<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>YAMAの闘病記録！</title>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/houdoujoshi0306/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>関節型エーラス・ダンロス症候群/成人発症型重症喘息/アトピー性皮膚炎/多嚢胞性卵巣症候群です。20代車いすユーザー（WHLL　modelC2）コメントお待ちしています！！</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>リラックスタイムが私に教えてくれたこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>こんにちは<img alt="スター" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/661.png" width="24"></p><p>このところは安定の体調の悪さと通院ラッシュにてあっという間の11月でした。</p><p>そんな忙しさの中で、ホッと一息リラックスできる時間を作れたことで気分的に軽くなれたのはとても良い事でした。</p><p>また日々の生活に追われて心身ともに疲弊しがちで、大切なことを見落としている事に気付くことが出来たとても有意義な時間だったのでこれからはこまめにそういう時間を作っていきたいです<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/024.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>さて前回の記事にて投稿した麻酔科受診の事について少しお話していきたいなと思います。</p><p>正直、前回の投稿をした後もどうしたら良いのかモヤモヤした感情がずっと渦巻いていて、自分だけではどうにもならないような気がしていました。</p><p>自分一人で方向性を決めてしまうとかえって良くない結果になるのではとの不安もあり、とにかく周囲の人たちの意見を聞くことに徹し、早急に結論を出さないようにしていました。</p><p>その甲斐あってか、最終的には「自分らしい」結論になったと思います<img alt="照れ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/007.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>結論から言いますと、引き続き麻酔科医を探すことに決めました<img alt="ウインク" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/004.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>今回の事で、これまでの事を思い出しました。</p><p>今の難病だと診断されるきっかけとなった膝の手術も、難病診断の時も、周囲の逆風はとても強く一見すると味方がいないように</p><p>思えた状況の中、どんな時も自分の傍でそっと寄り添ってくれる人たちがいつもいた事。</p><p>そんな人たちがいたからこそ、逆風に負けることなく手術後数か月で社会復帰が出来たり、自分1人であっても診断を聞きに行くことが出来たという事も。</p><p>そんな事を考えたらここまで何があっても自分の信じたことを今までしてきたのに、ここで諦めてしまうなんて「らしくない」と感じました。</p><p>このまま何もせず、不平不満を言うだけなら確かにラクだと思いますが、今それをするのは今後の自分の為にはならないどころかこれまで散々私を支えるために振り回されてしまった人達に顔向けができないと思いました。</p><p>ここまで振り回してしまった以上、1人の大人としてその責任は最後まで自分でとるべきですからね<img alt="プンプン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/013.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>そうはいっても確かに今の身体の状況だといくら病院を探したところで有効打となるお薬はなかなか出てこないだろうという事は理解しています。</p><p>でも、そんな答えを求めているのではなくちゃんと説明と安心がほしいだけなんです。</p><p>ある程度の先行きを相談しながら、たとえ厳しい状況が長期化しても崩れないように双方が無理のない範囲で医師も患者側も納得する作業が必要だと今は考えています。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなこんなでまた通院でバタバタする日々が続きそうですが、風邪やインフルは勿論、喘息が悪化して入院という事にならないよう、しっかり体調管理していきたいと思います<img alt="立ち上がる" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/650.png" width="24"></p><p>日々の気温差が激しいので皆様お体ご自愛下さいませ<img alt="花" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/663.png" width="24"></p><p><img alt="お願い" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/025.png" width="24"><img alt="お願い" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/025.png" width="24"></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12830434840.