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<title>yamatoのブログ</title>
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<title>新潟アイビスのレジェンドMr.沢田</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120618/13/hosono34/41/43/j/o0800060012034434963.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120618/13/hosono34/41/43/j/t02200165_0800060012034434963.jpg"></a> </p><br><p>みなさんご存知の沢田貴博選手（中央）</p><p>今年43歳。</p><br><p>いつもチームは助けられます。<br></p><br><p>私が一番印象に残っているというよりも一番助けられたのが</p><p>昨年の12月25日（日）</p><p>東日本トップクラブリーグ　チャレンジマッチ＜熊谷＞</p><p>対常総クラブ戦。</p><p>この試合に負けるとトップクラブ降格の試合でした。</p><br><p>それ以前に</p><p>人数がそろわず、［棄権］のところまでチームは追い込まれてました。</p><br><p>直前の試合棄権は、チームとして</p><p>関東協会からのペナルティーが大きく</p><p>それは、新潟アイビスの消滅をも意味するものでした。</p><br><p>シーズン途中、沢田さんは、怪我を負い＜マンダラ東京戦で＞</p><p>このチャレンジマッチには出場不可能だったのにもかかわらず</p><p>怪我をおして出場してくれました。</p><br><p>責任感とかチーム愛とか、そんな言葉ではかたずけられない</p><p>大変な行動でした。</p><br><p>チームの恩人です。</p><br><p>沢田さんのプレーは、ご存知のとおりですし、私が説明するところではありませんが</p><p>ほんと幅広くチームに貢献してもらっています。</p><br><p>だれがなんと言おうと新潟アイビスのレジェンドは、沢田さんに間違いありません。</p><br><p><br></p>
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<pubDate>Mon, 18 Jun 2012 14:00:31 +0900</pubDate>
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<title>神丸！</title>
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<![CDATA[ <p>突然の訃報にどうしていいのやら。</p><br><p>神丸は、5月26日早朝　車にひかれ亡くなりました。</p><br><p>お父さんが無くなったあと、お母さんを助け</p><p>がんばって</p><p>お母さんの為に家を買ってあげ</p><br><p>仕事では、正義感強く東日本大震災のほんとの直後、福島に誰も行きたくないところ</p><p>率先してフォローに行き、</p><br><p>約束の時間に寝坊してしまうお茶目なところもありましたが、</p><br><p>ほんといい奴でした。</p><br><p>毎秋は</p><p>トップクラブの帯同レフリーを何度も頼み、私と一緒に自家用車で熊谷や首都圏の会場</p><p>に行く事が多かった。</p><p>その社中、ラグビーのルールや、レフリー界の事、プライベートでは家族の事、将来の事</p><br><p>彼との語らいが楽しかったです。</p><br><p>下の写真は、去年マンダラ東京戦で帯同レフリーに一緒に行ってもらった時、</p><p>劇的勝利したあとに、神丸に撮ってもらったものです。</p><br><p>ほぼ誰も勝てないだろうと思って望んだ試合。</p><p>登録メンバー22人も組めない状態で</p><p>望んだ試合。</p><p>ラグビーは近年、15人というより22人で行うスポーツ。</p><br><p>リザーブがいないということは、人数負け、体力負け、試合にはほぼ勝てません。</p><p>新潟アイビスはそんな中、クラブ員のがんばりで勝利することができました。</p><br><p>あんな感動した試合はありませんでした。</p><br><p>彼は、私にとって勝利の［女神］でもありました。</p><br><p>あー、なんで、なんで死んでしまったの</p><p>また話したいよ、会いたいよ。</p><br><p>5月6日の群馬選抜戦</p><p>日本協会レフリーの河野さん交えて、東海大先輩の［工藤さん］の</p><p>話を</p><p>3人でしたのが最後になりました。</p><br><p>天国で新潟県のラグビーを見守ってて下さい。</p><br><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120526/17/hosono34/0d/e2/j/o0800120011994231450.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120526/17/hosono34/0d/e2/j/t02200330_0800120011994231450.jpg"></a> <br></p>
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<pubDate>Sat, 26 May 2012 17:18:23 +0900</pubDate>
