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<title>心を育て、人をつくり、品質を高め、充実した人生を</title>
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<title>プロフェッショナル　その２　メジャーリーガー　『イチロー』</title>
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<![CDATA[ <font size="3">常に最高のバッティングを追い求め<br>「孤高の闘いを続けてきた。」<br>「どんな状況でもやるのがプロ。」<br>状況に振り回されない強さ。<br><br>「練習の為の練習をする。」<br>試合の為の練習は誰でもやる。<br>イチローは<br>打撃練習の為の練習をやる。<br>そうすれば、準備の遅れはない。<br>試合開始直後に１番打者として打席に立つ。<br>最初から絶対に出遅れないという強い意志。<br><br>イチローは<br>三振しても、絶対に下を向かない。<br>何故か？<br>「やれることは十分にやった。」<br>という自信と自負がそうさせる。<br>　[阪神 城島健司選手談]<br><br>日本でタイトルを総なめにしようとも<br>大リーグで１０年連続２００安打の大記録を作ろうともその姿勢は変わらない。<br><br>『挑戦に終わりはない』<br>『毎年色んな肉体の状態　精神の状態　毎年変わっていくと思うんですよね。<br>その中でその時々の自分の完璧を作り上げていく。<br>これって、終わりがないんですよ。』<br><br>この言葉、宮崎駿氏の言いたかった言葉なのではないか。<br><br>『イチロー語録』は続く。<br><br>　「すばらしい評価でも最悪の評価でも、<br>評価は周囲がするものであって、自分自身が出した結果でも、示した方針でもな<br>い。<br>自分の姿だけは絶対に見失ってはいけないと思っているんです。」<br><br>「説明するより、進化する過程を見てもらった方がもっと説得力ありますよ。」<br><br>「自分にとって必要なことには、黙々と取り組みたい。」<br><br>「調子が悪くて、５０％の力しか出せないのなら、<br>５０％の十割を出そうと努力する。<br>そうすれば、光は見えてくると思いますね。」<br><br>「偶然だけでは結果は出ない、結果を出すにはそれなりの理由がある。」<br><br>「長く続く強い発見は、凡打をして、その凡打の理由が分かった時なんです。」<br><br>「自分が打った安打数よりはるかに多くの悔しさを味わってきました。」<br><br>「結果とプロセスの両方が大事。<br>結果を出さないとプロの世界では生きていけないし、<br>プロセスは、野球選手としてではなく、人間をつくるために必要。」<br><br>「人生、どんな人にも必ず壁は立ちはだかる。<br>その中で、“あいつも、頑張ってるんだなあ”と思ってもらえれば嬉しいです。<br>」<br><br>［情報：NHKプロフェッショナル仕事の流儀・毎日新聞報道・イチロー語録より、<br>【クメール】が感じたことを纏めました。］<br><br><br>【クメール】より<br>　イチロー語録、一つ一つ説得力がありますね。<br>プロセスと結果(成果)。<br>原因があるから結果がある。<br>悪い時には、悪いなりに１００％出し切ること。<br>そして、悪い結果を決して人の所為にしない。<br>真摯に自分と向き合う。<br>　凡人の私には耳の痛い言葉です。<br><br>　イチローのような超一流の選手でも、<br>『“あいつも、頑張ってるんだなあ”』<br>認めて貰うと嬉しいのですね。<br>でも、人の評価には動じない。<br>相反する部分を受け入れる。<br><br>表の顔　⇒　[超一流選手として長期間活躍する姿]<br>裏の姿。　⇒　[練習の練習をするひたむきさと常に怠らない努力。]<br><br>　表も裏も磨き、明日を見据えて、光り輝き続けていく。<br>学ぶべき言葉満載です。<br>もっともっと活躍し続けて欲しい選手ですね。<br>イチローのひたむきさに敬意を表し、これからの益々の活躍にエールを贈ります<br>。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736503009.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 13:44:01 +0900</pubDate>
