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<title>Change &amp; Challenge</title>
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<description>きらきら華やかな舞台から一転、満員の通勤電車に乗って会社へコピー機の使い方すら知らなかった「超世間知らず」の管理人が辿ったまわり道と、新たな挑戦について発信します</description>
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<title>音楽は緻密な計算で作られる</title>
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<![CDATA[ <p>皆様、こんばんは&lt;(_ _)&gt;</p><br><br><p>前回から間が空いてしまいましたが、↓前回の記事↓に続いて</p><p><a href="http://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11489793397.html">http://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11489793397.html</a></p><p>音楽家に特徴ある思考の、ふたつ目についてお話します。</p><br><br><p><font size="3">【徹底した計算】</font></p><p>音楽を専門的にやっていると、嫌でも耳に入る「音楽性」と「音楽的な才能」のふたつの言葉・・・</p><br><p>これが、どれほど意味のない言葉か、思い知ったのはドイツ時代です。</p><p>日本で恐らく多くのひとが惑わされている、このふたつの言葉は、本質からかけ離れているだけではなく</p><p>音楽そのものを見失わせます。</p><br><p>これは断言できますが、卓越した演奏家・音楽家は、演奏を構成する上で計算を尽くしています。</p><p>感動を生む演奏を、その人の音楽性と言うのは構いませんが、それは全て、緻密に計算されているものです。同じような意味でよく使われる「音楽的な才能」というのも落とし穴で、結局、それは何なのかよくわからないまま、一人歩きしている言葉で、意味がありません。</p><br><p>音楽的な才能があると言われた、という留学生をたくさん見ました。</p><p>そして、それに意味がないことを思い知らされて愕然としているひとも。</p><p>日本人はなぜ、そんなことに一喜一憂してしまうのか？とある教授に問われて、答えられませんでした。</p><p>なぜなら、自分も日本にいた時は、この言葉で評価されていたからです。</p><p>幸い、それにしがみつくだけのヒマがなかったため、気にもしなかっただけです。</p><br><p>どこで、どのような山やドラマティックな流れを作りだし、いかに聴衆を引き込むか。</p><p>本当はこれが、演奏家にとってすべてです。</p><p>「なんとなく」これをやっているひとと、明らかに計算を尽くしているひとは、違います。</p><p>残念ながら、意図的に計算を尽くす演奏家が全てではありません。</p><br><br><p>すばらしい演奏を構成するのが計算で、それを実現するのが、磨き上げられたテクニックというわけです。これは、いわゆるクラシック音楽の世界にとどまらず、日本の歌謡曲にも言えます。</p><br><p>先日、美空ひばりさんの歌を耳にする機会がありました。</p><p>もう、古い録音です。しかしいまでも、彼女以上に、ひとを感動させる歌い方が出来るひとはいないかもしれません。だからこそ、伝説になって、いまも多くのひとを魅了し続けています。</p><br><p>その時聞いた美空ひばりさんの歌声は、改めてその凄さを感じるものでした。</p><p>恐らく、隅から隅まですべて、どこでどのようなテクニックを駆使して、いかに「聴かせる」かを計算しつくした人なのだと思います。その意図がはっきり伝わってきました。そして、その意図＝計算を実現するだけの、素晴らしいテクニックがあって、はじめてあの非凡な歌声が生まれたわけです。</p><br><p>音楽性や、音楽的な才能というと、誰でもきっとはじめから身についたモノ、だと信じ込んでしまいがちだろうと思います。</p><p>しかし、実際はそうではない。</p><br><p>徹底した計算や構成力、論理的な思考。</p><p>本当は、こちらが音楽家に必要な要素ですが、これはビジネスの現場でもきっと同じなのではないでしょうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11498820345.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Mar 2013 23:33:10 +0900</pubDate>
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<title>レゴブロックで造形物を作ることと、音楽家</title>
