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<title>中国でもの作りに勤しむ日本人のブログ</title>
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<description>中国でもの作りを生活の糧としている日本人のブログです。広東省在住。日々の雑感をブログにアップしていきたいと思います。</description>
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<title>アメブロが中国でアクセス禁止になりました</title>
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<![CDATA[ <p>2月末からアメブロが中国でアクセス禁止対象になってしまいました。</p><p>3月からとりあえずはてなでブログを継続しております。</p><br><p><a href="http://d.hatena.ne.jp/hmatsui-china/">http://d.hatena.ne.jp/hmatsui-china/</a></p><br><p>アメブロはしばらく更新できそうになさそうです。</p><p>お知らせでした。</p><br><br>
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<pubDate>Sun, 08 May 2011 10:04:00 +0900</pubDate>
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<title>日本と中国の住宅事情</title>
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<![CDATA[ 先日日本へ一時帰国しておりました。日本で電車に乗って風景を眺めているといつまでもどこにでも住宅というか一軒屋が建っていることに中国との違いが目に付くようになります。<br>まずここでは大部分が日本で言うマンションやアパートなど共同住宅に住みます。ごく一部の富裕層が别墅と呼ばれる一軒屋にも住んでいますがまだ件数もごくわずかですしお値段も倍以上します。また人が住む地域もある程度集中させられており地域と地域の間は殆ど建物がみられないという状態です。いわば荒地の海に可住地域が離れ小島のようにポツーン、ポツーンと浮いているようなイメージです。<br>日本では電車からの風景を見ているといつまでもひっきりなしに一軒屋が建ってます。ある意味ずっと住宅街が続いているような雰囲気を漂わせます。これはどちらが良いとか悪いとかではないのですが、国の土地分配の考え方や歴史の違いからきているのでしょう。但し中国は人口が多くできるだ多くの人々に住宅を行き届かせる為には共同住宅が効率良いのは良く分かります。思うのは中国人が何年後かにほぼ全ての国民に住む場所が提供できた後は日本のように一軒屋に住むという需要が増えてくるのではないかということです。そう考えると住宅ビジネスにはまだそういう未開拓市場があってしばらくは有望だなあと思われます。ここでは土地は国が所有しておりますので今後郊外の未開発地域を富裕層向けに開放できるとすれば本当にドル箱ですね。そういうことを考えるとこの国は財政的には当分安泰なのではないかと思えるのです。借金まみれの国から見ればうらやましい限りですね。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10795221607.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Feb 2011 13:45:30 +0900</pubDate>
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<title>中国のバレンタインは・・・</title>
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<![CDATA[ 男性が女性にプレゼントをする日のようです。日本とは逆ですね。これ他の国たとえば欧米とかではどうなんでしょうね。<br>以前上海で働いてた時は、定時時間になるとビルの入り口に複数の男性達が花束とプレゼントを持ってお目当ての彼女を待っているなんて風景を見たりしました。さすがにここ広東省の田舎ではそこまで無いのですが深圳や広州ではもしかするとみかけるかもしれませんね。<br><br>ここら辺からもなんとなーく中国が女性上位の国であるところが見え隠れしてしまいます。日本ではチョコレートを渡すのでしょうがこちらではチョコではなく何かしらプレゼントをするらしいです。ケーキだったりアクセサリーだったりバラバラのようです。<br><br>因みに我が家では上さんはそういう慣習にうといので華麗にスルーの予定です。下手にケーキなんか買っていくと指輪やアクセサリーをねだられてヤブヘビになるのでスルーが一番ですね。娘が大きくなったら日本の慣習を教えてチョコもらえるように仕向けようと企んでおります。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10795233535.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Feb 2011 11:57:55 +0900</pubDate>
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<title>春節で困ったこと</title>
