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<title>翡翠の森</title>
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<title>名画のちから　その15　「天秤を持つ女」</title>
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<![CDATA[ <p>ヨハネス・フェルメールはオランダを代表する17世紀の画家である。&nbsp;</p><p>彼の代表作「真珠の耳飾りの少女」は「西洋のモナリザ」と讃えられて世界中から愛されている。&nbsp;</p><p>日本でも人気の高い画家であり、幾度も彼の作品の展覧会が開催された。&nbsp;</p><p>しかし、その彼の現存する作品は30数点と少ない。</p><p>この画家が若くして亡くなってしまったことや寡作であったことが一因であるが、何よりもその彼の生涯が謎に包まれていることが起因となっている。&nbsp;</p><p>生涯を生地デルフトから出ることはなかったと言われているこの画家の画風は自身の人生同様謎めいた魅力に満ちており、世界中の人々の心を強く惹きつけて魅了し続けている。&nbsp;</p><p>その数少ないフェルメールの作品を実際に何点か目にする機会に恵まれた。&nbsp;</p><p>どの作品も何気ない日常生活の一瞬の場面を描いた画だったが、何故か鮮烈に心に焼きついた。&nbsp;</p><p>圧倒的存在感を放ち、心を捉えて離さなかったのである。&nbsp;</p><p>その彼のミステリアスな作品の中で最も好きなのがワシントン・ギャラリー所蔵の「天秤を持つ女」だ。&nbsp;</p><p>残念ながら実物を見たことは、ない。&nbsp;</p><p><br></p><p>画面にはほの暗い室内の中で一人の女性が天秤を持って佇んでいる姿が描かれている。&nbsp;</p><p>女性は頭髪を一筋も見せずに白い頭巾を綺麗に被っており、またゆったりとした簡素な衣装を身に着けていて、まるで修道女のようである。&nbsp;</p><p>女性は窓から洩れる明かりを頼りに自身が手にしている天秤を静かに見ている。&nbsp;</p><p>その表情は聖母のごとく穏やかで慈愛に満ちており、我が子を見ているかのような視線を天秤に注いでいる。&nbsp;</p><p>天秤は今、均衡が保たれている。&nbsp;</p><p>女性は天秤が揺れぬようテーブルにそっと左手を置いて身体を動かさないようにしている。&nbsp;</p><p>一体何を計っているのであろうか？&nbsp;</p><p><br></p><p>テーブルの上には蓋の開いた箱があり、そこから零れ落ちるようにして神秘的なきらめきをした真珠の首飾りがある。&nbsp;</p><p>またむきだしになった金貨も何枚か置かれている。</p><p>女性はこれらを秤にかけているのだろうか。&nbsp;</p><p>だが天秤の上には何も乗っていない…。&nbsp;</p><p><br></p><p>女性の背後には荘厳で重厚な絵画が掛かっている。</p><p>キリスト教の題材の一つである「最後の審判」を描いた画だ。&nbsp;</p><p>世界の終わりのときに、天使が人間の魂を秤にのせて罪の重さをはかっている様子が描かれている。&nbsp;</p><p>女性の頭部で隠れている部分には、本来は大天使ミカエルが魂を計っている姿があるのだが、それがこの修道女のような女性と重なっていて見えない。&nbsp;</p><p>まるで天使が女性の姿となって絵画から抜け出したかのようだ。&nbsp;</p><p><br></p><p>この画を見ていると何故か心に静けさが広がっていく。&nbsp;</p><p>穏やかで温かい眼差しを秤に向けながらそれを持つこの女性の姿が、心中を静謐な気持ちにさせるのだ。&nbsp;</p><p>実に不可思議で魅惑的な絵である。&nbsp;</p><p>女性は何を計ろうとしているのか。&nbsp;</p><p>そして何故慈しみに溢れた表情で何も乗っていない天秤を見つめているのか。知りたい――。&nbsp;</p><p>「天秤を持つ女」に会って尋ねてみたい。&nbsp;</p><p>行ってみようか、米国の首都ワシントンへ――。&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260807/19/hisui-watanabe/1f/2d/j/o1280145215810001312.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260807/19/hisui-watanabe/1f/2d/j/o1280145215810001312.jpg" height="1452" width="1280"></a><br></p><p><br></p><p>&nbsp;*「天秤を持つ女」　</p><p>ヨハネス・フェルメール作</p><p>1663年-64年　</p><p>ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵&nbsp;</p><p>以前は「金を量る女」というタイトルであったが、詳細な調査の結果、女性が持つ天秤には何も乗せられていないことが明らかになったため、「天秤を持つ女」と改題された。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12975057169.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Aug 2026 19:51:21 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その14　「ヒュラスと水の精」</title>
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<![CDATA[ <p>絵画の魅力にとりつかれたのは十代後半のこと。&nbsp;</p><p>以降、足しげく美術館に通うようになり、開催されている展覧会には片端から赴いていった。&nbsp;</p><p>そして世界は大きく広く、ピカソやダヴィンチなど教科書に載っている画家以外にも、古今東西に偉大な芸術家が数多存在していたことを知った。&nbsp;</p><p>また、日本の近代文学のような“派”が美術界にあることも学んだ。&nbsp;</p><p>作風を同じく(あるいは類似)する者たちが結集したグループのことである。&nbsp;</p><p>日本で人気とともに知名度が高いのが印象派だ。&nbsp;</p><p>その印象派と同時期の19世紀半ばに活動したのが、美術史上「ラファエル前派」と称される美術団体である。&nbsp;</p><p>ただし印象派はフランス画壇においてであり、ラファエル前派は英国画壇においてだが。&nbsp;</p><p>&nbsp;「ラファエル前派」は、その名称通り、ラファエロ以前の美術に戻ろうとする芸術家たちが集まって結成したグループである。&nbsp;</p><p>当初7人で始まったこの派の活動は、多数の芸術家たちに影響を与え、一世を風靡し、画壇に君臨するにまで至ったが、芸術の方向性の違いなどの理由から短期間で瓦解し、それぞれが独自の画風の道を歩んでいくことになった。&nbsp;</p><p>&nbsp;派の創始者であるダンテ・ゲイブリエル・ロセッティやジョン・エヴァレット・ミレイ、また派に属する画家たちの作品は、様々な展覧会で見てはいた。</p><p>しかし彼らが「ラファエル前派」なる画家であることや、その派に関する事柄に対しては全く知らずにいた。&nbsp;</p><p>この派について知識を得たのは、2000年に開催された「ラファエル前派展」においてである。&nbsp;</p><p>この展覧会にはウォーターハウスの作品「ヒュラスと水の精」が来日していた。