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<title>弁護士夫婦の日常（イクベン日記）</title>
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<description>弁護士夫婦（主に夫、イクメン弁護士）が仕事と育児などの日常を綴ります。</description>
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<title>最高裁大法廷判決（夫婦別姓訴訟）</title>
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<![CDATA[ <p>　去る１２月１６日、最高裁大法廷は、現行の夫婦同氏（強制）制が「合憲」であると判示したので、一弁護士として簡単にコメントを残したいと思う。（同日出された再婚禁止期間の判決は、違憲なのは当然だから特段コメントしないが、１００日の期間を合憲とした点は、非常に疑問が残る。）</p><p> </p><p>１．　この判決について、多数意見を一読したが、「合憲」という結論を出したこと自体、完全に時代遅れとしか言いようがないと思う。</p><p> </p><p>２．　今回の訴訟は、「選択的夫婦別姓」の是非が問われていると理解しているが、婚姻当事者が、夫婦別姓とするか又は夫婦同氏とするかについて、自由に決められないという現行法制は、憲法１３条、憲法２４条に反することは明らかだ、と私は考える。実際、夫婦同氏を強制されることにより（９５％は女性が男性の氏に変更するという実態があるとされる。）、様々な実際上及び精神上の不利益を被っていることが分かっており、このことは、大法廷判決の多数意見においても一応これに配慮した判示がなされている（そのような判示を行わざるを得なかった）ことからも明らかと思う。</p><p> </p><p>３．　子供のことを考えた場合、夫婦同氏とすることが大切だと主張する人がいるが、この意見は何を根拠にしているのか。子供が親と同氏でなければ不幸なのか、何か社会的に不利益な取扱を受けるのか。この意見を裏付ける具体的な根拠を私はついぞ知らないし、仮にそのような不利益を子供が受けるのであれば、そのような社会構造自体を変えなければならないと思う（諸外国は選択的夫婦別姓又は完全夫婦別姓制度が定着しているのだから、それで子供が不幸になったという事例が報告されてでもいるのか。）。要は、「家制度」という旧態依然とした考えが、未だに抜けきらないということであろうと思う。</p><p> </p><p>４．　また、そもそも私が疑問視するのは、最高裁大法廷の構成である。今回、女性判事３人と男性判事２名（いずれも弁護士出身）が違憲であるという反対意見を出している。仮に、女性判事が大法廷の半数を占めていれば、今回違憲判決が下された可能性は極めて高いと思う。今回の最高裁大法廷の構成自体が、（先進国で世界から２番目に低い［１番低いのは韓国］）日本のgenderレベルを如実に物語っているように思う。</p><p> </p><p>５．　さらに、そもそものそもそもとして、国会は何をしているのか。再婚禁止期間にしても、長年、明らかに合理性が欠けている制度とされながら、ここまで改正が放置されてきたのであり、全く怠慢としか言いようがない。また、夫婦別姓にしても、まずは国会が率先してやるべきことで、今回の判決を受けて「妥当な判決」と宣っている場合ではない。</p><p> </p><p>６．　とはいえ、今回の判決とは関係がないが、かの「安保法制」という立憲主義の根本を破壊する法律を、多数の反対意見がある中で押し切った国会は、もはや死に体であり、私は、「大政翼賛会」に近い今の国会（議員）には何も期待していない。それゆえに、今回、司法が果敢にチャレンジして欲しかったのである。誠に残念である。</p><p> </p><p>（私は、今回の訴訟の代理人等には一切関わりがない。念のため。）</p><p> </p><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-12107585282.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Dec 2015 11:55:12 +0900</pubDate>
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<title>顧客情報漏えい③</title>
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<![CDATA[ <p>B社顧客情報流出で集団提訴</p><p><a href="http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150129/k10015061021000.html">http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150129/k10015061021000.html</a> </p><p><br><br>　このニュースに接しても、特に驚くべきことはなく、いよいよ始まったか、というのが率直なところである。</p><br><p>　以前も述べたように、情報漏えい発覚後の、この会社の対応は、本当にまずかった、と思う。