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<![CDATA[ 会社や所属する組織にもよるのですが春節（今年は2/3)から一週間程度はどこもお休みです。近所のスーパーや家電量販店なんかは春節から営業しており、お客もあまり入ってないのに従業員は田舎にも帰れず働かされていい迷惑ですね。ただ国の法律で春節期間働くと通常の給料の数倍は貰えるのでインセンティブはあるのでしょうが、やはり休みたいという気持ちの方が強いのか接客態度はいつもにも増してよくないです。<br><br>このようなスーパー等はあくまでも例外で基本どこもシャッターが閉まってしまいます。私が今回困ったのはまず大晦日の日に温水器の水道管（ゴム管）に穴が空いてしまったことです。いつもお願いしている修理業者は帰郷しておりもう自分で応急修理をしようかと思っていたところ上さんがつてを辿ってなんとか修理業者を捕まえることができました。本当は管毎交換をお願いしたかったのですが穴を接着剤で塞ぐという応急処置で済まされかつ通常の数倍の費用までとられました。<br><br>続いて困ったことその２ですが今度はアパート全体の地下の水道管が破裂したらしく春節三日目から水道が止められてしまいました。飲用の水はウォータサーバーがあるので良しとして一番こまるのがトイレとシャワーです。とりあえずトイレは外でするようにしてましたが、こんな時当たり前にいつでもトイレに行けていつでもシャワーが使えるありがたみを感じますね。日本では経験したことはありませんでしたが。アパートの管理所に聞くと修理の人が帰郷しており数日間は修理できないというじゃないですか。これは本当の困りクレームを付けた所、1日で時間を決めて水を出してもらえることになりました。その時間にシャワーをあび、トイレ用の水を確保しておくことになります。<br><br>水が使用できる時間になると水道管から水が出るのですが出始めしばらくは水が真っ赤になり泥水(ここら辺は地面が赤土です）がでてきます。ある程度の時間が経過したところで見た目は透明な水が出てきます。真っ赤な泥水が水道管から出て来た時はさすがに凹みますね。っていうか普段も少しくらい混ざっているのではと疑いたくなりますね。<br><br>そんなこんなでトラブル続きの春節休み、とくにどこに行くわけでもなく過ぎていってしまいました。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10795194379.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Feb 2011 12:37:22 +0900</pubDate>
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<title>新年快楽</title>
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<![CDATA[ 今日はこちらの旧正月、春節です。今の地域は住んでもう三年目になるのですが今年は大晦日夜の打ち上げ花火が過去二年よりも多く派手だった用に感じました。一作年のリーマンショックから大分経済的にも回復したからでしょうか。お店も随分閉まっており皆ゆっくりとお正月休みを満喫しているように思えます。<br>ところが今年の一月一日は縁起が特に悪い日らしいのです。これは上さんの家族からわざわざ連絡があって知ったのですがその為今日一日は外出してはならないとのことらしいのです。それが何かの宗派独特のものなのか地域的なものなのか良くわかってませんがともかく今日は自宅から一歩も外出できなさそうです。自宅でネットと読書とテレビで過ごすことにします。<br>それでは中国在住の皆様良い春節をお過ごしください。
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10788730752.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Feb 2011 11:57:50 +0900</pubDate>
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<title>語学留学　その３</title>
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<![CDATA[ このように全く中国語をしゃべれない状態からの留学でしたが、３ヶ月経ったところで呪文としか聞こえなかったものが部分的に聞き取れるようになりました。そのときのうれしさと言ったらなかったですね。まるで全く解けなかったパズルが少し解けたような気になったものです。それから最初の半年くらいは学べば学ぶ程目に見えて上達していることが実感され非常に楽しくやれたことを覚えています。<br><br>勉強も半年を過ぎるとマンネリになってくるのでその仕方を工夫しなければと考え色々試してみました。やはりメインは現地の人と会話する機会を多くすることですね。その際に相手となる現地の人は日本語をしゃべれない人の方が良いです。日本語をしゃべれる人だとお互いに相手の言葉をしゃべりコミュニケーションがうまくいかなかったりするのでどちらが教える方でどちらが教えられる方というポジションを明確に取っておいた方が混乱が無いと思います。<br><br>会話の上達を目標にするのであれば、やはり実践を積むのが一番効果的であることが良く分かりました。自分が興味ある会話であればある程その会話の消化具合が良かったと思います。（自分が話したい言葉→辞書で調べる→実際に使ってみる→言葉が通じた→記憶に残る）、このようなフローが学習する上で最も効率の良い方法ではないかと思うのです。<br>必要なアウトプットに応じてインプットをする。いわゆる語学学習だとまずインプットをできるだけたくさんしてそのなかからアウトプットするという順序だと思うのですが、これは効率が良くないのではないかと。ある程度のレベルの人であればインプットを重視しても良いと思うのですが初級クラスの人であればどんどん会話をしていくことが上達への近道ではないでしょうか。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10715653796.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Jan 2011 21:16:52 +0900</pubDate>