&nbsp;</p><p>展覧会の目玉でもあったこの作品は、開催場所が損保美術館であったことから、新宿駅前の通りに大きい看板となって掲げられていた。&nbsp;</p><p>それを目の当たりにして見たときに強烈な衝撃を受けた。&nbsp;</p><p>なんだ、この妖しくも美しい絵は！？、という驚きが全身を痺れさせたのだ。看板の前で立ち尽くし、絵に魅せられ、絶対に見に行くことを心に固く誓い、そして展覧会へと足を運んだ。&nbsp;</p><p><br></p><p>かくや、素晴らしい展覧会であった。&nbsp;</p><p>ラファエル前派作品の華麗なるオンパレードだった。&nbsp;</p><p>どの絵も見るのは初めてだったが、描かれている題材はほとんど知っていた。&nbsp;</p><p>それはギリシャ神話や聖書、そしてシェイクスピア戯劇やアーサー王伝説、デカメロンなどであった。</p><p>それらの登場人物や物語場面が、派特有の明瞭な線描写と目に眩しい鮮やかな色彩で描かれていたのだ。&nbsp;</p><p>展示されていた作品はすべて秀逸だった。&nbsp;</p><p>絵の中に物語があった。&nbsp;</p><p>いや、物語が絵となって現れたのだ。</p><p>作品「ヒュラスと水の精」はギリシャ神話のエピソードの一場面を描いている。&nbsp;</p><p><span style="font-size: 16px;">青い衣をまとった男性の名は”ヒュラス”。&nbsp;</span></p><p>絶世の美少年であった彼は英雄ヘラクレスの愛人だった。&nbsp;</p><p>ヒュラスは森の奥へ水を汲みにいったとき、その美しさゆえ、ニンフたちに気に入られて捕らわれてしまい、彼女たちの棲む水面下の世界へ連れて行かれてしまう。&nbsp;</p><p>画面はまさしくその場面を描いている。&nbsp;</p><p><br></p><p>本展覧会を鑑賞して後、「ラファエル前派」なる画家たちの作品に虜にされてしまったのは書くまでもない。&nbsp;</p><p>絵画に魅了されたときと同様、派に関する画集や書を読み漁っていった。&nbsp;</p><p>何故ここまで「ラファエル前派」作品に惹かれてしまったのか。&nbsp;</p><p>他の派にも優れた作品は沢山あるというのに。&nbsp;</p><p>それは派が伝説や文学を主題にして作品を創作しているからに他ならない。&nbsp;</p><p>崇高な宗教画には畏怖するが遠く感じ、印象派はきれいで馴染みやすいがそれで終わる。&nbsp;</p><p>だがラファエル前派の描く作品は、幼い頃より物語を読んで、その世界に耽るのが好きだった自分と強く共鳴したのだ。&nbsp;</p><p>胸の内にしまいこんでいた宝物のような物語が視覚化されて目の前に現れたのだ。&nbsp;</p><p>自分の原点となる「文学」が、想像をはるかに超えた世にも稀な美しい絵画として具現化されたならば夢中になるのは当然であろう。&nbsp;</p><p><br></p><p>「ヒュラスと水の精」は自分をラファエル前派の世界に引き込んだ脅威の絵である。&nbsp;</p><p>それはまさしく、水底に引き込まれてしまったヒュラスのごとくに。&nbsp;</p><p>さあ、来なさい、私たちの世界へ。&nbsp;</p><p>画面の7人のニンフは無言でそう語りながら、ヒュラスの腕を絡めとり、今まさに水底へと引きずりこもうとしている。&nbsp;</p><p>ヒュラスはおののきながらも、決して全身で拒絶はしていない。&nbsp;</p><p>魔的で美しいニンフたちの誘惑に抗えないでいるのを、未知の世界へ行く恐れがかろうじて踏みとどまらせているのだ。&nbsp;</p><p>結局、ヒュラスはニンフたちの棲む水底の世界へ行ってしまうのだけれど。&nbsp;</p><p>&nbsp;そして自分もまたラファエル前派の世界に引きずり込まれてしまった。&nbsp;</p><p>7人のニンフたちはラファエル前派の芸術家たちだったのだ。&nbsp;</p><p>それは7人の創始者、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・マイケル・ロセッティ、ジェームズ・コリンソン、フレデリック・ジョージ・スティーヴンス、トーマス・ウールナーらである。&nbsp;</p><p>いや、違うかな。私的観点からだと、腕を絡めているニンフがジョン・ウィリアム・ウォーターハウスであり、他はフレデリック・レイトン、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、フランク・カドカン・クーパー、アーサー・ヒューズ、ハーバード・ジェイムス・ドレイパー、フランシス・バーナード・ディクシーである。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260803/20/hisui-watanabe/69/5a/j/o1280079415808826084.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260803/20/hisui-watanabe/69/5a/j/o1280079415808826084.jpg" height="794" width="1280"></a><br></p><p><br></p><p>&nbsp;*「ヒュラスと水の精」&nbsp;</p><p>ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス&nbsp;</p><p>1896年制作　マンチェスター市立美術館所蔵&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12974669748.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Aug 2026 20:52:29 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その13　「聖誕 於巴里」</title>
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<![CDATA[ <p>藤田嗣治の作品を初めて見たのは10代の終わりだった。&nbsp;</p><p>それは都内にある松岡美術館に足を運んだときのことだった。&nbsp;</p><p>現在は白金の地にあるその美術館は、当時は御成門にあった。&nbsp;</p><p>都心にあるとは思えぬほどこじんまりとした美術館だったが、その所蔵コレクションは圧巻だった。&nbsp;</p><p>ピカソ、ローランサン、シャガール、ブクローなど名だたる巨匠の名画がズラリと展示されていたのだ。&nbsp;</p><p>その名作群の中にあったのが藤田嗣治の「聖誕 於巴里」であった。&nbsp;</p><p>その絵を見たときに最初に抱いた印象は「何だ、この絵は？」という驚きだった。&nbsp;</p><p>本作は、タイトルから類推できるようにイエスの誕生を描いた画である。&nbsp;</p><p>イエスを題材にした作品はそれこそ世界中に数多存在するが、そのほとんどが荘厳で重厚な雰囲気を漂わせるイコンとしての役割を兼ねている。&nbsp;</p><p>本作はそれからはほど遠かった。&nbsp;</p><p>奇妙で奇矯なのだ。&nbsp;</p><p>中央には生まれたばかりのイエスが、そして観賞者からみて右にマリア、左にヨセフが描かれている。&nbsp;</p><p>そしてイエスをのぞきこむようにして二頭のロバがおり、マリアの背後には牛、イエスの傍らには子ヤギがいる。&nbsp;</p><p>聖書を下地にしたイエスの誕生のエピソードを描いた画ということは理解できた。&nbsp;</p><p>だが、イエスは赤子なのにその表情は成人のものだし、周囲の動物たちの顔つきは人間的で今にも人語(？)