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<title>igagaga-nさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<description>ちょむちょむ</description>
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<title>あるべき関係</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/amemberentry-11242886037.html</link>
<pubDate>Sun, 06 May 2012 02:11:15 +0900</pubDate>
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<title>出会えてよかった</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/amemberentry-11242880619.html</link>
<pubDate>Sun, 06 May 2012 01:59:30 +0900</pubDate>
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<title>これが真実</title>
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<![CDATA[ 人生ってなんだと思う？<br> 俺は幸せを掴むまでの過程だと思うよ。<br> え、じゃ普段耳にする幸せは？<br> あれって幸せではないの？<br> そう。あれは幸せではない。<br> 自分で作った幻覚、妄想。<br> だからこそ人によって幸せと言う<br> 場面が違うし定義がないんでしょ。<br><br> ということは、幸せを掴んだら死ぬの？<br> そうだ、正確には死ぬときは<br> 幸せということだ。だってそうだろ。<br> 死は人生が終わる、つまり幸せを<br> 掴むまでの過程が終わる、ようするに<br> 幸せになるということ。<br> 死と幸せは反対のようで同じ。<br> 互いに背を向けているが立っている<br> 地点は同じだ。<br><br><br><br><br> この幸せを掴むまでの過程である<br> 人生はいろんな遠回りをできる。<br> けど結局はみんな幸せになり、<br> みんな死ぬ。<br><br><br><br> あー死にたい。<br> みんながこの言葉をいう裏返しは<br> しあわせになりたいの略語だろう。<br> 実はうすうすきづいてんじゃん。<br> 口にしてんじゃん。<br> 幸せと死は隣り合わせってゆうことを
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11226128833.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Apr 2012 00:55:46 +0900</pubDate>
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<title>幸福</title>
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<![CDATA[ 幸せ。これを求めて人は生きていくのだと思う。これは偽りでもお世辞でもない。心残りの底から自然と思う感情。人生で一番愛した、そしてこれからも愛し続けるであろう人をまた求めた。その人といるだけで幸せを感じるから。しかし間違っていたことがあった。友達からも幸せをもらった。こんな晴れ晴れした気持ちは久々だ。最近ずーと考えていた。このままでいいのかと。たしかに人を愛し愛されること以外にも幸せはあるがそれとは違った格別。あの思いをもう感じなくなっていいのかと。素直になれ！かぁ～結論は出た、いや前から出ている。さぁ…楽しい人生が始まるぞ
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11202851276.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Mar 2012 02:37:54 +0900</pubDate>
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<title>あなたがくれた言葉</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/amemberentry-11192067764.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Mar 2012 01:00:34 +0900</pubDate>
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<title>平等とは孤独</title>
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<![CDATA[ この世は平等を望んでいるのか。平等とはなんなのだろう。すべてが同じ位にいることか？すべて同じ扱いをすることか？平等という言葉をもし俺、いや世間がとらえている意味で正しいなら面白いことがいえる。俺は自己中であまり他人を考えない。もちろん自分あってこその人生で自分に害を感じるならできるだけ避けたいし、他人に被害がもたらされても自分のことしか考えない。(自分が損して特定の人を救うことを自分自身で望なら結果的に自分のためにしたことなので自分中心には変わりない)世の中は平等であるのか。いまのままでは不十分。たしかに平等に近づいてるかも知れないが錯覚であろう。仮に人間には一つのベクトルしかなく、誰かに親切にするのも一人のみだとしたら平等か？一人のためにしか生きれないとしたら誰かに尽くしその誰かも誰かに尽くす。しかし、二人から尽くされる人が出たら、その分だれからも尽くされない人間がでてくる。これは平等か？つまり、なにがいいたいのかと言えば一人当たりにベクトルが一つの世界ではそのベクトルをみなが自分に差せば一人ひとつのベクトルを受けることになり、みなひとつずつで平等。結果的に平等な世の中を作るには世界が自己中でなければならないのだ。いちばんこれが手っ取り早い平等だ。ここで気になる点。そもそも人間に備わっているベクトルの数、量だ。もし、ひとつでないというならいくつだ？人間は生まれながらに平等なら同じ数だけベクトルがあるのだろう。ちがっていたら生まれたときから不平等だ。そして複数あるベクトルをいろんな人に向ける。集まるベクトルの数は人によってちがう。これも不平等。ではベクトルは数えられない不可算だというのであれば世界一人一人に分けることもできるし無限にあるならみんなに無限に与えて幸せにしてくれ。ここまでベクトルとずっといってきたがなにがいいたいかといえば、平等な世界は自分のためにのみ生きることできあがる。成功しようとも失敗しようとも自分のおかげ、責任。不幸なら自分を攻めろ。だれも他人の手助けで成功したわけではない。自分の愛想で、コネで、テクで人間を利用しのし上がった。みんながみんな自己中になれば平等なんだよ。生まれや育ちの環境も自分の責任だ。生まれてきて体を手に入れたことが平等。その体をどのように活用しどのような人生を送るかは自分しだいなのだ。一人一人に区切られたパラレルワールド。気づいたら自分が完成する。このことから俺は考えを変える。とにかく自分さえよければいい。みんなそうなんだから。法との戦いがいちばん険しいがこれも平等の世界でのルール。こんな世の中を求めているのか…世界。平等ってなんだよ。基準はなんだ。幸せ度？資産？友人？世間での平等は人それぞれちがうのに同じ環境にハメようとする。しかしその環境にハメることが平等なら資産や幸福で平等を失うことが平等だといえる。なら望まない。平等とはただ一つ。この世に生まれてくるときに授かった体。これがどんな形であれ平等なこと。これをどう操るかで変わる。そしてもし平等を維持したいのであれば全員がみな自分だけのことを考えて生きろ。平等とは孤立なり。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11187183241.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 01:20:32 +0900</pubDate>
