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<title>RUN NEET RUN</title>
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<description>脱ニートを目指すニートの活動記録と、ニートによるニート分析のブログ</description>
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<title>うぶ声をあげる時</title>
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<![CDATA[ 久しぶりの感覚だ。<div>全てがわからない。</div><div>全てが知りたい。</div><div><br></div><div><br></div><div>言葉を吐き出したからだ。</div><div>隙間ができる。</div><div>動く。</div><div>ぶつかる。</div><div>まざる。</div><div>生まれる。</div><div><br></div><div><br></div><div>生まれると、知りたくなる。</div><div>つまりそれが生きること。</div><div><br></div><div><br></div><div>今まではそこで終わってた。</div><div>だから1人だった。</div><div><br></div><div><br></div><div>生きるだけじゃない。</div><div>生かしたい。</div><div>この命を生かしたい。</div><div>そのための命だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>なるほど、確かに。</div><div>そうか、それが命か。</div><div><br></div><div><br></div><div>自分であって、自分でない。</div><div>他人であって、他人でない。</div><div>個であって、個でない。</div><div>種であって、種でない。</div><div><br></div><div><br></div><div>命だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>なるほど、確かに。</div><div>そうだ、それが命だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>ようやく生まれた。</div><div>ようやく生かせる。</div><div><br></div><div><br></div><div>だから泣くのか。</div><div>だから声をあげるのか。</div><div><br></div><div><br></div><div>うぶ声なのだ。</div>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12185720693.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Jul 2016 22:31:52 +0900</pubDate>
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<title>物語の進め方</title>
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<![CDATA[ あるところに、弱いから進めないと言う人がいた。<br><div>彼は、弱いから強くなれないと言う。</div><div>強くなれないから進めないのだ、と。</div><div><br></div><div>彼の前に、強い人が現れた。</div><div>強い人は彼に「彼の弱いところ」を教えてくれた。</div><div>そしてその弱さを克服して強くなる方法も教えた。</div><div>しかし彼は「自分は弱いから、強くなる方法を実践できない」と言い、結局強い人は彼のもとから去っていった。</div><div><br></div><div>次に彼の前に現れたのは、弱い人だった。</div><div>弱い人は彼に「彼の強いところ」を教えてくれた。</div><div>そしてその強さが羨ましいと言った。</div><div>しかし彼は「弱い人に強いと言われても、自分が弱いことには変わりない」と言い、結局弱い人は彼のもとから去っていった。</div><div><br></div><div>彼は進めないまま、じっとしていた。</div><div>弱いから進めない、強くなれないから進めない。</div><div>自分は弱いから自分の力で進めなくて当然だ。</div><div><br></div><div>彼は強い人に憧れ、強い人を疎み、自分を蔑み、自分を守ろうとしていた。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>そんな彼のもとに、ある人が現れた。</div><div>その人は強い人でも弱い人でもなかった。</div><div>その人は強いことにも弱いことにも無関心な人であった。</div><div><br></div><div>その人は、彼に質問をした。</div><div><br></div><div>ーなぜ進まないのですか？</div><div><br></div><div>彼は答えた。</div><div><br></div><div>「自分は弱いから、進めないのだ」</div><div><br></div><div>その人は弱いことには無関心なので、その答えには目もくれず、再び彼に質問をした。