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<title>hiroponの読書感想文</title>
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<description>自分用：読書感想文</description>
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<title>18歳のビッグバン/小林晴彦</title>
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<![CDATA[ 高次脳機能障害（見えない障害）に苦しむ筆者<br><br>家族が障害を理解しようとしてくれたが、筆者にも説明が難しい障害を理解するのは難しく<br>いつも生活を共にするが故の度重なる自体の無理解、無共感に苦しんだ。<br><br>筆者は「なんとか理解して欲しい」という衝動があったが自分でさえ説明し難い。<br><br>医師も理解するのは難しかったようだ。<br><br>何より、見た目は健常者なので<br>「障害ないんじゃないか？」<br>「サボりたいの？」<br>「白い杖をついているのに、なんでスマホをいじるのか」<br>という固定観念に縛られた視線が、ますます筆者を追い詰めた。<br><br>そんな筆者を救ったのが、不登校だった同級生。<br><br>打たれ弱いかもしれないが繊細で人のネガティブな面を分かる人間。<br><br>かと言って、それに特に同調することもなくただ見守る人。<br><br><font color="#0000FF">見えない障害の実情を詳しく知ることができた。健常者に見えるからこそ、筆者と同じような障害を持つ方は理解されずに苦しいと思う。健常者にとって、障害の感覚を知る手段はこのように本を読み疑似体験をすることだと思う。無理解は人を傷つける。<br>また、理解をしたからと言って人それぞれ違うのでお節介になるのはまた違うはずだ。筆者の親友の気持ちは分かる。私もそのタイプだからだ。また私の親友も似ている。世間から見たら弱者だろうが、その苦しみをそっと見守ってくれる存在は非常にありがたい。</font><br><br><br><br><strong>講演会より</strong><br><br>「障害を乗り越えて頑張っている小林さん」という見方<br><br>「小林さんができるんだから、お前も頑張れば、できるはず！」という親御さん<br><br>ステレオタイプな障害者像への抵抗感<br><br>様々な背景がある中、本人の実情を知らぬまま他人と比べられることほど辛く悲しいものはない。<br><br>「障害があるのに、それを乗り越えて頑張っている姿に感動しました」<br><br>「小林さんは、自分の生涯を受け入れていて、すごいです」<br><br>それに対して筆者は「おれは、それができないから、苦しんでいるんだけどな…」<br><br><font color="#0000FF">十人十色。障害なんてそれぞれは症状・感覚が違うので、その問題に神経質になっている障害者に対して、安易な言葉は宜しくない。本質を知る努力をするべきだ。無理解でありきたりな言葉は当事者を苦しめる。障害者の方と比べるのは違うかもしれないが、育児でノイローゼ気味の母親たちも同じような感想を持っている。<br>傍から見たら、小林さんは成功をおさめているように感じる。同じ感想だ。しかし、ご本人にとっては日々の苦しみを工夫しながら改善した結果であって、何かを成し遂げた感覚がないのかもしれない。大抵の人は努力をしない。何となく仕事をして空いた時間に好きなことをする。そんな人から見たら小林さんの結果は努力の賜物に見えるのだ。その努力が進行形でゴールが見えていないから小林さんも苦しんでいるのだろうか。</font><br><br><br><br><strong>合理的配慮の時代がやってくる</strong><br><br>アメリカには「合理的配慮」という考え方がある。<br><br>障害者が何らかのこんなに対しての配慮を得ることは、周囲の善意ではなく、障害者にとって人として当然の権利である<br><br>その配慮を要請するのは障害者自身。<br><br>つまり、障害者には、自分の障害とそれによって生じる困難と希望の配慮を説明するという自立した態度が求められる。<br><br>これは必ずしも障害者を主体に考えられたものではない。<br><br>配慮を提供する側にとっても、過度な負担とならないよう、合理的にお互いの妥協点を調整する。<br><br>双方が様々な困難や事情を抱えているなか、ひとりひとりと向き合うためには、互いが各ケースで求められる本質とは何なのかを、丁寧に議論する余裕が必要。<br><br>2016年「障害者差別解消法（合理的配慮　が記述」が施行。<br><br><font color="#0000FF">障害者のために設備・状況改善が進むと「逆差別」が日本では叫ばれる。障害を踏まえた上での「機会の平等」を全国民に提供するのが正しい道だと思う。確かに施設設備などはそれなりに費用がかかるが、それは障害者の権利なのだ。またそのような環境にすることで、障害者も自立した生活を送ることができる。自立するということは、周りの人にかかる負担も減るはずだ。</font><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12128227077.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Feb 2016 11:21:50 +0900</pubDate>
