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<title>hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>旅は他火(たび)</title>
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<![CDATA[ 今日は４月５日のひすいこたろうさんのメルマガをご紹介したいと思います。<br><br>長いのですが(私にとって)眠らないでください。<br><br>それ以前に私が眠らないか心配です。<br><br>さて本題に。<br><br>斎藤サトルさんという方の講演に行かれたそうなのですが、<br><br>この方は十代の頃『ワルガキ』だったのです。<br><br>そして十五才の時に、お母さんが病気になります。<br><br>お母さんは病床からサトルさんにこう告げます。<br><br>｢幸せとは『師合わせ』いい師と巡り会うことから幸せがはじまる、だからサトル、人生の師を探しなさい｣と。<br><br>サトルさんは心の深いところにこの言葉が落ちるのを感じました。<br><br>そして旅に出ます。自転車で。<br>まだ十五才ですから。<br><br>日本全国を転々と探し回るのですが、その歳月は四年になりました。<br><br>大きな自分になりたい、その思いで全国を旅しましたがどれだけ旅をしても大きな自分になれないことを痛感する日々。<br><br>ダメだ自分は・・・<br><br>旅をして見えてくるのは、<br><br>あれも出来ない自分<br>。<br>これも出来ない自分。<br><br>小さな自分ばかり。<br><br>旅をすればするほど小さな自分に直面します。<br><br>でもそんなサトル青年をそれでいいと受け入れてくれた大人がいました。<br><br>その大人はこう言っました。<br><br>｢旅とは他火(たび)他人の火に当たること｣<br>サトル青年はついに師匠と巡り会えた！そう感じたそうです。<br><br>講演でサトルさんは<br><br>｢旅をする中で大きい自分にはなれませんでしたが、小さな自分を見つけられたんです。｣<br><br>｢何もできない小さな自分でも、こうして生かしてもらえてることに気付き、感謝の気持ちが溢れてきました。｣と話されました。<br><br>因みにこの師匠とは小林正観さんです。<br><br>私も正観さんの著書を何冊か、ここで紹介させて頂きましたが久しぶりに正観さんの愛情に触れた想いがしたので紹介させてもらいました。<br><br>サトルさんは今は画家として活躍され、病気だったお母さんも今は元気で暮らしていらっしゃるそうです。<br><br>端折って書いてますからメルマガ見たほうが感動すると思います。・・・・遅い？
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<pubDate>Fri, 13 Apr 2012 20:25:48 +0900</pubDate>
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<title>西都原古墳群</title>
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<![CDATA[ 男狭穂塚、女狭穂塚は木々に囲まれ神聖な感じがしました。<br><br>神社を訪れたような気持ちになりました。<br><br>男狭穂塚(おさほづか)は国内最大の帆立貝形古墳で、女狭穂塚(めさほづか)は九州最大の規模です。<br><br>ニニギノミコト、コノハナサクヤヒメの御陵と伝えられていますが時代が違うらしく『陵墓参考地』となっています。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120311/21/hotuma21/1a/88/j/o0240032011845943671.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120311/21/hotuma21/1a/88/j/t02200293_0240032011845943671.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802430001.jpg" width="220" height="293"></a>
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<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 21:13:12 +0900</pubDate>
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<title>都萬(つま)神社</title>
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<![CDATA[ ニニギノミコトの奥様、コノハナサクヤヒメが祭られています。<br><br>印象に残っているのは推定樹齢千二百年の・・・・<br><br>なんの木だろ？<br><br>囲っているコンクリートの柱を倒して成長してます！<br><br>自分の殻をぶち破れ！と言われている気がしました。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120310/00/hotuma21/38/82/j/o0240032011842228161.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120310/00/hotuma21/38/82/j/t02200293_0240032011842228161.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802560001.jpg" width="220" height="293"></a>
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<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 23:48:19 +0900</pubDate>
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<title>日本の曖昧力</title>
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<![CDATA[ 呉 善花(Ｏ　Ｓｏｎ　Ｆａ)著、ＰＨＰ新書発行。<br><br>著者が拓殖大学で講義したものをまとめたものです。<br><br>第一回　日本文化の基礎～日本人の曖昧さの根にあるもの<br><br>この中にこう書かれています。<br><br>体系的に日本を理解するには三つの指標があります。一つは欧米化された日本。もう一つは農耕アジア的な日本。そして前農耕アジア的(自然採集、縄文時代以来)な日本←著者の造語？・・・・日本人の精神構造を理解するのに最も重要なのが前農耕アジア的日本でこの頃に展開された生活に基づいた精神性が今も残っており最も深いところでの精神の層を形づくっている。これが日本人の距離感、曖昧さを好む源泉。と分析されています。それで第四回 日本人はなぜ微妙な歪みを愛するのかに目を移して・・・・<br><br>重要なのは『縄文文化』は縄文時代に日本全土に行き渡っていたということ。つまり日本全土に同質の文化が形成されていた。今に続く根源をここに求められるはず。<br><br>それを象徴的に示す例として『やきもの』を取り上げ、歪みのベースは縄文土器にある。と言い、現在のやきものも縄文的な人間の自然の魂でしか作れない。とあります。<br><br>日本人の精神性の根源が縄文時代にあるという例を簡単に本文から略しつつ紹介しました。<br><br>ここでは相当に端折りましたが、実際に読むと納得しつつ読み進められると思います。<br><br>そう言えば岡本太郎さんも同じようなことを本に書いていらしたような？<br><br>