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<![CDATA[ <p>今回は音楽家の思考方法についてです。</p><br><br><br><p>音楽家に特徴ある思考を挙げるとすれば、以下のふたつになります。</p><p>ひとつが、全体と細部のバランス</p><p>もうひとつが、徹底した計算</p><br><br><p>今回は、全体と細部について、レゴブロックに例えてみたいと思います。</p><br><p><font size="3">【全体と細部】</font></p><p>世の中には、レゴで緻密で壮大な造形物を作れるひとがいますよね！</p><p>中には動いたりと、驚くほどの出来・・・と、それは置いておいて（笑）</p><br><br><p>音楽家が楽曲を仕上げることを、レゴで造形物を作ることに例えてみます。</p><p>ここでは、楽譜を作曲家の描いた設計図だと考えてください。ただし、完成予想図は、ありません。自分で作り上げながら、設計図をみながら、想像します。</p><p>もちろん、そのひとなりの個性を織り交ぜる自由度もありです（笑）</p><br><p>カンタンなものならともかく、とても複雑で緻密な作業が必要なものを、一気に作ることはなかなか難しいでしょうから、おそらくパーツごとに作るのが一般的になるのではないでしょうか？</p><br><p>パーツを組み、全体を完成させること。ヨーロッパでは、学生であっても、そしてどんなに未熟であっても「完成品」をレッスンで提示することが絶対でした。これが出来ないと、何をしに来たんだ？と言われてしまいます。</p><p>例えばいま現在、設計図（＝楽譜）すら見ていない状態でも、明日これをレッスンしよう！と教授に言われれば、とにかく完成品を持っていくしかない、ということが何度あったか。。。1日しかないので、途中まで！というわけにはいかないのです。それは、教授の恩師のその前・・・から、ずっと続いているいわば当たり前のことで、僕もそうやってやってきたんだから、キミも頑張ってね、と言われるだけでしたね（笑）</p><br><p>完成品を提示して、ここはこういうのがいいんじゃないか？これは間違っているんじゃないか？これはどうしてこうなったんだ？という議論やテクニックのアドバイスを受ける場がレッスン、というわけです。</p><p>ところが、日本では正反対。20代半ばになった学生でも、パーツを持って行って、先生に組み立ててもらおうとするか、組み立てる、という概念がなかったりします。これは、残念ながら、音楽にとどまらない特徴かもしれませんが。。。</p><br><br><p>全体を遠くから見たら問題なかったけど、近くでみたら細部が雑だったとか、細部はとてもきれいだったけど、全体としてみたらバランスが悪すぎて今にも崩れそうだとか。</p><p>そんなことがないように、常に細部と全体のバランスを取りつづけること、そして可能な限り完成度の高いものを作り上げること。</p><p>レベルの高い音楽家であり続けるには、出来なくてはならないことであり、考え方でした。</p><p><br></p><p>ところが、企業で働いていると、これが出来るひとはそう多くないことに気が付きました。それどころか、ほとんどの人が細部ばかりを見て働いている、と感じました。細部ばかり見ていると、問題の本質に全く気が付かないどころか、見当はずれの改革や改善案を持ち出したりと、いいことなしです。</p><br><p>そんな光景を目の当たりにするうちに、音楽の世界の常識をビジネスの現場に当てはめて考えるようになりました。</p><br><p>次回は、「徹底した計算」卓越した音楽家が音楽を作り上げる本当の力についてです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11489793397.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Mar 2013 21:11:06 +0900</pubDate>
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<title>演奏にみる（聴く？）お国柄</title>
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<![CDATA[ <p>更新がなかなか出来ません・・・頑張ります！</p><br><p>今日は、演奏でわかってしまう、お国柄というお題にします。</p><br><br><p>楽器の演奏というのは面白いもので、演奏者のお国柄が出ます。</p><p>正確に言えば、お国柄というよりは「母国語」のクセが強く出ます。</p><p>もちろん、これを聞き分けるには訓練が必要なので、誰にでも出来ることではないかもしれませんが</p><p>音楽大学で学ぶ大抵の学生は、この事実は知っています。</p><br><br><p>どういうことかというと・・・</p><br><p>フランス語の響きを聞いたことがあるでしょうか？よく、フランス語と東北弁が似ている、なんて言われますが、そう、どこかごにょごにょ～と途切れない感じ（笑）口を大きく開けずに発声しているのが似ています。</p><p>そんなフランス語とは正反対に、一語一語をくっきりはっきりと発音するドイツ語。</p><br><p>このふたつを対比させると、フランス語はやわらかく、ドイツ語はかたい、と言えます。</p><p>もしくは、フランス語は流れるように速く、ドイツ語はとつとつとしている、とも言えます。</p><br><p>演奏には、その辺りがかなり正直に出ます。