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<title>Eikoのメッセージ</title>
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<description>なんで生きてるの？どうやって生きればいいの？に自問自答しつづける哲学かぶれの元女学生の駄文です。自分のために残しますが、誰かが見て少しでも楽な気持ちになればいいなと思います…。</description>
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<title>宗教勧誘</title>
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<![CDATA[ <p>郵便局で用事を済ませてぶらぶらと帰路を歩いていましたら、宗教勧誘のおばあさまに声をかけられました。</p><p>&nbsp;</p><p>あなた、どこそこのなんちゃら寺ってご存じ？</p><p>&nbsp;</p><p>いや、知らないです、おばあさん、そちらに行きたいのですか？</p><p>&nbsp;</p><p>いえね、そこの云々かんぬんっていうお経を読むと、とってもいいのよ。私も健康になって、知り合いもみんなうまくいってるのね。</p><p>&nbsp;</p><p>そうですか。云々かんぬんっていうことは、アレコレ宗ですか。</p><p>&nbsp;</p><p>ううん、アレコレじゃなくて、ドコソコ宗なの。アレコレはダメよ。一家離散しちゃうから。</p><p>&nbsp;</p><p>そうですか。待ち合わせがあるんでこれで失礼しますね。また調べておきますよ。</p><p>&nbsp;</p><p>あ、じゃあ、私電話番号とか持ってるから、差し上げましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>いえいえ、結構です。失礼します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>上記のやりとりをして家に帰り、顛末を母親に告げると、やっぱり悩んでる人間はわかるんだねえと大笑いされた。</p><p>&nbsp;</p><p>昨日のブログの最後に宗教が必要なのかもしれないとつぶやいたけれども、このおばあさんのように救われた気持ちで幸せに生きられるのであれば、まったくその通りだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>母親がひとしきり大笑いした後めずらしく神妙な面持ちで、なんで宗教にハマる人はハマっちゃうんだろうね、なんて言っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>宗教は人が幸せに生きるため、先の見えない人生で指針を与えてくれるように人類が発明したものだから、ハマってもおかしくないよとしかそのときは返せなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>私の持っている認識としては、人間がこの世界のあらゆる事象、現象を説明するために神話的な説明が用いられて、その後、そこから人間の生活面に発展させて人間がどう生きてゆくか、日常でどのように振る舞うべきかを定めたのが宗教ではないかと考えている。</p><p>&nbsp;</p><p>もしかしたら逆もあり得るかもしれないが。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう風に人はものを考えるべきだ、振る舞うべきだとする理想が先にあって、それを正当化するために神がそれを定めただの聖人がこう伝えただのと後付けをしていった可能性もある。</p><p>&nbsp;</p><p>あるいはそれらを相互的に繰りかえしていったとも考えられる。</p><p>&nbsp;</p><p>あと、宗教には人の集団を団結させる効果がある。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ前提条件を与えて、同じ方向に向わせる効果がある。</p><p>&nbsp;</p><p>私の悩みの一つには、周囲の人間とどうも前提条件が合わないと感じる点がある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>どうもイライラした気分がおさまらないので、途中だけどここでいったん打ち止めにしましょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ic0n-1109/entry-12640412208.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Nov 2020 20:26:28 +0900</pubDate>
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<title>『生まれてこないほうが良かったのか？ー生命の哲学へ！』</title>
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<![CDATA[ <p>本屋に行くと、標記のようなタイトルの本が目に飛び込んできた。</p><p>&nbsp;</p><p>今の私のために出版されたのだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>ペラペラとめくった感じ、ニーチェだの永遠回帰だのショーペンハウアーだのお馴染みの面子が。</p><p>&nbsp;</p><p>恐らくビジネス書や自己啓発みたいななんちゃって哲学の本ではなさそうなので、お買い上げしました。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">書籍情報　：　<span style="text-decoration:underline;">森岡正博『生まれてこないほうが良かったのか？－生命の哲学へ！』筑摩書房、2020年10月15日初版、定価1,800円＋税</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>著者の森岡先生は早稲田大学の「哲学者」で、生命や死の哲学を総合的に研究なさっているとのこと（Wikipedia）。</p><p>&nbsp;</p><p>・・・ちょっと脱線するけど、大学の哲学教授を「哲学研究者」とか「哲学学者」ではなく、「哲学者」と紹介されるとなんだかなあと思ってしまうのは私だけでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>別に哲学している人だから「哲学者」で問題ないだろうと言われればそれまでですが、もし私が哲学の教授になったとして、自らを「哲学者」と自称できるかというと、なんとなくおこがましくて気が引けちゃう。