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<title>語学留学　その２</title>
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<![CDATA[ 語学留学についてまだ書き終わってませんでしたので続きです。<br>留学手続きを完了してなんとか始まった留学生活。その学校の留学生は比較的少なく３０名くらいでした。そのうち２０名程度が日本人だった為、日本語で話す相手には困ることはありません。ですがやはりせっかく外国にきているのでできるだけ現地の人と話す機会をもうけるようにはしてました。<br><br>その当時（今は大分違うのかもしれませんが）上海といえども現地の特にサービス業の接客態度がひどく、店員がおつりを投げるやタクシーの運転手に行き先を行っても聞き取れないときには「ああ？」とまるで一昔の日本のヤンキーのような態度を普通にとられ腹立つことも多かったのですが、それが刺激となり相手に文句を言う為に辞書調べたりして日常会話はぐんぐん上達していきました。<br><br>自分のルールとして１０単語/日を毎日記憶し、小さな単語カードを常に持ち歩いてました。この習慣は１年続けることができ結果的に３０００語程度を学習できたことになります。<br><br>私は全くしゃべれない初級クラスからスタートしました。周りは２０台前半の若者と駐在員の奥様方という２極状態で私と同じような年齢の学生はいなかったのですが比較的年齢に関係なく話ができる性格の為両方のグループと交流してました。それぞれのグループでその趣向が違い興味深かったことを覚えてます。<br><br>　・２０代前半グループ：大学を卒業しても就職できなかったもしくはしたくなかった。モラトリアムの延長としての留学なので語学勉強もそこそこ。但し若いので現地人とのコミュニケーションには抵抗がなく比較的早く会話ができるようになる。<br><br>　・駐在員奥様グループ：授業に非常に熱心でまじめに出席する。宿題等もきちっとやる。但しあまり現地人と話す機会が少ない為、会話の上達が遅いことが顕著だった。その代わり現地の買い物や食事するお店のこと等ローカル情報には通じており、私はその内のお一人からアルバイトを紹介してもらうことができました。外のネットワークに通じている方が多かったですね。<br><br>私自身のポジションが微妙に異なるのでちょっと浮いた存在だったかもしれませんが、２つのグループとはそれぞれメリット、デメリットがある為自分に都合が良いところでうまく付き合っておりました。やはり外国での日本人との人間関係は貴重でしたね。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10712068499.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Jan 2011 19:10:38 +0900</pubDate>
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<title>ＡＴＭ</title>
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<![CDATA[ 年末年始に予想外の出費が多く手持ちのお金が少なくなってきた為1/2に中国銀行のＡＴＭでお金を下ろそうとしました。<br><br>カードを入れ暗証番号を打ちサービスメニューが出た後でお金を下ろす取款というボタンを通常押すのですが、出ない・・・。どうやらＡＴＭの現金が切れて引き出しできない模様です。<br><br>大都市ではこのようなことはないのでしょうが、ここ広東省の田舎では週末なんかでも場合によっては現金が下ろせないことがよくあります。一応中国４大銀行の中国銀行でさえそうなので他の銀行をもいわんをやです。<br><br>ATM泥棒で被害が大きくならないようにというセキュリティ的な意味もあるのでしょうがせっかく24時間使用できるＡＴＭの意味が半減してしまうのではと思うのです。<br><br>せめて週末や祝祭日の時は少し大目にいれてもらってできるだけ現金切れがおこらないようにして欲しいですね。それと個人的にはそのタイミングに現金が切れないようにするしかないですね。<br><br>そんな不満があるATMですが一度助けてもらった経験があります。例によってお金を下ろしたのですが下ろせたことに安心してしまいそのままカードを回収せずにその場を去ってしまったことがありました。気づいたのは数日後で銀行に相談したところカードはATMに吸い込まれており残高も減ってなく幸い大きな問題とはなりませんでした。どうやらカードが入っている状態で、ある一定時間動きがないとカードが吸い込まれるシステムのようです。<br><br>仮に自分の後ろに誰かいてその人が悪用しようとすれば一回で２０万円程度は下ろせるのでその位の被害は出ててもおかしくありませんでした。その時は事なきを経たのですが、当たり前ですがやはりカードを最後に抜くということは忘れないようにしたいと思います。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10756175354.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Jan 2011 21:59:30 +0900</pubDate>
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<title>家族のことを思う　その２</title>
