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<title>への字Press</title>
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<description>筋の通ったへ理屈。へ理屈のような事実。まるでへのような話。</description>
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<title>肝臓移植手術を受けていたスティーブ・ジョブス</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">アップルの最高経営責任者、スティーブ・ジョブズが、この半年ほどの間に肝臓移植手術を受けていたことが判明したそうだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">以前から健康不安説が公然と囁かれ、とくに昨年は見た目にもはっきりとわかるほどげっそりとやせてしまい、それがｌ健康不安説に拍車をかけ、株価低迷の原因にもなった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">術後の経過は順調だそうだが、まだ全面復帰というわけにはいかないようだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">パソコン・ベンチャー草創期に出現したスーパーヒーローの数少ない生き残りだけに、できるだけ長く表舞台にとどまっていて欲しいと思うのは決して私だけではないだろう。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<pubDate>Thu, 02 Jul 2009 20:48:20 +0900</pubDate>
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<title>ＢＳ放送の存在意義</title>
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<![CDATA[ ＢＳ放送は韓ドラばかりやっている。他にも中国のドラマや台湾のドラマも放送している。<br><br>ラテン系のドラマなどもやっている。<br><br>韓ドラをはじめとする他国のドラマとＴＶショッピング、それに地上波の再放送をを除いたら、ＢＳの番組はスカスカだ。<br><br>ＢＳの存在意義っていったいなんなのだ？<br><br>ちなみに、わたしは男としては珍しい大の韓ドラファンなので、ＢＳで韓ドラを見ることができるのはうれしい限りなのだが、それでもやっぱり、ＢＳの存在意義には首を傾げてしまう。<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 26 Jun 2009 21:51:56 +0900</pubDate>
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<title>ホッピー　飲まず嫌い</title>
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<![CDATA[ <font size="2">酒は何でも大好きなのだが、なぜかこれまでホッピーだけは飲んだことがなかった。金のなかった学生時代にもホッピーを飲んだことはなかった。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090625/20/henojipress/02/d4/j/o0600080010202791180.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090625/20/henojipress/02/d4/j/t02200293_0600080010202791180.jpg" alt="への字Press-ホッピー"></a><br><br><br>なので、ときどきホッピーを飲んでみたいと思うことがある。<br><br>あるとき、スーパーで売っているのを見つけて買ってきた。<br><br>買っては見たものの、なぜか飲む気がしない。焼酎はいつでも家にあるので、いつでも飲めるのだが。<br><br>そのうちにホッピーはどこか台所の隅に追いやられ、忘れられてしまった。<br><br>先日、旧知の編集者やカメラマン、デザイナー、ライターらが集まって浅草で飲み会を開いた。<br><br>有名な「ねぎま鍋」の店で、飲み放題でたんと飲んだ後の２軒目で、周りの連中がみなホッピーを頼んだので、つられてホッピーを頼む。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090625/20/henojipress/30/c2/j/o0500033310202792775.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090625/20/henojipress/30/c2/j/t02200147_0500033310202792775.jpg" alt="への字Press-浅草"></a><br><br><br>味は・・・う～む。気の抜けたビールのようでおいしくなかった。５分の１ほど飲んで、ビールにかえた。<br><br>家に帰ってから、そういえば少し前にホッピーを買ったことを思い出し、探してみたら、出てきた。それが写真のホッピー。<br><br>賞味期限は07年６月18日になっていた。<br><br>ずいぶん長い間、放置していたんだ。いかに「飲まず嫌い」なのかがわかるでしょ。<br><br>ま、単なる「飲まず嫌い」ではなく、「嫌い」だということがやっと判明したわけだけど。<br></font><br>
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<link>https://ameblo.jp/henojipress/entry-10287439481.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jun 2009 20:15:03 +0900</pubDate>
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<title>うめぇ～！</title>