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<title>崩壊　朝日新聞/長谷川熙</title>
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<![CDATA[ <strong>パブロフ報道の典型</strong><br><br><font color="#0000FF">各メディアと個人にも言える。自分に都合のいい情報だけ拾う。個人ならまだしもメディアがこのような姿勢では信用問題に関わる。裏づけの無い証言を記事にしていたとは。この本を通し、朝日新聞には同調圧力が潜んでいることが分かった。</font><br><br><br><strong>尾崎秀美</strong><br><br>尾崎・朝日新聞―(トラウトマン工作）―大陸での戦線拡大―アジア内での共産主義国誕生にむけての活動<br><br>ゾルゲと組んだいちスパイという認識だったがそれだけではなかった。中国共産党が生き残るために中華民国の国民革命軍と日本が衝突するよう扇いだ。戦争で犠牲が出ようとも世界の共産主義化に導こうとした<br>。<br><br><strong>大義</strong><br><br>引用<br>かつて、対支二十一カ条要求貫徹という「大義」が、やがて米英撃滅という「大義」が、次いで東京裁判という「大義」が、そして、ひところはソ連という「大義」が、次は中華人民共和国という「大義」が、そのうち、プロレタリア文化大革命という「大義」が、同時に北朝鮮、そしてポルポト革命という「大義」も現れ、朝日新聞紙面は雷同し、酩酊した。しかし、こういう「大義」好きはもう新聞ではないと私は考える。「大義」の機関紙を私は新聞と呼ばない。なぜなら、「大義」の正体を暴くのが新聞と思っているからだ。<br><br><font color="#0000FF">戦争を見るとき、思想などが原因で偏った見方をすることが多い。現在のシリア内戦に関しても言えることだ。あるメディアが偏った報道をすると大衆は扇動される。そしてそれが世界を動かす力になる。しかし、その報道内容だけの世界が真実とは限らない。「なぜ攻撃したのか」「なぜそのような事件が起こったのか」双方の立場を踏まえて事実を炙り出して欲しい。それがなくてはただ世界を引っ掻き回しているだけだ。日本のメディアはどこが一番まともだろうか。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12127692286.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Feb 2016 21:50:05 +0900</pubDate>
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<title>拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々/蓮池透</title>
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<![CDATA[ <strong>引用</strong><br>北朝鮮の視点に立った検討も必要だ。原則論を貫き、経済制裁路線にこだわっていたならば、身動きがとれなくなる。甘いといわれても、対話・交渉路線の追及は必要である。いかなる民族が相手であろうと、対話と交渉なくして和解はない。北朝鮮の行動に対する「見返り」は当然必要であろう。日朝間に横たわる「過去の清算」の問題を考慮せずして、真の拉致問題の解決はないはずだ。<br><br><font color="#0000FF">自国民を守る点でいうと、真っ先に思いつくのはイスラエルだ。捕虜交換で自国民１人対１０００人（終身刑含む）でも応じる。また処刑された自国民の遺体を引き取る際も破格の条件を提示すると言われる。かの地を追われ迫害されたユダヤ人にとって自国民の保護が国是とも言えるからだ。通常ではあまりにも強硬な姿勢を貫くイスラエルだが自国民を守るためには常識をはるかに超える提示をする。拉致された方々は被害者ではあるが外交カードとして利用されるならば、このような思い切った策を講じる必要があるのではないか。</font><br><br><br><strong>家族会</strong><br><br>拉致被害者の家族により結成<br><br>石岡亨さんと田口八重子さんのご家族は不参加<br><br>世話人<br>・産経新聞記者の阿部雅美氏<br>・朝日放送プロデューサーの石高健次氏<br>・兵本達吉氏（共産党参議院議員橋本敦氏の秘書）<br><br><br><strong>救う会</strong><br><br>北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会<br><br>「北朝鮮には厳しく対処するべき」という考え<br><br>運動のプロ（右翼含む）で構成されているので家族会の運営に深く関与<br><br>よって思想も大きく影響を与えた。<br><br><font color="#0000FF">被害者のご家族が冷静になれないのは至極当然だ。恨む北朝鮮に対して感情的な対処を求めるのも理解できる。と同時に、これまで全く動いてくれなかった政治家と政府に対しても苛立ちはある。家族会の方々は外交に関して素人だ。各々アプローチの仕方は違うので内紛が起こる。本来は外交のプロである外務省とパイプを作るべき政治家がきちんと仕事をするべきだった。