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<title>星屑マチネ</title>
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<description>この世の誰かの日常を切り取って。フィクションなんだかノンフィクションなんだか。</description>
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<title>【短編小説】ピンクバロメーター</title>
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<![CDATA[ <div>　それはある日突然、何の前触れもなく俺に備わった。</div><div>　俺に雷が落ちたわけでもなく、誰かとぶつかったわけでもない。</div><div>　ましてや魔法使いが現れて、俺にこれを授けたわけでもない。</div><div><br></div><div>　セットしておいたケータイのアラームが鳴り、2階にある自分の部屋を出て、階段を降りる。</div><div>　「おはよう」と声をかけてきた母さんの方を見向きもせず「おはよう」と返し、洗面所に向かう。</div><div>　顔を洗って、タオルで拭く。</div><div>　鏡には、いつもどおり冴えなくて地味な俺の顔。</div><div>　何も変わらないいつもの朝だった。</div><div>　朝ごはんが乗ってるダイニングテーブルを一目みやる。</div><div>　相変わらずレパートリーがない朝食にうんざりしながら、トーストされた食パンにかじりつく。</div><div>　母さんがコーヒーを持ってきながら、「そのパン美味しいでしょ！</div><div>　駅前に出来た高級食パン屋さんのやつなのよ。</div><div>　エザキさんがわざわざ買ってくれてね。」と自分の手柄のように言う。</div><div>　それを聞いて、</div><div>　「へー」</div><div>　と、我ながらつまらない返事をした。</div><div>　そんな俺を見た母さんは、がっかりした声で</div><div>　「もっと感動してよね。</div><div>　それ一斤1000円もするんだから。」と文句を言った。</div><div>　正直、確かに美味しい。</div><div>　でも、ここで「美味しい」と言ってしまったら俺の舌はたかだか1000円で感動してしまうということになる。</div><div>　それは、俺のプライドが許さなかった。</div><div>　まあ、意味不明すぎるプライドだと自分でも思うけど。</div><div>　「もう一枚食べる？」と母さんが聞く。</div><div>　「いや、もういいよ。」</div><div>　コーヒーを飲み干して、椅子から立ち上がる。</div><div>　ふと母さんを見ると、母さんの顔がピンク色のモヤに包まれて、輪郭がうっすらとしか認識できない。</div><div>　昨日、オンラインゲームをしすぎたか。</div><div>　目が疲れて霞んでいるのかな。</div><div>　目を擦ってもう一度母さんを見る。</div><div>　ピンク色のモヤは晴れていなかった。</div><div>　「何よ、人の顔ジロジロと見て。」</div><div>　母さんのその一言でハッと我に返った。</div><div>　「いや、何か目が霞んで…。」</div><div>　「ゲームのしすぎでしょ。</div><div>　たまには勉強のしすぎで疲れてみなさいよ。」</div><div><br></div><div>　余計なことを言うんじゃなかった。</div><div><br></div><div>　俺の通う学校は、家から徒歩とバスで30分程度の距離にある。</div><div>　しかし、今日の30分は昨日までのそれとはまるで違った。</div><div>　とにかく、ピンク色のモヤがあちこちに発生しているのだ。</div><div>　ピンク色のモヤには濃淡があり、顔のパーツが認識できるくらい薄いモヤの人もいれば、モヤが濃すぎて輪郭すらはっきりしない人もいた。</div><div>　日常の中の非日常に混乱し、俺はまだ夢の中にいるのではないかとすら錯覚した。</div><div>　でも、運転手のミスでバスが路肩に少し乗り上げた時に舌を噛んだ。</div><div>　その痛みは、どう考えても現実だった。</div><div><br></div><div>　バスを降り、学校へ向かう。</div><div>　その道中、俺はますます困惑した。</div><div>　吹奏楽部のマドンナが、隣のクラスのギャルが、生徒会副会長が、みんな顔にピンクのモヤを纏っていた。</div><div>　やはりバスに乗っていたとき同様、モヤには濃淡があり、吹奏楽部のマドンナは薄いモヤ、生徒会副会長や隣のクラスのギャルは、顔の認識が出来ないほどの濃いモヤを纏っていた。</div><div>　ここで気づいたのは、女子にはモヤがかかっている奴もいない奴もいるのに対し、男は誰一人としてモヤがかかっている奴がいない。</div><div>　この違いは何なんだ。</div><div>　まるで小学生の頃に流行ったあるなしクイズみたいだ。</div><div>　訳がわからなさすぎて、俺の思考回路にもモヤがかかったようにすら感じる。</div><div>　ゲームのしすぎで寝不足なのかと授業中に睡眠を取って回復を試みたものの、目が覚めてもやっぱりピンク色のモヤは晴れていなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　昼休み、屋上から見える雲一つない快晴の空とは打って変わって、未だ晴れない謎のピンク色のモヤに辟易していた。</div><div>　訳がわからず、飯を食う気にもなれない。</div><div>　箸がなかなか進まずにいると、一緒にいた田原がニヤニヤしながら、俺の卵焼きをさっと奪い取っていった。</div><div>　「あ、おい。」</div><div>　「何ボーッとしてんだよ。</div><div>　エロいことでも考えてんのか？」</div><div>　「飯の最中にエロいこと考えるほど、俺は女に飢えてねぇんだよ。」</div><div>　「よく言うよ。</div><div>　こないだ階段下で水沼さんのパンツが見えて密かに喜んでたの、俺がわからなかったと思うなよ。」</div><div>　「…でかい声で言うなよ。」</div><div><br></div><div>　そういえば、田原にはこのピンク色のモヤは見えるのだろうか。</div><div>　いや、見えていたらこいつはもっと大騒ぎしているだろう。</div><div>　俺だけが見えるのかとか、俺が変なのかとか、そういう心配や不安は一切しないお気楽野郎なのだから。</div><div><br></div><div>　「あ、あいつ知ってる？</div><div>　Eクラスの仙堂真奈。」</div><div>　俺の気持ちをよそに、田原はそう言って中庭を指差した。</div><div>　「知らん、なんだよ。」</div><div>　俺は、田原の指差す方向を見もしないで言った。</div><div>　「あいつさ、ああやって一人で中庭で本なんか読んでてさ、如何にも非モテ女ですーって感じなのに、実は裏ではめちゃくちゃやってるらしいぜ。」</div><div>　「何情報だよ、それ。」</div><div>　「いやいや、まじまじ。</div><div>　まあ別に可愛くもないけど、やらせてくれるんならやりてぇよなぁ。」</div><div>　「お前、キモすぎ。」</div><div>　「そんなこと言って、俺よりエロいことに興味津々のくせにカッコつけるなよ。」</div><div>　「俺は、お前みたいに節操がないエロじゃねぇんだよ。」</div><div><br></div><div>　と言いつつ、非モテを取り繕った非貞操女がどんな顔なのか気になって、田原に気づかれないようにそっと中庭を見下ろした。</div><div>　そこでは、顔を判別出来ないほどの濃いピンク色のモヤが、うちの学校制服を着て難しそうな本を読んでいた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　ああ、そういうことなのか。</div><div>　このピンク色のモヤは性経験の有無を判別するもので、やればやるほどモヤは濃いピンクになるってことなんだろう。</div><div><br></div><div>　でも、そんなことを知ったところで俺が女とやれるかやれないかはまた別の問題なわけで。</div><div>　俺は地味でモテないし、それゆえに女に興味がないフリをしてるという自覚もある。</div><div>　そうは言ってもぶっちゃけエロいことへの興味はそれなりにあるし、出来るなら経験したいと思っている。</div><div>　だけど、俺のこのスキルは目の前に立つ女が経験があるかないか、その経験が多いか少ないか知ることが出来るだけ。</div><div>　何の役に立つんだよ。</div><div><br></div><div><br></div><div>　一晩寝れば治るかと思ってはみたものの、朝一番で見た母さんの顔にはガッツリピンク色のモヤがかかっていた。</div><div>　…どうでもいいけど、母親の経験人数を把握するってきついもんがあるな。</div><div>&nbsp;輪郭がぼんやりとしか見えないとか、まじかよ。</div><div><br></div><div>　家を出て、バス停に向かう。</div><div>　時間通り学校に向かうバスに乗る。</div><div>　今までと何も変わらないはずなのに、ピンク色のモヤのせいで、気もそぞろになっていて、ふわふわ浮ついているのが自分でもよくわかる。</div><div>　よくよく考えてみると、周りの女の性経験がわかる能力なんて面白いかもしれない。</div><div>　経験人数なんて人に大っぴらに話せないような秘密を簡単に知れてしまう面白さもいい。</div><div>　田原の言う通り、経験人数が多い奴に声を掛ければ、ひょっとすることもあったりして。</div><div>　嬉しさと可笑しさを堪えるように、俺は少し大袈裟に咳払いをして校門をくぐった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　教室へ入り、ドアの近くにいたクラスメイトの何人かに適当に挨拶をする。</div><div>　すると、そのうちの一人が「今から緊急で全校集会だってよ。」と嬉しそうに教えてくれた。</div><div>　「まじかよ。数IIの授業潰れるな。」</div><div>　「体育館集合だってよ、急げよな。」</div><div>　「おー、サンキュー。」</div><div>　俺は、自分の席に鞄を放り投げると体育館へ向かった。</div><div><br></div><div>　体育館に向かってブラブラ歩いていると、後ろの方からうちのクラスの女子達の声がした。</div><div><br></div><div>　「みくる、体調は大丈夫なの？」</div><div>　俺はそれを聞いて少しドキッとした。</div><div><br></div><div><br></div><div>　水沼さん、今日は学校来れたのか。</div><div><br></div><div><br></div><div>　水沼みくるは、俺が絶賛片思い中のクラスの女子だ。</div><div>　テニス部のキャプテンで、身長が小さくて華奢なのに全国大会に出場するほどの実力があるらしい。</div><div>　ショートカットに近いボブで、細くてしなやかな黒髪がいつもさらさらと揺れていて、それを見るたびに俺は胸が少し苦しくなる。</div><div>　笑うと眉尻が少し下がって、ハの字になる。</div><div>　薄い唇から覗く八重歯が可愛い。</div><div>　俺が学校に来る理由の8割が、水沼さんだ。</div><div><br></div><div>　「うん、今回は何かきつくてさ。</div><div>　でも、昨日一日中寝てたからもう大丈夫。」</div><div>　「最近テストだの模試だの忙しかったもんね、ストレスも溜まれば体調にもくるわ。」</div><div>　「ほんとめんどくさいよねー。」</div><div><br></div><div>　女子同士の会話は、オチも面白味も意味も全くないからかなり苦手だ。</div><div>　でも、水沼さんの声を朝から聞けるのは嬉しかった。</div><div>　水沼さんとの距離を縮めたくて、少しゆっくり歩いてみた。</div><div>　すると、歩く速度を緩めすぎたのか、水沼さんと一緒にいた女子の一人が「早く歩けよー！」と俺の背中を平手でぶっ叩いた。</div><div>　「いってーな」と文句を言うために思わず振り向きそうになって、慌てて前を向き直す。</div><div><br></div><div>　今、俺がここで振り向いたら水沼さんの経験人数を知ってしまうことになる。</div><div>　俺はそんなことにこだわらないけれど、ピンク色のモヤが水沼さんにかかっていたとしたら…。</div><div>　それが顔の判別が出来ないほどだったとしたら…。</div><div><br></div><div>　まあ、水沼さんに限って、そんなことあるわけねぇよな。</div><div>　水沼さんってモテるけど、水沼さんを狙ってる奴等全員と何かあるわけないし。</div><div>　そりゃ、何人かと付き合ってるだのなんだのって噂は聞いてるから、モヤが全くかかってないとも思わないけど。</div><div>　でも別に俺、そこまでそこにこだわりがあるわけでもないし。</div><div>　流石に好きな女のそこを許せないほど、器小さくないし。</div><div><br></div><div>　この一瞬で、いつもは使わない頭をフル回転させて、いろんな言い訳を自分に押し付けた。</div><div>　水沼さんを見ないようにしながら。</div><div><br></div><div>　しかし、そんな俺の努力は実らなかった。</div><div>　俺が道を塞いでいるようにしていたのが気に入らなかったのか、俺の背中をぶっ叩いた女子が水沼さんの腕を引っ張って、「はいはい、通してー！」と言いながら俺の前へ押し出てきたからだ。</div><div>　俺の鼻先を水沼さんの髪の匂いが掠めていく。</div><div>　甘いわたあめのような匂いがした。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　ーーーーーピンク色の。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　水沼さんの顔には、あのピンク色のモヤがかかっていた。</div><div>　細くてしなやかにさらさらと揺れる黒髪も、笑うと下がる眉尻も、薄い唇から覗く八重歯も、俺の好きな水沼さんの姿は、ピンク色のモヤが濃くかかっていて何も見えなかった。</div><div><br></div><div>　「もう、やめなって。</div><div>　ごめんね？」</div><div><br></div><div>　ピンク色のモヤが俺に謝る。</div><div><br></div><div><br></div><div>　ああ、うん。</div><div>　そうか、そうだよな。</div><div>　水沼さんモテるんだから、そりゃそうだろ。</div><div>　ってかそもそも、俺水沼さんのこと何も知らないしな。</div><div>　どんな男がタイプで、どんな男と付き合ってどんな男とセックスしたのかとか、別に知らねえもんな。</div><div>　水沼さんが経験人数多くたって、俺には何も関係ないことだもんな。</div><div>　でも、何も見えないほどモヤがかかってるって経験人数どんだけ多いんだよ。</div><div>　もしかして、彼氏以外の奴とやってたりすんのかな。</div><div>　そしたら、俺のこと好きじゃなくてもワンチャンやらせてくれたりするのかな。</div><div>　そういう女って意外とこっちが強気でいけば簡単に落ちるってこないだ田原が言ってたような気がするし。</div><div>　まあ、そんな貞操観念皆無の女とか俺から願い下げだけど。</div><div>　そんな女を彼女にしたら、絶対苦労するもんな。</div><div>　でも、やらせてくれるならやっとかなきゃもったいないよな。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　一限目開始のチャイムが鳴った。</div><div>　全校集会が始まるため、まだ廊下にいた生徒達がドヤドヤと小走りで体育館に向かう。</div><div>　俺を追い越していく女達の顔にはピンク色のモヤがかかっている奴もいれば、かかっていない奴もいる。</div><div>　でも、もうそんなのどうでもいい。</div><div>　俺がこのスキルを手に入れたのは、今こうするためにあったんだ。</div><div><br></div><div>　「水沼さん。」</div><div>　俺は意を決して水沼さんに声をかけた。</div><div><br></div><div>　「え？何？」</div><div>　水沼さんと呼ばれて振り返ったピンク色のモヤが答える。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「水沼さんってさ、誰でもやらせてくれるの？</div><div>　そしたら、俺もやらせてよ。」</div><div><br></div><div><br></div><div>　そのとき俺を追い抜いて行った薄いピンク色のモヤがかかった女が言った。　</div><div><br></div><div><br></div><div>　「やばい、こんなときに生理になっちゃった。</div><div>　トイレに行ってる時間あるかなぁ。」</div>
