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<title>肥前歴史愛好会 佐賀支部のブログ―栄の国から―</title>
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<description>肥前歴史愛好会佐賀支部のブログです。詳細は『はじめに』をご参照ください。</description>
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<title>「一代交わし」ってゆーな！</title>
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<![CDATA[ 遅くなりましたが前回の記事に引き続き「幕末佐賀 名君誕生」展のレポです。今回はパパ上様(と私が勝手にお呼びしている)こと9代藩主 斉直様について。<br><br>このお方については、息子である閑叟様が目立ち過ぎて何かと比較され、あまりよくないイメージがつきまといがちだと思われます。「鍋島は一代交わし」(佐賀鍋島藩は一代おきに明君が出る)とか言われ、あの久米邦武博士も『鍋島直正公伝』の中でボロクソ言っています(久米博士...)。<br><br>しかし、斉直様も決して暗君ではありませんでした。そんなお話を致しましょう。<br><br><br>まずはかの悪名高いフェートン号事件について簡単にフォローしておきたいです。これは佐賀藩の怠慢と言われますが佐賀藩にも事情がありました。長崎御番は名誉あるお役目ですがとにかく金がかかる。当時(文化・文政期)は佐賀藩だけに限らず全国的に慢性的な財政難で(斉直様は奢侈を好み藩財政を傾けたと言われますが当時は全国的に豪奢な生活が目立った時代でもありました)、藩主に就任したばかりの若き斉直様は既に傾きつつあった藩財政の建て直しを図ろうとしていました。その一環として長崎に充てる経費や人員を削減しつつあったときの突然のフェートン号来航。しかも、既に外国船が訪れるシーズンも終わり長崎奉行所から「もうみんな帰っていいよ」と言われ大方引き上げたところで...という話を聞いたこともあります。長崎奉行はさっさと勝手に切腹しちゃうからじゃあ誰が責任とるの？→藩主謹慎処分という異常事態に...斉直様可哀想でしょう？贅沢も許してあげたくなっちゃうでしょう？(それは駄目だろ)<br><br><br>さて、ここからが本題、先日のレポです↓<br><br><br>『雨中伽(うちゅうのとぎ)』という史料が展示されていました。これは斉直様の時代に成立した、佐賀藩の学問・文事・武芸などに関する歴史書で、48の項目について、佐賀藩内での流行や藩士のたしなみなどが記されているのだそうです。その中で、斉直様が藩士に習得を命じたものが2つだけありました。催馬楽と蘭学です。<br><br>催馬楽とは雅楽の一種ですが、「江戸や上方では盛んだがずっと佐賀にはなかった」とあるので、斉直様の指示で佐賀に導入されたようです。閑叟様、そして若様(と勝手にお呼びしている)こと11代藩主 直大様も催馬楽を含む雅楽に深く傾倒しました。現在佐賀県内唯一の国宝に指定されている『催馬楽譜』は閑叟様・直大様の時代に鍋島家に伝わったものです。<br><br>そして蘭学も、藩士を司馬江漢に学ばせるなど積極的に推奨しました。伊東玄朴ら佐賀藩の蘭方医たちの先駆者である島本良順も斉直様の時代に蘭学を学んだ一人です。<br><br>また、斉直様自身がたしなんだものとして、槍術・剣術・能楽・兵法・茶道があります。閑叟様も茶道を愛したことが知られていますが、閑叟様の茶道具の中には斉直様自作のものもあるのです。<br><br>...このように、閑叟様とその時代を特徴づける蘭学・雅楽・茶道などは、斉直様とその時代に遡るんですね。名君は一夜にしてならず、です。<br><br><br>また別の展示史料からの話になりますが、斉直様は「役人など選ぶ事、第一に候」と、役人選びの重要性をよく心得ていたようです。たとえ才能がなくても職務に合えば一旦は採用し、その上で周囲の評判や本人の行状などを勘案した上で適任者かどうか判断するべきであると。閑叟様だけでなく、斉直様も教育や人材登用に注意を払っていたことがうかがえますね。<br><br><br>長くなってしまいましたが如何だったでしょうか。斉直様は幕末という乱世において才気煥発な名君ではなかったかもしれませんが、学問・文化に深い理解を示し保護・推進に努めたことから、平時の名君にはなりえたのではないでしょうか。
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<link>https://ameblo.jp/hizensaga/entry-11873725236.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Jun 2014 14:44:29 +0900</pubDate>
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<title>名君は一夜にしてならず-「幕末佐賀 名君誕生」展</title>
