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<title>へっぽこ王子のおもちゃ論</title>
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<description>都内に住んでる大学三年生。おもちゃ・遊び・こどもについて研究していきたいと思います。</description>
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<title>世界中の子供たちを笑顔にしたい</title>
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<![CDATA[ <p>私の最終的な目標は世界平和です。</p><br><p>世界平和といっても何をもって世界平和とするかは人それぞれだと思うし、私には戦争を止めたりする力はない。私に出来る事、その中で出来そうな事は「少しでも多くの子供たちを笑顔にしたい」ということ。</p><br><p>様々な人と話しても、一人出来る事には限りがある。</p><br><p>現在の日本でも変えるべきところは沢山あるだろう。</p><p>地面がアスファルトばかりだ。</p><p>危なくて子供だけで遊ばせる事ができない。</p><p>学校が終わるとすぐに塾や習い事で遊ぶ時間が無い。</p><p>核家族化であまり高齢者との関わりが無い。</p><p>一人っ子ばかりで、他世代間交流があまり出来ていない。</p><p>ゲームばかりをして体を動かさない。</p><br><p>インフラ、自治体、制度、家族、学校、玩具メーカーetc。</p><br><p>どんなに考えを張り巡らせても、一人で出来る事には限りがある。</p><p>だから横の繋がりや、他分野で同じような事を考えている人とのネットワークを大切にしたい。</p><br><p>今の社会が間違っているのかどうかは断定は出来ないけれど</p><p>「何かがおかしい」と考えている人がいるから、様々な人たちがアクションを起こしている</p><br><p>ニーチェは</p><p>「人間は最終形態ではなく、猿人と超人を結ぶ過程にいる」</p><p>と言った。</p><br><p>今の子供達は昔に比べて進化しているのか、退化しているのか。</p><p>何を持って進化とするかにもよる。しかし、ただ一つ確かなことがある。</p><p>それは私が小学生の頃には今の子供達のように携帯電話を持っていなかったし、</p><p>PCを自在には操れなかったということ。</p><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 13 Apr 2009 21:27:49 +0900</pubDate>
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<title>親子</title>
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<![CDATA[ <p>子供を叱れない親が増えていると聞く</p><p>また核家族化が進行し、姑、舅と殆ど会わない親もいるらしい</p><br><p>先日新幹線に乗ったところ</p><p>ずっとDSをしている子供</p><p>必死にゲームをさせないでコミュニケーションを取ろうとする親</p><p>それを拒む子供</p><br><p>誰が悪いという事は無いのだろうと思う</p><p>この国の何かがおかしくなってきてるのかな</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10188671441.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Jan 2009 20:25:11 +0900</pubDate>
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<title>おもちゃ屋さん</title>
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<![CDATA[ <p>更新が遅くなっております。へっぽこ王子です。</p><br><p>今回はおもちゃ屋さんについて徒然なるままに書いていきたいと思います。</p><br><p>おもちゃ屋さんというところは老若男女問わずに心躍る素敵な場所だと思います。</p><p>昔と今のおもちゃ屋さんは何が変わっているのでしょうか。</p><br><p>僕はまだ２０代前半ですが、僕が小さい頃には地元に小さなおもちゃ屋さんがありました。</p><p>一応２階建てで、２階にはカードゲームやミニ四駆コーナーがありました。</p><p>誕生日やクリスマスプレゼントも大体そのおもちゃ屋さんのものだったように記憶しています。</p><p>そのおもちゃ屋さんはトイざらすのような大型店舗が出来てしばらくして閉店してしまいました。</p><p>何か寂しいですね。まあ資本主義社会での淘汰ですね。</p><br><p>これは僕の地元に限った話ではなくて、全国の小さなおもちゃ屋さんは生き残るのがとても大変なんです。</p><p>これはさらにおもちゃだけに限った話ではなく、商店街にあるような小さな専門店は数や品揃えの豊富な大型店により死活問題にさらされているケースは非常に多いです。</p><br><p>前置きが長くなりましたが、今回はその大型店舗のおもちゃ屋さんについて。