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<title>お別れの挨拶</title>
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<![CDATA[ そんな気軽にごめんなんていわないで。そんなに連呼しないで。ごめんなんてただのジャブに過ぎない。なんでそんなにごめんってすぐにいうの？ほんとに悪いのはどっち？ほんとに悪いと思ってるの？ごめんって言葉はさらに追い討ちをかけてくる。ドタキャンされ、ごめんと連呼され、言い訳とともにごめんといわれいったい何回謝っているの？あなたが本当に申し訳ないと思う気持ちを１としたら一回のごめんにはどのくらいの気持ちをこめているの？そんな軽々しくごめんなんていわないで。申し訳ないって言葉に変えても同じ。謝らないで。そんな挨拶かのようにすぐ謝らないで。どの場面にしろ日本人はすぐに謝るくせがある。これは謝られる人は不快に思わないからとりあえず謝ろうという挨拶。じゃほんとに心から謝りたいときはどうするの？申し訳ない？同じ。行動で示す？当然。謝るのであればそれは自分を省みて直すべきであったということ。だったらごめんと謝るなら毎回行動に移してよ。ごめんなんて簡単にはいわないで。突き放されて別れの挨拶かのように<br><br>べつに俺は関係ないよ。振られても別れてもいないし。ただごめんという言葉に対しての勘違いをただしてほしい
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11169025141.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Feb 2012 01:31:21 +0900</pubDate>
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<title>恋のあきらめ方</title>
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<![CDATA[ ずっと好きでいたいしいまも好き。でも正直どこが好きなのかあまり覚えてないし、仮に覚えていてもいまもそこが好きとは限らない。もし同じであるならそこが変わったら好きではなくなるのか。好きという感情は表裏がある。表向きで顔、性格、オーラなどがあるがこれは見ている、体感しているときのみであってその子と離れている時、さらにはしばらく会っていないときに好きなのは可愛い、優しいといった情報に切り替わる。これが裏だ。この情報、記憶に対していつまでも好きという感情を抱いている。つまりベクトルが変わってしまっている。もしかしたら好きだった顔や性格ではなくなる。だから久々に会って幻滅することがある。本人は本人出会って変わることはなく、整形しようがなにをしようが本人だ。ただその本人へのイメージを自分でつくりそれを好きになりずっと好きになっているだけ。だから、もしかしたらおれはあの子をあきらめられるかもしれない。いまあるイメージを好きであるのだから久々に再会したときには萎える可能性がたかい。だから一番あきらめら<br>れるのは忘れることはではなくキョリを置いてから最高に理想をあげてまた再会することだ。それでまた好きになってしまうならそれは恋の本性なのかもしれない。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11163306182.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Feb 2012 02:19:48 +0900</pubDate>
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<title>難しいテーマ</title>
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<![CDATA[ よく考えてみよう。一般的には１日24時間で回っており、早く感じる日もあれば遅く感じる日もある。時間が足りないというのはつまり24時間ではなくもっと48時間とかほしいということだろう。ここで考えるべきことは、私たちは時間のなかで生きていることになる。人生は決められた時間空間に人間を放り投げその中でいきていくありさまをいうのであろう。しかし、最近いや前からだがそれはおかしくおもう。人間がどのようにいきていくかを自らが決め、その道筋を人生と世間では呼んでいる。では人間を主軸にしているのだから時間も人間の下でないといけない。人間は時間を短くしたり、長くしたりすることができる。しかしこれを故意にはできない。みんな時間が足りないというが時間は平等にある。その時間をどのようにして長くするか、短くするかは人間そのものの力量である。複雑なことに人間一人一人の世界があり、その中での１日の長さはバラバラ。24時間という建て前があるがこれは言葉実際はこのくらいの長さという認識はそれぞれの世界次第だ。一人一人のもつ時空間をまたぐのが交流であり、相手の世界をしていくのが成長である。なんだか難しくて自分でなにをいっているかわからなくなった。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11154653957.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Feb 2012 00:48:16 +0900</pubDate>
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<title>整理できずに淫ら書き</title>
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<![CDATA[ 時の流れってはやいなぁ。なんか最近１日１日が怖い。時間が経つのが早いのは楽しいと感じているからではなく何者かに急かされて本当に時間が削られているのではないか…？１日24時間という規定の世界にいる自分ではなく自分が主軸で24時間というのはただの言葉であり本来一人一人に与えられた時間は削られているのではないか。上手く言えないんだけど人間、自分を中心に世の中を考えるのであれば時間が経つのが早く感じる日、遅く感じる日というのは本当であり、つまり毎日が24時間であってもそれは言葉で実際の１日の長さは毎日ちがうのではないかとおもう。そして一人一人短い日や長い日がちがうことからこの世に存在するだけの世界があり、一人一人は孤独で自分の世界をまたいで交流をはかろうとしているのが人生かもしれない。
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<link>https://ameblo.jp/igagaga-n/entry-11154643938.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Feb 2012 00:44:29 +0900</pubDate>
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