</p><br><p>例えば、やわらかい曲調の旋律。ドイツ語を母国語とするひとが演奏すると、どこかぎくしゃくしています。</p><p>反対に、かっちりした旋律をフランス人が演奏するととりとめのない、まさにフランス語のような曲になっていて、これはこれで面白い、と言われたり、邪道だと批判されたり。</p><br><p>演奏家だけではなく、作曲家も当然母国語の影響を受けています。</p><p>フランス人の作曲家とドイツ人の作曲家、どんな曲調が多くなるかは、もうお分かりかと思いますが、わたしはドイツ語を学んでマスターした人間ですから、客観的に比較するということが出来ました。ドイツ語の影響を受けないように、フランス作曲家の楽曲を演奏する時には一日中フランス語のニュースを流しっぱなしにしてフランス語の響きをたたきこむ、ということをしたほどです。</p><p>これはある意味、一夜漬けのようなテクニックですが、役には立ちました（笑）</p><br><br><p>また、スタッカートと言う、演奏の基本中の基本テクニック。</p><p>日本でも音楽の授業でリコーダーを習ったひとはご存知かもしれませんね。音を区切るためのテクニックです。</p><p>このスタッカート、ゆっくりなら問題なくても速くするのは大変難しくて、多くの学生が苦労するのですが、フランス語等のラテン語系を母国語としている人は、ほとんど練習しなくても出来てしまいます。</p><p>反対にドイツ語を母国語とする学生にとっては、大きな壁のひとつが速いスタッカート。</p><p>もちろん、皆必死に練習してマスターしますが、そのレベルを超えてとてつもない速さで出来るひとたちがいるのも、事実・・・もう、あの人たちは最初から出来るんだから、とあきらめの境地でした（笑）</p><br><br><p>もちろん、日本語のクセもあるので、演奏が聞こえてくるだけで、あ、日本人だな、とわかってしまうことも多かったです。音楽って、不思議なものだなぁ、とつくづく考えさせられたものです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11488483974.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Mar 2013 22:38:47 +0900</pubDate>
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<title>様々なこたえ＜2＞</title>
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<![CDATA[ <p>前回の記事<a href="http://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11476277026.html">http://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11476277026.html</a>で、【観察力】について書きました。</p><p>今回は、その観察で得た情報をどう行動につなげるかのカギになる【発想力】についてお話したいと思います。</p><br><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">【発想力】</font></p><br><p>前回の記事で触れた</p><p><font color="#ff0000" size="2">広くもない会議室に目いっぱいバラバラに離れて座っていたプロジェクトチーム</font></p><br><p>このチームを例にとります。</p><p>外見通り、心もバラバラのチームでした。プロジェクトのスケジュールや方針を決める大切な会議の場で、全員が口々にいかにこのプロジェクトの負担が重く、業務時間がそもそも足りていない自分たちにとって、毎週決められた曜日の決められた時間に集まることがどんなに困難か、ということを言い出してしまい、まるで先に進みませんでした。</p><br><p><font color="#ff0000" size="2">あなたがこの状況をコントロールする権限や立場があったとしたら、どうしますか？</font></p><p><font color="#ff0000" size="2">ここが発想力です。</font></p><br><p>実はこの時のメンバーは全員が管理職、しかもプロジェクトのために選抜されたエリート管理職でした。</p><p>当然、本来の業務は多忙で、確かにプロジェクトは負担の重いものでしたから、嫌がるのも無理はないように思えます。</p><br><p>メンバーの抱える本来業務を一時的に一部委譲する、プロジェクト会議を短縮する、もしくは別のメンバーを検討する。</p><p>恐らく多くのひとが、業務量や時間を軸に対応を考えるのだろうと思います。</p><br><p>この時わたしが考えたことは、ひとつ。</p><p>プロジェクト会議を、彼らが「来たい」と思える場所にすればよい、ということでした。</p><p>ここに来ることが楽しければ、文句を言わないで来るはずだ、と思いました。そして楽しければ、プロジェクト自体もうまくいくと、これは直感でしたが、同時に確信でもありました。</p><p>時間がない、という言い訳は曲者で、本当に時間がないからこんなに文句を言っているかというと、実はそうでもありません。