや。<br>おばちゃんのゆうこと、わからへん。」<br>「そうやろね。<br>そやけど<br>あの子と仲ようして<br>やってね。」<br>ゆうて、おばちゃんはキャンデー<br>くれたった。そやから<br>山もいっしょに連れてったる気になったん<br>やで。<br><br>長谷川くんきらいや。<br>せっかくぼくら仲ようしたりようのに。<br>野球のときも、ゆるい球なげてもらい<br>よんやで。そやのに三振ばっかりや。<br>ぜんぜん勝てへんやんか。<br>頭にくるやんか。<br><br>長谷川くん<br>もっと早うに<br>走ってみいな。<br><br>長谷川くん<br>泣かんときいな。<br>長谷川くん<br>わろうてみいな。<br><br>長谷川くん<br>もっと太りいな。<br>長谷川くん、ごはん、ぎょうさん<br>食べようか。<br>長谷川くん、だいじょうぶか。<br>長谷川くん。<br><br>長谷川くんと<br>いっょしにおったら、<br>しんどうて<br>かなわんわ。<br><br>長谷川くんなんか<br>きらいや。<br>大だいだいだい<br>だあいきらい。<br><br>(1976年／すばる書房刊）<br><br>★<br><br>作者の長谷川集平がこの絵本を書いたのは、昭和50年、20才のときだ。<br><br>作者自身、森永ヒ素ミルクを3缶飲んでいることを告白した「あとがき」は、次のように締めくくられている。<br><br>「私は二十才をむかえて健康にありますが、生まれつきのほそいからだと、やはりこのモリナガ(原文傍点)ぬきに今の私は語れません。<br>私は、私の幼少のときのこと、貧しい母子家庭に育った旧友のＡ君のこと、病弱で、しかし、のんきでいいやつだったけど、友だちになってまもなく死んでしまったＴ君のこと、それからＲ君、Ｎ君…それから、学童保育クラブでバイトした時、知った子どもたちを思い出しながらこの本を書きました。<br>ぼくはちいさいころ（今より）よわみそやった。昭和五十年十月 集平」<br><br>★<br><br>長谷川集平も、冒頭に登場した方も、ともに1955年生まれだ。<br><br>1955年生まれの多くの名もなき「はせがわくん」たち、あるいは著名な「はせがわくん」たちは、今の日本をどんな思いで見つめているのだろうか。<br><br>★<br><br>1955年生まれの「はせがわくん」はもとより、ぜひこの「はせがわくんきらいや」を手に取り、今の日本が置かれたこの状況を、311のあの日からもう一度考えてみて欲しい。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111017/23/heartnoj/75/d2/j/o0800060011554208170.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111017/23/heartnoj/75/d2/j/t02200165_0800060011554208170.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111017/23/heartnoj/ae/55/j/o0800060011554209557.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111017/23/heartnoj/ae/55/j/t02200165_0800060011554209557.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-11051319149.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2011 23:44:24 +0900</pubDate>
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<title>「ジェイとわたし」あるいは「ジェイとの対話」</title>
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<![CDATA[ 「ジェイとわたし」あるいは「ジェイとの対話」<br><br>1<br><br>わたし「考えてみると、こうやって二人で話すの、はじめてだな」<br>ジェイ「たしかにそうですね」<br>わたし「ですね？　他人行儀だな。ふつうに話そうよ」<br>ジェイ「わざとだよ。でも急にどうしたの？こんなわかりやすいタイトルまでつけて」<br>わたし「わかった？」<br>ジェイ「わかるよ。アレだろ？」<br>わたし「アレとか言うと誤解する人がたくさんいるんじゃないかな」<br>ジェイ「わかる人にはわかるからいいじゃん」<br>わたし「本が好きな人ならね」<br>ジェイ「あ、引用する気だな」<br>わたし「いや、今日はそういう難解なアレじゃないし。そういえば、君、ずっとブログ書いてないね」<br>ジェイ「そういう君もね」<br>わたし「そこでだよ。これだったら、二人分を一度にアップ出来るかなと思ってね」<br>ジェイ「いいね！」<br><br>2<br><br>わたし「もう51年も君と付き合ってる」<br>ジェイ「正確には51年と167日」<br>わたし「細けーこたぁいいんだよ。憶えてるかな、戯曲に君のことを書いたの」<br>ジェイ「もしかして、あれがそうなのか？」<br>わたし「そうだよ、君のことだよ」<br>ジェイ「君が高校3年のときに書いて、24才のときに改訂版として書いたやつ、あのラストシーンの…心臓をなんたらかんたら…という台詞」<br>わたし「そうそう」<br>ジェイ「でも」<br>わたし「え？」<br>ジェイ「今、こんな風になってるとは思ってもみなかった」<br>わたし「自分が書いた戯曲の通りになった」<br>ジェイ「6年半か」<br>わたし「うん」<br>ジェイ「びっくりしたよ、あのときは」<br>わたし「ほんとに。