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<title>聖書開封のブログ</title>
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<title>昔の民と同じになってはならない</title>
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<![CDATA[ 「一時期、二時期、そして半時期たって、聖なる民の力が全く打ち砕かれる(二人の証人の三年半の証しと処刑の事)と、これらの事は成就する。」<br>こう聞いても私(ダニエル)には理解出来なかったので、尋ねた。<br>「主よ、これらの事の終わりはどうなるのでしょうか。」<br>彼は答えた。<br>「ダニエルよ、もう行きなさい。<br>終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。<br>多くの者は清められ、白くされ、練られる。<br>逆らう者はなお逆らう。<br>逆らう者は誰も悟らないが、目覚めた人々は悟る。<br>日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日か定められている。<br>待ち望んで千三百三十五日に至る者は、まことに幸いである。<br>終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい。<br>時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ち上がるであろう。」<br>（ダニエル書12章7～13行）<br><br>ヨハネの黙示録11章では、四十二ヶ月に30日をかけて千二百六十日が二人の証人の活動期間となっています。<br>ダニエル書では30日長く設定されてる様に感じますが、これは獣と偽預言者が、二人の証人より先行して一ヶ月早く仕事を始める為と見ています。<br>二人の証人の三年半、獣と偽預言者においては三年七ヶ月が終わってから、四十五日後に至る者は幸いであると証されてます。<br>最初の四日間の中身は、二人の証人の処刑と三日半後の復活と、天への帰還(ヨハネの黙示録11章12行)が含まれています。<br>そして二人の証人の帰還後、太陽からのケルビムの火が四十日間地上を襲う事になります。<br><br>第七の天使が、その鉢の中身を空中に注ぐと、神殿の玉座から大声が聞こえ、「事は成就した」と言った。<br>そして、稲妻、様々な音、雷が起こり、また、大きな地震が起きた。<br>それは、人間が地上に現れて以来、いまだかつてなかった程の大地震であった。<br>あの大きな都が三つに引き裂かれ、諸国の民の方々の町が倒れた。<br>神は大バビロンを思い出して、御自分の激しい怒りのぶどう酒の杯をこれにお与えになった。<br>すべての島々は逃げ去り、山々も消え失せた。<br>一タラントンの重さ程の大粒の雹が、天から人々の上に降った。<br>人々は雹の害を受けたので、神を冒涜した。<br>その被害が余りにも甚だしかったからである。<br>（ヨハネの黙示録16章17～21行）<br><br>第七時間に、ケルビムの上に座を持たれる主が刈り入れの為に戻られ、炎の軍勢を率いて全世界の空を覆い尽くされます。<br>もちろん、目が開かれてない者たちには、不思議な自然現象にしか映りませんが。<br>その中でエリヤのように、十四万四千人が取られる事になります。（ヨハネの黙示録14章）<br>千年王国の終わりに、十二使徒と共に最後の儀式に挑む仕事がある為です。（ヨハネの黙示録20章7～14行）<br><br>そして、私は天が開かれているのを見た。<br>すると、見よ、白い馬が現れた。<br>それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義を持って裁き、また戦われる。<br>その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。<br>この方には、自分の他は誰も知らない名が記されていた。<br>また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。<br>そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い麻の布をまとってこの方に従っていた。<br>この方の口からは、鋭い剣が出ている。<br>諸国の民をそれで打ち倒すのである。<br>また、自ら鉄の杖で彼らを治める。<br>この方はぶどう酒(イザヤ書42章18行～)の桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。<br>この方の衣と腿あたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた。<br>私はまた、一人の天使が太陽の中に立っているのを見た。<br>この天使は、大声で叫び、空高く飛んでいる鳥(光の天使・ダニエル書4章11行の堕天使とは真逆の鳥)にこう言った。<br>「さあ、神の大宴会に集まれ。<br>王の肉、千人隊長の肉、権力者の肉を食べよ(火で焼き尽くせ)。<br>また、馬とそれに乗る者の肉、あらゆる自由な身分の者、奴隷、小さな者や大きな者の肉を食べよ。」<br>私はまた、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢に対して戦う為に、集まっているのを見た。<br>しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕えられた。<br>このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、『惑わされていた』のであった。<br>獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。<br>残りの者どもは、馬に乗っている方の口から出ている剣で殺され、すべての鳥は、彼らの肉を飽きるほど食べた(強制陰府送り)。<br>（ヨハネの黙示録19章11～21行）<br><br>この神の干渉による脅威の四十日間を絶え、四十一日目に至る者は幸いです。<br>復活した者たちと共に、主の約束の千年王国を生きる事になるからです。（ヨハネの黙示録20章4～6行）<br>去年から最後の七つの時に入ったのなら、六年後には第七時間が訪れますから、目を覚ましていましょう。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12020362890.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Apr 2015 16:15:00 +0900</pubDate>
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<title>然り</title>