</p><br><p>　当初は、情報漏えいについて補償ないし賠償はしないと名言してしたところ、これに反発が起き（たのか、さすがにまずいと判断したのか）、お詫びの品を送ると言い、少しはまともになったかと思ったら、その内容が何と、５００円分の配布という、いったい何を考えているのか、と思う程お粗末なものであった。</p><br><p>　いずれにせよ、本件では、B社に損害賠償責任が認められることはほぼ間違いないであろうし、損害額としても５００円は低額に失するであろうから、請求が一部認められるか、又は、和解による解決、となるものと思われる。</p><br><p>　なお、私は、この訴訟には、原告としてはもちろん、原告訴訟代理人としても関わっていないので、念のため申し添える。最近、自分達で自分達に有利なこと（正確には第一審判決批判）を書いた論考を匿名で雑誌に掲載した上、あたかも第三者がそれを書いたかのようにしてその論考を控訴審に証拠として提出したという、（これが事実とすれば、私個人の感想としては、）弁護士倫理上、最低レベルの懲戒事例が公表されたところでもあり、念のため。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11983274868.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Jan 2015 00:04:09 +0900</pubDate>
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<title>日本人人質等</title>
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<![CDATA[ <p>【追記②（２月２日）】</p><p>　今回の結末については、真に筆舌に尽くしがたい。現地の人々に寄り添い続け、屈しなかった、そのかけがえのない人格に心からの敬意を表し、安らかな眠りをお祈り致します。</p><br><br><p>　我々が知る「法」なるものが最も嫌うのは、およそ、暴力・略奪であり、また、不透明な組織・集団、である。これらを徹底して解体するため、あらゆる「法」制度が存在しているといっても過言ではない（もちろん、日本でそれが誠に機能しているかどうか、は別問題であるが。）。</p><br><p>　しかし、残念ながら、世界では、更に悲惨な状況が見られる。以下のごとくである。（もちろん、日本でも、過去に（現在進行形ともいえるが）、不透明な集団がおそろしい暴力手段に訴えたことがあることは、周知のとおりである。）</p><br><p>①人質</p><p><a href="http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK20H67_Q5A120C1000000/">http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK20H67_Q5A120C1000000/</a> </p><p><a href="http://mainichi.jp/movie/movie.html?id=860707252002">http://mainichi.jp/movie/movie.html?id=860707252002</a> </p><br><p>②性犯罪</p><p><a href="http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150120-00000001-pseven-int">http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150120-00000001-pseven-int</a> </p><br><br><p>　あらゆる暴力・略奪は、決して許してはならない。（外敵から身を守るという意味での防衛局面は、実力行使を伴うことがあるものの、これは厳密には暴力とは呼べないか、あるいは、当該局面でのみ限定的に許されるもの、といえる。）</p><p>　但し、上記①の人質の件について言えば、決して、「●●●●国」を名乗る不透明な集団と、ある特定の宗教とを結び付けてはならない。この点で、「Charlie Hebdo」の表現は、ある特定の宗教に対する風刺（無理解な中傷）と受け取られかねないものであり、私は必ずしも、当該表現を手放しで評価することはできない。「freedom of expression」は極めて重要であるが、かといって、その名の下に何でも許される、というわけではないのである。</p><br><p>以上</p><br><p>【追記①】</p><p>次のウェブサイト（ <a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00010005-withnews-int">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00010005-withnews-int</a> ）によれば、上記①の人質事件における声明文は、以下のとおりである。