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<title>哲学の条件</title>
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<description>古今東西の哲学書の紹介を通して、政治、経済、社会、そして人生を哲学的に考察していくブログです。</description>
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<title>神学の思考（書評）</title>
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<![CDATA[ <font size="3">同志社大学神学部を卒業後、外務省に入省、その後鈴木宗男の収賄事件がらみで背任罪で逮捕された「知の巨人」こと佐藤優氏によるキリスト教神学の入門書である。<br>以前書いたことがあるが、佐藤氏の本の中で唯一面白いのはこの神学に関する文献である。<br>反面、外務省時代における経験談は眉唾ものなので面白味に欠ける。<br>まあ、佐藤さんは同志社神学部の大学院を卒業後、外務省に行かずに神学者の道を辿れば良かったのだが、彼が（まず間違いなく）無実の罪で執行猶予付きの判決を外務省のおかげで受けたため、却ってクローズアップされたため、彼の神学の素養も副次的効果として脚光を浴びたので、その点外務省には感謝（？）しなければならない。<br>さて、キリスト教神学の内容だが、やはり難しい。<br>神学と言う分野は、哲学の発達とともに変遷を遂げており、また真理の探究と言う点で、数学の分野（特に論理学、証明法）にも多大な影響を与えている点でその相乗効果は大きく、神学書は広い意味での実務書とも言える。<br>すなわち、キリスト教とは無縁ではあっても、神学の文献にあたることは、同時に哲学や数学の勉強にもなるので有用とも言えようか。<br>さて、数ある神学者の中で、佐藤さんが推薦する神学者が二人いる。<br>一人はナチスに抵抗したスイスの神学者カールバルト。<br>もう一人は、プラハの春弾圧後もチェコに残り、「人間の顔をした社会主義」を擁護した（つまりはソ連に抵抗した）フロマートカというチェコの神学者である。<br>バルトは日本でも知られているが、フローマトカはあまり知られていない。<br>いずれにせよ、二人の神学者は強大な権力に屈しなかった神学者だったが、思うに、宗教とは、政治権力を持つべきではないし、同時に政治権力に迎合してはならないものだと考える。<br>神学など、キリスト教徒でさえあまり係ることはないだろう。<br>一般的な学問分野ではないが、人生や社会を考えるうえで、意義深い示唆を与えてくれることには相違ないようだ。<br></font><br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31180163" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">神学の思考/佐藤優<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51kvlhZ72RL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥2,484<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ideaplaton0212/entry-12116414340.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jan 2016 22:15:49 +0900</pubDate>
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<title>同志社大学神学部（書評）</title>
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<![CDATA[ <font size="3">佐藤優氏の本は大きく別けて四つある。<br>一つは外務省時代に培ったインテリジェンス（情報分析）に関するもの、及び外務省時代の経験談。<br>一つは国際情勢に関するもの。<br>一つはマルクスに関するもの。<br>そして最後は神学に関する文献である。<br>最後の神学に関する文献は、彼が同志社大学神学部在籍時において勉強した経験がベースとなる。<br>本書は、佐藤氏の同志社大学における経験を書いたものである。<br>この本を読んでいくと、同志社大学神学部は「哲学部」と言っていいほど、狭義の神学から離れた幅広い哲学教育を行っていることがよくわかる。<br>思うに、佐藤氏の著作は、この神学・哲学関係以外の分野の著作についてはあまり面白味はない。<br>特に外務省時代の経験談は、いかに外務省と言う官庁が腐敗しているのか暴露しているだけの内容なので、それほどの魅力は感じられない。<br>神学と言う分野は一般大学では教えない哲学分野なので、佐藤氏の書籍を通して学ぶことは価値あるものと言えるのかもしれない。<br>本書は神学を勉強するための入門書と言えようか。<br></font><br><br><br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31145947" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか (光文社新書)/佐藤 優<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F31DZHdQI5gL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥994<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ideaplaton0212/entry-12114171750.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Jan 2016 19:49:16 +0900</pubDate>