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<![CDATA[ <font size="2">テレビの料理番組その他で、何かを食べたときに「うめぇ～！」という若いタレントが多い（とくにジャニーズ系のタレントに多いような気がする・・・）<br><br>その汚い言葉遣いに、いつも不愉快になる。<br><br><br>別に上品ぶるわけではないが、若い頃も大人になってからも、「うめぇ～！」などといったことは一度もない。<br><br>回りにも「うめぇ～！」なんていう友だちは誰１人としていなかった。<br><br>私が若い頃にはテレビで「うめぇ～！」なんていっているタレントもいなかった。<br><br><br>たとえばテレビドラマか何かで、ム所帰りのくたびれきった極道が、屋台のおでん屋あたりで何年ぶりかにコップ酒をひっかけて、絞りだすようにして一言「うめぇ～！」という、そんな場面ならば「うめぇ～！」の一言もありだと思う。<br><br>逆にいえば、「うめぇ～！」なんて言葉はそんな場面にしか似つかわしくない言葉だ。<br><br>公衆の面前で「うめぇ～！」といっているタレントを見ていると、それを注意するまともな大人が回りにいなかったのだろうかと、それが不思議で仕方がない。<br></font><br>
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<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 19:58:15 +0900</pubDate>
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<title>あまりに平穏すぎるパンデミック</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">2009年6月13日 ... 20世紀以降、4度目となるインフルエンザのパンデミック（世界的大流行）が宣言された。が、世の中はいたって平穏で、何事も無きがごとしだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">昨年９月、新型インフルエンザ対策に取り組んでいる企業を取材した折り、その原稿の中で以下のような文章を書いた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">《過去においてはスペインインフルエンザ（1918－19年）、アジアインフルエンザ（1957－58年）、香港インフルエンザ（1968－69年）と３回のインフルエンザ・パンデミックが記録されている。きわだって被害が大きかったスペインインフルエンザの患者数は世界人口の25～30％（ＷＨＯ）にのぼり、死亡者数は全世界で4000万人とも5000万人ともいわれる（１億人に達したという説もある）。》</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">《もし、近い将来インフルエンザ・パンデミックが発生した場合にも、世界中で深刻な被害が出ると予想されている。スペインインフルエンザ規模のパンデミックが起きれば発展途上国を中心に死者数は１億人以上に達するという推計も出されている。日本においては感染者数は全人口の25％、医療機関への受診者数は1300万～2500万人、入院者数は53万～200万人、そして死亡者数は17万～64万人と推計されている。》</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">《当然、経済活動にも深刻な影響が予想される。影響が最も少なくてすんだ場合でＧＤＰの損失が全世界で0.8%（約3300億米ドル）、最悪の場合で3.4%（約1兆4000億米ドル）に上るという試算なども出されている。》</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">　日本国内では４人に１人が感染し、数十万人の死者が出る。学者が恐れているパンデミックとはまさにそのような最悪の事態であり、私自身、パンデミックをそのようなイメージで捉えている。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ところがだ。現にパンデミックが宣言されているというのに、マスコミ報道上も、われわれの意識上も、もはや新型インフルエンザの流行など過去のことのようになっている。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">今回の新型インフルエンザは、幸いなことに季節性インフルエンザと同じ程度の弱毒性のものだった。それがわかった瞬間、私は「人類にはまだツキがある」と思ったものだ。強毒性のインフルエンザの大流行に備えての、ちょうどいい予行演習になったからだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかし、そう思ったのはどうも間違いだったようだ。国も、地方も、企業も、国民も、今回のパンデミックから何も学んでいないようにしか思えないからだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そもそも、強毒性の新型インフルエンザのパンデミックの到来は多くの学者が数年前から指摘していたことであり、国や地方、企業を中心にその対策が講じられていたはずである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">だが、いざ新型インフルエンザが流行してわかったことは、対策らしい対策は何も講じられていなかったということだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">「水際対策」と称して各空港などで検疫を強化したが、国内での発生は予想通り時間の問題だった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">関西方面では感染の疑いがある患者が増えると、対応できる専門施設のある病院はすぐに満杯になり、収容しきれない患者は自宅療養せざるを得なくなった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">マスクの着用が有効だといいながら、（使い