</p><br><p>"To the prime minister of Japan.Although you are more than 8500 kilometers away from the Islamic State，you willingly have vowed to take part in this crusade. You have proudly donated $100 million to kill our women and children，to destroy the homes of the muslims，So the life of this japanese citizen will cost you $100 million. And in attempt to stop the expansion of the Islamic State you also donated another $100 million to train the Mortadeen(Apostates) against the Mojahedeen(The holy warriors). And so， the life of this Japanese citizen will cost you another $100 million.</p><br><p>And to the Japanese public，just as your government has made the foolish decision to pay $200 million to fight the Islamic State， you now have 72 hours to pressure your government in making a wise decision by paying the $200 million to save the lives of your citizens. Otherwise this knife will become your nightmare."</p><br><p>（上記サイトによる訳文）</p><p>「日本の総理大臣へ。あなたの国はイスラム国から8500キロ以上離れているが、この十字軍（※イスラム国の掃討）に進んで参加することを誓っている。あなたは我々の女性や子どもを殺したり、イスラム同胞の家々を破壊するために、誇らしげに1億ドル（約118億円）を拠出している。だから、この人の命を救うためには1億ドル必要だ。イスラム国の拡大を阻止するために、我々の聖なる戦士に対抗する背教者を訓練しようとさらに1億ドルも拠出した。これで、日本人を救うためにはもう1億ドルかかる。<br><br>　日本の国民へ。あなた方の政府はイスラム国と戦うために2億ドル（約236億円）を拠出するという愚かな決断をした。あなた方の市民（※後藤さんと湯川さんと見られる）の命を救うために2億ドルを支払うという賢い決断を日本政府にさせるため、圧力をかける時間はあと72時間しかない。さもなければ、このナイフが悪夢になるだろう」</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11979691485.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Jan 2015 00:22:21 +0900</pubDate>
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<title>ええ加減にせんかい</title>
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<![CDATA[ <p>　以前、本屋で、哲学者風情のおやじに怒鳴られたことを書いたが、この数か月の間で、以下のような出来事があった。</p><br><p><strong>１．エスカレータにて</strong></p><br><p>　あるとき、某複合商業施設に買い物に行った。</p><p>　目的階が上階にあるため、私は、妻とベビーカーに乗った娘と一緒に、「ベビーカー優先」と書かれたエレベーター前で待っていた。</p><br><p>　しかし、エレベータの個数が少なく、中々来ない上に、やっときたかと思ったら満杯の状況で、しかも、「ベビーカー優先」と明確に書いてあるにもかかわらず、中に乗っている健康そうな老若男女が「あの～、一杯で乗れませんけど？」といった顔で、明らかに迷惑そうな目を向けてくる（結局、いつまでたっても乗れない。）。</p><br><p>　１０分以上待っても埒があかないので、やむなくエスカレーターで上ることにした。</p><br><p>　私がベビーカーを支えながらエスカレーターを上り始めると、すぐ横に位置していたエスカレータを下る側の方から突然、６０歳近いじぃさんが、私たちに向かって、「ベビーカー乗せてんじゃねーよ、バカヤロ～！」という罵声を浴びせてきた。</p><p>　</p><p>　ええ加減にせんかい！！！！</p><br><p>　健康な奴らは、歩くなり、エスカレータで上るなりすべきであって、少なくとも、「ベビーカー優先」のエレベータに乗ることは禁止又は制限すべきである。もちろん、私たちとて、娘をベビーカーから降ろせばよいと言われるかもしれないが、そう上手くいかないときだってあるのである。そのために、「ベビーカー優先」があるのではないのか。</p><p>　それから、突然相手に罵声を浴びせるじぃさんは、頭がおかしいとしか思えないが、最近、たまにこういう輩がいる。