死ぬかと思った」<br>ジェイ「俺的には、二度目の入院の心臓カテーテルかな」<br>わたし「急に、俺的とか言うなよ」<br>ジェイ「なんて言えばいい？」<br>わたし「いつもみたいに、わたし、でいいんじゃないの？」<br>ジェイ「いいね！」<br><br>3<br><br>ジェイ「ところで、更年期なんだって？」<br>わたし「聞かなくても知ってるだろう」<br>ジェイ「まあね。やっぱり、朝とかだめ？」<br>わたし「朝とかって？」<br>ジェイ「朝勃ちしない？」<br>わたし「言えないな」<br>ジェイ「知ってるけどさ」<br>わたし「じゃ、聞くなよ」<br>ジェイ「毎日、辛そうじゃないか」<br>わたし「辛いなんてもんじゃないね」<br>ジェイ「そんなに？」<br>わたし「更年期なんて微塵も感じないでのほほんと年食っただけのやつとか憎らしいね」<br>ジェイ「そこまで言うか」<br>わたし「更年期ったって、男性ホルモンとか、そういうアレじゃなくてね、そんなものはもう今さらどうでもいいんだよ」<br>ジェイ「じゃ、メンタルの方とか？」<br>わたし「それはかなりある。フィジカルなものも含めて全部だね」<br>ジェイ「わたしのことも？」<br>わたし「ないとは言えない」<br>ジェイ「そうだよね。薬もキツイしな」<br>わたし「最近よく飲み間違えるし。正直言うと、こんな自分に飽きてる」<br>ジェイ「こんなって？」<br>わたし「難病で更年期な自分にだよ」<br>ジェイ「気楽だな」<br>わたし「どうして？」<br>ジェイ「わたしは一秒も休んだことはない」<br>わたし「それが君の役目だから仕方ない」<br>ジェイ「役目？」<br>わたし「機能と言ってもいいよ」<br>ジェイ「飽きるのは勝手だけど、わたしは飽きたからって拍動を止められないのは知ってるだろう。そりゃ、毎日、何回か乱れるときはあるけど」<br>わたし「わかってるよ」<br>ジェイ「……」<br>わたし「そういえば、51年と167日も付き合ってるのに、まだ一度も会ったことはないね」<br>ジェイ「たしかに」<br>わたし「心臓カテーテルのとき造影剤を注入してモニターに映し出された君のシルエットを見ただけだな。君は巨大化して左心室から血を送り出せずに弱っていた。見るからに苦しそうだった」<br>ジェイ「今はかなりスリムになったよ。そういう君もそうだけど」<br>わたし「よかったのはそれくらいだな」<br><br>4<br><br>ジェイ「君は、昔からちょっと人を信用しすぎるんじゃないの？」<br>わたし「そうかな」<br>ジェイ「人は自分のことしか考えてないよ。人のことなんて微塵も考えてなんかいないよ」<br>わたし「それって、こないだのこと？」<br>ジェイ「こないだかどう知らないけど、とにかく、人を信じていつも手のひら返しにあってるだろう？」<br>わたし「それはある」<br>ジェイ「君はいつもニコニコしていて穏やかでお人好しに見えるから、何をしても何を言っても絶対に怒らないと思われてるフシがある」<br>わたし「なめられてるってことかな」<br>ジェイ「そうだね。適当に酒でも飲ませておだてときゃ、それですむくらいにしか思われてない」<br>わたし「いくらなんでも、そりゃひどすぎるだろう」<br>ジェイ「だから、人はひどいことしてるなんて微塵も思ってない。自己保身や自己防衛のためならなんだってする。それが社会ってもんだよ」<br>わたし「たしかに。一度ならず二度までもだ！　この次は、ぶん殴ってやる！」<br>ジェイ「やれやれ！ ぜひ見たいもんだ。わたしをドキドキさせてくれ」<br>わたし「お断りだね。殴る前にＡＥＤのお世話になりたくないからな」<br>ジェイ「まあ、君にはやれないから安心してるけど」<br>わたし「こっちは聞く前から全部知ってんだよ。はじめて聞くようなふりをしてた。面倒だから何も言わなかったけど」<br>ジェイ「ハ？　何の話？」<br>わたし「いや、だから」<br>ジェイ「だから、それはもういい。とにかく人を信じるな。わかった？」<br>わたし「わかりたくない」<br>ジェイ「はじめて社会的に手のひら返しをされて、それを自覚したときのこと憶えてる？」<br>わたし「天井桟敷が解散した後のことだ。23才だった」<br>ジェイ「そうそう。天井桟敷の名刺があったときは誰でも向こうからほいほい会いに来てくれた」<br>わたし「うん。もう何度も会ってた『びあ』編集部のＴとかね。天井桟敷の名刺じゃなくなった途端、急に電話口でふんぞりかえって、編集部まで来てくれる？　だったもんね」<br>ジェイ「人間なんてそんなものだよ。それが君にまた降りかかってるってことさ」<br>わたし「そうなのかな」<br><br>5<br><br>ジェイ「だいたい、君はいつも転校生だったから、よそ者感覚とか警戒心がなさすぎるんだよ」<br>わたし「それは逆じゃないかな？」<br>ジェイ「違うよ。よそ者は警戒されるだろう。そのよそ者に近づいてくるやつはたいてい下心がある」<br>わたし「わかるけど、それは仲よくなりたいからだろう？」<br>ジェイ「転校生は友だちがいないから、いつまでも殻をつけて閉じこもって王様でいるわけにはいかない」<br>わたし「わかった、胡桃の殻だ」<br>ジェイ「いちいちうるさいな。早々に自分から殻を破ってしまう」<br>わたし「それっていいことじゃない？」<br>ジェイ「そこで、一気に心まで許してしまうからだめなんだよ」<br>わたし「でも、じゃないと友だちは出来ない」<br>ジェイ「友だちなんかいなくたっていいじゃないか。足下見られて手のひら返しにあうくらいなら。マイフレンズがどうのこうの書いたって、見ろ、このザマはどうだ。人を信じるからだよ」<br>わたし「……」<br><br>6<br><br>ジェイ「急に黙るなよ」<br>わたし「ちょっと疲れただけだよ」<br>ジェイ「まだまだ」<br>わたし「あのね、少し考えさせてくれないかな」<br>ジェイ「何を？」