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<title>自由からの逃走（書評）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">第二次世界大戦前に、何故にドイツ国民は進んでナチス・ヒトラーに服従し、ユダヤ人虐殺、そして無謀な戦争に突入していったのか？</font></p><p><font size="3">これは、ドイツ人が愚か者だったという訳ではない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><strong><font size="3">思えば、人間と言うのは、「個人」が確立していない場合、進んで「全体」に従属する道</font><font size="3">を選択する心理的傾向にある。</font></strong></p><p><font size="3"><strong><br></strong></font></p><p><font size="3">ナチスが台頭する際、個人の確立を前提とする自由民主主義が発達していなかったドイツ人は、「個人」の確立がなかったが故に、「全体主義」を主張するナチスに共感し、その棟梁たるヒトラーに進んで服従していったのである。</font></p><p><font size="3">これが冒頭の問いかけに対する本書の回答である。</font></p><p><font size="3">本書の著者、エーリッツヒ・フロムは、戦後ドイツを代表する心理学者であり、戦時中はナチスにドイツを追われ、アメリカに亡命していた。</font></p><p><font size="3">ナチスに対する分析の書は数多くあるが、殆んどの書は、ナチズムをある種の「集団発狂」として捉えており、歴史上特異な現象であるとして片づけてしまっている。</font></p><p><font size="3">だが、エーリッヒ・フロムの上記の指摘は、人間が陥るありふれた心理現象であり、条件が合えば、人間は進んで「自由からの逃走」を選択すると彼は説く。</font></p><p><font size="3">このエーリッヒ・フロムの指摘は正しいだろう。</font></p><p><font size="3">「自由からの逃走」の例は今でも見られるからである。</font></p><p><font size="3">９０年代に日本において台頭したオウム真理教、そして現在シリア・イラクの一部を支配するIS（イスラム国）もまた「自由からの逃走」の代表的な例と言えようか。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><strong>人間と言うのは、「個人」が確立していない場合、進んで「全体」に従属する道<font size="3">を選択する心理的傾向にある。</font></strong></font></p><p><strong><font size="3"><br></font></strong></p><p><font size="3">エーリッヒ・フロムのこの指摘、悲しいかな、人間の性（さが）なのかもしれない。</font></p><br><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=30650710" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">自由からの逃走 新版/エーリッヒ・フロム<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F411DSGE9XFL._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥1,836</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<pubDate>Sat, 03 Oct 2015 18:20:13 +0900</pubDate>
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<title>田辺元とハイデガー　封印された哲学</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">戦前、ドイツにおいてはナチズムを、日本においては軍国主義を理論的にサポートした哲学者が二人いた。</font></p><p><font size="3">ドイツのマルティン・ハイデガーは当初ナチスを支持したが、後にユダヤ人を擁護したために、ヒトラーにより学界から追放された経歴を持つ。</font></p><p><font size="3">彼の著作、<strong>「存在と時間」</strong>は実存主義哲学のバイブルであり、今を生きる人間の存在とその終焉である人間の死までをいかに意義ある時間として生きるべきかについて説いている。</font></p><p><font size="3">要はナチズムとは全く関係ない。</font></p><p><font size="3">反面、日本の田辺元という哲学者は現在殆ど知られていない。</font></p><p><font size="3">本書によれば、彼は陸軍統制派に軍国主義の正統性の理論を指南したと説くが、彼の著作である<strong>「哲学通論」</strong>はとっくの昔に絶版になっており、現状、私も読んではいない。</font></p><p><font size="3">だが、「哲学通論」が戦中陸軍を批判した学徒兵から支持を受けていた点を考慮すれば、この本もまた「存在と時間」同様に軍国主義の理論的支柱となった書とは考えにくい。</font></p><p><font size="3">本書において、著者は、ハイデガーも田辺元も戦後封印された哲学者だと説くが、それは言いすぎであり、少なくともハイデガーの「存在と時間」は上述の通り実存主義哲学のバイブルとなり、ハイデガーは２０世紀最大の哲学者として評価されている。</font></p><p><font size="3">では、田辺元の方はどうか？</font></p><p><font size="3">彼は単に忘れ去られているに過ぎないと私は思う。</font></p><p><font size="3">思えば、日本哲学界の代表格である西田幾多郎の著作だって、今の日本では忘れ去られつつある。</font></p><p><font size="3">要は哲学教育が大学においてすら義務化されていない我が国にとって、洋の東西を問わず、哲学者や哲学書は本気で語れることはないのである。</font></p><p><font size="3">田辺元とハイデガー。</font></p><p><font size="3">封印された哲学者ではなく、哲学教育が徹底されていない今の日本においては、単に知られていない存在なのである。</font></p><br><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=30504581" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">田辺元とハイデガー: 封印された哲学 (PHP新書 884)/合田正人<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41L-jj25l3L._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥842</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<link>https://ameblo.jp/ideaplaton0212/entry-12070156591.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2015 19:30:38 +0900</pubDate>
