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<title>今更ながら前向きに</title>
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<description>本当は日々ストレスに押しつぶされそうになっているのだけれど、前向きになるために書くのです</description>
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<title>人と接する</title>
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<![CDATA[ <p>仕事はしている。楽しい。そして代わり映えはしないメンバーだが、自分は人と接して日々を送っている。</p><p>と、思っていたのがそもそも違うということに気づいた。</p><p>&nbsp;</p><p>引っ越してきてからというもの、文句ばっかりあまり地域を好きになれずにいたのは、そもそも接しようとしていなかったから。</p><p>思い起こせばその中に素敵な人たちもいたのだが、記憶から抹消、日々相模の海側ヤンキーエリアになぜ私が・・という態度だった。</p><p>&nbsp;</p><p>相模のヤンキー海側というのはまさにそのままなのだけれど、少しずつ地域の人で趣味趣向が似通っている人たちと接するにつけ、偏見をもってざっくり位置付けてる自分が違うなと思うようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>正直全国からバカが集まってくるわけで、地元の人の責任だけでもないし、観光地に住んだお前が悪いわけで、眼鏡をかけ替えると見えてくるものがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>そのお馬鹿さんを取り締まらないのがこの国だし、橋のたもとでバカ騒ぎのヒエラルキー底辺部分の人たちと接する必要もないし、かまってちゃんは徹底的にかまってやらなければよい。その先に、実はピュアで常識を持っている人たちもいてまた別世界もあった。</p><p>&nbsp;</p><p>というのを認識するのに10年かかるのもなんだけれど、ここに住んでしまった意味を改めてかみしめることになった。海があるのである。</p><p>だからここを選んだのである。</p><p>&nbsp;</p><p>業界的に私たち夫婦でさえ若手なのだけれど、だからこそこの地でいろいろな職業をしながら好きなことをしている大人たちがいた。だってそこに海があるのだもの。単純に楽しめ機会があるのならやらない手はない。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんその海上もかまってちゃんヤンキー海の上版とか、親の金で学業優先するべき声出していこう闘争心むきだし体育バカとか、海の上も不動産契約があるとか思ってるおかしな人たちといるけれど、そこを全部で？っていう態度のできる大人たちがいた。</p><p>&nbsp;</p><p>久しぶりに知らない人たちと接するから饒舌にもなる。</p><p>&nbsp;</p><p>新しく人と接する事は心の健康をも変える。なんて単純なしかしできていなかったことなのだろう。</p><p>そんなことを思う祭日である。</p><p>&nbsp;</p><p>☆13年前の今ころのこのブログ、娘がコンピューターに乗っていいか聞いてきたやつ。遠い目。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12407173872.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Sep 2018 09:57:58 +0900</pubDate>
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<title>13年か・・</title>
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<![CDATA[ <p>正直、13年なんてあっという間だと思っていた。</p><p>昔のブログを引き継いでいるので、最初のころをなつかしく思いつつ読み進む。</p><p>たったの13年でこんなにも変わる人生を改めて人間ってやつはとしみじみする。</p><p>&nbsp;</p><p>世間一般からすれば大した変化でもないとみられるのは重々承知しているが、今の私は「疲労困憊」の末の体調不良。もともとメンタルは弱かったのだろう。自分では気づいていなかったのだけれど。わりとアッケラカンとしている体を装っていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>後悔ばかり、前を向けずにもう数年。</p><p>&nbsp;</p><p>書くことが好きだったのに書けないくなり、弾くのが好きだったのに弾けないくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>自慢だったものが自慢ではなくなり、愛しいものが愛しくなくなる。敗者感につかり、負けず嫌いとは逆の世界にいたのに、勝ち負けの舞台にいることもないのに、底辺にいる自分を感じる日々。</p><p>&nbsp;</p><p>いろいろな条件が重なって不幸なことだらけが続くと、もしかしたら人間には不幸と幸のパーセンテージが決まっていて、つまりこれまで不幸を感じたことがない人生を送ってこれたことを感謝するべきで、今の不幸はその分のつけだと。