<br>わたし「君との関係…というかさ」<br>ジェイ「ハァ？　何を言い出すかと思えば」<br>わたし「こういうブログの書き方は疲れるんだよ。入れ子みたいな。長続きしない原因だよね」<br>ジェイ「バカ言ってんじゃないよ。冗談も休み休み言えっつうの。それじゃただのブログで日記だろうがよ。だいたい、てめぇが自分から始めたんだろうが」<br>わたし「あれ？なんか急に言葉づかいが荒くなってるんですが」<br>ジェイ「さて、第1回対談どうよ？」<br>わたし「対談って…しかも第1回って」<br>ジェイ「よし!!」<br>わたし「なんですか!?」<br>ジェイ「次回からはハートのジェイ之助ってことでいくからよ。よろしく！」<br>わたし「まったく人格変わってるし、心電図乱れてるし、『拍動が一定ではありません。波形に乱れがあるようです』って、完全に不整脈起こしてるし～～～！」<br>ジェイ「……」<br><br><br>（つづく）<br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-11049326565.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Oct 2011 01:21:20 +0900</pubDate>
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<title>頭にきたら時計の分解修理をしよう</title>
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<![CDATA[ 最近、なめられっぱなしで、ふりまわされっぱなしで、がっかりすることばかりだなと思う。<br><br>人のいい加減さや企業のいい加減さ、仕事に対するリスペクトや重みや緊張感のなさ、そんな次元の低い現実を目の前にして、かなり頭にきている。<br><br>正直、モチベーションは下がる一方だ。<br>そんな思いで、いい仕事が出来るわけがない。<br><br>それでも、いい仕事をしようと思う。<br>だが、前夜まであった気力は一気に失せるし、どんどんやる気がなくなるように仕向けられているとしか思えない時だってある。<br><br>大きな仕事の約束を反故にしたことを、あれやこれや言い訳しながら、飲んで笑って謝って、挙げ句の果てにはおだててすむ場合もあるかもしれないが、簡単にすまない場合だってある。<br>とくに、どこの組織にも属さないまったく一人のフリーランスの人間にとっては、そのたった一つの仕事がなくなることは大きな死活問題なのだ。どれほど影響が大きいと思ってるのだろうか。<br><br>まったく簡単な話だなと思う。<br>まったくそんな程度とはな、である。<br><br>そんなこんなで、一度、盛り上がりかけた気持ちと集中力を、またゼロから積み上げていかなくてはならない。<br><br>…と思いつつ、夜になって、時計の修理をしていたのだった。<br><br>もちろん、プライオリティーは間違ってる。<br>だが、今は仕事より修理なのだった。<br><br>★<br><br>たしかに、時計としては動いている。<br><br>だが、目覚まし機能が壊れたので、どうしても中を見たかった。<br>ほんの小さな目覚まし時計だが、突然、裏蓋を外してみたいという衝動にかられた。<br><br>もう20年以上使っている。パリやブリュッセルにも連れて行った。<br>6センチ四方の正方形をした厚さ7、8ミリの、SEIKOの電池式のトラベル用折り畳み式目覚まし時計だ。<br><br>5本持っている中でいちばん度がきつい虫眼鏡のような老眼鏡をかけて、5本のビスを眼鏡用精密プラスドライバーで外して開けてみた。<br><br>そのとたん、小さな歯車がバラバラっとこぼれ出た。<br>そして、数ミリの折れたプラスチックの部品が出て来た。<br><br>音が鳴らないのは電気系統の接触だろうぐらいに思いながら、ちょっと覗いてみる程度だったので、いきなり凹む。<br><br>さらに、拡大鏡で隅々を点検する。<br><br>やはり、原因はこの折れた部品のせいではないかと推測する。<br>ボタン電池を入れて、金属製の接触部分をいじると音が鳴るのだが、やはりスヌーズスイッチは機能していなかった。<br><br>とりあえず、いったんあきらめて、元通りに組み立て始めた。<br><br>目の前には7個の歯車と1個の部品。<br><br>銅製の歯車が1個、子供の頃プラモデルでよく使った白いプラスチック製のギアのような歯車が6個、歯車にかみ合わせるプラスチック製のカムが1個。<br><br>手始めに、歯車の大きさから判断して、ピタッと納まる位置に戻してみる。<br>そして、蓋を閉めてみるが、針が全く動かない。<br><br>たかだか10ミリにも満たない7個の歯車の組み合わせ方をいろいろ試してるうちに、これは並大抵のことではないことに気づいた。<br><br>文字盤から長針、短針、カバーやすべてをバラバラにして、組み立て直すことにした。<br><br>2枚重ねにしたり、間に別な歯車がかみ合うようにしたり…難解なパズルを解いているように、ああでもないこうでもないと格闘すること3時間近く…やっと、正しい組合せにたどり着いた。<br><br>そのとたん、長針と短針が、またきちんと正しい時刻を示すようになった。<br>これはほんとに不思議としか言いようがない。<br><br>目覚まし機能は、またあらためて点検することにして、とりあえず、裏蓋を閉じてビスを締めた。<br><br>こんなことをしてる場合ではないのだが、と思いつつ、思わず没頭していた。<br><br>10個にも満たない小さな歯車の組合せ方がわずかでも違うと、針は動かない。