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<![CDATA[ 見よ、私のしもべ、私が支える者を。<br>私が選び、喜び迎える者を。<br>彼の上に霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す。<br>彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。<br>傷付いた葦を折る事なく、暗くなって行く灯心を消す事なく、裁きを導き出して、確かなものとする。<br>暗くなる事も、傷付き果てる事もない、この地に裁きを置く時までは。<br>島々は彼の教えを待ち望む。<br><br>主である神はこう言われる。<br>神は天を創造して、これを広げ地とそこに生じるものを繰り広げ、その上に住む人々に息を与え、そこを歩く者に霊を与えられる。<br>主である私は、恵みを持ってあなたを呼び、あなたの手を取った。<br>民の契約！諸国の光としてあなたを形づくり、あなたを立てた。<br>見る事の出来ない目を開き、捕らわれ人をその枷から、闇に住む人をその牢獄から救い出す為に。<br><br>私は主、これが私の名。<br>私は栄光を他の神に渡さず、私の栄誉を偶像に与える事はしない。<br>見よ、初めの事は成就した。<br>新しい事を私は告げよう。<br>それが芽生えてくる前に、私はあなた達にそれを聞かせよう。<br><br>新しい歌を主に向かって歌え（ヨハネの黙示録14章1～5行）。<br>地の果てから主の栄誉を歌え。<br>海に漕ぎ出す者、海に満ちる者、島々とそこに住む者よ。<br>荒れ野とその町々よ。<br>ケダル族の宿る村々よ、呼ばわれ。<br>セラに住む者よ、喜び歌え。<br>山々の頂から叫び声を上げよ。<br>主に栄光を帰し、主の栄誉を島々に告げ知らせよ。<br>主は、勇士のように出で立ち、戦士のように熱情を奮い起こし、叫びを上げ、鬨の声を上げ、敵を圧倒される。<br><br>私は決して声を立てず黙して、自分を抑えてきた。<br>今、私は子を生む女のようにあえぎ、激しく息を吸い、また息を吐く。<br>私は山も丘も廃墟とし、草をすべて枯らす。<br>大河を島に変え、湖を干す。<br>目の見えない人を導いて知らない道を行かせ、通った事の無い道(主の道)を歩かせる。<br>行く手の闇を光に変え、曲がった道をまっすぐにする。<br>私はこれらの事を成就させ、見捨てる事はない。<br>偶像に寄り頼む者、鋳た像に向かって、あなた達が私の神という者は、甚だしく恥を受けて退く。<br>耳の聞こえない人よ、聞け。<br>目の見えない人よ、よく見よ。<br>私のしもべほど目の見えない者があろうか。<br>私が遣わす者ほど耳の聞こえない者があろうか。<br>私が信任を与えた者ほど、目の見えない者、主のしもべほど目の見えない者があろうか。<br>多くの事が目に映っても何も見えず、耳が開いているのに、何も聞こえない。<br>主は御自分の正しさのゆえに、教えを偉大なものとし、輝かす事を喜ばれる。<br>この民は略奪され、奪われ皆、穴の中に捕らえられ、牢に繋がれている。<br>略奪にあっても助け出す者はなく、奪われても、返せと言う者はない。<br>あなた達の中にこれを聞き取る者があるか。<br>後の日の為に注意して聞く者があるか。<br>奪う者にヤコブを渡し、略奪する者にイスラエルを渡したのは誰か。<br>それは主ではないか、この方に私たちも罪を犯した。<br>彼らは主の道に歩もうとはせず、その教えに聞き従おうとしなかった。<br>主は燃える怒りを注ぎ出し、激しい戦いを挑まれた。<br>その炎に囲まれても、悟る者は無く、火が自分に燃え移っても、気付く者は無かった。<br>（イザヤ書42章）
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12020333778.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Apr 2015 14:43:00 +0900</pubDate>
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<title>第三時間の中で</title>
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<![CDATA[ 去年の4月から今年の9月にかけて、ユダヤの祭儀と重なる様に、月食と日食が起きる偶然が6回ある事は、こちらに来られる方はご存知かと思います。<br>最初にあたる去年の4月15日の月食の次の日、隣の韓国でセウォル号沈没が起きました。<br>仲間には口頭で、第二の手紙であるスミルナ教会宛ての手紙の受取人へのメッセージだと解釈しました。<br>過去記事の七千年の儀式のページで、ノアの象徴が秘められていると解釈しているからです。<br>ですが、この時はまだ七人の王の内の四本の角の存在を知らなかった為、間違って主が強烈なメッセージを第二の受取人に送られたと勘違いしてました(実際は闇の四本の角のうち、二番目の角のメッセージ)。<br>ノアの象徴を秘める第二時間に、船が沈むというのはあってはならないからです。<br>そしてそれに対応するかの様に、ノアの箱舟がアララト山の上に止まった日に、第二の受取人が祭儀を行って来ました。<br>(この件は過去記事の第二の封印に解釈してますので、ご覧ください)<br>そして今年の1月20日に、堕天前のルシフェルの管理領域であったイラクで、日本人二人が捕らえられてるビデオが流れ、10日後の1月31日？にジャーナリストの方が殺害されるという事件が起こりました。<br><br>スミルナにある教会の天使にこう書き送れ。<br>『「見よ、悪魔が試みる為に、あなた方の何人かを牢に投げ込もうとしている。<br>あなた方は10日の間、苦しめられるであろう。<br>死に至るまで忠実であれ。<br>そうすればあなたに命の冠を授けよう。～」』<br>（ヨハネの黙示録2章10行）<br><br>恐らく第二の受取人は、韓国の方と思われます。<br><br>次に第三時間に入った3月20日の日食の日、イエメンで大規模な自爆テロがありました。<br>そして今度は4月4日の月食の2日前に(過越の祭り前夜祭前日)、ケニアの大学が襲撃され多くのキリスト教徒が殺害される事件が起こりました。<br>いずれも闇の第三の角が、第三であるペルガモン教会の手紙の受取人に対して放ったメッセージです。<br><br>ペルガモンにある教会の天使にこう書き送れ。<br>『「～あなたの所には、バラムの教えを奉ずる者がいる。<br>バラムは、イスラエルの子らの前に躓きとなるものを置く様にバラクに教えた。～」』<br>（ヨハネの黙示録2章14行）<br><br>ペルガモン教会宛ての手紙に出て来るバラクとバラムの話は、民数記の22～24章にあります。<br>バラクは増えたイスラエル人に恐れをなし、バラ厶に呪って欲しいと頼みますが、主に忠実なバラムはその依頼を断わります。<br>ですがバラクが諦めなかった為に、バラムは主の指示に従ってバラクのもとへと出て行きました。<br>行く途中、目が開かれたロバ(マタイ福音書21章1～11行)が、剣を抜いた天使からバラ厶を守ろうとしますが、目が開かれてないバラムはロバを三度打ってしまいます。<br>まるで十字架刑の前のイエスの鞭打ちの様に。<br>目が開かれたバラムは、天使の指示に従いバラクに会います。<br>バラクは『七つの祭壇』を築き、七頭の雄牛(七人の王)と雄羊(七教会の手紙の受取人)をささげますが、バラムはバラクの意に反し、イスラエルを祝福してしまいます。<br>それでもバラクは諦めず、場所を変えて同じ様に祭壇を築き捧げ物を用意しますが、バラムは三度もバラクの呪いを退けてイスラエルを祝福します。<br>怒ったバラクとバラムは口論になりますが、バラムはバラクの祭壇なしで四度目の祝福をイスラエルに行います。<br><br>べオルの子バラムの言葉。<br>目の澄んだ者の言葉。<br>神の仰せを聞き、いと高き神の知識を持ち、全能者のお与えになる幻を見る者。<br>倒れ伏し、目を開かれている者の言葉。<br>私には彼(イエス)が見える。<br>しかし、今はいない。<br>彼を仰いでいる(ステファノの様に)。<br>しかし、間近にではない。<br>一つの星がヤコブから進み出る。<br>一つの笏がイスラエルから立ち上がり、モアブのこめかみを打ち砕き、シュトのすべての子らの頭の頂を砕く。エドムはその継ぐべき地となり、敵対するセイルは継ぐべき地となり、イスラエルは力を示す。<br>ヤコブから支配する者が出て、残ったものを町から絶やす。<br>～彼はカイン人(サタンの権威者)を見渡して、この託宣を述べた。<br>お前の住む所は確かであり、お前は巣を岩(ペトロ・だが陰府の力は対抗できない)の上に置く。<br>しかし、アシュル(アッシリア・ルシフェルの管理領域)がお前を虜にする時、カインは必ず焼き滅ぼされる。<br><br>彼はまたこの託宣を述べた。<br>災いだ。<br>北から軍団を組んで来る者(アバドンと悪霊の群れ)よ。<br>キティムから寄せ来る者よ。<br>彼らはアシュルを苦しめ、エベルを苦しめるが、彼もまた永久の滅びに至る。<br>（民数記24章15～19､21～24行）<br><br>闇の七人の王の中で、ケルビムを真似た四本の角の内の三番目の者が、バラクの第一の呪いの祭壇の暗示として、イエメンのテロに意思を反映させました。