おそらく本当におかしいのだろうから、あまり相手にしないようにしているが、「ベビーカーをエスカレータに乗せるのは危ないよ」という注意をしてもらえるならばまだしも（それは真摯に受け止めざるをえないが、それでも我々には言い分はある。）、上記のような知性のかけらもない輩に出会うと、心底心が萎えるものである。今回のじぃさんにどう対応したかについては、詳論は避けるが、しかるべき対応はさせて頂いた（一切危害は加えていない。念のため）。</p><br><p><strong>２．エレベータにて</strong></p><br><p>　某駅にて、ホームから改札にあがるため、私とベビーカーに乗った娘（午睡中）は、改札行きのエレベータの前で待っていた。</p><br><p>　エレベータが来たので乗り込もうとしたところ、その前に、巨漢の男（年齢不詳）と、悪ぶったおやじ（５０歳代？）がいて、先に乗り込んでいった。（その瞬間から、私は、「階段かエスカレータで行かんかい！」と思ったのだが、まぁ事情があるのかなと思い、黙っていた。）</p><p>　</p><p>　そして、私と娘は、その二人の後に続いて乗り込んだ。二人の輩は、巨漢が左奥、おやじが右手前に陣取り、エレベータ内で空いているのは、（ちょうど対角線上に）右奥と左手前だけとなり、エレベータ内が狭いので、私は何とか左手前にベビーカーを位置付けて乗り込んだ。</p><p>　</p><p>　すると、その悪ぶったおやじが突然、</p><br><p>　「おい、てめぇ、後ろから人が来てんだからさ、奥に詰めろよ！」</p><br><p>と怒鳴ってきたではないか。後ろを見ると、確かに、ちゃらい若者がヘッドホンをしながら乗り込もうとしている。そして、おやじは、私に対し、右奥に行けと言っているのである。（状況がお分かり頂けるだろうか。）</p><br><p>　ええ加減にせんかい！！！</p><br><p>　巨漢が右奥にずれるか、おやじが右奥に行けば、すべてが済む話なのである。</p><p>　それもせず、ベビーカーを押している私に対して、狭いエレベータ内で、わざわざ奥へ行けと怒鳴るというのは、もはや知性どころの話ではない。私は言葉を失ってしまった。</p><br><p>　見たところ、そのおやじはあちらの世界の人間にも見えてきたし、娘もいるので、事を荒立ててはいけないと思い、左手前から右奥に何とかベビーカーを移動させた（ついでに、ベビーカーの車輪でおやじの足を軽く踏んでおいた。不可抗力である。）。</p><br><p>　その後、ちゃらい若者が（先程私がいた）左手前に乗り込んできたかと思いきや、ヘッドホンを取り、「あっ？」と言って、何やらおやじに対して凄みはじめた。どうやら、自分に対して何か言われたと勘違いしたようである。</p><p>　面白い展開なのだが、私としては、ここで何かもめ事が起こって巻き込まれてはたまらないので、その若者に対して、ジェスチャーで、「俺のことだから、かっかするな」とサインを送り、若者はまたヘッドホンをして、何とか収めた。</p><br><p>　５秒ほど無言の状態で、巨漢、おやじ、ちゃら男、そして私（と娘）の４名（５名）は、ゆっくりと改札階へ降り立った。</p><br><p>　エレベータから降りる際、どういうわけか、おやじが、「行けよ」と言って、「開」ボタンを押してくれたのだが、全然かっこよくない、ださすぎる。（なお、私は礼を言って下りたが、後ろから刺されたりしまいか、細心の注意を払って改札に向かった次第である。）</p><br><p><strong>３．</strong>　以上の事件は、いずれも都心で起こった事である。本当にいろんな輩がいるものである。しかし、このような輩が増えると、間違いなく、世も末だと思う今日この頃である。</p><br><p>以上</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11915377118.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Aug 2014 10:10:11 +0900</pubDate>
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<title>求刑1.5倍判決</title>
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<![CDATA[ <p><u><font color="#0066cc"><br></font></u></p><p><u><font color="#0066cc">求刑1．5倍判決を破棄＝両親、懲役10年と8年に減刑―大阪女児虐待死・最高裁</font></u></p><p><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140724-00000079-jij-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140724-00000079-jij-soci</a> </p><br><br><p>　裁判員裁判において、検察の求刑の１．５倍の判決がなされた事案について、最高裁は、量刑不当で破棄したようである（結果的に、夫に懲役１０年、妻に懲役８年を言い渡している。）。</p><br><p>　例の如く、最高裁判決の原文は以下のとおりである。