</p><p>&nbsp;</p><p>大きな病気もせず生きていればとか言われると生き地獄というのをご存知？と聞きたくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>ブログを始めたあの頃、今のように情報も溢れていないころの自分の感性が好きだ。そろそろネットが始まっていたころだから、そこそこいろいろなところと繋ぐことができていて、で。も自分と価値のあわない人のことを知らなくても済んでいたわけで、つぶやきよりも長文を構成を考えながら書き、脳みそも使っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>不眠症解消のために、寝る前に今思っていることを書き連ねてみるというのがある。書くことの意味。</p><p>&nbsp;</p><p>そして両国間の隔たりだって薄くなり、不便さも少なくなり、今をかの地から発信している人々の文章を読みすぎると食傷気味になり、私らのころはｴｱｺﾝなんてなかった・・とか言って叩かれている老人のようになりそうになる。</p><p>&nbsp;</p><p>外で愛想よくふるまうのがつらい日が週のうち何日もある。社交的であったはずの自分とのギャップに又落ち込む。</p><p>&nbsp;</p><p>などと書いているのは少し調子の良い証拠。だからこそ、友人との昼食へ出かけようと思えているのだから。</p><p>時に過去の自分を振り返るのも大切だとすれば、紙ベースではないけれど、そこに当時の自分が見えるブログは貴重な存在なのである。書いててよかったブログ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12401151036.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Aug 2018 10:11:30 +0900</pubDate>
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<title>ある平日公休の日</title>
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<![CDATA[ <p>久しぶりにごちゃごちゃしたところへ行きたくなり、ロマンスカー往復で新宿へ行った。</p><p>&nbsp;</p><p>所用で夫がすでにいたので合流して昼食をとる。前日行こうと思っていたＭａｒｉｎｅ＆Ｗａｌｋのタイレストランが閉店していたので、今度こそのタイレストランへ。</p><p>&nbsp;</p><p>昼時新宿南口ちょっと裏のタイレストランはほぼ女性客で大賑わい。となりの和食やはサラリーマンの列。久しぶりに人の集まるところへ来た。喫煙所に群がる人の数も半端ない。そこはさすが日本人、ルールを守る喫煙者の方々に心温まる。（喫煙には反対だけど）</p><p>&nbsp;</p><p>おいしいタイ料理を堪能し、第二の目的西荻窪のureshikaで行われている坂本千明さんの原画展へ。そもそも猫からなのだけれど、とてもやさしい作品が漠然と好きで、書籍も買おうとおもいつつまだだったので伺った。</p><p>&nbsp;</p><p>我が家にもいた黒猫やまや、トラ猫ちゃーを彷彿とさせる猫画の数々。なかなかそのためにこちらから出ていくエリアではないので、坂本さんのインスタで気になていた虎印菓子屋さんの猫柄パウンドと猫耳クッキーも購入した。購入した書籍には在廊されていた坂本さんにサインもいただいた。ありがとうございました。勤務先で買えば一割引きだったけど。笑</p><p>&nbsp;</p><p>西荻久保の商店街はなんとなくなつかしい昭和の匂いがして、ゆっくり歩いての往復もまったりした感覚に包まれた。</p><p>&nbsp;</p><p>心が荒んでいる時は外に出たくなくなる。会社との往復で精いっぱい。職場は大好きだけれど。でも、少し心が軽くなるとやはり外向きになるものである。重い腰をあげて歯の治療を終えたタイミングも何かにつながっているような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>春だから浮かれているのではないのは明らかだ。職場の桜はまだのように見える。</p><p>&nbsp;</p><p>今日もお天気が良い。イギリスはなんとまた雪マークがある。娘、がんばれ、ホカロン送るぞ。今月は救援物資を送るので買いため始めている。日本茶、フリーズドライの味噌汁など。</p><p>&nbsp;</p><p>観光客も多くやってくる週末だけれど、散歩へ出よう。うざいと思わず、彼らから発せられる楽しい空気を浴びるのだと考えて。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12360918556.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Mar 2018 09:00:41 +0900</pubDate>
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<title>スーパーの閉店と思い出</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/amemberentry-12359335053.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Mar 2018 11:21:56 +0900</pubDate>