<br>そして第二の呪いの祭壇の暗示として、ケニアでテロが起こりました。<br>最後の第三の呪いの祭壇の暗示についてはまだ確認出来てませんが、9月13日の日食の時には第四時間に突入しますから、その前に実現して来るはずです。<br>それが出たならペルガモン教会の手紙の受取人が、バラムの第四の祝福にあたる祭儀を行って来ますから、世界は第三時間が成った事を知る事が出来ます。<br><br>主の言葉が再び私に臨んで言われた。<br>「何が見えるか。」<br>私は答えた。<br>「煮えたぎる鍋が見えます。<br>北からこちらへ傾いています。」<br>主は私に言われた。<br>北から災いが襲いかかる(アバドンと悪霊の群れ)、この地に住む者すべてに。<br>（エレミヤ書1章13､14行）<br><br>聞け、災いをダンから告げ、エフライムの山から知らせる声を。<br>（エレミヤ書4章15行）<br><br>二年後の今頃は、第五時間中か突入開始直前か<br>という所だろうと見ています。<br>目を覚ましていましょう。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12019959155.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2015 16:07:00 +0900</pubDate>
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<title>東の日が昇る国の宿命</title>
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<![CDATA[ 私はまた、一匹の獣が海の中から上って来るのを見た。<br>これには十本の角(地上の権力者・十人の王)と七つの頭(闇の指導者・七人の王)があった。<br>それらの角には十の王冠があり、頭には神を冒涜するさまざまの名が記されていた。<br>～私はまた、もう一匹の獣が地中から上って来るのを見た。<br>この獣は、小羊の角に似た二本の角があって、竜のようにものを言っていた。<br>この獣は、先の獣が持っていたすべての権力をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、致命的な傷が治ったあの先の獣を拝ませた。<br>そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火を降らせた(偽ケルビム)。<br>更に、先の獣の前で行う事を許されたしるしによって、地上に住む『人々を惑わせ』、また、剣で傷を負ったがなお生きている先の獣の像を造るように、地上に住む人に命じた。<br>第二の獣は、獣の像に息を吹き込む事を許されて、獣の像がものを言う事さえ出来るようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。<br>また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。<br>そこで、この刻印のある者でなければ、物を買う事も、売る事も出来ないようになった。<br>この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。<br>ここに知恵が必要である。<br>賢い人は、獣の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。<br>数字は人間を指している。<br>そして、数字は六百六十六である。<br>（ヨハネの黙示録13章1､11～18行）<br><br>今年の10月から日本でもマイナンバー制度が始まりますが、日本にバビロンの七大都市の一つが出現する以上、その宿命からは逃れられません。<br>そして日本にバビロンが出現するという事は、サタンの七人の王の一人は日本人であるという事になります。<br><br>ヨセフの為に彼は言った。<br>主の祝福がその土地にあるように。<br>天からは露の賜物、下からは横たわる淵の賜物、太陽が育む賜物、月ごとに生み出される賜物、古の山々のもたらす最上の物、永久の丘の賜物、地とそれに満ちるものの賜物、柴の中に住まわれる方の慈しみ。<br>それら全ての恵みがヨセフの頭に、兄弟たちから選ばれた者の頭に臨むように。<br>彼は威光に満ちた雄牛の初子、彼の角は野牛の角。<br>彼は諸国の民を角で突き倒し、地の果てにまで進み行く<br>見よ、エフライムの幾万の軍勢を。<br>見よ、マナセの幾千の軍勢を。<br>（申命記33章13～17行）<br><br>モーセのエフライム族とマナセ族への祝福の預言です。<br>同じ様に恵まれた預言が、創世記49章22～26行に、ヤコブの預言としてあります。<br>この他の氏族より恵まれた預言は、日本で実現しました。<br>(日ユ同祖論の研究本を見るか、テレビで放送された動画をYouTubeでご覧下さい)<br>日本が終末に繁栄する恵みは預言に基づくもので、それは巨大な負の象徴も背負う事になります。<br>それがバビロンと七人の王の一人が出現する事です。<br>エフライムはマナセの弟でしたが、ヤコブはエフライムを頭として祝福しました。<br>それはカイン(ルシフェル)とアベル(イエス)が持っていた象徴と同じであり、四体のケルビムの頭だったルシフェルを表したダニエルと同じ、忌むべき象徴です。<br>ゆえにヨハネの黙示録7章にある十四万四千人の氏族名では、エフライムはヨセフに名を変更されています。<br>このルシフェルの象徴は、聖書では恵まれた者が絶えず表してきてますから、不思議な事ではありません。<br>それにエフライム族は、十二使徒から脱落したイスカリオテのユダと同じですから、十二氏族から脱落するのも預言に基づく事です。<br><br>私はまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。<br>この天使は、大地と海とを損なう事を許されている四人の天使(ケルビム)に、大声で呼びかけて、こう言った。<br>「我々が、神のしもべ達の額に刻印を押してしまうまでは、『大地も海も木も損なってはならない』。」<br>（ヨハネの黙示録7章1～3行）<br><br>第五の天使がラッパを吹いた。<br>すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。<br>この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、それが底なしの淵の穴を開くと、大きなかまどから出るような煙が立ち上り、太陽も空も穴からの煙の為に暗くなった。<br>そして、煙の中から、イナゴの群れ(レギオン・悪霊たち)が地上へ出て来た。<br>このイナゴには、地に住むサソリが持っている様な力が与えられた。<br>イナゴは、『地の草やどんな青物も、またどんな木も損なってはならない』が、ただ、額に神の刻印を押されていない人には害を加えても良い(悪霊憑き)、と言い渡された。<br>殺してはいけないが、５ヶ月の間、苦しめる事は許されたのである。<br>～イナゴは、底なしの淵の使いを王としていただいている。<br>その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという。<br>（ヨハネの黙示録9章1～5､11行）<br><br>最悪な事に、アバドンは日本を目指して来ます。<br>その為に、地上で最もレギオンが多く集う場所となる為、日の昇る所での刻印打ちに天使は追われる事になります。<br>サタンはイスカリオテのユダに入りましたから、十二氏族の中でそのポジションとなるエフライム族も、その運命からは逃れられません。<br><br>私はまた、竜の口から、獣の口から、そして、偽預言者の口から、蛙のような汚れた三つの霊が出て来るのを見た。<br>これはしるしを行う悪霊どもの霊であって、全世界の王たちの所へ出て行った。<br>（ヨハネの黙示録16章13､14行）<br><br>最悪な事に、日本から獣か偽預言者が現れます。<br>いずれ蛙のような三つの悪霊の一つに、ある者が入られサタンの操り人形と化します。