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<title>韓非子</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">「マキャベリズム」という言葉がある。</font></p><p><font size="3">権謀術策の士という意味で使われるらしい。</font></p><p><font size="3">語源は「君主論」の著者であるマキャベリから来ているが、マキャベリが「君主論」やその他の著作で説く理論はあまり権謀術策を感じさせないものばかりである。</font></p><p><font size="3">マキャベリよりも謀略の書として名高いのがこの「韓非子」である。</font></p><p><font size="3">「韓非子」は法による統治を説く法家思想に基づいている。</font></p><p><font size="3">ここまで書くと、現代民主主義の礎となる法の支配と似ているように聞こえる。</font></p><p><font size="3">だが、実相は全く異なる。</font></p><p><font size="3">「韓非子」が説く法家思想とは、法を道具として人民を厳格に統治し、場合により法を謀略の道具としても使えと説く。</font></p><p><font size="3">法の悪用という点で、「韓非子」の方がマキャベリの著作よりえげつないと言えようか。</font></p><p><font size="3">だが、この「韓非子」の登場もやむを得ない部分がある。</font></p><p><font size="3">「韓非子」が書かれたのは古代中国の戦国時代末期。</font></p><p><font size="3">動乱の時代を生き抜くためには、このような権謀術策の書も必要だったと言えるのかもしれない。</font></p><p><font size="3">だが、えげつない「韓非子」も、実は古代中国最初の倫理書を尊敬すべきと説いている。</font></p><p><font size="3">その書とは「老子」。</font></p><p><font size="3">「老子」は「孫子」にも影響を与えている。</font></p><p><font size="3">「韓非子」も「孫子」も徹底した現実主義の書だが、そんなリアリズムの書が実は真逆の倫理哲学の代表作である「老子」を尊重している点は興味深い。</font></p><p><font size="3">本書は「韓非子」の入門編だが、入門編を読まれたら、是非「韓非子」全作と「老子」の併読をお勧めしたい。</font></p><br><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29805242" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">韓非子 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)/西川 靖二<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F3105WX6ARQL._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥679</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<pubDate>Mon, 11 May 2015 20:02:06 +0900</pubDate>
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<title>法の概念</title>
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<![CDATA[ <dl><dt><font size="3">大学の法学部での授業にて、仕事に何ら役立ちもせず、飯の種にもならない授業がある。</font></dt><dt><font size="3">その授業とは法哲学。</font></dt><dt><font size="3">そもそも、哲学は最も広範な分野をカバーする割には、実学ではない宿命（？）からか、日本の大学の授業においては、文学部哲学科を除き必須の科目ではないケースが多い。（但し、欧米の大学では哲学は必須科目である）</font></dt><dt><font size="3">法学部においても御多分に漏れず、法哲学は必須科目ではない。</font></dt><dt><font size="3">思えば、法学とは法律と言う社会技術（特に解釈技術）のテクニックを教えることが主流の学問であり、経営学同様に社会科学の分野では最も実学に近い学問であると言えるのかもしれない。</font></dt><dt><font size="3">と言うことで、法哲学は実学志向の法学の中では浮いた存在である。</font></dt><dt><font size="3">しかしながら、直接仕事に役立たず、飯の種にもならない法哲学だが、「法とは何か？」と言う根本的な問題を考えるこの学問を勉強するのとしないのでは、その他の法学分野の理解度に差が出てくるのも事実であり、技術偏重の法学教育のベースとして本来は法哲学は置かれるべきなのである。</font></dt><dt><font size="3">話が長くなった。</font></dt><dt><font size="3">本書はそんな法哲学の代表作である。</font></dt><dt><font size="3">法とは何か？法と道徳、慣行との関係はどうあるべきなのか等について問題提起をする本書を読むことは、法と社会を考察するうえで必要不可欠な「報酬」を与えてくれる。</font></dt><dt><font size="3">ちなみに、著者のH.L.A.ハートはイギリスの法哲学者だが、もともとは法廷弁護士であり、第二次世界大戦中はイギリスの諜報機関MI5で働いた経験を持つ。</font></dt><dt><font size="3">言わば哲学とは無縁なキャリアを持つ男が、後に法哲学の代表作である本書を世に問うことになる。</font></dt><dt><font size="3">こんな著者の経歴を見ると、実は哲学が最も実用性の高い学問だと言えるのかもしれない。</font></dt><dt></dt><dt><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=29528249" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">法の概念 第3版 (ちくま学芸文庫)/H.L.A. ハート<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41KRuygCboL._SL160_.jpg"></a></dt><dd style="MARGIN: 0px">￥1,620</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<link>https://ameblo.jp/ideaplaton0212/entry-12008177474.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Mar 2015 22:08:28 +0900</pubDate>