</div><div><br></div><div>ーあなたは、<b>進みたい</b>のですか？</div><div><br></div><div>彼は答えられなかった。</div><div>正確に言うと、答えようとした自分の言葉に驚いたのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>進みたい。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>その言葉が、彼にはあまりにも新鮮であった。</div><div><br></div><div>彼に問いかけたその人は、いつの間にか居なくなっていた。</div><div>その人は彼の強さも弱さも、その活かし方も克服の仕方も教えてはくれなかった。</div><div><br></div><div>ただその人は、彼の「進みたい」という気持ちを教えてくれた。</div><div>たった１つの質問で、彼の気持ちはあらわになった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>そこから先、彼が進むかどうかはわからない。</div><div>進めるかもしれないし、進めないかもしれない。</div><div><br></div><div>しかし、わかることはある。</div><div><br></div><div>彼が進むかどうか、その答えを出すのに「彼が弱いか強いか」は関係ないということ。</div><div>物語を進めるのに必要なのは、次のページを開きたいと思うこと、それだけなのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12178984986.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Jul 2016 22:16:17 +0900</pubDate>
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<title>本当の脱ニートと今年の目標</title>
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<![CDATA[ どーも、たーです。<br>本当はブログを書いている暇なんてないんですが、あえてそんな時に書いてみようと思ってしまいました。謎のチャレンジです。<br>なんか書きたい気分なのです。<br><br><br><br>もうすぐ脱ニートしてから２年が経とうとしています。<br>早いものですな。<br><br>２年前の今頃はといえば、たぶん動きだすあと一歩ってところで苦しんで、のた打ち回っていた頃ですかね。<br>動くと決めたのに動けない、そんな自分を嫌悪してはオチて、また動こうとしては動けなくて。<br>そんな感じでした。<br>それからなんだかんだあって、2014年の2月10日（ニートの日）に、脱ニートへの第一歩を踏み出して、ハローワークに行くわけです。<br><br>今思い出しても、自分なりに、頑張ったよなぁと思います。<br><br><br>今年はちょっと縁がございまして、来たる２月１０日（ニートの日）に、幾つかのイベントがございます。<br>僕は今年のその日を「本当の脱ニートの日」にしようと考えています。<br><br>この2年間、僕は初めて会う人に自己紹介をするときは大抵「4年ニートをやっていた」という掴みを使っていました。<br>実際それで興味をもってもらえたり、色んなお話を聞くきっかけになったりもして、プラスに働いたかなとは思います。<br><br>でもね、そろそろいいよね。<br>もう、「元ニートの僕です」って自己紹介、要らないよね。<br><br>去年の年末くらいから、そんな風に思い始めました。<br><br><br>だからもう一度だけ、僕とニートのことを考えて、ちゃんと経験として見つめてみて、それで、また進もうかなと考えています。<br>わざわざ自分からニートのことを語らなくても、僕の生き方というか、積み重ねたものの中にちゃんとニートの経験が置いてあれば、それでいいですよね。<br>そうやって、自分の厚みみたいなものが出来ていけばいいのかなとおもいます。<br><br>これからの僕のために、あるいは周りにいる誰かのために、もしくはこれから出会う誰かのために、ニートであった経験を活かすことができたらラッキーですよね。<br><br><br>正直、「ニートだった」って言うことは僕にとって保険をかけているみたいなところがあって、何かダメなところがあっても、「だってニートだったから」って言い訳するためだったりもしました。<br><br>まぁ、それでもいいんですけど。<br>でも、なんとなく、周りの人の言葉を聞いていたら、「もうそんなにおどおど進まなくてもいいんじゃないかな」と思えるようになってきました。<br><br><br>だから、今年は改めて、本当の意味で「脱ニート」しようというわけです。<br><br><br><br>そういえば今年の目標宣言的なブログはまだ書いていませんでしたね。<br><br>でも「真の脱ニート」は今年の目標というほどのものではないですね。さらっとやりますよ。<br>一人暮らしするってのもありましたけど、家庭の事情もろもろありまして、一応目処は立ち始めたので、今年の目標にはならないですな。<br><br>さてさて、今年の目標は何にしましょうか。<br>あぁ、「感情を大事に」みたいなのがありましたね。<br>でもちょっと達成したかどうかがわかりずらいなぁ。<br>もっと具体的なのが良いですよねぇ。<br><br>うーん。<br>でもやっぱりお仕事かな。