それが悲劇の原因でもある。</font><br><br><br><strong>政治家と外務省</strong><br><br>特徴<br>　　　<br>　　　政治利用する。<br><br>　　　利益がないと仕事しない。<br><br>　　　一部、真摯に考えてくれる人がいるが政治力学に押される。<br><br>　　　小泉氏だけ行動した。<br><br>拉致問題の「解決」の定義を明確化せよ。<br><br>例：政府認定拉致被害者17名全員の帰国　や　特定失踪者約900名を含むのか。<br><br>明確にしないのは、政府はこの問題を解決させず右傾化した民衆を煽る材料にしたいからではないか。<br><br><br><font color="#0000FF">明確な「解決」がなければ、北朝鮮も自由にゴールを決められるので交渉はダラダラと長引く。蓮池氏が懸念するのは最もだ。政治家・外務省の動機がどうであれ、実際に行動することを望む。彼らを動かせる人物はいないのか。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12123673700.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jan 2016 23:41:35 +0900</pubDate>
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<title>戦争と諜報外交/白石仁章</title>
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<![CDATA[ <strong>斎藤博</strong><br><br>日米関係の悪化を防ぐラジオ放送を行なった。<br><br><br><strong>杉村陽太郎</strong><br><br>ムッソリーニと渡り合い、幻の五輪招致に奔走した。<br><br><br><strong>来栖三郎</strong><br><br>駐ドイツ大使でありながら、日独伊三国同盟に反対し続けた。<br><br><br><strong>杉原千畝</strong><br><br>命のビザだけでなく、日本の救い得る重要情報を命がけで入手した。<br><br><br><font color="#0000FF">歴史の基礎知識がない私にはまとめきれなかった。内容の全てが新鮮で大切だった。<br>それぞれ第二次世界大戦の開戦を防ぐために尽力。また人間性に優れているように感じた。貴重な情報を送ったのになぜ日本は戦争へと進んだのか。恐らくトップ（外務省）の人たちの間では結論は決まっていた。それを補強する情報のみ欲していたのではないか。このような姿勢は現代の一般人にも当てはまる。右翼だ、左翼だ、自分の政治思想は曲げず都合の良い情報だけ拾い補強する。事実を見る必要がある。</font><br><br>参考：一ノ瀬俊也（埼玉大学准教授）http://www.bookbang.jp/review/article/505704 より引用。<br><br>「本書は、昭和戦前期に欧米各国の外交舞台で活躍し、「日本外交を健全な方向に導こうと努力し続けた真のプロフェッショナル」である四人の外交官の生き様を描く。<br>　第一章の斎藤博は、駐米大使として、日中戦争勃発により極度に悪化した日米関係の立て直しに尽力した。エリート中のエリートである彼は、本書のタイトルにある「諜報」活動とは縁遠いように思うが、外交官として持っているべき「情報収集能力」「危機管理能力」「広報活動のセンス」のうち、広報活動の面で才能を発揮したということだろう。<br>　第二章の杉村陽太郎は、駐伊大使として一九四〇年・第一二回オリンピックの東京招致実現などに奔走した。しかし在任中に伊国が親日国エチオピアを侵略したことから両国、さらに判官贔屓により親エ的だった日本国内の世論との板挟みとなり、苦悩する。<br>　第三章の来栖三郎は、駐独大使として日独伊三国同盟に署名したことで知られるが、本人はドイツについて批判的な情報を本国へ送るなど、提携強化に反対であった。この章では、損な役割を与えられ、戦後の評価も高いとは言えない来栖の再評価が試みられる。<br>　第四章の杉原千畝は、著者がすでにいくつかの著書で扱ってきた人物であり、本書の白眉ともいえよう。杉原といえば、リトアニア・カウナスの領事館で亡命を求める多くのユダヤ人にビザを発行し、その命を救ったヒューマニズムあふれる人物として著名だが、本章で描かれるのは、対ソ情報収集のプロ――インテリジェンス・オフィサーという別の顔である。<br>　一九四一年、杉原がポーランド人将校とともに独ソ国境へ実地探査に赴き、そこで独軍が大量の兵力を集結させており、したがって独ソ開戦は近いという情報を入手したくだりは、まさに諜報の「鬼才」たる杉原の面目躍如といえる。<br>　以上の四人は、いずれも国のため、戦争の惨禍を回避するために力を尽くした。その激務と心労により斎藤は米国で客死、杉村も現地で癌を患い、帰国後亡くなってしまう。悲劇的なのは、結局彼らの努力が報われなかったことで、一九三九年に日米友好を唱えて斎藤の遺骨を日本へ運んだ米巡洋艦アストリアは、太平洋戦争で日本軍により撃沈される。また、来栖の息子・良は陸軍の航空技術士官として日米航空戦に参戦するが、戦争末期に飛行機事故死してしまう。歴史という大渦の中での、個人の無力さを痛感させられる。<br>　ところで、著者・白石氏の主たる問題関心は、なぜ日本を破局へと導いた対米英戦争は止められなかったのか、という点にあるという。