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<title>プロフェッショナル　その１ ７０歳の新たな挑戦</title>
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<![CDATA[ <font size="3">映画監督「宮崎駿」<br>　アニメーションの世界へ足を踏み入れ、挑戦し続けた４８年間。<br>そして「崖の上のポニョ」から２年。<br>今６９歳にして究極の手書きアニメーションに挑む。<br>新作「パン種とタマゴ姫」<br>１０分の短編に２４０００枚もの絵。<br>スタジオジブリ史上、もっとも濃密なアニメーション。<br><br>膨大な作業量が６９歳の宮崎駿の体力を圧迫消耗させる。<br>来年は７０歳…。<br>体力気力の衰えは…老化との闘い。<br>初めて経験する７０歳の壁。<br><br>宮崎駿は語る。<br>『ダメだから描き直さなければ…。<br>でも、描き直すのに物凄い時間が掛かる。<br>ちょっとやってるとすぐ息切れする。<br>でも…自分で納得しないとダメなんだよね。<br>だから…難しいよ。』<br><br>　肉体の衰えは避けようもなく、あらがいようもない。<br>しかし、それを理由に挑戦をやめようとはしない。<br>２１世紀に通用する作品とは…。<br>この膨大な作業量の中でなにかヒントを掴みたい。<br>ヒントを掴むためには描いて描いて描きまくる。<br>もうそれしかないんだから…。<br>だから作りながら苦しんでいる。<br>『２１世紀に通用する作品とは一体何なのか…まだ何も見えない…。』<br>それを見つけるためには<br>線を一本一本描きながら身体で見つけるしかない。<br><br>　アカデミー賞も取り、世界屈指の映画監督として地位も名声も得た宮崎駿。<br>それでもなお新たな挑戦へと駆り立てるものは何なのか？<br><br>　宮崎駿は語る。<br>『意地と見栄だよ。』<br>『まあ、健康な言葉言ったってしょうがない。　それっきゃない　アッハッハ。<br>』<br><br>新作短編映画を通して、新たな挑戦を続ける。<br>２１世紀への挑戦、７０歳になっても新たな挑戦は終わらない。<br><br>［情報：NHKプロフェッショナル仕事の流儀より　【クメール】が感じたことを纏<br>めました。］<br><br>【クメール】より<br>　歌手の郷ひろみがテレビで<br>４０歳の時に５０歳の自分を見据えて自分を磨く。今の自分は４０歳の時の貯金<br>。<br>だから５０歳の今がある。<br>同じように５０歳の時に６０歳の自分を見据えながら今やるべきことをやってい<br>く。<br>６０歳になった時に５０歳で自分を磨いてきたから今がある。そう言えるように<br>。<br>そんな話しをしていました。<br>歌も踊りも下手。この人気は続かない。<br>そう自覚した彼は単身アメリカに渡り、歌や踊りを磨いてきたそうです。<br><br>　宮崎駿氏とはキャラも仕事も言う言葉も違いますが、<br>『未来を見据えて今やるべきことをやる。』<br>同じことなのでは…と思います。<br><br><br><br><br><br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736502493.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Dec 2010 13:43:27 +0900</pubDate>
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<title>年貢の納め時。　パート３</title>
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<![CDATA[ <font size="3">【質問】pxoxさんより<br>高齢者の方々がどうしたらもう一度生き生きと生きて頂けるのか…日々悩んでお<br>ります。<br>塾長、お知恵を拝借。<br><br>【返信】　【クメール】より<br>ー　パート２より続く　－<br>pxoxさん<br>　自分が納得できるところまで精一杯努力したら、あとは自然にお任せしましょ<br>う。<br>天意に逆らってはいけません。<br>上手くいかなかったことを自分の所為にして落ち込まないこと。<br>自分の手の及ばないところで悔んだり悩んだりしても仕方ないのです。<br>自分が落ち込めば、周りも暗くなります。<br><br>　やるだけやった。