<br>もっと頑張りたいです。<br>脱ニートの話からの流れもありますが、今の状況ってやっぱりまだまだ甘えてるところがあるんですよね。<br>それがだめって訳ではないけど、もっと頑張りたいって、そう思います。<br>自分のためってものそうですけど、一緒にお仕事をしてくれる人がいて、自分を必要だと言ってくれていて、ありがたくて、そうしたらやっぱりもっと頑張りたいと思いますよね。<br>こんな恵まれた環境はそうそうないと思います。<br>初めてお仕事をして、「この人とお仕事がしたい」と思えることは、きっとまれなのだと思います。<br>大事にしたいです。<br>だから頑張ります。<br><br>よし！<br>今年の目標はやっぱりお仕事ですね！<br><br>具体的に言うと？？？<br>えーーっと、、、、<br><br><br>お仕事頑張る！！！！！<br><br><br>ではまた！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12121102401.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jan 2016 20:23:58 +0900</pubDate>
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<title>今思うこと2016</title>
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<![CDATA[ どーも、たーです。<br>あけましておめでとうございます。<br><br><br>新年ということで、久々にブログでも書こうかなと筆をとりました。<br>普通なら今年の抱負や目標なんぞを書くところですが、なんだかそういう気分ではないので違うことを書こうと思います。<br><br><br><br>僕は何がしたいんだろうな？<br>と、久々に自分に問いかけてみました。<br><br>よくわからないな。<br>と、返ってきました。<br>なんだかわからないですが、たぶんそれが僕なんだろうな、と感じて少しうれしいです。<br><br>最近はそうして自分と向き合うような時間が減って、お仕事と、楽しむことに夢中だった気がします。<br>少しは大人になったのかなと、思ったりします。<br><br><br><br>脱ニートに動き出して、もうすぐ２年が経ちます。<br>少しずつ、成長していると思っていますが、どうでしょうね。<br><br>色んな人に会って、たくさんのことを教えてもらって、その度に「まだまだだなぁ」と思って、今に至ります。周りの人たちのおかげで、たくさんのことを学べて、そういう人たちに出会えて、僕はラッキーだなと思います。<br>それと同時に、ラッキーだと思える自分でよかったとも思います。<br><br>ただ出会うだけなら誰でもできるだろうなと思います。<br>それを「ラッキーだな」と思えるのは、僕がその出会いを活かそうとしているからだと思います。<br><br>なんかただの自惚れみたいになってますが、なんか最近そう思いました。<br><br><br><br>学ぶって何だろう？<br>と時々考えます。<br><br>疑い続けることだと、今は思っています。<br>たぶん、死ぬまで答えを求め続けるのが、学ぶことではないかな、と。<br>何か答えらしきものに出会ったときに、それを疑って、また次の疑問を持って進むことが、先人たちが繋いできた学びではないかと、思います。<br><br>たぶん僕は、死ぬまで学ぶことをやめないと思います。<br>それが理想ですね。<br><br><br><br>考えることが好きな僕ですが、考えた結果生まれた考え方で生きることはほとんどありません。考えることが好きなので、結果はさほど重要ではないのです。<br><br>最近気が付いたのは、結局僕の生き方に影響を与えるのは「楽しいかどうか」という考え方だけです。<br>そんで、大抵のことは楽しめてしまうので、もはや何にも考えてないようなもんです。<br><br>「こうしたい！」<br>という気持ちにどれだけ素直になれるか。<br>それだけが行動に影響してるみたいです。<br>僕の場合。<br><br><br><br>いろいろ書きました。<br>久々に、いろいろ考えてみました。<br><br>だからといって明日からの僕の生活には特に影響はないですが、それなりに良い時間でしたかね。<br>この世に無駄は一つもありませんからね。<br>強いて言えば、無駄だと思うことが無駄ですかね。<br><br>まぁなんでもよいです。<br>2016年ですし。<br>今年もたぶん楽しいし。<br>なんだかんだ今年で25歳だし。<br>そろそろ若さで許されるのも限界でしょうし。<br>思いっきり好き勝手やってみます。<br>自分勝手で行ってみます。<br><br><br>それではみなさんごきげんよう～<br>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12113455305.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jan 2016 20:37:34 +0900</pubDate>
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<title>いとおかし</title>
