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<title>ライフサイクリング</title>
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<description>Hypstone Friendsというバンドでベースという楽器を弾いているtessiという人のブログ。してみむとてすなり。</description>
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<title>キックオフ間近</title>
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<![CDATA[ おっと。<br><br><br>また間があいてしまったぜぃ。<br>油断するとすぐこーなる。。<br><br><br>せっかくだから好きな事の話でもするか。今回はサッカー。<br><br><br>そんなわけでね、今日は我らが日本代表の親善試合アルゼンチン戦なんだけどね。<br><br>サッカー分からない人には、これがどーゆー事かも分かるまい。。<br><br>例えてゆーならあれよ、自然界なら猫vs虎、北〇の拳ならバットvsラオウくらいのマッチアップよ。<br><br><br>勝利の確率は万に一つ、いやあるいはもっとか…。<br><br><br>しかしこれが日本人の得意な判官びいきってやつでね、やっぱり弱い方を応援したくなっちゃうわけです。まあ単に母国ってのもあるけど。<br><br><br>強豪アルゼンチンを率いるは世界最高選手リオネル・メッシ。彼を迎え撃つのは日本人DF初のセリエAプレイヤー、長友佑都。<br>この対決が大きな見所の一つだと思っておりますが…もし長友がメッシを抑えたとしても、アルゼンチンはメッシだけじゃない。強い強い。<br><br><br>でも個人的には、ザッケローニ新監督には非常に期待しておりますね。3トップ万歳。<br><br>元々日本代表は決定力不足～、決定力不足～とうわ言のようにささやかれ続けて参りましたが、ではなぜコマが余っている中盤の選手をFWで起用しないのか、と常々思っておりました。<br>香川、本田といった若手MFはヨーロッパで点取ってますしね。どーなるかとっても楽しみです。ガンバレニッポン！<br><br><br>ま…今日は遅番で半分は見れないんだけどね。。<br>
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<pubDate>Fri, 08 Oct 2010 17:09:57 +0900</pubDate>
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<title>くまになりたい</title>
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<![CDATA[ 食欲の秋。<br><br><br>んっふっふっふっ…。<br><br><br>とはいえあれだなあ、偏食家の僕は、秋の旬のものって意外と苦手なものが多いんだよな。。<br><br><br>栗、柿NG。<br><br>梨とか松茸は食べられなくはないけど、別に好きじゃないし…。<br><br>秋刀魚と茄子はいいね。でも今年はサンマ高いらしいしな。。<br><br><br>しかしなんといっても鮭！<br><br>とくに生の！<br><br>寿司なんかだともう、その店の鮭メニューのみローテーションで食べます。<br><br>サーモン(にぎり)→サーモン(軍艦)→あぶりサーモン→ネギ和えサーモン→サーモンマヨ→サーモン(にぎり)…みたいな(笑)<br><br><br>ああ、くまになりたい。。<br><br><br>あ、いくらはいらないよ！<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10659728233.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Sep 2010 17:38:02 +0900</pubDate>
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<title>風物詩</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100925/17/hyp-tessi/e2/10/j/o0640048010766928631.jpg"><img alt="ライフサイクリング-P2010_0925_174401.JPG" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100925/17/hyp-tessi/e2/10/j/t02200165_0640048010766928631.jpg" border="0"></a></div><br>や、ひつじ雲。<br><br><br>秋ですね～。<br><br>つい一週間くらい前、長崎では入道雲だったけどなあ。<br><br>早いもんだ。
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10658778717.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Sep 2010 17:49:19 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ⑧</title>
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<![CDATA[ これはなにも、作り手だけにいえる事ではないだろう。<br>セールスやプロモーションを行う立場の人々もそうだ。<br><br>もし「いま売れるから」と思想的な部分の薄い、万人向けのものを発信し続けた事がモラルハザードを生み、結果としてファイル共有やマジコン使用といった行為の横行に繋がっているのだとしたら…彼らは自らの首を絞めている事になる。<br>次のユーザーに繋がるモノ作り、という考え方も必要ではないだろうか。<br><br><br>受け手の側にも言える。<br><br>解らないから、と難解な部分のあるものを敬遠してはいないだろうか？<br>難解なものを理解しようとする努力は、あなたの教養を広げ、深く余裕のある心をもたらしてくれるはずだ。<br>流行っていないから、誰も知らないから、と敬遠してはいないだろうか？<br>他の誰もが知らなくとも、あなたが知っている。あなたがそれを良いものだと感じたならば、それは嘘でも間違いでもない。あなただけの感覚を大事にしてほしい。<br>それが心を豊かにし、社会生活を送る糧となるならば素晴らしい事だ。大事なのは皆が知っているものを知っている事ではないはずだ。<br><br><br>この危機は悪循環である。<br>どこかで環を断ち切らなくてはならない。<br><br>一人一人が社会に影響力を持っているのだ。その自覚を心のどこかに置いて、文化活動に関わっていきたいものである。<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10657816795.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Sep 2010 17:48:03 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ⑦</title>