<br>その時計が、きちんと動くための組み合わせはたった一つしかないのだ。<br><br>★<br><br>いつからか、僕は腕時計をしなくなった。<br><br>10年以上前まで、もらいものの古い手巻き式のスイスメイドのアンティークを何度も修理しながら大事に使っていたが、ある日、ついに軸が折れて、時計屋さんも直せないというところまで来てしまった。<br><br>さすがにもうあきらめるしかなかった。<br>何度も修理を頼んだその時計屋さんも、一代限りで跡継ぎもなく、店を閉じてしまった。<br><br>それ以来、手に馴染む腕時計は見つからず、結局、腕時計はしなくなってしまった。<br><br>スイスメイドの機械式時計は、それこそ数百の歯車や部品から出来ている。<br>こんな10個程度のトラベル用目覚まし時計とはわけがちがう。<br><br>だが、数百の歯車と部品でも、10個程度の歯車と部品でも、その正しい組合せはただ一通りしかないのは同じだ。<br><br>熟練のアルチザンのたしかな腕がなければ、とてもスイスメイドの機械式時計の複雑なパズルは、一生かかっても解けないだろう。<br><br>★<br><br>たとえば、仕事とはそういうものだと思う。<br><br>創造的な仕事は答えは一つではないと思われがちだが、実はそうではない。<br>いつでも、答えは一つきりしかないのだ。誰もが一つしかないその答えを見出すために必死なのだ。<br><br>だから、そんなに簡単に仕事というものをなめてもらっては困るのだ。<br><br>創造的な仕事ならなおさらだ。<br><br>★<br><br>女将校「やり直します。出会いがうまくいかなかったようです。さあ、もう一度、月を数分前の雲にかくしましょう。中国の役人が、少しおくれてこの会場に着くところからです」<br>(再び音楽が流れ込む。人々、ゆっくりと顔の仮面を外して動きだす。同じ入り口に、再び中国の役人が同じように姿をあらわす)<br>鏡売り「信じられん。世界が修繕のきく時計だったなんて」<br><br>寺山修司「中国の不思議な役人」<br><br>★<br><br>私の胸にもたれ<br>肉の襞に耳をおあて<br>おきき、これが時計だ<br>針と歯車は いつも<br>恋と思いの時刻を<br>指す仕組になっている。<br>(ルミ･ド･グールモン作)<br><br>堀口大學詩集「幸福のパン種」<br><br>★<br><br>ある日、頭にきたときは、なんでもいいから時計を分解して組み立ててみよう。<br><br>スイスメイドの高級腕時計とは言わない。<br>ドン･キホーテや100円ショップで売ってる安物の目覚まし時計で十分。<br><br>時計の知識など要らない。<br>正解を見つけるために、あらゆる組合せを何度も試せばそれでいいのだ。<br><br>歯車の組合せは一通りしかない。<br>自分の力で復元しない限り、その時計は二度と時を刻むことはない。<br>（ハートに歯車はないが、生涯、一度も休むことなく一定のビートを刻むという意味では「時計」と言えるだろう。人によってはもう修理の効かないハートだってあるが、それでも生きている限り時を刻み続けている）<br><br>時計の分解修理は、人間と人間の関係の修復によく似ていると、今さらのように気づくはずだ。<br>その頃には、たった一通りの歯車の組合せを見つけて、元通りに時を刻みだし、ちゃんと前を向いている。<br><br>と、いいのだがね。<br><br>希望をこめて。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-11046408036.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 02:26:59 +0900</pubDate>
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<title>沈黙するコミュニケーションツール</title>
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<![CDATA[ ほんの２年前まで、iPhoneを持っている人は少数派でしかなかった。<br>とくに女子は圧倒的に携帯だった。<br><br>ところが、今や街の風景が一変するほど圧倒的に女子の方がiPhoneやスマートフォンを使っている。<br>メディアの力は恐ろしい。<br><br>一方で、そういったITにはまったく疎い、それどころか興味もない人たちもいる。<br>そんな人たちは、ガラパゴス携帯がなくならない限り、今後もそうに違いない。<br><br>僕がiPhoneでfacebookに登録したのは今から2年以上前のことだ。もちろん英語だった。<br>検索しても日本の友人はおろか知り合いも、まして著名人すらいなかった。<br>ところが、今はどうだろう。猫も杓子もIT弱者までもが数珠つなぎの友だち状態だ。<br>そして、その徹底した数値化や閉鎖性(承認制)は、企業アカウントにとってはまことに好都合なツールと言える。だが、一個人にはどうなのか疑問の余地は残る。<br>（だから、僕はいまだに不特定多数の決して閉じてないツイッターを支持している）<br><br>先の震災を挟んで、情報弱者や情報難民と呼ばれる人々が生まれ、情報セレブとの階層化が進行しているというのは紛れもない事実かもしれない。<br>それを当然のこととしてなお一層の階層化を望むジャーナリストがいるかと思えば、もう一度、情報を平等に戻すために政治やメディア(新聞)がその役割を担うべきだと主張する学者もいる。<br><br>★<br><br>ここで、はるか昔に遡ってみる。<br><br>固定電話や公衆電話、手紙や葉書、電報が主な通信手段だった時代がある。<br><br>たとえば、電話も電報も通じないほどのボロアパート暮らしの劇団の役者と連絡をとるには、いそうな時間を見はからって直接押しかける以外に方法がなかった時代でもある。