杉原たちが命がけで本国へ送った情報が政策決定に生かされれば、あるいは歴史は違うものになっていたかもしれない。なぜそうならなかったのかという疑問は、たぶん多くの人が共有していることだろう。<br>　著者は、杉原たちの情報が生かされなかった理由を、「戦前期における日本の政治体制が抱えていた構造的欠陥」にあると指摘する。この「構造的欠陥」の解明は、日本近代史研究上の、きわめて重要かつ今日的な課題である。<br>　なぜ、そのような「欠陥」が生じたのか、という問いについての評者個人の考えを述べれば、本国の外務省トップが、自分の聞きたい情報しか聞こうとしなかったこと、およびそれをチェックする制度を欠いていたことであろう。彼らは、米英と協調するのではなく、独国やソ連と結ぶことで米英を威圧し、泥沼化した日中戦争の解決――もちろん日本に有利なかたちで――をはかっていた。万が一、その独国とソ連が戦争を始めれば、それらの構想が根本から吹き飛んでしまう。だから、自分たちに不利な情報は無視したのではなかったか。<br>　なぜ昭和戦前期の外交政策では、そのようなことがまかり通ったのだろう。私もこの重要な問いを改めて考えたいと強く思った。その意味で、非常に刺激的な一冊である。」
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12117169424.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jan 2016 23:53:16 +0900</pubDate>
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<title>他人を攻撃せずにはいられない人/片田珠美</title>
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<![CDATA[ <strong>攻撃欲の強い人</strong><br><br>破壊願望のある人<br>　　　<br>　　　自分自身の願望や利益しか考えない人<br>　　<br>　　　自分に利益がないのに悪意を持って破壊しようとする人<br><br>例：後輩を可愛がり、上司に対する正直な気持ちを打ち明けたら、上司にチクり冷遇された。<br><br><br>では、どうやって見極めることができるのか。<br><br>→相手をけなして無価値化する。（何であれ、とにかくけちをつける）<br><br>例：大きな契約が取れ上司に報告。しかし、ねぎらいもなく、けなす。<br><br>→自分に能力、知識、経験などがあることを誇示し優位性を示す。<br><br>　非を認めず責任転嫁する。同僚などに個別にアプローチし人間関係について工作する。<br><br>例：「そういうことは、あなたが実績を出してから言うべき」いつも上から目線。<br><br>　　「A（新人）はひよっこで何も分かっていない」「B（ベテラン）は10年いても出世できない」<br><br>→全てを支配したい。<br><br>例：保護者に腹を立てている教師が、その生徒をクラス全体の前で叱責。<br><br>→夫婦間で<br><br>例：高収入の妻に対して「そんな仕事をしても意味がない」という夫。<br><br><font color="#0000FF">見極めるポイントなんてどこにでもよくあるように思える。この人そういうタイプだなと決め付けてしまうほうが危険に思う。それこそ私は妻に対しダブルバインドな言葉をかけてしまう自覚がある。これを見て反省。ただ誰にでもある要素だと思う。そういう部分が見えてしまうとこの人性格が悪いと感じるだけで。身近にそういう人がいるときは、どういう時にそのネガティブな要素を出してくるのかパターンを見極めたら自分の身に起きたとしても客観的に見ることができるのではないだろうか。</font><br><br><br><strong>彼らが使う７つの武器</strong><br><br>１．分からないふり<br><br>　　咎めてもなぜ自分が責められるのか分からないふりをする。<br><br>２．他人のせいにする<br>　　<br>　　弱い人に押し付ける<br><br>３．非難に動じない<br><br>４．疲弊させる<br><br>　　自己愛に強い人なので他人を認めない。責めても効果なし。<br><br>５．他人の価値を無視<br><br>　　こちらが正しい主張をしても、敵対的になりこちらに執着してくる。<br><br>６．ズレ<br>　　<br>　　言葉と真意のズレ<br><br>７．罪悪感をかき立てる<br><br><font color="#0000FF">先ほどのダブルバインドにも繋がる話だが、私もよく罪悪感を持たせるような言動をしてしまうことがある。厭味のようなもの。これくらい普通だと思っていたが普通ではないのだろうか。気をつけよう。</font><br><br><br><strong>解決法</strong><br><br>こういう人とはなるべく関わらないようにする。<br><br><font color="#0000FF">ストレスが生じやすいのは対人関係だ。特に攻撃的になられるとストレスに感じる。経験上、こちらが攻撃的になると相手も反撃してくるし、反撃してこなくても向こうがどういう反撃を試みてくるのか気になって仕方ない。つまり、自分から一切手を出さなければいい。嫌な思いをしても一時的なものなら我慢。日常的に続くなら下手に出る。それでも効果がなければ彼らのような人は権威や権力に苦手だろうから上から意見してもらう。ちなみに人に優しくすると心が軽くなると科学的に証明されたらしい。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12117146796.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jan 2016 22:41:56 +0900</pubDate>