<br>そして偶像崇拝が蔓延し、もの言う獣の像もメイド・イン・ジャパンとなる可能性が高いでしょう。<br><br>私は北から人を奮い立たせ、彼は来る。<br>彼は日の昇る所から私の名を呼ぶ。<br>（イザヤ書41章25行）<br><br>主が東の日の昇る所の契約の民に約束した事は、まもなく終わる事になります。<br>日本のエルサレムである平安京から、神の霊がイスラエルに帰還する為です。<br>そのとき約束された千年王国で、主の契約を持つ真のエルサレムが再建されます。<br>今のイスラエルとエルサレムが、預言にそってないのはその為で、預言が間違っている訳ではなく、人々の認識が間違っているだけです。<br><br>契約を持つ民族である日本人は、財産を選ぶか帰還するかの選択を迫られます。<br>バビロンの運命から、千年王国時代に日本に生き残れるのは、契約を持たないアイヌや琉球の光の信仰者だけとなるでしょうから。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12019562108.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Apr 2015 16:55:00 +0900</pubDate>
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<title>神の目に適い引き寄せられる者たち</title>
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<![CDATA[ イエスは答えて言われた。<br>「つぶやき合うのはやめなさい。<br>私をお遣わしになった父が引き寄せて下さらなければ、誰も私のもとへ来る事は出来ない。<br>私はその人を終わりの日に復活させる。<br>預言者の書に、『彼らは皆、神によって教えられる』と書いてある。<br>父から聞いて学んだ者は皆、私のもとに来る。～」<br>（ヨハネ福音書6章43～45行）<br><br>イエスは最初から、信じない者たちが誰であるか、また、御自分を裏切る者が誰であるかを知っておられたのである。<br>そして、言われた。<br>「こういうわけで、私はあなた方に、『父からお許しがなければ、誰も私のもとに来る事は出来ない』と言ったのだ」<br>（ヨハネ福音書6章64､65行）<br><br>「～世から選び出して私に与えて下さった人々に、私は御名を現しました。<br>彼らはあなたのものでしたが、あなたは私に与えて下さいました。<br>彼らは御言葉を守りました。<br>私に与えて下さったものはみな、あなたからのものである事を、今、彼らは知っています。<br>なぜなら、私はあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、私がみもとから出て来た事を本当に知り、あなたが私をお遣わしになった事を信じたからです。<br>彼らの為にお願いします。<br>世の為ではなく、私に与えて下さった人々の為にお願いします。<br>彼らはあなたのものだからです。～」<br>（ヨハネ福音書17章6～9行）<br><br>当時イエスを信じた者たちは、御父がその神の目で見出した者たちで、ケルビムを通じて人知れず印付けを行っていた事が分かります。<br>御父と心が共にあるイエスだからこそ、その見えない決定に安心して委ねる事が出来ました。<br>そして印が付けられてない者たちには、意図的に例えを用いて話されました。<br>賞賛される多くのイエスの例えは、はっきり言っておくと宣言されて渡される御言葉よりも、劣る言葉でしたから。<br><br>その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。<br>すると、大勢の群衆が側に集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を降ろされた。<br>群衆は皆岸辺に立っていた。<br>イエスは例えを用いて彼らに多くの事を語られた。<br>～弟子たちはイエスに近寄って、「なぜ、あの人たちには例えを用いてお話しになるのですか」と言った。<br>イエスはお答えになった。<br>「あなた方には天の国の秘密を悟る事が許されているが、あの人たちには許されていないからである。<br>持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。<br>だから、彼らには例えを用いて話すのだ。<br>見ても見ず、聞いても聞かず、理解出来ないからである。<br>イザヤの預言は、彼らによって実現した。<br>『あなた達は聞くには聞くが、決して理解せず、見るには見るが、決して認めない(耳無く立ち返らない)。<br>この民の心は鈍り、耳は遠くなり、目は閉じてしまった。<br>こうして、彼らは目で見る事なく、耳で聞く事なく、心で理解せず、悔い改めない。<br>私は彼らを癒さない。』<br>（イザヤ書6章9～10行）<br>しかし、あなた方の目は見ているから幸いだ。<br>あなた方の耳は聞いているから幸いだ。～」<br>（マタイ福音書13章1～3､10～16行）<br><br>エゼキエル書の9章にある通り、イエスの時代にケルビムによって先に額に印付けが行われました。<br>そしてイエスの昇天後に、エゼキエル書の10章にある順番通りに、ケルビムによる火入れが行われました。<br><br>五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来る様な音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。<br>そして、炎の様な舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。<br>すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、他の国々の言葉で話し出した。<br>（使徒言行録2章1～4行）<br><br>さまざまな風を伝令とし、燃える火を御もとに仕えさせられる。<br>（詩篇104章4行）<br><br>～天使たちに関しては、<br>「神はその天使たちを風とし、<br>御自分に仕える者たちを燃える炎とする」<br>（ヘブライ人への手紙1章7行）<br><br>サタンは、いと高き者である御父の座を狙って反逆を起こしました。<br>ケルビムは、命の木の実を人間の盗み食いから守り退ける為に、きらめく剣の炎と共に配置されました。<br>御父がサタンの権威者を光に引き寄せない事は明白です。<br>ケルビムが命の木に至る道をサタンの権威者から護るのも明白です。<br>またサタンがイエスに死をもたらした事も、イエスが真にサタンに怒りを発していた事も明白です。<br>主に引き寄せられる者と成らなくてはなりません。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12019126727.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Apr 2015 16:15:00 +0900</pubDate>
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<title>宗教の下にではない主の神殿</title>
