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<title>HIROのブログ</title>
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<title>TPP問題</title>
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<![CDATA[ さて、TPPによって得をするのは誰か。<br>それはもちろんアメリカ。<br>日本国内では企業。<br>モノだけでなく、人やサービスの自由化により安い人件費に抑えることができるから。<br>単純労働者はより安い給料に。<br>あらゆる生産業は、一層の低価格競争になるだろう。<br>TPPは１％の支配層による格差社会をより強固なものにすることとなるのではないか。<br><br>世界中で格差是正のデモが起きている中、テレビの報道はTPPに乗り遅れないように仕向けている。<br>矛盾だらけの世の中だ。<br><br><br><br><script type="text/javascript" src="https://ext.nicovideo.jp/thumb_watch/sm15925644?w=320&amp;h=240"></script>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-11052742521.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Oct 2011 15:28:17 +0900</pubDate>
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<title>日本復興を願って</title>
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<![CDATA[ <p>今日、隅田川の花火大会が開催された。</p><br><p>震災の影響で一ヶ月遅れの開催であった。</p><br><p>夜空に振り落ちる一粒一粒の輝きが切ないほど綺麗で。</p><br><p>突然震災で命を奪われた多くの命の持っていたであろう未来のようで。</p><br><p>何ゆえに私は生きたのであろうか、残された意味があるなら、それは多分日本の礎となること。</p><br><p>たとえ小さな礎でも、必ず役目を果たしたいと私は思う。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10999743041.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Aug 2011 23:45:42 +0900</pubDate>
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<title>美しく自立</title>
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<![CDATA[ <p>　今は学生の身である私は、20代の頃は外資系の会社で働いていた。</p><p>上司、同僚は、アメリカ、ドイツ、インド、中国、韓国の人々が多く、</p><p>刺激のある楽しい会社環境にとても満足していたのを覚えている。</p><br><p>　とくに、韓国人の友人とは気が合い、多くの事を語りあったと思う。</p><p>彼から、20代のノンキな私は、韓国の貧困層のことや、徴兵制のこと、多くの事を教えられ、平和が当たり前に生活をしていた私は非常にショックを受けたことをよく覚えている。</p><br><p>　それから十数年の時間がたち、今私は、かって仲良くした友人の国である中国、韓国に対して強く批判的な考えを持つようになった。</p><br><p>　今の民主党政権が続けば、より日本は中国・韓国に開国をしていくであろう。</p><p>外国人参政権などが実際導入されれば、民主党と比ではないほど表立った中国や韓国の政党が出来、日本が日本人の為の国ではなくなるのは容易に想定される事実である。</p><br><p>　そうならない為には、日本の主権意識がしっかりしていなければならない。</p><p>　しかし、戦後アメリカの政策によって、徹底的に牙を抜かれ教育をされてきた日本人に突然愛国心をもち主権意識・国体意識を持てと言っても、難しいのではないかと思う。</p><p>　まずは政治と絡んだ日教組を変革し、自虐史観あふれる現在の教育を改革することから、始めなければならないであろう。課題が山済みなのである。</p><br><p>　当然、中国韓国にも素晴らしい人達は沢山いる。そのような人達となら敵対するのではなく、お互い真摯に付き合っていけるはずである。</p><p>　しかし、隣人を愛する為には、まず自らを愛さなければならない。自らを愛さない人間が他人を愛せる訳がない。国も同じことではないだろうか。</p><br><p>　自国を愛して、初めて隣国を愛する、そんな美しく自立した日本人の在り方がもとめられているのだと私は思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10958408455.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 13:52:13 +0900</pubDate>