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<title>平気でうそをつく人たち/M・スコット・ペック</title>
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<![CDATA[ <strong>邪悪な人</strong><br><br>・どんな町にも住んでいる、ごく普通の人<br><br>・自分には欠点がないと思い込んでいる<br><br>・罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する<br><br>・他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する<br><br>・対面や世間体のためには人並み以上に努力する<br><br>・他人に善人だと思われることを強く望む<br><br>・共感ができない<br><br><font color="#0000FF">まるで自分のことのよう。私は怠惰な人間だ。自分ではしなくてはならないと分かっていても、いつも何かと理由をつけて避けてしまう。やるべき事をやらないと人として成長できない。いつまでも子供のままだ。</font><br><br><br><strong>親が原因で子供の精神に異常をきたす</strong><br><br>親に間違った仕打ちをされた子供は、通常、自分の方が悪いのだと考えてしまう。<br><br>醜い、馬鹿な二流市民として扱われた子供は、そのイメージを持って成長する。<br><br>愛のない育てられ方をした子供は、人に愛されない人間だと信じ込む。<br><br>子供の一般法則として<br>「親の愛に著しい欠陥があるときは、子供はその原因が自分自身にあると考えて反応する可能性がきわめて高く、そのため、非現実的なまでに否定的な自己像を身につけるようになる。」<br><br>思春期の子供は内にこもる傾向が強く、気持ちを打ち明けようとしても自分でもはっきりと分からないため、言葉にできない。それはほとんど無意識レベルで行なわれている。<br><br>邪悪性の最も典型的な犠牲者は子供。<br><br><font color="#0000FF">子供が知る大人は自分の親だけだ。比較しようにも親ほど濃密な時間を過ごす人はいない。他人行儀の仲では素も出さないだろう。その親が無意識であろうとなかろうと、悪意を持って接していると悪影響を与えてしまうということだろう。親は子供の見本たれ。自分の根性を直すべし。また、子供が子供がうまく気持ちを言葉にできなくても無理に言わせようとせずに、いつでも味方であると示すと良いのだろうか。</font><br><br><br><br><strong>集団の悪</strong><br><br>集団の行動は、個人の行動に比べて、想像以上に原始的かつ未熟なレベルにある。<br><br>集団の中の個人の役割が専門化しているときには、つねに、個人の道徳的責任が集団の他の部分に転化されがち。そうした形で個人が自分の良心を捨て去るだけでなく、集団全体の良心が分散、希釈化され、良心が存在しないも同然の状態となる。<br><br>不快な状況に長期間置かれている人間は、退行を示す。集団も同じ。<br>（例：具合が悪いときに不機嫌になる。）<br><br>ストレスに対するもう1つの反応が「精神的まひ」<br>（例：死体を毎日見続けると恐怖の感覚を失ってしまう。）<br><br>つまり、ストレスを受け退行したり、精神的まひを起こすと悪に走りやすい。<br><br><font color="#0000FF">まず、不快な状態であろうと変わらない態度でいられるのが大人であるということ。著者は個々が集団全体の責任を取る時代を待つと書いていたが、個人主義が進んでいるのでそのような時代は来ないと思う。誰も自分ひとりだけ痛い目に合いたくない。自分が属した集団の悪に対してひとりでは止められない。では、どうやって止めるか。正面から言ってはただ自分が潰されて終わるだけかもしれない。ならば、内部告発など持続可能、かつ効果的な方法を取るべきではないか。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12114612473.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Jan 2016 21:52:55 +0900</pubDate>
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<title>資本主義の終焉と歴史の危機/水野和夫</title>