を喋り出しそうな感じである。&nbsp;</p><p>楳図かずお氏の画が脳裏に浮かんだ。&nbsp;</p><p>またムンクの作品「叫び」に見られる不気味で不穏な曲線描写が登場人物たちを取り巻いているような感覚も受けた。&nbsp;</p><p>実に奇怪な絵である。&nbsp;</p><p>なのに、何故か美しい、と感じた。&nbsp;</p><p>そして思った。&nbsp;</p><p>果たしてこの絵は日本画なのか洋画なのか。&nbsp;</p><p>鉛筆で描いたような細い線質と薄い水彩画の色彩は日本画に思える。&nbsp;</p><p>だが全体的に西洋の趣があるのだ。&nbsp;</p><p>作者の名前を見る。&nbsp;</p><p>そこには「藤田嗣治」と明記してあった。&nbsp;</p><p>無知な私はそのときまで藤田嗣治なる画家の存在を知らなかったのだ。&nbsp;</p><p><br></p><p>&nbsp;藤田嗣治(ふじた・つぐはる)。&nbsp;</p><p>1866年生まれの日本人フランス画家。&nbsp;</p><p>1905年に東京美術学校に入学し、卒業後、1913年にフランスへ渡航する。&nbsp;</p><p>パリのモンマルトルに居を構え、後にエコール・ド・パリと称される画家のピカソ、モディリアーニらと親交を結ぶ。&nbsp;</p><p>そして独自の画風を確立し、西欧画壇に君臨し、世界的な名声を得る。&nbsp;</p><p>第二次対戦が勃発すると日本へ帰国するが、進展のない日本画壇に失望し、終戦後はフランスへ戻る。&nbsp;</p><p>そして帰化し、1968年にスイスにて81歳で没。&nbsp;</p><p>遺体は自身が設計したフランスのランスにある「フジタ礼拝堂」におさめられた。&nbsp;</p><p><br></p><p>藤田嗣治の生涯を略して説明すると上述のようになる。&nbsp;</p><p>実際に彼の人生を追っていくと、原稿用紙が何枚あっても足りない。&nbsp;</p><p>藤田は、異国の地へ渡り、その地で画家として成功をおさめた(おそらくは)ただ一人の日本人である。&nbsp;</p><p>それも日本画でなく西洋画で大成したのだ。&nbsp;</p><p>彼は日本生まれの日本育ちの日本人である。&nbsp;</p><p>ほとんどの画家が、生前に認められないまま世を去っていくというのに、これはまったく驚異的な所業である。&nbsp;</p><p>西洋諸国に対して未明であった時代、先に留学していた先達がいたとはいえ、単独でフランスへ渡ったことだけでも豪胆な人物であることが伺いしれる。&nbsp;</p><p>彼は当初から脚光を浴びていたわけではない。&nbsp;</p><p>日本の美術学校は反りが合わなかったため成績はふるわず、結婚したばかりの妻と別れてフランスへ渡航するも食うや食わずの日を送ったこともあった。</p><p>だが、藤田はそれらの苦難を乗り越え、芸術大国で押し潰されることなく、また呑まれることもなく、日本人としての精神を失わないまま、自らの才を開花させていったのだ。&nbsp;</p><p>そして数多いる西洋画家を押し退け、巨匠ピカソらとともに西洋画壇に君臨し、「世界のフジタ」と称されるまでに至ったのである。&nbsp;</p><p>フランス人からは、「FOUFOU（お調子者）」の愛称で親しまれ、フランスで彼を知らない者はいなかったという。&nbsp;</p><p>芸術家らしくその女性遍歴も華やかで、彼は生涯において5度の結婚をしている。&nbsp;</p><p>また画業を営みながら、二つの大戦をもくぐり抜けた。&nbsp;</p><p>その生涯を辿ると、荒々しい偉丈夫を想像してしまうが、彼は剽軽という形容がすぐさま脳裏に浮かぶ容貌なのだ。&nbsp;</p><p>また一度、彼の肉声を聞いたことがあるが、声音は穏やかで、気の良い好好爺という印象を受け、幾人もの女性と恋愛遍歴を重ねてきた世界中から称賛された芸術家のイメージからはほど遠かった。&nbsp;</p><p>本作を観賞して以降、藤田の他の作品を数多く目にした。&nbsp;</p><p>世界中から大絶賛された独特の乳白色で描かれた彼の作品はどれも素晴らしかった。&nbsp;</p><p>異形と思えたのは本作のみで、他作品は天上美とも思えるほど秀麗だった。&nbsp;</p><p>そしてどれもが日本と西欧を見事に融合化していた。&nbsp;</p><p>本作を見て衝撃を受けたのは、日本とフランスが一体化している具象物に初めて対面したからである。&nbsp;</p><p>西洋と東洋の混合、それが「絵」となって見事に表現されていたのだ。&nbsp;</p><p>根底に日本的精神を置きながら、フランスの文化を取り入れた藤田だからこそなせる技であろう。&nbsp;</p><p>芸術家としての技量と感性はフランスで養われこそしたものの、藤田は日本が生み出した至高の芸術家である。&nbsp;</p><p><span style="font-size: 16px;">「聖誕 於巴里」は、その偉大な人物を知ることになった忘れがたき記念すべき一枚なのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260802/23/hisui-watanabe/30/49/j/o0621045915808562973.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260802/23/hisui-watanabe/30/49/j/o0621045915808562973.jpg" height="459" width="621"></a><br></span></p><p><br></p><p></p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;*「聖誕 於巴里」</span></p><p><span style="font-size: 16px;">藤田嗣治　1918年制作　松岡美術館所蔵</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12974581841.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Aug 2026 23:39:44 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その12　「エステル」</title>
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<![CDATA[ <p>19世紀の英国画壇に君臨したジョン・エヴァレット・ミレイは好きな画家の一人である。&nbsp;</p><p>世界中に知られている彼の代表作品「オフィーリア」を見て以来、彼に興味を持ち、その作品を数多く見てきた。&nbsp;</p><p>ミレイが多作であったことと、日本でも人気の高い画家であったことが幸いした。&nbsp;</p><p>彼の作品は、日本で開催される企画展で何度も目にすることができたからだ。&nbsp;</p><p>幼少時よりその天賦の才を発揮し、生前より名声を欲しいままにしてきたミレイの作品はどれも素晴らしかった。&nbsp;</p><p>その中でもとりわけ印象深い作品があった。&nbsp;</p><p>2008年に開催された「ジョン・エヴァレット・ミレイ展」で展示された作品「エステル」である。&nbsp;</p><p>鮮やかな黄色のマントを纏った長い茶褐色の髪をした女性が描かれている画だ。&nbsp;</p><p>女性は青いカーテンの前で、金の宝冠を左手に持ちながら、その長い髪をほどこうとしている。&nbsp;</p><p>彼女は何をしようとしているのか。&nbsp;</p><p>そして何者なのか。&nbsp;</p><p><br></p><p>この女性の名はタイトルと同じ「エステル」。