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<![CDATA[ どーも、たーです。<br>久々の更新になりました。<br><br><br>10月になったということで、9月のお話と今月の目標のお話をしようかと思います。<br><br><br>9月はまぁ、良くも悪くも色々と考えました。いつも通りですが。<br>今年の春から参加していた勉強会に行けなかったということもあり、静かに自分のことを整理してみました。<br><br>僕は言わば「影響を受けやすい」性分でして、新しいものに出会えばとりあえずその色に染まります。で、ゆっくりと時間をかけて肌になじむ部分があったり、これはいらないやーってしたりして、自分のモノにしていきます。<br><br>そしてその勉強会も例外ではなく、僕は大いに影響を受けたわけです。<br>そしてそして、徐々に馴染んで自分のスタイルに組み込まれつつある～というのが9月でした。<br><br>そうやって自分の行動や環境が変わる時ってのは、バランスが悪くなって調子を崩すことも多々あります。9月の前半ですね。<br><br>今はというと、驚くほどに落ち着いております。<br>調子の波がちょうど緩やかなんでしょう。<br><br><br>そんな9月でございました。<br>一言で言うと、「相変わらず考えすぎだけどまぁ良し」です。<br><br><br>さて、10月ですね。<br>すっかり寒くなってきました。<br>天気も不安定です。<br><br>考え方によっちゃあ、11、12月の締めくくりに向けての準備期間でしょうか。<br>それとも食欲の秋や読書の秋、スポーツの秋と、趣味に勤しみますか。<br><br>僕は「時間管理」です。何か前にも課題に挙げてた気がしますが。<br><br>最近少し働き方が変わったりして、より自分でしっかり時間管理する必要が出てきました。<br>お仕事以外でやりたいことも盛りだくさんです。<br>でもいかんせんお仕事をせんことにゃ何もできません。<br><br>もしかしたら「時間管理」ってのとはちょっと違うかもしれません。<br>例えば、「切り替え管理」みたいなことかもしれません。ちょっとまだわかりませんが。<br>いずれにせよ、どうせまた僕はたくさん考えるので、その考えたことが僕なりに具現化されればいいかなと思いますし、別にそうでなくてもよいと思います。ちょっと乱暴ですが、何でもよいのです。どうせ何やっても楽しいので！<br><br><br>というわけで10月は「全部楽しむ！」みたいな目標にします。<br><br>え？脈絡がないだって？<br>気にしなさんな！意外な展開もいとおかし！<br>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12079231409.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Oct 2015 09:42:03 +0900</pubDate>
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<title>書きたいから書く</title>
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<![CDATA[ 誰かに読んでもらう文章を書くって難しい。<div><br></div><div>僕が何かを読む時は「どんな文章でも“僕が”勝手に解釈するから構わない」って思ったりするけど、他人に読んでもらおうと思ったら、なかなかそこまで割り切れない。</div><div><br></div><div>？？？</div><div><br></div><div>そうか、それでいいのか。</div><div>「僕が好きなこと書くから、好きなように受け取ってね」でいいのか。</div><div><br></div><div><br></div><div>僕は将来作家として生きたいと思ってる。つまり、僕の書くものには「価値」がなきゃいけなくなる、と思ってた。</div><div><br></div><div>でもよく考えたら、価値って僕が決めることじゃないんだよね。</div><div>読んだ人、読もうとする人、売る人、売ろうとする人が決めるんだよね。</div><div>もちろんプロでやる訳だから「無価値」なものじゃダメだし、いわゆるニーズに合わせて価値を意図する必要があることもあるんだろうけど、そもそも今の僕の書くものにはどんな価値も求められていない訳だから、なおさら僕が価値を考えるのは間違っているのだ。</div><div><br></div><div>ややこしい。</div><div><br></div><div>つまり「書きたきゃ書けばいい」ってことじゃ。</div><div>そういうこっちゃ。</div><div><br></div><div><br></div><div>だから最初に言った<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">「僕が好きなこと書くから、好きなように受け取ってね」ってのもちょっと違うんね。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">「僕は好きなこと書きます」だけでいいんだね。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そこに余計に「こう思われたい」とか「こうは思われたくない」とかそういうのを挟み込むからややこしくなる。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">書きたきゃ書きゃいーじゃん。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">まずはそこからっしょ。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ってことだわね。</span></div>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12075295002.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Sep 2015 02:15:27 +0900</pubDate>