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<![CDATA[ <strong>資本主義</strong><br><br>「中心」と周辺」から構成され、「周辺」、つまりいわゆるフロンティアを広げることによって「中心」が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステム<br><br>現代では、地球上に地理的なフロンティアは残っていない。<br><br>よって、英米は代わりに「電子・金融空間」を作り上げた。しかし、いまやその「電子・金融空間」でも利潤を上げられない状態。<br><br>これは資本主義の終焉を示しているのではないか。<br><br>近代資本主義の大前提は２つ。「成長」と「エネルギーコストの不変性」<br><br><font color="#0000FF">単純に言えば、資本主義では資本家が労働者を使って資本を増やす。世界の出来事は複雑だからそう簡単に決め付けることはできないが、本書の統計を見ると、強欲な資本主義が日本を含め、世界を覆っていることに気付かされた。これからの時代、中流・下流の人間はますます苦しくなる。個人ではこの流れを止められない。では如何にこの世界で生きていくのが幸せなのだろうか。</font><br><br><br><strong>資本主義の延命策</strong><br><br>利子率の低下は資本主義の死の兆候。<br><br>金利とは資本利潤率とほぼ同じ。資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることが資本主義の基本的な性質。<br><br>上記を「利子率革命」という。16世紀のイタリアがそうだった。<br><br>＝長い十六世紀<br><br>資本利潤率の著しく低い状態の長期化は、企業が経済活動をしていく上で設備資産を拡大できない状態。<br><br>原油価格をチェック（1974年：11.2ドル/1バレル　→　2008年7月：147ドル/1バレル）<br><br>アメリカは「電子・金融空間」を作る。金融帝国化。<br><br><br>金融政策のひとつ、金融緩和<br><br>貨幣数量説「貨幣の数量が物価水準を決定する」という理論。<br><br>数式はMv＝PT<br><br>M：貨幣数量、v：貨幣流通速度、P:物価水準、T:取引量<br><br>しかし、貨幣流通速度が一定であるという前提が低金利のもとでは成り立たない。<br><br>つまり、金融緩和では物価上昇しない。<br><br><br><font color="#0000FF">日本とアメリカ、双方が金融緩和という対策を取った。この説が正しいなら意味がなかったということ。確かに日本の物価は上がったが円安だからという報道もあった。また、日本は低金利であるのに安倍政権は設備投資を促した。この２つの策ともマイナス要因になる。安倍政権の経済ブレーンの意見も知る必要がある。</font><br><br><br><br><strong>グローバリゼーションと「価格革命」</strong><br><br>「価格革命」とは、供給に制約のある資源や食料の価格が、従来の枠組みで説明できないような非連続的な高騰をすること。<br><br>インフレ:一定の空間内で需給逼迫によって引き起こされる。<br><br>価格革命:異なる価格体系を持っていた空間と空間が統合し、均質化する過程で起こる。<br><br>価格革命が起きる商品とは、空間が統合される前に「周辺」だった地域が供給していたもの。<br><br>「長い十六世紀」の価格革命では、「周辺」の東欧諸国が、「中心」のローマに供給する穀物。<br><br>今世紀の価格革命は、石油などの資源。<br><br>日本の名目GDPと雇用者報酬の関係を見ると、1999年以降、弾性値が急落、2006年にはマイナス。<br><br>これは企業は利益を上げているにもかかわらず、被雇用者報酬を減らしている。<br><br>実質賃金も同様、好不況に関係なく低下。<br><br>「価格革命」の収束はいつか。歴史を見ると新興国の一人あたりのGDPが先進国に追いついた時。<br><br>現代でいうと、中国が日米に追いついた時。中国が日本に追いつくのは約20年後。<br><br>GDPの半分を国内総固定資本形成が占めてきた中国のバブルは必ず崩壊する。<br><br><font color="#0000FF">人口増加する中で資源価格が増大するのは必然だ。価格高騰が原因で経済が苦しくなるのは昔から懸念されてきたと思う。それに備え省エネの開発が進められているので大企業は耐えられるのではないか。しかし、消費者の生活はどうだろうか。原発を稼動できない状態が続くのは大分苦しくなると思う。また、被雇用者の立場はますます悪くなる。このままでは小さくなるパイの奪い合いだ。良い働き方、あるいは良い生活の仕方を模索する必要がある。この著者の意見からすると、安倍政権の政策は間違っているようだ。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12109155008.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2015 21:11:10 +0900</pubDate>
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<title>文明の衝突から対話へ/山内昌之</title>