&nbsp;</p><p>旧約聖書の「エステル記」に登場するユダヤ人女性である。&nbsp;</p><p>そしてペルシア王の妃でもあった。&nbsp;</p><p>エステルは今、カーテンの向こうに座す自身の夫である王に謁見しようとしているのだ。&nbsp;</p><p>当時は、王の召喚なしに王と会見することはタヴーとされおり、それを破ったものは死罪にされた。&nbsp;</p><p>例えそれが妻の王妃であってもである。&nbsp;</p><p>今、エステルは死を覚悟して王に拝謁しようとしている。&nbsp;</p><p>何故に？&nbsp;</p><p>それは、時の大臣ハマンが、エステルの父モルデカイをはじめ、ユダヤ人すべての殺害を企んでいたからだ。&nbsp;</p><p>エステルは自分の父や同胞を救うため、そのことを王に訴え出ることにしたのである。&nbsp;</p><p>毅然とした姿勢と表情からエステルの死をも覚悟した決意が伝わってくる。&nbsp;</p><p>王冠を取り、髪をふりほどいて王に会おうとしたのは、王妃ではなく一人の人間として請願することの決意の表れである。&nbsp;</p><p>同胞を救うための高潔な志が伝わってくる。&nbsp;</p><p>死をも恐れぬ大胆なふるまい、そしてその勇ましい表情に圧倒された。</p><p>&nbsp;</p><p>人間には一生に一度は、すべてをかけなければならぬときがある。&nbsp;</p><p>自らの生涯と引き換えにしても。&nbsp;</p><p>そのときがいつ訪れるかはわからない。&nbsp;</p><p>だかそのときが来たら、自分はこの絵のエステルのように毅然とすべてをさらけ出すことができるだろうか。&nbsp;</p><p>髪をほどき王冠を取り去ったのは、エステルの自身の命をかけた覚悟の表れである。&nbsp;</p><p>自分はこのようにすべてを捨てられるだろうか。&nbsp;</p><p>もし、そのときが来て、逡巡したら、この絵を思い出そう。&nbsp;</p><p>エステルから勇気をもらうのだ。&nbsp;</p><p><br></p><p>果たしてエステルはどうなったか。&nbsp;</p><p>アハシュロス王は彼女の訴えを聞き届け、ユダヤ人虐殺を目論んだハマンを処刑する。&nbsp;</p><p>そして、エステルの父モルデカイは高官へと引き上げられた。&nbsp;</p><p>エステルの命懸けの行為が王の心を動かしたのだ。&nbsp;</p><p>何かを得るには相応の覚悟が必要である。何一つ失わないで得るものなどない。&nbsp;</p><p>自身のすべてをかけなければ何も手に入れることはできないのだ。&nbsp;</p><p>いつか自分が何かを得ようとしたら、すべてをかける。&nbsp;</p><p>そしてそのときを見誤らない。</p><p><br></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260731/20/hisui-watanabe/7f/a1/j/o1280182615807835283.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260731/20/hisui-watanabe/7f/a1/j/o1280182615807835283.jpg" height="1826" width="1280"></a><br></p><p><span style="font-size: 16px;">*「エステル」　</span></p><p>ジョン・エヴァレット・ミレイ　</p><p>1865年制作　個人蔵</p><p>モデルのスーザンが纏っている衣装は当時の国民的英雄であったゴードン将軍への中国政府からの奉呈物。ミレイはその衣装を借り受け、そして抽象的な色合いを引き立たせるために故意に裏返しにして描いた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12974356797.html</link>
<pubDate>Fri, 31 Jul 2026 20:19:25 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その11　「眠るジプシー女」</title>
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<![CDATA[ <p>アンリ・ルソーは19世紀のフランスの画家である。</p><p>といっても正式に画を学んだわけではない。&nbsp;</p><p>税関吏として働きながらその合間をぬって絵を描いていた日曜画家である。&nbsp;</p><p>また師はいなかった。</p><p>ルーヴル美術館に通い、模写を続け、そして独自の画風を築き上げたのだ。&nbsp;</p><p><span style="font-size: 16px;">そのルソーの作品を初めて見たのは何時でどの美術館のどの作品だったかは覚えていない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">気がついたら彼の作品は目につくようになり、いつのまにか心に滑り入りこんできたのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">その彼の代表作の「眠るジプシー女」を見る機会に恵まれた。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">1993年に上野の森美術館で開催された「ニューヨーク近代美術館展」に来日したのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">本作品を知ったのは実物が先かどうかは忘れてしまったが、しっかりと自分の心を捕らえて離さなくなったのは間違いない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">画面には一人の黒人女性と一匹の雄ライオンが描かれている。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">大きな胴体と鬱陶しいほどの鬣をもったライオンは、強健な四本の手足で大地を踏みしめながら、何かをささやくようにして、安らかに眠っている女性のそばに静に佇んでいる。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">また、尾を中空でピンと張らせ、小さなまあるい目をしっかりと見開かせている。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">無機的な姿と表情をしているのにもかかわらず、いまにも動き出しそうに感じられ、息遣いまでが聞こえてきそうだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">しかし獰猛さは少しも感じない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">対する黒人女性は右手で長い棒を握り締めたまま、傍らに不思議な形をしたギターをおいて、横たわっている。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">瞳も唇も半開き状態で、ゆったりと大地に溶け込むかのように、まどろんでいる。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">その彼らを、天空に浮かぶ銀色の月が皓々と輝きながら照らし出している。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">実に幻想的な情景である。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">果たしてここは何処なのか？