<br>今の経済も文化も、ほとんどはその時代に作られたものたち(法律もシステムも価値観も)の残骸だ。<br><br>やがて、パソコンが誕生し、インターネットが実用的なレベルになり、携帯電話が普及し、メモリーが安くなり膨大なデータの保存が個人で出来るようになった。<br>そして、今やネットで莫大な量のデータがものすごいスピードでやりとりされ、どんな情報もいちいちパソコンに収めることなく、ネット上に保存し共有し管理出来るクラウドの時代まで来た。<br><br>コミュニケーションツールは大きな進化をとげ、さらに進化し続けている。<br><br>だが、<br><br>それらを操る人の心は進化しただろうか？<br><br>かつて、冷たい北風の吹き抜ける真冬の星空の下、都会の片隅の公衆電話の中で、10円玉を積み重ねカチャカチャと落ちてゆくコインの音に焦燥しながら、あるいは何度かけてもお話し中の音に苛立ちながら妄想ばかりが膨らんでゆく心の闇の中で、いったい人はこの世界の何とつながろうとしていたのか？<br><br>ほんの30年ほど前の話だ。<br><br>メールや携帯電話を当たり前のように使う今、その姿はもうなくなってしまったか？<br>たしかに、舞台や映画でもない限り、目にしなくなった「風景」であるかも知れない。<br><br>だが、今も何かとつながろうとしている人の心は1ミリも変わっていないだろう。<br><br>「つながる」とは「知る」ということだ。<br>関わるということだ。傷つけたり傷つけられたりするということだ。<br><br>そのためにコミュニケーションツールは発達してきたはずだった。<br>だが、実際は「便利」になったのではなく「不便」になってしまったのだ。<br><br>★<br><br>震災を境に、何かが弾けた。<br>あるいは、いろいろなものが弾けようとしている。<br><br>プレートにたまっていた巨大なエネルギーが一瞬にして弾け大地震と大津波を起こしたように、たかだか十数年のデジタルコミュニケーションツールの進化の間に、人の心におりのようにたまっていた何かが弾け飛んだ。<br><br>それは前に進む力なのか、ただの爆発なのか。それはまだわからない。<br>だが、このままではだめだという内なる力がそれを生んだのはたしかだ。<br><br>その内なる力こそが言葉だ。<br><br>言葉。<br><br>これこそが、人類が長い歴史の中で育んできた、いちばんたしかなコミュニケーションツールではないのか。<br><br>その言葉をきちんと使わずにコミュニケーションするというのは、美しくも奥ゆかしくもなんともない。<br><br>次々と進化してゆく最新のコミュニケーションツールを使いこなすことに何の疑問も感じずにいっぱいいっぱいになっている我々は、もう一度、デジタルの力ではなく、言葉の力を取り戻すべきなのだ。<br><br>★<br><br>かつて、<br><br>Speech is silver, Silence is golden.(トーマス・カーライル「衣装哲学」)<br><br>と言われた。<br><br>この時代には、そこにあえて「not」を挿入したいと思う。<br><br>Speech is not silver, Silence is not golden.<br><br>雄弁は銀ではない、沈黙は金ではない。<br><br>それはどちらもただの「遮断」でしかないと思うからだ。<br>一方で喋り続け、一方で黙り続ける。<br>それは対話でも会話でもコミュニケーションでもない。<br><br>断絶だ。<br><br>世間話やどうでもいいくだらない話なら盛り上がることもあるだろう。<br>それも必要なことではある。<br><br>だが、ほんとに必要なときに黙ってしまっては「つながる」ことは出来ないし、少なくともそれは、金＝美徳ではない。<br><br>「知る」ことが「つながる」ことの基本だ。<br>だから、まず言葉で伝えなければ、何も通じ合えないし、始まらない。<br><br>コミュニケーションはそのためにある。<br>最新のコミュニケーションツールはなくてもかまわない。<br>なぜなら、いつだって言葉が最新のツールだからだ。<br><br>一対一で面と向かい合ったときに、最低限必要なことを最もシンプルな言葉で直接伝えればそれですむ。<br>それを言葉にしたから崩れる関係など、もとより関係ではない。<br>何も恐れることはないではないか。きちんと口にすればいいのだ。<br><br>それがいちばん大事なことではないだろうか。<br><br>たったそれだけのことが出来ないことで、どれほど信用が歪んだり、果てしない憶測や誤解が生まれたり、押し込めていたストレスや欲求不満が増大し暴発するトリガーになったりすることだろう。<br><br>そのことによって生じる歪みは、その伝えるべき言葉を「黙って」しまった側から見れば、単に大人げない振る舞いにしか映らないかもしれない。<br>だが、その一方的に「断絶」してしまうという不均衡の本当の原因は「黙って」しまうということにあるのだということを決して忘れてはならない。<br><br>★<br><br>ウソも言わないがホントのことも言わないのでは、いったい何を信じたらいいのだろう。<br><br>情報弱者あるいは情報難民とは、実はそんな階層化された人々のことではなく、たったその一つの情報さえ得られないために漂う、今も昔も変わらぬ人々の姿なのではないだろうか。<br><br>長部日出雄は、<br><br>「かつて寺山修司が、人としゃべっていて黙ってる間というのは、相手の話を聞いてるわけじゃなくて、つぎに自分が口を出すきっかけを、一瞬でも早くつかまえようと待っているんだよね、と語っていたが、まさにその通りだと思う」(「精神の柔軟体操」津軽書房刊)<br><br>と書いている。<br><br>このエピソードはいかにも寺山修司らしいが、そこまで行かなくてもいいから、必要なことはきちんと口に出すべきだと僕は思う。<br><br>★<br><br>こんなに非社交的でひきこもりな人間が書いたところで、誰が「なるほど！」と思うものかと、僕を知る人は笑うかもしれない。<br><br>それでも、黙っているよりはいいんじゃないかな。<br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-11023364308.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Sep 2011 01:47:39 +0900</pubDate>