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<![CDATA[ <strong>片方に相対化や譲歩を求めながら自分の価値を絶対的なものとして主張しては成り立たない</strong><br><br>現実的な折り合いをつけた「対話」をはかる。<br><br><br>例えば、イスラムの場合<br><br>一般人を参加させずテロリズムを孤立させ、双方にとり暴力なしの話し合いができる土俵を作る。<br><br>この土俵を作るのはイスラムの人たちだけはなく欧米の人々も西欧中心的な知のあり方に多少の会議新を持つことから始まる。<br><br>≠文化的普遍者<br><br>　世界共通の文化・思考の枠を画一化することではない。<br><br><br>文明の対話とは<br><br>文明、文化、国家、民族、それぞれ所属する枠組みを離れ相対する枠組みで検討し、対立を乗り越えていっそう高い次元に知的展望を拓く、その機会を示す。<br><br><font color="#0000FF">恐らく交渉するときにこちらが五分五分と思っている内容は相手からすると７：３、甘く見ても６：４だろう。内容はかなり妥協したと思うくらいが五分五分なのだと思う。この本の内容ではイスラムが例に挙げられているが、日本では普天間基地の問題が該当する。県外の人からすると、「地理的にどう見ても沖縄に建設するべきだろう、それ以外有り得ない」という傲慢な態度が見える。一旦ここは引いてみる必要があると思う。沖縄の人々は実際に体験した方々から戦争の話を聞かされてきた。ほとんどの人が身内に不幸な過去を背負っている方がいると思う。都会の人よりも身内を大切にする田舎の人にとって、あの歴史は他人事ではないだろう。基地を建設するにしても歴史と感情を理解した上でお願いするのが筋ではないかと思う。確かに左翼活動家の妨害も否定できないが。</font><br><br><br><br><strong>移民に関して</strong><br><br>同化<br>移民国で外国人が出身国の文化・慣習を放棄して受け入れ国の文化・慣習を取り入れ別の存在となること。<br><br>編入<br>移民が受け入れ社会へ参加しても、文化や信仰の変更や放棄を強制されずに、民族と宗教のアイデンティティがそのまま保持されること。<br><br>統合<br>同化＋編入。文化的個性を捨てず、積極的に社会参加する。<br><br><br><br><strong>他民族と多文化の共存に必要なのは</strong><br><br>基本的人権と民主主義の尊重を原理として受け入れること。<br><br>問題解決にはリアリズム。平和達成には理想主義。<br><br>先進国でリベラリズムや民主主義が進んでいくことが先進国と途上国の間で、戦争が起こらないための重要な条件。<br><br>必ずしも民族問題の根本解決でなくても良い。民族間関係の緊張を少しでも和らげる措置を講じられれば良し。<br><br>これからの時代は編入・統合が進む。<br><br>国際協調と国益保全のバランスを取らなければ排外主義や差別主義が流行る。<br><br><font color="#0000FF">日本には「郷に入っては郷に従え」という諺がある。逆を言えば、移民にその姿勢を求めるということだ。にもかかわらず、欧州のイスラム教徒のように「編入」の態度で移住されてきては緊張が生まれるのは必然だと思う。それに対してリベラリズムで向かえたらますます軋轢が深まる。日本が「移住して欲しい」とお願いする立場ならともかく、日本への移住を望む人が日本の文化に合わせるべきでないか。元からの住人が窮屈に感じるようになるなら移民は来なくて良い。もしくは群馬県大泉町のようにほぼ分離した状態で共存はどうだろうか。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12108920221.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2015 08:48:16 +0900</pubDate>
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<title>文明の衝突/サミュエル・ハンチントン</title>
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<![CDATA[ <strong>9・11に米国を攻撃したのは本当にある文明の代表者なのか？</strong><br><br>これを「文明の衝突」にするのはテロ組織を代表と決めることとなるのではないか。<br><br>つまり、テロリストを利する行動。<br><br><font color="#0000FF">テロが起きる度にそれを非難する善良なイスラム教徒がいる。ISの否定もする。一般人が過激派の一員となるのは、その一個人が勢力のある組織に忠誠を誓っているだけで、大半のイスラム教徒はテロを否定的に見ているのか。恐らくそうだとは思うのだが、普段自分たちを激しく差別する憎悪の対象（白人たち）を殺戮するその組織に憧れる者がいてもおかしくないと思う。この一般社会に存在する微妙な摩擦をテロ組織によってうまく「文明の衝突」にすり返られているのだろうか。</font><br><br><br><strong>ヨーロッパ人の考えるイメージ</strong><br><br>未開人　→　野蛮人　→　文明化された<br><br>この文明化された人類がヨーロッパ人が抱く自己イメージ<br><br>ヨーロッパが導き手となる「精神と理性の進歩」<br><br><font color="#0000FF">ヨーロッパ人たちが作り出した民主主義と資本主義。歴史的に後進国であった国々は独自の文化があったが、白人たちのルールに従いこれまでやってきた。価値観が異なるゆえに白人たちのルールにそぐわない面もあった。それは極当たり前のことなのに、「だから後進国なのだ」と言わんばかりの態度をよく取られる。現代でもよくある。それぞれ文化があるのになぜそれが尊重されないのか。中東各国が反発を抱くのは当然であると考える。</font><br><br><br><strong>テロリストの罠</strong><br><br>文明の衝突を作る。<br><br>自分たちが属する組織全体を煽り、残虐行為の正当化を図る。