&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">エジプト、アラビア、アフリカでは、ない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">記憶にない世界、だけど知っている世界。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">不思議な、本当に不思議な現実にはありえない光景だが、何故か胸をつかまれるような懐かしさに囚われる。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">それも自分の中に流れる遺伝子レベルで。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">アンリ・ルソーは幾数もの現実にはありえない光景をキャンバスに写し出してきた。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">彼自身が南国へ旅行した際に見た風景を描いたと語った記録があるが実際に足を運んだことは一度もない。図鑑や植物園等で見た自然を大きく脚色して描いたのだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">彼は「嘘つき」だろうか？&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">事実だけ見ればそうだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">しかしルソー自身は南国へ旅したのである。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">心で、だが。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">そして脳裏に浮かんだ映像をキャンバスに描き出した。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">それは人間の奥底にある「生」の原点であった。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ルソーはそれを基盤にして誰にも真似うることのできぬ唯一無二の世界を創り上げたのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">だからこそ彼の絵は郷愁感に溢れているのだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">目に見えるものすべてが真実とは限らない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">アンリ・ルソーが描いた世界こそが本物かもしれない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260721/23/hisui-watanabe/47/51/j/o1280083515804835373.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260721/23/hisui-watanabe/47/51/j/o1280083515804835373.jpg" height="835" width="1280"></a><br></span></p><p><br></p><p></p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;*「眠るジプシー女」　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">アンリ・ルソー　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">1897年制作　ニューヨーク近代美術館所蔵&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">アンリ・ルソーの代表作品。故郷のラバル市に寄贈するが受け取りを拒否される。1923年に配管工の作業現場で発見された。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12973407371.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その10　「真珠の女」</title>
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<![CDATA[ <p>ジャン＝バティスト・カミーユ・コローは19世紀フランスで活躍したバルビゾン派の代表画家である。</p><p>彼の描いた詩情感溢れる光満ちた風景画は日本人の心の琴線に触れるのか、海を越えた我が国でも人気が高い。</p><p>そのため、コロー作品というと自然豊かな森や湖を描いた景色を思い浮かべる人がほとんどであるが、彼は人物画も多く描いている。</p><p><span style="font-size: 16px;">その代表作がルーブル美術館に所蔵されている「真珠の女」である。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">かねてよりコロー作品が好きだったため、本作品の存在は知ってはいたが実物を見たことはなかった。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">いつかは見たい、と思っていたところ、その願いは叶った。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">2008年に国立西洋美術館で開催された「コロー 光と追憶の変奏曲展」に来日したのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">コロー作品の展覧会なので、彼の作品が数多展示されているのは当然であったが、その中でも本作品は群を抜いて燦然と精彩を放っていた。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">この絵を目の前にしたときの衝撃は今でも忘れられない。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">決して大きい画ではないのにも関わらず、圧倒的存在感に気圧されて全身が痺れ、その場から動けなくなってしまったのだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">素晴らしく美しく魅力的な絵だった。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">画面にはセピア色に塗りこめられた背景に一人の若い女性が佇んでいた。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">本作品はダ・ヴィンチの名作「モナ・リザ」を意識して描かれたため、構図はそれとほぼ同じとなっている。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">女性は「モナ・リザ」同様に胸のところで腕を組み、やや右向き加減にこちらを意味ありげに見つめていた。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">清冽かつ鮮烈な印象が心を突き刺した。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">見ていると心の中が透明になっていくのを感じた。