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<![CDATA[ 先日告知した徴古館にて開催中の「幕末佐賀 名君誕生」展に行ってきました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140604/18/hizensaga/a4/56/j/o0800106612962881521.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140604/18/hizensaga/a4/56/j/o0800106612962881521.jpg"></a><br><br>名君 鍋島閑叟はいかにして誕生したか...藩主就任以前、乳母 磯濱さんや侍講 古賀穀堂先生、そして何かと閑叟様と比較され残念なイメージがつきまとう父である9代藩主 斉直様...などが若き閑叟様に与えた影響とは。そんな内容ですね。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140604/18/hizensaga/94/45/j/o0800060012962881780.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140604/18/hizensaga/94/45/j/o0800060012962881780.jpg"></a><br><br>説明をごりごりメモしてきたのですが全て書くと長くなるので、この記事では磯濱さんと穀堂先生のこと、そして若き閑叟様のことをご紹介します。斉直様については少し詳しく書きたいので記事を改めます。<br><br>●老女 磯濱<br>乳母として幼い閑叟様を時に厳しく時に優しく育て上げました。中津藩士 佐藤家の娘だとか...。<br>江戸は中屋敷(「溜池」)時代、磯濱さんは幼い閑叟様や松根さんたちがのびのびと遊べるように、庭の小石を取り除き、池の周りには柵を設けるなど配慮した上で、些細な口出しはせず、縁側で針仕事などをしながら幼い閑叟様たちを見守ったんだそうです。<br><br>●侍講 古賀穀堂 <br>穀堂先生は閑叟様が6歳の時から侍講(家庭教師)として教育にあたり、藩主就任後は御側頭・御年寄という重役に就き閑叟様を支えました。閑叟様はその恩を「海山の如し」と表し、「父子親の如し」と敬い慕っています。閑叟様の学問・人格・思想に最も大きな影響を与えた人物です。<br>ところで今年度の『佐賀偉人伝』の出版が決まりましたね。『鍋島直正』に始まり『古賀穀堂』で締めくくるという...。<br><br>●閑叟様の幼い頃の習慣<br>幼い頃から閑叟様のお相手役を務めていた古川松根さんの回顧録によると、閑叟様は<br><br> 御いとけなかりしほどより(幼少期の頃より)、<br> 朝ごと御衣服あらため玉ひし後(毎朝衣服を着替えられた後)、<br> 日峯様御壁書<br> 泰盛院様御聞書、はた<br> 権現様御ふみなど、<br> 人によませさせ玉ひてきかせ玉ふ事、おこたらせ玉はざりし(人に読ませることが習慣だった)<br><br>ということです。日峯様(藩祖 直茂公)や泰盛院様(初代 勝茂公)、また権現様(徳川家康)から主君としての心得などを学んだのでしょうか。<br><br>●若き名君誕生<br>閑叟様は斉直様の譲位の意思を受けて「若年のため何事も不案内」と何度も固辞しましたが、やむなく17歳で新藩主に就任します。<br>1830年、初めて佐賀の地を踏みます。その時、馬を降り、前年の台風の被害にあった貧民に直接慰めの声をかけたといいます。藩主就任に際して、借金取り立ての商人たちに囲まれ駕籠が進まず...というエピソードは有名ですが、このような名君の資質を見せる一面もあったのですね。<br><br>さて、次回はそんな閑叟様の影に隠れがちな9代藩主 斉直様のことをご紹介します。<br>まさかの ～続～
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<pubDate>Wed, 04 Jun 2014 18:40:00 +0900</pubDate>
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<title>閑叟様ゆかりの地を巡ろう</title>
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<![CDATA[ お久し振りです。進路に悩みあっぷあっぷ状態な上に常時風邪をひきかけてるような症状に見舞われている藤戸です。<br><br>先日botで簡単に告知しましたが、現在、徴古館において「鍋島直正公 生誕200年記念『幕末佐賀 名君誕生』展」が開催されています。これに関しては実際に足を運んでみてからレポを書こうと思うのです、が。<br><br>私は思ったのです。肥前会もたまには歴史愛好会っぽいことをやりたい。我々も閑叟様生誕200年を記念して何かやろうではないか！と...<br><br>そこでですね、佐賀市内の閑叟様ゆかりの地をめぐるというのはどうでしょうか。私もまだ行ったことがない好生館や春日山御墓所なども含めて。<br><br>期日や内容は未定ですが、漠然と秋頃になるかなぁと思っています。本丸歴史館の特別展「大閑叟展」(10/4～11/30)に合わせてもいいかもしれません。<br><br>肥前会の方もそうでない方も、関心のある方は当方までご連絡ください。私一人でも決行しますけどね...(´・ω・`)<br><br><br>