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<![CDATA[ イエスは答えて言われた。<br>「この神殿を壊してみよ。<br>三日で建て直してみせる。」<br>それでユダヤ人たちは、<br>「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」<br>と言った。<br>イエスの言われる神殿とは、御自分の体の事だったのである。<br>（ヨハネ福音書2章19～21行）<br><br>「～ダビデは神の御心に適い、ヤコブの家の為に神の住まいが欲しいと願いましたが、神の為に家を建てたのはソロモンでした。<br>けれども、いと高き方は人の手で造った様な物にはお住みになりません。<br>これは、預言者も言っているとおりです。<br>『主は言われる。<br>「天は私の王座、地は私の足台。<br>お前たちは、私にどんな家を建ててくれるというのか。<br>私の憩う場所はどこにあるのか。<br>これらはすべて、私の手が造った物ではないか。」』（イザヤ書66章1､2行）<br>頑なで、心と耳に割礼を受けていない人たち、あなた方はいつも聖霊に逆らっています。<br>あなた方の先祖が逆らった様に、あなた方もそうしているのです。～」<br>（使徒言行録7章46～51行）<br><br>主が建てる神殿は『聖霊を受けた者』です。<br>その為、エルサレムに建てられた神殿は何度も破壊されました。<br>主が守る理由が無いからです。<br>それに対しノアの大洪水以前に、シェミハザ達(寝ずの番人)がエジプトに建てた三大ピラミッドは、今もサタンのお気に入りで守られており、イスラム国・イスラム教に破壊されない様に軍の主導で政府が機能しています。<br>地上において命なき建物を重んじる物欲はサタンの美学・価値観であり、相反する光の教えをイエスやステファノが示しすのは当たり前の事です。<br><br>彼らの死体(預言者)は、例えてソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。<br>この二人の証人の主(イエス)も、その都で十字架につけられたのである。<br>（ヨハネの黙示録11章8行）<br><br>イエスが処刑された場所はエルサレムである事が分かっているのに、エジプトと重ねてヨハネが例えてます。<br>ピラミッドというサタンの神殿があるからで、七つの教会宛ての手紙の受取人の内、第三であるペルガモン教会宛ての受取人は、現在エジプトにいる事が分かります。<br><br>ペルガモンにある教会の天使にこう書き送れ。<br>『鋭い両刃の剣を持っている方が、次の様に言われる。<br>「私は、あなたの住んでいる所を知っている。<br>そこにはサタンの王座がある。<br>しかし、あなたは私の名をしっかり守って、私の忠実な証人アンティパスが、サタンの所で殺された時でさえ、私に対する信仰を捨てなかった。～」』<br>（ヨハネの黙示録2章12､13行）<br><br>光と闇の戦いは、当然ながら人間の闘争や戦争とは全く意味が違います。<br>だから主も二人の証人も預言通りに死に至ってます。<br>人間の知る勝利とは、別な法則のもとで動かれてるからです。<br>どの宗教が勝ち残るのかという興味も、当然ながら光側にも闇側にもありません。<br>最も闇においては利用価値があれば、別となるのでしょうが。<br><br>私は刻印を押された人々の数を聞いた。<br>それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。<br>（ヨハネの黙示録7章4行）<br><br>今回の終末、十四万四千人という聖霊を宿す神殿が、世界中に建てられます。<br>生きて歩く、十四万四千の神殿です。<br>それは特定の宗教ではありません。<br>彼らは光の信仰者の中の、未完成な神殿を完成させる職人として現れます。<br>そして御霊分けとして神の刻印を出来上がった神殿に宿します。<br>ですから光の信仰者は、預言者を目指して自らを神殿とする信仰に歩まなくてはなりません。<br><br>愛を追い求めなさい。<br>霊的な賜物、特に預言する為の賜物を熱心に求めなさい。<br>異言を語る者は、人に向かってではなく、神に向かって語っています。<br>それは誰にも分かりません。<br>彼は霊によって神秘を語っているのです。<br>しかし、預言する者は、人に向かって語っているので、人を造り上げ、励まし、慰めます。<br>異言を語る者が自分を造り上げるのに対して、預言する者は教会を造り上げます。<br>（コリントの信徒への手紙１・14章1～4行）<br><br>出現するであろう賜物無しの偽十四万四千人に、注意しなければなりません。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12018702210.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Apr 2015 16:12:00 +0900</pubDate>
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<title>目を覚ます信仰を</title>
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<![CDATA[ 彼は大声で私の耳に語った。<br>「この都を罰する者たちよ、おのおの破壊する道具を手にして近寄れ。」<br>すると、北に面する上の門に通じる道から、六人の男がそれぞれ突き崩す道具を手にしてやって来るではないか。<br>その内の一人は亜麻布をまとい、腰に書記の筆入れを着けていた。<br>彼らはやって来ると、青銅の祭壇の傍らに立った。<br>すると、ケルビムの上にとどまっていたイスラエルの栄光はそこから昇って、神殿の敷居の方に向かい、亜麻布をまとい、腰に書記の筆入れを着けた者に呼びかけた。<br>主は言われた。<br>「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしい事の故に、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ。」<br>また、他の者たちに言っておられるのが、私の耳に入った。<br>「彼の後ろについて都の中を巡れ。<br>打て。<br>慈しみの目を注いではならない。<br>憐れみをかけてはならない。<br>老人も若者も、乙女も子供も人妻も殺して、滅ぼし尽くさなければならない。<br>しかし、あの印のある者に近付いてはならない。<br>さあ、私の神殿から始めよ。」<br>彼らは、神殿の前にいた長老たちから始めた。<br>主はまた彼らに言われた。<br>「神殿を汚し、その庭を、殺された者で満たせ。<br>さあ、出て行くのだ。」<br>彼らは出て行き、都の人々を打った。<br>（エゼキエル書9章1～7行）<br><br>北に面する上の門に通じる道については、過去の記事の『ケルビムと太陽フレアガス後編』に説明してあります。<br>そこから来る六人の男とは、四体で一つとなるケルビムが六グループ来るという意味で、それはヨハネの黙示録に出て来る二十四人の長老たち(セラフィム)の事です。<br><br>～見よ、天に玉座が設けられていて、その玉座の上に座っている方がおられた。<br>その方は、碧玉や赤めのうの様であり、玉座の周りにはエメラルドの様な虹が輝いていた。<br>また、玉座の周りに二十四の座があって、それらの座の上には白い衣を着て、頭に金の冠をかぶった二十四人の長老が座っていた。<br>（ヨハネの黙示録4章2～4行）<br><br>六人の男の内、印を額に付ける者は一人だけですから、二十四人の長老の中で四人が印付けを行い、残りの二十人が印が無い者を打つという事になります。<br>その為に、印を付ける四人だけが清めの炭火を手にして蒔き散らします。<br><br>私が見ていると、ケルビムの頭上の大空の上に、サファイアの石の様で、形は王座の様に見えるものがあるではないか。<br>それはケルビムの上に見えた。<br>主は亜麻布をまとった者に向かって言われた。<br>「ケルビムの下の回転するものの間に入れ。<br>そして、ケルビムの間にある燃える炭火を両手に満たし、それを都の上にまき散らせ」と。<br>彼は、私の目の前で入って行った。<br>（エゼキエル書10章1～2行）<br><br>印を付ける者が両手に燃える炭火を持つのは、四人のケルビムの内、二人が主の右の翼で、もう二人が左の翼である事の表れです。<br><br>一対のケルビムを贖いの座の一部としてその両端に作った。<br>一対のケルビムは向かい合い、顔を贖いの座に向け、翼を広げてこれを覆った。<br>（出エジプト記37章8､9行）<br><br>二十四人の長老の内の四人だけが、救いに至る者たちの額に印を付ける作業を行い、その後でケルビムの火を印持ちたちに注ぎます。<br>それが生ける神の刻印への道で、悪知恵による印盗みも刻印盗みも生じる隙はありません。