<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>学校の先生への道！遠回りの教員も悪くない！？</title>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/hokucho7/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>私が教員になるまでを、だらだらと書いていきます☆簡単な略歴☆四年制大学卒業(中高免許取得)→一般企業(約五年勤務)→結婚→ニート→臨時免許で講師(小学校)→働きながら通信制大学で小学校免許取得→今ここ！来年度より小学校で正規採用予定</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>第５話 社会人生活スタート</title>
<description>
<![CDATA[ こんばんわ！<br><br>さて、ついに晴れて社会人となった私は、今後、どうやって教員になるのでしょうか…<br><br>第二章の始まりです！<br><br>※ちなみに今回も教員の話とほとんど関係ありません 笑<br><br><br>教員への未練をすっぱり断ち切り、私は社会人として歩み始めました。<br>ちなみに私の社会人としての初めての仕事は接客業です。<br>スーツを着て外回りで営業をしたり、パソコンと向き合ったりという仕事に就くのが嫌で、当時アルバイトをしていた販売の仕事ならやってみたいと思い、アルバイト先とは別な物を扱う会社に就職しました。<br>ちなみに業界的に見ると離職率が高く、新卒で入った人間は5年以内には3割くらいしか残らないような、いわゆるブラックに近い企業でした。<br><br>でも、最初の頃は楽しかったですよ！<br>上からの言葉も厳しくなかったですし、その頃は世の中で色々あって、特別需要がある時だったので、黙ってても売れる売れる！笑<br>その分残業も多かったですが、残業代が100％出ていたので、社会人１、２年目なのに多い月は手取りで30万くらいもらってました。<br>同期と仕事後に週３日は飲みに行って会社の愚痴を溢してたな～ 笑<br>さらに、実家暮らしだったので、好きに使えるお金がこんなにあるのか！なんて思ってました。<br>今思うと、なぜあんなにもらってたのに貯金をしなかったのか…<br>まぁその分、いっぱい社会勉強したと思えばいいです 笑<br>そして、思ったよりブラックじゃないじゃんとも思ってましたね！<br><br>そして、３年目になった頃からは上からの目も厳しくなりました。<br>もともとガツガツ売りたい人間でもなく、個人ノルマのない会社だったので、のらりくらりやってたから楽しかったんですよね。<br>だから、仕事をしてるとたま～に感じることがあったんですよ。<br><br><br>【お客様の買いたい物を気持ちよく勝手もらう】<br><br>私の接客は基本このスタイルでした。<br>これでも、たまに上客が付いて一攫千金もありましたよ。<br>でも、商売人としてはダメですよね。<br>売り手がこれではお客様は少しでも安いものを求めます。<br>消費者としては当然ですよね。<br>私も高額品を買うときは安いものの方が助かりますもん。<br><br>そして会社からは、<br><br>【利益の出るもの物を売れ】<br><br>これもまた当然ですよね。<br>サラリーマンですもん。<br>会社からお金もらってるんですからね。<br>少しでも会社に貢献するのは当たり前。<br>売れないやつはいらない…とまでは言われてませんが、特需が終わってしまうと、のらりくらりやれる状況じゃなくなったんですよ。<br><br>でも、これが私の感じた違和感なんです。<br>たとえば、5万の物を買いに来た人に10万の物が売れれば万々歳なのですが、そう簡単にはいきません。<br>予算オーバーの物を紹介したところで、嫌な顔されたり、こいつじゃ話にならないみたいに思われたり…<br>私は少しでも気分良く買ってもらいたいし、できれば感謝されて終わりたいんですよ。<br>会社の利益なんてどうでもよかったんですよね。<br>会社の為に働いているんじゃなくて、自分の為に働いているんです。<br>自分が気分良く仕事ができればそれでよかったんです。<br><br>そんな頃、尊敬していた上司が家業を継ぐことになり退職されたり、かなりのパワハラ店長がお店に赴任してきたり、これまた仲良くしていた先輩も先が見えないからと辞めていき…<br><br>私の中にも<br><br>【転職】<br><br>という二文字が浮かび上がってきましたね…<br>でも、真剣には考えてませんでした。<br>人間関係だけは最高に良かったんで、まだまだ適当に頑張るかなーって感じでした。<br><br>第６話に続く<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12133915647.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Feb 2016 22:48:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第4話  人生最初のターニングポイント 後編</title>
<description>