</p><br><p>　<a href="http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140724161429.pdf">http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140724161429.pdf</a> </p><br><p>　</p><p>　要は、量刑については、従前の先例の集積があるのだから、他の裁判の結果との公平性を保持する必要があり、これは裁判員裁判でも変わらない。</p><br><p>　とはいえ、裁判員裁判の導入趣旨（刑事裁判に国民の視点を入れる）からすれば、裁判員裁判によって先例の集積結果（量刑傾向）が変わることもあり得る。但し、その場合には、裁判所は、従来の量刑の傾向を前提とすべきでない事情の存在につき、具体的・説得的に示すべきである。</p><p>　</p><p>　しかし、今回の裁判員裁判では、検察の求刑（一応、従前の集積結果を踏まえたものという前提）を大幅に超える量刑を言い渡したにもかかわらず、上記のような事情の存在を具体的・説得的に示しておらず、甚だしく不当な量刑判断に至ったというほかない、というものである。</p><br><br><p>　まぁ、今回の最高裁の判断は、（検察の求刑を重視し過ぎているようにも読めることに若干違和感を抱くものの）とくに驚くべき判断ではないように思われる。</p><br><p>　一言で言ってしまえば、感覚でやるなよ！ということであって、当たり前のことだろう。</p><br><br><p>　なお、どうでもよいことだが、裁判員裁判のときとそうでないときの、裁判官の（特に）被告人に対する態度の在り方が全然違うと感じるのは、私だけだろうか（裁判員裁判の時はすごく丁寧、そうでないときは完全に上から目線）。もちろん全ての裁判官がそうだというわけでないが・・・裁判員裁判の時の態度こそを基本にすべきだと私は思っている。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11899115777.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Jul 2014 16:08:48 +0900</pubDate>
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<title>ＤＮＡ鑑定訴訟</title>
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<![CDATA[ <p><u><font color="#0066cc">血縁なくても「父子」認定　最高裁 ＤＮＡで嫡出推定覆らず </font></u><a href="http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG17H0U_X10C14A7EA1000/">http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG17H0U_X10C14A7EA1000/</a> </p><p><br></p><br><p>　「そして父になる」を想起させる事件であり、おそらく今後の解釈論・立法論に大きな影響を与える最高裁判決である。</p><p>　</p><p>　新聞報道は上記のとおりであるが、報道内容は最高裁判決を勝手に要約したものが多いので、ぜひ原文に当たることをお勧めしたい（下記）。</p><br><p><a href="http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140717170544.pdf">http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140717170544.pdf</a> 　（原審：札幌高裁）</p><br><p><a href="http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140717180253.pdf">http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140717180253.pdf</a> 　（原審：大阪高裁）</p><br><br><p>　非常に難しい問題であり、法廷意見の判示はあまりに無味乾燥に思えるものではあるが、ただ、あくまで法解釈論上の観点からは、尤もバランスの取れた判断は、山浦判事の補足意見であろうと思う。金築判事の反対意見にある、「事案の解決の具体的妥当性は裁判の生命」というフレーズは、大変重要なものではあるが、しかし、本件において、誠に反対意見の結論が具体的妥当性に適うものなのかどうかは、実際の記録を見てみないと分からないところではある。</p><br><br><p>　ところで、今回の最高裁判決はあくまで「法律上の父」を問題としているのであり、今回の判決が出たからといって、現在の子の監護状況に直ちに変更が生じるわけではないということは、忘れてはならないであろう。</p><br><p>　「血縁上の父」は、おそらく今後、子と養子縁組をし、自らの子として監護養育していくのであろう。</p><p>　他方、大阪高裁の事案の場合、「法律上の父」は、すでに妻と離婚している（子の親権者が妻となっている）以上、親権者・監護権者の変更がなされない限り、子と同居して暮らすことが叶うことはない（子に相続権があるだけ、ということになるだろう。）。