バラバラに座っている、というのは、お互いに警戒している証拠です。同じチームのメンバーを信頼していないので、一緒に仕事をするのが嫌なだけ。</p><br><br><p>音楽家の「仕事」には、終わりがありません。業務量が多い少ない、という概念もありません。ひとつ大きなコンサートが終わっても、その瞬間から次の何かのために走りはじめなければなりません。全ての時間は、終わりのない仕事をしながら、他の必要なこと、やりたいことをやるしかないわけです。自分で自分をコントロールすることが大事であると同時に、好きなことであれば、苦もなく時間を作り出せることは経験済み。</p><br><p>これは、おそらく多くのひとが知っているのではないでしょうか？仕事であっても楽しいと思えれば、それにどれほどの時間がかかろうと文句を言う人はあまりいないわけです。</p><p><br>ほんとうに単純なことです。わたしは、自分の直感を信じて、とにかく、全員に雑談を振りました。どんなひとかわかれば警戒心も薄れるはずで、それにはとにかく口を開かせるしかありません。ここは、音楽家としてというより、海外で暮らした経験が役に立ちました。褒める、話を聞く姿勢を取る（日本人は苦手です）、いつでもニコニコしている。そんなに時間はかかりませんでした。わたしがひとりと話していると、他のメンバーはそれを聞いているんですね、そう、聞き耳を立てているわけです。警戒心を持ってはいるけれど、お互いに興味はある。そんな空気になってからはあっという間に、メンバー同士で話しをするようになり、笑いが絶えないチームになりました。遊んでいたわけではありません（笑）ただ、いっしょに仕事をすることが楽しい仲間になっただけです。</p><br><p>このプロジェクトの成果は推して知るべし。</p><p>プロジェクト本来の目標だけではなく、全員が腹を割って話合える、素晴らしい関係も同時に獲得していました。</p><br><p><br>問題を別の視点やレベルから解決するための「発想力」。</p><p>アインシュタインの言葉にも、こうあります。</p><br><p>問題は発生したのと同じ次元では解決できない</p><br><p>業務量や時間軸では決して解決しない問題を突破する発想力、これがふたつめのこたえでした。</p><br><p>次回は「音楽家の思考方法」についてです。</p><p><font color="#ff0000" size="3"><br></font></p><p><font color="#ff0000" size="3"><br></font></p><p><font color="#ff0000" size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11483596421.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Mar 2013 00:04:21 +0900</pubDate>
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<title>様々なこたえ＜1＞</title>
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<![CDATA[ <p>前回まで、幼い頃から企業で働いたところまでを振り返りました。</p><p>長々とお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました&lt;(_ _)&gt;</p><br><p>派遣企業3社目、それが最後に勤務した企業になります。</p><p>ここではほんとうにいろいろな仕事をしましたが、結局のところ業務改善プロジェクトにたどり着きました。</p><p>詳細は省きますが、この時、いままで自分がやってきたことの答え、なぜ自分にそれができたのか、を見つけることになります。</p><br><br><p>思考方法や発想力、洞察力、観察力。</p><p>まさにこれらの能力が、音楽家として身につけた、他の多くのひとが持つものとはやや違ったものでした。</p><br><br><p><font size="3">【観察力】</font></p><p>今回は、観察力についてお話したいと思います。</p><br><p>人は、同じ景色の中に立っても、同じものを見ているとは限りません。</p><p>誰かは木を、誰かは山を、他の誰かはその山に入ろうとする人を見ているかもしれないし、空を見上げるひともいるかもしれない。中には、景色の中に幾何学模様を探しているひとだっているかもしれない。</p><p>ひとそれぞれです。見ているものは、全員が違うといっても間違いはないかもしれません。</p><br><p>では、もう少し狭い環境にしてみましょうか。</p><br><p>会議室にいるとき、あなたは何を見ていますか？</p><br><p>見慣れた会議室、見慣れた光景。その時、何に気が付きますか？</p><p>この時に見えるものが、わたしは多くのひとと違いました。</p><p>一言で言ってしまえば、会議室内のポジショニングです。</p><p>これが、まず見えて、直感的に状況を把握します。そして自分の行動を決めていきます。</p><p>一瞬で大抵の組織やチームの状況がわかるわけです。仕事がうまくいっているのか、協力体制は十分なのか、誰が反乱分子なのか等、誰と話さなくても、むしろ話すよりもはるかに的確にわかりました。