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">何もない背景に佇む女性の肖像は、顔や身体の線がくっきりとしていて、まるで生きた女性が本当にそこに存在しているかのようだった。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">写実主義画家でもあったコローは明確で完璧な描写力をこの作品にも発揮している。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">またコロー特有の穏やかで優しげな画風が画面全体に広がっていた。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は神聖かつ崇高さを感じさせるため、近寄りがたく、畏怖さえ抱くが、コローの「真珠の女」は親近感があり、見ていると心が安らいだ気分になる。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">女性が生まれながらにして持つ母性や慈愛が醸し出されているのだ。これが「コローのモナ・リザ」なのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ダ・ヴィンチのモデルは未だ謎のままだが、本作品のモデルとなった女性は商家の16歳の娘で非常に美しかったと言われている。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">生涯を通して独身を通したコローは、彼女の中に自分の「モナ・リザ」を見たのだろう。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">優しく温厚な人柄であったコローは、多くの身内や仲間から「コロー親父」と称されて親しまれ慕われ続けた。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">自分の描いた絵を売ったほとんどのお金は孤児院や修道院、そして貧しい画家やモデルたちに与え、晩年には自分のアトリエへ下絵描きの助手を通わせるなどして、貧しい画家たちへの援助活動を行った。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">生前より名声を得、多くの人に愛されたコローが一度も婚姻を結ばなかったのは、己の中に「真珠の女」という最高の女性がいたからではないか。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">偉大な詩人・ダンテの中にベアトリーチェが存在したように。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">コローはその永遠の女性をキャンバスに描き、自身だけでなく時を越えて世界中の人々を魅了させ続けているのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260721/23/hisui-watanabe/61/96/j/o1280181215804831954.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260721/23/hisui-watanabe/61/96/j/o1280181215804831954.jpg" height="1812" width="1280"></a><br></span></p><p><br></p><p></p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;*「真珠の女」　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ジャン＝バティスト・カミーユ・コロー　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">1868-70年制作　ルーブル美術館所蔵&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">コローの人物画の代表作品。タイトルは女性が身につけている木の葉の冠が真珠の粒に見えたことによる。2008年に初来日。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12973406359.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 23:35:19 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その9　「真夏」</title>
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<![CDATA[ <p>19世紀英国において、ひたすら、ただひたすら、”美”を追求した芸術運動が展開された。&nbsp;</p><p>その活動を行った芸術家たちを総じて｢唯美主義」と呼び、彼らは「英国美術の黄金時代」を築きあげた。&nbsp;</p><p>アルバート・ムーアはその「唯美主義」画家の一人である。&nbsp;</p><p>「真夏（Midsummer）」は、彼の代表作品だ。&nbsp;</p><p>本作品は画集で見て知ってはいた。&nbsp;</p><p>実物を見たのは2014年のことだった。&nbsp;</p><p>三菱一号館美術館で開催された「ザ・ビューティフル展」に来日したのである。&nbsp;</p><p>本作品はこの展覧会のラストに展示されていた。&nbsp;</p><p>展示されている室内に入った瞬間、太陽を連想させる鮮やかな橙色の衣が目の中に飛び込んできた。</p><p>画全体が、まるで沈みゆく太陽そのものだった。&nbsp;</p><p>全身が暮れゆく陽の光の色に染まった気がした。</p><p>しかし画面はいたって静謐であった。</p><p>中央に坐して眠る女性の表情の穏やかなこと穏やかなこと。</p><p>どんなに栄華を誇っても終わりのときはやって来る。</p><p>時世を席捲した唯美主義は新たに派生した美術団体に押しやられていった。</p><p>「真夏」に眠る女性―。</p><p>それは唯美主義の終焉｢輝かしい落日」の象徴であると語られた。</p><p>時代を黄金色に染め上げた芸術家たちの終幕にふさわしい作品である。</p><p>己の人生の幕引きもかくありたいものだ。</p><p>己の全ての力を出し尽くし、潔く、かつ光輝きながら穏やかに眠りにつきたい。</p><p>&nbsp;<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260716/00/hisui-watanabe/32/27/j/o1280135615802899861.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260716/00/hisui-watanabe/32/27/j/o1280135615802899861.jpg" height="1356" width="1280"></a></p><p><br></p><p>*「真夏」　</p><p>アルバート・ジョゼフ・ムーア　</p><p>1887年作　ラッセル＝コート美術館所蔵&nbsp;</p><p><span style="font-size: 16px;">画面で眠る女性の椅子に掛けられている花はマリーゴールド。花言葉は「悲嘆」。唯美主義の終焉の嘆きを表現していると考察されている。&nbsp;</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12972829744.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Jul 2026 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その8　「パラスとケンタウロス」</title>