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<pubDate>Wed, 28 May 2014 10:21:25 +0900</pubDate>
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<title>祭りじゃああああ！！！！！</title>
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<![CDATA[ 「GWももうすぐ終わり...」そんな風に思っているそこのあなた！五月病になるのはまだ早いです！<br><br>来週5月11日(日)は...<br>＿人人人＿<br>＞大隈祭＜<br>￣Y^Y^Y￣<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140504/17/hizensaga/8c/7c/j/o0800106612929637583.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140504/17/hizensaga/8c/7c/j/o0800106612929637583.jpg"></a><br><br>当日入館料はなんと無料！先日の銅像祭のようなシリアスなイベントではありませんのでお気軽にお越しください！<br><br>なお、八賢人おもてなし隊による寸劇が上演されますが、なんと一般初公開のレア演目です！これは見逃せない(≧▽≦)
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<pubDate>Sun, 04 May 2014 17:54:34 +0900</pubDate>
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<title>『第38回 江藤新平卿銅像まつり』感想とメモ</title>
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<![CDATA[ 今年は佐賀の役から140年。すなわち、江藤新平を初め佐賀の役で命を落とされた200名を超える方々の140回忌にあたります。私は今年初めて、この銅像まつりに参列しました。<br><br>江藤新平は言わずと知れた、佐賀の地が生んだ我が国の初代司法卿、正義の男にして人権の父。40歳という若さでこの世を去りましたが、毎年その命日の翌日に、彼の遺徳を偲び行われているのが、この銅像まつりです。<br><br>初めに銅像の前で厳かな神事が執り行われ、それから主催の佐賀市観光協会会長、次いで来賓の挨拶、奉納吟、『佐賀の八賢人おもてなし隊』による歴史寸劇、面浮立披露、江藤家謝辞、という式次第。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140414/13/hizensaga/29/d4/j/o0800106612908337081.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140414/13/hizensaga/29/d4/j/o0800106612908337081.jpg"></a><br>(どうでもいいのですがこの銅像、猫背なのが気になってしょうがない...)<br><br><br>主催者挨拶にてこのような面白いお話がありました。ご存知の通り江藤は脱藩しますが、その罰として「永蟄居」を命ぜられます(実態は必ずしもそうではなかったようですが)。その際、小城藩の金福寺に居住し、近隣の子供たちに寺子屋を開き学問を教えていた、と言われていますね。<br>実はそのかたわら、大人には花札を教えていたようなのです。というのも当然蟄居の身では収入がありませんから、賭け札で生計を立てていたのではないかとのこと。まだ確証は無いそうですが、当時その地域で花札が流行っていたのは事実だそうなので、ひとつのエピソードとしてのご紹介でした。<br><br><br>来賓代表として佐賀市副市長、佐賀市議会副議長、佐賀県議会議長の挨拶がありました。さて、何故市長と市議会議長ではなく副市長と副議長なのでしょうか。<br>市長と市議会議長は、佐賀の役のもう一人の首領、島義勇の140回忌の式典に参列するため札幌へ赴き、今日佐賀に戻るとのことでした。<br>島が今でも札幌で慕われているということを思うと胸が熱くなります。私も一度、札幌の島さんに会いに行きたいです。<br><br>江藤好きなことに定評のあるあの毛利敏彦先生からの祝辞の紹介もありました。<br><br><br>実はこれがお目当てだったのですが、おもてなし隊による歴史寸劇、演目は『さがんもん』<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140414/13/hizensaga/b5/10/j/o0800106612908343334.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140414/13/hizensaga/b5/10/j/o0800106612908343334.jpg"></a><br>内容は...YouTubeでご確認頂けます。今日の江藤さんはかっこよかった。そして私はやっぱり島さんが好きです(爆)<br>「さがんもんは、故郷に錦を飾るのではなく、故郷をそして日本中を錦でいっぱいにしたかった」...<br><br><br><br>流された血に涙と祈りを、先人たちに畏敬と感謝を、故郷に誇りと未来を<br><br>