<![CDATA[ こんばんわ！<br><br>更新がだいぶ空いてしまいましたー。体調を崩したり、仕事の方がドタバタだったりと忙しい一週間でした。<br><br>近況といたしましては、配属される管轄と市が決まりまして、引っ越しもしなくてよさそうなのでほっとしております！<br><br>さて、後編です。<br><br><br>無事？滑り止めとしての就職先を決めた私は、また待ちの姿勢を貫いていました。<br><br>【私立のどこかの高校からオファーが来たら考えよう】<br><br>結局この年は、そう思ってるだけでまったく自分からは動きませんでしたね。<br>なんせ、本当に自分のやりたいことなのかわからなくなってる自分がいましたからね。<br><br>その頃、コーチ等でお世話になってる先生方には、念のため就職を決めましたと言いました。<br>自分で言うのもおかしいですが、先生方は私が別の道に進もうとしたことを残念に思ったと同時に腹が立ったと思います。<br><br>もし自分がその先生の立場だったら、<br><br>【あれだけ面倒見てやったのに…なんだよこいつ…】<br><br>って思いますもん…<br><br>その後10,11,12月と時がたっても相変わらず講師の話なんて来ませんでした。<br>そして相変わらず、自分からは動こうとしません。<br><br>この頃には心の中ではもう教員への未練はありません。<br><br>【民間で働いて稼ごう！】<br><br>とまで考えていました。<br><br>そして年が明け、1,2,3月。<br>やっぱり講師の話はありませんでした。<br><br>コーチ先での最後の指導の日。<br>この日が私の教員への道のりをさっぱり諦める最後の日でした。<br><br>この日は自分の学校が会場で、小規模なオープン大会がありました。教え子達は、私への最後の恩返しと言わんばかりに頑張り、なんと優勝してしまいました！<br><br>この瞬間、<br><br>【やっぱり指導者っていいよな～】<br><br>と思い、少し気持ちが揺らぎましたが、優勝という手土産をもらって、私の夢への挑戦を自ら終了させました。<br><br>その後、この当時お世話になった先生方とは5年ほどまったく連絡もとらず、まったく会うこともありませんでした。<br>恩を仇で返すことになってしまったのて、この当時のことは今でも申し訳なく思いますね。<br><br><br>さて、ここまでが、私の教員への道のりの第一章といったところでしょうか！<br><br>ここまでを整理すると、<br><br>大学 (中高保体免許取得)<br>↓<br>民間企業<br><br>となっております。<br><br>第５話へ続く<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12133819510.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Feb 2016 20:04:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第4話 人生最初のターニングポイント 前編</title>
<description>
<![CDATA[ こんばんは！<br><br>前回は大学３年生までのことを書いたので、今回は４年生のことを書きたいと思います。<br><br>題名の通り、私の人生のターニングポイントです！<br><br>３年生の春休み以降、授業がなかったので<br>学校にはほとんど行くことはなく、いつもの仲間達ともしばしお別れ…<br><br>しかし、仲間達はその間にかなり動いていました！<br><br>えっ、もちろん大学生と言えば！<br><br>そう、就活です！<br><br>私は、教員志望だったので、形の上では教員採用試験の対策をしていました。<br><br>しかし！私は私学志望。公立なんて微塵も考えていません。そんなもんだから、勉強なんてちっともしていません。むしろ、回りで本気で目指しているやつを横目に、<br><br>【どうせ一年目じゃ受からないっしよ】<br><br>と思っていました。<br>そして、<br><br>【俺は先生達が非常勤講師とかで拾ってくれるさ】<br><br>などと考えていました。<br><br>そしてこの頃、私学教会というところに履歴書登録をしていたので、もしかしたら話が来るだろうという、完全なる待ちの姿勢でいました。<br><br>今こんなことを思ってた自分に会えるとしたら、<br><br>『バカじゃねーの、世の中そんなに甘くないわ！アホ！社会なめるな！』<br><br>と罵声を浴びさせた後に、顔面にバケツでキンキンに冷えた水をおもいっきりかけてやりたいです 笑<br><br><br>そして、教育実習を向かえたころ何か異変に気付きました。<br>念願の部活の指導者になるための最終関門。先生としての仕事をして、部活の指導もして、ずっと楽しみにしていたはずなのに、やっているうちにどんどん気持ちが弱ってきました。<br>なにが原因かわかりませんが<br><br>【ん、俺、あんまり向いてないかも。俺がやりたいのってこんなことだったのか？】<br><br>と思うと同時に気付いたのです。<br><br>【俺がやりたいのって先生じゃなくて部活の指導だけじゃん！】<br><br>そんなことを思った教育実習が終わり、教員採用試験ももちろん撃沈して、夏休み明けに久々に仲間に会うとさらなる衝撃が！<br><br>仲間の中でもずっと教員志望だったうちの１人が、色んな事情で突然就職することに！<br>特に教員志望が強いやつだったのでこの時の衝撃は今でも覚えています。<br>それだけじゃなく、仲間のほとんどは就職先を決めていました。<br><br>私はかなり焦りました。<br>私以外ほとんど就職を決めていましたからね。<br><br><br>もし講師の話がなかったらどうしよう。<br>講師の給料だけでやっていけるのか。<br>奨学金も返さなきゃいけないのに。<br>部活の指導者だけの仕事なんてない。<br><br>そして、一番思ったのは<br><br>【先生なんて仕事できるだろうか】<br><br>でした。<br><br>やってもいないのにこんなことを思った自分を、今では恥ずかしく思います。