</p><p>まず最初に言っておきたいのは、僕はアンチ大型店舗ではないということです。僕が主に行くおもちゃ屋さんは様々な輸入玩具を扱っているボーネルンドと大型店舗の代表格でもあるトイザらすです。トイザらすは非常に広大な敷地を持ち、殆どのおもちゃを網羅しているんじゃないかという品揃えがあります。トイザらすに入るとまるでおもちゃの国に来たような錯覚を起こすくらいおもちゃで溢れています。その品揃えはとても素晴らしいのですが、いくつか気になる事が。あくまでもおもちゃは大人が子供の為に買うものということ。その手助けをするのもおもちゃ屋さんの使命のひとつではないでしょうか。何歳のどのような子供のがどのようなおもちゃを欲しているのか。おもちゃ屋ではおもちゃを買う大人と、おもちゃを売る店員さんが上手くコミュニケーションを取ることが必要だと考えます。おもちゃ屋さんの店員さんもただ漠然とおもちゃを売るのではく、最低限の情報を勉強すべきだと思います。おもちゃ屋さんというのはそれだけ子供の発達にとって重要だと思います。</p><br><p>流通が変わってきたということもありますが、現代社会では以前と違い商品は消費者が選ぶものなのです。</p><p>昔のように玩具屋が仕入れたものが必ず売れるという時代ではありません。メディアを通して多くの情報を持っている消費者によって玩具は取捨選択されていき、おもちゃ屋も最新の情報を得てより売れるものを仕入れて揃えると言う、情報収集力、在庫を確保するネットワークが必要となってきています。</p><br><p>昔ながらのこじんまりしたおもちゃ屋さんがなくなってしまうのはなんとも寂しいものです。</p><br><p>纏まりも無く書ききれない部分も多いので、このテーマについてはまたそのうち書きたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10151317237.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Oct 2008 11:42:57 +0900</pubDate>
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<title>遅くなりましたが秋田の山奥の子供たち</title>
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<![CDATA[ <p>更新が久しぶりになってしまいました</p><br><p>８月の初旬に１週間ほど秋田の山奥の子供たちと一緒に遊んできました</p><p>印象としては「純粋」</p><p>日本中どこへ行っても子供は子供で根本な部分では変わりは無いのだと思う。</p><p>しかし本当に純粋無垢と言う言葉が一番しっくりくる。</p><br><p>都会の子供たちは表面的な部分でどこか摺れてる部分がある。</p><p>大人をどこか拒絶して、どこかで大人を軽蔑して。</p><p>それは寂しさなのか。それは悲しさなのか。それはコミュニケーションの薄れなのか。</p><br><p>秋田の山奥で感じたのは大自然だけではない。大人達の温かさ、そして地区としての結びつきの強さだ。</p><p>何か僕の考える理想の社会だった。といっても特別な事ではなく、僕が小さい頃の近所の関係くらいだけど。</p><p>地方で当たり前に出来てる人間関係が都会では出来なくなってきている。</p><p>一人暮らしの増加による近所との関係の希薄さ、共働き＆一人っ子による家庭内での子供の孤立、完全マニュアル化していくチェーン店etc　完全に私見であり、何も根拠は無いのだが、色々な要因があるのではないだろうか？</p><br><p>子供は子供。</p><p>育った環境で何かが変わる。</p><p>でも環境のせいにするのはあまりにも短絡的。</p><br><p>子供と大人の関係、家庭から見直すことで何かが変わる。これは疑いようのないことだと思う。</p><br><p>家庭での人間関係を再構築し、ご近所さんとの関係を再構築し、地域の自治体を再構築。</p><p>暖かい人間関係が築ける世の中を作りたい。その第一歩はまず家庭から。身近なとこから変えてみませんか？</p><br><p>人と触れ合う事ってとても素晴らしい事だと思う。</p><p>確かに人間だから疲れることもあるけれど、自分をさらけ出すと何か重荷が取れるはず。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10136590382.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Sep 2008 22:04:09 +0900</pubDate>
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<title>冒険遊び場～池袋本町プレーパーク～</title>