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<pubDate>Mon, 14 Apr 2014 13:40:00 +0900</pubDate>
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<title>4月のイベント色々</title>
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<![CDATA[ お久し振りです。今月のイベントを3つほどご紹介します。<br><br><br>★佐賀の戦国史-龍造寺鍋島伝-<br>   第３回 「救世主・鍋島直茂」<br><br>佐賀戦国研究会主催の「佐賀の戦国史」...毎回チラシが素敵ですね！<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/f5/0e/j/o0800106612901304517.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/f5/0e/j/o0800106612901304517.jpg"></a><br>今回のテーマは藩祖 直茂公だそうで。とても楽しみです。ちなみに、講師の中西先生は肥前会の名誉会員(！)でいらっしゃいます。<br><br><br>★佐賀の役 慰霊祭<br><br>今年もこの季節が来てしまいました...<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/f0/1c/j/o0800106612901304905.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/f0/1c/j/o0800106612901304905.jpg"></a><br>佐賀の役に破れ刑場の露と消えた十三烈士の命日である4月13日、万部島慰霊碑にて戦死者たちの霊を祀る慰霊祭が執り行われます。私は慰霊祭には出たことはないのですが、去年と一昨年は万部島へ行きました。写真はおそらく去年の4月13日に撮影したものです。あそこはいつ行っても静かで、時間が止まっているかのような錯覚に陥ります...今年も、佐賀のために戦い傷つき命を落とした先人たちに、感謝と祈りを捧げましょう...<br><br><br>★歴史館ゼミナール「閑叟の点画」<br><br>鍋島直正生誕200年記念の一環。閑叟公の晩年に揮毫された書幅から、その解かれぬ心の一側面をさぐる...(チラシ要約)。<br>こちらは4月20日(日)13時30分～15時、佐賀城本丸歴史館外御書院にて、入場料は無料です。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/19/9a/j/o0800106612901311871.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140407/18/hizensaga/19/9a/j/o0800106612901311871.jpg"></a><br><br><br>お忙しいとは思いますが、いつも心は歴史と共にありたいものです。<br>
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<pubDate>Mon, 07 Apr 2014 18:12:00 +0900</pubDate>
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<title>諸君、私は大隈重信が好きだ</title>