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<![CDATA[ <p>サンドロ・ボッティチェリは15～6世紀のルネサンス期のイタリアで活躍した画家である。&nbsp;</p><p>彼の描いた作品「春」「ヴィーナス誕生」は世界中に知られている名画だ。&nbsp;</p><p>それらの2作品とともにイタリアを代表するウフィツィ美術館の「ボッティチェリの間」に飾られているのが「パラスとケンタウロス」である。&nbsp;</p><p>2014年、この作品を実際に目にする機会に恵まれた。&nbsp;</p><p>東京都立美術館で開催された「ウフィツィ美術館展」に来日したのである。&nbsp;</p><p>「パラスとケンタウロス」はこの展覧会の目玉作品であり、会場半ば辺りに展示されていた。&nbsp;</p><p>サイズが207ｘ148もある相当な大きさの画だった。</p><p>その画に描かれているのは、タイトル通り「パラス」と「ケンタウロス」。&nbsp;</p><p>双方ともギリシャ神話に登場する神々である。&nbsp;</p><p>「パラス」は「パラス＝アテナ」の略称であり、ミネルヴァの異名でもある。&nbsp;</p><p>オリンポスの主神ゼウスの頭部より、兜と甲冑を纏って誕生した知恵と戦いの女神だ。&nbsp;</p><p>画に描かれているパラスは、自身の身丈よりも長く大きな斧を携えて、暴れ者の半人半馬ケンタウロスの頭髪を掴んで怯えさせている。&nbsp;</p><p>パラスは、途方もなく美しかった。&nbsp;</p><p>濃厚な花の蜜に吸い寄せられる蜂のように画の前に足が奪われていった。&nbsp;</p><p>そしてその圧倒的存在に言葉もなく立ち尽くし、頭のてっぺんからつま先までパラス一色に染まった。</p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;全身は痺れ、跪いて平伏したくなった。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">いや、心は既にそうしていた。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">「神」が目の前に在るのだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">古来より人類が敬い崇めていた、目に見えず、触れてはならぬ神聖な畏怖すべき大いなる存在が、だ。</span></p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;ボッティチェリはまさしく姿形がわからない、理解できない存在を形にして表したのである。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">優れた仏師が木の中に仏を見て掘り出したように、彼は白いキャンバスの中に女神を見い出し筆を走らせたのだ。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">今、なお、この絵を思い浮かべるとき、自然心の中が畏縮する。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">500年のときを越えて世界中を畏怖させる凄まじき芸術作品である。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/22/hisui-watanabe/b6/b3/j/o1280180215802868555.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260715/22/hisui-watanabe/b6/b3/j/o1280180215802868555.jpg" height="1802" width="1280"></a><br></span></p><p><br></p><p></p><p><span style="font-size: 16px;">&nbsp;*「パラスとケンタウロス」　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">サンドロ・ボッティチェリ　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">1480-1485年頃作　ウフィツィ美術館所蔵&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">当時のメディチ家の当主であったロレンツィオ・イル・マニフィコの又従弟であるロレンツィオ・ディ・ピエルフランチェスコのために描かれたと考えられている。1980年に国立西洋美術館に初来日。BACK</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12972819796.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jul 2026 22:09:46 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その7　「女とオウム」</title>
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<![CDATA[ <p>ギュスターヴ・クールベの絵を初めて観たのは、17歳のときだった。&nbsp;</p><p>横浜博覧会において開催された「メトロポリタン美術館展」においてである。&nbsp;</p><p>美しい風景画だった。&nbsp;</p><p>その後、美術館巡りをするようになり、彼の作品を多数目にする機会に恵まれた。&nbsp;</p><p>どの作品もインパクトがあり素晴らしかった。&nbsp;</p><p>その中で最も強烈に印象に残っているのが、メトロポリタン美術館に所蔵されている「女とオウム」であった。&nbsp;</p><p>本作品はクールベの裸婦画の代表作とされている。&nbsp;</p><p>この作品を目にしたとき、あっ、と思わず口から言葉が漏れた。&nbsp;</p><p>画面いっぱいに一人の裸婦が横たわっているのだが、それが凄まじき迫力なのである。&nbsp;</p><p>裸婦は、暗いテントの中で一糸まとわず仰向けになってオウムと戯れている。&nbsp;</p><p>その肌は真っ白で輝いてはいるものの、体はふくよかでしまりがなく、寝姿もだらしがなく乱れている。&nbsp;</p><p>決して「美しい画」とは言えない。&nbsp;</p><p>それなのに裸婦はとても生き生きとして、目が離せないほど魅力的で魅惑的なのである。&nbsp;</p><p>キャンバスから今にもそのまま転がり落ちてきそうな、そんな気さえするほどの生命力に溢れているのだ。&nbsp;</p><p>絵の中の裸婦が脈打っているのがわかる、その鼓動が聞こえる、血流が駆け巡っているのがわかる。&nbsp;</p><p>絵が”生きている”のだ。&nbsp;</p><p>画面を見続けていると、こちらの生気が吸い取られていくような錯覚にさえ陥った。&nbsp;</p><p>心の臓が突き抜けるほどの衝撃だった。&nbsp;</p><p>それまでに数多の裸婦画を鑑賞してきたが、女性の裸体の美しさに感動することはあっても、このような感覚に見舞われたことはなかった。&nbsp;</p><p>ギュスターヴ・クールベは目に見える現実を描くことが真の芸術だと信じ、「生きた絵画を制作すること」を徹底した画家であった。&nbsp;</p><p>そしてその信念を58歳で生涯を終えるそのときまで曲げずに、己の内に渦巻くエネルギーをそのままキャンバスに注ぎ込んで本物以上に本物を描いてきた。&nbsp;</p><p>それらは「絵画」という枠を越えて、永遠の「生命」となった。