</p><br><p>この状況が把握できるというのはあらゆる意味で重要でした。サッカーでも、ピッチ上のポジションを一瞬で把握し先を読める選手がゲームを作る、と聞きます。本質は同じではないでしょうか。</p><br><p>あらかじめ決められた席しかない場だと分かりにくいですが、例えば少々自由度のある空間で好きにポジショニングしてもらうと、きっとよくわかると思います。</p><br><p>わたしが経験した中で印象的だった例をあげると、広くもない会議室に目いっぱいバラバラに離れて座っていたプロジェクトチーム、ある数人だけが毎回必ず固まって座り、会議中もヒソヒソ声で批判を繰り返すプロジェクト等があります。</p><p>前者は、誰一人プロジェクトに乗り気ではなく、業務時間を削られることにいらだって文句ばかり言っているチームの状況、後者はこの数人が後々、プロジェクトの邪魔をすることになります。</p><br><p>この観察力は、音楽家として教育を受けたわたしにとっては、ごく当たり前に身についたものでした。</p><p>オーケストラやアンサンブルといった、誰かと一緒にその場で作り上げる音楽は、「場」の芸術といっても過言ではないでしょう。どれほど「場」が居心地のよいものか、というのは、結果に大きく影響します。その「場」には同僚の音楽家、指揮者、それにもちろん聴衆も入ります。実は、苦手な共演者や気の合わない指揮者だったりすると、限られた範囲内で精一杯距離を取ったりもします（笑）もちろん、よい演奏にはなりませんが、そんな経験を繰り返しするうち、うまくいく「場」というのがどんなものか、わかるようになるものなんですね。</p><br><br><br><p>次回は「発想力」についてです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11476277026.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Feb 2013 20:54:12 +0900</pubDate>
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<title>自分史⑤ターニングポイント、その後</title>
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<![CDATA[ <p>今回は、初めての派遣先で出会ったターニングポイントの、その後について振り返りたいと思います。</p><br><br><p>業務改革プロジェクトは、半年の予定でした。</p><p>その半年が過ぎる頃には、当初感じていた違和感を忘れるほど仕事に没頭し、PCのかなり高度なスキルも身についいていました。</p><p>毎日があまりに速く過ぎるなんて子供のころ以来の感覚でしたが、それほど楽しい職場だったのだと思います。そんなプロジェクトも終わる時が来て、派遣企業2社目となる、ある有名メーカーに移りました。</p><p>ここでは、はじめから「自分の役割」を模索して、それを実行しました。必然なのか偶然だったのか・・・この会社にも「不機嫌で効率の悪い」働き方をしている人たちが大勢いて、わたしは、その人たちに「働くことが楽しい」と思ってもらいたい一心で、約半年間、まともに昼休憩が取れないほど働きました。具体的に何をしたかは、長くなってしまうのでここでは省略しますが、部門を超え、役職を超えて様々なプロセスの改善や、調整に走り回った、やりがいのある仕事でした。</p><br><p>この頃から周囲に「どうして派遣なんてやってるの？」と頻繁に聞かれるようになります。</p><p>これほど仕事が出来るのに、なんで派遣なの？</p><br><p>言葉だけ取ると、派遣社員の方に失礼な言い方でちょっとカチンと来ます。ただ、これは問題が少しずれるので、今は置いておきます。</p><p>この時問題だったのは、どんなに仕事をしても、派遣は派遣だということでした。やればやるほど目立ってしまう。これが、わたしにとっては大問題でした。演奏家だったころの、嫌な思い出と重なる気がして、ひどく気が滅入りました。結局、半年で一定の成果を上げたことを確認し、次の派遣先へ移ることを決めます。派遣3社目となる大手通信系企業。ここでわたしは、自分がそれまで2社でやってきたことと、企業での勤務経験の全くない自分に何故それができたのか、求めていたその答えを見つけます。</p><br><br><p>次回は、求めていた答えについてです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11475567747.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Feb 2013 20:23:10 +0900</pubDate>
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<title>「指揮者の実力は5分でわかる」はほんとう？</title>