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<![CDATA[ 諸君 私は大隈重信が好きだ<br>諸君 私は大隈重信が好きだ<br>諸君 私は大隈重信が大好きだ<br><br>八太郎ちゃんが好きだ<br>八太郎君が好きだ<br>重信さんが好きだ<br>S信様が好きだ<br>大隈伯が好きだ<br>大隈先生が好きだ<br>重信おじいちゃんが好きだ<br>大隈侯が好きだ<br>隈様が好きだ<br><br>佐賀で 長崎で<br>京で 帝都で<br>東で 西で <br>南で 北で <br><br>この地上に存在した ありとあらゆる大隈重信が 大好きだ<br><br>引っ込み思案で泣き虫なショタ八太郎ちゃんが好きだ<br>三井子母堂に慈しまれ健やかに成長し弘道館で乱闘騒ぎを起こしたり 英学に財政に大活躍までになった時など心がおどる<br><br>弱冠30歳にして新政府に請われ パークスとの長時間に及ぶ激しい論争に打ち勝った時など胸がすくような気持ちだった<br><br>博識で広い視野を持つ辣腕家として初期政府を支え次々と新しい事業に携わり国の基盤を整えていくのが好きだ<br>来島恒喜に爆弾を投げつけられ片脚を失っても決して弱音や恨み言を吐かず逆に彼の勇気を讃え毎月欠かさず香典を届けるなど感動すら覚える<br><br>失意の失脚にもめげず薩長のための政治を国民のための政治に変えるため政党を立ち上げ また学問の独立を標榜して国を担う人材を育てるために学校を作っていく精力的な様などはもうたまらない<br>頭の回転は早いが純粋で自分も他人も信じて疑わないため損な役回りになってしまうところも最高だ<br><br>数々の困難を持ち前のポジティブさで乗り越え 我が国初の政党内閣の総理大臣に就任した時など絶頂すら覚える<br><br>趣味はガーデニングで草花を愛し 女性や子供や若者に優しいところが好きだ<br>生まれ育った故郷佐賀の地と佐賀の人々を救うこと叶わず故郷を失っていく様は とてもとても悲しいものだ<br><br>美人でしっかり者で几帳面で気性の激しい綾子夫人に尻に敷かれるのが好きだ<br>14年政変や21ヶ条要求における隈様を誤解されdisられるのは屈辱の極みだ<br><br>諸君 私は大隈重信を 寛大で情熱的な太陽の様な大隈重信を望んでいる<br>諸君 私に付き合うフォロワー諸君<br>君達は一体 何を望んでいる？<br><br>尚且つ大隈重信を望むか？<br>その暖かい人柄で多くの人々を惹き付けてやまない  華の様な大隈重信を望むか？<br>眩しい笑顔と共に 政敵にもエールを送る 大天使の様な隈様を望むか？<br><br><br>「クマー！！ クマー！！ クマー！！」<br><br><br>よろしい ならば政争だ<br><br>我々は満身の力をこめて今まさに暴発せんとする書生だ<br>だがこの暗いマイナージャンルの底で長い間 堪え続けてきた我々に ただの政争では もはや足りない！！<br><br>大改革を！！ 一心不乱の大改革を！！<br><br>我らはわずかに数名のマイナークラスタにすぎない <br>だが諸君は 一騎当千の曲者だと私は信仰している ならば我らは 諸君と私で総兵力125万の大隈クラスタとなる<br><br>隈様を忘却の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう<br>逆境に負けない力強さを思い出させてやる<br>民衆の歓喜の声を思い出させてやる<br><br>時間と空間のはざまには 奴らの哲学では思いもよらない人物がいることを思い出させてやる<br><br>政党と民意とで 民衆政治家大隈重信が目指した憲政の常道を極めてやる<br><br>「佐賀ネタボ作者より全大隈クラスタへ」<br><br>第二次大隈内閣 組閣を開始せよ<br><br>征くぞ 諸君<br><br><br>～～～～～～～～～～～～～～～～<br>去る3月16日は私の最愛の大隈重信公の新暦誕生日でした。大隈重信生誕祭企画として、某漫画の有名コピペを隈様への愛を込めて改変してみました。<br>原文に忠実たるために「奴ら」とか「連中」とかそのまま使っていますが深い意味はありません。あと私がなんか偉そうなのとか「組閣」とかも同じく意味はありません。内容は全てネタだと思ってください。なお「佐賀ネタボ」とは私がツイッターで運営している文字通りネタbotです。<br><br>愛は込めましたが当然ですがこれだけではとても隈様の魅力の全てを語り尽くすことは出来ず...。<br><br>隈様、本当に大好きです。生まれてくださってありがとうございます！
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<pubDate>Mon, 17 Mar 2014 17:21:00 +0900</pubDate>
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<title>「武雄市図書館・歴史資料館」のこと</title>
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<![CDATA[ 現在「武雄市図書館・歴史資料館」にて開催中(～31日まで期間延長)の特別企画展『九州の蘭学・武雄の蘭学』を見て来ました。<br><br><br>展示内容自体はとても充実しており、素晴らしかったと思います。図録も即購入しました。<br><br>構成は以下の通りです。<br><br><br>◎蘭学事始<br>蘭学...即ち西洋の学問の導入の窓口となった長崎における交易関係の資料を中心とした展示。いきなり法印こと松浦鎮信公の肖像画に出迎えられおおっ！となりました(笑)<br><br>◎オランダ商館医 シーボルトの来日<br>当時の日本人に絶大な影響を与えたご存知シーボルト先生ですね。武雄温泉にも入りました。<br><br>◎九州の蘭学<br>○大分の蘭学...前野良沢の出身地です。