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Nov 2023 14:16:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お久しぶりです。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>久々の投稿となってしまいました💦</p><p>季節はもうすっかり秋ですね。</p><p>今回の季節の変わり目も例年に負けないぐらいの体調不良でした…。というか毎年症状がパワーアップしている感じが否めません。</p><p>仕事はそんな体調を忘れさせてくれるひと時となっていて、やっぱり自分にとっては働くって大切なことなんだなぁとつくづく実感している今日この頃です。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなコンディションの中、一昨日（10/30）は初めてのペインクリニック受診でした。</p><p>ここ数か月、いろんなペインクリニックを駆けずり回っては誤診をされたり、そもそもEDSについて理解をしてもらえなかったり…そんなことが何回も続いたおかげで、医師との良好な関係を築く自信もすっかり無くなってしまったのでした。</p><p>もともと結構な人見知りだったのですが、そこに疑心暗鬼な気持ちがプラスされ最早医師に対して疑いの目しか持てなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">○診察当日○</p><p>そんな中のペインクリニック初診。遺伝科Drからのお墨付きもあったので、重い腰を上げて受診しました。</p><p>月曜の午前、乗換の駅構内は結構な人だかりで病院へ着く頃にはもうヘトヘト。しかしその後も問診を書きながら待合で1時間以上待ち…</p><p>ようやく診察室へ行きついて話し始めるも、こちらの話は確かに聞いてくれました。でもどれだけ話しても前主治医の治療を批判し、こちらが質問がてら提案したことは却下され…</p><p>挙句の果て「喘息のコントロールが悪いのでは？」とか、「アスピリン喘息でこのお薬が飲めないなんて聞いたことがない。」とか神経障害性疼痛の治療薬について聞かれたので、疲労に効果はあったが痛みに効果がなかった事を伝えると、「このお薬は外来で凄く良く処方するお薬だけど、問診を見る限り効果があるはずだ」と言われる始末でした。（今こうやって書いてみても、実に見事なぐらい否定の言葉ばかりですね<img alt="ガーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24">）</p><p>&nbsp;</p><p>結局、お薬の変更はなく（これは転院後の初診ではあるあるなので覚悟してました<img alt="泣" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/665.png" width="24">）内服薬が多すぎて飲むのが大変という私の話は「自分で内服飲めるんだから内服でしょ！！」と一蹴され、今後の治療方針について聞くと「色々あんまり期待し過ぎない方が良いよ」という謎の一言とブロック注射の提案のみでした。</p><p>しかもブロック注射は今までも幾度となくやっていてどうせ効かないんだよなぁと内心思いつつ、イマイチな反応をしたのがダメだったのか、「今日は別にやらなくても次までに考えてくれれば良いし」と言いつつ私が明確な返事をするまで診察を終わらせて貰えなかったので、早々私の方が諦めて「やる」と返事して診察を終了させたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>ブロック注射の為、処置室へ行き注射後15分ほど横になっていってと看護師さんに言われたのでベッドに横になっていると「そんなにいつも遠慮してるの？ちゃんと言わないと損するし、相手も分からないよ」とだけ言って気づいたときにはもう医師の姿はありませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>無事に処置室を出て、会計を済ませて朝から何も食べていなかったのでご飯を食べに行きました。でもどうにも得体のしれないモヤモヤが気持ち悪くて一生懸命考えをまとめようとしましたが、結局ちゃんと全体像が理解できたのは帰りの電車の中でした。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">〇診察後感じた事〇</p><p>今後何をしてくれるのか分からない不安。こちらの意見はすべてと言っていいほど否定されこれまで主治医と共に頑張ってきた喘息の治療すら効果を疑われ…悲しさやくやしさ、怒りが一気に押し寄せてきました。</p><p>自分のやっている事はどれだけ疑われても良い。でも、難病が分かる前から試行錯誤を繰り返して治療をしてくれている呼吸器Drが疑われるのはどうしても許せず、ここまでの治療にかけてきた努力や時間がすべて疑われた気がして悲しかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして今回の受診の話を姉にしたところ、「29の女の子が誰の付き添いもなく、一人で診察に来たからバカにされたんじゃない？」といわれ、思わず直感的に「そうに違いない！！」と思い始め、もう疑うことが止まらなくなってしまったのでした。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">○今回の受診を通しての学び○</p><p style="text-align: left;">日常の中で頼れる親がいない事がどれだけ影響するのかを初めて強く思い知らされることになり、そんな状況の中どれだけ自分一人で頑張っていようと、医者のプライドから見れば取るに足りないちっぽけなものだということを学ぶこととなりました。