<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>hidesatoのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/hidesato-imai/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/hidesato-imai/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>内部統制の情報と伝達の重要性</title>
<description>
<![CDATA[ <p>「財務報告に係る内部統制報告制度」の導入支援の仕事をしたことがある。</p><br><p>企業会計審議会が「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について（意見書）」というガイドラインを開示したが、これはアメリカの内部統制のフレームワークであるCOSOフレームワークの焼き直しである。焼き直しといっても、創意工夫がされていて、その点、私は評価している。</p><br><p>内部統制の定義は様々だが「財務報告に係る内部統制」はエンロンやカネボウの粉飾事件が発端になっているように粉飾防止のための内部監査制度のことを意味している。もっと簡単に言うと会計上の照合結果を経営者が確認して「弊社は粉飾していません。」と世間に宣言するだけである。</p><br><p>だがガイドラインがいかに良くても、エンロンやカネボウで粉飾行為で刑事罰を喰らったのは経営者やその側近達であって、経営者がそんな宣言をしたところでなんの説得力もない。オリンパスがその良い例である。本家のアメリカではダイレクトレポーティングといって会計監査を担当している監査法人とは別の監査法人が直接、照合結果を監査しているので多少、説得力は増すのだが、適正意見を出さないと株主から訴えられるので、よっぽどのことが無い限り適正意見を出す。とかくこの世は生きにくい。</p><br><p>いや今回はそんなことが言いたいのではない。「COSOフレームワーク」は元々、粉飾防止のためだけに作られたわけではなくコーポレート・ガバナンスの理想的な形の一つとして研究されていることに、改めて気づいたのだ。「今さらかよ！」とつっこまれそうだが。</p><br><p>「COSOフレームワーク」は統制環境の把握、リスクの評価と対応、統制活動（対応の実行）、情報と伝達、モニタリング（内部監査）という活動によって構成されているのだが、情報と伝達を軽視した内部統制関係者は多いのではないだろうか？（私だけだったりして…。）</p><br><p>経営者達の作為的な粉飾等の不正以外で会社組織で事件や事故が起きてしまうのは正確な情報が早期に然るべき部門に伝達されていないことが原因のほとんどだからである。もっとも最近は個人の道徳基準が低下していてバイトテロや農薬混入事件などの事件が起きているのだが、しかし原発事故や列車の脱線事故等、かなり悲惨な事件、事故は情報の伝達がスムーズでなかったことが原因なのである。情報が伝達されても権力者が握りつぶしてしまえば、作為的な犯罪とみなされてしまうが、そもそも情報の伝達経路が明確になっていれば、その権力者は問題となっている情報を握りつぶせなくなる。もし握りつぶしても、その可能性を考慮に入れた伝達経路（例えば2重にする等）をあらかじめ設計しておけば事件や事故は防げるのである。</p><br><p>こう考えると経営者の意図的な粉飾も、財務情報の伝達経路を工夫すれば防止もしくは早期発見できることになる。しかし監査法人も監査役も内部監査部門もそれぞれ事情があって情報を握りつぶしてしまうことがある。執行役に対する取締役の牽制にも限界がある。これ以上書くと闇討ちに合いそうなのでやめておく。</p><br><p>とかくこの世は生きにくい。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hidesato-imai/entry-11817207956.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Apr 2014 15:54:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ERPとMRPとセクショナリズム</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ある多国籍企業のカンファレンスに出たことがある。日本支社の情報システム部門長は「最近、上層部の方針でS社のERPをノンカスタマイズで基幹システムとして導入した。業務改善はそのシステムの外でやれとの指示を受けた。」と公式にリリースしていた。世界中の業務管理を本社のERP一本でこなすということだ。</p><br><p>その後、そのERPの会社の幹部にその逸話を話したが彼は苦笑いだった。彼は話題を少しずらして「ERPの導入にあたってはプロジェクトの成功の定義をはじめに決めておくべきだ。」と述べた。