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<title>宰予の昼寝。</title>
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<description>気の向くまま。生業：システムエンジニア知識傾向：東洋史</description>
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<title>論語の読み方</title>
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<![CDATA[ <div>※</div><div>子夏問うて曰わく、巧笑倩たり、美目盼たり、素以て絢と為すとは、何の謂いぞや。子の曰わく、絵の事は素を後にす。曰わく、礼は後か。子の曰わく、予を起こす者は商なり。始めて与に詩を言うべきのみ。(論語 八佾第三)</div><br><div>※</div><div>子夏は先生に聞いた。</div><div>「『詩』に、『微笑みは愛らしく その目元は美しい 色白肌の引き立つチーク』とありますが、これはどう読めばいいのでしょう。」</div><div>「絵画に例えれば、最後の胡粉の彩色が、絵全体を引き締める、というようなものだろうね。」</div><div>「人格に引きつけて言えば、礼は最後、ということでしょうか。」</div><div>「僕を面白がらせてくれるのは、商、きみだね。一緒に『詩』について話したいね。」</div><br><div>※</div><div>3ヶ月ほど、断続的ではありますが、論語を読んでいます。</div><div>大変難しい書だと思います。</div><br><div>読むこととは、</div><div>①,文章の意味をとり、</div><div>②,(文章の中に人がいる場合)、その人の意図を理解することであり、</div><div>③.その上でそれを書いた誰かの意図を理解することである</div><div>と私は思っています。</div><div>しかしながら、論語は①からして難しい。</div><div>例えば、上に引いた章で言えば、「絵事後素」に2つの意味の取り方があります。</div><div>ひとつは「素」を仕上げに使う白い絵の具、胡粉と見て、「絵事は素を後にす」と読み、「絵は白い胡粉で仕上げする」と読む読み方(今回採った読み方)です。この読み方だと「仕上げ」の方に発言の力点があります。</div><div>もうひとつは「素」を下地と見て、「絵事は素よりも後にす」と読み、「下地塗りをしてから絵画を描く」と読む場合です。この読み方では仕上げよりも、「下地」の良さを強調する言い方にも取れます。</div><div>今回の場合、いずれにせよその後「礼は後」と続き、双方とも似たような意味にはなります。しかしこのような読み方の違いが、章全体の意味を左右する箇所も論語にはあり、この書の「意味をとる」難しさが、この章からも想像できると思います。</div><div>登場人物を理解すること(②)も、制作者の意図を理解すること(③)も、文章の意味を取る(①)ことが覚束ない以上、それ以上に難しいことでしょう。</div><br><div>とはいえ、だからと言って論語が読めないわけでないはずです。これまでも、様々な読みが提出され、その中で、「論語はこのように読むのであり、論語中のかの人はこのような人である」という合意が緩やかに形成されてきたのだろうと思います。これから論語を読む私のような者は、そうした緩やかに形成されてきた解釈の合意に従って、まずは読んでゆけばよいのでしょう。</div><br><div>上に子夏と孔子の問答を引いたのは、論語を読む難しさを言いたいがためだけではありません。この問答が論語自体のひとつの読み方を示唆しているように私には思えたために、この問答を引きました。</div><br><div>吉川幸次郎氏によれば「巧笑倩たり……」の句は衛の荘公夫人、荘姜の美貌を讃えたものだそうです(吉川幸次郎『論語(上))。しかし孔子はそれを絵画とのアナロジーで捉え、子夏は更に飛躍して人格と礼の関係のアナロジーとして読み込んでいます。つまりここで、孔子と子夏は、自らの教科書であった『詩』を、本来の意味のみにこだわらず、自分たちの関心によって読み替えているのです。そうであれば論語を読む私も、その姿勢を引き継ぎ、必ずしも論語の本来の意味、正しいとされる意味のみにこだわらず、私の関心によって意味を読み替えることが許されるのではないか。この子夏と孔子の問答はそうしたことも示唆してはいないでしょうか</div><br><div>これまでの論語解釈二千数百年の伝統を尊重しつつ、私の関心で論語を読みこむ。しばらくはそうした態度でこの書に向かいたいと思います。</div><br>なお、訓読は金谷治『論語』岩波文庫(1963)によりました。また、現代語訳は訓読の意味に沿いつつも、子夏と孔子が現代で語っていたらどんな場面になるだろう、と想像しながら自分で作りました。<br>
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<pubDate>Tue, 19 Aug 2014 14:01:55 +0900</pubDate>