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<title>広い世界とちっぽけな世界</title>
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<![CDATA[ 家でひとりでいるよりも外でひとりでいる方が「ひとりだー」って感じがする。<div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>っていうハナシを聞いた。</div><div>めっちゃ納得した。</div><div><br></div><div>これは逆に言うと、家に引きこもってた方が「ひとりだー」って感じにくい、ということになる。</div><div><br></div><div>これ、僕がニートでいた理由の１つだと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>脱ニートして自分で自分に驚いたことの一つが、「人と一緒にいるのが好き」だということだった。会話も好きだし、集団の中にいることが特別苦手だったり苦痛だったりはしないとわかった。</div><div><br></div><div>それが謎だった。</div><div>何でニートでいられたんだろう、と。</div><div><br></div><div>それが今回の「ひとりを実感するか否か」という話だ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ひとりでいると、世界はひとりだけだから、ひとりを実感しにくい。</div><div><br></div><div>周りに人がいて、尚且つひとりだと、ひとりを実感する。</div><div><br></div><div>相対的に、引きこもってひとりでいる方が、ひとりを感じない。</div><div>だから、引きこもってたわけだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>これ、あれだな。</div><div>ブログに書いたことあったような気がするけども、僕のよく考える「ちっぽけな世界」ってやつだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>世界を狭くすると、暖かくなる。</div><div>世界を狭くすると、明るくなる。</div><div><br></div><div>部屋を想像してみて欲しい。</div><div><br></div><div>20畳の部屋と、4畳半の部屋がある。</div><div>ひとりで部屋にいる。</div><div>どちらの部屋も壁には鏡が掛かってて、自分は反対側の壁際に立っている。</div><div>明かりは１つ。100Wの電球。</div><div><br></div><div>20畳の部屋は薄暗く、鏡の中の自分もよく見えない。見えたとしても、遠くて顔がよく見えない。</div><div>部屋は寒々としていて、心細い。</div><div><br></div><div>4畳半の部屋は充分に明るく、鏡もよく見える。鏡の中の自分は近く、ハッキリと見える。</div><div>部屋の温度は、自分の体温だけでも、少しずつ上がっていく。</div><div><br></div><div>広い部屋の方が、暗い。寒い。</div><div>狭い部屋の方が、明るい。暖かい。</div><div><br></div><div><br></div><div>世界も同じ。</div><div><br></div><div>自分の世界を狭く、狭くするほど、居心地が良くなる。</div><div>明るく暖かい世界で、自分のこともよく見えているつもりになる。</div><div><br></div><div>でも、狭い世界で、ひとりぼっちだとは気が付かない。</div><div><br></div><div><br></div><div>世界は広いのだと認識すると、自分がいかに小さい存在かわかる。</div><div>遠くの方はよく見えないし、風はびゅーびゅー吹いているから寒い。</div><div><br></div><div>でも、暗いから、明かりを灯そうとする。</div><div>星の光みたいなものも見える。</div><div>寒いから集まり、寄り添う。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>ひとりでいるとひとりなことに気が付かない。</div><div>気が付かなくても良いのかもしれない。</div><div>気が付いたから何かしなきゃいけないわけでもない。</div><div><br></div><div>僕がこのことに気が付いた時は、「世界は広い方が良いな」だったから、自分の世界が「ちっぽけな世界」だと認識することにした。</div><div>自分を小さくすればするほど世界は拡がるから。</div><div><br></div><div>あと、ひとりは嫌だな、とも思った。</div><div>だってひとりだったら、この考えをもってしても、世界は狭いままだから。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>やっぱり、どこか今までとは違うところに飛び込んで見ることも必要なのかな。</div><div><br></div><div>じゃないと、世界は狭いままだな。</div>