<br><br>主なる神は言われた。<br>「人は我々の一人の様に、善悪を知る者となった。<br>今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ(盗み食い)、永遠に生きる者となる恐れがある。」<br>主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させる事にされた。<br>こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守る為に、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。<br>（創世記3章22～24行）<br><br>サタンの権威である盗みの力で命の木に至る道に臨み、ケルビムの火の祝福を手にしようと考える者に、真のクリスチャンは一人も存在しません。<br>挑戦する自由がある事で、錯覚を起こす者が後をたちませんでしたが、今となっては主の道と対を成す言葉が、神の囮となるのも必然と分かるでしょう。<br>その為に二十四人の長老の内の二十人が、打つ仕事に従事する事になるのですから。<br>印打ちと打つ為の選別は既に始まってます。<br>その報せが神社寺社に先行して出ました(全てかは分からない)から。<br>ですが二十四人の長老たちによる作業は、正式にはは去年から始まっていたと思われ、恐らく八陽火は一年間を棒に振ってしまったと思われます。<br>それでも印付け(一デナリオン・天の住人権)が成されていれば、オリーブ油(預言者)とぶどう種(しもべ)は損なわれません(ヨハネの黙示録6章6行)から、火入れが後になるのも御心なのかも知れません。<br><br>私は、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。<br>衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。<br>上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。<br>彼らは互いに呼び交わし、唱えた。<br>「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。<br>主の栄光は、地をすべて覆う。」<br>この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。<br>私は言った。<br>「災いだ。<br>私は滅ぼされる。<br>私は汚れた唇の者。<br>汚れた唇の民の中に住む者。<br>しかも私の目は、王なる万軍の主を仰ぎ見た。」<br>すると、セラフィムの一人が、私の所に飛んできた。<br>その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。<br>彼は私の唇に触れさせて言った。<br>「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」<br>（イザヤ書6章1～6行）<br><br>主の御使いはサタンに言った。<br>「サタンよ、主はお前を責められる。<br>エルサレムを選ばれた主はお前を責められる。<br>ここにあるのは火の中から取り出された燃えさしではないか。」<br>ヨシュア(八番目のケルビムでもあるイエス)は汚れた衣を着て、御使いの前に立っていた。<br>御使いは自分に仕えている者たちに向かって言った。<br>「彼の汚れた衣を脱がせてやりなさい。」<br>また、御使いはヨシュアに言った。<br>「私はお前の罪を取り去った。<br>晴れ着を着せて貰いなさい。」<br>また、御使いは言った。<br>「この人の頭に清いかぶり物をかぶせなさい。」<br>彼らはヨシュアの頭に清いかぶり物(ヨハネの黙示録3章12行)をかぶせ、晴れ着(白い衣・光の栄光)を着せた。<br>主の御使いは立ち続けていた。<br>主の御使いはヨシュアに証言して言った。<br>「万軍の主はこう言われる。<br>もしあなたが私の道を歩み、私の務めを守るなら、あなたは私の家を治め、私の庭を守る者となる。<br>私はあなたがここで仕える者らの間に歩む事を許す。<br>大祭司ヨシュアよ、あなたの前に座す同僚たちと共に聞け。<br>あなた達はしるしとなるべき人々である。<br>私は今や若枝であるわが僕を来させる。<br>ここに石がある。<br>これは私がヨシュアの前に差し出すものだ。<br>この一つの石に七つの目がある。～」<br>（ゼカリヤ書3章2～9行）<br><br>イエスの慈悲は訪れます。<br>イエスが洗礼者ヨハネのバプテスマを、ヨシュアの様に受けられたからです。<br>サタンの権威を退けて、ズルしたい誘惑に勝たなければなりません。<br>二十四人の長老を相手に、人間に対する様に戦略を立てても意味がありませんから。<br>光の信仰に目を覚ましていなければなりません。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12018276319.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Apr 2015 16:32:00 +0900</pubDate>
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<title>耳なく立ち返らないのも自由意思の選択</title>
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<![CDATA[ 主の言葉が私に臨んだ。<br>「人の子よ、あなたの同胞に語りかけ、彼らに言いなさい。<br>私がある国に向かって剣を送るとき、その国の民は彼らの中から一人の人を選んで見張りとする。<br>彼は剣が国に向かって臨むのを見ると、角笛を吹き鳴らして民に警告する。<br>角笛を聞いた者が、聞いていながら警告を受け入れず、剣が彼に臨んで彼を殺したなら、血の責任は彼自身にある。<br>彼は角笛の音を聞いても警告を受け入れなかったのだから、血の責任は彼にある。<br>彼が警告を受け入れていれば、自分の命を救いえたはずである。<br>しかし、見張りが、剣の臨むのを見ながら、角笛を吹かず、民が警告を受けぬままに剣が望み、たとえその人は自分の罪のゆえに死んだとしても、血の責任を私は見張りの手に求める。<br><br>人の子よ、私はあなたをイスラエルの家の見張りとした。<br>あなたが、私の口から言葉を聞いたなら、私の警告を彼らに伝えねばならない。<br>私が悪人に向かって、『悪人よ、お前は必ず死なねばならない』と言うとき、あなたが悪人に警告し、彼がその道から離れるように語らないなら、悪人は自分の罪のゆえに死んでも、血の責任を私はお前に求める。<br>しかし、もしあなたが悪人に対してその道から立ち返るよう警告した(済)のに、彼がその道から立ち返らなかったのなら、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。<br><br>人の子よ、イスラエルの家に言いなさい。<br>お前たちはこう言っている。<br>『我々の背きと過ちは我々の上にあり、我々は痩せ衰える。<br>どうして生きる事が出来ようか』と。<br>彼らに言いなさい。<br>私は生きている、と主なる神は言われる。<br>私は悪人が死ぬのを喜ばない。<br>むしろ、悪人がその道から立ち返って生きる事を喜ぶ。<br>立ち返れ、立ち返れ、お前たちの悪しき道から。<br>イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んで良いだろうか。<br><br>人の子よ、あなたの同胞に言いなさい。<br>正しい人の正しさも、彼が背くときには、自分を救う事ができない。<br>また、悪人の悪も、彼がその悪から立ち返るときには、自分を躓かせる事はない。<br>正しい人でも、過ちを犯すときには、その正しさによって生きる事はできない。<br>正しい人に向かって、私が、『お前は必ず生きる』と言ったとしても、もし彼が自分自身の正しさに頼って不正を行うなら、彼のすべての正しさは思い起こされる事がなく、彼の行う不正のゆえに彼は死ぬ。