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<title>【雑文】しごと。</title>
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<![CDATA[ <p>古いタイプの日本のSEというものを生業にしています。</p><br><p>お客さん先に貼りつき、10年前のIDEを使い、主にJavaを組んでいます。</p><p>小さな、数人日の改修が日々入ってき、</p><p>古さとドキュメントの整備不良でブラックボックスと化したシステムの調査の依頼も入ってきます。</p><p>属人化は進み、ミドルウェアやシステム構成のことなんかも、</p><p>新任の顧客情シよりも詳しいこともあり、何でも屋になりつつあります。</p><br><p>ブラックボックスだから、改修も体当たり、よく分からないから、見積れない。</p><p>昔ながらの工数見積。高いよといわれ、説明も難しく。</p><br>
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<pubDate>Sat, 13 Apr 2013 23:42:35 +0900</pubDate>
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<title>【雑文】養人組織</title>
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<![CDATA[ 司馬さんが、江戸期の藩は養人組織といったが、現代企業も十分に養人組織だと思った。日本の正社員に対する身分保護はすごい。<br><br>江戸期の藩規模ランキングとＩＴ（ＳＩ）企業のランキング（日本）を並べてみたら、私の会社は福岡黒田藩４７万石だった。<br>
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<pubDate>Fri, 05 Apr 2013 23:54:39 +0900</pubDate>
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<title>【雑文】日経コンピュータ（4/4号）</title>
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<![CDATA[ 机の肥やしになっておったので読む。ビッグデータとガバメントテクノロジ－の２本だて。<br>私、客先の情報システム部の中で仕事しているが、とてもここまでの動きはできなさそう。人が、金が、何より知恵を。<br>オープンデータが面白そうだ。<br>大学以来久しぶりにＳＰＳＳという単語にお目にかかる。<br><br>なんか鯖江の取り組みがすごいらしい。そして恥ずかしながらＲＤＦという単語をはじめて見る。<br>政府ＣＩＯの講演。政府システムは１５００、サーバー２万台、ＰＣ７０万台…。<br><br><br>さ、ORACLE SILVERだ。
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<pubDate>Sun, 31 Mar 2013 10:09:58 +0900</pubDate>
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<title>【読三国志】近況</title>
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<![CDATA[ <p>久しぶりの更新、近況報告。</p><p>細々と読んでおります。いま、呉書の三嗣主伝です。</p><br><p>高堂隆伝が好きです。</p><br><p>そんなに他伝と違うか？とも思うのだけれども、</p><p>この人の言葉を聞いていると、</p><p>この人の描く「聖賢の世」というか「楽土」というのがよく見えるように思うのです。</p><br><p>最近久しぶりに中島敦「悟浄出世」を読んだのだけれども、その中に</p><p>「聖なる狂気を持つものは幸いだ」とあって、その「聖なる狂気」というのがしっくりくるようなひと。</p><br><p>どの伝が好きかは、自分がどんな生を好もしく思うかによるんだろうな、と。</p><br><p>今後も細々読書予定。</p>
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<pubDate>Sat, 16 Mar 2013 22:10:49 +0900</pubDate>
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<title>【JavaEE6】近況</title>
