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<title>雇われ社長、タイで生きる</title>
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<description>既に10年以上が経過した現在ですが、思うところありブログに日々を綴ろうと思います。</description>
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<title>長く働くということの意味</title>
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<![CDATA[ <p><b>社内報にこんな事を書きました↓</b></p><p>&nbsp;</p><p><b>「長く働くということの意味」</b></p><p>&nbsp;</p><p>会社に長く在籍すること、勤続年数が長いこと。</p><p>それ自体が評価に値するものだとは、私は考えていません。</p><p>&nbsp;</p><p>長くいるのであれば、その時間に見合った成長と結果が求められるべきです。</p><p>上を目指さない、変わろうとしない、現状に甘んじているだけであれば、それは評価されるものではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>私自身、会社員時代はそう考えてきましたし、同じポジション・同じ仕事をただ続けているだけの人に対して、厳しい見方をしていたのも事実です。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、今はもう一つの側面も理解するようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>どのような仕事であっても、毎日やり続けるということは簡単ではありません。</p><p>特に、誰もが注目するわけでもない仕事を、変わらず継続していることには、大きな価値があります。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、ここで勘違いしてほしくないのは、</p><p>「何も考えずに同じことを繰り返すこと」と「仕事を続けていること」は全く別物だということです。</p><p>&nbsp;</p><p>単純に見える仕事の中でも、</p><p>昨日より今日を、今日より明日を、より良くするために何ができるのかを考え続ける。</p><p>効率を上げる、無駄を減らす、品質を上げる。</p><p>そうした意識を持ち続けているかどうかが、その人の価値を決めます。</p><p>&nbsp;</p><p>ここでもう一つ、全員に考えてほしいことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>オフィススタッフが現場の作業を見て「単純で誰にでもできる」と考えるのは間違いです。</p><p>同じように、現場の人たちがオフィスの仕事を見て「座って資料を作るだけで楽だ」と感じるのも間違いです。</p><p>&nbsp;</p><p>自分が経験したことのない仕事を正しく理解することはできません。</p><p>だからこそ、他者の仕事に対する敬意と、自分の仕事に対する誇りは、同じくらい大切なものです。</p><p>&nbsp;</p><p>互いの仕事を軽く見るのではなく、</p><p>「それぞれが役割を果たしているから会社が成り立っている」という認識を持つことが必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ長くいるだけの人と、考えながら長く働いている人は全く違います。</p><p>そして後者のような人たちが、目立たないところで会社を支えています。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、そういう人たちこそが本当の意味で評価されるべきだと考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>これからは、単に長く勤めているという事実ではなく、</p><p>その時間の中で何を積み重ねてきたのか、どれだけ仕事を良くしてきたのかを、より厳しく見ていきます。</p><p>&nbsp;</p><p>一人ひとりが、「昨日より今日を良くする」という意識を持ち、</p><p>そしてお互いの仕事を尊重し合える組織になれば、</p><p>この会社は間違いなく他に負けない、無敵の組織になります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hirodoras/entry-12961373490.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Mar 2026 11:52:09 +0900</pubDate>
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<title>タイで日本人を採用することの意味・・・</title>