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<![CDATA[ あらゆる文化的な営みによる産物には、技術的側面と思想的側面の二つの横顔がある。<br><br>この二つは密接に絡み合っているし、切り離して考えるべきではない。<br>重要なのはそのバランスだ。<br><br><br>思想的な部分が(昨今流行の文物のように)極端に薄まってゆけば、それは"娯楽"である。<br>娯楽を否定しているわけではない。娯楽にももちろん心に働きかける力はある。<br>だがそれは「ストレス解消」という類いのものである。少なくとも僕にとってはそうだ。<br><br><br>ストレス状態というのは、平常を±ゼロとするとマイナスの状態である。<br>それを解消する、ということはマイナスをゼロに戻すという事であり、それによってプラスの状態になる事はないのではないか。<br><br>現代はストレス社会と言われる。聞くところによると、人間は5人の前に出ればストレスを感じるらしい。<br>マイナスをゼロに戻す"娯楽"が強くもてはやされるのも、自然な事かもしれない。<br><br>かといって思想的側面のみを強化していけばよいか、というわけではない。<br>理解する事が出来なければ、それはまたストレスになるだろうし、美しさや楽しさの乏しい文化物に、人はそう見向きするものではない。<br><br>繰り返しになるが、重要なのはバランスである。<br>我々が文化を発信するならば、その事は強く意識しなければならないだろう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10656694748.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Sep 2010 13:28:46 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ⑥</title>
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<![CDATA[ かつては日本人の精神世界にも、揺るぎない骨芯があった。<br>聖徳太子の「和を以て尊しと為す」に象徴される社会道徳。大和魂と呼ばれた民族的自尊心。今むしろ諸外国でもてはやされる"もったいない"や、"八百万の神"という感覚に表されるアニミズム的世界観。<br><br>これらはすべて失われつつあるが、現代の我々にそれを取り戻せといっても難しい話だろう。またそれを言うつもりもない。<br>変化は必ず訪れるものだ。そしてその事に善し悪しはない。<br><br><br>だが、そうした"心の拠り所"をすべて失ってしまうわけにはいかない。<br>近代化とともに大きく発展してきた様々な文化さえも、心の拠り所になり得る"深み"を失いつつあるならば、我々はまさにその危機に直面しているといえよう。幾つかの出来事も、その口火と思える。<br><br><br>ならばいかにしてこの危機を乗り越えてゆくべきだろうか？<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10655675000.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 12:10:57 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ⑤</title>
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<![CDATA[ ここまで紹介した幾つかの出来事からも感じられるように、日本の社会、ひいては我々個人々々の社会的能力が衰退の傾向にあると思われる。<br><br>そしてその一因として、文化の衰退が大きく関わっていることも間違いないだろう。<br><br><br>日本は文化国と言われ、確かに音楽や芸能など、様々な文化が我々のまわりに満ち満ちているようだ。<br>にもかかわらず、である。<br><br>質より量、ともいうが、問題はむしろ量ではないのではないか？<br><br><br>最近の音楽、ことにその歌詞などに触れるにつけ思う事がある。その核心たるメッセージの部分についてだ。<br><br>「本当に大切な人は、すぐそばにいるよ」<br>「わかり合える仲間と、ずっと一緒に…」<br><br>このようなメッセージが多いように思う。<br>確かに大事なことだろうとは思う。人はそうしたもの無くしては、生きていくことすら難しい。<br>だが、いかにも浅薄な印象を受けるのは僕だけだろうか。<br><br>本当に大切な人とはどういう人か？<br>本当に大切な人以外は"ある程度大切な人"とかなのか？<br>そもそも大切である事に順位など付けられるのか？<br><br>わかり合える仲間とは、間違いなくわかり合っているのか？<br>絶対に何があってもずっと一緒にいられるといえるか？<br>そもそも他人同士が真に理解し合える事はあるのか。理解できなければ仲間にはなり得ないのか？<br><br>ちょっと考えただけでも、このような疑問がわき上がってくる。<br>が、こういった疑問に対する答えは、十人十色に違っていることだろう。<br><br><br>そこなのだ。<br><br><br>誰もが「そうだね」と言えるメッセージであるためには、ある種浅薄である必要があるのだ。<br><br>より多くの利益を上げる事こそが善であり、成功であるとされる資本主義社会である。<br>より多くの利益を上げるためには、より多くの、出来ればすべての人々の支持を受ける必要がある。<br><br>誰もが面白いと感じる番組であるために。<br>誰もがエンディングにたどり着けるゲームであるために。<br>誰もがおいしいと感じる食品であるために。<br>誰もが共感できるストーリーであるために。<br><br>ややこしい部分や、難解な要素は極力排除されなければならない。<br><br><br>善し悪しを述べているのではない。ただその事が、様々な文化を、我々の社会を浅薄なものにしているのではないだろうか？<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10649455074.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Sep 2010 20:06:21 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ④</title>
