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<title>かみのブログ</title>
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<title>作曲しました。</title>
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<![CDATA[ 先日作った歌詞に、曲をつけました。<br>よろしければご覧下さい。<br><br><object width="560" height="315"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/uP8DyijTTzg?version=3&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/uP8DyijTTzg?version=3&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="560" height="315" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object>
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<link>https://ameblo.jp/ikigamisama/entry-11463900110.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Feb 2013 23:36:22 +0900</pubDate>
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<title>ブラック企業哀歌</title>
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<![CDATA[ 久しぶりに作詞など。。<br>よろしければご覧下さい。<br><br><br><br>真面目に生きてたご褒美に、ブラック企業に就職だ。<br>土日を潰して働いて、体を壊してクビになる。<br><br>僕は契約社員だぞ！！<br>アルバイトよりは偉いんだけれど、<br><br>嗚呼、今年で雇い止め、体をを壊して雇い止め。<br><br>真面目に生きてたご褒美に、ブラック企業に就職だ。<br>真面目にやるほどバカを見る、パワハラ上司の奴隷です。<br><br>僕は名ばかり支店長。<br>責任負わされ、給料減らされ、<br>嗚呼、クレーム対応で、今年も肺に穴が空く。<br><br>真面目に生きてたご褒美に、ブラック企業に就職だ。<br>社畜と呼べよ好きなだけ！ 社畜にならねば、何になる。<br><br>体を壊して休みたい。<br>生活保護で暮らしたい。<br><br><br><br><br>みなさん、明日も頑張って働きましょう。<br>
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<pubDate>Sat, 02 Feb 2013 19:49:39 +0900</pubDate>
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<title>独身貴族</title>
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<![CDATA[ 最近食に贅沢な生活が続いている。<br>今日は焼肉、昨日はお好み焼き、一昨日は焼き鳥。<br>すべて外食で、酒も一緒に飲んでいる。<br><br>一日の食費は二千円程で抑えられているが、その８０％ほどが夕食代だ。<br>独身貴族とはいうものの、もう少し質素な生活をしたほうが良いのかもしれない。<br><br>思えば私は幼い頃から節約家だった。<br>小学生の頃は一ヶ月五百円の小遣いを節約し、貯めたお金でゲームソフトを買ったこともある。<br><br>習慣というのは良くも悪くも長続きするもので、社会人になった今も、つい最近になるまで金を贅沢品に使おうとしなかった。<br>職業がら休みがほどんどないことと相成って、同世代のなかでもかなり貯金はある方だと思う。<br><br>しかし、これも考えものだ。<br>あくまでも金は目的のための手段であって、貯めること自体に意味があるのではない。<br><br>自分の状況、ものの考え方、価値観に照らし合わせて、使うべきだと思うときには、<br>きっぱりと使ってしまうほうが良いのだろう。<br><br>最近の若者は質素だと言われる。昔のように高級車をローンで買うこともなければ、<br>毎晩飲み、食い歩きすることもない。<br><br>バブル崩壊後に生を受け、低迷した不景気社会のなかで育った今の二十代である。<br>当然なのかもしれない。<br><br>しかし、その一見誠実、安全に見える性質こそが消費を抑制し、デフレスパイラルを永続させる<br>要因となっている。なんたる逆説であろうか。<br><br>そういった状況にある現代だからこそ、金を金たる目的のために使う必要を切実に感じる。<br><br>世の中にあるありとあらゆるものは、それが本来目的とする使われ方で使われることで、<br>最も大きな力を発揮するのではないか。<br>
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<pubDate>Thu, 31 Jan 2013 21:33:56 +0900</pubDate>
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<title>母校の前にある居酒屋に来てみた</title>
