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<title>湘南藤沢の海 世界の海 内なる海</title>
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<description>5月から藤沢駅の近くで働くことになりました。新聞は国際面が好きで、世界情勢を勉強しないとこの国の真の姿が見えないし、自分の人生も、為政者に飼い慣らされて終わってしまう危機感があり、もう一度世界と文学の勉強をしようと思っているブログ</description>
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<title>「西行全歌集」を読む3</title>
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<![CDATA[ <div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190521/19/hirokofuuu/e0/18/j/o0810108014413957182.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190521/19/hirokofuuu/e0/18/j/o0810108014413957182.jpg" border="0" width="400" height="533" alt=""></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">新潮の現代国語辞典（第二版）によると、詞書（ことばがき）とは、<br>１、和歌・俳句のはしがき。作られた場所・理由・事実などを記したもの。<br>２、絵巻物で、絵と絵の間に記した説明の文。<br>３、絵本で画中の人物の言葉を書いたもの。<br>とある。西行の歌集の中でそれぞれの詞書がどんな役割を担っているのか、昨日今日に西行を読み始めた者にはわからないのだが、一般の読者としては、日記文学の地の文章という印象を抱く。<br>　例えば、先にもあげた月の歌だが、その詞書は<br><br>　月歌あまたよみけるに<br><br>　とあって、月の歌が４２首続くのだ。一気呵成に４２首ということもないだろうし、歌集編纂の過程で何年分かを合わせたのかもしれない。<br>　だが、「山家集（下）」の「雑」の部に、「恋百十首」という詞書で恋の歌が百十首続くのだ。気になったものを少し挙げると<br><br>　 　問はれぬも問はぬ心のつれなさも憂きは変らぬ心地こそすれ　（「山家集」下　雑）&nbsp;<br><br>　 　（とうやま意訳）向こうから連絡がないのも、こちらからしようとしない私の気持ちも、どちらも辛い。<br><br>　ながらへて人のまことを見るべきに恋に命の堪へん物かは　（「山家集」下　雑）&nbsp;<br><br>　 　（とうやま意訳）ここまで生きてきて人間の本質・本心もわかっていいはずなのに、恋に命をつくしてしまうものだ<br><br>　君慕ふ心の内は稚児めきて涙もろくもなるわが身かな　（「山家集」下　雑）&nbsp;<br><br>　 　（とうやま意訳）君を思う胸の内は幼児みたいになって、涙もろくなるこの我がありようよ<br><br>　 　君に染む心の色の深さにはにほひもさらに見えぬ成けり　（「山家集」下　雑）&nbsp;<br><br>　 　（とうやま意訳）あなたのことで胸がいっぱいになってそ愛情がとても深いので、あなたの香りまで感じるようになってしまった<br><br>　 　多分、俊成なんかから歌を依頼されたりしていたのだから、職業歌人でもあったと思うし、山家集の編纂については長く計画をしていたようなので、ここで詠まれている激しくも苦しい恋心が西行の恋を歌っているなどという近代の私小説的な読解はするべきではないと思う。<br>　しかし、こんな場面もある。<br><br>　　　　　新院讃岐におはしましけるに、便りに付けて、女房のもとより<br><br>　水茎の書き流すべき方ぞなき心の内は汲みて知らなん　<br><br>　　　　　返し<br><br>　ほど遠み通ふ心のゆくばかりなほ書き流せ水茎の跡　　<br><br>　　　　　又、女房つかはしける<br><br>　いとどしく憂きにつけても頼むかな契し道のしるべ違ふな<br><br>　かかりける涙に沈む身の憂さを君ならで又誰か浮べん　<br><br>　　　　　返し<br><br>　頼むらんしるべもいさや一つ世の別（わかれ）にだにも惑ふ心は<br><br>　流れ出（いず）る涙に今日は沈むとも浮ばん末を猶思はなん　（「山家集」下　雑）&nbsp;<br><br>　 　新院というのは崇徳院のこと。