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<![CDATA[ <p>はじめの記事から全く更新しておりませんでしたので、近況でも。</p><br><br><br><p>あれから、Beginning JavaEE6のスライドをつくって、勉強会で発表しました。</p><br><p>３人の勉強会なのですが、残りの２人も読まないとどうにもならないということで、講読。</p><br><br><br><p>▼Amazon Beginning JavaEE6</p><br><p><a href="http://www.amazon.co.jp/Beginning-GlassFish-3%E3%81%A7%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BAJava-Programmer%E2%80%99s-SELECTION/dp/4798124605">http://www.amazon.co.jp/Beginning-GlassFish-3%E3%81%A7%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BAJava-Programmer%E2%80%99s-SELECTION/dp/4798124605</a><br> </p><br><br><br><p>▼Beginning JavaEE6　スライド</p><br><p>　 （かなり要領よくまとめられています。）</p>※追記：誤解のないように書きますが、私の書いたやつではないです。<br><br><br><p><a href="http://www.slideshare.net/makingx/beginning-java-ee-6-1-java-ee-6">http://www.slideshare.net/makingx/beginning-java-ee-6-1-java-ee-6</a><br> </p><br><br><br><p>その後、担当分担してFWを作ろうということで、EJB担当になりました。</p><br><p>だれもEJBを使ったことがないなかで、（strutsだのspringだのしか使ったことがない）、</p><br><p>トランザクション制御と、SessionBeanの方式設計をすることになりました。</p><br><br><br><p>Oracle Silverの資格勉強で手一杯で、今はあまり取り組めていません。</p><br><p>しかしながら、EJBのクライアント側の使い方が記載されている本て少ない印象。</p><br><p>EJB 2.xはあるのだけれど、</p><br><p>3.xでもリモートインターフェースをつかうときにnarrow変換とか必要なんだろうか、とか。</p><br><br><br><p>池袋のジュンク堂で探したけれど、オライリーもBeginningのちょいたしぐらいの印象。</p><br><p>あとは2.x台。</p><br><p>ネットで探してみようと思う。</p>
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<pubDate>Sat, 16 Mar 2013 21:59:35 +0900</pubDate>
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<title>【雑文】そして２人は滅びゆく政権の文書庫に入る。</title>
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<![CDATA[ <p>場所も時代もひとがらも違う２人の人物が、偶々似たような場面に臨んだときのお話。</p><br><p>１人目の主人公は蕭何という。</p><p>中国秦末・漢初（紀元前２００年頃）の人。</p><p>沛という県の官吏だったが、同郷に劉邦・後の漢の高祖が居たことで、</p><p>彼の一生も大きく変わる。</p><p>劉邦が秦打倒の兵を挙げると、彼はその補佐官となり、数次の戦を経て、遂に秦の都・咸陽に至る。</p><br><p>そのときのこと――</p><br><p>「諸将皆争いて金帛・財物の府に走り、之を分く。</p><p>　何、独り先ず入りて、秦の丞相・御史の律令・図書の蔵を収め、之く（ゆく）。」</p><br><p>（諸将は皆争って財貨の蔵に走り、これを分配した。</p><p>　蕭何は独りで真っ先に都城に入ると、秦の内閣・裁判所の法令・統計の書庫を接収し、去った。）</p><br><p>――『史記』蕭相国世家</p><br><br><p>２人目の主人公は、江藤新平といい、幕末佐賀藩の人。</p><p>と、ここまで書いて、司馬遼太郎『歳月』を開くと、そこにあらかた書きたいようなことが書いてあった。</p><p>何が書いてあるかは、該書を読んでみてほしい。</p><br><p>蕭何は晩年、多くの漢の功臣がそうであったように、高祖劉邦から疑われた。</p><p>彼は、わざと財貨を貪るような風をみせ、韜晦し、難を逃れた。</p><p>江藤は明治６年の政変で大久保に敗れ、翌年佐賀の乱を起こして鎮圧され、梟首される。</p><br><p>２人はひとつの政権が滅びるに臨み、同じふるまいをした。</p><p>未来の民政の基（もとい）は、亡国の文書蔵に眠る法令であり、各国各種の統計であると、おそらく信じ、</p><p>周囲に構わずそれを収めた。</p><p>そして、それら文書を基に蕭何は関中（現在の中国陝西省）を治め、</p><p>項羽と戦う劉邦に絶え間なく兵と食糧を送り続け、</p><p>江藤はフランス風の自由主義的法治体制を目指し、急進的な改革を続けた。</p><br><p>司馬氏の言う通り、後世の江藤の方が、自らを蕭何に擬したのだろう。</p><p>政治家というには、およそ調整感覚のない、錐のような行動力をもった、このラディカルな理想主義者は、</p><p>しかし、蕭何のようには終わりを全うできなかった。</p><p>ただ、その生涯の光彩は、後世に自らを江藤に擬せんとする者を生むような輝きを放っている。</p>