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<![CDATA[ 母校の前にある居酒屋に来てみた。<br>私は知らない母校の教員らしき方々が、酒を飲み交わしている。<br><br>校門から近いようで最も遠かった大人の世界だ。<br>生徒として通っている頃はさほど意識しなかったが、教員として母校を訪れると、学校はやはり職場なのだと思う。<br><br>仕事が終わればストレスがたまる。<br>仲間と共に一日の疲れを癒したくなる。<br>生徒も教員も同じではないか。<br><br>かくいう私は職員室での「友達」は少ない方だ。<br>クラスでいうところの「隠キャラ」といったところだろうか。<br>中高生諸君にも知っておいて欲しいのだが、職員室にもいじめはあるし、仲良しグループも存在する。<br>君たちが抱えている悩みは大人になっても付き合っていかなければならないことなのだ。<br><br>話が少しずれたが、私が職員室で友達が少ない理由は「仕事とプライベート」をしっかり分けたい性格だからなのだろう。<br><br>学校を職場として選ぶということは非常にリスクが高い。<br>一日１５時間勤務、３ヶ月休みなしで働くことも珍しくはない。<br>そういった環境の中で精神的なダメージを軽減させる一つの方法として、仕事を仕事として考えずに、「プライベートのように働く」ということが挙げられる。<br><br>授業を個人的な雑談のように扱い、部活動を自分のレジャー感覚で監督する。<br>そういった教員が多いように思う。<br><br>しかし、本当にそれで良いのだろうか。<br><br>我々教員は金をもらい働いているのだ。そこには紛れもなくプロとしての意識が必要だ。<br>「忙しさ」を理由にして、すべき仕事を順当に行わない教員は間違っている。<br><br>だらだら長く働くよりは、短時間でもしっかり働いたほうが良い。<br>教員にも生徒にもそのほうがよいのではないだろうか。<br><br>そんなことを思った１月３０日であった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ikigamisama/entry-11460186186.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Jan 2013 21:08:28 +0900</pubDate>
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<title>中学生との戯れ</title>
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<![CDATA[ 下校途中、生徒と戯れる男子中学生たちを見て懐かしい気持ちになった。<br>女の子を守るために一致団結する姿、仲間と共にふざけあい、怒りや感動やを共有する姿、そのどれをとっても、私の青春時代を彷彿させるには十分すぎた。<br><br>あの頃の自分。。<br>夜の公園で、見境のない下ネタと、うちわの愚痴と、くだらない冗談と、大きな夢について朝まで語り合った日々だ。<br><br>海に向かって大好きな女の子の名前を叫んだ。<br>酒を持ち寄り、焚き火を囲んだ、大人の影を恐れて、団結し、逃げ惑っていた。<br><br>この仲間となら何だってできる気がした、ずっとこんな日々が続けば良いと思っていた。もう、戻れないあの日々。。<br>時間は僕らの全能性と団結を徐々に融解していった。<br>公園の外に出た僕らを待っていたのは、僕らがひたむきに見て見ぬふりをしていた、大きな大人たち大人たちの手だった。<br><br><br>久々にgoing stedyの青春時代を聞いて涙が出た。<br>「大人が死ぬまであと25年、僕らが死ぬまであと50年。嗚呼、僕は何かやらかしてみたい、そんなひと時を青春時代と呼ぶのだろう。」<br><br>疑い様も無く、僕らは大人になってしまった。<br><br>昔のように集まっても、もうあの頃には戻れない。<br><br>昔と変わらないものはあるのか。<br><br>彼女をかばった男の子たちと、校則で彼女を守ろうとする私たちは、目的は同じだろう。分かり合えないだけだ。<br><br>大人と子供の目指しているところは結局のところ、同じなのかもしれない。<br>ただ、大人の方が、小難しいことを考えすぎているのだろう。<br><br>夜の公園で戯れる少年たちも、職員室で仕事をする私たちも本質は同じなのではないか。<br>人は人との関わり合いを求める。そして何らかの共同体を形成し、何かを成し遂げようとする。<br>敵を措定し、規律を定め、内集団の団結を強固なものにしようとする。<br>公園に溜まる少年も、我々大人も、結局はやっていることなど同じではないか。<br><br>そう言った意味では、いつまでも我々の青春時代は終わらない。<br>今でも何かやらかしてみたいと思っている。<br>これは確かだ。<br><br>過ぎ去った日々への憧憬に心を奪われるよりも、明日を見つめていたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ikigamisama/entry-11459537085.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jan 2013 21:46:05 +0900</pubDate>
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<title>精神の天秤</title>