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<title>人間にとって善とは何か</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">現代の英米系の哲学は倫理学が主流である。</font></p><p><font size="3">もっとも、ドイツ哲学の重鎮であるエマニュエル・カントもまた、倫理の問題について真正面から取り組んだ。</font></p><p><font size="3">カント以前のギリシャ哲学においても、倫理の問題は主要な哲学の課題であった。</font></p><p><font size="3">言わば、西洋哲学において、今も昔も倫理学は主要なトピックだと言って良い。</font></p><p><font size="3">ところで、本書の著者フィリッパ・フットは、現代倫理学上最も有名かつ重い質問を世に投げかけた哲学者である。</font></p><p><font size="3">「暴走する路面電車」と名付けられたこの質問は以下のものである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><strong>「暴走する路面電車を運転士と作業員６人が止めようとしている。作業員が、線路を外して電車を止めようとするものの上手く行かない。そうこうしているうちに、５人の作業員が作業している場所に電車が突入しようとしている。５人の作業員を助けるべく運転士は止む無く電車を右側の待避線に入れようとするがさせようとするが、右側にはもう一人の作業員がいた・・・。<br>一人を犠牲にして５人を助けるか、それとも５人をそのままひき殺して一人を助けるか・・・」</strong></font></p><p><font size="3"><strong><br></strong></font></p><p><font size="3">この質問に答えはない。</font></p><p><font size="3">敢えて優等生的な答えを引き出すとすれば、「一人を犠牲にして五人助けることも、五人を犠牲にして一人を助けることもいずれも<strong>「善」</strong>ではない、別言すれば、いずれも<strong>「悪」</strong>であると言えるだろうか。</font></p><p><font size="3">だが、このような答えだけでは、倫理学の本質には迫っていない。</font></p><p><font size="3">すなわち、倫理学の主要な目的は、「善」の本質とは何か、そして「悪」はなぜ悪いのかについて、とことん突き詰めて考えることにある。</font></p><p><font size="3">思えば、哲学の分野において、倫理学が最も難しい分野なのかもしれない。</font></p><p><font size="3">日頃、簡単に規定してしまっている「善」や「悪」をの本質を考え抜くのだから、その思考作業は難解極まる作業である。</font></p><p>本書はそんな倫理学の入門書だが、入門書の割には難しい。</p><p>かと言って、読んで損はない。</p><p>人間、日ごろから善悪の本質について考えることはない。<br>だからこそ、本書のような書は読む価値のある書と言えよう。<br></p><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=28181322" rel="nofollow" target="_blank" alt0="BlogAffiliate">人間にとって善とは何か: 徳倫理学入門 (単行本)/フィリッパ フット<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51algr4DKsL._SL160_.jpg"></a> </p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥2,916 </dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp </dd></dl><br>
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<link>https://ameblo.jp/ideaplaton0212/entry-11932582670.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Sep 2014 21:07:11 +0900</pubDate>
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<title>いま、目の前で起きていることの意味ついて</title>
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<![CDATA[ <dl><dt><font size="3">本書の監修者であるジャック・アタリ氏はサルコジ・オランド両フランスの大統領顧問を務める経済学者である。</font></dt><dt><font size="3">だが、彼のカバー範囲は経済学のそれを超えている。</font></dt><dt><font size="3">経済問題のみならず、政治問題、科学、音楽、演劇、芸術、宗教そして恋愛問題に至るまで、アタリ氏の「知」の領域は非常に広い。</font></dt><dt><font size="3">本書は、「知」の領域が広いアタリ氏と、フランス知識人による２３の事象に関する「意味」について書かれた書である。</font></dt><dt><font size="3">「意味」（Sens)というと、「意味論」（Semantic)的な印象を受け、内容が抽象的なのかと思ったが、読んでみると、なかなか具体的な議論がなされており、興味深い。</font></dt><dt><font size="3">たとえば、第１５章において、音楽について本書は触れているが、この章において、ジャック・アタリ氏は音楽の将来像について詳細に分析している。</font></dt><dt><font size="3">また、第１３章における科学に関する考察の中で、人類が遺伝子操作により、人格形成の変化まで狙っている点について触れ、科学倫理・哲学の重要性について触れているところも参考になる。</font></dt><dt><font size="3">また、第１０章において、本書は「法の未来」について語っているが、その中で、判例重視の英米法がますますGlobal Standard化していくことの功罪について的確に指摘している。</font></dt><dt><font size="3">この本、冒頭で述べたように、科学から芸術、音楽に至るまで、カバー範囲は広い。</font></dt><dt><font size="3">その広いカバー範囲の中で目の前に起きている様々な事象について、アタリ氏始め、各界の知識人達は的を得た「意味」探り当てている。</font></dt><dt><font size="3">現代ヨーロッパの知性に触れるためにも、本書は一読の価値は高い。</font></dt></dl><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=27829417" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">いま、目の前で起きていることの意味について――行動する３３の知性/ジャック・アタリ<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41AMOPwYrzL._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥3,240</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<pubDate>Wed, 13 Aug 2014 19:19:31 +0900</pubDate>