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<title>サクラガサイタ。</title>
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<![CDATA[ 3･11から3週間が過ぎた。<br><br>あいかわらず「不謹慎」や「自粛」という言葉が飛び交っている。<br><br>それを逆手にとり、知的なユーモアのつもりで「今日の不謹慎ディナー」と、あえて高級な外食をするたびにツイッターにつぶやく、まるでセンスのない著名ジャーナリストまでいる。<br>飲食店の経済活動のために外食をすべきという主張は間違ってはいないが、ふだんから外食をせずに、日々、安い生鮮品を買って料理して食べている(たとえば僕のような)人はそのふだん通りの生活をすればいいのに、どうやらお金が余分にある人は主張も少し違うようだ。<br><br>そもそも「不謹慎」や「自粛」という言葉を使うこと自体ナンセンスだということがわからないのだ。<br><br>★<br><br>ちょっと想像してみて欲しい。<br><br>40人全員が学級委員のクラス。<br>児童全員が児童会長の小学校。<br>生徒全員が生徒会長の中学や高校。<br><br>そんなクラスや学校は正常だろうか？<br>気持ち悪くないだろうか？<br>居心地悪くないだろうか？<br>石を投げれば必ず当たるほど、そこらじゅうに「俄か仕立て」の生徒会長や学級委員たちが声高に自分をアピールする世界は、どこか、ある遠くない時代に似ていて、怖くないだろうか？<br><br>僕は、異常だし気持ち悪いし居心地悪いし怖いと思う。<br><br>正義感というマッチョイズムから「AERA｣の連載を降りた劇作家で演出家で俳優で大学教授の人(ネタに困ると天皇制を持ち出す印象がある)がいるが、彼のその思慮に欠けた発言と行動が逆に巧妙に政治利用されていることには一向に無頓着だったりする。<br><br>今、主に首都圏に、無名の一市民から有名人にまではびこっている現象のことだ。<br>(この現象が、静岡西部･中京以西にまで広がっていることが僕にはよくわからない)<br><br>震災以来、その「マッチョイズム(マチスモ)」が妨げているものがたくさんあると僕は思う。<br><br>★<br><br>「今、自分に出来ること」と言いながら、実は自分に出来ないことをやったりろやろうとしたり、考えたりしている人がたくさんいる。<br><br>最大瞬間風速的に、無意識に自分の潜在能力を越えて、何かが出来るような期待があるかもしれない。<br>そして、それを達成出来た実感の瞬間があったかもしれない。<br><br>だが、そんな日常は、長く続くはずがない。<br>それを続けようとしても、堤防が決壊するように必ず破綻する。<br>一瞬、そんな自分に満足しても、その後、ある日ふと、それをしなくなった自分はだめなのではないかと反問するときがくる。<br>もう忘れたのか？ 忘れるのが早くないか？ 自分の好きなことだけやっていてよいのか？<br><br>だが、もちろん、そんなことは絶対にない。<br><br>それを続けることが出来るのは、そして続けるのは、その道の専門家だけで十分なのだ。<br>最大瞬間風速の力で成し遂げたあとに襲ってくる無力感、無気力感に苛まされる必要は全くない。<br><br>なぜ、そんなジレンマに陥るのか。<br><br>それは、<br><br>阪神大震災以降、大規模な災害や9･11やイラク戦争や昨今の中東アフリカ革命を通して、人は知らず知らずのうちに、世界に蔓延する「マッチョイズム」を学習し、自身の手で無意識に今の自分を教育して来たからだ。<br><br>誰から強制されたわけでも、学校や会社で教えられたわけでも、最近は芸能人やタレントやスポーツ選手まで出るようになった、もううんざりのAC(ちなみに交流電力の略も「AC」だが)の鬱陶しいCMの効果でもない。<br><br>つまり、それが精神的「マッチョイズム(マチスモ)」という名の自己欺瞞なのだ。<br>もちろん、ここで言っているマッチョイズムがその額面通りの意義ではなく、メタファーであることは言わずもがなだが、このネット社会では通じないことがあるので、念のために記しておく。<br><br>これはただのマッチョイズムではないか？<br>自分は行き過ぎてはいないか？<br>無理をしていないか？<br><br>いつも、そう自分の心に問いかけたい。<br>いつも、そう疑問を投げかけたい。<br>いつも、自分と対話し、本当の自分の声を聞きたい。<br><br>この闘いに期限はない(太平洋戦争･沖縄･米軍基地の問題が今も続いているように)。<br>長い長い闘いになる。<br><br>それは、言うまでもなく自分との闘いだ。<br><br>★<br><br>この震災を体験し、今を生きる子供たちは「未来」だと言おう。<br><br>とくに、3月と言わず、2011年生まれの新しい命たちは未来そのものだ。<br><br>彼らは、いつか知ることになるだろう。<br>そのとき、彼らはそれをどう理解し(あるいはどう振り返り)どう行動するのか。<br>そのためにも、僕は今をふつうに生き、彼らの時代のために、自分の守るべきものを守ろうと思う。