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<![CDATA[ <p><b>タイトルの通りのことで悩んでいます。</b></p><p>&nbsp;</p><p>10年前であれば、ここまで真剣に悩むことではなかったように思います。</p><p>しかし最近、この問題がどうしても気になるようになりました。</p><p>きっかけは、タイ人社員たちの声が、これまで以上にストレートに私のところへ届くようになったことです。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、こんなことを言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>「社長、タイで働くのにタイ語が話せない。だから通訳が必要。</p><p>運転もできないから社有車を用意してほしい。</p><p>病院に一人で行っても説明ができないから医療通訳をつけてほしい。</p><p>しかも病院が指定されない任意の医療保険にも加入してほしい。</p><p>私たちには必要のないコストを、ここまでかけて日本人を採用する必要はあるんですか？</p><p>一体、何ができる人たちなんですか？</p><p>正直、あまり成果も見えていませんけど……」</p><p>&nbsp;</p><p>かなりストレートですよね。</p><p>でも、言っていることは間違っていない。</p><p>私も「その通りだな」と思ってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>さらに言えば、客先における駐在員の役割も変わってきています。</p><p>&nbsp;</p><p>一昔前のように</p><p>「日本人同士で話をまとめなければ前に進まない」</p><p>という時代ではなくなってきました。</p><p>本当に「何のために必要なんですか？」</p><p>と聞かれると、はっきりとした答えを即座に返せない自分がいます。</p><p>&nbsp;</p><p>「アメリカで働こうとする人が、英語を話せないということがありますか？</p><p>車を会社に用意してもらう前提で来ますか？</p><p>タイに来る日本人（しかも現地直接雇用）がそれでいいんですか？」</p><p>&nbsp;</p><p>そうも言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>……はい、確かに。</p><p>&nbsp;</p><p>人材紹介会社の中でも、</p><p>こうした点についての考え方や、</p><p>候補者に説明する“期待できる待遇”の内容は、</p><p>時代とともに変わってきているのでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、まだ私は明確な答えを持てていません。</p><p>もし仮に、その人が「タイ人にもできることしかできない」とするならば、</p><p>国籍が何であれ、その人材は必要ないのかもしれません。</p><p>逆に言えば、</p><p>国籍を超えて“その人でなければならない理由”を示せる人材でなければ、</p><p>これからの時代は存在価値を問われ続けるのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてそれは、日本人だけでなく、</p><p>タイ人にも、私自身にも、同じことが言えるのかもしれません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hirodoras/entry-12956497936.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Feb 2026 17:00:54 +0900</pubDate>
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<title>マンモスの山分け</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2><b>「仕事ができない人」が口にすること</b></h2><p>&nbsp;</p><p>近年、世の中ではこうした言葉をよく耳にします。</p><p>&nbsp;</p><blockquote>「フリーランスになろう」</blockquote><blockquote>「副業を始めよう」</blockquote><blockquote>「会社をうまく利用して、自分のスキルアップを図ろう」</blockquote><p>&nbsp;</p><p>「会社に使われるな、会社を使え」と勧めるインフルエンサーも少なくありません。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、皮肉なことに、こうした言葉を最も口にするのは、たいてい<b>仕事ができない人</b>です。</p><p>&nbsp;</p><p>私はむしろ、<b>『会社にうまく使われること』を意識した方が、成長のスピードは格段に早い</b>と考えています。</p><p>どこまで行っても、「組織があってこその個人」だからです。</p><p>&nbsp;</p><p>どんなに優秀な人であっても、会社員である限り、外の世界からは「A社の○○さん」と、所属組織とセットで認識されます。</p><p>純粋に「個の力」だけで生き抜ける人は、ほんの一握りです。</p><p>&nbsp;</p><p>ほとんどの人は、「自分が属する組織やコミュニティにどれだけ貢献できているか」によって評価され、対価を得ています。