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<title>乙川さんのこと</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120423/14/hosono34/c8/5d/j/o0800060011932173293.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120423/14/hosono34/c8/5d/j/t02200165_0800060011932173293.jpg"></a> </p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120423/14/hosono34/3d/8d/j/o0800060011932173292.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120423/14/hosono34/3d/8d/j/t02200165_0800060011932173292.jpg"></a> <br></p><p>私はこの人の事を忘れない。</p><p>まもなく4回目の命日が来ます。</p><br><p>乙川さんは、</p><p>2007年5月2日に癌のためになくなりました。</p><br><p>世の中自ら命を絶ってしまう人もいますが<br>乙川さんは最後まで癌に立ち向かった方です。</p><br><p>私が今の会社にい続けているのも乙川さんの影響です。</p><br><p>2007年2月の朝の事です。</p><p>当時、乙川さんは私の後ろの席でした。</p><br><p>具合がそうとう悪く、振るえる手で書類を書いていました。</p><p>ずいぶんと今日は咳き込むし、大丈夫だろうかと心配してると<br>乙川さん、</p><p>［細野　悪いけど病院連れてってくれないか］と頼まれ、</p><p>私は、車でがんセンターまで送りました。</p><br><p>その車中、</p><p>乙川さんが［細野朝忙しいのに悪いな］、</p><p>［俺、仕事好きだっけさ・・・迷惑かけてすまんな］、</p><p>［俺、物欲もないしさ、仕事が本当に好きなんさ、悪いな］</p><p>と言ってきました。</p><br><p>すばらしい人間味を実感しました。</p><br><p>その後乙川さんは、長期の入院となってしまい、私はちょうど今頃の４月にお見舞いにいきました。</p><br><p>奥様もいて、仲むつましく、乙川さんご自身も体調が良いみたいで、</p><p>私は、このまま癌が治ってしまうだろうと思うくらいでした。</p><br><p>その後私は仕事の悩みを打ち明け、</p><p>奥様と一緒に考えていただき、乙川さんが［細野さんならやれるっけさ］なんて言ってくれて</p><p>自然に自信をつけて頂きました（その後仕事の成果が出ました）</p><br><p>そして5日後、乙川さんは急変してしまい息を引き取ってしまいました。</p><br><p>今思えば、あの5日前のお見舞いは、乙川さんが病室に呼んでくれたのかなとは思います。</p><p>私のことを心配してくれて。。</p><br><p>今こうして生きてられるのも乙川さんのおかげだと思っています。</p><br><p>乙川さん、また5月2日にお会いしましょう。</p><br><br><br><br><br><br><p><br><br></p>
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<pubDate>Sat, 14 Apr 2012 10:04:26 +0900</pubDate>
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<title>リバティースポーツクラブ</title>
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<![CDATA[ <br><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120412/16/hosono34/44/a1/j/o0480072011911815548.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120412/16/hosono34/44/a1/j/o0480072011911815548.jpg" width="300" height="450"></a></div><br><br>68.3㎏<br>お子さまからお年寄りまで集うジムです。<br><br>（このジムでマッスル北村さんと出会うことができました）<br><br>器具を丁寧に扱い、トレーニング施設にありがちな【もさ】もいない素晴らしいトレーニングジムです。<br>ボディービルの選手もいますが共存しあい、逆に大いに気を使ってもらってます。<br><br>私もこのジムに通いはじめて10年。<br>ボディービルの大会にも出場し減量での苦難も体験しました。<br>減量で負けそうになってる時、<br>お年寄りが懸命にトレーニングしてる姿に勇気をもらい<br><br>たかが腹減ってるだけじゃないか。<br><br>お年寄りのほうがよっぽど困難に立ち向かってるではないか。<br><br>そんな気持ちにしてもらい、<br>なんとか乗り越えることができました。<br><br>一週間で8㎏の減量で、幻想も見えました。<br><br>神経が研ぎ澄まされ、食べ物1つ1つの味がしっかりわかるようになりました。例えばレタスなどの野菜類。<br>非常に鮮明にわかるようになりました。<br><br>【共存】そんな言葉がこのジムには似合います。<br><br>いつまでもこのジムが続く事を願ってます。<br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Thu, 12 Apr 2012 07:55:00 +0900</pubDate>
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<title>マッスル北村</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120408/09/hosono34/8f/35/j/o0800060011903267182.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120408/09/hosono34/8f/35/j/t02200165_0800060011903267182.jpg"></a></p><br><p>マッスル北村さんです（みえにくいですが）</p><p><br></p><br><br>ターニングポイントってそれぞれ<br>あると思うのですが、節目々に<br>素晴らしい方に出合い助けられてます。<br>北村さんは、2000年に39才という若さで、強烈なシグナルを残しこの世を去ってしまいました。<br>活躍の最中、業界のある人物にドーピングではめられ、しばらくメディアに出てこられなくなったが、彼の人柄をみれば<br>【白】に違いないことが、<br>れきぜんと分かる。<br><br>見たことのない高重量のトレーニング。周囲の人達を【ドキドキ】させるトレーニングは真似できない。<br><br>【限界に挑戦】彼の口ぐせですが、<br>北村さんの生きていた年齢を超え、果たして何度限界に挑戦したかなと考える。<br>どうだったかな～。<br><br>北村さんの様に周囲に気を使い、器具を丁寧に扱い、限界ギリギリの線まで自分を追い込めるそんな人物になりたいものだ。<br>Zone をみないと人は変わらないもんな。