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">これまでどんなマイナスの出来事があっても何とか踏みとどまりプラスへと変えてきたことは、やっぱり「ただの過去」でしかなく第三者から見れば大したことがないのだと考えておいた方が落ち込まなくて済むのかもしれません。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">今後どこかの医療機関へ初めて行くとしても、自分は勿論医師に対しても期待することは辞めようと固く誓った受診でした。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">久々の投稿で長文となってしまい、読みにくいかもしれません。ごめんなさい<img alt="ショボーン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/017.png" width="24"></p><p style="text-align: left;">皆様もくれぐれもご自愛くださいね<img alt="ニコニコ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/615.png" width="24"></p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">最後まで読んで頂きありがとうございました！またそのうち投稿したいと思います<img alt="照れ" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/027.png" width="24"></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12826235157.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Nov 2023 21:48:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>社会人其の二</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>久々の更新となってしまいました。</p><p>ここ最近の暑さで体調もあまりすぐれずしんどい日々です。</p><p>&nbsp;</p><p>前回の続きを書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>社会人デビューを果たした病院を退職した直後、高校時代からお世話になっていたケーブルテレビのディレクターさんから仕事のオファーがきました。</p><p>アルバイトとしての入職でしたが、様々なことを教えて頂きました。着実に経験を積み契約社員→正社員として働くようになりました。</p><p>毎日、大好きな番組制作が出来ることが幸せで仕事に熱中する日が続きました。</p><p>21歳になりたての6月のある日、別部署の同僚にイベントスタッフの助っ人を頼まれ半月ぶりの休みだったにもかかわらず引き受けてしまったのです。</p><p>テントの中で作業をしていると、アルバイトの学生さんが台車を押して入ってきてうずたかく積まれた荷物とテントの骨組み、台車に足が挟まれ転倒。そのはずみで荷崩れを起こし身動きの取れない状態になりました。心配して病院に連れて行こうとする同僚をなだめそのまま仕事をしました。</p><p>しかし翌日になると左膝と左足首が腫れあがってしまい、やむなく病院へ向かいました。</p><p>その結果、膝は前十字靭帯断裂と内側側副靭帯損傷、足首の靭帯も断裂してしまったのでした。</p><p>そして2015年9月に初めての手術を地元の整形外科で行いました。この手術で気管支喘息発症してしまいました。しかし、術後1か月が経ったある日、リハビリ中に再断裂。</p><p>2016年5月に再手術をしましたが、経過は悪く右膝の前十字靭帯断裂も発覚。2017年2月に右膝の靭帯再建術を行いました。</p><p>膝の経過は思わしくなく身体の痛みが強くなっていました。</p><p>リハビリを経て23歳で満を持して都内某局に転職。アシスタントディレクターとして働き始めました。</p><p>膝の調子や喘息など、体調はあまり良くありませんでしたが、ずっと夢だった都内テレビ局で働くという夢をかなえた私は自分の身体のことなど考えられずに仕事に没頭していたのでした。</p><p>そんな2018年の年始早々、喘息発作が頻発し寝ているのも苦しくなりました。かかりつけの病院へ行くと、診断は「肺炎」そのまま入院となり、2週間の入院を余儀なくされました。この入院期間中に倦怠感と身体の痛みが悪化し動けなくなってしまいました。</p><p>退院はしたもののとても働けるような状態ではなく喘息も悪化していたため、退院翌日には別の病院へ入院してしまいました。この入院期間中に「謎の倦怠感と身体の痛み」の原因を突き止めるべく大阪へ転居することを決めたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>2018年3月1日、大阪への転居が完了。その月に「慢性疲労症候群/線維筋痛症」と診断されたのでした。</p><p>それから1年はほとんど働けず、通院以外はひきこもりの生活を続けていました。</p><p>2019年の春ごろから単発の仕事を少しずつ始めるようになりその年の秋にブライダルカメラマンとして復帰しました。</p><p>その矢先にコロナが流行し始めて仕事も無くなってしまったのでした。</p><p>そして再び左膝の不安定感に悩まされるようになり、3度目の「左膝前十字靭帯断裂」と診断され2021年2月に3度目の手術に踏み切りました。この手術で執刀医の先生が「エーラス・ダンロス症候群」の可能性に触れてくれたのです。</p><p>同年4月に院内の遺伝科へコンサル、受診し6月に遺伝子検査受検。