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<title>報道の自由と公平性</title>
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<![CDATA[ <p>私たちは日々、テレビや新聞の報道機関の報道を通し、民主主義社会における国政に関与する為の重要な判断資料の多くを得ている。この報道機関が、情報統制を行い、不公正なものや、特定の意思を表明するものを報道していたら、国民は気がつかないうちに偏向した判断資料の上に価値基準を置く事になる。</p><br><p>　ところで、今から約20年ほど前、中国の学生が民主化を求めて天安門広場に集まった。この時、中国人民解放軍は武力弾圧をし、広場にいた大勢の市民を戦車でひき殺したのである。死者数は数万人に上ると言われている。NHKは事件から数年後「クローズアップ現代」の中で、この時中国人民解放軍により殺害行為は行われておらず戦車によって威嚇をしただけであると報じている。</p><p>　そして現在、中国はチベット、ウィグル人への殺害行為や民族浄化行為を行い続けている。ネット上ではその映像までもが流れているが、テレビで具体的に報道することはない。</p><p>　今年の3月には、竹島領有権主張問題において民主党の議員であった土肥氏が、領有権主張を日本側が放棄するという内容の署名したことが発覚したが、各局「大変な問題」とは言いながら、主権問題について論じたりすることもなく数分の報道をした限りであった。</p><p>　先日は、「<b>朝鮮</b>王室儀軌」等の<b>返還</b>を含む日韓図書協定が衆議院<b>本</b>会議を通過した。これは、戦時において日本が朝鮮から奪ったとされる本の返還を朝鮮側から求められたのであるが、先日この件に関しての国会審議において、総理談話によって返還が決定されたものの、返還対象の中には、日本が購入したものも入っていることや、総理談話の中では100冊程度であったにも関わらず、その後勝手に日本側は1000冊にまで、その対象を増やしていたことが発覚したことを、私はテレビで報道されているのを見ていない。</p><br><p>　民主党は、とかく中韓よりの開国を目指す党である。民主主義の観点からすれば、危険な中国や韓国に開国をするかどうかは、国民が判断すべきなのである。</p><p>　にも関わらず、国民が国政に関与するために必要な多くの情報を発信する報道機関自体が、既に民主党の関係企業、中国系・韓国系から多額の広告・宣伝費を得ている。これでは、身内に甘い報道がなされる結果、公平性は確保できないであろう。</p><br><p>　そもそも、放送法の目的規定においては、放送は公共の福祉に適合するように規律され、その健全な発達を図ること。放送が国民に最大限に普及され効用をもたらし、健全な民主主義の発達に資するようにすることとされる（第1条）。そして、放送番組の編集に当たっては、政治的公平であること、事実をまげないですること、意見が対立している問題については、出来るだけ多くの角度から論点を明らかにすること（同法3条）とされる。</p><br><p>　はたして、日本の主要報道機関は放送法の目的や規制に対して尊守しているといえるのか。日々、刑事犯罪者などを表現の自由（憲法21条）の名の下に報道しているが、報道関係者の中に真に国民に対して胸を張って表現の自由の保障の伝達者であると言える者はどれだけいるのだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10884875983.html</link>
<pubDate>Sat, 07 May 2011 23:46:59 +0900</pubDate>
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<title>罪刑法定主義と人権擁護法案</title>
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<![CDATA[ <p>刑法の大原則である罪刑法定主義は、「犯罪と刑罰はあらかじめ明確に規定されていなければならなことを要するという原則である」</p><p>　ここには、民主主義的要請と自由主義的要請の二つの要請がある。前者においては、国民の代表機関の定める法律で犯罪と刑罰が規定されなければならないとする法律主義が導かれる。後者においては、いかなる犯罪が処罰されるのか明確に規定されることにより、基本的人権のうちの特に自由権である行動の予測可能性を確保することが要請される。</p><br><p>ところで、2002年、自公連立政権から「人権擁護法案」なるものが提出された。この人権擁護法案の目的は、</p><p>「人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適性かつ迅速な救済又はその実行的な予防並びに人権総合の理念を普及させ、およびそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずる・・・」（人権擁護法案・案1条）とされる。