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<pubDate>Fri, 01 Dec 2023 21:26:04 +0900</pubDate>
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<title>【短編小説】不倫ちゃん</title>
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<![CDATA[ <div>　高校生のころ、現国のテストで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」から出題された問題が、未だに忘れられない。</div><div><br></div><div>　問.天国から地獄へ垂らした糸が切れてしまったとき、お釈迦様はどのような気持ちだったか、簡潔に答えなさい。</div><div><br></div><div>　確か「自分だけ助かりたいカンダタを見て、浅ましく思い悲しくなった」みたいなことを書けば正解だったと思う。</div><div>　でも、あたしは「暇つぶしと気まぐれ」って書いてバツにされたの。</div><div>　テストを返してくれたときの現国の先生の呆れた顔、ちょいブスで面白かったなぁ。</div><div><br></div><div>　でもさ、よく考えて。</div><div>　お釈迦様が本気でカンダタを救う気持ちがあったなら、しめ縄とか梯子とかもっと安全に上ってこれるものにするんじゃない？</div><div>　蜘蛛の糸を選ぶ時点で、大して救う気ないじゃん。</div><div>　地獄にいるような奴らはみんな、上にいる奴を引っ張って下にいる奴は蹴落として、自分だけは天国に行きたいに決まってる。</div><div>　そんな馬鹿でもわかるようなことをお釈迦様がわからなかったとしたら、天国はまじで終わってる。</div><div>　そもそも、お釈迦様はぶらぶら池の辺りを散歩してたくらい暇だったわけだからさ。</div><div>　天国から蜘蛛の糸垂らしたらカンダタはどうなるかなーとか思ってもおかしくはないじゃん？</div><div>　だから、あたしは「暇つぶしと気まぐれ」って書いたのに。</div><div>　わかってないよね。</div><div>　教師失格だよ、あいつ。</div><div><br></div><div>　もし、「暇つぶしと気まぐれ」が行動原理になることがお釈迦様にもあるなら、俗世に生きるあたしにもあって当然じゃない？</div><div>　だから、不倫をしたことに特別な理由なんかないの。</div><div>　仕事を定時で上がるにしてもそのあと暇で。</div><div>　かと言って残業はしたくなくて、会社でダラダラしてたら既婚男と立ち話もなんだからって飲みに行って。</div><div>　お酒が入ったらセックスしたくなっただけ。</div><div>　それを毎日毎週してたら不倫になっちゃった。</div><div>　ただそれだけの話。</div><div>　みんな何にでもいちいち意味を求めすぎなんだよね。</div><div><br></div><div>　今日も退勤後、お酒を飲んでいい感じでセックスをして気持ちよく帰宅したの。</div><div>　郵便ポストを確認すると、DMに混じって速達のハンコを押された封筒が入っていたのを見つけちゃって。</div><div>　つい「あー、またかー」って大きい声で言っちゃった。</div><div>　チャリンコで通りかかった若い男の子がびっくりしてこっちを見てた。</div><div>　うわ、はずっ。</div><div>　届いた封書は、その一通だけ独特な雰囲気を出していて、如何にも「開封しないと大変なことになるぞ」という物々しさがすごい。</div><div>　まあ、どうせ書いてあることはいつもと同じだろうから、見なくてもいっか。</div><div><br></div><div>　あたしはそれの封も開けずに、ゴミ箱へDMと一緒に投げ入れて、手を洗うために洗面台へ向かった。</div><div><br></div><div>　さて、ここも潮時だな。</div><div><br></div><div>　たまたま既婚者だった男と、たまたまセックスがしたくなって、それをまあまあ回数を重ねてしまうと、男の妻という奴から時々こうやって封書が送られてくる。</div><div>　あたしは、これが届くと仕事を辞めて少し離れた土地に引っ越しをすると決めていた。</div><div>　何でこんなことを決めてるのかっていうと、あたしが会社を辞めて引っ越しをすると、大体の女は不倫の代償を払わせることが出来なくなる。</div><div>　旦那の経済力に寄りかかって今まで生きてた女が、消えたあたしを追うには金と時間と労力がかかり過ぎるってこと。</div><div>　大体の女は、旦那にそれまで家事育児の一切を任されているから、仕事をしてないもしくはパート勤務のために、あたしを探す軍資金が手元にほとんどない場合が多いってわけ。</div><div>　仮に、正社員としてフルタイムで働いていて資金は潤沢だったとしても、そういう女は逆に調停や裁判のための煩雑な手続きをする時間もなければ、体力もない。</div><div>　子どもなんかいれば尚更そんなことしてられない。</div><div>　多少お金と労力はかかるけど、顔も名前も知らない女に100万単位のお金を支払うことを考えれば、全然大したことなんかないわけで。</div><div>　少子化だの晩婚化だのみんなグダグダ言ってるけど、こういう不倫の逃げ得を許してるんだから、若いもんが結婚出産をしたがらないのは当たり前。</div><div>　タイムパフォーマンスや合理性って、現代の日本社会では大事なんだよねぇ。</div><div>　まあ、不倫なんてタイパも合理性も微塵もないようなことやってる奴が言うことじゃないけどさ。</div><div><br></div><div>　というわけで、あたしのウェディングドレス姿と孫を夢見るパパとママ、こんな社会のカラクリを知ってしまったあなた達の娘は、残念ながら結婚出産なんか絶対しません、ごめんなさい。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　はぁ、最近なんかついてない。</div><div>　次の就職先がなかなか決まらない。</div><div>　引っ越し先の給湯器も故障して、その修理で入居も先延ばしになっちゃってる。</div><div>　しかも、こないだあたしと前野さんが会社帰りにラブホに入って行くのを経理部のお喋りクソ野郎に見られたせいで、あたしは今、陰で「不倫ちゃん」と呼ばれているっぽい。</div><div>　別に、誰に何を言われていようが気にならないけど、前野さんの奥さんに捕まるのだけは避けたいんだよなぁ。</div><div>　とりあえず、今の仕事の引き継ぎが終わって退職したら、誰にも見つからないように漫喫にでも寝泊まりしていようかな。</div><div>　あーあ、めんどくさ。</div><div><br></div><div>　そんなことをぼんやり考えながら自分のデスクでコーヒーを啜っていると、部屋の入り口でなんだか女子社員達が色めき立っている。</div><div>　そういえば、海外にある子会社に出向してた峰田とかいう人が、うちの所属になったって辞令が出てたなぁ。</div><div>　その人が出社してきたのかな。</div><div>　あたしは、女子社員達に囲まれた峰田とおぼしき男をチラッと覗き見た。</div><div>　あー確かに、めっちゃいい男。</div><div>　でも左手の薬指には、もう既にツバがついてるいた。</div><div>　みんな「残念」だの「でも、不倫でもいける」だの、声をひそめて馬鹿みたいな話をしてる。</div><div>　でもその馬鹿話、めちゃくちゃ共感するわ。</div><div><br></div><div>　不思議なことに、あたしの仕事を引き継いでくれるのが、その峰田さんだった。</div><div>　あたしがやってた仕事なんて、海外に出向してたエリートがやるようなことじゃないと思うんですけど。</div><div>　峰田さんも、わざわざ海外から帰ってきたのにこんな腰掛け社員が片手間でやってるような仕事を押し付けられて可哀想に。</div><div>　でも、そのおかげで峰田さんと一緒にいる時間が自然と長くなって、それはそれはとても仲良くなった。</div><div>　あたしの引き継ぎの仕事も嫌な顔ひとつせず、スムーズにこなしていって、しかもちゃんと前任者のあたしの顔を立ててくれる。</div><div>　あたしに向ける笑顔が、他の女子社員とまるで違うんですけど。</div><div>　ねえ、これってもしかして運命ってやつ？</div><div>そしたらそりゃ、そういうことになるのに時間なんていらないでしょう。</div><div>　何故なら、あたしは不倫ちゃんですから。</div><div>　運命まで味方につけてるんだから、もう無敵。</div><div><br></div><div><div>　本当のいい男っていうのは、不倫のやり方もスマートでいいね。</div><div>　あたしも峰田さんも、いい意味で割り切った関係でいられてる。</div><div>　お互い暇で、お酒が飲みたくてセックスしたいから会うっていう関係、めっちゃ楽。</div><div>　前の奴らみたいに「離婚するから一緒になってくれ」とか「妻にバレたから心中しよう」とか言うこともない。</div><div>　顔もスタイルもどタイプ、服のセンスもいい、性格も優しくて控えめなのに、ギャグセン高くて面白い。</div><div>　今まではお酒を飲むとしたら居酒屋、ちょっと頑張る人はオシャレなバーだったけど、峰田さんはホテルのフレンチレストランとかカウンターしかない一見さんお断りのお寿司屋さんとかに毎回連れて行ってくれる。</div><div>　お金をすっごい持ってるってことだよね。</div><div>　峰田さんの奥さんは、自宅と兼用で新築したお店で開業して、美容師をしてるんだって。</div><div>　双子の子どもがいて、まだ2歳。</div><div>　つまり、峰田さんがいつどこで何をしてても奥さんは自宅の敷地から離れられないから、バレるリスクも今までより格段に減ったってこと。</div><div>　もうまじ最高。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　「妻が僕の不倫を疑ってるから、この関係を終わりにしよう。」</div><div>　峰田さんと関係をもつようになってまだ3ヶ月ですけど。</div><div>　隠し事下手くそか。</div><div>　正直、峰田さんを手放すのは惜しいけど、でもこの疑惑の時点で関係を終わらせられるってところが好感もてるんだよなぁ。</div><div>　不倫してて一番やっちゃダメなのは、結局配偶者に完全にバレるまでは「まだ大丈夫」とたかを括って関係を続けること。</div><div>　ってか、峰田さんお金もたくさん持ってるし、ワンチャン少しくらい引っ越しの資金援助してくれるかも。</div><div><br></div><div>　そんなことを考えてたら、後ろから白くて長いものがにゅっと伸びてきた。</div><div>　バックハグされながら、「俺は別れたくない！」とか「俺と一緒に死んでくれ！」とか言われるパターンのやつ？</div><div>　峰田さんには、そういうダサいこと言って欲しくないんだけど。</div><div><br></div><div>　と本人に言おうとしたときに、気がついた。</div><div><br></div><div>　これ、腕じゃない。</div></div><div><br></div><div><div>　ーーーーーバスタオル？</div><div><br></div><div><br></div><div>　峰田さんが、ホテルのバスタオルを細く絞って、あたしの首に巻きつけて締め上げる。</div><div>　え、こんなの犯罪じゃん。</div><div>　馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、まじで死ぬ。</div><div>　バスタオルが首にくいこんで、息ができない。</div><div>　脳に酸素が回ってないのがよくわかる。</div><div>　視界がぼんやりしてるのに、ぐんにゃり捻じ曲がっていくのがわかる。</div><div>　これは、やばい。</div><div>　怖い、怖い怖い怖い。</div><div>　死ぬ死ぬ死ぬーーーー。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「なーんちゃって！」</div><div><br></div><div>　首に食い込んだバスタオルが急に緩まる。</div><div>　力が入らなくなったあたしの体が床にドサッと落ちた。</div><div>　今まで吸えなかった酸素を急激に取り込んで肺が処理し切れなかったものだから、あたしはかなり激しくせきこんだ。</div><div><br></div><div>　何が「なーんちゃって！」だよ。</div><div>　あたしが死んだら「なーんちゃって！」で済まないでしょうが！</div><div><br></div><div><br></div><div>　「不倫がバレたなんて嘘だよ、びっくりした？」</div><div><br></div><div><br></div><div>　違う！そっちじゃない！</div><div>　今あんたがあたしにやったことは、不倫なんかよりよっぽどやばいだろ！</div><div><br></div><div>　めちゃくちゃ怒鳴ってやりたいのに、体が酸素を取り込むことに必死すぎて、声が出せない。</div><div><br></div><div>　そんなあたしを見て峰田さんはーーーー。</div><div><br></div><div>　興奮してる。</div><div><br></div><div>　恐怖で全身が粟立った。</div><div><br></div><div>　顔が良くてお金を持ってても、これはだめだ。</div><div>　すぐ帰ろう。</div><div>　そんで引っ越しの準備、さっさと始めなきゃ。</div><div>　殺されそうとか意味わからん。</div><div><br></div><div>　酸素不足で体があちこち痺れる。</div><div>　思い通りに動かない。</div><div>　それでも床を這って進んでいく。</div><div>　財布を掴み、玄関へ向かう。</div><div>　全裸だけど、命には変えられない。</div><div>　しかし、無情なことにこのホテルは精算機で会計を済ませないとドアが開かないシステムになっていた。</div><div>　おまけにクレジットカード非対応だ。</div><div>　1秒でも早く逃げたいのに、お金を突っ込んでるこの時間はきつい。</div><div>　こういう時に限って、お札も上手く精算機に入っていかない。</div><div>　そんなあたしの姿を後ろからニヤニヤ見ていた峰田さんが、信じられないほど優しい声で言った。</div><div>　「まだ帰らないで、寂しいよ。</div><div>君が人の男とじゃなきゃ興奮出来ないように、僕は女の死にそうな顔を見ながらでなきゃ気持ち良くなることが出来ないんだ。</div><div>　特殊な性癖同士、仲良くしようよ。」</div><div><br></div><div><br></div><div>　冗談じゃない。</div><div>　あんたは、特殊じゃなくて異常だよ。</div><div><br></div><div>　強気な思いとは裏腹に、あたしは精算機の下にへたりこんで、たまらず失禁してしまった。</div><div><br></div><div>　でも、そんなあたしを見た峰田さんは、嫌がるでも憐れむでもなく、戦慄をおぼえるほどに興奮していた。</div><div><br></div><div>　「僕が君を選んだのは、暇つぶしでも気まぐれでもない、運命だよ。</div><div>　僕達は運命の糸で結ばれた者同士ってこと。</div><div>　僕がこれから楽しむ分はもう前払いしてあるから、文句は言わせないよ。</div><div>　さあ、時間はたっぷりある。</div><div>　楽しもうね、不倫ちゃん。」</div><div><br></div></div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 21 Oct 2023 20:18:38 +0900</pubDate>