<br>また、悪人に向かって、私が、『お前は必ず死ぬ』と言ったとしても、もし彼がその過ちから立ち返って正義と恵みの業を行うなら、すなわち、その悪人が質物を返し(対価の支払い)、奪った物を償い(清算)、命の掟に従って歩き、不正を行わない(サタンの権威を退ける)なら、彼は必ず生きる。<br>死ぬ事はない。<br>彼の犯したすべての過ちは思い起こされず、正義と恵みの業を行った者は必ず生きる。<br>それなのに、あなたの同胞は言っている。<br>『主の道は正しくない』と。<br>しかし正しくないのは彼らの道(宗教)である。<br>正しい人でも、正しさから離れて不正を行うなら、その不正のゆえに彼は死ぬ。<br>また、悪人でも、悪から離れて正義と恵みの業を行うなら、それゆえに彼は生きる。<br>それなのに、お前たちは言っている。<br>『主の道は正しくない』と。<br>イスラエルの家よ、私は人をそれぞれの道に従って裁く。」<br>（エゼキエル書33章1～20行）<br><br>『「～耳ある者は霊が諸教会に告げる事を聞くが良い。～」』<br>（ヨハネの黙示録2､3章　七教会宛ての手紙の、唯一の共通の御言葉）<br><br>聖書開封が責任を果たすべき相手は、主がハッキリと定めておられる。<br><br>アーメン
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12017050376.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2015 16:10:00 +0900</pubDate>
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<title>終末の七つの時</title>
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<![CDATA[ 蛇(ルシファー)は女(イブ)に言った。<br>「決して死ぬ事はない。<br>それを食べると、目が開け、神の様に善悪を知る者となる事を神はご存知なのだ。」<br>女が見ると、『その木はいかにも美味しそうで、目を引き付け、賢くなる様にそそのかしていた』。<br>（創世記3章4～6行）<br><br>善悪の知識の木はルシファーの分身で、鏡の様にその象徴が反映されています。<br><br>「占い師の長ベルテシャツァル(ダニエルのバビロン名)よ、お前には聖なる神の霊が宿っていて、どんな秘密でも解き明かせると聞いている。<br>私の見た夢はこうだ。<br>解釈をしてほしい。<br>眠っていると、この様な幻が頭に浮かんだのだ。<br>大地の真ん中に一本の木(禁断の知識の木・ルシファー)が生えていた。<br>大きな木であった。<br>その木は成長してたくましくなり、天に届く程の高さになり、地の果てからも見えるまでになった。<br>葉は美しく茂り(エゼキエル書28章11行と同じ象徴)、実は豊かに実って、すべてを養うに足るほどであった。<br>その木陰に野の獣は宿り(闇側を歩く者たち)、その枝に空の鳥は巣を作り(ルシファーに従う堕天使たち・ヨハネの黙示録12章)、生き物はみな(地上の人々)、この木によって食べ物を得た。<br>更に眠っていると、頭に浮かんだ幻の中で、聖なる見張りの天使が天から下って来る(七教会宛ての手紙の受取人たち)のが見えた。<br>天使は大声に呼ばわって、こう言った。<br>『この木を切り倒し、枝を払い、葉を散らし、実を落とせ。<br>その木陰から獣を、その枝から鳥を追い払え。<br>ただし、切り株と根は地中に残し、鉄と青銅の鎖をかけて、野の草の中に置け。<br>天の露にぬれるに任せ、獣と野の草を食らわせよ。<br>その心は変わって、人の心を失い、獣の心が与えられる。<br>こうして七つの時が過ぎるであろう。<br>この宣告は見張りの天使らの決定により、この命令は聖なる者らの決議によるものである。<br>即ち、人間の王国を支配するのは、いと高き神であり、この神は御旨のままにそれを誰にでも与え、また、最も卑しい人をその上に立てる事も出来るという事を、人間に知らせるためである。』<br>これが、私ネブカドネツァル王の見た夢だ。～」<br>（ダニエル書4章6～15行）<br><br>このネブカドネツァル王の夢は、ダニエルが解釈した通りに実現し、堕天使ルシフェルの管理領域内だった所で、ルシフェルの写しとして増長した事から、主によって社会から追放され、野で野生の獣の様に生きる七年間を過ごしました。<br>ですが、この夢には現在の終末に繋がる両義預言が秘められており、天使の言葉の所を解釈してみたいと思います。<br><br>最初に禁断の知識の木への攻撃が述べられて、そこに集う闇の信仰者(獣)と堕天使たち(鳥)を追い払えと言われてます。<br>これは天使なら必然の分かりやすい指示ですが、切り株と根は地中に残せと言われてる事から、禁断の知識の木の象徴の影響力は残る事が分かります。<br>その後の鉄と青銅の鎖を、禁断の知識の木の切り株と根にかけて野に置くとは、千年王国期間の事で、今回の終末で十人の王と七人の王を滅ぼしても、禁断の知識の木の影響力を消してしまう事は出来ません。<br><br>私はまた、一人の天使が、底無しの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から下って来るのを見た。<br>この天使は悪魔でもあるサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底無しの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさない様にした。<br>その後で、竜はしばらくの間、解放されるはずである。<br>（ヨハネの黙示録20章1～3行）<br><br>現在の終末で見張りの天使らによって、切り株と根だけになる禁断の知識の木は、千年のあいだ野ざらしにされる事になりますが、サタンが解放される千年王国の終わりには、再び知識の木の影響力を振るい、人々はサタンの価値観と美学の信奉者にされてしまいます。<br>それが人の心を失い獣の心が与えられるという意味で、この点は現在の無自覚な多くの人々も同じです。<br>そして最も注意すべき点が次の七つの時が過ぎ去るという言葉です。<br>七年期間は見張りの天使らの決定と聖なる者らの決議によるとあるからです。<br><br>これは私がヨシュア(ヘブライ語でイエスの事)の前に差し出すものだ。<br>この一つの石に七つの目がある。<br>（ゼカリヤ書3章9行）<br><br>その七つのものは、地上をくまなく見回る主の七つの御目である。<br>（ゼカリヤ書4章10行）<br><br>小羊には七つの角と七つの目があった。<br>この七つの目は、全地に遣わされている神の七つの霊である。<br>（ヨハネの黙示録5章6行）<br><br>神の七つの霊と七つの星をとを持っている方が、次の様に言われる。<br>（ヨハネの黙示録3章1行）<br><br>あなたは、私の右の手に七つの星と、七つの金の燭台とを見たが、それらの秘められた意味はこうだ。<br>七つの星は七つの教会の天使たち、七つの燭台は七つの教会である。<br>（ヨハネの黙示録1章20行）<br><br>ネブカドネツァル王の夢の中で、見張りの天使らは天から降って来るとあります。<br>その見張りの天使らがイエスの七つの目であり、終末に現れると黙示録に預言された、七つの教会宛ての手紙の受取人たちの事です。<br>彼らの決定と聖なる者らと呼ばれる二十四人の長老たち(四体のケルビムが六グループ集まったセラフィム)の決議によって、七つの時が定められる命令があると預言は示しています。<br>その七つの時が、第二時間が始まりイスラム国の建国宣言があった去年から始まっていたなら、良い麦の成長時間もそれ程無いという事ですから、サタンが持つ権威に安易に寄り頼むべきではありません。<br>ただただ対価の支払いと清算に追われる日々となり、成長のスタート地点に立つ事が目標としてしまう様では、全くの時間の無駄ですから。<br><br>人間の王国を支配するのは、いと高き神である事を、卑しい人(666の獣)を人間社会に立てる事で知らせる事も出来ると、天使がネブカドネツァル王の夢の中で語っています。<br>666の獣が支配する時間が来る事は、天の公認であり避けられませんから、流れる日常の中で光の信仰者は目を覚ましていなければなりません(マタイ福音書24章)。<br><br>七つの教会宛ての手紙の受取人たちが、去年が七つの時の始まりで一致したのかを、八陽火は現在見定めてる最中です。<br>もし期間内に入っていれば二人の証人の三年半まで、ほとんど時間が残されてませんから。