</p><p>　この法案の名目は、人権を擁護するというものであるが、内実は戦前の密告社会、監視社会を復活させるような内容なのである。なぜなら、人権擁護法案は人権を守る為に人権委員会を設置することとされているが、ここにいう人権委員会は、人権擁護委員を全国に約2万人設置することが出来、人権擁護委員は人権侵害に対する情報を日々収集し、人権委員会に報告する。人権委員会は報告を受けた中から人権侵害があると認めた場合に、当該事件の関係者に出頭を求め、また、家に立ち入ることも出来る。出頭も立ち入りも拒むことは出来るが</p><p>その場合、過料が科されるからである。</p><p>　この法案の危険性は、第一に、憲法上は、身体拘束に対しては、現行犯を除き裁判所の発する令状によらなければこれをしてはならないとされているにも関わらず、人権委員会は独自の判断で出頭命令や立ち入り、捜査押収まで出来るのである。</p><p>　第二に、人権委員会におかれる全国二万人以内の人権擁護委員においては、国籍条項がなく、日本国籍を有する者でなくとも就任できる。</p><p>　第三には、人権侵害を侵したとされる者の氏名や事件の内容を公表することも出来るのである。</p><br><p>　例えば、金正日の悪口をネットで書いただけで、人権擁護委員に密告されたり、そこに北朝鮮の人権擁護委員がいたら人権委員会に報告されることになるのである。要は人権委員会とは思想警察なのである。</p><br><p>私は、以上の人権擁護法案の正当性について罪刑法定主義の観点から考えてみたいと思う。</p><p>　この点、国民の代表機関である国会が発議した法律とはいえるから民主主義的要請は満たす。</p><p>しかし、司法から独立した機関が人権に対する侵害を科す事が出来るのは、国の最高法である憲法に違反する。</p><p>　更に、自由主義的要請からは、基本的人権の尊重の観点から行為の予測可能性が害されるような曖昧不明確な法律は、行為のいきすぎや、国民の萎縮効果を発生させる恐れを免れず許されない。</p><p>　人権擁護法案2条は、「不当な差別、虐待、その他人権を侵害する行為」を人権侵害と定義している。具体的判断基準が明記されておらず、抽象的文言にとどまっている。このような規定からも予測可能性は害されるといえる。</p><br><p>したがって人権擁護法案は、明確に違憲の法案なのである。</p><br><p>にも関わらず、今日において、廃案となった人権擁護法案がゾンビのよう浮上を繰り返す。一部の利権者が影で動いていることは明白である。</p><p>現在、管直人率いる民主党もこの法案を可決させるべく動いている。</p><br><p>これからの未来に、日本が真の民主主義の国であるために、自らの利権のみを追及する国会議員・官僚を洗い出さなければならない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10876485215.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Apr 2011 23:34:31 +0900</pubDate>
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<title>政教分離について</title>
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<![CDATA[ <p>先日、政教分離（憲法20条3項）について書く機会があった。</p><p>あまりに抽象的テーマすぎて、私は焦りまくった。</p><p>具体的事案に即した論文ばかり書いていて、抽象的な論文に慣れていないのである。</p><p>いや、慣れていないというより勉強不足だ。</p><p>一つのテーマを自分で抽出して、原則から考えて論述をすれば良いのだから。。。</p><br><p>提出時間が迫る中で、私は慌てて津地鎮際訴訟の最大判が出した適用基準である、「目的効果基準」に対する批判的な論文を書いてしまった。</p><br><p>目的効果基準は、国と宗教の完全な分離は不可能に近く、20条3項により禁止される宗教的活動とは、国と宗教との関わりが相当とされる程度を超えるもの、「当該行為の目的が宗教に対する援助・助長・促進又は圧迫・干渉等になるような行為」とした適用基準である。</p><br><p>私は、政教分離を考えるにあたっては、国の歴史的背景やこの国独自の自然観からくる神社・仏閣等に対する信仰心などの考慮が不可欠なのではないかと思う。ともすれば、目的効果基準から判断するのは難しいのではないかと安易に考えてしまったのである。</p><br><p>しかしながら後で確認したら、目的効果基準は更に続いていた。「外形的側面にとらわれることなく、その行為の行われる場所、その行為に対する一般人の宗教的評価、その行為者がその評価を行う際の意図・目的・宗教的意識の有無・程度、一般人に与える効果、影響など、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない」と。</p><br><p>ここに、あてはめれば、この国もつ独自の宗教観も抱合すると考えられるはず。</p><br><p>・・・もっと勉強しなければ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10867198202.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Apr 2011 16:06:30 +0900</pubDate>