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<![CDATA[ <p>先日冒険遊び場の一つ、池袋本町プレーパークにて体験プレーリーダーをしてきた。</p><p>これだけでは明らかに説明不足の為、補足説明をば。</p><br><p>まずは冒険遊び場について。</p><p>冒険遊び場というのは、子供たちが「自分の責任で自由に遊ぶ」遊び場のこと。</p><p>プレーリーダーという大人はいるが、プレーリーダーはあくまでもそこにいるだけで遊びを提案したり、遊び道具を作ってあげたりはしない。あくまでも子供たちが遊ぶサポートをする役目だ。冒険遊び場の詳しい成り立ちや理念は勉強不足のためまだ分からないが(分かり次第UPします・・・)、きっと最近の遊び力の低下した子供たちの遊び力（遊びを創造したり、遊び道具を創造したり、おもちゃがなくても遊ぶ事ができる力）を高めたり、合理化の下に進んだ都市化による遊び場の縮小に伴う自然体験やたまり場を子供たちに与えようというものだと僕は思う。現在都内には多くの冒険遊び場が存在するが、僕は家から近く、募集もしていた池袋本町プレーパークでお世話になってきた。</p><br><p>一言で言えば１０時から１８時までみっちり子供たちに遊ばれてきた。通常は２人のプレーリーダーで一日を運営するらしいが、今回は体験の僕を含めて３人。最初に代表の栗林さんに言われたのは「子供が危険なことをしても、ダメと止めてはいけない」「一番いいのはプレーリーダーが何もしないで一日を終える事」ということだった。</p><br><p>子供たちはどのような遊びをしていたかと言うと、お絵かきをしたり、麦茶にクッキーや七味唐辛子を混ぜてプレーリーダーに飲ませたり、麦茶をプレーリーダーにかけたり、小屋の中でずっとカードゲームをしていたり、DSをしていたり、竹をのこぎりで切って水鉄砲を作ったり、高鬼したり、釘刺ししたり、水遊びしたり…とりあえず本当に自由に遊んでいた。児童館でボランティアしたときと全く違うのはまさに無規制なところ。のこぎりを使おうが、水で遊ぼうが、お菓子を食べようが構わない。僕の求めている自由に遊ぶと言うものに近いものはあった。</p><p>元来の子供好き＆子供に好かれやすい(いじめられやすい)性質の為、暑い中常に子供達が離れなかったが、他世代間交流と言う意味で、僕が彼らと遊んだ事が彼らの遊び力を伸ばす起爆剤になればいいと思う。冒険遊び場という空間で一日中子供たちと触れ合っていた事は僕にとっても大きな刺激となった。</p><br><p>新宿区や国分寺の遊び場はもっと規模が大きいらしいので今度見学に行ってみたいと思った。</p><br><p>今回気になった事は、子供たちの暴言。「死ね」と言う言葉は僕を始め大人にとってはとても重い言葉である。しかし子供たちは簡単に｢死ね」「殺す」という。きっと僕も小さい頃に安易に使った事があるかもしれない。子供たちにとってはとても軽い気持ちで言ったのかもしれないが、そのように言われた人の気持ちを考えるにはどうすればいいのか。そこをどのように伝えればいいのか。そこをこれから考えていきたいと思う。少なくとも僕は冗談でも「死ね」と言われれば不快であるし、言われて快く感じる人はいないだろう。とりあえず各家庭内でその重みを教える事から始めるべきではなかろうか。</p><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10120778159.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 22:31:34 +0900</pubDate>
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<title>積み木～高級派？庶民派？～</title>
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<![CDATA[ <p>積み木に関しても色々と思うところがあるが、今回は値段について。とりあえず話が広がりすぎて、収束が付かなくなってしまう危険性があるため、今回の積み木の使用者を３歳までの子供と限定して話を進めていきたいと思う。</p><br><p>ちなみに僕は子供に与える積み木は安くても高くてもどちらでもいいと思う。</p><br><p>先日おもちゃコンサルタントの講座において、青山にある玩具店granpapaの宮森さんが講師としてお話してくれた。</p><br><p>宮森さんが現場で働いていたときに、輸入玩具を「高いと」と言ったお父さんへの一言。</p><p>「あなたの大切なお子さんが使うおもちゃなんだから、いくらでも高いというものは無い。また高いのには理由がある(ex.良い材質を使っている、職人が手作り、限定品…etc)」</p><p>尤もらしいことを言っているが、良く咀嚼してみればこの言葉の真意は「高い物は良い」ということだ。</p><p>勿論セールストークだろうが何か釈然としなかった。</p><br><p>もともと僕は「輸入玩具＝良い」と無条件にみなすのが良いとは思わない。</p><p>確かに安全性の問題もあるだろうが、僕は２万円くらいする輸入物の積み木も、トイざらスで売っているような２０００円前後の廉価な積み木でも良いと思う。</p><br><p>重みが違う</p><p>ブナを使っている</p><p>木の香りがいい</p><p>色が綺麗</p><br><p>そのような理由で無条件で買ってしまうのは買い与える親のエゴだ。</p><br><p>実際に積み木を使う子供たちは輸入物のブナで手作りで重みのある積み木でも、２０００円くらいの安い積み木でもそこまで気にはしないだろうし、積み木は積み木なのだ。つまり積み木の材質や重みや色合い等を「子供にいいおもちゃだ」という根拠にするのならば、それはあくまでも自己満足であるということだと思う。ただその自己満足というものも決して悪いものではない。子供と一緒に遊ぶ際に自分のモチベーションにもなるし、自分がそのおもちゃへの愛着が生まれる。また３歳以降で多くの経験を積んだ子供には今までの違いとして高級な積み木を与えるというのもいいと思う。</p><br><p>もしも僕が自分で遊ぶ積み木を買うのならば、勿論いい香りがしたり材質などにもこだわりたいと思う。