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<title>今更ながら前向きに</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/amemberentry-12359047156.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Mar 2018 09:15:11 +0900</pubDate>
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<title>回転寿司</title>
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<![CDATA[ <p>この1年それはまあ回転寿司によく行った。</p><br><p>ギャップイヤーの娘が大好きだからだ。あっちではまともに食べられないから、残り2か月となった今、さらに”食べ貯め”したいそうで、足しげくかよっている。</p><br><p>ここ数年、行きやすさ、ネタの豊富なアイデア、予約や持ち帰りなどオンラインでできるシステムなど、かなり便利になった感がある。</p><br><p>近辺にある大手チェーンをいくつか回るわけだけれど、それぞれに特徴があって行き分けると良い。もちろん好みというものがあるから、うち一つがダントツ娘のお気に入りだ。</p><br><p>そして心の中にある回転寿司のイメージが、あっちに住んでいて一時帰国したときに、じいじとばあばといっしょに食べに行った楽しい場所、という良いものだからだろう。今でもじいじとばあばとその地元の回転寿司に行くのが好きだ。</p><br><p>先週も二回、別々の回転寿司で食事をした。</p><br><p>背後のテーブルでは小学生くらいの男の子2人とお母さんがいたのだけれど、その子供のチョイスがしぶかった。大トロ、中トロ、赤身をメインに食べているようで、しめは中トロにするとおっしゃる。</p><br><p>卵とか肉が乗ってるやつとかではなくである。</p><br><p>で、3人が去ったあとのテーブルは、年齢や人数にそぐわない大量の皿が残されていた。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも安い回転寿司。お母さん、ありがたいですよね。</p><br><p>最近ではコーヒーもおいしいし、ラーメンやうどんといった寿司ではないものもおいしくて人気のようだ。ファミレスの感覚なのだろう。</p><br><p>あっちにも近年チェーンの回転寿司もどきはあるが、恐ろしいネタと味、そのうえ気が狂ったような金額によっぽど体が弱ったときしか入らない。</p><br><p>大人なら、私も住んでいたときにそうだったように自分で作り出すという発想に切り替えるが、そもそも料理なんて自分でしない娘がそこまで凝るわけもなく、過去2年の寮生活での様子でもわかったが、食べたいけれど、まあしょうがない・・で終わるのだと思う。</p><br><p>せめてこちらからの救援物資は簡単に和食の味を再現できる日本の便利ものを送ることにしよう。</p><br><p>残り2か月で自分で作れるようになろうっ！とはならないようである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12179872056.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jul 2016 15:43:51 +0900</pubDate>
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<title>読めば読むほどわからなくなること</title>
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<![CDATA[ <p>これは今回のBrexitの件。</p><p>私は日本に住んでいる日本人であるが、英国と深い関わり合いを持っているのは間違いない。</p><br><p>昨日は仕事中もライブでその開票を見守っていたわけだが、職場のたくさんの人々は通りすがりに、</p><p>「離脱になりそうだね」</p><p>とか、</p><p>「どっちなんだろうね」</p><p>とかつぶやいて行く。</p><br><p>家族でも何度となく話題にしてきたし、私以外の二人は当然郵送で投票をした。</p><br><p>新聞やワイドショーレベルで述べられている内容がまず入ってくるのだけれど、ネットを彷徨っていると実にたくさんの意見が述べられていて、どの選択が誰のために良いのかわからなくなってきた。</p><br><p>私はEUにとどまるのがよいのではないか？と考えていた。英国にいた10年、あまり貧乏なエリアに住んだことがなく、すなわち大きな変化を求めたくなるような悲痛な叫びは聞こえなかったからかもしれない。ちなみに株もやらないし、投資で儲ける話はやっていない。</p><br><p>だから昨日は非常に心がもやもやして、気持ちが悪かった。</p><br><p>仕事から帰宅するやいなや、すでに帰っていた夫と娘といつものBB（Beer＆Beach)にでかけ、浜でこの件について語った。</p><br><p>娘がこれから英国へ帰って大学で国際関係をやるというのも大きい。カレッジで過ごした2年間でEU諸国の友人が増えたのもあるし、これから勉強することのために知りたいと思う気持ちが増してきたようで、夫も娘と大人の会話ができるのはうれしいようだ。</p><br><p>情報が溢れる昨今。読み過ぎたのち自分の意見を決めるという作業はむずかしい。ある意味、自分がちゃんと意見をもっているのかどうか、というレベルのあらわれでもあるのだろう。