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<pubDate>Fri, 18 Sep 2015 20:33:33 +0900</pubDate>
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<title>もののみかた</title>
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<![CDATA[ ホント、面白い。<div><div>見る人が違えば、見え方も違う。</div><div><br></div><div>僕が思う僕の姿と、誰かが思う僕の姿も違う。</div><div>僕が思ってほしい僕の姿と、誰かが思う僕の姿も違う。</div><div><br></div><div>やっぱりそこじゃないのね。</div><div><br></div><div>僕のなりたい姿ってのも、なんか違う。</div><div>それは多分僕が僕の見かたを変えるだけ。</div><div>僕は変わらない。</div><div><br></div><div>誰かが見る姿は変わるかもしれない。</div><div>僕が見る姿も変わるかもしれない。</div><div><br></div><div>でも僕は変わらん。</div><div><br></div><div>誰かから見る僕の姿に僕が納得できなくても、誰かから見る僕の姿は変わらん。</div></div><div>僕が僕の見かたを変えても、僕は変わらん。</div><div><br></div><div>ただそういうものなのだ。</div><div>この世の全ては、ただそこにあるだけ。</div><div><br></div><div>変わったと思うなら、そういう「もののみかた」をしたというだけ。</div><div>変わらないと思うのも、<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そういう「もののみかた」をしたというだけ。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">変わりたいと思うのも、そういう「もののみかた」をしたというだけ。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ただそこにあるだけのものをどう見るのか。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ただそれだけのことで世界が定まっている。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">僕はそういう「もののみかた」をしたい。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">しよう。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">確かに、好きな人もしくは好きになって欲しい人とかがいたりする。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">「僕をこう見て欲しい」と思ったりする。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">でも誰かや自分の「もののみかた」を変えられたとしても、僕は相も変わらず「ただそこにあるだけ」。</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">何も変わらない。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">だったら「ただそこにあるだけ」の自分を、「ただそこにあるだけ」だと認識したい。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">それ以上の「もののみかた」は要らない。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">誰かが僕のことをどう思ったとしても、「あぁ、あなたは僕をそう見たんだね」と、そこにいる誰かを「ただそこにあるだけ」だと認識したい。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">どうしたいとかどうなりたいってことは、</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そういう「もののみかた」をしているというだけ。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもない。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">そんな「もののみかた」をしたい。</span></div>
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<pubDate>Wed, 16 Sep 2015 00:19:29 +0900</pubDate>
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<title>だは。</title>