大河ドラマ「平清盛」では井浦新が演じていた、保元の乱に敗れて讃岐に配流になった人。ここでは新院の女房との贈答歌となっているけれども、そういう体を装った、崇徳院本人と西行の贈答であるという意見もあるようだ。<br>　不本意な処遇、都へ帰れない苦悶、悲哀に打ちひしがれている院の様子を歌ったものだ。距離は離れているけれども、心は通っているからいつでも便りを出して欲しいと西行が応えると、「契し道のしるべ違ふな」私を後世（仏）へ導いて欲しいと、「涙に沈む身の憂さを君ならで又誰か浮べん」とさらに訴えてくる。それに対して西行は「後世のことを頼まれても、現世でこうして別れ別れになっていることですら、心惑う私にそれができるかどうか」と返している。<br>　史実に登場する人物名が出てきて、この歌もフィクションなのだろうかと考えてしまうわけだ。フィクションとまでは言わなくとも、詠歌の際に、新院への気持ちを優先しているというよりも、自分の歌は他人に読まれるものという意識はあったはずだから、新院への気持ちもあるけれども、デフォルメというか、歌の美しさを優先したのではないか、と私などは思ってしまう。<br>　西行は自分の歌の芸術性を信用していたと思うし、それを中央の歌人たちが期待しているのもわかっていたと思うし、私家版とはいえ早くから「山家集」の計画はあった。そういうアイデンティティーがどうやって虚実を使い分けたのだろうか。<br>　勝又先生の「私小説千年史 日記文学から近代文学まで」、やっぱり買って読むか。<br>　 　</span>
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<pubDate>Tue, 21 May 2019 19:54:47 +0900</pubDate>
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<title>「西行全歌集」を読むの続き</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><br>なかなかに時々雲のかかるこそ月をもてなす飾り成（なり）けれ（「山家集」上　秋）&nbsp;<br><br>「なかなかに」「ときどき」と反復音の言葉がまるで月を飾る雲のようにこの歌を飾っている。たまにかかる雲のことを満月をもてなして飾っているようだなんて、本当に幼い子供が言い出しそうな素直な感想。&nbsp;<br><br><br><br>空色のこなたを裏に立つ霧の表に雁（かり）のかくる玉章（たまずさ）　（「山家集」上　秋）&nbsp;<br><br>大空のこちら側の面を背にして立ち上る霧の表面に文字が書かれているように雁が飛んでいる。並んで飛んでいく雁の群の姿は美しい手紙の文字のようだ。<br>玉章は手紙のこと。恋文を指すことが多い。このダイナミックな空間表現が好きだ。雁が文字のように並んで飛んでいるその面を単に大空にせずに、立ち上る霧の表面にするなんて。どれくらいの上空のことなのかさっぱり想像がつかないが、恋しい思いが恋人のもとに届けばいいなあという気持ちも入っているかもしれない。&nbsp;<br><br><br><br>嘆けとて月やは物を思はするかこちがほなるわが涙かな（「山家集」中　恋）&nbsp;<br><br>美しい月にわびしい気持ちを掻き立てられる、あの人への思いを強くさせられる、それにかこつけてい泣いている私の涙よ、というところか。<br>「嘆け」と月に言われているのをいいことに、日頃隠している悲しい気持ちを表に出してさめざめと泣いている、悲しみに溢れている自己を対象化している距離感が面白い。&nbsp;<br><br><br><br>けぶり立つ富士に思いのあらそひてよだけき恋を駿河へぞ行（いく）（「山家集」中　恋）&nbsp;<br><br>「よだけき恋」は大仰な恋。煙の立っている富士のように心乱されて、大恋愛をしに駿河に行く、というのだから、すごい話だ。富士山は当時絶えず煙を立てていたかもしれないから、富士山に促されてというよりも、恋に目覚めて富士が目に入ったという感じか。&nbsp;<br><br><br><br>大浪に引かれ出でたる心地して助け舟なき沖に揺らるる　（「山家集」中　雑）&nbsp;<br><br>「無常の歌あまたよみける中に」という詞書のある一連の歌の中の一つ。<br>大浪がなんだったのだろうか。政治とか恋愛とか、そういう大きな波に引き寄せられて沖まで出てしまって、今は孤立してしまって、誰も助けに来てくれないなんて、寂しい。一緒に並んでいるほかの「無常」の歌は、鳥部山とか出てきて いつかは皆死ぬといった内容が多いのだけど、この歌だけ様子が違う。死とは無縁で、しかも時間の有限性に見放されたような孤独がある。「沖に揺らるる」に諦観が滲み出ているようにも思う。