</p><br><p>娘のEUのお友達は今後、大学の授業料が外人扱いで高くなってしまうのか？とか、せっかくEU隣国にたくさん遊びに行こうとおもっていたのに、訪問が面倒くさくなるのか？とか。AMSからの乗り継ぎも面倒くさくなるのかとか、小さな心配をしてみたり。</p><br><p>日本のTVで、どっちになるとどんな影響が？というのを話していて、紅茶が安くなるとかいうレベルの話をし続けていたのには閉口したが。</p><br><p>ブレイディさんのブログを読んで又考えてしまったので。<br></p><p>さて、これからどんなことが起こるのか？なまじ他人事ではないので、又いろいろなことに目を向けていようと思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12174176105.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Jun 2016 10:35:52 +0900</pubDate>
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<title>確かに増えているが</title>
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<![CDATA[ <p>何がというと在住外国人。</p><p>このあたりはそもそも昔から少なくはなと思うが、25年前と比べれば相当増えているに違いない。</p><p>私が比べているのは、夫と出会ったころのことなので・・。</p><br><p>法務省の統計では、全国の在留外国人の数が、2012年12月に2,033,656だったのが2015年12月には2,232,189となっている。想像したより推移は激しくない気もする。ここ数年だとそうなのだろう。</p><br><p>先日娘と地元を散歩していた時、あまりにも外国人とすれ違う回数が多いと感じたのだ。観光客ではなく住み着いているというレベル。20年前の我が家みたいな家族とかもよく見かける。</p><br><p>住まいの半径500メートルにも数家族いる。密度は濃いエリアであるのは間違いない。</p><br><p>そんな中不思議に思ったことがあるのだ。</p><p>ある意味見た目でも目立つ彼らが、お互いすれ違っても挨拶しないということ。昔は外国人らしき者どうし、なんとなく同志感が漂っていて、近しい空気を出していた記憶があるのだが、最近はすれ違っても挨拶しないんだ・・という感想なのである。</p><br><p>こっちから見たら、マイノリティである彼らがなんとなく繋がっていたいものではないか？と思ってしまうのだ。それが国や言語は違っても日本人でないという部分で。</p><br><p>人によりけりだが、私は、20年前に渡英したとき、すでに駐在さんも含めたくさんの日本人がいたのだが、そことつながりを持つことでとても助かった記憶があるから。ロンドンから地方都市を転々としても、そこにあった小さな日本人コミュニティのつながりを大切にしたいと思って、当時まだネットでのつながりが薄い中暗中模索をしたものだ。</p><br><p>なんかさ、もっとハーイとか言えばと思ってしまうのである。商売ガタキとでも思ってんのかな？うち英語なんて教えてないし。困ってねーし、ってことなのかなあ。そりゃ昔よりは住みやすいでしょうよ。</p><br><p>人の経験を聞くのってとても参考になると信じている。それを実践しようが違うと思うかは自己判断でよいのだから。っで、たとえば日本で生まれた子供の自分の国側のパスポートを何年も申請していない人の話とか聞くと、夫の反応と同様びっくりなのである。</p><br><p>お金があるのなら、子供たちを自分の国へ連れていきたくないのか？経験させたくないのか？という、日本から出ていない家族も知っている。</p><br><p>それぞれと言えばそれまでだが、なんとなくご挨拶くらいしましょうよ、なのである。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12158221534.html</link>
<pubDate>Sun, 08 May 2016 14:14:46 +0900</pubDate>
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<title>あまのじゃく</title>
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<![CDATA[ <p>日本に帰ってくると、自分はあまのじゃくなのかしら？と思うことが多い。それは個性を押さない文化に根付く、裏返しのみんなと同じが安心する・・というのがどうも苦手だからだ。</p><br><p>天邪鬼；「人の心を見計らって悪戯をしかける子鬼」とされることから転じて、現代では「他者（多数派）の思想・言動を確認したうえで、あえてこれに逆らうような言動をする"ひねくれ者"、"つむじ曲がり"」「本心に素直になれず、周囲と反発する人」またはそのような言動を指して、「あまのじゃく（な人）」と称されるようになった。Wikipediaより</p><br><p>とのことだから、本心ではないのに・・ということであれば当てはまらないのだが。</p><br><p>単純なところでブランド志向、ことさら皆が持っている同じ柄のカバンを持てる感覚がわからない。幸い職場の友人たちが同じ価値感を持ち合わせているので、社内のあちこちで持たれているカバンのブランド名すら覚えられないわ～、と笑えるのがうれしい。