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<pubDate>Sun, 08 Apr 2012 09:32:00 +0900</pubDate>
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<title>坐骨神経痛</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120402/06/hosono34/e4/45/j/o0800060011889915510.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120402/06/hosono34/e4/45/j/t02200165_0800060011889915510.jpg"></a> <br>丸2年苦しみました。</p><p>結構つらかったです。</p><br><p>朝、ベッドから起きるのに何分もかかり、</p><p>足のひらの裏側まで痛みが走り、くしゃみするだけで激痛が走りました。</p><br><p>※「坐骨」といっても、</p><p>いったいどのあたりなのかと思いますが</p><p>腰とでん部の間のやや外側の部分になります。</p><br><p>日常的に使っているところなので非常に痛めやすいです。</p><br><br><p>その事をまったく知らず、無視して、ラグビーの練習後に高重量のウェイトトレーニングをし痛めてしまった。</p><p>（あせらず、地道にやっていればいいものを、なんか急いでました）</p><br><p>痛める前に予兆はありました。</p><p>でん部全体がしびれ、違和感があり体がシグナルを放っていたのにもかかわらず</p><p>無視し、</p><p>結果2年もまともに走れない状態が続きました。</p><br><p>原因は過度のトレーニングもそうなのですが、</p><p>栄養不足もその１つです。</p><p>ハードなトレーニングをしてるにもかかわらず</p><p>コラーゲンやヒヤルロンサンなどの栄養を摂ってませんでした。</p><br><p>いわゆる［栄養失調状態］だったのです。</p><br><p>これは、スポーツをしている人だけに限らないと思います。</p><p>年齢を重ねるにつれて</p><p>上記にあげた栄養が不足がちになります。</p><p>急な荷物の移動、新潟ですと［雪かき］などで</p><p>ひざ、腰、私と同様に坐骨を痛めることが多くなります。</p><br><p>写真のサプリメントはKentaiの商品ですが、私はこれをとるようになりなんとか［元］にもどりつつあります。</p><br><p>なんでもいいと思うんです。</p><p>体で蓄積できない栄養は、何かしらで補うことが大切で</p><p>無理なく自身が長く続けられるものをチョイスして摂取していく。</p><p>これが大切だと思います。</p><br><p>しばらくは、自分の足腰で快適に過ごしたいので、</p><p>栄養を摂ること（サプリメント）を続けて行きたいと思っています。</p><br><p>あと、練習前、雪かきなどの前にストレッチを忘れない！</p><p>これも結構大切です。</p><br><p>坐骨を痛めて、遠回りしましたが</p><p>実際体験した事を若きラガーに伝えていけれれば</p><p>それはそれで［よし］なのかなと今はやっと思えるようになりました。。。</p><br><p>＜スキーも坐骨周辺の筋肉を鍛えるリハビリになります＞</p><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 06:00:24 +0900</pubDate>
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<title>新潟三洋ラグビー部のこと</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120328/09/hosono34/a5/88/j/o0800060011879216575.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120328/09/hosono34/a5/88/j/t02200165_0800060011879216575.jpg"></a></p><br><p>最近社名が変わり、SANYOの看板が外され別会社の看板となり、非常にさびしく思っています。</p><br><p>東海大学を卒業して就職した会社が新潟三洋です。</p><p>そこのラグビー部に、約10年所属しさせてもらい本当に感謝しています。</p><br><p>世間では、関東社会人リーグの2部までしか進めなかったチームとなってますが</p><p>「2部にいること事態、奇跡的なチームでした」</p><br><br><p>チームの大半は、社会人からラグビーを始めた方々。</p><p>言い方悪いですが［素人チーム］。</p><p>そんなメンバー構成で、対戦相手のメンバーは名だたる大学出身者。</p><br><p>なぜそのようなチームが</p><p>関東社会人の2部ではありますが、試合をこなせたかというと</p><p>地域性も１つの要因だと思います。</p><p>チームメンバーが小千谷、長岡の豪雪地帯出身で、みなさん、［我慢強い！］［下半身が粘り越し］。</p><br><p>そして試合中どんなにつらくても［さぼらない］</p><br><p>新潟三洋のメンバーを今でも尊敬してますし、一緒に活動できて本当に幸せでした。</p><br><p>中越震災後、ラグビー部は廃部のとなってしまいましたが、</p><p>そこから旅立って行った</p><p>木村の耕ちゃんは、7人制の日本代表コーチを経て、横河電機のコーチ、そして吉川ジムのトレーナー。</p><p>その前にホンチャンのSANYOチームでも活躍をした。</p><br><p>そして、ジュビロの遠藤もこれからの期待の選手。</p><br><p>それぞれが、それぞれの道に進んでますが、新潟三洋ラグビー部であったことを誇りに思い</p><p>さらに全員が飛躍してほしいです。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120328/09/hosono34/a5/88/j/o0800060011879216575.jpg"></a><br></p>