<br>なんてヘタレなんだろうと…<br><br>それから、卒業してから無職になることを避けるべく、滑り止め的な感じで卒業する年の10月から、急遽就活を始めたのです。<br><br>当時は売り手市場と言われるくらい職が溢れていました。今の時代の就活生を見るとかわいそうに思うくらい、私の受けた企業の面接は楽勝でした。<br><br>結果、４社受けて２社受かるというような結果になり無事に滑り止めを作ることができました。<br><br>後編へ続く<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12131371326.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Feb 2016 21:57:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第３話  大学３年生までの話</title>
<description>
<![CDATA[ こんにちは！<br><br>ちょっとずつですがアクセスも増え、人の目に付いてると思うと嬉しいです！<br><br>さて、体育の教員免許を取得するべく、日本体育大学に入学した私ですが、大学に入ると色んなタイプの人間がいることがわかりました。<br><br>絶対に先生になりたい！<br>警察官や消防士になりたい！<br>スポーツ関係の仕事に就きたい！<br>やること決まってない！<br>普通の大学より楽しそうだから日体にきた！<br>大学行くなら体育の勉強がしたい！<br><br>などなど<br><br>ほんとに色々です。<br>私は教員志望が多いと思ってましたが、意外とそんなことはありませんでした。<br><br>今はどうかわかりませんが、日体大は教員免許を取得するにはとても楽な大学だと思います。<br>私の頃は卒業に必要な単位を取っていけば、教職は自然と教育実習を残すだけになりました。<br>あとは必要な人は教育実習に行けばいいというような流れでしたね。<br>部活が盛んなので、基本的に授業は４限までしかありませんでしたし、普通の大学で教職を取ろうとすると５限、６限まであったりで大変だったと聞いてます。<br><br>１年生<br><br>気の合う仲間ができ、以降卒業までのほとんどの日々をその仲間達と過ごすことになる！<br>部活には入らず、予備校時代の仲間とチームを作って選手としても活動！<br>単位を２つほど落とす 笑<br><br>2年生<br><br>相変わらず仲間達と朝から晩まで過ごす。<br>この当時、一人だけ独り暮らしが居たのでそこをたまり場とする。<br>自分たちで作ったチームも軌道に乗り、大会にも出始める<br><br>そして一番のできごと<br>【高校時代お世話になった先生の元で、高校の部活のコーチを始める】<br><br>高校時代の恩師はみんな講師だったので、残ってる人もいれば、他の学校で専任になっている人もいました。<br>あるとき、突然電話がかかってきたので何かと思ったらこんな話でした。<br><br>『うちの男子部を見てくれないか？将来この道を目指してるんだろ？勉強にもなるし、人脈も作れるぞ！少しは謝礼も出せるから、やらないか？』<br><br>願ってもないチャンスでした。<br><br>とは言っても、私は苦学生。<br>お小遣い、携帯代、教科書代、これらをすべて自分で賄っていたため、金銭的な不安もありました。<br><br>でも、そんな不安よりもやりたい気持ちの方が強かったので即答で返事をしました。<br><br>こうして、私の学生コーチ生活がスタートしました。<br><br>その後は、土日の練習後は色んな先生に飲みに連れていってもらったり、平日もご飯に連れていってもらったりで、その度に、<br><br>今のチームは…<br>これからはこういうチームを…<br><br>などと、熱い話やためになる話をたくさんさせてもらい、若干二十歳の私に、社会人としてのマナーや、飲み会の席での決まりなど、色んなことをを教えてもらい、とーーーーーーってもお世話になりました。<br><br>３年生の主なできごと<br>相変わらず、仲間達と四六時中過ごす。<br>学生コーチもいい感じにこなす。<br>ここまで教職に必要な単位はすべて取る。<br>自分の選手としてのチームも、大きな大会で準優勝する。<br>など充実した学生生活を過ごしていました。<br><br><br>あれ？教員を目指している話はどこにもないぞ！と思いの方もいるでしょう。<br><br>次の四年生での出来事が私人生の最初のターニングポイントとなります！<br>私は、あれだけお世話になった方たちを裏切るような行為をするのです…<br><br>第4話へ続く<br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12131229444.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Feb 2016 15:33:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第２話  さて、なんの教科にしましょうか</title>
<description>