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<![CDATA[ <p>答え：本当です！</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">指揮者の実力は、オーケストラの一員にはほんの短時間でわかります</font></p><br><br><p>指揮台に上がり、腕を振っているだけで、実力がバレてしまうなんて、ちょっと・・・怖いですね（笑）</p><p>もちろん、指揮者の仕事は腕を振ることではなく、オーケストラを統率し、音楽を作り上げること。</p><p>これを、ビジネスに当てはめてみると、企業内で権限を持った上司（リーダー）と部下の関係と本質は同じではないでしょうか。</p><p>もっとも、自分の経験からいっても、一般の企業で、たった5分程度の短時間で自分の上司の実力を推し量ることは、通常はあまり考えられないでしょうから、その点、指揮者というポジションは特殊だということになります。</p><br><br><p>わたしには、忘れられない3人の指揮者がいます。</p><br><br><p>ひとりは、16歳の時に見た、ウィーンフィルを指揮する、巨匠クラウディオ・アッバード。</p><p>アッバードの手の先から糸が出て、オーケストラがまるで操り人形のように見えました。その光景は衝撃的でした。</p><p>以前は、指揮者の力量が圧倒的に大きいと、オーケストラはあんな風に動くのかと考えていましたが、今はそうではなく、指揮者の実力を認めたオーケストラが「そう見えるように（操られているように）装った」のだろうな、と思うようになりました。</p><p>互いに世界的な名声を持つ指揮者とオーケストラはともに、聴衆に対して演奏を聴かせ、同時に魅せたわけです。強烈に印象に残る、パフォーマンスで。</p><br><br><p>ふたりめは、ドイツでのオペラ公演の指揮者でした。</p><p>この指揮者は不幸なことに、初回のリハーサルで、文字通りほんの数分でオーケストラの信頼を失いました。</p><p>そのあとは、何を言っても、どう説明しても、オーケストラはちっとも言うことを聞いてくれないという、指揮者にとってもわたし達オーケストラ奏者にとっても愉快とは言い難い時間を過ごすことになりました。</p><p>当時は、自分自身でも指揮者の何がダメでどうして、オーケストラから信頼されなかったのかを言葉で表現できませんでしたが、今であれば、わかる気がします。</p><p>この指揮者は、本当に「腕を振るだけ」で指揮者が務まると思っていたのかもしれません。</p><p>わたし達の音を聴いてもいない。状況を把握することもしない。ただ、自分の思う通りにオーケストラに振る舞って欲しいと思っていた。会社で、自分は何もしないで、部下に最高の（想像上の）パフォーマンスだけを求める上司がいたら、信頼を得ることは出来ないことと同じです。</p><br><br><p>三人目の指揮者は、ある音楽大学の教授でした。</p><p>わたし達音大の学生オーケストラが、同校の教授でもある有名ピアニストと共演するコンサートの指揮者としてやってきました。</p><p>このひとは、一見するとどこにでもいそうな、ごく普通のひとに見えました。</p><p>身体が特に大きいわけでもなく、声が大きいわけでもない。音楽家の中には、殊更に個性を強調するひともいますし、また独特の雰囲気を持つ人も珍しくない中、これといって特に印象にも残らない、平凡な外見でした。</p><p>ところが、彼が指揮台に上がると、状況は一変します。</p><p>オーケストラは、この指揮者に夢中になりました。誰もが、彼が何を言い、どう音楽を作ろうとしているのかに集中しているのがわかりました。一言で言ってしまうと、安心して付いて行ける指揮者でした。つまり、オーケストラの信頼を得たわけです。</p><p>この人は、指揮台に上がった瞬間から、わたし達を見て、音を聴き、本当に必要な指示だけをくれました。些末なことで時間を使わず、重要なことだけに集中して音楽を作る。それがどれほど難しいことなか。これほどの指揮者には、その後もほとんど出会ったことがありません。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11474153692.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Feb 2013 21:22:26 +0900</pubDate>
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<title>自分史④ターニングポイント</title>
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<![CDATA[ <p>今回は、最初に勤務した企業で出会ったターニングポイントを振り返ります。</p><br><p><br><br>2007年秋に、はじめて勤務した都内の印刷・広告企業でのポジションは、業務改革系プロジェクトの事務局。<br></p><br><p>この経験が、あらゆる意味でのターニングポイントになります。</p><br><p>たくさんの幸運に恵まれました。<br>プロジェクトチームのメンバーは全員がチームのために選抜された管理職で、非常に優秀でした。外部アドバイザーの経営コンサルタントの方も優秀だっただけではなく、ビジネスに必要な多くのことを教えてくれました。</p><br><p>もちろん最初は、彼らの中の誰一人、わたしに期待してはいなかったはずです。想定した事務作業をとりあえずこなせればそれでいい、くらいに思っていたそうです。自分では、その事務作業すらきちんと出来る自信はなかったわけですが・・・（笑）</p><p><br>わたしには業界の知識や経験がありません。そして、上司・部下といった概念も頭で理解しているつもりでも、身に付いてはいませんでした。