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<![CDATA[ 今日からブログ始めました。<br>基本自己満足の評論のようなものを書くつもりです。<br>かなりおカタいものなので、一人でも二人でも読んでくださる方がいればいい方<font size="7"></font>かな。。<br>手始めに、日曜に書いた随筆です。<br><br><br>こうしていると、足元からの冷え込みが体全体に染み入るようだ。<br>日曜日の朝、私はテレビアニメ見たさに早起きした子供のように、部屋に佇んでいる。<br>一月の冷気は容赦なく私の部屋に充満した。<br>風邪だろうか、喉元が少し痛い。<br>モノを書くということをしばらくしてこなかったせいか、何を書くべきかわからないが、自己と向き合うことの大切さを身に染みている昨今だ。こういった、何の雑念もない思い書きから物語は生まれてくるのだろう。自分との語り合いだ。<br>文字入力のためのアプリケーションを探したが、atocは高価だった。<br>使うかわからないものへの投資は考えものである。<br>思えば最近即時的なものへの投資が増えてきたように思う。<br>豪華な食事、タクシー、酒。<br>これらのもは疑い用もなくすぐに使うものである。<br>投資の価値はすぐに現れる。<br>私の恒久的な欲望は満たされたということなのだろうか。<br>言われてみれば最近欲しいものが無くなってきた。<br>必要なもの、便利なものを求める傾向にある。<br>これはどうしたものか。<br>未来への予測能力が発達したのかもしれない。<br>あるものを買ったとして、それが将来的にどのように使われて行くのか、どのような役割を持ちうるのか、についての観測能力が発達したせいで、即時的な展望から来る衝動買いを避けるようになったのかもしれない。これは過去の失敗により手に入れた能力だろう。<br>必要なものといえば、暖房器具が欲しい、髭剃りが欲しい。<br>これらのものは、必要であり、欲しいことには変わりないのだが、おそらく、休日という貴重なプライベートの時間に、そのような実務的な問題の処理を行うことに私は抵抗感を感じているのだろう。<br>喉の痛みに加えて、軽い鼻水も出てきた。<br>正座して布団に入っているので、足もしびれてきた。<br>家族が集まるリビングに行けば良いのだが、私の心は、そこまで家族に開かれてはいない。彼らと同じ空間にいることは、少なからず精神に負担がかかる。<br>ここで一つの命題が浮かび上がる。<br>精神の自由と肉体の自由はどちらが重要か。<br>私は常日頃から前者を大切にするようにしている。<br>今、絶望的な事が起きた。執筆いていた内容がアプリケーションのクラッシュで消失したのである。まさに悲しむべきことだ。<br>文明の敗北である。<br>いちいちバックアップを取らねばならないのだろうか、誠に遺憾だ。<br>何を書いていたかというと、今こうして肉体の不自由を忍んでまでもこの部屋で執筆を行うという行為事態が、私の信念である、精神の肉体への優越性を体現しているということである。<br>人が肉体的苦痛を避けるのは、それによって引き起こされる精神の苦痛を恐るがゆえなのである。今の私にとってリビングに行ってものが書けないことよりも、寒さから来る精神的な苦痛の方が軽い、というふうに言い換えることもできる。暖かい部屋でものが書けないよりも、寒い部屋での執筆している方が精神的に安定しているのだ。<br>少し表現がくどくなりすぎた。。<br>つまりは天秤だ、精神の安定という尺度で持って、肉体の苦痛を忍んでまでも、それを実行すべき価値があるかという判断を我々は常に自己とに対して提示しているのである。<br>そう言った意味で前に提示した命題は、二者択一で考えるのは間違いだろう。<br>我々が思い悩むように世界の理屈はそう複雑ではなく、目の前に現れる様々な選択における将来性や、リスクを鑑みながら、自己の精神という秤にかけて、物事を決定して行けば良いのだ。<br>幸せな生き方につて考える時にこの視点が大切だろう。<br>表面的なことにとらわれてはいけない。<br>人に合わせるか、個性的に生きるかは、その吾人が精神的に安定を得られる方を選べば良いのだ。<br>辛くて給料の高い仕事か、楽で給与が安い仕事か、留まるべきか進むべきか、将来への可能性を視野にいれて、精神がトータルで見て安定する方を選べば良い。<br>プライドは精神の安定を保つために重要だが、それに囚われていては、精神の秤の精度を狂わすことになる。<br>自分のプライドも重しとして載せた上で、どちらが精神的に有意義かを秤にかけるのだ。<br>だいぶ考えがまとめまとまってきたようである、思考が熟成したら小説にするのも良いだろう。<br>もう一つ書きたいことが、人のために尽くすことが自分の幸せだ。<br>という人がいるが、それは、人のために尽くしている自分の姿を措定することで精神の安定を得ているのである。<br>立派なことには違いないが、そこをはき違えてはいけない。<br>聖者は、他者や社会に都合の良い自己中心家なのだ。<br>執筆による精神の安定と、この寒い部屋に留まることを精神の天秤にかけた結果、執筆をやめ、暖かい部屋で茶を飲む方が精神的安定を得られると判断した。これは時間の経過による価値基準の変動である。<br>ここで行ったん筆を止める。
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<link>https://ameblo.jp/ikigamisama/entry-11459534018.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jan 2013 21:41:06 +0900</pubDate>
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