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<title>【短編小説】その選択をしたから</title>
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<![CDATA[ <div>　世間は5月初旬の9日間もある大型連休を目の前にしてみんなふわふわと浮き足立っていた。</div><div>　短大を卒業して第一志望の旅行代理店に就職した私は、研修期間にもかかわらず体調が悪いと会社に嘘をついて今ここにいる。</div><div>　いや、全部が全部嘘ではない。</div><div>　体調が悪いのは、本当だ。</div><div>　ただ、会社の上司や同僚が想像しているような体調の悪さでは、きっとないのだけれど。</div><div>　　「竹川さーん、竹川美月さーん。」</div><div>　看護師から名前を呼ばれた私は、鉛のように重くて怠い体をソファーから持ち上げて、のろのろと診察室へと入室した。</div><div>　すると、白髪頭のひょろひょろとした女性医師がこちらを見るでもなく、私が椅子に着席する前にーーーーー私が検査の結果を聞く覚悟を決める前にーーーーー淡々と結果を言い放った。</div><div><br></div><div>　「尿検査の結果は陽性。</div><div>　　妊娠してますね。</div><div>　　エコーで赤ちゃんが今どれくらいの大きさか診るから、こっちの検診台に上がって。」</div><div><br></div><div>　さっさと動いて医師の指示に従わなければいけないのに、何だか頭がグラグラ揺れて、吐き気がするせいで、身体が思い通りに動かない。</div><div>　そんな私を見て、医師が小さくため息をつきながら看護師を呼んだことまでは覚えているのだけれど、そこから先のことはよく思い出せない。</div><div><br></div><div>　妊娠9週3日。</div><div>　それが、私の体調の悪さについた名前だった。</div><div>　そして、妊娠は病気ではないために診療費用が保険適応外になることを初めて知った。</div><div>　給料日直後とはいえ、初診料含めて1万5000円の出費はかなり痛い。</div><div>　それが初任給なのだから、尚更だ。</div><div>　初任給で両親に何かプレゼントをサプライズで送って泣かせるつもりだったのに。</div><div>　こんなサプライズ、ある意味泣かれるだろうけど。</div><div><br></div><div>　そんなことをぼんやり思いながら、帰宅ラッシュで混み合う電車の中で、陽平にメッセージを送るために、メッセージアプリを開いた。</div><div><br></div><div>　「やっぱり妊娠してた」</div><div><br></div><div>　自分で入力しているのに、「妊娠」の字を見ると、気持ちが沈んで指が震える。</div><div>　耐えられずに送信取り消しボタンを急いで押した。</div><div><br></div><div>　陽平はこの結果をどう思うだろうか。</div><div>　もしかしたら、一人で逃げ出したりして。</div><div>　もし本当にそうなったら、私はどうすればいいんだろう。</div><div>　陽平に限ってそんな無責任なことをするわけない。</div><div>　でも、人間の本性なんて本当のところはわからない。</div><div><br></div><div>　陽平が、私のメッセージを読んで取り乱さないようーーーーー私を裏切って一人で逃げ出したりしないようーーーーーどういう言い方をすればいいか推敲に推敲を重ねているうちに、電車は自宅の最寄り駅に着いていて、危うく乗り過ごすところだった。</div><div><br></div><div>　陽平は、2年半くらい前から付き合っている大学4年の彼氏だ。</div><div>　進学のために地元から一緒に上京した紗千絵のバイト仲間として紹介された。</div><div>　付き合い始めた頃は、特筆することが何もない陽平のことが大して好きでもなかった。　　　　　　　</div><div>　でも、誰に対しても礼儀正しくて、優しい彼の人柄が一緒にいて安心したし、すごく楽で居心地がよかった。</div><div>　結婚するなら陽平がみたいな人いいけど…なんか、結婚とか出産とか子育てとかまだ全然想像つかないなぁ…。</div><div>　とかなんとか思ってたのに。</div><div><br></div><div>　最近では、若年齢で子どもが出来ることや結婚もしていないのに子どもを産み育てることを、昔ほどやいやい言われなくなったように感じるが、やいやい言われないのは、子どもを産んで育てる揺るぎない覚悟と、子どもを成した責任を満たす社会的能力がある一握りの人間だけだ。</div><div>　新卒一年目の私や学生の陽平のように、まだ親の扶養からも抜けきれてないような半人前が子どもなんて許されるわけがない。</div><div><br></div><div>　思考がぐるぐると同じところを巡り、陽平に送るメッセージの正解がわからない。</div><div>　駅の改札を抜けたところで、メッセージアプリと睨めっこを続けるために立ち止まると、それを終わらせる電話の着信があった。</div><div><br></div><div>　陽平からだ。</div><div><br></div><div>　「あ、もしもし？今大丈夫？」</div><div>　低くて少し鼻にかかったような、いつもの陽平の声が聞こえる。</div><div>　何だかほっとして涙が出そうになる。</div><div>　「うん、大丈夫だよ。」</div><div>　「あの…さ、結果…どうだったかな。」</div><div>　「妊娠してなかったよ」と嘘をついた方がいいのではないかと一瞬思った。</div><div>　余計な心配はかけたくないという殊勝な考えでではなく、自己保身のためにだが。</div><div><br></div><div>　「妊娠、してたんだね。」</div><div>　無言の時間に耐えられなかったのだろうか、陽平から話の核心を切り出した。</div><div>　「…うん。</div><div>　　…9週3日だって。」</div><div>　そう言った時、私は自分の喉がカラカラに渇いてたことに気づいた。</div><div>　「…そっか。」</div><div>　「うん…。」</div><div>　耳元で、陽平が何かを飲んだ音が聞こえた。</div><div>　陽平も喉が渇くほど、緊張していたようだ。</div><div>　「とりあえず、そっち行くよ。</div><div>　話をしよう。</div><div>　みづの分もご飯もコンビニで買って行く。</div><div>　食べたいものがあったらメッセで送って。」</div><div>　気遣ってくれるのはありがたいことなのだけれど、こんな非常事態に食欲なんて湧くはずがない。<br></div><div>　でも、陽平を心配させないためには何でもないフリをして食べた方がいいのだろうか。</div><div>　とはいえ、最近は食べ物のちょっとした匂いで気分が悪くなってしまい、トイレに駆け込むことが増えてきた。</div><div>　これがつわりというやつか。</div><div>　結局、陽平に「家にあるものを適当に食べるから買わなくて大丈夫だよ」とうそぶいた。</div><div><br></div><div>　私が帰宅して、10分もすると陽平がやってきた。</div><div>　手にはコンビニの袋をぶら下げている。</div><div>　「食欲、ほんとはないんだろ。</div><div>　　でも食べなきゃ身体によくないから。</div><div>　　少しでも食べれるものを食べといたほうがいいよ。」</div><div>　と言って、袋を差し出してきた。</div><div>　でも、陽平も食欲がないのか、陽平の食べるものはその袋に一つも入ってなかった。</div><div><br></div><div>　二人で、いつものようにテーブルを挟んで向かい合って座る。</div><div>　一週間前、久しぶりに会った私達は、今と同じように座って季節外れのキムチ鍋を二人で食べていた。</div><div>　あの時、私は会社の研修が面倒なことや、上司の話が長いこと、同僚で仲良くなった子の話をした。</div><div>　陽平も、エントリーシートの書き方を私に相談したり、サークルの友達と就活の息抜きに行った沖縄弾丸旅行の話をしてくれた。</div><div>　あの時は、こんなことになるなんて微塵も思っていなかった。</div><div>　きっと、陽平だって同じ気持ちのはずだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「それでさ、今後のことなんだけど。」</div><div>　今回も、口火を切ったのは陽平だった。</div><div>　「みづは、どう思う？」</div><div>　「どうって…、何が？」</div><div>　曖昧な質問をされて、何をどう答えたらいいかわからず、つっけんどんな物言いになってしまった。</div><div>　「お腹の…その…赤ちゃんのことだよ。」</div><div>　それに少し苛ついたのか、陽平の語気が静かに強くなる。</div><div><br></div><div>　それは、そうなのだ。</div><div>　私達が今日会う予定もなかったのに、こうして会ってるのはそのことを話すためなのだ。</div><div>　でも、どうと聞かれてもどう言えばいいのだろう。</div><div>　妊娠してることをどう思ってるか、ということなのか。</div><div>　それとも、今後このお腹にいる赤ちゃんをどうしたいかと聞きたいということなのだろうか。</div><div><br></div><div>　私は先月第一志望の旅行代理店に就職したばかりだ。</div><div>　研修が面倒だの上司の話が長いだのとグチグチ文句は言ったけれど、充実した日々を送っている。</div><div>　社会人の責任感とやらもようやく芽生えてきたと思ってる。</div><div>　妊娠なんて想定外だ。</div><div>　自分のキャリアの中ではもっと先の話なはずだった。</div><div>　でも、それを正直に陽平には伝えることが出来なかった。</div><div>　私のお腹の中にいる命が云々と言うより、それを言うことで陽平に軽蔑されたくないという保身がこの期に及んで働いた。</div><div><br></div><div>　何をどう言うのが正解なのかわからず、私は押し黙ったままでいると陽平が、</div><div>　「親父がさ、俺の地元で一番でかい銀行の就職試験、筆記だけ通過すれば、あとは通してくれるように頼んでやるって言ってたんだ。</div><div>　言われた時は地元になんて帰るつもりなかったから適当にあしらっちゃったけど、それ親父に頼もうと思う。」と言った。</div><div><br></div><div>　私には、陽平が言ってることがいまいち理解出来なかった。</div><div>　理解したくなかった、が正解かもしれない。</div><div>　つまり、それはーーーーー。</div><div><br></div><div>　「俺の地元で暮らす、その条件でよければ、結婚してその子を産んで育てよう。」</div><div>　断る言い訳を必死になって考えたが、何も思い浮かばず、</div><div>　「私、パパとママにも相談しないと…答え出せないよ…。」</div><div>　と、社会人としての自覚が芽生えた人間とは思えないほど、情けない言葉を返すのが精一杯だった。</div><div><br></div><div>　結局、お互い親に状況を話して今後どうするか話をしようと約束をし、その日は別れた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　あれは、陽平と付き合い始めて初めての夏休みの話だ。</div><div>　陽平が夏休みいっぱい地元に帰って、実家の手伝いをさせられているということに納得が出来なかった私は、普通のカップルのように夏休みを一緒に満喫したいとごねて陽平を困らせた。</div><div>　すると、陽平から「じゃあ、俺の地元に遊びにおいでよ。」と提案があり、すぐ新幹線のチケットを取ってすっ飛んでったことがある。</div><div>　新幹線が止まる駅から陽平が運転するマニュアルの軽トラックに揺られること一時間弱、アニメでしか見たことがないような田舎の風景が眼前に広がった。</div><div>　夏野菜の収穫や、秋に採れる野菜の準備に追われていた陽平の家族との挨拶もそこそこに済ますと、陽平は自分の家に私を連れて行った。</div><div>　旧武家屋敷を買い取ってリフォームしたという陽平の実家は、どこもかしこも重厚感があった。</div><div>　と言えば聞こえはいいが、要するにお化け屋敷のような建物だった。</div><div><br></div><div>　玄関の式台を見るのが初めてで、どこで靴を脱ぐのが正解なのか分からず戸惑っていたら、廊下の1番奥からぬっと髪の長い何かの抜け殻のような女が出てきた。</div><div>　やはり、ここはお化け屋敷のようだ。</div><div>　「姉さん。」</div><div>　陽平は、その抜け殻を「姉さん」と呼んだ。</div><div>　「姉さん、俺の彼女。</div><div>　　美月だよ。</div><div>　　今日からしばらくうちに泊まるから。」</div><div>　「姉さん」は返事もせず、奥の襖を開けるとすーっと消えて行った。</div><div>　ますますお化けにしか見えなかった。</div><div>　「知らない人が苦手でさ、愛想悪くてごめんね。」</div><div>　陽平の「知らない人」呼ばわりが若干引っかかったものの、こちらもあんなお化けと知り合いになるつもりもなかった。</div><div><br></div><div>　後々、あのお化けは「香織」と言う名前で、高校で壮絶ないじめに遭ってから外に出ることができなくなってしまい、以来ずっと部屋に引き篭もっているということを知った。</div><div>　知ったところで私には何も関係がないことだったし、興味もなかった。</div><div><br></div><div>　そう思っていた。</div><div><br></div><div>　そのはずだった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　大型連休を越えてからはじめての週末、つわりの気持ち悪さを押し殺して実家へ帰省し、両親に妊娠した事実を告げた。</div><div>　父には、殴られ蹴られ罵倒されることも覚悟の上だったが、意外にもそれをされることはなかった。</div><div>　しかし、それをされなかったからこそ、自分のお腹の中に私とは違う命が宿っていることを強く認識せざるを得なかった。</div><div><br></div><div>　両親との話し合いが終わったあと、私は自分の部屋に戻り、陽平に電話をした。</div><div>　陽平も私からの電話を待っていたかのように、1コールもたたずと電話に出た。</div><div>　「…話、出来た？」</div><div>　「うん…。」</div><div>　「…なんて…？」</div><div>　「今回は…諦めなさいって…。」</div><div>　「…そうか…そうだよね…。</div><div>　　俺も許してもらえなかったよ…。」</div><div>　両親に反対され、子どもを諦める。　