そんな、ある意味「型破り」な派遣社員を、彼らはかえって面白がりました。上司も部下もなく、言いたいことを言う「派遣社員」を、誰ひとり嫌わないでいてくれたのは、ひとえに彼らの度量の大きさでした。業務改革は、データの示す内容が現場感覚と乖離していては説得力がありませんが、業界の経験・知識がないわたしには、目で見たこと、そして直感が全てですから、時間があれば現場を歩きました。資料にその感覚が反映されると、メンバーのやる気が変わりました。斬新なデータを作るために、なんとか人並みに使える程度だったエクセルを猛勉強し、プロジェクト終了するころには、社内でエクセルマスターと呼ばれるようになりました。コピー機も使えなかった人間にしては、大した進歩ではないでしょうか（笑）</p><br><p>気が付けば、与えられた役割をこなすのではなく、チーム内で自分が果たすべき役割を模索する日々に変わっていました。毎日の残業と慣れない通勤でくたくたでしたが、仕事をすることが楽しくて仕方ありませんでした。</p><br><p>事務局加入から3か月目、正式にプロジェクトメンバーになりました。<br>このプロジェクトのおかげで、わたしはあることに気が付きます。<br>それは、自分が意図せずにやることが、ビジネスの現場では常に理にかなっていたことです。<br><br>プロジェクトを運営するにあたって、わたしの役割で重要だったのが、裏で意見や人の調整をすることでした。これが出来ないと、いつの間にかチームが一枚岩でなくなってしまい、出せるはずの結論を出せなかったり、意図しない方向に進んでしまったり、またはメンバー間でわだかまりが出来て、プロジェクト自体が存続の危機に陥ります。<br>後になって、あらゆるプロジェクトにはまさにこの役目を負うメンバーが必要だと、あるビジネス誌のコラムで読みましたが、この頃は無意識でした。実は、考えていたのことはただひとつ。「メンバー全員に楽しく仕事をしてもらう」ということです。仕事を仕方なく嫌々やっている人たちは不機嫌なものです。そういう人と仕事をしたくない！と心底思っていたわたしは、とにかく機嫌よく仕事をしてもらうために動きました。それが結果として、プロジェクトをうまく動かすことにつながっていたわけです。<br><br>そして、もうひとつ気が付いたことがあります。<br>音楽をやっていたころの自分が一度も感じたことのない「仕事が楽しい」という気持ち。いつでも、義務感とプレッシャーでツライばかりなのが「仕事」だと信じ込んでいた自分が、仕事が楽しい！という気持ちを持てたことに、驚きとうれしさを感じていました。</p><p>はじめに感じていた”違和感”は、いつの間にか忘れていました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11469245634.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Feb 2013 23:33:57 +0900</pubDate>
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<title>自分史③突然の会社勤め</title>
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<![CDATA[ <p>今回は、演奏家をやめた！と決心した後のことを振り返りたいと思います。<br><br><br>【突然の会社勤め】<br><br>これがどれほどの衝撃か、ピンと来ないひとは多いでしょう。<br>ですが、わたしの周囲の人にとっては大変なインパクトだったようで、話をすると皆一様に沈黙しました。まさに言葉がないといった様子でしたが、それも仕方のないことです。何しろわたしは、日本ではアルバイトすらしたことがなく、長いことコピー機の使い方もよくわからなかったのですから。<br><br>出来るはずがないと思いつつも、多くのひとが普通にしている「勤務」をしてみよう、という我ながら無謀な挑戦でした。そんな無謀な挑戦に没頭して、音楽の世界でうまくやっていけなかった自分をなかったことにしてしまいたい、全部忘れてしまいたい。それが本音でした。</p><p><br></p><p><br>中学の同級生で今は某国立大学の准教授として活躍している友人がいます。彼は、わたしと同様ドイツに留学をしていたことがあり、ドイツでの暮らしや学術界の問題などについて共通の会話が出来る数少ない相手でもあります。幼いころから知っているのに、不思議とドイツ時代の友人のような雰囲気で話ができます。<br>その友人に「もしも、いまあなたが一般企業に勤めにいったらどんな感じだと思う？」と聞いてみました。同じ感覚を持つひとの意見を聞いてみたかったからで、彼は、少し考えた後「ものすごく違和感を感じるし、与えるだろうね」と答えました。これは、感覚です。なんで？どうして？という理由なしに感じる違和感。彼はそれを想像で答えてくれましたが、わたしは実際に経験しています。それは、言葉に出来ないほどの強烈な違和感でした。会社で、デスクに座っていても、ここにいてはいけないんじゃないか？ここは自分の居場所ではないんじゃないか？そう思うと居ても立ってもいられず、落ち着かなかったことを昨日のことのように思い出します。<br></p><br><p><br>今の日本で、一般的ではない経歴を持つ、就業経験のない人間を雇う会社はおいそれとはないでしょうから”派遣会社”というものに登録してみることにしました。