<br>あとは神様、仏様にお任せする。あきらめる。<br>『明らめる。』と書きます。<br>真理を明らかにする。　心を明るくする。　心を晴らす。<br>物事を放棄するのではなくて、『明らめる。』<br>よって、『あきらめる』　「まっ、いいか」ですね。<br><br>自分の心を明るくして一緒に楽しめたのなら、相手(ご老人)も必ず明るくなるで<br>しょう。<br>愚痴を言うことそのものが生きてる証です。<br><br>pxoxさん<br>助けてあげなければ…。<br>その心は尊いですが、生きとし生ける全ての生き物には寿命があります。<br>よく生きましたね。　偉いえらい。<br>老人にも自分にも言って褒めてください。<br>毎日そう言えるように日々を積み上げていきませんか？<br>勿論楽しみながらね。<br>こうして生きていること自体、私は奇跡だと思うのです。<br>毎日のこの奇跡に感謝しながらね。<br><br>pxoxさん<br>感受性の豊かなあなたなら大丈夫。<br>自信を持って～(^～^)/<br>同じように悩み苦しんでいる人にエールを贈ります。<br>ファイト～o（＾0＾o）g♪<br><br>【クメール】年貢の納め時。　パート３　完<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736502117.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Dec 2010 13:42:58 +0900</pubDate>
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<title>年貢の納め時。　パート２</title>
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<![CDATA[ <font size="3">【質問】　pxoxさんより<br>塾長。<br>　年貢の納め時の記事を拝読して、少々頭を抱え込んでしまいました。<br>私の目の前にはもう既に動けなくなった高齢者の方々が沢山いらっしゃいます。<br>自らの意思で移動できない…食事や排せつをするのにも人の手が必要…。<br>私はその方たちにも夢を持って頂きたいと思っていますが、多くの方は早くお迎<br>えが来ないかなと仰います。<br>どうしたらもう一度生き生きと生きて頂けるのか…日々悩んでおります。と同時<br>に自分の非力をいつも思い知らされます。<br>まず自分自身が諦めてしまわないこと…。これは肝に銘じておりますが、問題は<br>その先です。<br>塾長先生、お知恵を拝借。<br><br><br>【返信】　【クメール】より<br>pxoxさんへ<br>　コメントありがとうございます。<br>高齢者で動けなくなった方々をその気にさせる方法は？<br>また難しい質問ですね。<br>私は介護のプロではありませんが感じたことを記しますね。<br><br>まずは、好奇心と楽しみ～♪<br>例えば、恋をすると生き活き元気が出てくるものです。<br>８０歳を過ぎてもね。<br>精力、物事をやりぬく心身の元気。　色気も生きる源です。色気を失くすと、つ<br>まり生きる力も失ってしまうみたいですね。<br>異性の前でも容姿を構わなくなるとちょっと危なくなってると思います。<br><br>　色気ではありませんが、１００歳の元気なお婆ちゃんが銀座に一人で買い物に<br>行く話しがあります。<br>聞けば、髪をふっくらさせる入れ物を買いに行くのだと。<br>周りの人に不快な思いをさせないためにいつも容姿に気を配り、小奇麗にしてお<br>く。<br>だからいつもお洒落を楽しむのだそうです。<br><br>　また、医者のＦ先生は、８０歳で精神科の医師の資格を取得。<br>医師の資格を取得することが喜びであり楽しみなのですね。<br>今は８３歳、まだまだ人生　生き活きと　楽しく面白くてしょうがない～♪<br>【クメール】『Ｆ先生との出逢い』　年は重ねるほどに生き活きと。2010.06.23<br>記事参照。<br><br>　基本は、ガンバリズムではなくて、人生を楽しむこと。<br>誰でも好きなもの、楽しみがあるでしょう。<br>あれをしたい。　これを見たい。<br>　興味をもつこと、好奇心を呼び覚ますのです。<br>そうすれば、おのずと生き活きしてくるのでは。<br><br>pxoxさんの言葉。<br>「自分の非力をいつも思い知らされます。」<br>あなたの現状打開の『向上心』『反省の心』とても大切だし明日を生きるエネル<br>ギーになります。