<br><br>解決策は内向せず、絶え間ない対話の維持。<br><br><font color="#0000FF">対話の必要性は理解できるが、ここまでなってしまったイスラム過激派との対話は可能なのだろうか。確かに武力を以って制しても、それは対処療法なので根本的解決にはならない。これまでは世界経済格差が原因で過激派に参加する若者が増加していると言われていたが、先日に起きたアメリカのテロの容疑者は富裕層だった。原因は双方の寛容性の不足だろうか。被害を覚悟の上で根気強い対話が必要なのか。</font>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12108498750.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 23:52:56 +0900</pubDate>
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<title>文明の衝突と21席の日本/サミュエル・ハンチントン</title>
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<![CDATA[ <strong>文明の種類</strong><br><br>西欧、東方正教会、中華、日本、イスラム、ヒンドゥー、ラテンアメリカ、アフリカ<br><br><br><strong>21世紀の大国</strong><br><br>アメリカ、ヨーロッパ、中国、日本、ロシア、インド<br><br><br><strong>危険な紛争</strong><br><br>イスラム　VS　西洋　VS　中国<br><br>上の紛争で大きく影響するのは、ロシア、インド、日本がどこと、どの程度強調するか<br><br>日本は唯一単体の文明を持つ、世界で孤立した存在<br><br>国は違えど、同じ文明に所属する者、民族、国家は強調しやすい。<br><br>脅威に対しての対応策は<br>　　　バランシング（勢力の均衡を維持する）<br>　　　バンドワニング（追随する）<br><br>紛争の深刻度・・・イデオロギーの違い　＜　文明の違い<br>　　　同じ文明の国々が加担を始める。<br><br><font color="#0000FF">まさにイスラム過激派と西洋の衝突を予言していたかのようで驚いた。テロが起きると、一般論として「過激派とイスラム教徒は違う。」とよく聞く。正論だがその考え方ではこの悲劇は止められない気がする。というのも、それまで普通のイスラム教徒だった人が突然過激派となるケースが相次いでいるからだ。積極的な移民の受け入れから宗教が原因で軋轢が生まれた。そのストレスから過激派となっているようだ。フランスでのテロを受けて、文明間の衝突という図式は持ち出さないようにされてきたらしいが、一般人の間ではもはや文明の衝突となっているように感じる。文明は宗教を基にできあがった。テロリストの主導者は一般人の文明衝突を見逃さず、それを利用して扇動しているように見受けられる。</font><br><br><br><br><strong>アイデンティティ</strong><br><br>人々は、祖先、宗教、言語、歴史、価値観、習慣、制度に関連して自分たちを定義付ける。<br><br>文明は人々の道徳の基礎となる宗教なくして成り立たない。<br><br>この共同体における基本的な思想を持続させること。<br><br><font color="#0000FF">日本の場合、中国から派生したとは言え、それからは独特の文明を作り上げたと思う。</font><br><br><br><br><strong>フォルト・ライン戦争とコミューン戦争</strong><br><br>コミューン戦争：宗教的、民族的、人種的、言語的（個別的）<br><br>フォルト・ライン戦争：宗教的、文化圏<br><br>共通点は宗教的<br><br>宗教的な争いは暴力的、長期的、大規模な争いとなる。<br><br><font color="#0000FF">現代の中東、ISなどのイスラム過激派が関わる争いは長期的となるのか</font><br><br><br><br><strong>21世紀は多文化主義</strong><br><br><u>多極的世界の戦争と秩序</u><br><br>中核国家（文明の核となる国）は他の文明内の衝突に介入しない。<br><br>中核国家が互いに共同調停ルールを交渉する。<br><br>相手の歴史、理想、芸術、文化の研究・理解をする努力が必要。<br><br><br><font color="#0000FF">いつの時代でも相手国を尊重するのは大切なことだが、今世紀はそれがより必要となるようだ。ロシア・中国の大国が足かせとなってまとめる事は困難を極める。相手側からすると、西洋諸国もそのように思われているだろう。しかし、文化や芸術などソフト面の理解は政治家や外交官同士を始め、民間でも関係性を良好にするはず。民間交流が国家間の衝突を緩和した例を調べてみると価値があるかもしれない。</font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hiroponice/entry-12108486926.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 23:23:20 +0900</pubDate>
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