<br><br>そのときのために、今、これを書いている。<br><br>だから、「ふつうに」と書いた。<br><br>政府や東電の無策によって、本来なら起こり得ない、あるいはスムーズに取り除けるはずの不可抗力な(たとえば無計画な計画停電のような自家撞着な)障害や要因、報道による必要以上の安全不安は別として、ふつうの自分でいれば、これまで通りにふつうに世の中が回っていく(はずなのだ)。<br><br>ふつうに花見をすればいいと思う。<br><br>少なくとも、毎年のようにニュースの特集で報道されるような、井の頭公園や上野公園で深夜まで泥酔して騒ぐ花見は「ふつう」ではないことは、日常だろうと非常時(非日常)だろうと関係はない。<br><br>ふつうに、満開の桜の樹の下で、飲みたければ酒を飲み、食べたければご馳走を食べ、話したければ知人や友と語らい、それぞれに楽しめばそれでいいのではないだろうか。<br><br>たとえば僕なら、いつ上野のパンダに会えるか、そのことを気にしている。<br><br>★<br><br>震災以来、メディアは日々その報道に集中しており、大事なニュースがほとんど埋もれて、人が省みることがない状況であることもよく知るべきだ。<br><br>昨年あるいはそれ以前の重大事件(よく思い出してみよう)の裁判や控訴審や判決はもちろん、日本相撲協会の八百長裁定やあれほどもめた東京都青少年健全育成条例改正問題で揺れた3月開催予定だった東京国際アニメフェアなどなど。<br><br>そんな中、3月の終わりに、またしても大阪で<a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110331-00000013-mai-soci" target="_blank">こんな酷い事件</a>が起こっていたことも。<br><br>大きなもののために、ほんとは大きなものであるのに全く見えなくなっているものが少なくないこともまた大きな問題だと記しておきたい。(同じことを、僕が私淑する高齢の哲学者も書いている)<br><br>★<br><br>三好達治は書く。<br><br>「人は仰いで鳥を見る時その背景の空を見落とさないであろうか」<br><br>★<br><br>また時が巡って来て、今、自分が最も必要とする情報を全身で集め、自分の判断で花を咲かせた。<br><br>サクラガサイタ。<br><br>4月。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-10849703515.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Apr 2011 00:32:30 +0900</pubDate>
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<title>リタフノチッボリタフ</title>
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<![CDATA[ 「はなればなれになっても」<br><br>いつも笑っていた<br>いつも遊んでいた<br>だけど今は はなればなれ<br>もう この歌は届かない<br><br>いつもやさしかった<br>いつも楽しかった<br>だけど今は はなればなれ<br>もう この声は届かない<br><br>たとえ はなれていても<br>心と心は遠くない<br>いつかきっと会えるはず<br>そのときを信じて<br><br>そうさ はなれていても<br>心が結んだ友だちさ<br>いつか きっと会えるはず<br>そのときを信じて<br><br>★<br><br>「想っていれば～フレンズ」<br><br>どこにいるの フレンズ<br>すぐに会いたい<br>この想い羽にして<br>飛んでゆきたい<br><br>どこにいても フレンズ<br>すぐに会えると<br>想い続けていれば<br>願いはかなう<br><br>どんなに雨が降っても<br>いつかは晴れるから<br>明日の笑顔見つけに<br>涙こえてゆこう<br><br>あきらめないで<br>すぐに会えると<br>想い続けていれば<br>願いはかなう<br><br>★<br><br>「二人ぼっちの二人」<br><br>怖くなったら<br>思い出しましょう<br>元気になるおまじない<br>リタフノチッボリタフ<br>リタフノチッボリタフ<br><br>今は二人ぼっちの二人<br>だけど 二人でいれば<br>悲しみも半分こ<br>苦しみも半分こ<br><br>怖くなったら<br>思い出しましょう<br>一人ぼっちじゃないことを<br>リタフノチッボリタフ<br>リタフノチッボリタフ<br><br>いつだって<br>あなたのそばにいるから<br><br>★<br><br>「想いの果てに」<br><br>忘れない いつも<br>この想いの果てに<br>大切な人がいると<br><br>信じ合うために<br>人は生まれてくる<br>大切な人として<br><br>たとえどんなに<br>遠くにいても<br>想いの果てに<br>あなた<br><br>いつかきっと<br>また出会う日のために今は<br>グッバイ<br><br>いつかきっと<br>また出会う日を夢に想い<br>グッバイ<br><br>★<br><br>これらは、今から6年前、サンリオが製作した「スーパーアドベンチャー西遊記」というミュージカルのためのナンバーの一部です。<br>すべての楽曲は、作詞を田中浩司、作曲を八幡茂が手がけました。<br><br>今、停電の真っ暗闇の中で歌を思い出しながらiPhoneで書いています。<br><br>被災地で卒業を迎えたすべての人に、はなむけとして、この詞を贈ります。<br><br>言葉は時に無力です。<br>そのことを僕は正直に認めたいと思います。<br><br>どんなときも人を思いやることが出来る、優しい想像力を持った大人になって下さい。<br><br>★<br><br>卒業おめでとう。<br><br>人生は祭だ<br>ともに生きよう(フェリーニ)<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-10838209282.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Mar 2011 19:20:59 +0900</pubDate>