大阪では確定診断がつけられず11月に専門医療機関へ受診し「関節型エーラス・ダンロス症候群」と診断されたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>診断後、やけを起こしていたさなか（2022年1月）コロナ感染。重症化してしまい翌月にはコロナ病棟に入りました。</p><p>その後はコロナ後遺症に悩まされましたが、ゆっくりと休息をとり同年6月に社会復帰。障碍者雇用で完全在宅勤務の一般事務へ就職。</p><p>2022年冬、関西での治療に限界を感じ関東へ帰還することを決意し今年1月関東へ戻ってきたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>ざっくりとここまで書いてみましたが、細かいことを書けばボリュームが半端ない感じなのでそれはおいおい話していこうと思います＾＾</p><p>&nbsp;</p><p>ここまでお付き合いして頂きありがとうございました！！</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12811796696.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Jul 2023 17:42:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>③高校時代～社会人</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>前回の更新からあいてしまいましたが、高校時代から社会人（序盤戦）を書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>中学校入学当時から興味のあった放送部のある高校に入りたいという念願をかなえ、入学当時NHK主催の全国大会に17年連続出場していた高校へ行きました。</p><p>入学して間もなく、放送部に入部。学校生活はスムーズに始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>身体の痛みは相変わらず続いていました。自宅から高校までは電車通学。最寄駅から高校までは遠かったですが、歩いて通学していました。歩行距離がのびればのびるほど足の痛みは酷くなっていきました。</p><p>身体の不調に付き合うだけの時間もないほど、学校生活は順調に進んでいきました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中の2011年3月11日。東日本大震災。</p><p>金曜日の6時間目、英語の授業中でした。あと30分ほどで授業が終了し部活へようやく行ける。そんなことを考えていました。</p><p>グラウンドに逃げた瞬間、体育館の屋根がものすごい音を立てながら落ち、ギリギリ体育館から体育の先生が飛び出してきたのが今でもたまによみがえります。</p><p>この震災で実家は床上浸水となり、16年間私の成長を見守った我が家は永遠に失うこととなりました。</p><p>意気消沈した私は、部活の顧問の先生や友達と一緒に原発の影響で福島からの避難者で作られた避難所へボランティアに行くようになりました。</p><p>これはのちに石巻や陸前高田などへのボランティア活動へと繋がっていくものとなりました。</p><p>この頃の私は心身ともにどん底で不眠になっていました。</p><p>体のだるさは取れることがなく、メンタル的にも自分一人では気持ちの収集がつけられないほど辛くなっていました。</p><p>環境の変化で家族みんなが余裕がなく、体調不良についてはとても言い出せるような状況ではありませんでした。</p><p>この震災によって、得たものもありました。それは、「番組制作」。</p><p>自分のしんどさはすべて番組に注ぎ込むことでしか17歳の私は生きることが出来ませんでした。</p><p>震災でバラバラになってしまった家族と本音を語ることを許されない苦しさや辛さをすべて番組にぶち当て、その思いが私を全国大会の舞台へと連れて行ってくれたのでした。</p><p>そして作品作りの中で地元ケーブルテレビ局のディレクターとのご縁をつなぐことが出来、夢だった全国大会出場も果たしたことで本気でテレビマンになろうと考え始めました。</p><p>その反面、私の身体でその過酷な労働環境に耐えられるのか不安でしかなく、毎日を悶々と生活していたのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>結局、高校3年間で体調不良は悪化し、身体の痛みと疲労感・倦怠感そして関節の脱臼が止まらないことを家族に伝えられないまま社会人となったのでした。</p><p>&nbsp;</p><p>高卒でテレビ業界に行くことは至難の業であることを知り、社会人デビューは医療事務を選びました。</p><p>しかし、その職場はパワハラやセクハラが蔓延しておりそんな環境に愕然としていたさなかにケガをしました。</p><p>ストレッチャーと壁に右手親指を挟まれ、腱断裂をしてしまい利き手だったため休職を余儀なくされました。</p><p>休職期間中にさらに体調が不安定になり、セクハラのストレスで不眠となり、職場復帰はかなわず在籍期間半年で退職となりました。</p><p>そしてこの退職が私を夢の舞台へと連れて行ってくれることになりますが、この後の話はまた次回話していこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>高校時代という一番多感な時期に親に心を開くことのできなかったことは今でも大きな傷となっていることに最近気づきました。</p><p>震災は大きな影響を及ぼし、私たち家族はバラバラとなってしまいました。</p><p>誰に本当のことを話して良いのかと悩み、持って行き場のない苦しさや辛さを作品にぶち当てることしかできなかったあの頃の私を力いっぱい抱きしめてあげたい。「大丈夫、一人じゃないよ」って声をかけてあげたい。</p><p>&nbsp;</p><p>謎の体調不良の正体がわかるのは、まだもう少し先の話。</p><p>&nbsp;</p><p>読んで頂きありがとうございました。