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<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 22:29:45 +0900</pubDate>
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<title>日本人はなぜ日本のことを知らないのか</title>
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<![CDATA[ 竹田恒泰著、ＰＨＰ新書発行。<br><br>表紙の裏に内容紹介が書かれてあります。<br><br>建国記念の日の日はなぜ二月十一日なのか、日本はいつどのようにできたのか～世界中の国民が知っている自分の国の成り立ちを、日本人の多くは答えられない。初代天皇の存在は伏せられ、『古事記』『日本書記』は非科学的として封印される。<br><br>何より、日本が現存する世界最古の国家である事実を学校は教えてくれない。<br><br>まるで誇りを持たせたくないかのような歪んだ歴史教育。戦争もなく統一を果たし、中国から独立を守り抜いた奇跡の歩みを紐解こう。<br><br>世界で一番人気がある日本を、私たち自身が愛せるように。<br><br>と、あります。<br><br>是非読んで欲しいです！
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<pubDate>Thu, 08 Mar 2012 18:22:48 +0900</pubDate>
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<title>高千穂峡</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/a5/d7/j/o0240032011836550128.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/a5/d7/j/t02200293_0240032011836550128.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802300001.jpg" width="220" height="293"></a><br><br>てくてく歩きました。<br><br>清々しい気持ちになりました。<br><br>ボートに乗りたかったけど時間が・・・・<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/fd/7c/j/o0240032011836550102.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/fd/7c/j/t02200293_0240032011836550102.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802260001.jpg" width="220" height="293"></a><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/51/91/j/o0240032011836550086.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120306/23/hotuma21/51/91/j/t02200293_0240032011836550086.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802320001.jpg" width="220" height="293"></a><br><br>
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<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 23:34:50 +0900</pubDate>
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<title>天岩戸神社</title>
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<![CDATA[ ご祭神は天照大神です。<br><br>西本宮だけ参拝しました。次回は東本宮も参拝したいものです。<br><br>しばらく歩を進めて天安河原(あまのやすかわら)に向かいました。<br><br>古事記のあの話です。須佐之男命の乱暴ぶりに怒った天照大神が岩屋の奥に隠れてこの世は闇になった。<br><br>八百万の神々は天安河原に集まって相談して岩屋の前で宴会を開く事にした。<br><br>アメノウズメノミコトが天岩戸の前で賑やかに舞い踊り、神々がその周りで宴会を開くと<br><br>天照大神が気になって岩戸を少し開けた。それを待ち構えていた手力雄命(タヂカラオノミコト)が岩戸を投げ飛ばし世に再び光りが戻ったという、あの話の場所がここ。<br><br>神様を味方にするには楽しくすることがポイントかも知れません。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120306/20/hotuma21/04/87/j/o0240032011836037812.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120306/20/hotuma21/04/87/j/t02200293_0240032011836037812.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802370001.jpg" width="220" height="293"></a><br><br>鳥居が少し違うのは理由があるのでしょうか？
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<pubDate>Tue, 06 Mar 2012 19:45:28 +0900</pubDate>
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<title>和気神社</title>
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<![CDATA[ 和気神社は和気清麻呂さんを祭る神社です。<br><br>和気神社を知らなくても京都の護王神社なら知っている方がどちらかというと多いかも知れません。<br><br>どちらも狛犬ではなく狛猪が迎えてくれます。<br><br>清麻呂さんの生まれた岡山の和気町にも和気神社があるようです。<br><br>今回訪ねたのは鹿児島の大隅町(？)の和気神社です。<br><br>ここは道鏡事件によって流罪になり清麻呂さんが一年ほど過ごされたところです。<br><br>皇族ではない道鏡という僧が当時の天皇【孝謙天皇(女性)】の厚い信頼をいいことに弟と共謀し天皇の座に就こうとしたのを清麻呂さんが阻止しました。<br><br>しかし、理不尽にも流罪になるわけです。国難を救ったのに。<br><br>ただ、中央の吉備真備さんらの援助もあり孝謙天皇が崩御なさった後には返り咲きされてます。<br><br>そして桓武天皇の信任厚く平安京の造営の指揮をとりました。千年の都を作った男なんです。<br><br>今の京都ということですが。なのに無名に近いのが残念です。