中津藩主 奥平昌高はドゥーフやシーボルトと親交があり、“フレデリック・ヘンドリック”という蘭名を持っているそうです。すごい○福岡の蘭学...長崎警備の関係上、当然蘭学への関心は高いですよね。博物学者藩主 黒田斉清に、蘭癖大名ナガヒロリン。展示はされてなかったと思うんですが図録に載ってるナガヒロリンの絵が上手すぎて驚きました○熊本の蘭学...測量器具に施された九曜紋がお洒落○鹿児島の蘭学...オランダ語を話したとかローマ字を書いたとか薩摩藩主すごい。今まで薩摩藩といえば斉彬でしたがむしろその斉彬の曾祖父にして奥平昌高・黒田ナガヒロリンの実父という島津重豪がすごいんですね<br>...あれっ宮崎は...<br><br>◎武雄の蘭学<br>開明的な武雄邑主 鍋島茂義公が導入と活用に尽力した武雄の蘭学、そして佐賀本藩への影響についてはよく語られることなのでこちらでは割愛します(詳しくはwebで！？)<br><br><br>その茂義公が中心となって収集し、今に伝えられている貴重な資料の数々...膨大な書籍類、時計などの機械類、様々な計測・観測・実験器具類、ガラスに薬品、資料・図画、等々...『武雄鍋島家資料』は質(価値)も量も本当にすごいんです。<br><br>で、色々と問題の「武雄市図書館・歴史資料館」ですが...確かに、入口の横には「←歴史資料館はこちらです」という案内があります。しかし入口の上には「蘭学・企画展示室」の表示。展示室規模なんですよね。今回は以前よりも少しだけ広くなっていましたが(奥の部屋が解放されて展示に充てられていた)、それでもやはり「図書館」のおまけ扱いじゃないですか...？常設展はまだ見たことがないのですが、想像はつきます...<br><br><br>せっかく良いもの貴重なものがたくさんあるんだから、新しく独立した歴史資料館を作ればいいのになあ...と思います。肥前の歴史を愛でるコミュニティの一員としては。<br>
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<pubDate>Thu, 13 Mar 2014 00:14:00 +0900</pubDate>
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<title>『新篇葉隠』</title>
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<![CDATA[ 神子侃編訳『新篇葉隠』(たちばな出版、平成15年)を読みました。<br><br>これまでにも何冊か葉隠関連本は読んできましたが、大抵のものは抄訳ですし、編者・訳者によって着眼点や解釈の違いもあるので、何冊読んでも良いものです。<br><br>さて、今回読んだ『新篇葉隠』ですが、好感が持てました。何故なら、葉隠を読み解く上で欠かすことの出来ない佐賀鍋島藩の立地条件や歴史的背景、藩の構成、また誤解されがちな藩における葉隠の扱いなどが、簡潔ではありますが比較的的確に書かれているからです。<br><br>本文はテーマ別に再構成され、現代語訳だけでなく原文と簡単な注も付されており、文章は平易です。なので、初めて葉隠に触れるという方にも安心してお読み頂けるでしょう。<br><br>ただ、やはりどんな本にも一長一短はあります。この本の場合は...注が少し甘いこと、編訳者の感情が顔を出しがちなことが気になりました。感情的になる気持ちは分かりますが、読者に要らぬ印象を与えてしまいそうな箇所があったように見受けられました。<br><br>それでも、読みやすく、分かりやすく、葉隠の中でも主要な論点は概ね網羅されているようなので、おすすめ出来ることに変わりはありません。
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<pubDate>Tue, 25 Feb 2014 13:52:00 +0900</pubDate>
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<title>大隈家の女性たち~女子教育に注いだ熱き思い~</title>
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<![CDATA[ 大隈重信は早稲田大学を作ったことで有名ですが、実は女子教育にも深い関心を寄せ、尽力しました。<br><br>そんな隈侯の周りの女性たちに...隈侯の人格に大きな影響を与えた母 三井子や、唯一の実子 熊子の実母である前妻 美登にも...焦点を当てた企画展が大隈記念館にて開催されます。<br><br>また、佐賀城下ひなまつり開催期間中の(土)(日)(祝)には国史跡 大隈重信旧宅(生家)が一般公開されます。この機会に、是非。<br><br>◆大隈記念館企画展『大隈家の女性たち~女子教育に注いだ熱き思い~』<br>2月15日(土)～3月23日(日)<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 14 Feb 2014 14:03:00 +0900</pubDate>
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