つまりクライアントのERP導入プロジェクトの内容は話せないが計画どうりには成功しなかったということのようだ。口裏を合わせるように大手システムインテグレーターの知り合いは「見積もりのフェーズでプロジェクトが失敗した場合の要因（無論クライアント側）をあらかじめ決めておく」とのたもうた。ERPで糊塗をしのいでいる連中は魑魅魍魎である。</p><br><p>ERPと日本のメーカーの相性は本当に悪い。たとえばユーザー部門の人間はERPを伝票発効機と揶揄する。</p><br><p>だが、情報システムは基本的には四則演算のためのツールに過ぎない。ユーザー部門が伝票発効機だというが数字が合っているのであればそのERPは業務の効率化に大いに貢献しているはずである。</p><br><p>問題はMRP（<strong>資材所要量計画</strong>）があてにならないというこである。だが前述のように情報システムは四則演算のツールに過ぎない。</p><br><p>ある良心的な専門家はMRPの精度を上げるにはマスタの項目を増やすべきだと述べた。金言である。しかし、それはユーザー部門が真面目に業務結果を入力している前提での話である。</p><br><p>問題の本質は別にあると思う。</p><br><p>ある消費財メーカーの情報システム部門長に相談すると「実棚を増やせばMRPの精度は上がる。」と助言を受けた。実棚とは「実地棚卸」の略語である。情報システムの世界では「理論在庫」と「実在庫」という用語がある。「理論在庫」と「実在庫」の数値が合わないのであれば当然MRPの精度が低くなるので前述の情報システム部門長は「実棚」の回数を増やせと言ったのである。「実棚」とはERP上の「理論在庫」と倉庫の「実在庫」の数値を合わせるために現物の数を確認することを言う。監査ともいう。だが在庫管理部門の担当者が入庫数や出庫数を偽ったり間違ったりする可能性は低い。部品や製品を横流しすることはあるかもしれないが、それは犯罪であり頻発はしないだろう。</p><br><p>問題の本質は生産管理部門にあると思う。いや彼らなりに事情はあるのだ。入庫していないのに、入庫したと端末に入力しなければならない事情。出庫していないのに出庫したと入力しなければならない事情。期日までのノルマや営業部門や上長、取引先との兼ね合い。それらが理論在庫を狂わせているのだ。</p><br><p>ERPの評判の悪さ、MRPの精度の低さは日本独自の情緒やセクショナリズムが要因である。</p><br><p>ある生産管理部門の課長は私に「この会社は滅茶苦茶だ。」とぼやいた。</p><br><p>だがコンサルタントの私にぼやいても問題の解決にはならない。部長、本部長、常務、専務に訴えるべきである。私はその手伝いはできるが、プロセスオーナーが問題を認識し改善する意思がないのであれば、その会社の将来はそれほど明るくない。</p><br><p>見せかけの業績が向上しても監査法人が財務諸表で適正意見を出さないのであればその会社はいっかんの終わりなのである。</p><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hidesato-imai/entry-11816527898.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Apr 2014 21:15:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>蕎麦とカースト制度</title>
<description>
<![CDATA[ <p>最近、日本に観光で来たインド人と夕食を食べた。友人の友人である。蕎麦をゆがき、寿司をとって、赤出汁は魚の粗から私が作った。</p><br><p>インドでは動物性タンパク質は主に水牛と豚と鳥だそうで、魚といえば川魚であり「泥臭い」というイメージがあるそうだ。無論、海沿いの町では魚介の美味いカリーもあるんだろうが内陸部では仕方がない。結果的には、寿司も赤出汁も蕎麦も、美味しく食べてくれた。しかも蕎麦が一番美味いとのこと。辛み大根をおろして麺つゆに入れるのを忘れたのが悔やまれる。インド人もびっくりの辛さであったであろうに。ちなみにインドにも辛いものが全く食べられない人はいるんだそうだ。彼もわさびは苦手とのこと。</p><br><p>彼は十代の頃に山村から都会に出てきて勉学を志すも、志半ばで実業家に転身し社会的にはある程度、成功した。今では両親や弟達を呼び寄せ一軒家に大家族で住んでいる。そんな彼が「なぜ日本の若者は実家を出て一人暮らしをするのか？」と私に尋ねた。</p><br><p>最近はニートや引きこもりといって実家を出ない若者も多いのだが、それでも日本は今までの傾向として核家族が多かった。農業国から工業国への転換がその主要因だろうが、私の口は自然に別の理由を述べていた。「日本では長男が親の面倒を見る代わりに遺産を全部受け継ぐ習慣が古くからあった。次男以下は婿養子に行くか、自分で田畑を切り開かなければならなかった。そうでなければ…」</p><br><p>なぜこんなことを口走ってしまったのかは後になって気が付いた。