</p><p>&nbsp;</p><p>プラトンとかデカルトとか、ヘーゲル、ハイデガーなど、大多数の人間が哲学者と認める巨人たちの末席に、研究の名目で彼らの思想をメシの種にしているだけの卑しい自分なんかが名を連ねて良いのかしら・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>まあ、この中だったらヘーゲルとかハイデガーも大学教授は務めていたわけで、ほかの学者と言い争ったり、過去の哲学者の思想を研究・吟味していたけど、その上で自分独自の哲学を打ち出していたというのがポイント。</p><p>&nbsp;</p><p>果して、日本の「哲学者」の中でそういった独自の哲学を展開できている方はどれくらいいらっしゃるのか。</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっと浅い愚痴っぽくなってしまったけど、この点は考えさせられることなのでまた改めて書こう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今のところ1章と2章まで読んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>「はじめに」で、著者は今まで哲学のジャンルで存在していなかった「生命の哲学」を打ち出したいと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>その「生命の哲学」シリーズの第一作として本著があり、今後は長い時間をかけて、<span style="text-decoration:underline;">人間の生と死</span>、<span style="text-decoration:underline;">他のいのちあるものとの関係</span>、そういったものへの疑問や、歴史上の哲学者（<span style="text-decoration:underline;"><span style="color:#0000ff;">西洋哲学のみならず全世界！</span></span>）はどう考え、そして今後はどう考えれば良いのか、イメージを浮かび上がらせていきたいとのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>本編にたち入った感想などは、また気が向いたら。</p><p>&nbsp;</p><p>あと、この本買った後に書店の外でしばらく突っ立っていましたら、見知らぬおばあさんから宗教勧誘受けましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>いっそ信じられる宗教でもあったらなあ。</p><p>&nbsp;</p><p>私に必要だったのは哲学ではなく宗教だったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ic0n-1109/entry-12640255721.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Nov 2020 23:43:57 +0900</pubDate>
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<title>休養することに</title>
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<![CDATA[ <p>ブログをなんとなく立ち上げたはいいものの、何を書こうか迷ううちに数日。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その数日のうちに以前から抱えていた職場に対する不満や将来への不安が爆発し、うつ病（軽度）の診断が下されました。</p><p>&nbsp;</p><p>本当はスッパリやめたかったけど、医師や職場から説得があったのでしばらくは休養という形で残ることに。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなわけで、輝かしい私の人生初のブログは闘病＆休養日記となります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、職場に対する不満と書いてしまったが、正直なところ何に対するどういった不満なのか、言語化するのは非常に難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>休養にあたり、上司やその上の偉い人、医者や両親に数回経緯を説明したが、そのたびに「なんか違うんだよなあ～」と説明しきれないもやもやを抱えたままでした。</p><p>&nbsp;</p><p>今でもそのもやもやした言語化できないものは胸にあるので、このまま休養を続けたところで根本的な解決にはならず、職場に復帰してもまた同じようになってしまうのではないか？と思ってしまうのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>まあ、そのもやもやしたものの正体は追々解明してゆくことにしましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>今のところ、ストレスの原因として考えられるのは、私の直属の上司です。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、初対面の時から「ん？」と違和感を覚えていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>できれば他人に対して悪口や文句を言いたくはないし、思いたくもない、さらに言うなら「べきではない」と禁止するように努めているくらいですので、こういう人なんだろうな、こんな感じで仕事は進んでいくんだろうなくらいに気にしないように騙しだましうまいこと割り切って進めてきたつもりでした。</p><p>&nbsp;</p><p>今回こうなってしまったのを鑑みるに、割り切れてなかったんですけどね。</p><p>&nbsp;</p><p>あとはなんでしょうね、「こんなひどい人だけど、支えてあげられるのは私しかいない！」みたいな謎の境地にも至りましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>こわいこわい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、こうして文字に起こしてみると、やはりいろいろと気づきや発見があるというもの。</p><p>&nbsp;</p><p>難しく考えずに、一日一本くらいの投稿を続けられればと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ic0n-1109/entry-12639953035.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Nov 2020 14:46:02 +0900</pubDate>
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