</p><p>独立して社会から評価を得る仕組みも、組織の中で上司から評価を得る仕組みも、本質的には変わりません。</p><p>&nbsp;</p><p><b>会社で評価されない人が、社会で評価されることはまずありません。</b></p><p>むしろ、会社という枠を離れて自力で社会から評価を得ようとする方が、はるかに難易度が高いのです。</p><p>&nbsp;</p><p>独立して一人でやっていくというのは、</p><p>市場からの評価を<b>ダイレクトに受ける立場になる</b>ということです。</p><p>それは、より大きな「社会」というコミュニティに直接認められる存在になるということであり、極めて高度なことです。</p><p>&nbsp;</p><p>したがって、会社員であれ経営者であれ、</p><p>「社会の一員として成果を上げる」という点では何も変わりません。</p><p>つまり、「個」と「組織」は本来分けられるものではなく、存在するのは**『組織の中の個人』『組織あっての個人』**だけなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、<b>組織の中で通用する人こそ、独立しても成功できる人</b>です。</p><p>この順番を誤ることは、成長の本質を見誤ることにほかなりません。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>&nbsp;</p><h2><b>「マンモスを山分けする」という本質</b></h2><p>&nbsp;</p><p>そもそも、人間が「集団」をつくる理由は何でしょうか。</p><p>それは、<b>集団で行動する方が、より大きな成果を得られるから</b>です。</p><p>&nbsp;</p><p>いつの間にか「終身雇用」や「年功序列」といった制度が、組織のメリットとして語られるようになりましたが、</p><p>それらはあくまで<b>副次的な要素</b>にすぎません。</p><p>本来の組織の価値とは、「安全な雇用」ではなく、<b>個人では成し得ない大きな成果を生み出すこと</b>にあります。</p><p>&nbsp;</p><p>人が集団をつくるのは、より大きなものを動かし、より大きな利益を得るためです。</p><p>&nbsp;</p><p>遥か昔、人類は単独では狩れなかったマンモスを、集団で協力することで仕留め、その肉を分け合いました。</p><p>一人ひとりが小動物を狩っていた頃よりも、集団で行動することで、より多くの利益を手にできるようになったのです。</p><p>&nbsp;</p><p><b>集団で大きな獲物を狩り、得た利益を分配する。</b></p><p>これが組織の原型です。</p><p>一人で動くよりも、集団として動く方が結果的に個々の利益も大きくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>メンバーが適切に役割を果たせば、利益は最大化します。</p><p>そのための手段こそが「集団で動く」ということなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>大企業ほど給与水準が高いのも、この構造に由来します。</p><p>大きな獲物を狩るからこそ、個人の取り分も大きくなる。</p><p>それが組織と個人の正しい順序であり、自然の理（ことわり）なのです。</p><p>&nbsp;</p><hr><p>日々、社員にこんな話をし続けていますが、　なかなか難しいですね・・・（笑）</p>
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<link>https://ameblo.jp/hirodoras/entry-12939152077.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Oct 2025 15:51:34 +0900</pubDate>
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<title>駐在員は現地採用に優るのか？</title>
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<![CDATA[ <p>私は駐在員です・・・・　でももう10年以上もタイで仕事をしています。</p><p>現地採用と評される方々と何が違うのか？それを考える事があります。</p><p>現地法人との契約で就業されている方々を「現採」と皆さん呼称しますよね。</p><p>日本で働いている人達を「日本国内、現地採用」とは言わないけど、</p><p>タイを始め海外法人で労働契約を結んだ人たちのことはそう呼ぶんですよね。</p><p>「現採なんてそんなもんだよ」「現採にそこまで期待するのはどうかな」等と</p><p>総じてあまり良いようには聞こえない、そんな会話の中でよく使われる気がします。</p><p>どうしてですかね・・・　本当に質が悪いんですかね。</p><p>自分の体験の上で、今までタイで縁があった方々はどうだったのか？</p><p>と振り返ると、共に働きたいと感じさせてくれる人もいましたし、</p><p>そうで無い人も居ました・・・　これが事実です、当然ですけどね。</p><p>じゃぁ、駐在の方々は皆素晴らしいのか？