捨て）マスクはアッという間に薬局から消えてなくなり、いまだに店頭で見かけることがない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">いずれも事前に予想されていたことであるにもかかわらず、何も対策が講じられていなかったことがわかった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">予想されていた事態に対して何ら準備をしてこなかった国や地方、関係企業はその責任を追及されてしかるべきだが、それを追求する声はどこからも挙がってない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">このような対応のまま強毒性の新型インフルエンザの大流行を招いたら、ごくごく近い将来において、全世界で数千万人が死亡する最悪の事態が確実に起こるといわざるを得ない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/henojipress/entry-10284755541.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jun 2009 15:27:38 +0900</pubDate>
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<title>テロ支援国家とテロ国家</title>
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<![CDATA[ <font size="2">アメリカが北朝鮮を再度テロ支援国家にすべきかどうか検討しているそうだ。<br><br>テロ支援国家と認定するためには、“支援”の実態を明らかにすることが必要であり、それを現在調査中らしい。<br><br>このニュースをテレビで観たり新聞で読んだりするたびに、いつも同じ事を思う。<br><br>テロ支援国家ではなく、テロ国家として認定すればいいじゃないかと。<br><br>拉致問題一つ取ったって、歴とした人権テロだろう。<br><br>テロ国家と認定するということは、すなわち宣戦布告するようなもので、<br><br>だからそこまでは踏み込めないということなのだろうか。<br></font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/henojipress/entry-10284083748.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jun 2009 14:07:19 +0900</pubDate>
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<title>右利き用の寿司と左利き用の寿司</title>
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<![CDATA[ <br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090617/19/henojipress/e2/24/j/o0220016010198457976.jpg"><img height="160" border="0" width="220" alt="への字Press" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090617/19/henojipress/e2/24/j/t02200160_0220016010198457976.jpg"></a></div><br>↑これは、寿司屋で普通に出てくる一般的な右利き用の寿司である。<br><br>箸であれ、素手であれ、右利きの人が食べるにはすこぶる食べやすいように並べられている。<br><br>これを左利きの人間が食べるところを想像して欲しい。いかに食べづらいことか。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090617/19/henojipress/2e/3e/j/o0220016010198459512.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090617/19/henojipress/2e/3e/j/t02200160_0220016010198459512.jpg" alt="への字Press"></a><br><br>↑これは左利き用の寿司。左利きの人間に食べやすいように並べられている。右利きの皆さんにとっては何とも食べにくいはずだ。<br><br>果たして、寿司屋に行って、「左利き用の寿司１人前」と注文したらどうなるか？　キョトンとされるか、笑われるかのどちらかだろうな。気むずかしいオヤジならば怒るかもしれない。<br><br>右利き用の寿司は、右利きの職人が右利きの客用に作っているから、上のような並び方になる。<br><br>ということは左利きの寿司職人の場合は普通に握ったものをごく自然に並べれば左利き用の寿司ができてしまうことになる。<br><br>もし、それを客に出したら、客から文句を言われるだろう。並べ方が逆だと。<br><br>つまり、左利きの人間は寿司職人には不向きだということになる。<br><br>客の求めに応じて、左利き用の握りを握ってくれるような粋な店があるといいのに・・・<br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 17 Jun 2009 19:55:07 +0900</pubDate>