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<![CDATA[ 閑話休題。<br><br><br>ちょっと遠い話で恐縮だが、僕の知人の高校時代の親友のまた友人が、某有名宗教団体に入信して、知人の親友氏が勧誘を受け困っているらしい。<br><br><br>強引な勧誘で有名な某有名宗教団体であるが、実は僕もこの宗教を信仰する人を、何人か直接知っている。<br><br>だが、少なくとも僕は困ってしまうほどの勧誘を受けたことはない。<br><br>もちろんその人その人の個性や信仰の度合い、また彼らとの関係性などもあるのだろうが、どうもそれだけではないような気がする。<br>僕の直接の知人達の共通点。それは両親や祖父母の代からの信者だということだ。<br><br><br>彼らにとって信仰は、産まれた時から当たり前に存在する価値観であり、無理に他者に勧めるようなものではないのではないだろうか。<br><br>例えば女性である事を素晴らしいと感じている女性がいるとして、彼女は知り合った男性に「女性は素晴らしい、あなたも女性になるべきだ」などと勧めたりはしないだろう。<br>国際化が進む現代社会、外国人を知己に持つ方も多いかもしれない。が、彼らからキリスト教やイスラム教への入信を強く勧められた事があるだろうか？<br><br><br>では冒頭の、知人の親友の友人氏のように、後得的に信仰を手にした人々はどうだろう。<br><br><br>それらの人々すべてがそうだとは言わないが、自らの心のスキマを埋めるように信仰を得た人々。<br>なぜ生きているのか、なぜ苦しいのか、そういった疑問の答えとして信仰を選んだ人々。<br>彼らにとってみれば、信仰が自身の価値観のすべてになりはしないだろうか。<br><br><br>再びたとえ話だが、誰しも面白い映画や書物、テレビ番組など、近しい友人には勧める事と思う。<br>無論、無理を強いたりはしないが、そこにノルマや団体における立場や付き合いなどが絡んでくるとなれば…。<br><br><br>産まれた時からそこにあるような、己の行動の基軸となり得る価値観を持っている人とそうでない人では、同じ宗教でも関わり方が異なる、という話である。<br><br><br>宗教も、人の歴史が育んできた重要な文化である。<br>社会のありようと文化には、やはり深い関係があるようだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10647369268.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 15:19:23 +0900</pubDate>
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<title>&quot;虫の&quot;</title>
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<![CDATA[ 報せ。<br><br><br>いや…。<br><br><br>"あの"虫の話でございます。<br><br>よって「話聞くだけでも無理っ！」って人は読まないが吉。<br><br><br><br>僕はどうやらあの虫に対する第六感的なセンサーを持ってるらしく。<br><br>なんとなくそんな気分になって、普段しない事をすると、遭遇するんですよ。あの虫に。<br><br><br>昨日もそう。大抵休みの前の日でも、どんなに遅くとも午前2時には床に就くワタクシ。<br>でもなんとなく、ホントなんとなーく。昨日は夜更かしして午前3時までゲームに興じておりましたところ…。<br><br><br>出たんです。<br><br><br>あのすばしこくて黒光りする人類の敵！<br><br><br>しかもティッシュでつかむのは微妙に躊躇してしまうサイズ。<br><br>とっさの判断の遅れが命取りですね。。<br>躊躇する僕を尻目に、ヤツは物陰に…！<br><br><br>永遠とも思われた30分の捜索劇の末、なんとか撃退には成功したんですが…。<br><br><br>い  や  だ  ～！<br><br><br>(泣)<br><br><br><br>しかし…。<br><br><br>そんなわけで好きこそものの上手なれ、の逆バージョン(？)<br>僕には高精度の「あの虫センサー」が備わっているらしいです。<br><br><br>あの虫が憎い！という皆様、僕の挙動にはご注意下さい(笑)<br>
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<pubDate>Mon, 13 Sep 2010 03:26:11 +0900</pubDate>
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<title>かんがえごとする ③</title>
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<![CDATA[ 電話口での話だが、先日とても困った人に遭遇した。<br><br>仔細は省くが、自分の都合ばかりを主張したあげく、その事を丁寧に指摘したところ、まるで本当に無自覚だったかのように「あ、そうか」と言ったきり電話を切ってしまった。<br><br><br>自分の話が手前勝手だということに対する無自覚。<br>自分がワガママを言っているという事に全く気付かないまま、ワガママを言っているのである。<br><br><br>気付かされて素直に納得してしまうあたり、可愛らしささえ感じてしまうが、これがいい大人なのだから困ったものだ。<br><br><br>もし彼が"自分以外の視座"を持っていたら、少なくとも自分の発言の勝手さに気付く事が出来たのではないか？<br><br><br>その視座を与えてくれるのは、なにも祖父母の教えばかりではない。<br>宗教や武道といった精神修養の類、そして読書のような文化活動、また表面的でない、他者との深いコミュニケーションを通じても、自分以外の視点から物事を見る能力を身に付ける事が出来るだろう。<br><br><br>この件も、社会衰退と文化が関連している事象といえるのではないか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/hyp-tessi/entry-10645586761.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Sep 2010 17:57:06 +0900</pubDate>
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