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<title>春の足音がしたので</title>
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<![CDATA[ ハートのジェイです。<br><br>すっかりご無沙汰してしまいました。<br>この一週間、私は恐怖と不安と疲労で萎縮していました。<br><br>今の私にブレイブなんてありません。<br>田中さんには申し訳ないけれど、地震速報の警報が鳴るたびに、私は一気に心拍数を上げてしまいます。<br>誰だってそうだと思います。<br><br>ところで、Windows95の起動音を作曲したのは、私も大好きなイギリスのブライアン･イーノですが、この地震速報の警報音を作曲したのは誰なのでしょう。大したやつだと思わないわけにはいきません。誰も好きになれないし、馴れることもないし、だけど、鳴ったとたんに人を縮み上がらせるなんて、どんなホラー映画だってかなわないと思います。<br><br>★<br><br>昨夜のことです。<br><br>街がすっかり眠りに就いた深夜2時、田中さんの家から200メートルと離れていない近所の鋳物工場でガス爆発事故があり、私はドキドキが鎮まりませんでした。<br>一瞬、ラストを飾る大玉の打ち上げ花火のような轟音が眠る街に響きわたりました。<br>震災と度重なる余震によってガス漏れが起こり、引火したのだと思います。<br>ベランダに出てみると、ぼんやりと傘をかぶったスーパームーンの真下で、凄まじい火の手が上がり、そこら中にサイレンが鳴り響いていました。<br><br>計画停電が始まってから、近所にサイレンの音が絶えません。<br>たとえば、停電しても田中さんのうちの前の交差点にお巡りさんは立ちません。信号の消えた交差点をドライバーの判断で車が行き交います。とても危険です。そんな中、昼なら頭巾をかぶった小学生たちが集団下校し、夜なら懐中電灯を手にしたサラリーマンたちが真っ暗な交差点を黙々と渡って行きます。<br><br>計画停電のない23区内では、決して見られない光景のはずです。<br>残念ながら、23区内と周辺の6県では、この計画停電に対する感じ方や考え方には、かなり温度差があると私は思っています。それが都内と周辺のモチベーションの差にもあらわれているような気がします。<br><br>そんな鬱々とした中で…<br><br>★<br><br>田中さんの家のすぐ近くに、本来なら、とっくの昔に自治体が買い取って歩道になっているはずの土地がありました。なぜか地主が売らないために、その一角だけ囲われて歩行者の通行の妨げになっていました。<br><br>そこは、春にはタンポポをはじめ、一年中いろんな雑草の花が咲き乱れ、夏になると背の高さまで緑が生い茂る空き地でした。田中さんも、よくその中に入って、写真を撮っていたものです。<br>この数年の間、雑草たちは何度も何度も刈り取られ、やがて除草剤がまかれ、一面に砂利が敷きつめられてしまいました。それでも、雑草たちは何度も芽吹き、除草剤のために枯れるまでの短い命を燃やしていたのです。<br><br>震災の前、そんな空き地に、近々建設が始まるマンションのモデルムームが出来ました。<br>砂利が敷きつめられ死んだかに見えた土地は、ついにアスファルトで舗装され、駐車場が出来ていました。<br><br>震災があって一週間以上たった日、すっかり変わってしまったその風景の一角に、私は小さな変化を見つけました。<br><br>それは、<br><br>敷きつめられたアスファルトの下から花を咲かせていたタンポポでした。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110321/02/heartnoj/e5/e9/j/o0600060011116972354.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110321/02/heartnoj/e5/e9/j/t02200220_0600060011116972354.jpg" alt="$お耳の恋人ハートのジェイの王様の耳はロバの耳-タンポポ" width="220" height="220" border="0"></a><br><br>タンポポもふつうに生きている。<br><br>春の足音がしたので咲こうとしたら、なぜか上にアスファルトがあった。<br>だが、つぼみは動揺することなく時間をかけてゆっくりと地上に顔を出し、いつの間にか花を咲かせていた。<br>何も特別なことはしていない。そして、<br><br>頭上には、いつもと変わらぬ太陽があった。<br><br>★<br><br>そんな復興を心から願っています。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/heartnoj/entry-10836617637.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2011 01:48:13 +0900</pubDate>
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