でももしも僕が子供の為に積み木を買うのならば、ＳＴ基準などをクリアしている前提で、材質などよりも形、量などで決めたいと思う。その代わり色々な積み木(形、材質etc)を与えたいと思うし、積み木だけでなく様々なおもちゃや遊びを子供に与えたいと思う。</p><br><p>お金は大事</p><p>でも子供も大事</p><br><p>生活を圧迫するくらいまで子供にお金をかける必要は無い。お金をかけない遊びやおもちゃもいくらでもある。高級なおもちゃを買って生活が逼迫してお母さんやお父さんの心の豊かさが無くなる方が問題。余裕があるときには出来るだけ子供に使う、それくらいのスタンスが良いと思う。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10117204383.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jul 2008 17:07:12 +0900</pubDate>
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<title>ゴーオンジャーの敵はビニール袋</title>
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<![CDATA[ <p>先日所属している社会人ラグビークラブでの練習での事。</p><p>某メンバーのお子さんが来ていた。</p><p>ケイスケ、５歳。</p><p>とってもかわいい。</p><br><p>彼が来る事が分かっていたので、シャボン玉を持っていった。</p><p>もう狂ったようにずっとシャボン玉を吹き続けていた。もう楽しくてしょうがないのだろう。</p><br><p>その後僕らが練習している間は持ってきたゴーオンジャーの人形で遊んでいた。</p><p>面白いと思っていたのは、ケイスケの遊び方。</p><p>持ってきていたゴーオンジャーのおもちゃは一体だけ。</p><p>ケイスケがゴーオンジャーの敵にしていたのは水の入ったビニール袋。</p><p>面白い、面白すぎる。</p><br><p>大人の固い頭では想像も付かない敵。ビニール袋。</p><p>決して洗練されたデザインでなくても子供はおもちゃにする事ができる。</p><br><p>けいすけを見て思ったのは、子供たちは元々は果てしない遊び力を持っている。</p><p>子供たちの遊び力をどんどん弱めてしまっているのは固定観念にとらわれている大人と、遊び方が制限されているおもちゃではないだろうか。</p><br><p>自分ルールで遊びを作るのはとても楽しい。だって自分で考え出したんだもの。</p><p>ビニールをゴミとしてではなく、ゴーオンジャーの敵として考えられるケイスケ。</p><p>どんなに頑張っても子供には勝てない。少しでも子供に近づけたらなぁ。</p><p>目指せ大きな子供。目指せ子供な大人。</p><br><p>※ちなみにケイスケのビニール袋に最初に入っていたお菓子はカラスに取られてました。</p>
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<pubDate>Mon, 14 Jul 2008 17:03:33 +0900</pubDate>
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<title>おもちゃコンサルタント養成講座７．８</title>
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<![CDATA[ <p>今日は巣鴨にあるおもちゃ屋さん、<font color="#ff0000">木のおもちゃ</font><font color="#ff0000">WOODWARLOCK</font>の斉藤さんの講座だった。</p><p>今日の講座は実際におもちゃで遊ぶ事でコミュニケーションをしてみるというもの。</p><p>そしてその後に斉藤さんの積み木ショーを見て、最後に斉藤さんのお話という感じだった。</p><br><br><p>斉藤さんの話はとても興味深く、もっと話をしてみたいと思った。</p><p><font color="#0000ff">「教育の中に遊びがあるのではなく、遊びの中に教育があるべきだ。そうでないとおもちゃは全て教具になってしまう。」</font></p><p>→確かに知育玩具が良しとされる風潮はよろしくないと思う。遊びやおもちゃはとても自由な存在であるべきだ。</p><br><p><font color="#0000ff">「子供はおもちゃの値段を気にしないが、大人は値段を気にし、子供が高級な積み木を崩すと『傷つくからあまり崩しちゃダメ』と叱る。これでは本末転倒である」</font></p><p>→そもそも大人は子供へのおもちゃとして買ったのに、金額に振り回されている。子供にとって大切なのは金額ではなくて面白いかどうか。積み木の醍醐味は積むことにもあるが、崩すことにも一興ある。</p><p><font color="#0000ff"><br></font></p><p><font color="#0000ff">「キャラクター商品は、おもちゃに自信が無いからキャラクターをつける」</font></p><p><font color="#000000">→</font><font color="#000000">一概にそうとは言い切れないかもしれない。キャラクター商品はあくまでも会社の戦略であり、品質がどうなっているのかは分からない。