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<title>織田浩市のブログ</title>
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<title>二宮清純というスポーツライター</title>
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<![CDATA[ <font size="3"></font><font color="#0000FF"></font><br><font color="#FF1493"></font><br>　二宮清純という愛媛県出身のスポーツライターがいます。彼のことを同い年であるというだけでライバル意識を密かに懐いたりしていましたが、スポーツライターという文筆業が半端ではないのか二宮清純氏の顔のやつれ具合というのが最近非常に気になります。<br>　かれはスポーツという分野を通して学んだ『勝利の哲学』を経済社会に応用するという非常に独創的かつ先駆的仕事に取り組んできて、私はかつては濫読派でありながら眉に唾する先入観を振り払うことができませんでしたが、以前に山際淳司<br>氏というスポーツライターが『江夏の21球』というスポーツノンフィクションを書き下ろし、あまり評価されなかった3冠王三度で助っ人外国人を一人で引き受けて寄せ付けなかった落合博満のその業績を<br>某共放送でただしく評価した氏の早世を見ても大変な仕事であることがわかります。<br>　それと鑑みて二宮清純氏の仕事に興味を懐いています。<br>
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<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 19:41:27 +0900</pubDate>
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<title>木村の前に木村なく木村の後に木村なし。</title>
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<![CDATA[ 　私が学生時代に松山市王街道の明屋書店で、<br>大山倍達の著作を読んでる時に後ろから肩を叩かれて振り替えるとそこには元大山倍達門下で『喧嘩十段』と言われた芦原英幸さんが立っていた。その時のやりとりは後述するとして牛47頭を素手で倒したと言われた大山門下の芦原英幸さんと出逢えたことは感激でした。<br>　その大山倍達があこがれて後を追い拓殖大学に入ったのは不世出の柔道の天才とされる木村政彦さんが拓殖大学出身だったからです。<br>　3倍稽古を信条とした柔道王木村政彦に『牛殺し』の大山倍達も続いたわけです<font size="5"><font size="5"><font size="5"><font size="6"><font size="5"></font></font></font></font></font>
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<link>https://ameblo.jp/hiromich357/entry-11101756966.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 06:11:58 +0900</pubDate>
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