</p><p>皆さん一人一人が、自分に優しく出来ますように。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12807843359.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jun 2023 11:26:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>②中学校の思い出</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>こんにちは。</p><p>梅雨らしい天気が続いていて体調の悪い方がとても多いですが、皆さんゆっくり過ごされているでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>こんな陽気ですが、今日は前回に続き中学校のことについて書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>中学へ入学しても、いじめはまだまだ続いていました。</p><p>しかし、中1の体育祭で決定的な事件が起きます。</p><p>毎年の恒例行事だった中1の二人三脚。</p><p>私は走るのが遅い方だったのでとても苦手意識を持っていました。それなのに一緒に走ることになったのは、くじ引きで決められた学年1足が速い男子でした。</p><p>体育祭前にいくら一緒に練習しようといっても練習をしてくれずとうとうそのまま本番の日を迎えました。</p><p>そしてスタートした瞬間に私は転倒。お互いの足を結んでいたロープが解けてしまい、相手はそのまま走り去っていきました。</p><p>転倒したまま起き上がれない私を見て周囲の保護者や生徒が笑っていたのを今でも覚えています。</p><p>どうしたら良いか分からず途方に暮れている私に聞こえてきたのは父が担任に向かってあげた怒鳴り声でした。</p><p>&nbsp;</p><p>その日以来、私は教室へ入ることが出来なくなり、保健室登校へとなりました。それまでさほど悪化していなかった自律神経失調症が悪化し、不眠と過眠を繰り返すようになり学校へ行ける日も極端に少なくなりました。</p><p>この時期から近所の漢方内科へと通院するようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>漢方の効果もあり、中1の3学期から休みながらも教室登校へ復帰しましたがそれでも体調は悪化する一方でした。</p><p>もうこのまま学校へ通うのは無理だと感じていて毎日が本当につらかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>中1の修了式が終わった春休みに転校の手続きをし、隣の学区の中学へ行くことになりました。</p><p>転校した後は、いじめはなくなり、体調も少しづつ良くなっていきました。</p><p>中2の2学期ごろには完全に漢方が要らなくなりましたが、この頃から身体の痛みが悪化していました。</p><p>この頃の自覚症状としては痛みと倦怠感、度重なる腱鞘炎だけだったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>親に対していくら身体が痛いと訴えても、運動不足だとか言われるばかりで途方に暮れていたのもこの時期でした。</p><p>体調不良に対して親が耳を貸してくれないのは相変わらずで原因を探す手立てもなく痛みを何とか感じないようにごまかすことしかできませんでした。</p><p>どれだけ環境が変わっても、誰にも話を聞いてもらえない孤独感は消えることがなく、寂しさを募らせることしかできませんでした。</p><p>今、この時のことを振り返ってみても本当に胸が詰まる思いでこの時の私にしてあげられることは何だったのだろうと自問自答してしまうほど苦しい状況だったのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今日はここまでとしたいと思います。</p><p>次回は高校時代の時のことについて書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>いつも読んでくれて本当にありがとう。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12807214126.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Jun 2023 15:01:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>①幼少期～小学校までの記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>今回から、予告していた通り生い立ちについて書いていこうと思います。</p><p>割と一般家庭育ちの方からすると刺激の強い内容があるかもしれませんが、ご無理をなさらず辛くなったら読むのを中断されてくださいね。</p><p>&nbsp;</p><p>私は4人兄弟の末っ子として産まれました。長男とは12個、長女とは10個、次女とは7個離れています。</p><p>歳の離れた末っ子ということもあり、昔から父がとてもかわいがってくれていました。</p><p>遊び相手はいつも決まって父親で、幼稚園の頃は父が休みの日はいつも遊園地や動物園、大きい公園などに連れて行ってもらっていました。同い年の子と遊ぶことが少ないはずなのに、ケガばかりしていたそうです。</p><p>週末は、親と過ごす時間よりも祖父母と過ごす時間が多く、田園風景が広がる田舎でのんびりしていることが多かったです。</p><p>この頃はアトピーと花粉症がとても酷かったため、祖母が自分の畑で私専用の無農薬野菜を作ってくれてそれを食べるようになってから食事でかゆみが出ることが減ったそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校へ入ると同学年の男の子から酷いいじめに遭い、いつも泣かされていました。