<br><br>でも、「出来ない、出来ない…。」と、しゃかりきになって、自分を追い込んで<br>はいけません。<br>自然にあがらってはいけないのです。<br>私は「人の命を、自然に逆らって無理やり生きさせる」そのような医療行為には<br>賛成しかねます。<br><br>　自分の出来ることを精一杯やって、<br>後は、「なるようになる。」<br>「運を天にお任せするのです。」<br>お任せする。＝帰依する。　⇒南無…。という言葉です。<br>南無阿弥陀仏。　南無妙法蓮華経。<br>　≪蛇足≫　南無三 とは、[南無三宝＝仏法僧の三宝に帰依する意]から、オーマ<br>イゴッド！！と同じ意味になります。<br><br>　お爺さんお婆さんは精一杯生きてきたのです。<br>大切なことは、無理に生かすこと・延命させることだけが幸せなのではないこと<br>。<br>脳死しているのに無理やり生かすことが果たして本人が望んでいることかどうか<br>。<br><br>【クメール】<br>年貢の納め時。　パート３　へ　続く<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736501864.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Dec 2010 13:41:54 +0900</pubDate>
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<title>融通　その３　「挨拶」</title>
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<![CDATA[ <font size="3">「挨拶」<br>　今３軒くらい離れた隣家から大きくて明るい『ただいま！！』という子供の声<br>が響いてきました。<br>「挨拶」とは<br>自分の心の扉を開き相手の心に近づくことです。<br>まずは、心の扉を開く明るい挨拶からはじめませんか？<br>お互いが心の扉を開き心からの挨拶をする。<br><br>あるコンビニの前を通った時の話し。<br>　仏頂面した若い店員が店の前の道路に落ちた落ち葉を掃いていた。<br>ちょっと寄りつきにくいオーラを発していたが、気軽に声を掛けた。<br>こんにちは～♪　君が自ら進んで掃除をしているの？<br>えっ、、、まあ…。<br>　ちょっと口ごもったが構わずに言葉を続けた。<br>そう、若いのに偉いねえ、お疲れさん(^O^)/<br>にこにこ笑顔で慰労の声を掛けた。<br>彼の眼が『キラリン～♪』と光るのが分かった。<br>その時、お店に客が入って行った。<br>『いらっしゃいませ～♪』<br>急に大きな明るい笑顔で店に入っていく店員。<br>さっきまでの仏頂面の同じ人間とは思えない程の豹変振りであった。<br>ニコニコ笑顔で、頑張って～♪と後ろ姿に声を掛けた。<br>その一言で人は豹変する。<br>まずは「挨拶」から<br><br>「融通」とは、融けあって、通いあう。　と書く。<br>とどこおりなく通ずること。<br><br>胸襟(きょうきん)を開き、心を通わせれば、<br>「ルールブック人間と機械仕掛けの融通の利かない人間。」は<br>少なくなると思うのですが如何でしょう。<br><br></font>
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<pubDate>Sun, 12 Dec 2010 13:41:01 +0900</pubDate>
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<title>融通　その２　ルールブック人間と機械仕掛けの人間</title>
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<![CDATA[ <font size="3">　「ま、いいか」 で、お店が衰退していく話。<br>「ま、いいか」 でその店員の人生はあまりうまくいかない話。<br>当事者は<br>自分自身が作り込んだことに気付かず、改善の機会も放棄し<br>(気付かない・気付こうとしない・相手の言葉を寄せ付けない)<br>結局自分の人生はうまくいかないと嘆く。<br>自分は運がない。<br>なんて不幸なんだ。<br>そうなって不幸のどん底に落ちてしまったら、<br>「ま、いいか」<br>そうは思えないのですね。<br><br>言い過ぎるとお互い不快になる。<br>「ま、いいか」<br>でも言わないと改善機会喪失。