</p><br><p>　</p><p>　何より大事なのは、子の心身の健全な成長・発達にとっていかなる結論が妥当か、ということである。金築判事のいう「具体的妥当性」はかかる観点から判断しなければならないと思う。</p><p>　そして、血縁関係が全てかと言われたら、私の仕事上の経験では、おそらくそうではない。血縁関係がなくとも、立派に親子として生活し、成長している家庭はあるはずであり、現にある。</p><br><p>　他方、子がすでに「血縁上の父」を父と認識して慕っている状況下において、子が「血縁上の父」が「法律上の父」であることをも強く望むのであれば、それは、山浦判事が言うように、「子が、十分に成長して適切な判断力を備えて自己決定権を行使できるようになった後に、自ら父子関係を訴訟において争う機会を設けることも考えられる」であろう。しかし、「これは解釈の枠を越えた立法論」ということになろう。</p><br><p>　いずれにせよ、「血縁上の父」は「法律上の父」であるべきだと、そう単純には行かないところが、この問題の難しいところである。</p><br><p>以上</p><br><p>【追記】</p><br><p>　私が山浦判事の判断が尤もバランスが取れていると考える理由の一つは、「法律上の父」と「血縁上の父」、あるいは「実父」と「養父」が全面衝突した時に生じる壮絶な紛争の渦中から、子を開放すべきだと考えることにもある。親たちの意思で、子を紛争に巻き込むことは避けるべきと考えるのである（今回のケースも、結局は、母親が子の法定代理人として、親子関係不存在確認を求めたものである。）。</p><p>　最終的な判断は、子が大きくなり自ら判断できるようになったときに、子自らにさせるべきことであり、立法論により解決すべきことだと考える。もちろん、それでは子供にとって酷すぎるという考えもあるかもしれないが、誤解を恐れず言えば、大人達のエゴに振り回される方がよほど子供にとって酷ではないか、と考える次第である。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11895993000.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Jul 2014 11:48:07 +0900</pubDate>
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<title>家事ハラ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>妻の家事ハラ白書</p><p><a href="http://www.asahi-kasei.co.jp/hebel/kajihara/index.html/?link_id=top_promotion_01">http://www.asahi-kasei.co.jp/hebel/kajihara/index.html/?link_id=top_promotion_01</a> </p><br><br><p>　</p><br><p>　なかなか面白い・・・面白がっている場合じゃないかもしれないが。</p><br><p>　「家事ハラ」というネーミングは悪くないが、実態としては、男性に対するセクハラの一種なのではなかろうか。</p><br><p>　上記の宣伝等の究極的な目的は、男性の家事参加における問題を喚起し、男性の家事参加を推進しようとするものであろうから、上記の宣伝等がなされることは悪いことだとは思わない。ただし、やはりこのような宣伝等がなされること自体が、日本は本当に過渡期にある証左だと感じる。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11895982820.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Jul 2014 11:40:54 +0900</pubDate>
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<title>顧客情報漏えい②</title>
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<![CDATA[ <p><u><font color="#0066cc">顧客補償に２００億円…ベネッセ会長、深々と頭</font></u></p><p><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140717-00050102-yom-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140717-00050102-yom-soci</a></p><br><br><p>　</p><p>　B社、少しずつ常識的な判断に傾いてきたようである。</p><p>　</p><p>　昨日のブログで書いたとおり、今回のケースにおいて、「金銭的な補償は行わない方針」を採ること及びその理由としてB社が昨日説明した内容は、極めて不適切であり、非常識的なものである。</p><br><p>　今回の判断について、原田氏は「私の決断」と述べているが、おそらく、ようやくまともな弁護士が助言・指導し始めたのだろう。少なくとも、昨日までのB社の対応（マスコミ対応を含む）を考えた会社担当者（又は付いているとすれば弁護士）は、ビジネスセンスが皆無であると言わざるを得ない。その理由は、昨日のブログ記事を読んでもらえればお分かり頂けると思う。</p><br><p>　いずれにせよ、今後のB社の対応を引き続き注視したい。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11895791599.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jul 2014 23:07:12 +0900</pubDate>