石を投げつけられてケガをしたり、足を引っかけられて転ばされて内出血したり…そんなことが何度もありました。学校へ行くのがいつも辛かったですが、両親は共働きだったため簡単には学校を休めずしぶしぶ登校していました。</p><p>小学校低学年は、風邪をひきやすくいつも喘息の症状が出てしまうため病院通いが絶えず、捻挫もしょっちゅうしていたので接骨院に行ったりと身体が弱く学校も休みがちなことが多かったです。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校4年生のころ、体力テストで自律神経失調症と診断され、保健の先生から病院へ受診するよう勧められましたが母に話しても取り合ってもらえず、担任の先生からは気のせいじゃないかと言われ、病院には行けませんでした。</p><p>この頃は夜、寝つきが悪くなったり夜中に目が覚めてそのまま眠れないことがあったりとしんどい時期でした。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校5年になると、身体が少しずつ丈夫になってきて風邪をひくことが減っていました。それまでは毎回風邪をひくと喘息の症状が出て治るのに時間がかかっていましたが、この頃は不思議と喘息の症状が落ち着いていました。</p><p>それ以外は家庭環境もケガのしやすさも、相変わらずでした。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校6年生は、読書が大好きで小学校の図書室にある蔵書すべてを読み切り、卒業しました。</p><p>しかし一方で授業の板書などで腱鞘炎になりやすく、湿布とテーピングが手放せない時期でした。</p><p>体育の授業などがある日は、体力的にとてもしんどく「疲れすぎて眠れない」という状況でしたが、特に誰かに相談することもなく悶々と過ごしていた記憶があります。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校6年間は、学校でいじめがあったりそれと同時に体調の変化も著しく自分でも何が原因で体調が悪く、ケガがしやすいのかも分からず、漠然と「周囲とは何かが違う」という違和感を常に感じることが多かったように思います。しかし、どうしたら良いのかも自分では分からず、感じている違和感と不安を親に話せそうもなく気持ちの持って行き場もなかった頃だったのでとても寂しい思いをしました。</p><p>今でもこの頃のことを思い出すと切ない気持ちになります。</p><p>最近は、「今の私なら、この頃の自分に何かしてあげることがあるだろうか」よくそんなことを考えます。</p><p>今の私はきっと話を聞いてあげることしかできないと思います。</p><p>でもあの頃の自分にせめて「静かに話を聞いてあげる大人」がいたらあんなに寂しくて不安になることはなかったのかもしれません。</p><p>その結論に行きついたとき、「誰かの寂しさや不安、そういう想いを静かに聞ける大人」として生きていきたいと初めて感じました。そしてそれこそが、「小学生の私」と寄り添って生きていくことなのではないかと考えています。</p><p>この生き方はどれだけ病気が進行しても奪われることはありません。この先何があっても「小学生の私」と寄り添っていくことがあの頃身に着けられなかった「自尊心」になるのではないかとも思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今回はここまで。</p><p>次回は中学校の頃のことを書いていきたいと思います。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12806582394.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Jun 2023 17:38:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大阪通院で考えたこと。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>梅雨の晴れ間で今日の関東地方は見事に快晴！お洗濯日和です。</p><p>先日の台風は皆さん被害はなかったでしょうか？台風ともなると、体調が悪くなる人も多いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その台風の中、私は3か月に1度の大阪へ呼吸器内科受診に行ってきました。</p><p>関東に引っ越してきてから半年がたちますが、呼吸器内科と整形外科だけは大阪の大学病院に残しています。</p><p>呼吸器は5年目の付き合い、整形は2年半ほどの付き合いになります。</p><p>難病と診断される前から診てくれている数少ない理解者です。</p><p>整形の先生が手術の時の違和感を感じてくれなかったら…そう考えると少し怖くなることがあります。この二人の先生がいてくれなければ今の私はなかった、と言っても過言ではないぐらい、大きな存在です。</p><p>大阪に行ける身体のコンディションが続く限りは、今後も大阪への通院を続けたいと思います。</p><p>今回の通院はほとんどスケジュール的には「おまけ」みたいなもので帰り道は浜松に寄り道をしてかの有名な「さわやか」のハンバーグを食べるということもして来ました！！</p><p>初めての静岡はとっても人がとてもあったかくて道行く人たちがそっと気遣ってくれる、車いすでも動きやすい街でした。絶対にまた行きたいです☆</p><p>&nbsp;</p><p>そんな旅行もありつつの大阪の通院のたびに感じることは、「自分は幸せ」であることと恵まれた環境にいる、ということへの感謝です。</p><p>難病だと分かりあっという間に症状が転がっていく中そっと寄り添ってくれた人がいること。これって本当にすごいことだと思うんです。</p><p>渦中にいるときは、「自分は孤独で誰も守ってくれない。」