&nbsp;</p><p>恐るべき画家である。&nbsp;</p><p>神域に踏み込んだ芸術家と言えよう。&nbsp;</p><p><br></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260713/20/hisui-watanabe/0a/9d/j/o1200079615802231292.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260713/20/hisui-watanabe/0a/9d/j/o1200079615802231292.jpg" height="796" width="1200"></a><br></p><p><span style="font-size: 16px;"><br></span></p><p><span style="font-size: 16px;">*「女とオウム」　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ギュスターヴ・クールベ　</span></p><p>1866年作　メトロポリタン美術館所蔵&nbsp;</p><p>サロン発表時の評価は最悪だった。「見苦しいポーズ」や「乱れた髪」などと痛烈な批判を受けた。そしてクールベ自身は「審美眼の欠如」した画家とまで言われた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12972615366.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jul 2026 20:18:28 +0900</pubDate>
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<title>名画のちから　その6　「オフィーリア」</title>
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<![CDATA[ <p>「オフィーリア」は英国の作家シェイクスピアの作品「ハムレット」に登場するヒロインである。&nbsp;</p><p>「ハムレット」は言わずと知れた世界中で読まれている作品だ。&nbsp;</p><p>自分の父親を殺されたハムレットが、父親を殺害した人物に復讐しようとしたために起こった悲劇の物語である。&nbsp;</p><p>「オフィーリア」はハムレットの恋人であった。</p><p>&nbsp;ハムレットは彼女の父親を自分の父親を殺した人物と勘違いをして殺してしまう。&nbsp;</p><p>彼女は愛する男性、ハムレットに己の両親を殺害され、絶望をかかえながら狂気のうちに死に至る。&nbsp;</p><p>芸術のインスピレーションをそそるのか、過去多くの画家がその場面の「オフィーリア」を描いた。&nbsp;</p><p>最も知られているのは、このジョン･エバレット・ミレイの作品であろう。&nbsp;</p><p>本作品を初めて観たのは1998年に東京都美術館で開催された「テート・ギャラリー展」においてであった。</p><p>圧巻であった。</p><p>あまりの美しさにただただ茫然となった。</p><p>画の前で立ち尽くした。&nbsp;</p><p>己の語彙力不足と文章力の稚拙さがもどかしい。</p><p>&nbsp;It is beyond description.&nbsp;</p><p>その美言語に絶す。&nbsp;</p><p>水面に浮かんだオフィーリアの姿態はもちろんのこと彼女を覆うかのようにして生い茂る植物群の美しさと言ったらどうだ。&nbsp;</p><p>画面から香しい花々の香りが清廉な水とともに流れ出てきそうである。</p><p>我を忘れて画に見入った。</p><p>自我を失くして甘美なる絵の世界に陶酔した。&nbsp;</p><p>完全に絵に取り込まれた。</p><p>時間が止まった。&nbsp;</p><p>この作品を観たときには既に数多の名画を鑑賞して幾年月が流れていたが、それでも改めて「芸術」とは何かということを改めて思い知らされた。&nbsp;</p><p>他者の持つあらゆる感情を払拭し、屈服させて、心の中に君臨することが真の芸術なのだということを。&nbsp;</p><p>この後、三度本作品を目にする機会に恵まれた。&nbsp;</p><p>その度事に自我を喪失させられた。&nbsp;</p><p>名画はやはり永遠である。&nbsp;</p><p><br></p><p>その花かずらを垂れさがった枝にかけようと柳の木によじのぼれば、</p><p>枝はつれなくも折れて、&nbsp;</p><p>花環もろとも川の中にどーっと落ち、&nbsp;</p><p>もすそは大きく広がりました。&nbsp;</p><p>それで暫くは人魚のように水の上に浮いてその間、&nbsp;</p><p>自分の溺れるのも知らぬげに、&nbsp;</p><p>水に住み水の性とあっているかのように、&nbsp;</p><p>しきりと端歌を口ずさんでいましたとやら。&nbsp;</p><p>でも、そのうちに、</p><p>着物は水を飲んで重くなり、&nbsp;<span style="font-size: 16px;">可哀そうに、</span></p><p><span style="font-size: 16px;">美しいしらべの歌の声が止んだと思うと、&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">あの子も川底に沈んでしまい、</span></p><p><span style="font-size: 16px;">無残な死を遂げました。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">――シェイクスピア「ハムレット」より。&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;"><br></span></p><p><span style="font-size: 16px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260712/19/hisui-watanabe/cf/32/j/o1280087015801887030.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260712/19/hisui-watanabe/cf/32/j/o1280087015801887030.jpg" height="870" width="1280"></a><br></span></p><p><br></p><p></p><p><span style="font-size: 16px;">*「オフィーリア」　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ジョン･エバレット・ミレイ　</span></p><p><span style="font-size: 16px;">1852年作　テート・ギャラリー所蔵&nbsp;</span></p><p><span style="font-size: 16px;">ジョン･エバレット・ミレイの代表作。発表当時の評価は芳しくなかった。モデルは「その5」で紹介しているエリザベス・シダル。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/hisui-watanabe/entry-12972511056.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Jul 2026 19:35:23 +0900</pubDate>
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