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<title>大衆の反逆</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">スペインの哲学者オルテガの代表作。</font></p><p><font size="3">所謂、「衆愚政治」を批判した書として哲学、政治学の分野で広く読まれている。</font></p><p><font size="3">「大衆」とは、民主主義においては主権者であるはずだが、全体主義＝ファシズムにおいても「大衆」は中心的存在となる。</font></p><p><font size="3">この「大衆」＝全体主義における主人公との考え方は、少々違和感を感じるが、考えてみれば、全体主義における独裁者＝独裁政党は、「大衆」の支持及び服従がなければ成立しないのであるから、オルテガのこの指摘は正しい。</font></p><p><font size="3">思うに、「大衆」が、民主主義においても、全体主義においても中心的役割を演ずるという事実は、スペイン内戦において、民主主義の共和派と全体主義のフランコ派が壮絶な死闘を演じた同国の現代史に基づいており、この死闘を演じた両派において「大衆」が組したことが、スペインの悲劇を生んだのだとオルテガは考えているようだ。</font></p><p><font size="3">オルテガが指摘する「衆愚政治」の危険性は、「大衆」＝国民の民主主義に対する理解度が高ければ何ら心配することはないのだが、理解度が極めて低ければ、確かに「衆愚政治」の危険性は高まるだろう。</font></p><p><font size="3">民主主義のあり方を考えるうえで、本書はカール・シュミット、トマス・ホッブズの著作同様に読まれるべき書であろう。</font></p><br><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=27705482" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">大衆の反逆 (中公クラシックス)/オルテガ<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F312C20P6ZNL._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥1,566</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><br>
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<pubDate>Mon, 28 Jul 2014 19:40:35 +0900</pubDate>
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<title>方法序説</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3"><strong>「我思う、故に我あり」</strong></font></p><p><strong><font size="3"><br></font></strong></p><p><font size="3">この言葉で有名なデカルトの哲学書である。</font></p><p><font size="3">実は、この「方法序説」、とあるビジネス書の元ネタとなっている本である。</font></p><p><font size="3">そのビジネス書とは、「ロジカル・シンキング」と銘打つ本である。</font></p><p><font size="3">「ロジカル・シンキング」の本には、必ず「ロジック・ツリー」とか「MECE」という論理的思考法が紹介されてあるが、これらの論理的思考法は全て「方法序説」に紹介されてある。</font></p><p><font size="3">もっとも、デカルトは未来に登場するビジネスマン向けにこの哲学書を書いたのではない。</font></p><p><font size="3">理性と良識の重要性を強調したいがために、この「ロジカル・シンキング」の元祖本を書いたのである。</font></p><p><font size="3">デカルトがこの本を書いた当時、すなわち中世のヨーロッパにおいては、論理的思考をすることが「異端」と看做された時代であった。</font></p><p><font size="3">魔女狩りも横行した、暗黒の中世と言うべき時代において、いかに論理的思考を試みることが大事であるか、そして何よりも、論理的思考の主体たるべき<strong>「我」</strong>の自覚がいかに重要だったかが、冒頭のあの名言に言い尽くされているのである。</font></p><p><font size="3">今の時代は、論理的思考が自由にできる幸せな時代である。</font></p><p><font size="3">だが、論理的思考の主体者である「我」の自覚を失った者、別言すれば、論理的思考を自主的に放棄した者が現代社会において多いという事実が、この「方法序説」の必要性を再認識させていると言える。</font></p><p><font size="3">「ロジカル・シンキング」の本を読むことも悪くはないが、是非同時に、デカルトの「方法序説」も多くの人々に読んでいただきたい。</font></p><br><p><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=26625322" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">方法序説 (岩波文庫)/岩波書店<br><img border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EXW71QZFL._SL160_.jpg"></a></p><dl><dd style="MARGIN: 0px">￥504</dd><dd style="MARGIN: 0px">Amazon.co.jp</dd></dl><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<pubDate>Tue, 25 Mar 2014 21:52:26 +0900</pubDate>
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