</p><br><p>妻のパートタイマーが多い会社に、迷彩柄のバックがあふれた時には、いくら流行っているからって、世界で迷彩服がどんな目的でどんなとこで着用されてるか知らないのかっ？という単細胞的嫌悪感を持ったものである。</p><br><p>日本でもすっかり定着した長靴えげれすブランドだが、昨年はえげれすでブランドが契約している配送業者のいいかげんぶりに大変な苦労をしたが、あっちでBagを買って帰ってきた。これを持つとほ～ら、このあたりにもたくさん生息する、ブランド大好き、流行りもの追ってま～す、勝負だっ、な女が食いつく食いつく、ものすごい挑み目線を送ってくる。かかったな・・と感じる釣り人のように心地よい。</p><br><p>こっちでは売っていませんのよ～、ほほほほ。（このデザインは）</p><br><p>こう書くと、結局ぶらんど女だが、分相応な価格とデザイン+日本にはないもの限定だ。アウトレットで目ん玉飛び出ちゃうくらい高価な、本来そういう身分の人が買うためのブランド店に、寝間着みたいな恰好で入って購入するような人たちは軽蔑する。</p><br><p>この前発見したのは、全身高価なブランドだが、そのブランドが全部違う人。なんでもいいんだな、有名なら。えげつない。</p><br><p>歳を重ねると、その人のあまりよくない部分が強調されていくように思うが、この先もっとひどくなるのだろうか？どこへいくのだろう、自分。</p><br><p>最終的には、その人が心地よければそれでよいのである。それがブランド志向であろうとあまのじゃくであろうと。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12137615596.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Mar 2016 10:34:00 +0900</pubDate>
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<title>そしてまた一年　2015年2月某日</title>
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<![CDATA[ なんだか年賀状のように、年に一度の更新みたいになっている。<br><br>日々刺激がないかというと、確かにいろいろな心配ごとは次から次へと襲ってくるものの、生活そのものは平たんであり、英国にいたころは時間をもてあまし、娘つながりで子育て文化比較なんかもできたものだから、書きたいネタはあったわけだ。<br><br>ちょいちょい仕事をし、職務内容は大好き、職場の仲間も大好きで、最低賃金でスキルワークをしているのも全然気にならず、笑うために行っているという恵まれぶり。月給者の使えなさ、馬鹿さを酒の肴に盛り上がるおばちゃんズ。まあ、持ちつ持たれつでこの時給でこの仕事していただいてる故の長期休暇年3回もＯＫ。あっちに行く用事が発生するから。<br><br>で、また春に行く。義父の90歳のお祝いだし、娘のイースターホリデーに合わせて久しぶりのセーリングホリデーだ。ちょろっと週末自分のヨットへ行って数時間海の上で過ごせたあの日々はやはり楽しかった。こちらのセーリングの位置が今いちつかめない。おやぢのもの？金持ちのもの？ディンギーにいたっては体育会？楽しむというよりはがんばってる自分大好きと、金持ってる自分アピール、という感想。もっと手軽に楽しめればよいのに・・とよく思う。まあだからこそ、そんなセーリングが日本でできるようにお助けする事業も考案中である。<br><br>娘は今ハーフタームで、ブラジルから再英中の友人とアムステルダムで過ごしている。（はず）世界中のあらゆるところに友人ができ、昨今の通信の発達により連絡を取り続けられるという状態でその交友を簡単に維持できているわけだ。日本での友人たちもぼちぼち大学受験も落ち着いてきているようだし、いっしょに卒業式に出られないのはちょっと悲しいが（母がね）、今は昔、セーラー服を着ていたのが遠い昔のようだ。これでそろそろお母さんたちにもランチのお誘いができる。決まるまではなんだか誘っちゃいけないみたいで遠慮していたのだ。<br><br>梅も咲き、卒業式、入学式のシーズン、桜、日本は一区切りの季節がやってくる。<br><br>いよいよ崩れて8ｋｇ増しとなってしまった老いぼれボディをなんとか戻すべく、少しずつ動こうとする意志も芽生えてきた50歳。だって鏡に映った自分があまりにもひどかったのですもの。まじ泣けてきた。これもそれもすべて自己責任なのだから、誰のせいにもできない。英国にいたってたぶんこんなになっていたはず。<br><br>10数年前にも、一時期村の友人と時間をきめてビデオみながらエクササイズやったっけ。彼女はどうしているかなあ。同じ村にいた韓国人のカップルもどう考えてもあそこにはいないはず。なかなか住んでるときも再訪してもケンブリッジまでは足をのばす機会がなかったが、一度は再訪したい。<br><br>なんて支離滅裂ながらこんなことを思う2015年2月。今日も冷たい雨な湘南エリア。それでも数メートル先は観光客でにぎわっている。<br><br>またあとで海を散歩しにいこう。
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<link>https://ameblo.jp/hinako-chabou/entry-12136218292.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Feb 2015 11:50:15 +0900</pubDate>
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