<br><br>よって、私ならやっぱり一言言いますね。<br>本人の為、お店の為に<br>それでもし相手が素直に聞く耳を持たず、不愉快な気分になったら<br>もう二度とその店にはいきせん。<br><br>　コンピューターのシステムが出始めの頃、緊急コールが掛かっているのに、<br>「機械の処理が終わったからもう出荷できない」等と平気で断る担当窓口が沢山<br>いました。<br>人よりも機械優先の考え方。<br>これも同じく、機械仕掛けの融通の利かない話しですね。<br><br>ルールブック人間と機械仕掛けの融通の利かない人間。<br><br>「融通を利かせる話し。」<br>　では、融通を利かせればそれでうまくいくかというと、そうとばかりは言えな<br>いのです。<br>やり過ぎると他とのバランス上またクレームになる可能性があります。<br>介護等がまさにそれで<br>Ａさんはここまで面倒を見てくれたのに、Ｂさんは見てくれなかったとクレーム<br>を言われる。<br>親切なＡさんは事務所から何故余分なことをしたのだと苦情を言われる。<br>よかれと思ってしてあげたことがクレームになる。<br>結果、Ａさんは決められたことしかやらない(やれない)ルールブック人間になっ<br>てしまう。<br><br>ルールと真心。<br>そのさじ加減。<br>ルールが優先してもそれを受け取る人が納得すれば済む話。<br><br>　顧客の期待と不満。<br>その結果の満足度。<br>相手の気持ちで思いやること。　自分だったらどう感じるのか？<br>相手になりきって考えてみる。<br>この場合、「まっ、いいか」で切り捨てないことですね。<br>思いやりがあれば、ルールが優先しても相手は納得してくれるでしょう。<br><br>【クメール】融通　その３「挨拶」へ　続く。<br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736500529.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Dec 2010 13:40:25 +0900</pubDate>
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<title>ルールブック人間と機械仕掛けの人間。</title>
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<![CDATA[ <font size="3">このブログの記事を読んで、昔仕事でスーパーパイザーとして中国に行った時<br>のことを思い出した。<br>機械室の出入口は二カ所あり、それぞれに中国人の番人がいた。<br>Ａの入口から入ろうとすると許可証がない者はダメだと言う。<br>Ｂの入口は目の前にあり。<br>あそこからは皆自由に出入りしているではないか。<br>中国人曰く<br>Bの入口は自分の担当外だから関係ないと　にべも無い。<br>やむなくＢの入口から機械室に入ったが、中国人は我関せず。<br>自分の仕事はＡの入口の番だけで機械室に誰が入って来ようが関係ないのだと言<br>う。<br>これは私が実際に体験した実話である。<br>中国人だし、『まっいいか』<br><br>　似たような話しが日本のコンビニでもあったとは驚きである。<br>店員は、言われた通りのことしかやらないルールブック人間。<br>自販機が店頭にあるのは店員には関係ないかも知れないが、場所代は店としてキ<br>チンと払わせているのが常識。<br>どちらにしろ、ＣＳ(顧客満足)とサービス(顧客に喜んで頂く一連の活動)の視点<br>で店主も店員も落第であろう。<br>特に、店主が教育指導をしていないことが、客も店員も結果的に店主も不幸なこ<br>とである。<br>もしかしたら、店主は儲けることのみに執心し、ＣＳとサービスの考え方も出来<br>ていないのかも…。<br><br>　ＣＳ(顧客満足)とサービス教育をきちんとやってからでないと店をオープンさ<br>せないコンビニチェーン店もあり、随分な違いである。<br>そんな店と競合にでもなったら、勝負は火を見るよりも明らかであろう。<br><br>　仕事は自分の責任範疇だけでそれ以外は一切やらないし興味も示さない。<br>一見合理的に見えるが、顧客無視の考え方である。<br><br>店員の役目は…。<br>もしかしたらお金を客から支払わせることと、万引き防止のためだけに存在する<br>と思っているのかも。<br><br>　電車の車掌でも、客を見たら不正乗車をする輩。<br>そんな風に客を見ている車掌がいる。