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<![CDATA[ どーも、たーです。<br>昨日は久々に平日毎日更新を怠ってしまいました。<br><br>というのもですね、やっぱりちょっと不調だな、というところがございまして、昨日は一日鬱々とダラダラと過ごしていたんです。<br><br><br>一体なんで不調なんだろう？<br><br><br>という問いかけをしたいところですが、その問いかけはあまり効果がない問いかけなのでやめます。<br>僕がいますべき問いかけはこうです。<br><br><br>一体どうなりたいんだろう？<br><br><br>現状の問題を分析して、改善して進むことは決して悪いことではありません。<br>しかしそれでは抜け出せない袋小路もあるのです。<br><br>すぐ目の前の問題に対処する、もしくは対処できない、対処して疲れて動けない、対処できない自分に落ち込む。そんな現状で、目の前の問題への対処法を考えても、抜け出せません。<br><br>考えるべきは、「何故目の前に問題があるのか」というところです。<br><br><br>僕はまだまだ、自分の目指すところが定まりきっていません。それは大した問題ではないです。<br>今はそういう時期なのだと、受け止めています。<br>それに、何も定まっていない、というわけではありません。<br><br>学びたいことがたくさんある。<br><br>それははっきりとわかっています。<br>僕の部屋の作業机の前には「学びたいこと」がちゃんと貼ってあります。<br><br><br>問題は、その学ぶ時間を作れてないということです。<br>スケジュール管理ができていないんです。<br><br>僕は基本的にお仕事は家でやります。<br>やることは自分で決めて、自分でペース配分をしなければなりません。<br>いついつまでにこれをここまで進めよう。と、自分で設定してやっていきます。<br><br>が。<br><br>全然できていません。<br>いつも夏休み最終日の子供のような状態です。<br>後回し後回しにして、最終的にかっつかつで作業してしまいます。<br><br>実は今もそうです。こんなブログを書いている暇はないんじゃないかというような状態です。<br><br><br>後回しにした分、何をしているか？そこで学べばいいじゃないか？<br><br>まさにそうなんですよね。でもそれも出来ていない。<br>そこが今の僕の困っているところなんです。<br><br>簡単に言うと、ダラダラしているんです。<br>全くもって無駄だなぁと思う時間を過ごしています。<br><br>言い訳をするなら、九月から家事もやり始めて少し疲れているということがあります。<br>朝昼晩のご飯と洗い物、洗濯や掃除は分担しつつですが、今までの生活と違うリズムになったのは確かです。<br><br>朝の家事がひと通り終わって部屋に戻って、「うがー」っとベッドに倒れこむ。<br>うだうだー<br>うだうだー<br>うだうだー<br>ああ、もうすぐお昼だ、ご飯作らなきゃ。<br>お昼が終わって部屋に戻って、「うがー」っとベッドに倒れこむ。<br>うだうだー<br>うだうだー<br>うだうだー<br>・・・<br><br>こんなんです。しょうもないです。<br><br><br>お仕事だってもっと学んで、もっと出来るようになりたい。<br>自分の夢のために学びたいこともやりたいこともたくさんある。<br>今年の夏合宿で作った宝地図もある。<br><br>なんで動けないんだ。<br>僕が動かないからだ。<br>なんで動かないんだ。<br><br>動かない理由を探したってダメだ。<br>動く理由を探すんだ。<br><br>だから<br>「一体なんで不調なんだろう？」<br>じゃなくて<br>「一体どうなりたいんだろう？」<br>と問いかけるのだ。<br><br><br><br>ようやく戻ってきました。<br>こういう時の自分に言い聞かせるのは容易ではありません。<br><br>というわけでこれから僕がやることです。<br><br>１、なりたいもの、何でなりたいのかを確認。<br>２、そのためにやることを確認。<br>３、やる！<br><br>１、２、は最近の鬱状態でぬぼーっとしている時に確認済みです。何かに書いたりして視認できるようにしたらなお良しですかね。<br>そしたらあとはやるだけです。<br><br>ここ数週間の習慣は今すぐにでも変えられます。<br>気持ちが違えば同じ行動も違うものに変わるからです。<br>もう少ししたらお昼の時間ですが、今日の気分は「モリモリやるためにモリモリ食って体力復活だ！」です。昨日までの「あーお昼ご飯用意しなきゃー」とは大違いです。<br><br>いい習慣を作ろうと思っていましたが、ちょっとちがうかもですね。<br>習慣を変える習慣を作るのが良いかもしれません。<br>どんなに良い習慣でも、「ただの」習慣になったら惰性です。<br>「変わり続ける」もしくは「進化し続ける」習慣こそが、良い習慣なんですかね。<br><br><br>まぁ、細かいこたぁいいんです。<br>僕はさっきまでの習慣を打破したんです。<br>それでいいんです。<br>毎日進化したいですからね。<br>ここ数週間の進化しそこなった分、今から進化するんです。<br><br>やるぞー<br>おー<br>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12072228623.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Sep 2015 11:27:05 +0900</pubDate>
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<title>ギターと音楽</title>