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<title>顧客情報漏えい</title>
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<![CDATA[ <p>ベネッセの情報流出、社外の人物か　利用者は不信あらわ<a href="http://www.asahi.com/articles/ASG796FQ5G79UTIL03P.html">http://www.asahi.com/articles/ASG796FQ5G79UTIL03P.html</a> </p><br><p>＜ベネッセ漏えい＞情報持ち出し常習　ＳＥ、数百万円で売却</p><p><a href="http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140716-00000016-mai-soci">http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140716-00000016-mai-soci</a> </p><br><br><br><p>　B社の顧客情報漏えい事件。</p><br><p>　子供を抱える親世代にとって、Ｂ社に対する不信感は拭えない。</p><p>（B社にとっても、上記２つ目の記事にて報道されているように、本件漏えいが再委託先のSEによる犯行であるとすれば、被害者のように感じる面もあるであろうが、利用者にとっては、再委託先のSEの行為＝B社の行為、である。）</p><br><p>　上記１つ目の記事によれば、Ｂ社は「金銭的な補償は行わない方針」だそうであり、原田泳幸会長兼社長は、銀行の口座番号や子供の成績といった「センシティブ情報は流出していない」ことなどを理由に挙げて、「金銭的謝罪以外の信頼回復がもっと大事だ」と話した、とのことである。</p><br><p>　上記報道内容が事実とすれば、何ともお粗末なコメントとしか思えないし、利用者の気持ちを逆なでするものではないかと思う。</p><br><p>　そもそも、「賠償」ではなく「金銭的な補償」という言い方はどうかとは思うし（弁護士のrecommendであろうか）、現時点で金銭的解決に触れたことの適否は大いに問題であろう。それ以上に、上記の報道内容を反対解釈すれば、銀行の口座番号や子供の成績は「センシティブ情報」であるが、今回漏えいした情報（住所、氏名、連絡先、生年月日、性別等）は「センシティブ情報」ではない、したがって、金銭的な補償を行う必要はない、と読めるものであり、これは極めて不適切であろうと思う（報道の仕方にも問題があるかもしれないが。）。</p><br><p>　確かに、銀行の口座番号の漏えいは、場合によっては直ちに甚大な金銭的損害をもたらす虞があり得るものであるから、今回漏えいした情報とは、その意味では異なるかもしれない。しかし、利用者にとっては、銀行口座であろうが、住所・氏名・連絡先・生年月日等であろうが、これらの情報が見ず知らずの者に渡っているとなれば、これ程気持ちの悪いことはないのではなかろうか。</p><br><p>　私自身は、今回漏えいした情報は、「センシティブな情報」であることは明らかだと思うのだが・・・。</p><br><p>　以前、「ジャパネットたかた」で情報漏えいが発覚したとき、同社は、一定期間、広告活動等を自粛した上、社長自身も会社の行く末を真剣に考えたと何かで読んだことがある気がするが、今回のケースは、ジャパネットの件以上に重大な漏えい事件であるにもかかわらず、B社の対応は、ジャパネットに比べて大いに遅れているように思う。</p><br><p>　いずれにせよ、通信教育大手のB社における個人情報に関する認識がこの程度であったかと残念に思うとともに（というか、日本社会全体の意識レベルが低すぎるとは思うが）、その後のB社の対応を見ていると、B社の信用はもはや地に落ちたというべきである。</p><br><p>　今後、B社がどこまで這い上がれるか分からないが、あくまで現時点の個人的意見として、私自身は、今後、B社が真摯ある対応を示さない限り、B社を利用することはないであろう。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11895081993.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Jul 2014 09:30:30 +0900</pubDate>
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<title>女性の活躍推進というが・・・</title>