<br>言動からそのように窺えるのである。<br><br>『まっいいか』で終わらせたら、その店に行ったらいつも嫌な思いをすることに<br>なる。<br>他の客も同様であろう。<br>二度とその店に行かないのなら、『まっいいか』<br><br>店を出て時間が経ってからまで、イライラムカムカしている自分に気付いたら<br>「ま、いいか」　こだわらない心。　気持ちを切り替えよう。<br><br>【クメール】<br>融通　その２　ルールブック人間と機械仕掛けの人間　へ続く<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736500251.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Dec 2010 13:39:59 +0900</pubDate>
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<title>猫谷姫さんからのコメント</title>
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<![CDATA[ <font size="3">境界線を越える。<br>これって難しいですよね。<br>自分で勝手に決めてる境界腺もあるし、世の中の道徳みたいな境界線もあるし・<br>・・。<br>色々な境界線がある。<br>夫婦もこれ以上立ち入ってくれるなという、暗黙の境界線もある。<br>でもそれを上手く飛び越え、出来ないときは、潜って進んだり、<br>自分なりのやり方見つけるしかなさそうですネ<br><br>【クメール】より<br>　コメントありがとうございます。<br>境界線を自分の足で踏ん張って乗り越える。<br>または跳び越える。<br>迂回する方法もありますね。<br>でも、挫折して諦めたり、自分をごまかすことは避けたいものです。<br>なぜって、避けたことによって、そこを通過(越える)したのではなくて、<br>自分の中ではいつまでも課題として残って積み残していくからなのですね。<br>そのことで自信を失くし、将来の課題として禍根を残してしまうのです。<br><br>　越えてはならない境界線。<br>境界線を意識すれば、ストレスになり、軋轢(あつれき)の元になります。<br>ではどうすればいいのでしょう。<br><br>　ここでは、孔子の言葉を紹介します。<br>矩(のり)を踰(こ)えず。<br>　[矩とはかぎ型の定規のこと。きまり、規準。]<br><br>孔子・「論語」為政編より<br>吾十有五而志於學 三十而立 四十而不惑 五十而知天命<br>六十而耳順 七十而從心所欲 不踰矩<br><br>「われ十五にして学に志し<br>三十にして立つ<br>四十にして惑わず<br>五十にして天命を知る<br>六十にして耳従(みみしたが)い<br>七十にして心の欲するところに従えども<br>矩(のり)を踰(こ)えず。」<br>「現代語訳」<br>　私は、15歳で学問を志し<br>30歳で世に立ち、40歳にして進む道への迷いを断ち、50歳で天命を知った。<br>60歳にしていかなる事を聞いても素直に聞けるようになった。<br>70歳にして、心で思い望むこと全てが人間道に一致するようになった。<br><br>　孔子ほどの大人物でさえ、70歳にしてやっと、<br>「自然体で生き、自由に振る舞っても、決して人の道から外れることなく生きる<br>ことが出来るようになった。」<br>と言っています。<br><br>　枠をはめられたら息苦しくなりますよね。<br>でも、枠を越えたら、道(ルール)に反します。<br>ではどのようにすれば…。<br><br>かたよらない心<br>こだわらない心<br>とらわれない心<br>ひろくひろく<br>もっとひろく<br>『空』の心ですね。<br><br>凡夫の小さなちいさな私たち、肩の力を抜いて、<br>物事に執着せず、心を広くひろく　ですね。(^～^)/<br><br>そして、pxoxさんの言われるように<br>足を地に着けて、楽しく『こえていきましょう』<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/houseioop/entry-10736499974.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Dec 2010 13:39:22 +0900</pubDate>
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