&nbsp;<br><br><br></span><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190520/10/hirokofuuu/1d/17/j/o0810108014413091534.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190520/10/hirokofuuu/1d/17/j/o0810108014413091534.jpg" border="0" width="400" height="533" alt=""></a></div><br><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span><br style="caret-color: rgb(68, 68, 68); color: rgb(68, 68, 68); font-family: Arial, Tahoma, Helvetica, FreeSans, sans-serif; font-size: 15.84000015258789px;">
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<pubDate>Mon, 20 May 2019 10:27:16 +0900</pubDate>
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<title>西行全歌集</title>
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<![CDATA[ <p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190515/13/hirokofuuu/89/ef/j/o1024102414410237686.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190515/13/hirokofuuu/89/ef/j/o1024102414410237686.jpg" border="0" width="400" height="400" alt=""></a></div>西行（１）<br>　情報が人々の人生を左右する。<br>　情報の流通で、人々の人生が大きく変わる。近世、街道や海路が整備され、人とものが行き交うようになると一緒にたくさんの情報も行き来するようになった。地域を超えて血縁関係が結ばれていくようにもなった。人々の憧れの心が情報を媒介にして、富士山や伊勢に飛んで行った。自分とは誰か、自分の人生とは何かを考える時に社会の大きさをどう認識するのかはとても重要だ。海外旅行に行く価値はそこにある。 <br><br>西行という歌人がいる。彼は元永元年（1118年）に生まれ、鳥羽院の北面の武士だったが２３歳で出家し、後世にたくさんの歌を残した。<br>江戸時代、それも元禄期、出版文化が花開く。当時は成長経済で、書肆が次々と誕生し、版本が人々を楽しませた。版本というのは「版木」を用いる印刷本のこと。活版印刷は1文字1文字活字を組んでページを作り印刷するのだが、版本は１ページにつき１枚の板を彫って印刷する。モノクロの浮世絵みたいなものだ。<br>だから、絵師や文字を書く人がそのページを好きにレイアウトできる。絵入りの本がたくさん簡単にできる。彫る人は大変だけれども。<br>そうやって、書物が流布し、たくさんの人が色々なものに憧れ始める。美人年鑑みたいな遊女のカタログが出たり、美味しいお料理をたくさん集めた本が出たり、諸國の珍しい話を集めた本が出たり、旅行ガイドも売れ筋だ。自分にとっていい人生って何だろうって考えた時に、その選択肢が急に質量ともに増えるのが、この時期の人心の出来事だった。<br><br>その中に、西行という人気アイコンがあった。<br>西行は鴨長明と並ぶ人気者で、関連書物がたくさんでた。諸國を歩く風流人。貴人との恋に破れ、桜を愛し、己の身を嘆きながら仏門に帰依する、天才歌人。、、、というイメージ。誰かに憧れるということは、その人の人生を大きく動かす原動力だ。〝西行〟は、江戸時代からたくさんの人の心を焦がし、生きる価値を考える時の道標になってきた。 <br><br>西行のそのイメージは、私の中にもすっかり根付いてしまっている。矯正しようにも、近代以降の研究文献はあまりにも量が多く、それに、例えば2012年のNHK大河ドラマの「平清盛」では藤木直人が西行を演じていて、精悍でかっこいいし、知的だし、まさに憧れ、こんな人と添いとげられたら自分の人生を「是」とすることができるようだと、いつの時代も西行はイメージ先行なんだなあと感慨するだけで、実際の西行の歌を読んでみようという気がまるでしなかった。<br><br>しかし、お盆休みだし、ふだんは忙しくてできないことをしようと思って、西行の本を買った。 <br><br><br><br><br>長い前置きだったが、岩波文庫「西行全歌集」を読み進める中で、気に入った歌を挙げて、鑑賞してみたいのだ。 <br>「山家集」は、平安末期から鎌倉初期にできたとされており、本人の跋文が付いている直筆テキスト見たいなものは残されておらず、後世の研究者によって何度も改訂が加えられてきた。<br>大体の原型はあっただろうが、そして詞書もあるので詠歌の状況も推測されるのだが、基本的には３１文字のテキストを真っ正面から鑑賞していいと思う。西行の人となりや人生をバックに置いて読むような鑑賞はしなくていいと思っている。 <br>そして、平安時代の人の感覚を想像して読もうともしない。現代に生きる私の言語感覚・人生感覚で鑑賞するのが良いと思う。 <br><br><br><br><br>まがふべき月なき頃の卯の花は夜さへさらす布かとぞ見る（「山家集」上　夏） <br><br>卯の花はウツギの花で、月のない新月の夜に、白い小さな花があたり一帯に咲き乱れていると、この大きな暗い夜さえも一枚の白い布で晒されていくようだ、というところか。こんなに素直な直喩をするのかと、最初にチェックした歌がこれだった。 <br><br><br><br>水の音に暑さ忘る々まとゐ哉梢の蝉の声もまぎれて（「山家集」上　夏） <br><br>苫居というのは、船着き場などに草木を使って簡単な苫（小屋）を作ってそこに居ること。<br>海か川かわからないけれども、水辺にいてさらさらと流れる音が心地よい。それで、その水面近くまで岸辺の木々の枝が伸びていて、その梢の先に蝉が鳴いている。水の音と蝉の声が別々にあるのではなくて、同じ方向から一体になって聞こえてくるのがいいねってはなし。蝉の声がこの美しい夏の音色の添え役になっているところがいい。 <br><br><br><br>ながむるもまことしからぬ心地してよにあまりたる月の影かな（「山家集」上　秋） <br><br>ここで「月影」は月光の意味。「よ」は「世」と「夜」の両方にかかっている。<br>こうして眺めているとまったく信じられないような気持ちになるくらいに、夜から溢れてしまいそうな、またこの世のものとは思えないくらいの月の輝きである、というところか。 一晩では受け止めるのに足りないくらいの月の輝きだというのだから、とっても美しかったのだろう。 <br><p></p>
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<pubDate>Wed, 15 May 2019 13:15:23 +0900</pubDate>
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<title>夜は海が大きくなるそうです</title>
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<![CDATA[ <div>働いているビルの窓から海が見えるのですが、</div>職場の人に聞いたら、<div>夜になると満潮になるためか、昼間より海の厚さが厚くなるそうです。</div>
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<pubDate>Mon, 13 May 2019 19:11:20 +0900</pubDate>
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<title>2019/05/12</title>
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<![CDATA[ 高橋和夫氏の著書を読みました。<div>「中東から世界が崩れる」</div><div>勉強になりました。</div><div>もっと、氏の他の本も読みたいです。</div><div><br></div><div><a href="https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B01HM7P5XA/ref=dbs_a_w_dp_b01hm7p5xa">https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/B01HM7P5XA/ref=dbs_a_w_dp_b01hm7p5xa</a><br></div>
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<pubDate>Sun, 12 May 2019 20:10:12 +0900</pubDate>
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