ただし、キャラクターが付く事によって、おもちゃ自身の楽しさや遊び方のフォーカスはぼやけてしまうのかもしれない。</font></p><p><font color="#0000ff"><br></font></p><p><font color="#0000ff">「６歳までの子供は一日の約３分の１を遊んでいる。それなのに努力のしようがないおもちゃ(exサルのシンバルのように遊び方が一様なもの)ではどうしようもない。」</font></p><p>→「努力のしようがないおもちゃ」というのは前から感じていた「子供たちがおもちゃに遊ばれている」や「遊びが限定されているおもちゃ」に近いニュアンスである。同じように問題意識を持っている人もきっと多くいるのだろう。</p><br><br><br><p>おもちゃコンサルタントという資格は取って「はい終わり」という資格ではなくて、取得してからが本当の役割だと思う。それぞれがおもちゃと向き合いどう付き合っていくか、他の人や社会にどう呼びかけていくかが大切である。その為にもおもちゃコンサルタントは誰よりもおもちゃを遊び倒さなくてはならないと思うし、遊びに対して貪欲になるべきだと思う。</p><br><br><p>子供は「自由」に遊ぶ</p><br>
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<pubDate>Tue, 08 Jul 2008 23:44:09 +0900</pubDate>
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<title>バンダイインターンシップセミナー</title>
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<![CDATA[ <p>今日はバンダイにてセミナーを受けた。</p><p>会社説明及び、仕事説明、プレイトイ事業部についての説明を受けた。</p><p>その後、グループワークをやって終わり。グループワークは仲間に恵まれとても楽しかった！</p><br><p>さておもちゃを学べば学ぶほど、遊びにおけるおもちゃの重要性を感じなくなる。</p><p>玩具メーカーに就職したら、遊びには「先ずおもちゃありき」という考えでなくてはダメだろう。</p><p>おもちゃが無くても楽しみや遊びの創造が出来る遊び力(何でも力を付ければいいというわけではないが)を身につけた子供が増えるのが理想なのに、もし玩具メーカーに就職したらお持ちとは裏腹に玩具によって子供を束縛してしまうのかもしれない。</p><br><p>子供が遊ぶおもちゃではなくて、子供を遊ぶおもちゃ作り。</p><p>楽しく新しいルールは子供の柔軟な遊び力に限界を作る気がする。</p><br><p>おもちゃを作りたいわけではない。子供たちが笑顔で過ごせる世界を作りたい。</p><p>世界中の子供たちを楽しませたい。ワクワクさせたい。</p><p>その為に自分が出来る事→模索中…</p><br><p>おもちゃはあくまでツールの一つに過ぎない。</p><br><p>バンダイの社内の壁に一つの文字が彫られていた</p><br><p>「夢」</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10113643538.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Jul 2008 01:12:49 +0900</pubDate>
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<title>おもちゃの消費者</title>
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<![CDATA[ <p>忘れてはいけないのはおもちゃの消費者の多くは「大人」だということ</p><br><p>特に幼児向け玩具については大人が</p><p>「このおもちゃは子供が喜ぶだろう」</p><p>「このおもちゃは子供に良いおもちゃだろう」</p><p>と子供へ買うことが多い</p><br><p>その多くは知育玩具やキャラクター玩具</p><br><p>僕も知育玩具やキャラクター玩具で遊んでいた</p><p>でも子供のときは知育玩具やキャラクター玩具でなくてもどんなものでも面白かったし、おもちゃに出来た気がする。</p><p>おもちゃには「楽しい遊び方」をメーカーが作ってくれている。</p><p>しかしおもちゃが無くても遊べる遊びや、身の回りのものをおもちゃに出来る方法を子供に教えてあげることも子供にとっては「おもちゃ」になるのではないだろうか。遊びを考える事→自発的に創造する力を身につけることに繋がると思う。</p><br><p>おもちゃで遊んでいると思っていた子供が、いつのまにかおもちゃに遊ばれていないだろうか</p><p>遊ぶということに主体性を欠いたとき、子供はおもちゃに遊ばれているのだろうと思う。</p><br><p>おもちゃは遊ぶもの</p><p>おもちゃに遊ばれないで</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikaken/entry-10112234379.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Jul 2008 22:59:10 +0900</pubDate>
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