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<title>地理教育思想日記（五十嵐日記）</title>
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<description>五十嵐日記あらため、地理教育や地理に関する思想をつづる日記です。自らのため、どこかで確認してくれている地理好きのため書きます。</description>
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<title>新宿学を読んで</title>
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<![CDATA[ 早稲田大学の戸沼教授編著の『新宿学』を読んだ。<br>ある特定の地域を知る「～学」という本は多いが、新宿という近世以降急激に変化を遂げた町を扱ったおもしろい本である。<br>地理的に優れた本でもあるし、都市史という観点からも非常に系統的かつ総合的にまとめられている。ぜひ見て頂きたい。<br><br>さて、私はこの「新宿学」を読んでいて感じたことがある。<br>それは、東京都の教育において「江戸から東京へ」という科目は、捉えようによっては非常にいい科目であるのではないかということである。<br>「江戸から東京へ」は、現在の東京都の日本史必修化の中で創り出されたものであるが、<br>受験に使用できないなどの理由から、無用の長物と呼ばれることも多い。<br>しかし、世間的には「ブラタモリ」やその他自治体、観光協会の示しているまち歩きなるものは、生涯教育、校外教育において流布している。まち歩きの見学対象それは、都市の歴史であり、都市の成り立ちである。それらが発達するということは、身近な地域のまち歩きはおもしろいのである。<br>「江戸から東京へ」もそうしたものを対象としている。また「江戸から東京へ」が特に重要なのは、都市が急激に発展した時期を扱ったものであるためである。『新宿学』が示した新宿もそうであるが、発展は江戸～現代にかけてである。非常に首都の形成にあたって重要な時期（江戸から東京）であるといえる。<br>東京都において、自分たちの住む自治体がいかにして変容を遂げてきたかを理解することは教育上重要なことではないか。<br>「江戸から東京へ」のタイトルが示すように、近世以降の都市の空間的拡大、経済的成長は東京都の理解に非常に重要である。そのことを子どもたちに伝えることも一つ受験とは別に重要な教育であるとふと感じた。<br><br>乱筆にて
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<pubDate>Wed, 10 Apr 2013 22:04:54 +0900</pubDate>
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<title>ブラタモリ</title>
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<![CDATA[ <br>恥ずかしながら初めて知った<br><br>鷹狩りとは、鷹を狩ることじゃなく、鷹で他の鳥を狩ることなんだな
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<pubDate>Fri, 28 Oct 2011 01:36:41 +0900</pubDate>
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<title>おじさん</title>
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<![CDATA[ <br>僕もついにおじさんになりました。<br><br><br>姪っ子に「おじさんは何してるの」って聞かれた時に誇らしげに答えれるように脱無職!!<br>
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<pubDate>Sun, 04 Sep 2011 09:25:01 +0900</pubDate>
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<title>モラル</title>
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<![CDATA[ <br>若者へ<br><br>高速バスで座席が空いていた。もう誰も乗客が乗って来ないことを知った、若い娘が空いたその席に移動した。<br><br>…なにゆえ、なにゆえお前はそこに移動したのだ。近くには、ぎゅうぎゅうの中、我慢してる50～60代の男性二人（他人同士）や、狭い中、幼子を抱いて座っている母がいるではないか。 <br><br>今日は、大渋滞だぞ。自分より大変かもしれない人のために動く気概はないのか。<br><br><br>一般的なモラルを身につけて欲しい。<br><br>ただ、最近こういう人が多いなと思う。近しい人や、知人とかには優しく、知らないには無関心。<br><br>そうではないのだ、若者よ。社会的な、人間的なモラルを身につけて欲しい。人間界の摂理は決して弱肉強食でないし、知らない人も困っていれば助けるのが、人としての道徳じゃないか。<br><br>…左様な心持ち合わせて欲しいものだなぁと拙者思うのでござるよ。<br><br><br>高速バスに乗る侍より
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<pubDate>Mon, 15 Aug 2011 18:36:24 +0900</pubDate>
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<title>市ヶ谷にて</title>
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<![CDATA[ <br>ゾマホン見た ナウ<br><br>
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<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 11:01:10 +0900</pubDate>
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<title>Won't sell fish</title>
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<![CDATA[ <br>複雑な頭でシンプルに考えることが大事<br>分かってるんだけど、<br>なかなか難しいなー<br>と、思う。<br>ひねくれてるなー<br>と、思う。<br><br>やれることから一歩一歩。<br><br><br>ふとチーズ臭が香る院生室にて
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<pubDate>Sat, 23 Apr 2011 07:22:43 +0900</pubDate>
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<title>おもい立つ</title>
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<![CDATA[ まだまだ、何を行うか、行えるかは決めた訳ではないけど、<br>すっくと立つことにした。<br><br>一日、一日一生懸命生活しよう。<br><br>まず、背筋をのばすことから始めよう。
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<pubDate>Tue, 22 Mar 2011 22:01:35 +0900</pubDate>
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<title>意思あるところに道あり</title>
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<![CDATA[ <br>困難にぶつかるとして、<br>やりたくないことがあるとして、<br><br>それをやるかどうかは、本人がどうとらえるか。<br><br><br>難しいから諦めるのか、難しくても努力するのか。<br><br><br>その分かれ道は、その決断は、その困難や嫌なことを乗り切ることに、本人が価値を見出すかいなか。<br><br>
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<pubDate>Tue, 01 Feb 2011 00:57:47 +0900</pubDate>
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<title>Geosophy―前提編―</title>
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<![CDATA[ <br>久々にまともな日記を書こう。<br><br>今後地理学や地理教育をどうしていったらよいか。地理学や地理教育はどうあるべきか。<br><br>それは、地理思想（Geosophy）というようなものであり、その地理思想を少し考えていかねばならないのかなと思っている。<br><br>ただ、それらを考えて行く上で、２点記述しておく。<br><br>①地理教育そのものが社会・政治によって規定されること。今度東京都では日本史必修化を行うが、結果として地理教育の縮小がおこるだろう。<br>この間、同期で飲んで思ったことだが、歴史と地理の間に大きな差がある。歴史は教えることを前提に内容を吟味するが、地理は、なぜ地理が必要か、をまず議論しなければならない。<br>こうしたことは、現在の社会・政治体制下における両教育の立場を示している。まず、両者の立場を同様にせねばならないだろう。また、互いになぜ教える必要があるかは、互いに考えなければならない。<br><br>②一方で、教育大学のなかで地理学が残存するという事実があること。これは、大きな問題で、地理学から地理教育があるのではなく、地理教育のための地理学になっている。いくつか要因があるが、先述の社会・政治体制の影響に加えて、地理学における教育への関心の低さも問題であるように思える。<br><br>これは、個人の力では（もしくは、集団であっても）仕方がないものであり、誰か政治的に力を持った人が出てくるしかない。<br>しかし、こうした前提がありながらも地理思想を考えていくのは、決して無駄ではないと考える。<br><br>なぜ、何を、どのように、学ぶのか。なぜ、何を、どのように、教えるか。<br><br>これらの疑問に対して、今思うことを述べておきたい。
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<pubDate>Wed, 29 Dec 2010 12:10:30 +0900</pubDate>
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<title>simple</title>
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<![CDATA[ <br>快晴をみると、気分がいいし、元気になる。<br><br>シンプルに考えて、<br><br>シンプルに行動する。<br><br>単純なんだけど、難しいこと。<br><br><br>自分の目が曇ってきたときには大事なこと。
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<pubDate>Sat, 18 Dec 2010 12:11:53 +0900</pubDate>
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