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<pubDate>Fri, 15 Mar 2013 23:33:28 +0900</pubDate>
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<title>【JavaEE6】JavaEEってなんだ。</title>
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<![CDATA[ <p>読書備忘。新テーマです。</p><br><p>---------------</p><p>■経緯のはなし</p><p>会社の先輩と同期と勉強会をやっています。</p><p>今年度下期のテーマを私が出すことになり、苦し紛れに</p><p>『JavaEEだけ（StrutsやiBatisやSpringを使わない）でアプリケーションフレームワークをつくろう』</p><p>と提案したのが、このテーマを立てることになったきっかけです。</p><br><p>仕事（BtoBの新規システム開発をやってます）では、Spring、iBatis（とSwing）を使ってるのだけれども、</p><p>どうやら、JavaEEだけでDIもORMもできる、らしい、ということをその先輩と同期に聞いたので、</p><p>当方、調べて、先月簡単なプレゼンをしました。</p><p>さあ、じゃぁ次は実際つくるぞ、となるわけですが、素地がないので、またまなび。</p><br><p>ここには、その備忘を書いていくつもりです。</p><p>なるべく誠実に書くつもりですが、力量不足からくる記事の正確性の欠如等は</p><p>ご容赦ください。</p><br><p>---------------</p><p>■ネタ本のはなし</p><p>しばらく、</p><p>ここ</p><p>▼ThinkIT様</p><p><a href="http://thinkit.co.jp/book/2010/01/08/619">http://thinkit.co.jp/book/2010/01/08/619</a></p><p>やここ</p><p>▼CodeZine様</p><p><a href="http://codezine.jp/article/corner/409">http://codezine.jp/article/corner/409</a></p><p>を見ていたのですが、情報がたりません。</p><br><p>これがいい、というので、先週の日曜日に買ってきました。</p><p>（そして即日、章ごとに切り裂いて、ホッチキスで14分冊にしました。）</p><p>▼Bignning JavaEE6（翔泳社）</p><p><a href="http://books.shoeisha.co.jp/book/b92647.html">http://books.shoeisha.co.jp/book/b92647.html</a></p><br><p>会社の行き帰りに読んで、かえって時間があれば、このブログを書こうと思います。</p><p>しばらく、三国志の読書はお休み。</p><p>代わりに（？）こんなのを毎日2頁読んでます。</p><p>▼ヒルティ『眠られぬ夜のために』</p><p><a href="http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-336381-S">http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-336381-S</a></p><br><p>---------------</p><p>■JavaEEてなんだ</p><p>「エンタープライズアプリケーション開発のために必要な機能をまとめた一連の仕様」</p><p>「仕様」なんですね。</p><p>「仕様」。国語辞典を引いてもピンとこないので、自分なりに超訳すると、</p><br><p>仕様＝外部からの入力に対し、どのような出力をするか定めたもの（内部構造はとわない）。</p><br><p>というところでしょうか。</p><br><p>具体的にJavaEE6では約30の仕様がJSR（Java Specification Request）として内含されています。</p><br><p>それでは「エンタープライズアプリケーション開発のために必要な機能」てなんだ。</p><p>以下、JavaEE6の新機能・キーワードとともに考えてみようと思います。</p><br><p>--------------</p><p>■データの永続化＝データベースアクセス</p><p>□キーワード：JPA（Java Persistence API）</p><br><p>誰かが、今のエンタープライズアプリケーションの大部分は、</p><p>「DB周りにぺっとGUIはっただけの代物」などと</p><p>言っていましたが、確かにそんな気もします。