<br><br>写真はこの辺りを龍馬さんとお龍さんが新婚旅行されたみたいで、それを示しています。側に龍馬さんが和気清麻呂さんを慕う気持ちをもっていたことが書かれてある説明書きがあったのですが、あの当時の頃くらいまでの人達には知られていたんだなぁと思いました。<br><br>私は清麻呂さんをもっと世に知らしめたいです。<br><br>神社の下の方には滝がありなかなかの迫力でした。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120304/21/hotuma21/b0/03/j/o0240032011832323710.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120304/21/hotuma21/b0/03/j/t02200293_0240032011832323710.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802080001.jpg" width="220" height="293"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120304/21/hotuma21/7c/81/j/o0240032011832338001.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120304/21/hotuma21/7c/81/j/t02200293_0240032011832338001.jpg" alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3801980001.jpg" width="220" height="293"></a>
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<pubDate>Sun, 04 Mar 2012 20:18:00 +0900</pubDate>
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<title>幣立神宮</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120303/19/hotuma21/c4/65/j/o0240032011829668055.jpg"><img alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802180001.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120303/19/hotuma21/c4/65/j/t02200293_0240032011829668055.jpg" border="0"></a></div><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120303/19/hotuma21/42/32/j/o0240032011829668081.jpg"><img alt="hotuma21さんのﾌﾞﾛｸﾞ-SH3802200001.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120303/19/hotuma21/42/32/j/t02200293_0240032011829668081.jpg" border="0"></a></div><br>不思議なもので行きたいと願っていたら行くことになった。<br><br>幣立神宮。<br><br>【由緒】<br>大日本に見える知保の高千穂嶺が当宮の所在地である。筑紫の屋根の伝承のように神殿に落ちる雨は東西の海に注いで地球を包むので高天原日の宮の伝承を持つ国始めの尊宮である。<br><br>古来、天神地祇を祭った神籬は日本一の巨桧として現存する。<br><br>神武天皇のご発輦の原点で皇孫、健磐龍命(たけいわたつのみこと)は勅命によって天神地祇を祭られた歴史がある。<br><br>なお祭神は神漏岐命(かむろぎのみこと)、神漏美命(かむろみのみこと)及び、大宇宙大和神(おおとのちおおかみ)、天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)、天照大御神など最高の神をお祭りしてある。<br><br>とある。<br><br>・・・・すごっ！<br><br>この神宮では五色神祭という(五年に一度の大祭、間四年は小祭)儀式が行われている。<br><br>世界の人類を五色に大別してその代表の神々が”根源の神”の広間に集まって地球の安泰と人類の幸福、弥栄、世界の平和を祈る儀式です。<br><br>遥か太古から行われている世界唯一の祭典です。<br><br>ネットで見てみるとイロイロ書かれてあって面白い。<br><br>竹内古文書にある五色の面が奉納されている所ということで興味があって行きたかった。<br><br>唯、それだけだったんですが・・・・
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<pubDate>Sat, 03 Mar 2012 19:08:25 +0900</pubDate>
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<title>歴史通１１月号</title>
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<![CDATA[ 私が紹介したいのは６５ページからの七奪は全て捏造、松木国俊さん(元豊田通商ソウル事務所駐在員)が語る内容です。<br><br>以前、私は『七奪』を信じていました。それを黄文雄さんが覆してくださり非常に晴々した気持ちになりました。<br><br>同様の内容が掲載されていますのでもし引け目のようなものを感じている方がいらしたらその人には価値あるものとなると思います。<br><br>これはかつての朝鮮総督府の年鑑や日本統治下の朝鮮で使われた教科書などを資料に綴られています。<br><br>今日はひとつめの韓国国王を奪ったを見てみたいと思います。<br><br>本文から<br><br>日本は李王家を日本の皇族の一員としてお迎えし、併合時の純宗皇帝は李王となられて日韓の皇室が融合したのです。<br><br>日本は李王家を手厚く保護しました。朝鮮総督府『施設三十年史』(国立国会図書館蔵)には歳出項目の最上段に｢李王家歳費｣とあり、毎年百八十万円が計上されています。現在の価格で約二百億円になります。<br><br>他の宮家の皇族費とは格段に差のある巨額です。<br><br>更に梨本宮方子(なしもとのみやまさこ)女王が李王家の王世子・李垠殿下に嫁がれました。<br><br>このことひとつとっても、日本の朝鮮統治は植民地の王室をことごとく廃止した欧米列強の｢植民地支配｣とは根本的に違っているのは明らかです。<br><br>終戦時、李垠殿下は密航してでも朝鮮に帰ろうとされましたが、韓国の李承晩大統領が許さなかった。李王朝を復活させず、共和制国家を作ったのは韓国自身です。<br><br>ここまで本文から。<br><br>どうでしょう？他国は奪うのが当然の如く振る舞うのに日本は与え、尽くす姿勢です。<br><br>日本に生まれて良かった。日本人で良かった。
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<link>https://ameblo.jp/hotuma21/entry-11077569630.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Nov 2011 19:29:19 +0900</pubDate>
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