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<![CDATA[ どーも、たーです。<br>あれですね、更新時間が遅いと閲覧数が下がるんですかね。<br>あ、昨日の記事はまた別か。<br><br><br>ってなかんじで今日も僕の「好きなものの話」です。<br>始まり方からして、昨日までとは熱量が違うのがわかると思いますが、今日の好きなものは「ギターと音楽」です。<br><br>これは、温度が低いというよりも、あまりにも日常に馴染んだものなので、当たり前というか、そういう感じですね。<br><br>物心ついた時からずっと何かしらの音楽を聴いて育って、ギターも触り始めて１０年経ったということで、「ああ、これは、ギターと音楽が好きだってことだな」と気が付いて、書くことしました。<br><br><br>とは言いつつ、最近はギター熱が過去最高に燃え上っていて、なかなかの温度なんです。<br>スラム奏法という新しい奏法に出会い、「ギターって楽しい！もっと上手くなったら、もっと楽しいだろうな！」ってな具合にうはうはしております。ええ。<br><br>だからといって急激にうまくなるわけじゃないですが、急激に楽しくなったことは確かですね。<br>一日に１時間くらいはギター弾いてるか練習しているかの時間がある気がします。<br><br>今年になって、ギターを弾くようになってからほぼほぼ初めて人前で弾いたりして、ちょっと新しい楽しさも見つけちゃったりして、どうしましょう。<br><br>でも優先順位を考えると決して高くはないのでね。仕事しましょう。<br><br><br>そんなときは音楽を聴くわけです。<br>PC作業には音楽は欠かせません。ウソです。<br>でも作業中は十中八九音楽を聴いています。<br><br>音楽の魅力、なんて語るのもなんか違うので、普段僕が聴いているお気に入りの話でもしますか。<br><br><br>一番のヘビロテはtriceratops（トライセラトップス）ですね。日本のバンドです。<br>ボーカル兼ギターの和田唱さんにあこがれて僕のギター魂に火が付いたりしました。<br><br>一番好きな曲は「シラフの月」。<br>あえて酔っぱらって聴くとなんだかいいカンジです。<br><br><br>最近よく聴いているのはNolaBeggman（ノラベッグマン）です。<br>僕の友達で、現在東京で活動中のユニットです。<br>最初は「友達だから聴いてあげようか」くらいの感じで聴いたんですが、あらびっくり、自分の音楽の好みにどんぴしゃじゃないの！ってな感じで今ではすっかりファンでございます。<br>今はまだインディーズ（でいいのかな？）ですが、これだけどんぴしゃだと、何としてもながーく続けてもらいたいと思っています。<br><br>この前は札幌凱旋ライブもあって初めて生で見れたんですけど、CDよりも迫力があって、「マジか」って思いました。やヴぁいです。やヴぁい。<br><br>新しいミニアルバムはオンラインで全国で買えるみたいなんで、気になった方は是非聴いてみてください。<br>HPとかfacebookとか検索すりゃ何かしら情報が出てくるんじゃないですかね。<br>リンクとかは張らないです。「欲しいものは自ら手を伸ばせ！」です。<br><br><br>あとはですね、基本的に何でも聞きます。<br>邦楽も洋楽も70's80'sみたいな古いものから新しいもの、いや、新しいものはちょっと疎いかもしれませんが、とにかく何でも聴きます。<br><br>僕にとって一番大事なのは「音楽のある生活」なのです。<br>もちろん好みや趣向はありますが、今までに聴いたことのない新しいジャンルを聴いたりしてみることにはなんら抵抗がありません。<br><br><br><br>ギターと音楽の話はこんな感じですかね。<br>基本的にみんなそれぞれの好みがあるものだと思うので、そんなにおすすめしたりなんだりということはありませんよね。<br><br>あ、あと一つ強いてあげるとすれば、作曲ですかね。<br>ギターをある程度弾けるようになってから、自分で曲を作って遊んだりしています。<br>基本的には自分の心地よい音を探して、弾いて、「ほわ～ん」としています。<br>時々調子に乗ってメロディーと歌詞をつけたりして、人に聴かれたらすごく恥ずかしいカンジになっていたりします。<br><br><br><br>といった感じで、一体だれがこの話を聞いて面白いのか、という内容をつらつらと書いてしましました。うーん、たぶんもっと熱く語ろうと思えば語れないこともないんですが、なんでしょう？カッコつけたいんでしょうか、サラッと書いてしまいました。<br>最後くらい少し熱く語りましょうか。<br><br><br>音楽っていうのは、物理的に言えばただの波です。振動です。<br>でもその波に、誰かの想いが乗って、聴く人の脳みそを直接揺らします。<br><br>僕らはその揺れから何かを感じるわけです。<br>これは音楽に限ったことではないです。<br>僕らが口から発する言葉だって、音楽と同じただの波なんです。<br><br>でもそのただの揺れが、間違いなく僕らの心を揺さぶっているんです。<br>しかも、何千年も前から。<br><br>こりゃあちょっと、すげーです。<br>音楽ってのは、たぶんすげーんです。<br>人間って、きっとすげーんです。<br><br><br>そんなことを、考えました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/i-watarururu/entry-12071729699.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Sep 2015 23:04:47 +0900</pubDate>
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