</p><br><p>そういう意味で、データ永続化はエンタープライズアプリケーション開発で必須。</p><p>しかしながら、RDBとオブジェクトを操作するJavaではデータを取り扱う考え方が違うため、</p><p>その間をつなぐ必要があります。</p><p>その間をつなぐのがORM（Object Relation Mapping）という考え方。</p><p>JavaEE6では、JPAを、ORMの標準APIにしています。</p><p>※ちなみに私の今の仕事ではiBatisをつかってます。</p><br><p>--------------</p><p>■トランザクション管理</p><p>□キーワード：JTA（JavaTransactionAPI）</p><br><p>データ永続化に関連しますが、データは一貫性を保持するため、ひとつのまとまりで</p><p>更新・削除・登録をおこなわねばなりません。</p><p>そのひとまとまりがトランザクションであり、その管理をするのがJTA（らしい）。</p><p>※今の仕事ではSpringでトランザクション境界を設定しているのですが、</p><p>　 これも、標準でできるようです。</p><br><p>--------------</p><p>■依存性注入（DI：Dependency Injection）</p><p>うまく説明できませんが。おいおい。</p><p>Springでできてたところが標準仕様になったらしい。</p><br><p>--------------</p><p>■ユーザーインターフェイス</p><p>□JSF（JavaSeverFaces）</p><p>JSPに代わる、プレゼンテーション層の仕様のようです。</p><p>いまSwingなのですが、ぽとぺたとかできるツールあるのかな…。</p><br><p>こう書いてみて、とても書ききれないことに気付いて……。</p><p>その、じつはEJBってよく分かってないのですが、これを機会に勉強したいと思います。</p><p>『Bignning』の柱はJPA・EJB・JSF・別システムとの相互連携（Webサービスなど）の４本。</p><p>まず、JPA・EJB・JSFの３本をざっと通覧しようと思います。</p><br><p>-------------</p><p>■閑話。（Javaと周王朝）</p><p>Javaの標準化史をみて、中国史に似てると思ったりしました。</p><p>とくに、いろんなフレームワーク（Spring・Struts・Hibernate etc）ができて、</p><p>それが標準仕様に取り込まれるあたり。</p><p>Strutsは袁紹であり、Springは曹操であり、Hibernateは孫権であり、標準仕様JSRは献帝？</p><br><p>むしろ、春秋時代っぽく、まず力をつけ覇を争うのは諸侯（さまざまなFW）で</p><p>最終的に勝ち残ったSpring桓公が、JSR周王朝を擁して、それが権威を持つ、みたいな。</p><br><p>封建制というゆるい支配体制をもつ周王朝が700年続いたように、</p><p>仕様として提示されるというゆるい紐帯で結びつくJavaも今後長く続いていくのだろうか。</p><br><p>そんな閑話で、第1回は終了いたしたく候。</p>
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<pubDate>Tue, 20 Nov 2012 22:37:57 +0900</pubDate>
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<title>【読三国志】袁張涼国田王[丙β]管伝（名士戦隊セイレンジャー）</title>
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<![CDATA[ <p>サブタイトルだけ思いつきました！<br>いま王修伝。<br>内容は明日！ </p><br><p>――以下追記。</p><p>遅くなってしまいました。</p><p>今日はマリインスキー歌劇場管弦楽団・ゲルギエフ指揮の演奏会を見てきましたー。</p><br><p>▼協賛の富士通さんのサイト。</p><p><a href="http://jad.fujitsu.com/event/2012/mariinsky/">http://jad.fujitsu.com/event/2012/mariinsky/</a> </p><br><p>勢いでチケットを買ったものの、かなり楽しみでした。</p><p>聴き方がわからないところもあったものの、圧倒される音響でした。</p><p>最後にゲルギエフ氏のサイン会……。</p><p>もらってみました。プログラムにさささっと書いてくれました。</p><br><p>さて、セイレンジャーの件です。</p><p>珍しくひとりひとり紹介。</p><br><p>■袁渙　曜卿（レッド） 出身：陳郡扶楽県。最終官位：郎中令。</p><p>父は司徒のサラブレッド。劉備に推挙され、袁術に任用され、呂布に囚われ、最後に曹操に仕える。</p><p>勇気凛々。呂布に脅されても屈せず、劉備の死を寿がず。まさにレッド。</p><br><p>■張範　公儀（限りなく透明に近いブルー ）出身：河内郡修武県。最終官位：議郎・参丞相軍事。</p><p>こちらも父は太尉の名家。彼の伝のほとんどが弟張承の行動なんだな……。