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12009783169.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Apr 2015 17:52:00 +0900</pubDate>
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<title>主の道を示す者vsリリスの人形</title>
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<![CDATA[ ～主の火が降って、焼き尽くす献げ物と薪、石、塵を焼き、溝にあった水をなめ尽くした。<br>これを見たすべての民はひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です。」と言った。<br>エリヤは、「バアルの預言者どもを捕らえよ。一人も逃してはならない」と民に命じた。<br>民が彼らを捕らえると、エリヤは彼らをキション川に連れて行って殺した。<br>（列王記上18章38～40行）<br><br>アハブは、エリヤの行ったすべての事、預言者を剣で皆殺しにした次第をすべてイゼベル(リリスの人形)に告げた。<br>イザベルは、エリヤに使者を送ってこう言った。<br>「私が明日のこの時刻までに、あなたの命をあの預言者たちの一人の命の様にしていなければ、神々が幾重にも私を罰して下さる様に。」<br>それを聞いたエリヤは恐れ、直ちに逃げた。<br>（列王記上19章1～3行）<br><br>逃げ出したエリヤは、心が折れ使命の途中放棄を主に願い、この後、引き継ぎの為のエリシャを召し出し、義の道を示すエリヤを退けよというリリスの目的に、人形イゼベルは成功しました。<br><br>アハブがエリヤに、「私の敵よ、私を見つけたのか」と言うと、エリヤは答えた。<br>「～主はイゼベルにもこう告げられる。<br>『イゼベルはイズレエルの塁壁の中で犬の群れの餌食になる。<br>アハブに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる。』」<br>アハブの様に、主の目に悪とされる事に身を委ねた者はいなかった。<br>彼は、その『妻イゼベルにそそのかされた』のである。<br>彼は、主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリ人と全く同じ様に偶像に仕え、甚だしく忌まわしい事を行った。<br>（列王記上21章20～26行）<br><br>エリヤは迫っている天への引き上げ前に、イゼベルが主にあって退治される預言を残し、それは引き継いだエリシャの時(列王記下9章)に実現しました。<br><br>イエフがイズレエルに来た時、イゼベルはそれを聞いて、目に化粧をし、髪を結い、窓から見下ろしていた。<br>イエフが城門を入って来ると、「主人殺しのジムリ、御無事でいらっしゃいますか(リリスに奪われている舌でリリスに捨てられる)」と言った(列王記上16章8～20行)。<br>彼は窓を見上げ、「私の味方になる者は誰だ、誰だ」と言うと、二、三人の宦官が見下ろしたので、「その女を突き落とせ」と言った。<br>彼らがイゼベルを突き落としたので、その血は壁や馬に飛び散り、馬が彼女を踏みつけた。<br>彼は家に入って食事をしてから言った。<br>「あの呪われた女をの面倒を見てやれ。<br>彼女も王女だったのだから、葬ってやれ。」<br>だが、人々が葬ろうとして行くと、頭蓋骨と両足、両手首しかなかった。<br>彼らが帰って、その事を知らせると、イエスは言った。<br>「これは主の言葉のとおりだ。<br>主はその僕ティシュべ人エリヤによってこう言われた。<br>『イゼベルの肉は、イズレエルの所有地で犬に食われ、イゼベルの遺体はイズレエルの所有地で畑の面にまかれた肥やしの様になり、これがイゼベルだとは誰も言えなくなる。』」<br>（列王記下9章30～37行）<br><br>イゼベルは主にあって撃退されましたが、洗礼者ヨハネとして再び地上に戻ったエリヤの前に、別なリリスの人形が再び立ち、復讐を果たしました。<br><br>～ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻へロディア(リリスの人形)の事でヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。<br>ヨハネが「あの女と結婚する事は律法で許されていない」とヘロデに言った(こうなる様にリリスが誘った？)からである。<br>ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。<br>人々がヨハネを預言者と思っていたからである。<br>ところが、ヘロデの誕生日にへロディアの娘が、皆の前で踊りをおどり、ヘロデを喜ばせた。<br>それで彼は娘に、「願うものは何でもやろう」と誓って約束した。<br>すると、『娘は母親にそそのかされて』、「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場で下さい」と言った。<br>王は心を痛めたが、誓った事ではあるし、また客の手前、それを与える様に命じ、人を遣わして、牢の中でヨハネの首をはねさせた。<br>その首は盆に載せて運ばれ、少女に渡り、少女はそれを母親に持って行った。<br>（マタイ福音書14章3～11行）<br><br>当然ですが、八陽火の霊はエリヤや洗礼者ヨハネと同じではありません。<br>エリヤが使命を放棄して引き継がせた為に、エリシャは遠慮なく「あなたの霊の二つの分(エリヤと洗礼者ヨハネ)を私に受け継がせて下さい」と言った(列王記下2章)事が、それを証明しています。<br>二回の使命で手に入れる祝服を、全部下さいという言葉で、三回目は無いからです。<br>ですが聖書開封のブログは、刈り入れに戻られる主の再臨の前に、洗礼者ヨハネと同じく『主の道を真っ直ぐにせよ』の使命で無償開示を行っています。<br>そしてそれに禁断の知識の実が示す閃きは不要な為、上手くない不器用でマヌケにも映る選択で、無学だったイエスやペトロたちに習う安心が得られています。<br>その御力で洗脳を行わない主が、自由意思の選択で光を隣人とするか闇を隣人とするかを御覧になられている以上、神の視点による線引きが人の視点による線引きと同じはずがありませんから、聖書開封のブログに禁断の知識の実からの良いアイデアは不要です。<br><br>人は禁断の知識の実の支配下で人生をスタートさせる為、今も昔も多くの者が当たり前の様に、禁断の知識の実からの祝服を願い求めています。<br>人が確信する宗教の種類や無神論という線引きに関係なく、ルシファーは禁断の知識の実とその権威の契約者を、自分の蔵に多くの毒麦として貯蔵できます。<br>ですから最も手強いこの隠された強敵を明るみに出し、気付くことが難しくなっている主の道を真っ直ぐにしなければなりません。<br><br>これまで聖書開封の無償開示は、リリスの人形とその一団に何度も邪魔されて来ました。<br>残念ながらそれは、まだまだ続くでしょう。<br>リリスの本命の人形の出現も迫ってますから。
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<link>https://ameblo.jp/hhsbible/entry-12009347768.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Apr 2015 17:25:00 +0900</pubDate>
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