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<![CDATA[ <p>子育て女性官僚の100％が「両立に不安」　（日経DUAL）</p><p><a href="http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2986&amp;page=1">http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=2986&amp;page=1</a> </p><br><br><p><br>　「女性の活躍推進」と言われるようになって（結構）久しい。</p><br><p>　しかし、先日の都議会での暴言は論外であるが（泣き叫ぶ阿呆な議員も出現している今日この頃だが・・・）、新聞やNHK等の番組を見ていても何にしても、「このレベルで何が女性の活躍推進だ、ちゃんちゃらおかしいぜ！」と思うのは、私だけではあるまい。</p><br><br><p>　先日も、たまたま、ＮＨＫの「週刊ニュース深読み」という番組で「学童保育」の特集がやっていたのでチラ見していたのだが（ <a href="http://www1.nhk.or.jp/fukayomi/maru/2014/140705.html">http://www1.nhk.or.jp/fukayomi/maru/2014/140705.html</a> ）・・・言葉の端々で、家事育児の主体がすべて「お母さん」、「ママ」になっていた（例えば、「お母さんは、小１の壁にぶつかる」とか）。</p><br><p>　おそらく発言者は明確に意識はしておらず、潜在意識からくるものだろうと思うが、結局、わが国では、家事育児は女性、仕事は男性、という潜在意識が抜けきらないのである。</p><br><p>　私は、少なくとも週の半分は、娘のお迎えを担当し（お迎えでない日は送り担当）、妻と子供用に夕飯も作っている。朝も早く起きて朝食を作り、子供の保育園の準備もする。妻とは、家事育児も仕事も、平等にやっている（つもりである）。これでようやく、何とかギリギリ、私と妻のライフワークバランスが保たれている。</p><p>　私が今以上にワークに重点を置けば、娘に多大な負担がいくか、あるいは、妻がワークに割ける時間が著しく低下し、妻の家事育児の負担が増大することは目に見えている。したがって、私は、職場でいくら後ろ指を指されようがどうしようが、（長時間保育になることによって）娘に負担がいかないよう、また、妻が仕事も育児にも参加することができるよう、自分が「防波堤」にならないといけないという意識でいる（こう思わないといけないこと自体悲しいことだが、そう思って踏ん張らないと、私も心が折れそうになる。）。</p><br><br><p>　いずれにせよ、私のことはともかく、これまで繰り返し書いていることであるが、本当に「女性の活躍推進」を望むのであれば、男性の働き方を見直さないといけないことは明らかである。</p><br><p>　男性がこれまでと同様の働き方をしつつ、女性の活躍推進を実現しようと思うのなら（←政府の本音は、女性も働かせて労働力及び税収入と増やそうということにあると思うが。）、「１週間の育休」などという小さなことではダメで、男性も、毎日毎日、日課として家事育児を平等に負担することが必要である。</p><p>　仕事と家事育児とどちらが大変ですかと聞かれたら、ストレスの感じ方が違うので単純に比較はできないものの、間違いなく家事育児と答える人が多いだろう（但し、どちらに生き甲斐を感じるかと言われたら、これまた（家事）育児だろうと思う。）。</p><p>　私からすれば、最低でも１か月くらい、現在の男女の役割を完全に入れ替えて、男性に家事育児を全面的にやらせたら、きっと世の中も変わるだろうと思っている（あるいは、大変過ぎて、男性が家事育児からドロップアウトしてしまうおそれもないとは言えないが・・・）。</p><br><br><p>　上記のような番組における発言に接すると、私からすれば、男性をバカにするのもええ加減にせい！！！、と言いたくなる。「女性の活躍推進」といいながら、結局、そのために必要な男性の家事育児参加を阻害し、男性を蚊帳の外に置いているのは、この社会そのものじゃないかと。</p><p>　例えば（あまり適切な例ではないかもしれないが）、仕事の打合せ時に、上司がクライアントに向かって、「この仕事は、うちの男性社員に任せますから」と言われたら、女性は、私は要らないの？と思わないだろうか。それで奮起すれば良いが、人間、そこまで強くできていない。育児について、「お母さん」、「ママ」を主語にするというのは、男性にとっては同様の思いを持つのであって、ひいては、「家事育児は女性のやること」という潜在意識が次世代にも植え付けられてしまう。</p><br><br><p>　以上、駄文になってしまったが、日本は当分変わらないだろうなと思いつつ、私自身は、少なくとも娘にとって住みよい社会を作ることを目指して活動していくほかないと思っている。</p><br><p>以上</p>
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<link>https://ameblo.jp/ikuben-life/entry-11890815705.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Jul 2014 09:04:07 +0900</pubDate>
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