彼がインド人であり、確実にどこかのカーストに属しているはずであることを私は意識しすぎていたのだ。しかし彼は私の回答に満足した。</p><br><p>事実、私の父は戦後生まれであるが、農家の三男であり田んぼを2枚売ってもらって公立の大学を卒業し、都会のとある企業に入社した。父の実家には長男とその家族だけが住んでいて今でも農業を営んでいる。私の回答はあながち間違ってはいないと思う。</p><br><p>日本では相続法は民法の中で規定されており、おそらく明治時代にはある程度まともなものになっていたであろうが、それ以前は、次男以下の子供たちは大変だったのだ。元服（成人）と同時に畑百姓や小作人というカーストに生きながらにして落ちるのである。自前で米を作れない人は人間扱いされない社会だったのである。（ローマ帝国の市民権によく似ている。）インド人の彼は成功者ではあるものの山村生まれの苦労人であるが故か、その辛さを瞬時に理解したようである。</p><br><p>とはいえ日本には貧民から関白（クシャトリア）になった男もいるし、大宗派の中興の祖（バラモン）になった男もいる。そこまでいかなくても足軽になって大将首をとれば物頭（隊長）ぐらいには出世できたし芸を極めれば貴族がパトロンになってくれた。日本は生きながらにしてカーストが上下する怖くて、風通しの良い国だったのである。</p><br><p>階級差別は確実に絶対悪である。特に不可触民に対する差別は。インド人も口を揃えて同じことを言う。だが同時にカースト制度はインドでは抜きがたい因習でもある。私は彼の目が私の答えを理解したときに一瞬、影を帯びたのを見てしまった。残念ながら日本でもこの因習は抜きがたい。</p><br><p>インドは一国だけで市場が形成できる国家である。英語が堪能な人も多い。理系の人も多い。経済的に豊かになる要素は日本以上にあるのにブレイクスルーが困難なのは、どうやらそのあたりに理由がありそうだ。（たぶんエスノグラフィーの優れた英論文は調べればたくさん出てくるだろう。）</p><br><p>日本が経済大国として曲がりなりにも成功したのは階級差別が不可触民のみに対してのみ強く残っただけ（そして不可触民と認識されている人々の数が少なかったから）で人権擁護の視点では何の自慢にもならないのは言うまでもない。</p><br><p>戦争と差別の根絶は人類の至上目標に含まれる。戦争の結果、科学技術は進歩したといわれているが差別は本当に何も生み出さない。でもインド人の彼が「弟たちによく小遣いをたかられる。」と愚痴をこぼしながら美味そうに蕎麦を手繰っているのを見て私は何か心の中に温かいものを感じた。彼がどのカーストに属しているのかは最後まで誰も質問しなかった。（たとえバラモンでも自分からは言わないだけの器量を彼はたぶん持っている。）</p><br><p>苦労人の成功者、大家族の世帯主、アーリア系の美人のやさしい奥さん。クレバーなふりしてポジ出ししながらライバルを蹴落とす月給取りの日本人の典型。どっちが幸せなんだろうか。置かれた環境で最善を尽くすことが、結果として「幸せ」なんだろうか？私は考え出すと酒量が増える。翌日、二日酔いになってしまった。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hidesato-imai/entry-11813781901.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Apr 2014 18:51:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>血糖値と漬物と私</title>
<description>
<![CDATA[ <p>最近、食事はまず最初に汁物（例えば味噌汁、スープ）、サラダ、メインディッシュやおかず、最後に炭水化物を食べるように勧める記事が多い。目的は血糖値の急激な上昇を防ぎ、それによってブドウ糖の脂肪化を防ぐことにあるらしい。</p><br><p>理屈は理解できる。私もそのように心がけている。</p><br><p>しかし納得できないのは、同じ記事の中で漬物は消化を助ける効果があるので食べたほうが良いと述べていることだ。汁物やサラダは胃酸を中和して炭水化物の消化を遅延させるのに、漬物で胃を刺激して炭水化物の消化を助けるというのは矛盾している。筆者はこの矛盾に気が付かないのだろうか？</p><br><p>百歩譲ってタンパク質の消化を助けるためにステーキソースのベースをビネガーにしてみましたというのなら納得できる。タンパク質の吸収って大切だからね。</p><br><p>そんなことを定食をかき込みながら考えている。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hidesato-imai/entry-11812719897.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Apr 2014 18:15:19 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