</div><div>　それを私は望んでいたはずなのに、私の意志に反して涙がとめどなく溢れた。　</div><div><br></div><div>　そんなことをしていて、どれくらい経った頃だろう。</div><div>　「みづ、ちょっとごめん。</div><div>　　姉さんが話があるって言うから。</div><div>　　また電話する。」</div><div><br></div><div><br></div><div><div><br></div><div><br></div><div>　お盆の時期の田舎の寺は、線香の煙があちこちの墓からもうもうと立ち上っている。</div><div>　私は、喘息持ちのえみりが煙を吸わないよう顔の前でパタパタとハンカチを仰いだ。</div><div>　えみりは「早く帰りたい」とグズグズ泣き始めて、私のハンカチをむしり取って投げ捨てた。</div><div>　「もう少しで終わるから、頑張りな。」</div><div>　棒付きのキャンディの袋を破って渡すとあっという間にご機嫌が直る。</div><div>　こんなもので機嫌が戻り、頑張る気になれるのだから、子どもはなんてコスパがいいんだろう。</div><div>　まあ、そんなところも可愛いのだけれど。</div><div><br></div><div>　「お待たせ、卒塔婆立てるからちょっとよけて。」</div><div>　長い卒塔婆を何本も抱えた陽平がそこにいた。</div><div>　「ご住職は？」</div><div>　私はえみりに投げ捨てられたハンカチを拾いながら、陽平に聞く。</div><div>　「すぐ来るって。</div><div>　　この後の食事、宝泉でやるってもう一回みんなに言っといて。</div><div>　多分よくわかってない人いるから。」</div><div>　「これだけの人数がいれば、そうかもね。」</div><div>　大して広くもない墓地に、総勢50人はいるだろうか。</div><div>　これが全部親族なのだから田舎の有力者は凄まじい。</div><div>　「姉さんもこんなに人が集まって、びっくりしてるだろうな。」</div><div>　「そうね。香織さん、嫌な顔してるかも。」</div><div><br></div><div>　遠い遠い昔から脈々と続く家に相応しく、古めかしい墓石に沢山の人の名前が連なっている。</div><div>　そして、この春に新しい名前が刻まれた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「香織　享年 二十七歳」</div><div><br></div><div><br></div><div>　陽平が地元では随一と呼ばれる銀行に親のコネで就職を決めたあと、私は勤めていた旅行代理店を辞め、陽平と結婚し、お腹の子どもを産んだ。</div><div>　私が妊娠したと知った時、陽平の両親は烈火の如く怒り狂い、父親に気絶しそうなほど殴られたそうだ。</div><div>　話し合いにならない話し合いを終わろうとした時、香織さんが珍しく部屋から出てきて、陽平と私の結婚出産を認めるよう説得してくれたらしい。</div><div>　それが陽平の父親の怒りに油を注ぐことになり、香織さんも散々ぱら殴られたそうだが、そのあと陽平をこっそり呼び出して、</div><div>　「お前は彼女の人生を狂わせた。</div><div>　ここでお前が手放したら彼女は心にも体にも一生の傷を負うことになる。</div><div>　お前が彼女とお腹の子どもを一生かけて幸せにしろ。」と陽平を諭したそうだ。</div><div>　香織さんのその言葉に奮起した陽平は、両親を毎日説得し続けた。</div><div>　香織さんも毎日陽平と一緒に両親を説得してくれていたらしい。</div><div>　最初は何があっても絶対反対だった両親も、陽平の覚悟と、何よりどんなことがあっても部屋から出てこなかった香織さんが、弟のために親身になった姿にほだされて、遂には私たちの結婚出産を認めると言い出した。</div><div>　その話を陽平から聞いた時、正直私の人生をあんな引きこもりのお化け女に決められたくないと憤ったが、家族の了承を取ってしまった手前もう引き返せなくなってしまったのもあるだろう、陽平は今度は私を説得し続けた。</div><div>　文句を言っていた私も私で、この妊娠騒動で仕事に全く集中できず、ミスを連発して上司から叱責されまくり、同僚からは「お荷物同期」とコソコソ陰口を叩かれるようになった。</div><div>　いよいよ肩身が狭くなり、結局逃げるように結婚出産を決めて退職してしまったというのが事の顛末である。</div><div><br></div><div>　しかし、これはこれで案外悪くなかった。</div><div>　田舎の親戚付き合いはやることが多くて面倒ではあるが、幸いなことに陽平の親戚にそこまでクセの強い人間はおらず、一般的に言われているような親戚間の関係に悩むようなこともなかった。</div><div>　高いヒールを履いて、綺麗めのジャケットを羽織り、流行りのメイクをするようなことはなくなったが、すっぴんで農作業をすることも意外と苦ではなかった。</div><div>　そして、産まれてきた娘のえみりが本当に可愛くて愛おしい。</div><div>　現在イヤイヤ期真っ只中で、うんざりさせられることも多くなってきたが、一日の終わりにえみりの寝顔を見ることが、今の私の一番の幸せになっている。</div><div><br></div><div>　香織さんも、えみりを可愛がってくれていた。</div><div>　変わらず部屋から出てくることはあまりなかったが、時々一緒になると甲斐甲斐しくえみりの世話をしてくれ、陽平なんかよりよっぽどいてくれて助かった。</div><div>　その頃には私の香織さんに対する気持ちも変化していた。</div><div>　えみりと出会わせてくれたことに、自分では想像し得なかった幸せに導いてくれたことに、深く深く感謝していた。</div><div><br></div><div>　しかし、ーーーーー香織さんは死んだ。</div><div>　春一番が吹き荒れる嵐のような夜に部屋で首を吊っていたのだ。</div><div>　部屋に遺された膨大な量のキャンパスノートには、高校生の時に付き合っていた彼氏との子を妊娠してしまったこと、両親に中絶を強要されて県外の病院で一人手術を受けたこと、それが学校中にばれていじめに遭い、不登校になってしまったこと、私がえみりを妊娠したと知った時、陽平を激しく憎んだこと、陽平の人生をめちゃくちゃにしたくて、綺麗事を並べて結婚出産をするようにし向けたこと、それなのに陽平と私とえみりが幸せそうに暮らしていることが許せないこと、そして、えみりの笑顔を見るたびにそんなことを思ってしまう自分が一番許せなくて苦しんでいることが所狭しと書かれていた。</div><div><br></div><div>　私や陽平をはじめ、親族の全員が香織さんの苦悩を知り、それを理解しようとも救い出そうともしなかった自分達の過ちをひどく嘆き悲しんだ。<br></div><div><br></div><div>　ーーーーーはずだった。</div><div><br></div><div>　先日気づいたことだが、香織さんが遺したキャンパスノートは、いつの間にか誰かに処分されてしまい、跡形もなく無くなっていた。</div><div>　みんな香織さんのノートの存在も内容も知っているはずなのに、今日の香織の新盆までに誰が処分したのか、何故無くなったのか、親族の間で話に出ることもなかった。</div><div><br></div><div>　香織さんは今こっちに帰ってきているだろうか。</div></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12825068211.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Oct 2023 20:33:55 +0900</pubDate>
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<title>【ショートショート】僕の話</title>
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<![CDATA[ <div>　僕の名前、ケンジって名前ね。</div><div>　僕のママが好きなアイドルから取ったんだって。</div><div>　ほら、知らないかな。</div><div>　随分前に解散しちゃった、伝説のアイドルグループ。</div><div>　あの、ケンジ。</div><div>　ママがケンジの大ファンで、ケンジみたいなイケメンになってほしくてつけたんだって。</div><div>　少しおつむが弱いでしょ。</div><div>　でも、僕のこと大事に育ててくれたんだ。</div><div>　溺愛ってやつ？</div><div>　僕、父親がいないしね。</div><div>　おつむが弱い女だったから、騙されたんだか逃げられたんだか…。</div><div>　まあ、そこら辺よくわかんないんだけど。</div><div>　だから、僕はママにとって最高の息子で、最高の彼氏でなきゃいけなかったわけ。</div><div>　別にそれは、嫌ではなかったんだよ。</div><div>　おつむが弱いなりに、必死になって働いてさ、僕に不自由がないように頑張ってくれてたし。</div><div>　そりゃ、もっとお金がある家がよかったって思わなかったこともないけど、他所の母親の話とか聞いてると、ああ、僕はママでよかったなとか思っちゃったりして。</div><div>　高校も大学も授業料なんて払えないからさ、進学するなら特待狙わなきゃいけなかったんだ。</div><div>　だから、死ぬほど勉強したし、内申点も良くしたかったから部活もボランティア活動もすっごい頑張ったんだよ。</div><div>　恋は…まあ、人並みかな。</div><div>　僕、ママの望み通り顔がいいみたいでさ、割とモテたんだよね。</div><div>　なんか、自慢っぽくなっちゃうけどね。</div><div>　学生の時、すごく大変だったけど、今考えてみたら腐らずに頑張ってよかったよ。</div><div>　そのおかげで、いい大学をいい成績で卒業出来たから、就活も正直楽勝だったし、みんなが憧れる有名企業ってやつで、まあまあいいお給料も貰えてる。</div><div>　だから、君に出会えたんだ。</div><div>　君は本当に可愛くてさ、綺麗なお洋服を着て、髪も爪もいつも素敵で、ニコニコしてて、お人形さんみたいだなって、いつも思ってた。</div><div>　でも、君の周りには君とつきあいたい男達が絶え間なくいてさ。</div><div>　みんなでいつも君を取り合ってる。</div><div>　そんな君の視界に入るにはどうしたらいいんだろう、ってずっと考えてた。</div><div>　でも、ある日奇跡が起きたんだ。</div><div>　君に群がる男達の隙間から、君の視線を見つけた時は本当に気持ちが高揚したよ。</div><div>　僕の存在が許された気がして。</div><div>　そこからは、あっという間だったね。</div><div>　覚えてる？</div><div>　バリ島に行ったときのこと。</div><div>　あのヴィラ良かったよね。</div><div>　こんなこと言うの野暮だけど、あそこの宿泊料金結構高かったんだよ？</div><div>　君がおねだりしたあのネックレス、すごく似合ってた。</div><div>　僕が君に買ったピアスも、腕時計も、鞄も、洋服も、全部全部君の為に買われるのを待ってたんだって、本気でそう思ったよ。</div><div>　だから、君にどんなにお金を使っても、時間を使っても、全然苦にならないんだ。</div><div>　君が欲しいものは、全部僕がプレゼントしてあげる。</div><div>　それで、君の輝きが増すなら僕はそんなちっぽけなこと気にならないんだ。</div><div>　だって、お金は使ったら稼げばいいだけだからね。</div><div>　僕にはその能力があるから、そんなことは何の問題にもならないんだよ。</div><div><br></div><div>　ーと、まあ、容姿端麗で、経済力も同じ年代の男達よりもあって、色んな女から言い寄られてる僕に愛されてたのは、さぞかし満たされただろう？</div><div><br></div><div><br></div><div>　君の、つまらない優越感とプライドが。</div><div><br></div><div>　いい気分だっただろう？</div><div>　世間から持て囃されている男が、まるで奴隷のように、自分に貢ぎまくって必死に愛されたがっている滑稽な姿が可笑しくて可笑しくて仕方なかっただろう？</div><div>　僕が持っている能力、僕が持っている財力、その全てが自分のものだと「幸せな勘違い」は、出来たかい？</div><div>　いいね、幸せ者だね。</div><div>　僕は君と出会ってから、ずっと、ずっと、ずーっと君のことを幸せにしてきた自負があるよ。</div><div>　幸せだったでしょ？</div><div>　そしたら、今度は僕が君に幸せにしてもらう番だなぁ。</div><div>　でも、君は何も持ってない。</div><div>　金も名誉も権力も能力も。</div><div>　あるのは、膨れ上がった虚栄心と、時が経てばみっともなく朽ち果てる見た目だけ。　</div><div>　そんな君が、僕をどう幸せにできるか、わかる？</div><div><br></div><div><br></div><div>　僕の為に死んで。</div><div><br></div><div><br></div><div>　僕は、僕の為に死んでくれてこそ、君の愛を心から信じられるんだよ。</div><div>　その瞬間の為に、僕は死ぬ思いで努力して手に入れた才能を使って金を稼いで、行きたくもない旅行へ行き、欲しくもないアクセサリーや洋服を買って、君に尽くしてきたんだ。</div><div>　これこそ、本物の愛だと思わない？</div><div>　本当に君は反吐が出るくらい素敵だよ。</div><div>　うっとりするほど頭が悪くて、心が躍るほど醜いね。</div><div><br></div><div><br></div><div>　僕は、そんな君を心から愛している。</div><div>　だから君も、僕の愛に応えて。</div><div>　ねえ、僕のこと愛してるでしょ？</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　じゃあ、死んで。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12810370081.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Jul 2023 12:47:09 +0900</pubDate>
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<title>【SF（すこしふしぎ）小説】ラミステ ラパステ （後編）</title>