今でこそ、派遣社員には非常にスキルの高いひとがいることを知っていますが、その頃は、派遣だったらどこか働ける場所があるんじゃないか？という思いがありました。それにしても、本当にわたしを雇うという会社があったことには、驚きましたが（笑）<br><br>こうして、ある日突然、会社勤めがはじまりました。<br><br>2007年秋、はじめて勤務したのは都内の印刷・広告系企業で、業務改革・改善プロジェクトの事務局業務でした。出来るかどうかわからないことは全部出来ることにして（笑）入り込んだわけですが、相当誇張したことは認めます。規模の大きなプロジェクトなので資料作成をはじめ、スケジュール調整や業務調査、データ分析、あらゆる業務が想定されているポジションでしたが、そこに、新入社員よりも？経験の浅いわたしがつくことになりました。<br><br></p><p>次回は、その会社で出会った、ターニングポイントについてです</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11469245178.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2013 21:30:12 +0900</pubDate>
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<title>自分史②演奏家をやめると決めた日</title>
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<![CDATA[ <p>今回は、日本帰国から演奏家をやめると決めた日までについて振り返ります。<br><br><br>日本帰国といっても、先の見通しがなくてはそんなに簡単に戻ることは出来なかったでしょう。<br>わたしの場合は、帰国を強力に後押しする理由がありました。<br>それは、タイミングよく、日本での大きな仕事が決まったこと。</p><p>これで大義名分が出来、学部卒業後、すぐに日本に帰国しました。<br><br><br>日本人の自分は、日本にいれば外国人だと言われない。<br>だから、何も問題がない。<br><br>そんなことを信じていられたのは、けれどもほんの1か月くらいでした。<br><br>日本での最初の仕事は、メディアでも大きく取り上げられたオペラ公演でした。卒業後はじめての、そして日本での仕事に少なからず期待していたのですが、それはすぐ違和感に変わります。</p><p><br>この公演参加者は、ほとんどが「オーディションを通過した有望な若手音楽家」のはずなのに、内情はまるで学生サークルのノリ。毎日飲み歩いては、翌日のリハーサルに二日酔いで現れるひとが何人もいる。<br>ストイックに自分を高めるという姿はどこにもない反面、おかしな「仲間意識」は非常に強く、飲み会に付き合わなければすぐに協調性がないと言われてしまう。<br>何よりしんどかったのが「学閥意識」で、日本で大学を出ていないわたしに帰属場所はなく、挙句の果てに「日本で頑張った自分たちと違い、外国で教育を受けた裏切り者」とまで言われるほどでした。<br><br><br>ドイツにも、日本にも居場所がない。<br><br>途方にくれたわたしに、ドイツの教授は何度となく戻ってくるようにと言ってくれましたが、ドイツでの苦しさを思うと、どうしても踏み切れませんでした。「どこにいるか」は問題の本質ではないことに、すでに気が付きはじめていたのだと思います。<br>そして、自信も気力もないまま音楽家として活動を続けましたが、それもとうとう終わる日が来ます。<br><br>都内でリサイタルを開催した時のことです。<br>業界では知られたプロデューサーが企画したものでしたが、企画段階で何度となく意見がぶつかりました。<br>日本語が通じないとでもいうのでしょうか、一切の常識が通じませんでした。<br>業界には業界のルールがあるのかもしれません。ですが、良いモノを創り出すという目的はどこにもなく、どこまでも「プロデューサー」の気分次第、お金次第。ビジネスだからと言ってしまえばそれまでですが、贋作だろうが儲かればそれでいいという考えに、我慢できませんでした。我慢するくらいなら、音楽をやめたほうがずっといいと心底思う気持ちを、誤魔化せなくなりました。”何がなんでも音楽をやりたい”という気持ちが自分の中にないことにも気が付きました。音楽と、それに付いてくるあらゆる苦しみを天秤にかけた時、音楽は苦しみより軽いものだったわけです。<br><br>こうして、音楽をやめると決めました。実際は、受けた教育・考え方・行動様式、そういうものが自分を構成しているのだとすれば、いつまでも、わたしは音楽家です。ただし、もう演奏家ではありません。あえてタイトルを「演奏家をやめると決めた日」としたのはそのためです。<br><br><br>次回は、周囲を驚きのあまり沈黙させた、突然の会社勤めについてです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/himekenkyusho/entry-11469244593.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2013 21:29:58 +0900</pubDate>
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