</p><p>太子だった文帝に付けられ、何事も張範に相談せよ、といわれたのだから信頼されていたようだ。</p><p>賊に捕まったわが子と兄の子を助けに行く際、幼さを哀れむと言って兄の子を助けた。</p><br><p>■涼茂　伯方（オレンジ） 出身：山陽郡昌邑県。最終官位：中尉・奉常。</p><p>魏初代の尚書僕射。曹操を攻撃しようとする公孫度に「正義の軍に無名の師を起こしても、</p><p>存亡は明らかだぜ。せいぜい頑張りな。」といいのける剛直さ。</p><p>ちなみにセイレンジャーの面々はとても遼東にゆかりが深い。青州出身者が多いからだろうが。</p><br><p>■国淵　子尼（グリーン）　出身：楽安国蓋県。最終官位：太僕。</p><p>青州四兄弟の一人。鄭玄に師事し、三兄弟（[丙β]原・管寧）みんなで遼東避難。</p><p>綿密な屯田計画を立てたり、田銀・蘇伯の反乱を鎮圧したり、三兄弟の中ではイチバン実務家。</p><p>勉強の場所は岩の上。「討ったりとはいえ、敵は反乱軍。討伐数を過大に見せるのは恥です。」</p><br><p>■田疇　子泰（ブラック）　出身：右北平郡無終県。最終官位：議郎。</p><p>徐無山の大親分。山に入ること数年、五千軒の町を作り、法律を整備し、教育を施す。</p><p>恩ある劉虞が殺されてからというもの、袁紹にそっぽを向き、曹操の烏丸討伐には協力したものの、</p><p>官位は固辞。</p><br><p>■王修　叔治（イエロー）　出身：北海郡営陵県。最終官位：大司農・郎中令。</p><p>青州四兄弟の一人。必ず来る人。</p><p>孔融が賊に襲われると助けに現れ、袁譚が袁尚に攻撃されても救助に現れ、</p><p>厳才が反乱を起こすと、とことこ徒歩で助けに現れる。</p><p>曹操「あれ、絶対、叔治だな。」</p><br><p>■[丙β]原　根矩（パープル）　出身：北海郡朱虚県。最終官位：五官将長吏。</p><p>青州四兄弟の一人。鄭玄に師事＋遼東避難は三兄弟とおなじ。</p><p>別伝モチで、それを見るといろいろと学問を渡り歩いている。</p><p>鄭玄と並び称されたくらいなので、相当の学者と思われる。</p><br><p>■管寧　幼安（ホワイト）　出身：北海郡朱虚県。最終官位：太中大夫</p><p>青州四兄弟の一人。[丙β]原の友達。遼東避難も一緒。</p><p>後半からこの人を召しだす→断るのやりとりが延々とつづく。</p><br><p>そう、彼らがセイレンジャー。中原の醇風は彼が守る。</p><p>裴松之注に『魏略』『高士伝』が引かれていて、隠者とか楚狂みたいなひとも収められている。</p><p>ちょっとほかの伝とは色合いが違って見えるのは、</p><p>本伝がそんな傾向があったこともあり、裴注がそれをさらに広げていることもあり。</p><br><p>少しはみ出したような人々の伝。</p><br><p>---</p><p>ふらふらと続けきた【読三国志】シリーズですが、</p><p>ややペースを落とします（これ以上？）。</p><p>仕事のほうで、いろいろと勉強しなければいけなさそうなこともあり、</p><p>そちらの記事を書くかもしれません（書かないかもしれません。）</p><br><p>ではでは、今日はこのへんです。</p><br><br>
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<pubDate>Mon, 19 Nov 2012 00:26:19 +0900</pubDate>
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<title>【読三国志】荀イク荀攸賈ク[言羽]伝・そのに（荀家礼讚）</title>
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<![CDATA[ 働きすぎで残業規制がかかっているのにこの時間。<br>尽きせぬタスクの泉。<br><br>さて、荀令君と荀軍師の伝を読み終えました。<br><br>〇多士済々、荀家の絢爛。<br>令君と軍師以外にも高名な方々が沢山。あとこんなに豪華に描かれるのは同じ潁川の陳家、河内の司馬家くらいでは。<br><br>〇令君は後方で大きな見取り図を示し、軍師は従軍し局面の確かな策略を献じた、と総括できそう。<br><br>〇全く個人的な話だけれど軍師が好き。<br>弱気になった曹操に対して常に一歩踏み出せと叱咤してるような。<br>それでいて、内面の光を愚かさで包みこむってどんなだ。そして董卓暗殺を企てる胆の太さ。<br>うむむむむ、すごい。<br>令君が憂死したときは、どんなだったのだろうか。<br><br>〇令君の５男、荀サンが振るってる。五経など聖人の残り滓だと。傅カや太初先生と仲が良かったらしいが、彼ら２人の言論も面白い。<br>（太初先生は一昨日触れたが、傅カはその伝を読むとき改めて触れると思う）<br><br>次は賈文和伝へ。<br><br>以上！
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<pubDate>Thu, 15 Nov 2012 23:24:36 +0900</pubDate>
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