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<![CDATA[ <div>　我々は、「ラミステラパステ」の出現によって、「個人としての存在」や「人間としての尊厳」を反故にされている。</div><div>　「ラミステ ラパステ」を利用しない人間のそういった主張は、現代社会においては傲慢で、原始的で、野蛮だと捉えられている。</div><div>　「ラミステ ラパステ」の存在が、そもそも「誰もが争わず、否定されず、博愛に満ちたものでありながら、合理的に人間の進化と繁栄をもたらすもの」なはずなのに、利用しない人間は、その恩恵は享受できない。</div><div>　矛盾している。</div><div>　おかしくはないか。</div><div>　何故、俺がこんな思いをしなければならないのか。</div><div>　ただ、必要とするものが他の人間と違うだけなのに。</div><div>　今まで、否定され、蔑まれ、苦しい思いをしてきた思いの丈を全て「インターネット」の世界へ投げ入れる。</div><div>　積年の恨みというやつは、一度吐き出すと堰を切ったようにとどまることを知らない。</div><div>　しかし、あまり長い時間「インターネット」に接続していると、「ラミステ ラパステ」の監視の目にかかってしまう。</div><div>　そろそろ引き上げるか。</div><div>　「スレッド」を落とす作業に入る。</div><div>　こんなものを残しておいたら「ラミステ ラパステ」に「逮捕してください」とお願いしているようなものだ。</div><div>　しかし、ここで俺は痛恨のミスをする。</div><div>　作業中、他の人間によって「スレッド」が更新してしまったのだ。</div><div>　馬鹿が、「ラミステ ラパステ」に見つかったらどうするんだーーー。</div><div><br></div><div>　「オマエ　ノ　気持　ワカルヨ」</div><div><br></div><div>　「インターネット」から抜け出る瞬間、産まれて初めて俺に理解を示す言葉が、画面をよぎった。</div><div>　予想外の客人の出現に気を取られて、俺は危うく操作を誤るところだった。</div><div><br></div><div>　結婚式の準備もいよいよ佳境を迎えていて、紗季はほぼ毎日、仕事が終わると式場との打ち合わせに足を運んでいる。</div><div>　毎回毎回同じようなことで、あーでもないこーでもないとプランナーと話していて、正直ついていけない。</div><div>　今日も、紗季は式の打ち合わせだ。</div><div>　俺は、接待と嘘をついて新居の最寄り駅から3駅前の居酒屋でビールを煽り、その時間をやり過ごしていた。</div><div>　そして、あの「理解者」について考えていた。　</div><div>　あの「スレッド」を更新した奴も、俺と同じことを考えているのだろうか。</div><div>　そして、俺と同じように周りから侮蔑され、屈辱に塗れて生きているのだろうか。</div><div>　この世に産まれ落ちてから数十年、この世の理をぼんやり掴めるようになり、努力しても無駄なことも、自分が正しくても諦めなければならないことも、一通り経験した。</div><div>　周りから見れば奇怪で理解し得ない「俺」の存在を、なんとかこの世に留めるための処世術も身につけた。</div><div>　「世の中なんてそんなもの」と折り合いをつけながら。</div><div>　そんな俺に「理解者」が現れたーーー。</div><div>　「インターネット」の世界には、俺と同じような奴、もしくは、俺の理解者となり得る奴が、少なくとも存在はしているのか。</div><div>　そもそも、俺のような異端の人間に共感し、気持ちを寄せてくれる人間を、いまやこの世の掃き溜めと化した「インターネット」の深部から引き上げて、救い出すことすら、俺の使命ではないのか。</div><div><br></div><div>　ーーーいや、それは違う。</div><div>　俺は、すぐ思い直す。</div><div>　俺はもうすぐ結婚する。</div><div>　最愛の女と生涯を誓い、子どもを作って、家を買って、犬なんかも飼う。</div><div>　それが、「幸せ」ってやつで、それ以外俺は求めてはいけないし、求める必要もないものだ。</div><div>　掃き溜めにいる「理解者」なんて、俺に必要なものではない。</div><div>　そんなものを下手に求めて「インターネット」に散々っぱら潜り込んだら、いずれ「ラミステ ラパステ」に見つかってしまう。</div><div>　いくら世の中に文句があっても、犯罪者にはなりたくはない。</div><div>　そうだ、俺には必要ない。</div><div><br></div><div><br></div><div>　帰宅すると、紗季がリサイクルショップで見つけたアンティーク調の振り子時計が、丁度22時を指していた。</div><div>　紗季はまだ帰ってきていない。</div><div>　こんな時間まで紗季に付き合わされているプランナーに同情しつつ、結婚式が済めば、このプランナーの立場が俺になると思うと、恐ろしくて寒気すらした。</div><div>　寝室のクローゼットの奥には、「パソコン」が音も立てずに眠っている。</div><div>　紗季は気味悪がって、このアパートへ入居するときに再三「パソコン」の処分を求めてきたが、「パソコン」以外は俺の持ち物は紗季の好きにしていいということで、俺の「パソコン」は生きながらえた。</div><div>　あの時の、まさに「苦虫を噛み潰したような」紗季の顔は忘れられない。</div><div>　「パソコン」は紗季に対して何も悪いことをしない。</div><div>　紗季に迷惑をかけることも、嫌なことを言うわけでもない。</div><div>　ただ「そこに存在している」だけなのに、何故こんなにも嫌われなければいけないのか。</div><div>　結局「パソコン」を起動し、また「インターネット」へと潜り込んでしまった。</div><div><br></div><div>　そこから俺は、「理解者達」を見つけて集めるまで、時間はかからなかった。</div><div>　俺が知らなかっただけで、「理解者達」は皆、今までもずっと、各々のやり方で「ラミステ ラパステ」の目を欺き、自分のやり場のない怒りや不満を「インターネット」に吐き出していたらしかった。</div><div>　俺は、それを知ると「ラミステ ラパステ」に干渉されないほんの数分に全てをかけて、理不尽や不条理を嘆き、「インターネット」に集まる者達に共感し、慰め、励まし続けた。　</div><div>　その行為は、過去の俺を俺が肯定してやるために行っていた、ということも今思えばあったかもしれない。</div><div>　そして、いつしか俺は、その掃き溜めに集まった社会不適合者達の中心となり、この世を変える「変革者」と崇められていった。</div><div><br></div><div>　時間も人も流れるものには逆らえない。　</div><div>　それはこの世の理であり、抗うことは不可能である。</div><div>　気の遠くなるほど、永い永い間人類の進化と繁栄を一手に引き受け、それを享受する者全てを「幸福」に導いてきた、「ラミステ ラパステ」。　</div><div>　それと引き換えに人類は、人類たらしめる「智慧」の進化と発展を放棄してきた。</div><div>　俺達、「社会不適合者」が、そろそろそれを翻し、人間としての「真の幸福」を考え、実践すべきではないかーーー。</div><div><br></div><div>　俺は、「変革者」として、もっともらしいことを、扇動的に、情動的に、今日も「インターネット」の世界で声高に謳う。</div><div><br></div><div>　俺は、そうして「変革者」としての使命を全うしていた。</div><div>　その自負も強くあった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　ーーーあの「川崎邸襲撃事件」までは。</div><div><br></div><div><br></div><div>　川崎 肇 （かわさき はじめ）</div><div>　日本における「ラミステ ラパステ」の第一人者であり、権威。</div><div>　日本政府に「ラミステ ラパステ」の利用を推奨させ、普及を促進させた「諸悪の根源」だ。</div><div><br></div><div>　関東全域に梅雨入りが宣言された6月半ばの大雨の夜、反「ラミステ ラパステ」の活動家ら5人が、東京都渋谷区にある川崎邸を襲撃した事件が「川崎邸襲撃事件」である。</div><div>　その目的は、「川崎 肇の権威失墜及び、反『ラミステ ラパステ』への翻倒」であったが、この要求を川崎が拒否した結果、襲撃犯の1人が激昂し、その日たまたま遊びに来ていた川崎の孫娘を殺害してしまった、という凄惨な事件が起こった。</div><div><br></div><div>　そして、その首謀者と目された人物ーーー。</div><div><br></div><div><br></div><div>ーーー俺、だった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　「川崎邸襲撃事件」の約半年前、俺はいつも通り「インターネット」の世界の中で、理不尽と不条理を嘆き、「社会不適合者」の共感と崇拝を集めていた。</div><div>　そこに「川崎 肇をヤッたらどうか」という議論を持ち掛けてきた奴が、いた。</div><div>　その議論は昼夜を問わず白熱し、「ラミステ ラパステ」に危うく見つかりそうなほどの大論争に発展した。</div><div>　そんな状況で求められるのは、崇拝される者にして「変革者」である俺の「啓示」だ。</div><div>　勿論、俺は「変革者」たらんと、求められている言葉をいつも通り、煽情的に、情動的に語った。</div><div><br></div><div>　「川崎 肇を翻倒させる、もしくは抹殺し得る方法は考えてもいいかもしれない。」</div><div><br></div><div>　ただし、俺が「インターネット」で、川崎 肇及び、川崎邸襲撃事件に関して発言したのはそれだけだ。</div><div>　襲撃事件を画策したのは、俺ではない。</div><div>　首謀者であるはずもない。</div><div>　川崎邸の襲撃を企て、実行したのはその5人だけなのだ。</div><div>　しかし、その5人全員が「『変革者』のお導きの下、実行した」と供述した。</div><div>　また、不運は重なるもので、川崎邸襲撃事件と同時期、「インターネット」の世界で民衆を導くべき「変革者」であった俺は、現実世界の結婚式の準備など完全に上の空だったのだが、それに苛立った紗季が、あろうことか「婚約者が『パソコン』を使って『インターネット』に接続している」と警察に密告して、姿を消した。</div><div>　当然、警察のガサが入り、俺の「パソコン」は押収され、その「ログ」から、川崎邸襲撃犯が「変革者」と供述する人物と認定されてしまった、というわけである。</div><div><br></div><div><br></div><div>　俺は逮捕された。</div><div>　そして俺は、この世を嘆き、獄中で自らの命を絶った。</div><div>　そのことにより遂に俺は、「変革者」から「神」へと変貌を遂げることになるーーー。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　春一番もようやくおさまり、桜の花も眩しく開き始めた3月の終わり、俺はある公園のベンチに座っていた。</div><div>　「インターネット」における「真実」は相変わらず独り歩きをし、それに触発されて時々ボヤ程度の「革命運動」は起こっているが、今俺は、いくつかの軽微な罪を償ったあと、こうして元気に陽の下にいるのである。</div><div>　得てして「真実」なんてこんなものだ。</div><div><br></div><div>　水色のワンピース姿の女ーー俺の新しい女の優美ーーがこちらに向かって走ってきた。</div><div>　俺は、時間を確認する。</div><div>　15時20分。</div><div>　待ち合わせの時間までまだ10分もあるのに、律儀な女だ。</div><div><br></div><div>　優美は微笑んで俺に言った。</div><div>　「もう着いてたんなら連絡してよ。急いだのに。」</div><div>　「桜が綺麗でさ、見惚れてたら連絡し損ねてた。」</div><div>　「連絡なんて3秒あれば出来るでしょ！」</div><div>　優美は笑いながら、俺に言った。</div><div>　そう、連絡なんて3秒あれば出来るのだ。</div><div><br></div><div>　「ラミステ ラパステ」を使えば。</div><div><br></div><div>　俺は出所後、「インターネット」の世界には二度と潜り込まないこと、そして「ラミステ ラパステ」を享受し、利用することを誓わされ、それを担保に、今こうして娑婆での生活が出来ている。</div><div>　「ラミステ ラパステ」を享受した世界は、それまでのそれとはまるで違って、鮮やかに煌めいていた。</div><div>　俺を否定する者は一人としておらず、「ラミステ ラパステ」の大命題であった「誰一人取りこぼさない、完全なる平等と平和」が目の前にあった。</div><div>　「ラミステ ラパステ」は人間の生活のほぼ全てを補完し、惜しみなく恩恵を与え続けている。</div><div>　何も求めず、何の不満も不平も漏らさず、ただ、そこに「存在」し、人間の進化と発展に寄与しているだけのものだった。</div><div><br></div><div>　俺は、何故あんなにも頑なに「ラミステ ラパステ」を否定し続け、闘ってきたのだろう。</div><div>　「ラミステ ラパステ」は俺に対してに何も悪いことをしない。</div><div>　俺に迷惑をかけるわけでもないし、嫌なことを言うわけでもない。</div><div>　「『ラミステ ラパステ」を否定し続ける俺」は、結局何がしたかったんだ。</div><div><br></div><div>　今となっては、もうそんなこともどうでもよかった。</div><div>　俺は「ラミステ ラパステ」を享受することで、俺は、この世に「存在すること」を許された。</div><div>　その俺は、色鮮やかな世界の中で、愛する女と一緒に幸せを分かち合っている。</div><div>　なんて素晴らしい世界なんだ。</div><div>　なんて簡単に幸せを享受出来る世界なんだ。</div><div>　もう二度とあんな理不尽な思いもしなくていい。</div><div>　もう二度と不条理に苦しめられなくていい。</div><div><br></div><div>　ああ、「ラミステ ラパステ」って最高だ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12808061801.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Jun 2023 21:37:21 +0900</pubDate>
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<title>【SF（すこしふしぎ）小説】ラミステ ラパステ</title>
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<![CDATA[ <div>　この世は、テクノロジーによって進化と繁栄をもたらされてきた。</div><div>　鳥に憧れた人間は、飛行機を作って空を飛び、山のように積まれた文献を貪り読んで、叡智を身につけていた人間は、指先一つで欲しい知識を得られるようになった。</div><div>　他の動物を狩ったり植物を育てたり、自分達で火をおこし水を汲んで、ようやく食事にありつけるということも、もうない。</div><div>　現在では、食材は店まで行かずとも購入出来て、スイッチ一つ押せば、火も水も思うままに操ることが出来る。</div><div>　今日まで、テクノロジーの進化と繁栄は様々な功罪を重ねながら、概ね「人類の進化と幸福度の向上」のために日進月歩、発展を遂げてきた。</div><div>　そして、現在。</div><div>　「ラミステ ラパステ」がこの地球上で生活するためには不可欠な存在として、鎮座している。</div><div>　この「ラミステ ラパステ」は、リリースされた当初こそ、みんな猜疑心や不信感が募ってその正体や利用方法について議論したり、反対運動なんかも起こったりしていた。</div><div>　しかし、先の報道によれば、全世界の「ラミステ ラパステ」の普及率は92パーセントとされ、遂に世界の識字率を超えたそうだ。</div><div>　そう、いまや「ラミステ ラパステ」は人類の叡智の象徴であった文字をも超越している。</div><div>　それだけではない。</div><div>　現代社会に生きる人間にとって「ラミステ ラパステ」は、人間が人間たらしめるものを全て兼ね備え、何もかもを補完する存在となっていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　そんな世界の中で、俺はこの「ラミステ ラパステ」を利用することなく生きている。</div><div>　勿論、「ラミステ ラパステ」を利用していない8パーセントもこの世の中で生きることはできる。</div><div>　ただ、死にたくなるほど不便だが。</div><div>　俺が「ラミステ ラパステ」を利用していない理由をよく聞かれることがあるが、そんなもの特にない。</div><div>　強いて言えば、「ラミステ ラパステ」となんだか舐めたら舌が痺れそうなほど甘ったるい名前の響きが嫌いなのと、長ったらしくて呼ぶのがめんどくさいからというだけのことだ。</div><div>　あと、「ラミステ ラパステ」を使わない俺に絡んでくる奴らが軒並みうざくて嫌いなのと。</div><div>　</div><div><br></div><div>　こんな変わり者の俺だが、一途に愛してくれる紗季という女性がいる。