そんな事もないと思います。</p><p>「言われたから来た」「3年、5年辛抱すれば帰れる」こんな感覚の人も少なくありませんからね。</p><p>駐在員だから優秀、現地採用であるから使い物にならない・・・　こんな事はないと思います。</p><p>あと、少し自虐的な話になってしまうのですが、「果たして自社は優秀な人がどんどん集まる会社なのかどうか？」という話も充分関連があると思います。</p><p>私が社長を務める現在の会社に、大手に応募するような同程度の人材が面接に大勢集まるかどうか？という話ですね。</p><p>少なくとも現時点での私の会社には「思いを同じくして前に進める」人達がわずかながら居てくれています。</p><p>優秀かどうかは別として、私には彼ら彼女らが財産であり、タイ人であろうが日本人であろうが、駐在であろうが現採であろうが「方向性」を同じくしてそれぞれが持てる能力を発揮してくれていることが最も重要だと考えています。</p><p>それで良いのでは無いかな？と思いますし、実際に結果を出してくれています。</p><p>タイトルの話に戻りますが、私は批判覚悟で言わせてもらうと「駐在員」の方が総じて利己的、短絡的で中途半端な人が多いと思っています・・・　すみません（笑）</p>
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<link>https://ameblo.jp/hirodoras/entry-12925235967.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Aug 2025 14:57:42 +0900</pubDate>
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<title>人の上に立つということ・・・</title>
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<![CDATA[ <p>タイ現地法人の代表を拝命して今年で丸10年が経過しました。</p><p>およそ駐在員とは呼べない（誰も信じてくれないw）期間をタイ人社員の子達と過ごし、自分なりに"社長とは”と日々自問自答を繰り返してきた事をふと何かに綴りたくなりまして、柄にも無くこんなブログを始めてしまったわけです。</p><p>誰かに読んで欲しいという承認欲求というよりも、自分の生きた記録みたいなものを自分自身の為にどこかに残したいという気持ちが強いのですかね・・・</p><p>タイトルに書きました言葉の意味については、その正答のない問いを社長拝命以来、自身に10年間にわたり日々投げかけてきた内容ですね。</p><p>日本本社からの任務で雇われ社長の座についているとは言え、特に誰かにこれを強要されているという気持ちもありませんでしたし、イヤイヤ続けてきたというわけでもありません。</p><p>山あり谷あり（どちらかといえば、ほぼ谷でした）の10年でしたが、精神的な面においては苦労したことよりも楽しさや幸せな気持ちにさせてもらえる事の方が多く記憶に残っている不思議で素敵な10年の時間でした。</p><p>&nbsp;</p><p>社の為との大儀は掲げつつも、多くの人に苦労を強い、多くの人を巻き込み、ただ目的達成の為だけに邁進してきました。</p><p>これを人さまに誇れると言ってしまうと些か自己満足の様な気がしてしまいます。</p><p>単に任を果たしてきた、それ以上でもそれ以下でも無いという表現が一番しっくり来ますね。一人で出来たことなんて何一つありませんしね。</p><p>人に多くを望み、それに皆が応えてくれたから前に進み続けることが出来たのです。</p><p>その見返りと言ってはなんですが、私自身も人に多くを望む以上は自分を殺すと言いますか、社長として自分の事を「公共物、社員の共有資産」くらいに考えて取り組んできました。</p><p>それも決して誰かに強いられたわけでも無く、自分の意思で自分を支えてくれてきた方々への当然の対価であり、別の表現をすれば”償い”のような気持ちで自分をそのような存在として保つことを心掛けてきました。</p><p>現時点でのこの投稿タイトルに対する自分自身の答えはそんな内容になります。</p><p>来月、来年新たな考えが浮かぶかもしれませんが、今の私にとって人の上に立つということは「自我のある人間として生きる事を捨て、会社と部下の為に持てるものを全て出し尽くすこと」と定義付けられています。</p><p>24時間、365日、不思議とこんな事ばかりを考え生きてきましたが、とても幸せでした。</p><p>文字にするのは簡単なのですが、本当に自分よりも人の為に生きるということが実践できた時にこんなにも幸せな気持ちを感じる事が出来るなんて体験するまで知りませんでした。</p><p>さて・・・　節目を過ぎましたが続けるべきは続け、新たな考え方や接し方も日々模索していかなければいけませんね。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hirodoras/entry-12924622414.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Aug 2025 18:36:22 +0900</pubDate>
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