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<![CDATA[ 妊娠５ヶ月で無事実家に帰ることができ、これで出産までスムーズに行ってくれるだろうと安心していたところでした。妊娠８ヶ月目になったところで上さんから電話があり病院で早産の可能性があると言われたらしくあわててます。上さんの実家の病院では対応できない、車で３時間程の町の病院にいって相談するよう言われたようです。一も二もなくすぐに病院行くよう話し、結局町の病院で妊娠を送らす薬を点滴で打ってもらいしばらく入院することになりました。<br><br>入院したものの私も心配だったのでフライトチケット購入して上さんの入院している病院まで飛びました。入院なので安静にしており様態も安定しているようにみえましたが本人はやはり不安のようです。特にお腹の子供がよく動く時には本当に不安らしくおびえるのです。その時はこれは私の母親から教えられたのですがお腹の子供は外の言葉が分かるからできるだけ話掛けてあげてと、私はお腹の子供にあまり動き回るとお母さんが心配するからじっとしててねとお腹をさすりながら話しかけたものです。そうすると本当におとなしくなったりしたのも不思議な体験でした。<br><br>結局、大事には至らず最終的には予定日より１０日早い出産となり、例によってこちらの慣例とも言える帝王切開でしたが何にしても無事に生まれてきてくれました。上さんのお姉さんやお母さんが色々と面倒をみてくださり出産後も順調でした。私は当然出産には立ち会えなかったのですが生まれて３日目に会うことができました。生まれたばかりの子供はＴＶとかで見たのと同じであまり変わらんなあと思ったものです。それよりも出産した上さんの実家の病院のあまりに不衛生さにショックだった記憶があります。<br><br>その後も夜泣きが激しくて夜殆ど寝れずに出勤するなどもありましたが今では元気に保育園に通い大分手もかからなくなって少し余裕ができてきました。<br><br>将来このようないきさつは娘が物心つくようになったら話してあげようと思い、備忘録的に書いてみました。１人目の子供が流産しなければ彼女が生まれることもなかったかもしれず、最初の段階で安静にしてなければ又流産していたかもしれず、８ヶ月で早産してれば入院していた病院に保育器等の設備があったかも分からずそんな状態を乗り越えて今があることを彼女にも知って欲しいと思います。<br><br>こう振り返ると様々な困難を乗り越えて今の家族があり本当にありがたく感じます。私自身過去のこと特にネガティブな事はすぐに忘れてしまいがちでそれが良いこともあるのですが、今ある状態を噛み締める意味でもこのような振り返りが時には必要に思われるのです。<br><br>このような体験は恐らく誰でもどこのご家庭でもあると思います。新年の折、今ある幸せを噛み締める為に過去乗り越えてきた困難を振り返ってみてはどうでしょうか。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10760804867.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Jan 2011 16:07:18 +0900</pubDate>
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<title>家族のことを思う</title>
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<![CDATA[ 本来は年末だと思うのですがばたばたしており年始になってしまいました。家族の過去を振り返るという作業なのですが、うちの場合は娘の出産までにすったもんだありました。<br><br>まず上さんが妊娠するまでに結婚してから随分時間が経っていたためその間に親御さんから病院で検査するよう言われたりしており子供ができたことが分かった時は本当にうれしかったものです。ところが妊娠して３ヶ月のこと流産の可能性が出てきました。病院に通いながらなんとか持ちこたえようとしたのですが残念なことに一人目の子供は亡くなってしまいました。<br>その事が判明した時の上さんの状態は今でも忘れられません。病院のロビーで大声で大泣きしちょっと尋常ではない泣き方で私が何を言ってもまるでおさまりませんでした。見かねた近くに座っていらっしゃった方が何人か慰めにきてくれたほどでした。後にも先にもあれ程の状態は無くそれだけ悲しかったのだろうと胸が痛みました。<br><br>で、流産後の処置の為に３日程入院することになったのですが、２人部屋の同居人が妊娠４ヶ月で堕胎予定の女性だったのです。こっちは欲しくやっとできた子供が流産して上さんが大泣きしたところなのに堕胎予定の人と同じ部屋にしてしまうその神経に頭がくらくらしたのを覚えてます。その時ばかりは医者の首を絞めてやろうかと思った程でした。入院部屋に来たときは上さんも落ち着いておりあまり気にする様子もなかったので事なきを経ました。その堕胎お姉さんに理由を聞くと妊娠した子供が女の子と分かったので下ろすことにしたとのことで衝撃でした。いろんな意味でシビアな中国を垣間見た気がしました。<br><br>流産してから４ヶ月後に又妊娠しました。今度は同じ過ちを犯さないように絶対安静で上さんには３ヶ月は生活の殆どをベッドの上で過ごしてもらいました。その当時は会社の寮が敷地内にあり、いつでも部屋に戻ることができ朝昼夜の食事を一緒にすることができた為、食事から洗濯、掃除まで全て私がやってました。といっても食事は会社の食堂から部屋まで持ってくるだけなのですが、それでもハードな仕事をしながらは結構つらかったですね。２回目の妊娠時も流産の傾向はあったのですが、絶対安静が効いてなんとか５ヶ月目を無事に過ごせ安定期に入ることができました。<br><br>ここで上さんは実家で出産をしたいとのことで帰郷することになりました。当時住んでいたのが広東省で帰郷先が温州市。飛行機だと１時間で着くのですがやはり胎児への影響が心配です。電車で帰ることもできますがそれだと２４時間夜行列車に揺られなければなりません。結局やはり飛行機は怖いので夜行列車を選択しました。上さんの弟さんに付き添ってもらいなんとか無事実家へ戻れました。<br><br>長いので話を分けます。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hmatsui-china/entry-10760785825.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Jan 2011 19:34:07 +0900</pubDate>
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