</div><div>　紗季は、「ラミステ ラパステ」を利用しない俺のことを「めんどくさいなぁ」と苦笑いしながらも、きちんと尊重してくれていた。</div><div>　俺も、そんな変わり者の紗季を愛していた。</div><div>　出会いから2年ほど経過したのち、俺達は永遠の愛を相手に誓うことにした。</div><div>　その日から俺達は、結婚式に向けて準備を進めていた。</div><div>　今日はお互いの親族を呼んで、少し奮発したフレンチレストランで、顔合わせと親睦会を兼ねた食事会を催した。</div><div>　コース料理が順番に運ばれて、しわ一つない白のテーブルクロスがみるみるうちに鮮やかに彩られていく。</div><div>　その時紗季の父親が、乾杯もしていないのにビールを一口含み、それを苦々しい顔で飲み込むと、口を開いた。</div><div>　「君は、『ラミステ ラパステ』を利用していないそうだね。何故なんだ？」</div><div>　一瞬、ここにいるみんなに緊張が走る。</div><div>　俺はその緊張を緩めるため、極力にこやかに笑みを作り、「特に理由はありませんが、『ラミステ ラパステ』という名前が、どうも苦手で」と答えた。</div><div>　「そんな理由で利用しないとは考えられんな。</div><div>　利用しないで不便ではないか？」</div><div>　「ええ、不便なことの方が多いですけど、今のところ別に問題なく生きています。」</div><div>　「君はそれでいいだろう。</div><div>　しかし、今後紗季にも、いずれは出来るであろう私の孫にも、その不便を強いるのかね？」</div><div>　「あ、いえ、別に強いるつもりは…。」</div><div>　「だったら、『ラミステ ラパステ』を利用しない理由が、『名前が苦手』と聞かされて『そうですか』と簡単に納得出来るか！！！！」</div><div>　紗季の父親が、泡を吹きながら怒鳴る。</div><div>　ーーー唾だかビールの泡だかよくわからないがーーー。</div><div>　「生まれた瞬間から、紗季にだけは困苦に耐えるような思いはさせまいと、歯を食いしばって今日まで大切に育ててきたんだ！！！</div><div>　その大切な我が子の結婚相手が『ラミステ ラパステ』を大した理由もなく利用しないと、どうして受け入れられるんだ！！！！」</div><div>　「あ、ああ…えっと、すみません…。」</div><div>　紗季の父親に気圧されて、俺の言動がしどろもどろになってしまう。</div><div>　それを見た紗季の父親が「フン」と鼻を鳴らして、</div><div>　「私は今日、それを言いに来ただけだ。うちの子と本気で結婚したいなら、それなりの誠意を見せたまえよ。」</div><div>　そうして、両家顔合わせの食事会は不穏な空気のまま、終会となった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「ラミステ ラパステ」を利用しないことはそんなにも酷い罪なのだろうか。</div><div>　酒を飲む人間も飲まない人間もいるように、煙草を吸う人間も吸わない人間もいるように、「ラミステ ラパステ」も利用する人間と利用しない人間がいたっていいだろうに。</div><div>　何故あれほどまでに、蔑まれなければならないのだろうか。</div><div>　「なんか、ごめんね。」</div><div>　紗季の父親に言われたことへの不満が表情に出ていたようで、紗季が心配そうに俺の顔を見る。</div><div>　「いや、紗季は悪くないよ。」</div><div>　「でも…私も、パパと同じことを前からずっと考えていたよ。」</div><div>　「え？」</div><div>　「『ラミステ ラパステ』利用しないって選択肢があるの、正直変だと思うし、あんまり…その、理解出来ない。」と紗季はゴモゴモ言った。</div><div>　そもそも、俺は「ラミステ ラパステ」がリリースされた当初から、俺はただの一度も利用したことがない。</div><div>　当然、紗季と出会った頃も、告白した頃も、ずっとずっと利用していないし、そして、これからもきっと利用しないであろうことも全て織り込み済みで俺を愛してくれているのだと、結婚してくれるのだと、勝手に思っていた。</div><div>　味方だと思っていた奴に、背後から撃たれたような気分だ。</div><div>　二人で居を構えた新築アパートのリビングが急に澱んで汚く見えて、なんだか吐き気までしてきた。</div><div>　「疲れたから、寝る。」</div><div>　立ち上がって寝室へ向かう。</div><div>　紗季に何か言われたけど、もう俺は聞いていなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　寝る、とは言ったものの、いつもの就寝時間までにはまだまだあるし、そもそも吐き気がするほどの苛立ちのせいで眠れそうにもない。</div><div>　ベッドの上で、今は古代の産物と化した「パソコン」を起動させ、世界の入り口「インターネット」にリンクさせる。</div><div><br></div><div>　大昔に整備され、永く栄えた「インターネット」は、現在運営が停止されて、サービスを終了している。</div><div>　何故なら、現在ではそのシステムの全てを「ラミステ ラパステ」が掌握しているからだ。</div><div>　「ラミステ ラパステ」の普及以降、「インターネット」に接続することは罪とされ、利用するには高度なコツと知識が必要になった。</div><div>　なので、「ラミステ ラパステ」を利用している人間は、「インターネット」を利用することはまずしない。</div><div>　それに反して、俺は「ラミステ ラパステ」のその名前が、長ったらしくて呼ぶのがめんどくさいから嫌いなくせに、こういう手間は嫌いじゃない。</div><div>　手間と時間をかけ、自分の智力を尽くした「インターネット」の世界は、いつも俺の知的好奇心をくすぐり、高揚感や達成感、充足感など俺の「人間らしさ」を刺激することばかりだった。</div><div>　俺は、ソースコードを入力して「インターネット」から「掲示板」を手繰り寄せる。</div><div>　パスワードを4回も入力させられたのち、ある変数の配列を並べ替えること数分、ようやく「スレッド」を開く権利を受け取った。</div><div>　「インターネット」の世界では、如何に素早く「ラミステ ラパステ」の監視をすり抜けて自分の目的地へ潜り込めるかが醍醐味の一つだ。</div><div>　そもそも、最近の俺にとって「インターネット」とは、入り込んで監視をかい潜るスリルを味わうことが目的となっていて、手繰り寄せた「掲示板」はおまけでしかない。</div><div>　この世の殆どの人間が「全知全能の神のような存在」と崇め奉っている「ラミステ ラパステ」の目を、俺は自分の智力で凌駕していると思うと、大抵の嫌なことはどうでもよくなるのだ。</div><div>　ともあれ、今回も無事「掲示板」まで辿り着いたのだから、記念に何か書き込みでもーーー。</div><div>　そうだな、今日の顔合わせの話についてでも書こう。</div><div>　いつもならそんなこと思いもしないのに、自分が思うよりも、ずっと深く今日起こった出来事に傷つき、許せずにいるようだ。</div><div>　俺は、立ち上げられただけで何も手付かずの「スレッド」に、今の思いを入力した。</div><div>　「キーボード」がカタカタッと古い音を立てて鳴る。</div><div>　あの侮蔑に満ちた紗季の父親の目も、「結婚」という屋根に登ったら、途端にハシゴを外した紗季への失望も、世の中の不条理も、差別され排除されることの理不尽さも、その全ては「ラミステ ラパステ」に起因しているということも、全部全部、俺の指によって激しく上下する「キーボード」にぶちまけた。</div><div><br></div><div>　</div><div>　許せない、許さない。</div><div>　俺が全てをぶち壊す。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12806388505.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Jun 2023 13:33:38 +0900</pubDate>
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<title>【短編小説】私は、今夜も港区女子。</title>
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<![CDATA[ <div>煌びやかな都会の夜景が見える、赤坂のマンションの一室に、私は今夜もいた。</div><div>　部屋のあっちこっちに設置されたスピーカーは殺人的な大音量で、EDMの重低音に合わせて震えている。</div><div>　室内を彩るネオンやパーティーライトの眩しさで、この部屋の良さを引き立てるためにあるはずの夜景は、ただの背景にすらなり得なかった。</div><div>　決して狭いわけではないはずのこの部屋には、</div><div>年商100億円の実業家やら、若手イケメン俳優やら、何とか賞を獲得したスポーツ選手やら、ごちゃ混ぜにして一緒くたに集められている。</div><div>　こんな如何わしいところに有名人が揃いも揃って集まるなんて、週刊誌の格好の餌食になりそうなものだが、こないだギャラ飲みを主催してくれたファッションモデルが言うには「少しだけ戦場から離脱して羽根を伸ばして、また戦場に戻るための英気を養うために必要なこと」らしい。</div><div>　そんな男達に煽られて、若い女の子たちがシャンパンを頭から被る勢いで飲みまくり、音楽に合わせて踊り狂い、「ノリが悪い」とまた飲まされて、その様子を鍵付きのインスタに大量に投稿していく。</div><div><br></div><div>　「キララー！</div><div>　　ねぇー！ちゃんと飲んでるー？！</div><div>　　ノリ悪いってー！！！」</div><div><br></div><div>　カノンに言われて、私はシャンパングラスを一気に空ける。</div><div><br></div><div><br></div><div>　私は、今夜も港区女子。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　海が近い田舎町の、水産工場を営む家に生まれた私は、自分で言うのもなんだけど、なかなかの優等生として、地元では学業も恋愛もそれなりに上手くこなしていた。</div><div>　地元に不満や文句があったわけじゃないけれど、周りのみんながそうしていたから、私も一応東京の大学を目指すことにした。</div><div>　第一志望の大学に見事に合格した時は、父も母もびっくりするほど泣いて喜んだものだから、逆に私は喜びたくてもいまいち喜べなかった、なんてこともあった。</div><div>　でも、初めて見る東京は、何もかも全てが大きくて高くて、地元にはない凛とした空気が漂う街だった。</div><div>　今日から私はここで暮らすんだと思ったら、なんだかとても感動した。</div><div>　ああ、そういえば高校を卒業する時に、遠距離恋愛になるからと泣く泣く別れた進藤くんとは、結局キスも出来なかった。</div><div>　あの頃の私って、めちゃくちゃ乙女ですごく可愛い。</div><div><br></div><div>　初めて見た東京の建物より大きく高い建物の一室で、さっき名前を聞いた男に抱かれている私は、そんなことを思っていた。</div><div><br></div><div>　「これ」</div><div>　男が財布から一万円札を何枚か出して、私に差し出した。</div><div>　「わぁ、そんなつもりなかったのに。</div><div>　　でも、ありがとう。」</div><div>　最高級の笑顔で、そんなつもりしかない私はそのお金を受け取る。</div><div>　こないだの男より3枚少ない。</div><div>　「あのさ、めちゃくちゃタイプなんだよね。</div><div>　俺と『専属契約』してみない？」</div><div>　「うん、すごく嬉しい。だけど、大切なことだからゆっくり考えるね。」</div><div>　最高級の笑顔のまま、私は答える。</div><div>　1回の金額をケチる奴と『専属契約』なんてするわけないのだけれど。</div><div><br></div><div>　エントランスに降りて、コンシェルジュにタクシーの手配を頼むと、近くのソファーに身を預けた。</div><div>　携帯で時間を確認すると、23時を回ったところだった。</div><div>　カノンから明日以降の予定を知らせるDMが馬鹿みたいに来てる。</div><div>　そんな通知が携帯のホーム画面に所狭しと表示されていて、どっと疲れが出た。</div><div>　もういいや、ゼミのレポートもそろそろ書かなきゃやばいし、明日返信しよう。</div><div>　誕生日プレゼントに貰ったブルガリのミニバッグに携帯を投げ入れると、タクシーが丁度自動ドアの前に停車したのが見えた。</div><div>　私はお酒と疲れのせいでパンパンに浮腫んだ脚を奮い立たせて、タクシーへと歩き出した。</div><div><br></div><div>　私を乗せたタクシーは、高層マンション群を走り抜ける。</div><div>　やがて、美しく整備されたその「成功者の象徴」は、タクシーが私の指示通りに進めば進むほどどんどん減っていき、雑居ビルや居酒屋が並ぶ街へと入っていった。</div><div>　運転手が「こちらでいいですか？」と何回もチラチラこちらを見て確認する。</div><div>　それはそうだろう。</div><div>　さっき、コンシェルジュ付きのお台場が一望できる超高級マンションから出てきた女が、まさか学生街の片隅にある、築28年の木造アパートに帰るとはなかなか想像出来ない。</div><div>　さっき貰った一万円でタクシーの支払いを済ませると、浮腫んだ脚を引き摺るようにして部屋に入った。</div><div>　さっきまで履いていたジミーチュウのパンプスは、持っている靴の中でもお気に入りなので、いつもなら帰ってきたらすぐ綺麗に磨いて箱の中に仕舞うのだけれど、もう今日はそんな気力もなく、狭い玄関に放り出されたままになっている。</div><div>　もうゆっくり寝たいけれど、ゼミのレポート提出がもう明後日に迫っている。</div><div>　このままベッドに潜り込みたい気持ちを押し殺して、テーブルの上のパソコンを開き、ワードのアイコンをクリックする。</div><div>　そこには絶望的に真っ白な世界が広がっていた。</div><div>　とりあえず、その真っ白な世界に一歩を踏み出すため、私は自分の名前を入力した。</div><div><br></div><div><br></div><div>　橋本　麗　（ハシモト　ウララ）</div><div><br></div><div><br></div><div>　小学四年生のときに「自分の名前の由来を調べましょう」と言う宿題が出たことがある。</div><div>　私は、麗という名前を気に入ってはいたけれど、読みにくいし田舎町ではキラキラネーム扱いをされることもあり、多少嫌な思いをすることもあった。</div><div>　だからこそ、名前の由来や、それに対する父や母の想いを知ることが出来たとき、私はものすごく嬉しかった。</div><div>　「麗かな春のように穏やかで温かい心をもった女の子になるように」と、私は「麗」と名付けられた。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　「今日17:30 &nbsp;六本木交差点」</div><div><br></div><div>　結局睡魔には勝てず、14時頃までパソコンに突っ伏して寝てしまい、顔にキーボードの痕がうっすら残ったまま、六本木まで来る羽目になってしまった。</div><div>　なんとか痕を誤魔化すよう、リファのローラーで顔をこねくり回したり、リンパを流すマッサージをしたり、シュウウエムラのコンシーラーとシャネルのファンデーションで隠そうとしたりと散々格闘したけれど、どれも徒労に終わった。</div><div>　そんなことをやっていたから、集合時間ギリギリの到着になってしまい、カノンがぶりぶり怒っている。</div><div>　「ねえ！今日は大事な約束なのわかってる！？」</div><div>　「ごめんごめん、大事な約束だから気合い入れ過ぎちゃって。」</div><div>　私がすんなり謝ったものだから、カノンはすっかり溜飲を下げたようで、ゴキゲンで私の腕に絡みついてきた。