<![CDATA[ こんにちは！<br><br>昨日は教員を目指すきっかけの話をしました。今日はその続きです！<br><br>ちなみに私は4月から公立の小学校の教員です。<br>えっ、じゃあなんで教科の話？と思われるかもしれませんが、もともとは<br><br>【部活の指導者になりたい】<br><br>というのが夢でした。なのでこの当時は小学校なんて少しも考えていません。<br><br>部活やるなら高校だ！<br><br>そして、私立高校出身で私立の先生ばかり見ていたので、<br><br>【働くなら楽そうだから私立がいいなー、公立の教員採用試験って難しいんでしょ…逃】<br><br>的な、今考えるとかなり甘い考えをしていましたね。<br><br>そんなわけでどの教科にしようか悩んでいました。<br><br>まず英語、国語、社会科、音楽はない！ピアノ弾けないし、他の教科は苦手だし…<br><br>じゃあ理数系…でも大学入るの大変なんでしょ理系って…<br><br>よし、やっぱり運動が好きだし、体育しかないな！と思い、お世話になってる先生に相談です。<br><br>ちなみに、お世話になってる先生方はみんな体育科の先生でした。<br>どんな大学があるのか、当時は名前に体育と入ってる、日本体育大学くらいしか知りませんでしたが、運のいいことにうちの高校の体育科の先生は、日体大、国士舘、東海、日大、順天堂、学芸、筑波と関東のほとんどの体育系大学の出身者が！<br><br>偏差値や場所、通学の距離なども考えて、体育の名門、日本体育大学に進学することを決めました。<br><br>日本体育大学で待っていたのは、これはこれはとっても楽しいキャンパスライフでした 笑<br><br>第３話に続く
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12131151248.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Feb 2016 11:32:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第１話 教員を目指すきっかけ</title>
<description>
<![CDATA[ こんにちは<br><br>これから私が教員になるまでのことをだらだらと書いていくには、やはりこのテーマからですよねー笑<br><br>みなさんは、先生に対してどんな印象を持っていますか？先生のことが好き、嫌い、絶対になりたくない職業、忘れられない恩師、すごくお世話になったなどなど、色々な印象や思い出があると思います。<br><br>ちなみに私は、とてもお世話になった側の人間です。これは、悪いことをしてとか、人様に迷惑をかけてとか、そっちのほうじゃありませんよ 笑<br><br>私が先生になりたいと思うようになったのは、今から遡ること十ウン年前、高校生の頃でした。<br>当時は部活に恋愛にバイトに夢中な日々を送っていましたが、将来のことをふと考えた時、まずこんなことを思いました。<br><br>【毎日スーツを着てやる仕事は嫌だな】<br><br>高校生が想像する、いわゆる普通のサラリーマンにはなりたくない…そんなことから、当時熱中していた部活のスポーツを仕事に生かせないかと考えるようになりました。<br><br>しかし、私の学校はどこにでもあるような普通の弱小校。私自身もたいした選手でもなかったので、大学の体育会の部活で戦えるような実力はありませんでした。<br><br>そんなことから、選手としての道は考えずにこのスポーツを生かせる道はないかと考え始めました。<br><br>なかなかそんな仕事ないよなーって考えていたころ、今後とーーーーーーってもお世話になる先生方と出会いました。<br>それが私の恩師である、当時高校の非常勤講師だった方です。この方達は部活のコーチもしてくれている人で若い先生だったので私達との距離も近く、お兄さんみたいな感じで進路の相談にも気軽にのってくれました。<br>そして、この先生達を見ていると毎日楽しそうで、好きなことを仕事にするっていうのはこういうことなんだろうなーと思っていました。<br><br>その時、<br><br>【そうか、この人達みたいになれば好きなスポーツを生かしながら仕事ができそうだ！】<br><br>と思いました。<br><br>なので、私の場合、<br><br>学校の先生になりたい ＜ 部活の指導者になりたい<br><br>という感じで、学校の先生を目指そうと思うようになりました。<br><br><br>第２話へ続く
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12130811250.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 12:39:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>はじめまして</title>
<description>
<![CDATA[ はじめまして、hokuchoと言います。<br><br>この度、去年の教員採用試験に合格して、4月から小学校で勤務することになりました！<br>念願の正規採用！<br>やっと生活が安定する…涙 <br>嬉しい限りです！<br><br>実はわたくし、ここまで来るのにかなり遠回りをしております 笑<br><br>一般的には、大学を出てすぐに教員になる人や、講師をやってから教員になるといった、【教員志望一本】な人が多いなか、私は民間で働いたり、小学校の教員免許を新たに取りに行ったりと、色んなことをしてきました。<br><br>かっこよく言ってしまえば、オールドルーキーなわけです 笑<br><br>これから、そんな私の経験をだらだらと綴っていこうと思っています。<br><br>同じような境遇の人の参考になればいいなと思っていますので、どうぞよろしくおねがいします！<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hokucho7/entry-12130797646.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 12:22:57 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