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<pubDate>Wed, 28 Mar 2012 09:11:31 +0900</pubDate>
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<title>ジュビロの遠藤選手</title>
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<![CDATA[ <br><p>69.0㎏</p><br><p>夢を叶え2011年からトップリーガーとなった遠藤選手。</p><p>新潟三洋ラグビー部でいっしょだった彼は、あきらめずに努力し続けた結果</p><p>現実化した。</p><br><p>新潟三洋を退社し、＜中越震災でクラブが無くなってしまった＞</p><p>大学生となり＜埼玉工業大学＞そして大学卒業と同時にコーチをしながらタマリバで</p><p>プレーし、</p><p>チャンスをうかがっていた。</p><br><p>監督の清宮さんの目にとまり昨年トップリーガーとなった。</p><br><p>当初は、ラン、パスなどトップリーグのレベルからは見劣りしていたようだが</p><p>1年プレーし、いくつかの課題は残されているが2012年もジュビロの一員でいられる様だ。</p><br><p>今年こそはレギュラーとして活躍することを祈る。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120326/13/hosono34/94/ab/j/o0800053311875444601.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120326/13/hosono34/94/ab/j/t02200147_0800053311875444601.jpg"></a><br></p>
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<pubDate>Mon, 26 Mar 2012 13:15:51 +0900</pubDate>
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<title>日本選手権最高の試合でしたね！ワイルドナイツもがんばりましたね</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120319/07/hosono34/7f/4f/j/o0800060011860470505.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120319/07/hosono34/7f/4f/j/t02200165_0800060011860470505.jpg"></a><br></p><p>私の目には日本での最高の試合だったと思います。</p><p>個人的には、ワイルドナイツの野口くんは、ものすごい成長を感じますね。</p><p>震災がなければ、新潟三洋でPLAYしていた選手が、日本選手権に出てもなんのそんしょくもない</p><p>ワイルドナイツに入りたてのころは、箸にも棒にもという感じでしたが努力がすばらしかったのですね。</p><br><p>ストレングスコーチの青柳くんは新潟三洋で２４時間勤務をしていたり、</p><p>田中くんは、俺の車に載って新潟市民病院に行ったりとなんらか関わりがあり</p><p>どうしてもワイルドナイツを応援したくなってしまいます。</p><br><p>サントリーもすばらしかった。</p><br><p>でも</p><p>来期はワイルドナイツが日本一に返り咲いてほしいなと思います。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hosono34/entry-11197017193.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Mar 2012 07:05:36 +0900</pubDate>
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<title>森徹くんのこと</title>
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<![CDATA[ 67.9kg<br><br>http://www.avis.ne.jp/~sakaya/<br><br>先日、徹くんのご実家に宿泊させてもらった。<br>ご両親が野沢温泉で【さかや】という旅館を経営しており、ご厄介になった。<br>お部屋、料理、お風呂いつも大変満足するものです。<br><br>長野オリンピックから１０数年たっても彼の生き方は尊敬してます。<br><br>モーグルのナショナルチームで認められオリンピック代表に選ばれながら癌になってしまい<br>断念。<br><br>その後のそのすざまじい闘病生活は人々に受継がれていくべきものでした。<br>何年たっても記憶が薄れません。<br><br>自分がモーグルをやり続けているのも彼の影響が強いからです。<br><br>森徹くんのことは多くの世代に知ってもらいたいです。<br>なぜなら身体的になんらかの困難を迎えるのは必然的であり、<br>その時、徹くんのことを思い浮かべ立ち向かってほしいからです。<br><br><br><p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120315/13/hosono34/d2/21/j/o0800060011852678877.jpg"><img border="0" alt="yamatoのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120315/13/hosono34/d2/21/j/t02200165_0800060011852678877.jpg" width="220" height="165"></a><br><br><br></p>
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<pubDate>Thu, 15 Mar 2012 13:28:09 +0900</pubDate>
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