そんな考えでとてもしんどい思いをしました。</p><p>でも実際にはそんなことはなく見守ってくれている人は居たし、手助けできることがあれば手を差し伸べてくれる人がすぐそこにいました。</p><p>そこから学んだことは、辛くてしんどい時だからこそ助けてくれる人のことを忘れないようにしています。普段の生活の中で助けてくれる味方を作っておくようにと心がけています。</p><p>&nbsp;</p><p>最近自分について思うことは、「頼る」ということがとても苦手で素直に「困っているから助けて欲しい」と言えないのが問題だなと感じています。</p><p>思い返せば、昔から助けを求めることが苦手でした。</p><p>その根底には「人に迷惑をかけてはならない。甘えられる相手がかわいそうだ。自分のことは自分でしなければならない。」</p><p>そんな考えがあるように思います。この考えはどこから来たのか遡っていくと幼少期からの親子関係に理由があるのかなと思い当たりました。</p><p>今後のブログはそんな私の”過去のお話”をしていこうかなと思います。</p><p>ゆるゆる更新していこうと思うので、是非お付き合いくださいませ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12806570335.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Jun 2023 16:07:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>誕生日に考えたこと。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんにちは。</p><p>今年も早いもので梅雨の時期がやってきました。</p><p>去年のように早めに終わってくれないかなぁ…</p><p>このシーズンは喘息発作におびえながらの生活が始まります。痛みや倦怠感にプラスして夜間の発作…睡眠不足に拍車をかけます。</p><p>眠れるときに眠り、出来るだけ体を休め体調に変化がないか慎重に観察する日々は考えただけで憂鬱です。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな時期はきまってひきこもりになってましたが、今年は活動的でありたいな、と思っています。</p><p>いろんなことを楽しみながら体はもちろん、精神的にも優しい生活を送りたいです。</p><p>「やりたい」と思ったことを健康な人のように上手にスムーズには出来なくて時間がかかって不器用に見えたとしてもやりたいことをやっているんだから良いと最近は考えるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>一昨日は私の29歳の誕生日でした。</p><p>友達と遊びまわって充実した誕生日を過ごすことが出来ました。20代最後の年をどう過ごそうか考えるだけでワクワクしてきます。</p><p>その反面来年の誕生日には身体はどうなっているのだろうとも考えます。</p><p>今よりも悪くなっていたらどうしよう。仕事が出来なくなったらどうしよう。そんなことが頭をよぎりますがそれと同時に感じることは、健康な人でも年々老化はしていくし、自分だけじゃない。出来なくなったらやり方を変えれば良い。ということです。</p><p>困ったとき、やり方を工夫する為のアイディアを今のうちから貯めておこうと思います（笑）</p><p>&nbsp;</p><p>誕生日という節目を迎えて今までの人生を振り返りました。</p><p>病気だとわかるまでの私は好きなことだけをして生きて、人間としての成長なんてことは全く考えていない、頼りない人間でした。</p><p>そこから病気をして、長期の療養生活を送り社会復帰までの長い長い道のりをたくさんの人に支えられながら歩いてきました。</p><p>おととし、遺伝性疾患だと診断が下ったときに考えたことは、「私みたいな生き方をしている人間は生きている価値がないということだ」と勝手に結論付け、一人でヤケになっていました。今考えてみれば、本当に一人だったわけではなくたくさんの人が心配をして案じてくれていました。</p><p>周囲が心配していた通り、ヤケを起こして無理をしたばかりにコロナに感染。危うく命を落とすところでした。</p><p>その療養期間中は、病気と自分自身と向き合うきっかけになりました。</p><p>私の人間としての成長はそこから始まったのだと思います。今でも上手に向き合い付き合っているとはいいがたいですが、これでも成長した方だと思います。</p><p>ここから先が人生本番、長い長い道のりです。たくさんの人に支えられていくだろうし、迷惑をかけるでしょう。でもその一つ一つが生きてる証じゃないかと最近は感じています。</p><p>今後は自分も含めた私に関わってくれているすべての「人」を大切にできる生き方をしていきたいと考えています。</p><p>このブログを通して、1人の人間としてこんな生き方もあるということを知ってもらって皆さんが何かを感じ生き方を考えるきっかけになれたらと思っています＾＾</p><p>&nbsp;</p><p>つたない文章で読みにくいところもあると思いますが、一人でも多くの人に病気を知っていただけるように書き綴っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12805298378.html</link>