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<title>日本の原子力発電を考える！</title>
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<![CDATA[ <p>行政法の中の有名判例の一つに「もんじゅ訴訟」なるものがる。</p><p>これは、福島県敦賀市に高速増殖炉もんじゅの建設・運営に対し、内閣総理大臣が設置許可をしたため、</p><p>付近住民が許可の無効確認と、建設・運営の差止め訴訟を併合提起した事案である。</p><p>最高歳は、住民に原告適格が認められるか、無効事由に明白性を要するか、さらにはもんじゅの安全性について争点としたが、半径約50キロ圏内の住民に原告適格を認めた他は、いずれも住民側が敗訴している。</p><br><p>結局、付近住民の反対も虚しくもんじゅは稼動したが、幾度の事故を起こし現在は停止している。</p><p>しかし、2013年をメドに再稼動の調整中だと聞く。</p><br><p>ところで、日本は地震大国である。いつどこで地震が起きてもおかしくないのである。</p><p>今回の震災では福島第一原発において冷却装置が故障した。</p><p>そして燃料棒を冷やすため海水を注入し続けている。</p><p>私は、今回の福島第一原発での出来事から、もんじゅ訴訟を思い起こした。</p><p>政府、関係機関、司法までも、安全性に問題はないと住民の訴えを退けたが、</p><p>はたして本当にもんじゅは安全なのか。実際幾度となく事故を起こしてきているではないか。</p><p>地震のような想定外の事故にもたえうるのか。</p><br><p>さらに恐ろしいことに、仮にもんじゅで冷却装置が働かなくなった場合、</p><p>水ではなく、ナトリウムを使って冷却をし続けなければならない。</p><p>福島第一原発よりも、さらに注水作業は困難となろう。</p><br><p>日本は、周りを海で囲まれた海洋国家である。</p><p>多くの自然と、そこから発生した美しい文化・歴史をもつ国である。</p><p>後世まで、この日本を残す為に、今一度原子力のあり方も考え直す時期が来ているのではないのだろうか。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10866680633.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Apr 2011 22:25:14 +0900</pubDate>
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<title>テレビとの戦い！</title>
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<![CDATA[ <p>日本は今だかって経験したことのない未曾有の大震災を経験した。</p><p>石原慎太郎がこれを天罰だと嘆いたら、大マスコミはこぞって不謹慎だと批判し、後日謝罪することとなった。</p><p>慎太郎は決して被災者の人々に対する天罰などとは言っていない。</p><p>昨今、国、企業、組織、家庭において価値の基軸が喪失され、基本的な道理すらない日本に下された天罰であると言ったのである。</p><p>慎太郎は政治家である前に、文学者でもあるからこのような言葉が出るのである。</p><br><p>こんな言葉のもつ意味を想像する国語力ももたない、大マスコミが私は大嫌いだ。</p><p>これが日本の主要電波のジャーナリストかと思うと情けなくなった。</p><br><p>大マスコミが報道する内容を鵜呑みにしていたら、本当に日本は沈没するだろう。</p><p>テレビや新聞は、客観であるようで主観である。</p><p>報道する側の意図、編集者の意図、多くの利害関係が絡んだものをニュースとして報道する。</p><br><p>それが真実であるのか、考えながら、騙されないぞと思いながら見るテレビとの戦いに疲れ、</p><p>最近テレビの報道番組が見れなくなってしまった。。。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiro-mac-ryu/entry-10865454143.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Apr 2011 18:35:35 +0900</pubDate>
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