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<title>右利き用カレーライス</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://file.olive.blog.shinobi.jp/DSC01087-2.jpg" target="_blank"><img alt="カレーライス" src="https://file.olive.blog.shinobi.jp/Img/1165757888/" border="0"></a></p><br><p><font size="2">カレーライスの写真です。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">お店でカレーライスを頼むと、必ずこのように出てきます。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">“このように”というのは、ごお皿の左半分にご飯、右半分がカレールーという意味です。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">カレーライスを食べるときは、ご飯とルーの境目のやや右側にスプーンを入れ、そのままスプーンを左に動かしてルーとご飯をすくい取って口に運ぶというのが基本動作（！）です。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">なので、カレーとルーの左右の配置が決まっているのです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ただし、これは右手でスプーンを持った場合の話。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">なので、わたしはこれを「右利き用のカレーライス」と呼んでいます。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">左利きの場合にはご飯とルーの位置を逆にしないとはなはだ食べづらいのです。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">ですから、写真のような具合にカレーライスが出てきた場合、左利きの私はまずはお皿を１８０度ひっくり返して「左利き用カレー」に直してから食べるようにしています。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/henojipress/entry-10281162039.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2009 20:44:45 +0900</pubDate>
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<title>FRIDAYは変わります！・・????</title>
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<![CDATA[ <font size="2">薬をもらいに行った薬局の書棚にあった写真週刊誌『FRIDAY』（６月26日号）がパッと目に飛び込んできた。<br><br>白バックにFRIDAYのロゴ、“FRIDAYは変わります”の大きな黒文字。そしてにっこり微笑んだ女性の顔写真。それだけのシンプルな表紙。<br><br>「変わります」の文字と、シンプルな表紙から、いままでの猥雑下劣なスクープ芸能エロ雑誌から、多少はまともな方向へと編集方針を切り替えたのかと思ったら、まったくそんなことはなかった。<br><br>以前に比べてヌード写真のページが増えたのが目に着いたくらい。<br><br>こんな内容で、よく「変わります。」などと大書できたものだ。<br><br>いっそのこと「FRIDAYはヌード専門誌に変わります」とすればよかったのに。<br><br>とっくにその役割を終えた写真週刊誌を、講談社はなぜ出し続けているのだろうか。<br><br>天下の講談社に入って、こんな雑誌の編集をやらされたら、まともな編集者はみなうつ病になってしまうのではないかと心配になる。</font><br>
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<pubDate>Sat, 13 Jun 2009 15:37:56 +0900</pubDate>
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<title>病床洗礼・臨終洗礼。そして高田渡</title>
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<![CDATA[ <font size="2">　ある人のブログを読んでいたら、以下のようなことが書かれていた。<br><br><br>今年になって痴呆症がひどくなった年老いた父親が、病院で死んだ。<br><br>死ぬ間際、知り合いの牧師に頼んで病床洗礼を受け、父はキリスト者として旅立っていった。<br><br><br>本人が生前からキリスト教に興味を持ち、信仰していたのに、洗礼だけは受けていなかった。だから、病床で洗礼を受けさせてあげたというのであれば、話としては納得できる。<br><br>しかし、もし生前はキリスト教になんら興味もなく、信仰心もなかったのだとしたら－－おそらくはそうだったと推測されるのだが－－本人の意思とはまったく関係のない、死ぬ間際の洗礼にどのような意味があるのだろうか。親族だからといって、勝手にそんなことをしていいのだろうか？　私が病床の父親だったら、三途の川を渡りながら、勝手にキリスト教徒に仕立ててた肉親にブツブツと恨み言をいってやる。キリスト教徒になったら、三途の川は渡らないのか？<br><br>ここまで書いて、フォークシンガー高田渡のことを思いだした。<br><br>渡さんは臨終洗礼を受けて、パウロの洗礼名を授かり、旅立っていった。<br><br>旅立ちの日、棺の中を見た知り合いのカメラマンは、キリスト教徒らしく着飾った渡さんを見て「かわいかった」といった。<br><br>渡さんがキリスト教を信じていたという話は聞いたことがない。一時期、渡さんと行動を共にしたことがあるが、そんなことは一言もいっていなかった。<br><br>臨終洗礼は奥さんの意思なのだろう。<br><br>渡さんに臨終洗礼をさせた奥さんの気持ちに、とても深いモノがあるような気がしてならない。</font><br>
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<link>https://ameblo.jp/henojipress/entry-10277414973.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Jun 2009 21:48:05 +0900</pubDate>
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