<pubDate>Tue, 30 May 2023 17:38:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p>お久しぶりです。</p><p>&nbsp;</p><p>少し時間が空いての更新となりました。</p><p>ここ数日暑い日が続いていますが、いかがお過ごしですか？</p><p>&nbsp;</p><p>私は来週から始まる通院ラッシュにおびえつつ仕事に取り組んでいます。</p><p>ここ最近考えていることを書いていこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今の生活の中で、支えてくれている人たちは昨年とは比べ物にならないほど充実しました。</p><p>訪問看護、訪問リハビリ、訪問介護。その他友人たちが日々の暮らしを気にかけてくれています。</p><p>そんな人たちに対して一貫して意識していることは、「気持ちよく仕事をしてもらう事」です。</p><p>働くうえで、労働環境というのは本当に大切なことです。私自身、会社員として一般企業に勤めているので日々労働環境の大切さについて痛感しています。だからこそ、我が家に来て何かをしてもらう時に意識することは「いかに楽しく、やりがいを感じて働いてもらえるか」を大切にしています。</p><p>それには、双方の協力が必要だと思っています。自分だけが頑張るわけでもなく、相手だけが頑張るわけでもない。お互いのちょうど良いパワーバランスでその環境は生み出せるのではないかと考えています。</p><p>たとえ相手が医師であろうが、看護師であろうが、それはどんな立場の人にも当てはまることです。</p><p>だからこそ、私も「働きやすい環境」を作る為に、努力しています。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな日々を積み上げていく中で自分が亡き後、「誰かの記憶に残りたい。」と最近は考えています。</p><p>自分の人生の価値が本当の意味で評価されるのは、存命中ではなく大概の場合死後であることが多い。</p><p>そう考えた時に誰かの記憶の中にほんの少しだけでも存在していたい。そうでなければ寂しすぎると感じました。</p><p>もっと欲を出せば、自分の苦しんでいる姿ではなく、楽しそうにしてたり頑張っているところを覚えていて欲しいです。</p><p>人生楽しいことばかりではなく、苦しいこともあるけど私の人生はきっと苦しむだけのものじゃないはず。</p><p>確実に楽しい瞬間があり、生きがいをもって自分の好きなことに没頭していたこともあったから。</p><p>&nbsp;</p><p>今の目標は、誰かの記憶に残るような生き方を出来る人になることです。</p><p>&nbsp;</p><p>皆さんには記憶に残っている出来事や人物はいますか？</p><p>どんな時に思い出しますか？</p><p>是非、大切な人と記憶に残ることをたくさんしてください。もし、もう隣にはいないとしても、思い出してあげてくださいね。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12804704275.html</link>
<pubDate>Fri, 26 May 2023 12:51:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>生きるということ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>今週の通院でお薬の調整があり、眠気が酷かったのと通院の疲れが出たのか今日はほぼ寝て過ごしました。</p><p>でも、ここ最近にしては珍しく食欲が出て少し食べることが出来ました。やっぱり「食」って大事ですね。</p><p>少し気分が上がりました！</p><p>&nbsp;</p><p>病気をしていると、健康な人のようにはうまくいかないことが多いんだなぁ、って最近つくづく感じています。健康でも「生きていく」ことだけでしんどいしストレスがかかるのに、病気をしてしまうだけで「生きる事」そのものがハードモードになってしまうのは私だけじゃないのかな、と思います。</p><p>例えば、健康な人の中にもハードで濃密な人生経験がある人は世の中には一定数いると思います。</p><p>親子関係や夫婦関係、職場の人間関係などで辛い思いをしている人もいます。</p><p>そういった問題は「人の目から映らない辛さや苦しさ」だからこそ、一人で抱えてしまいがち。</p><p>病気でも、「目に見える障害」の人もいますが、それよりも「目に見えない障害」だからこその苦しさもあります。</p><p>一見すると「障碍者」とひとくくりにされがちですが、その心の重さは人それぞれ。</p><p>だからこそ、「今この瞬間を生きている」そのことで自分自身をもっと褒めてあげてもいいのかな、と最近は考えたりもします。</p><p>卑屈になったり、自分の殻に閉じこもってしまう時もあると思うけど、それも含めて「生きている」ということだから。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ世界に生きているたくさんの人間。同じように見えてしまいますが、その中から見えないものに注意することも時には必要だと思います。</p><p>どれぐらいのエネルギーを使って生きているかは、同じような環境で育ったり、働いていたりしても違うものだからです。</p><p>だから、ひとりひとりが自分のことをもっと褒めて、自分のことを正しく理解してあげる事こそが、</p><p>どんな状況や環境の人間でも生きやすくなるコツみたいなものかなと今は思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>いま、この瞬間を生きている事、ここまでどんなことがあっても生き抜いてきたことは誰にも変えられない事実。</p><p>もっと自分を褒めて生きやすくしていくことがこの先の優しい世界を作っていくのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>今日寝る前に自分のことを褒めてあげてみてください。</p><p>読んでくれてありがとうございました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/houdoujoshi0306/entry-12802813130.html</link>
<pubDate>Sat, 13 May 2023 22:01:58 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