</div><div>　「今日どうしよっか。」</div><div>　カノンは、私達と同じ場所にいた、おそらく競合となる「港区女子」達を一瞥して、彼女達に聞こえないよう小声で言った。</div><div>　「私達より可愛い子いないっぽいから、好きな奴選んでも大丈夫でしょ。」</div><div>　私は、ディオールのコンパクトを取り出して、キーボードの痕をチェックする。</div><div>　「その強気発言、まじでキララかっこいいー！」</div><div><br></div><div>　私の名前はウララ、だ。</div><div>　でも、カノンは私のことを「キララ」と呼ぶ。</div><div><br></div><div>　初めてカノンと出会ったのは、大学1年生の夏頃。</div><div>　サークルの同級生達と、半ば肝試しのようなノリで渋谷のクラブ行った時のことだった。</div><div>　生まれて初めてのクラブは、私にとって異世界と呼ぶに相応しいほど、未知の光景が広がっていた。</div><div>　黒い箱の中で、人の形をした物が蠢いていて、蠱毒を覗くとこんな感じなのかな、と思ったことを覚えている。</div><div>　しかも、その有象無象の蟲達がうごめく蠱毒の中で同級生達とはぐれてしまい、途方に暮れて巨大スピーカーの裏でへたり込んでいたところ、「だいじょーぶー？！」とペットボトルの水を差し出してくれたのが、カノンだった。</div><div>　その頃のカノンは今と全然違って、シド・ヴィシャスを100倍汚くして毒々しくしたような格好をしていた。</div><div>　へたり込んでいた私に声をかけてくれたことはありがたかったのだけれど、蠱毒の中のシド・ヴィシャスみたいな女はとても私の信用に足り得なかった。</div><div>　カノンは、そんな私を見てケラケラと笑い、「変なもん入ってないから、そんな顔しないでよー！」と言った。</div><div>　「あんた、名前はー？！」</div><div>　改めてペットボトルの水を私に差し出す。</div><div>　私はそれを恐々受け取り、</div><div>　「…橋本、麗。」と答えた。</div><div>　「え？聞こえなーい！なに？キララ？」</div><div>　頭がかち割れそうな程のクラブ音楽に心が折れて、もうカノンの聞き間違いを訂正する気持ちにもなれなかった。</div><div><br></div><div>　それから、毎日のようにカノンに引き摺り回されることになるには、そう時間はかからなかった。</div><div>　クラブからの帰り際、カノンとインスタを交換したことを後悔した日は数えきれない。</div><div>　クラブで助けてもらった手前、誘われるとどうにも断ることが出来なかった。</div><div>　カノンのバイト先の提灯居酒屋で朝まで飲んだり、売れないバンドマンの彼氏を紹介してもらったり、今にも潰れそうな映画館に「男はつらいよ」のリバイバル上映を観に行ったり。</div><div>　そうして、いつの日からか、カノンといつも一緒に行動することを自分からも望むようになっていた。</div><div><br></div><div>　そんな感じで、毎日のようにカノンと遊んでいたからサークル活動にも全く身が入らず、そろそろ潮時かな、と思っていた頃だったと思う。</div><div>　いつものように二人で飲んでいると、カノンが急に泣き出して「彼氏のバンドがデビューをする」と言った。</div><div>　私も嬉しくて、カノンと抱き合ってわんわん泣いた。　</div><div>　二人でひとしきり泣いたあと、「レコード会社の偉い人がいっぱいくるお祝いパーティーがあるんだよね。キララも来てよ。」とお願いされた。</div><div>　私は、カノンのお願いに応えるべく、無けなしの貯金をはたいて、薄いピンクのミニドレスを購入した。</div><div>　美容院で髪のセットもきちんとして、私は自分のことのようにドキドキしながら、指定された場所に向かった。</div><div>　結局、私とカノンは、カノンの彼氏に売られただけだったのだけれど。</div><div>　でも、そこにいた一人と携帯の番号を交換したことが、今の「港区女子」の私達に繋がっている。</div><div><br></div><div><br></div><div>　今の私は、美容院へ行かなくても自分で綺麗に髪を巻くことが出来るし、あの時買ったミニドレスよりも、もっと高額な洋服を毎日見に纏っている。</div><div>　ドラッグストアのプチプラコスメを見て「こっちの方が100円安い」だの「こっちの方が可愛いけど値段が高い」だの考えることもなくなった。</div><div>　デパートへ行けば、店員が上客の私に似合うコスメを何から何まで教えてくれるようになったからだ。</div><div>　カノンも、あの日を境にシド・ヴィシャスを100倍汚くして毒々しくしたような格好は一切しなくなった。</div><div><br></div><div>　私達は、今夜も港区女子だ。</div><div><br></div><div>　人の思惑が交錯する、西麻布の高級レジデンスの一室。</div><div>　大音量で流れるそれっぽい音楽も、酔っ払ってイチャつき始めることも、他所の住人の迷惑になるだなんて、ここにいる人は誰もそんなことは思わない。</div><div>　男達に望まれる通りに酒を飲み、映えと流出を気にしながら鍵付きのインスタに写真を大量に投稿する。</div><div>　勿論、ご指名があればベッドを共にして、対価を貰う。</div><div><br></div><div>　それが、港区女子。</div><div><br></div><div>　それが、私。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　私は、バーカウンターで、最近テレビでよく見る大学教授と話をしていたカノンを見つけて、声をかけた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「ねえ、カノン、聞いて。</div><div>　私の名前、本当はキララじゃないの。</div><div>　本当は、ウララ。</div><div>　橋本麗って言うの！」</div><div><br></div><div><br></div><div>　カノンが、私の方を見た。</div><div>　私の心臓が、トクンと鳴る。</div><div><br></div><div>　カノンは一瞬すごく驚いた顔をしたけれど、すぐいつもの「カノンスマイル」に戻って、</div><div>「そうなんだー！早く言ってよー！」</div><div>　「…ごめん。でも、これからはーーー」</div><div>　「でもさー、ウララよりキララの方が可愛くない？</div><div>　見た目もキララって感じだし。</div><div>　これからもキララでいいじゃない。」</div><div><br></div><div>　そう言って、カノンは大学教授の手を取り、別の部屋へと行ってしまった。</div><div>　大学教授を先に入室させると、カノンがこちらを向いて、手でしっしっと「あっち行って」のジェスチャーをした。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　「ねえ、キララちゃん？だっけ？</div><div>　あっちのソファーで少し一緒に飲まない？」と黒々とした肌のイケオジプロゴルファーがシャンパングラスを2つ手に持ち、声をかけてきた。</div><div>　「え、やばーい！私、ずっと大ファンだったんですー！！！</div><div>　めちゃくちゃ嬉しいー！！」</div><div><br></div><div>　そう。</div><div>　私は、今夜も港区女子。</div><div>　私は、港区女子の、キララなの。</div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12806001006.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jun 2023 20:22:25 +0900</pubDate>
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<title>【短編小説】その雫の理由</title>
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<![CDATA[ <div>　「信じらんない！」</div><div><br></div><div>　パタパタと俺の前髪から水滴が垂れ落ちる。</div><div>　カウンター席で喧喧諤諤やり合っていた50代くらいのサラリーマン二人組も、ソファー席で男同士で抱き合ってる絵が表紙の本を読んでいるメガネ女も、ボックス席なのに二人で並んで座ってイチャイチャしてる学生カップルも、みんな女に水をぶっかけられた俺を見ていた。</div><div>　信じられないのは俺の方だ。</div><div>　普通、公衆の面前で人の顔にコップの水をぶっかけるかね。</div><div>　あ、氷、シャツの中に入ったかも。冷てぇ。</div><div>　目の前の俺に水をぶっかけてきた女ーーーアカリちゃんはすげえ剣幕で怒っている。</div><div>　今「〝烈火の如く″とはどういう状況のことですか？」とクイズを出されたら、俺は回答ボタンを速攻で押して「目の前のアカリちゃん」と答えるだろう。</div><div>　そんな烈火の如く激怒しているアカリちゃんの、少し明るめの髪色をしたショートボブからちらりと耳が見える。</div><div>　アカリちゃんの耳は少し小さくてなんか可愛くて、俺はアカリちゃんのそこが好きなんだけど、なんとかってブランドの重たそうなピアスがいつもついていて、耳たぶが助けを求めているように見えるのがやっぱり残念なんだよなあと、ぼんやり考えていた。</div><div>　顔は誰がどう見ても美人。</div><div>　少し化粧は濃いけど。</div><div>　あと、スタイルもいい。</div><div>　というか、エロい身体している。</div><div>　確か、でかい会社の社長秘書だか受付嬢だかやっているような、いないような。</div><div>　ともあれ、この容姿ならどこの飲み会へ行っても人気ナンバーワンであることは間違いない。</div><div>　俺と出会うまでずっと女王様みたいに男達からチヤホヤされてきた理由もよくわかる。</div><div>　そんな女と俺は今「修羅場」を迎えている。</div><div>　こんな俺みたいな男に主導権を握られるなんて、アカリちゃんは絶対にプライドが許さないのだろう。</div><div>　だから、罵詈雑言なんてもんじゃない、すごい言葉をさっきからずっと浴びせられ続けている。</div><div>よくもまあ、こんな汚い言葉をたくさん知ってるなと、正直感心してしまう。</div><div>　あーあ、ニューヨークだかどこだかで買った自慢の口紅、落ちてきてなんだかもうドロドロ。　</div><div>　そういや映画でこんなような顔の悪い奴いたような、いないような。</div><div>　そんなことを考えていると、アカリちゃんは俺に何を言ってももう無駄だと思ったのか、わざとらしいほどの深い溜め息をつくと「もういい」と言って、テラテラと黒光りする小さなエナメルのバッグを持って出口へと向かって行った。</div><div>　俺は「あ、待って」と声をかける。</div><div>　そしたら、アカリちゃんは大袈裟なほど体を震わせて立ち止まり、ゆっくり振り向いた。</div><div>　「ここのお会計、いつもみたいにアカリちゃんしてくれないの？」</div><div>　俺は伝票をひらひらさせて、アカリちゃんに見せた。</div><div>　アカリちゃんが期待していた言葉ではなかったようで、こっちが心配になるほど顔を真っ赤にして、伝票を俺の手からひったくると、ドスッドスッとヒールが無垢材の床に突き刺さりそうなほど、乱暴に歩いてレジカウンターへと向かった。</div><div>　ヒール折れちゃわないかな、高そうな靴なのに。</div><div>　バンッとすごい音を立てて伝票をレジカウンターに置くと、すごい形相で俺を睨んで「私、アカリじゃないから！！！！」と叫んだ。</div><div><br></div><div>　あ、それは、ごめん。</div><div><br></div><div>　アカリちゃんが出て行ったあと、ぬるくなったホットコーヒーを一口飲んで、俺も店を出ることにした。</div><div>　パッと店内を見渡すと、びしょ濡れになった俺のことをカウンター席のサラリーマン二人組はニヤニヤしながら見ていて、ソファー席のメガネ女は本で顔を隠しているけれど、明らかに俺に対して嫌悪と侮蔑のオーラを剥き出しにしていた。</div><div>　ボックス席の学生カップルはというとーーー　　　　　</div><div>　完全に2人だけの世界に没入していて、俺のことなんてもう全然見ていなかった。</div><div>　すげえな、アオハル。幸せになれよ。</div><div>　出口の前で、店員が「一応」感丸出しの雰囲気でおしぼりを持ってきてくれたけど、俺はそれを断って店を出た。</div><div>　外は5月の夜だっていうのに茹だるくらい暑くて、着ているシャツも地元の奴らと作ったフットサルチームのプラクティスシャツだから、少し歩いていればどうせすぐ乾く。</div><div>　俺は、ショルダーバッグからケータイを取り出して、香澄のSNSのページを開いた。　</div><div><br></div><div>「今度いつ会える？」</div><div><br></div><div>スイッと無機質な音を立てて俺のメッセージは香澄のメッセージボックスへ飛んでいった。</div><div>　今日は水曜日か。</div><div>　水曜日は、お茶のお稽古の日だから電話もメッセージもすぐは返せないって言ってたな。</div><div>　香澄からの返事を諦めてケータイを再びショルダーバッグに戻そうとすると、俺のメッセージに既読がついた。</div><div>　すると、3秒後くらいに香澄から「いつでも予定合わせるよー」と気の抜けた返事がきた。</div><div><br></div><div>　「んじゃ、今から会お」</div><div>　「そんな簡単な女だと思わないでよね」</div><div><br></div><div>　香澄とは、何個か登録してあるマッチングアプリのどれかで7年前に知り合った。</div><div>　顔は可愛くもなければ美人でもない。</div><div>　ブスでもないけど、俺より6個も年上で、体型も、まあ、ぽっちゃりしている。</div><div>　はっきり言って全然好みじゃなかった。</div><div>　でも、別の女にドタキャンされた時間の暇つぶしとちょっとした好奇心で会ってみたら、案外悪くなかった。</div><div>　香澄の笑い声も、食の好みも、好きなアニメも、セックスの相性も。</div><div><br></div><div>　ただ、俺は万年女にだらしない男だから、香澄も俺と付き合いたいとか、きっとそんなことは望んでいない。</div><div>　俺も、香澄も、多分この関係が心地いい。</div><div>　つかず離れず、会ったり会わなかったりを繰り返して、7年が過ぎた。</div><div><br></div><div>　さすがに服がびしょ濡れのまま電車に乗るのは憚られたので、香澄と待ち合わせの駅までフラフラと歩いた。</div><div>　アカリちゃんとさよならした喫茶店の最寄り駅から、香澄との待ち合わせの駅はたった一駅なので歩きでもあっという間に到着してしまう。</div><div>　香澄が来る前に煙草を一本だけ吸いたくて、「喫煙所にいる」とメッセージを送ろうとしたら、後ろから「雄也くん」と聞き覚えのある声が聞こえた。</div><div>　ベージュのふわっとしたワンピースにいつもの白いスニーカー、そして、黒いエナメルの小さなバッグを持った香澄だった。</div><div>「久しぶり、元気だった？」　</div><div>「香澄に会えてなかったから元気じゃなかった。」</div><div>「また軽口叩いて。ホストの営業ですか？」</div><div>「このワンピ、可愛いじゃん。俺すっげー好みかも。」</div><div>「はいはい、ありがとね。ーってか、え？なんで服濡れてんの？」</div><div>「女に水ぶっかけられた。」</div><div>「雄也くんの場合、それが嘘じゃない可能性があるから怖いんだよなあ。」</div><div>　と、俺が女に水をぶっかけられた理由を聞くこともなく、香澄はケラケラ笑った。</div><div>　まあ、嘘ではないのですが。</div><div>「とりあえず、そのままだと風邪引いちゃうから急いで服乾かしに行こ」</div><div>　そうして俺と香澄は、コインランドリーではなく、当然のようにホテル街へと歩いていった。</div><div><br></div><div><br></div><div><div>　出会って最初の頃は、事が済んだあと退室時間が来るまで、裸のまま布団の中でダラダラとくだらないことーー美味しい炒飯の作り方はどうだとか、あのアニメの作画は最高だとかーーを二人でよく話した。</div><div>　俺は、その時間が結構気に入っていたのだけれど、いつしか香澄は一人でさっさとガウンを羽織って身なりを整えてしまうようになっていた。</div><div>　今日も、そうだ。</div><div>　久しぶりに会うからか、なんだかいつもよりももっと居心地が悪い。</div><div>　それを誤魔化すために煙草を吸おうとしたら、香澄も同じタイミングで煙草に火をつけていた。</div><div>　いつから煙草なんて吸うようになったんだろう。</div><div>　俺と同じ銘柄の煙草を、小さな黒いエナメルの鞄から取り出して、煙を燻らせている。</div><div>　俺は、その状況が受け入れ難くて「煙草、吸ってんだな」なんて、つい茶化して言ってしまった。</div><div>　いつもなら「いいじゃん、別にー！」とか明るく返事をしてくれるのに、ーーー俺はその返事を待っていたのにーーー香澄はそうはしなかった。</div><div>　煙を吐き出しながら俺がやっと聞こえるような声で「うん」とだけ返事をした。</div><div>　「…なんかあったの。」</div><div>　「ああ…うん、なんでもないよ。」</div><div>　煮え切らない返答をされて俺が苛ついたことに気づいたのか、香澄は少し困った顔で「ほんとになんでもないから」と言った。</div><div>　女のこういうところが面倒臭くて嫌いだ。</div><div>　女の「なんでもない」は「なんでもなくないから話を聞いて慰めてくれ」なのだ。</div><div>　俺はそれを知っているし、香澄の話なら聞いてもいい。</div><div>　香澄が慰めて欲しいなら、俺は香澄の望む言葉をかけてやることだって、出来る。</div><div>　「とりあえず、話してみ。俺、聞くから。」</div><div>　すると、香澄は「雄也くんも女子の話を真面目に聞くことあるんだねー」と今度はふざけて笑った。</div><div>　俺は居心地が悪いこの状況に苛々してたのもあって、「そういうのいいから！」とついでかい声を出してしまった。</div><div>「なんだよ、変だよ、香澄。」</div><div>「…なんで、変だと思うの？」</div><div>「え、なんでって…。」</div><div>　今思い返してみると、香澄は、いつからか言ってることもやってることも、全部ちぐはぐで変だ。</div><div>　香澄はいつも、俺がメッセージを送ればいつも「忙しい」と言いながらすぐ返事をしてくれる。</div><div>　水曜日はお茶のお稽古があるから、電話やメッセージは返せないと言っていたのに、その水曜日にこうやって会ったりしている。</div><div>　香澄からは絶対俺に「会いたい」と言わないのに、俺が「今から会いたい」と言えば、「簡単な女だと思わないで」と言いながら、でも、すぐに俺のところに来てくれる。</div><div>　セックスが終わったら、さっさとガウンを羽織って、いつまでも裸でいたがらない。</div><div>　昔「ぽっちゃりは苦手」と香澄に言った俺に、その体型を隠すかのように。</div><div>　そして、今、俺の目の前で煙草を吸っている。</div><div>　俺と同じ銘柄のー。</div><div>　俺は口をつぐんでしまった。</div><div>　それを言ってしまったら、これからどうなってしまうのか、どうすればいいのか、わからなくて怖かった。</div><div>　そんな俺を見た香澄は、こう言った。</div><div>「ごめん、私、雄也くんが好き。前からずっと。だから、もう、会えない。」</div><div>　俺はどれくらい黙っていただろうか。</div><div>　永遠くらい長い時間、黙っていたような気もする。</div><div>　やっと俺の口から出た言葉は、情けないことに「そっか。」だった。</div><div>　俺は、シャワーを浴びるとすっかり乾いたシャツを着て、テーブルの上に置いた煙草とライターをショルダーバッグに放り込む。</div><div>　そして、代わりに財布を出して、ドアの前の精算機に金を無理矢理突っ込むと、一人で部屋を出た。</div><div>　ドアを閉める時、香澄の泣いているのが見えた気がした。</div><div>　気がしただけ、とも思うけど。</div><div><br></div><div>　俺がシャワーを浴びているとき、香澄がドライヤーで乾かしてくれたおかげで、俺のシャツは水をかけられたことが嘘みたいに、いつもの着心地に戻っていた。</div><div>　ケータイを取り出して、電話をかける。</div><div><br></div><div>「あ、アヤちゃん？今から行っていい？」</div><div><br></div><div>　空から雨がポツポツと降り始めていた。</div></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12805998615.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jun 2023 20:04:28 +0900</pubDate>
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<title>【短編小説】幸せな結婚概論</title>
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<![CDATA[ <div>　私は今、テレビを見ながらビールを飲んで、2枚目の離婚届を書いている。</div><div>　離婚とは、自分や配偶者の人生を大きく揺るがすターニングポイントであり、今後の人生を左右しかねないビッグイベントである。</div><div>　それに使用する離婚届とは、とても重要で、且つ丁寧に繊細に扱わなければならない書類だ。</div><div>それは、私も十分承知している。</div><div>　十分承知しているのだけれど、面白いんだかつまらないんだかよくわからないテレビ番組を見ながらでも、グラスに大量の汗をかいたビールを飲みながらでも、考えなしに何だかスラスラと書けてしまう。</div><div>　2枚目、だからだろうか。</div><div>　先日ちょっと奮発して買った50型のテレビでは、今をときめくイケメン俳優と若手注目株と呼ばれている女優のドラマがやっていた。</div><div>とはいえ、私は普段テレビをあまり見ないので、このドラマがどんな内容なのか全く知らない。</div><div>しかも、今日は第3話目らしい。</div><div>　ところが始まって5分もすると、悪い意味での普遍的でありきたりな、世の男性の誰もがざわめくお顔の造形のお陰で、これまで何とか生きてこられた愚鈍な主人公と、日本を代表する大企業のイケメン御曹司とのサクセスラブストーリーだということに気づく。</div><div>　壁ドンをしながら「お前は俺の女だ。俺のことだけ見てろ。」と主人公に迫る御曹司。</div><div>　猿が日本語を話せたとしても使わないであろう、とてつもなく頭が悪くて安っぽいセリフを真顔で放っていてもくすりとも笑わず、いかにもこのセリフが自分の心からの言葉であるように振る舞うこのイケメン俳優は、ほんとにすごいなと心から感心する。</div><div>　でも、やっぱりいい男が言うと魅力的に見えるのだから不思議だ。</div><div>　この令和の時代に壁ドンってさすがにどうなの、とは思うけど。</div><div>　私はビールを一口飲むと、再度視線を離婚届に戻す。</div><div>　そして、夫の名前の欄に「和彦」と少々雑に記入した。</div><div><br></div><div><br></div><div>　夫の和彦は、決していい男ではなかった。</div><div>息を吸って吐いてご飯を食べて寝て排泄するだけの人生をよしとする男だった。</div><div>　だが、結婚前の和彦は、とても一途で精悍な青年で、私の幸せが自分の幸せだと恥じらうことなく言ってのける男だった。</div><div>　こうして脳内にお花畑が広がっていった私は「この人となら幸せになれる」と完全に信じて疑わなかった。</div><div>　結局、脳内のお花畑で信じたその男の正体は、人生において何の見通しも将来性もなく、だらしなくて、生きることに関心をもてないだけの男だったのだが。</div><div>　それでもいつかは変わってくれると、藁にも縋る思いで結婚生活を続けていたけれど、和彦が変わる気配や私が幸せになれる気配は、一瞬たりとも感じることは出来なかった。</div><div>　だから私は、そんな和彦から逃げ出すために1秒でも早く離婚を成立させなければならない。</div><div>　この書類を完璧に仕上げて役所に受理してもらわなければーーーーー</div><div>　その瞬間、テレビの中でガシャーンと大きい音がして、テレビの中の役者が何人かーーーそして私もーーーひゃあっと声を上げた。</div><div>　主人公との結婚を許さない御曹司の父親が激昂してテーブルの上のご馳走をひっくり返したらしい。</div><div>　主人公と御曹司に向かって、触ったらねちゃねちゃとしそうな唾を飛ばしながら怒鳴り散らしている。</div><div>　私はふいをつかれたとはいえ、こんな安っぽい演出に驚かされたのかと、腹立たしさを感じて、昭和か、と頭の中で悪態をついた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　「お前を幸せにする」がプロポーズだった昭和頭の和彦と結婚する前に、実は私は宏樹という男とも結婚していた。</div><div>　宏樹のプロポーズは、どんな感じだったかと言えば、思い出せない。</div><div>　そういえば、宏樹は某有名総合病院の院長の一人息子なので、御曹司と言えばそうだろう。</div><div>　宏樹は、周囲の期待を一身に背負って、誰も想像できないような大きな期待とプレッシャーの中で、医師となるべく日々邁進していた、と酔っ払うといつも話していたが、確かに研修医期間を終えるとすぐ、「周囲の期待」に応えるために実家の病院の即戦力として働いていた。</div><div>　勿論、同年代の男性と比べて年収は文字通り「桁違い」だった。</div><div>　だから、いろんな思惑を抱いて擦り寄る人間は老若男女関係なくひっきりなしで、そんな生活に辟易したおぼっちゃまが、少々貧乏ではあるが「箱入り娘」だった私と出会って恋に落ちてしまった、というのが始まりだった。</div><div>　そして、御曹司の宏樹と私の身分違いの大恋愛は、定石通りにいくつかあった障害を乗り越えた末、ついに「結婚」に辿り着くことが出来たのだ。</div><div>　ドラマだったら、「この二人は死ぬまでずっと幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。」だっただろう。</div><div>　悲しいけれど、私の現実にはこの続きがあった。</div><div>　いつしか御曹司の夫は、少し貧乏で世の中を知らないまま生きてきた妻を、育ちや学歴を理由に蔑み疎んじるようになった。</div><div>　そして、どこぞのお嬢様と不倫するまでにそう時間はかからなかった。</div><div>　宏樹と結婚した私は、周りの評価ーーー某有名総合病院の御曹司を捕まえたことへの評価ーーーも相まって、お金が沢山あることも一つの幸せだ、なんて思い込もうとしていたこともあったけれど、幸せってそんな簡単なものでもないのだな、と宏樹との結婚でまざまざと思い知らされた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　そんなことを思い出しながらビールを飲んだら、なんだかやたらと苦いし、ぬるくてまずい。</div><div>　吐き出すわけにもいかないので、何とか喉の奥へ押しやる。</div><div>　苦しくて少し涙が出てきた。</div><div>　涙で滲む目をテレビの方へやると、ドラマもいよいよ佳境に入り、御曹司が「俺は幸せを感じることも出来ない人生なんか必要ない！」とかなんとか家族親族に向かって啖呵を切っていた。</div><div>　愚鈍で可愛い主人公も目に涙を浮かべて聞き入っている。</div><div>　実際、結婚してからいつまでそんなこと思っていられるのかな。</div><div>　そんなことを考えてしまったものだから、卓上鏡に映っている私は物凄く鼻白んだ嫌な奴の典型みたいな顔をしていた。</div><div>　よく見たら、テレビの中の親族役たちも同じ顔ような顔をしている。</div><div>　慌ててさっきよりぬるくなったビールを飲み干して自分自身を誤魔化してみる。</div><div>　いいのよ、ドラマなんだから。</div><div><br></div><div><br></div><div>　幸せを感じることが出来ない人生なんて必要ない。</div><div>　それはまあ、本当にその通りだと思う。</div><div>　私がニ回も結婚をした理由はたった一つ。</div><div>　　ただ、幸せになりたかったからだ。</div><div>　平凡で、どこにでもあって、当たり前のような小さな幸せ。</div><div>　それを噛み締めて、大切に抱えて生きるような人生を、私自身がその物語の主人公として生きていきたかっただけだ。</div><div>　私の願いはたったそれだけ。</div><div>　それだけなのに、何故今まで叶わなかったのだろう。</div><div><br></div><div><br></div><div>　ポップなリズムで人を愛することの尊さを歌っているらしいエンディングテーマが流れる頃、私と和彦の離婚届の記入も終わった。</div><div>　あとこれを役所に提出すれば、和彦との結婚生活ももう終わりだ。</div><div>　この離婚届を提出した瞬間から、私はまた「私の幸せな人生」というドラマの主人公として進んでいくことが出来るのだ。</div><div>　希望と期待と安堵で胸がいっぱいになった。</div><div>　その前途を祝そうとコップを持ち上げたけれど、コップの中身が空になっていたことをすっかり忘れていた。</div><div>　私の手にコップの汗だけがじんわりとまとわりつく。</div><div>　すると、横で今まで静かにテレビを見ていた慶太が「終わった？」と覗き込んできた。</div><div>「うん、やっとね。」</div><div>　手についたコップの汗を、慶太にはわからないようにお尻の下のラグで拭く。</div><div>「お疲れさん。」</div><div>　慶太は優しく微笑んだ。</div><div>「次こそは幸せになりたいので、どうぞよろしくお願いします。」</div><div>「大丈夫だよ、俺は。」</div><div>　私と慶太は笑い合ってキスをした。</div><div>　何度も何度も、年甲斐もなく、恥ずかしげもなく、ハッピーエンドを迎えたドラマの主人公達のようにキスをした。</div><div>　今度はきっと大丈夫。</div><div>　死が二人を分つまでずっと幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしって今度こそ終われるはず。</div><div>　そうだよね。</div><div>　信じて、いい、よ、ね。</div><div>　エンドロールが終わると息つく暇なく次回予告に画面が切り変わっていた。</div><div>　父親にあんな大見栄を切っていたのに、次回の御曹司はもう主人公に別れを告げている。</div><div>　エンドロールが流れてる2分ちょっとの間に何があったんだろう。</div><div>　でも、なんかちょっと面白そう。</div><div>　来週はちゃんと慶太と一緒に見なくっちゃ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/hoshic-zmachine/entry-12805995662.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jun 2023 19:40:02 +0900</pubDate>
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