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<title>ポスト・フィラデルフィア</title>
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<title>読書が加速する</title>
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<![CDATA[ <p>直接、聞いたわけではないのだが、</p><p><br></p><p>「夏目漱石の『こころ』なんて意味あんの？」</p><p><br></p><p>と、ある人が言ったという。</p><p>２年近く前だろうか。</p><p><br></p><p>この発言は、ある会話の流れの中のものだろうし、これもひとつの意見であることは、分かる。</p><p><br></p><p>しかし、私は、なにか、とても腹立たしい気分になった。</p><p><br></p><p>そのとき、私がとった行動とは。</p><p><br></p><p>そう。おそらく20年以上ぶりに、『こころ』を読み直すことにしたのである。</p><p><br></p><p>これが、いろいろな面から、とても面白かった。意味がありすぎて、逆に「こんなに意味あっていいの？」と問い返したくなるほどだ。</p><p><br></p><p>そこから、私の読書が加速する。</p><p><br></p><p>『三四郎』『それから』『門』『明暗』を次々に読んだ。</p><p><br></p><p>それと並行して、漱石の親友、正岡子規の『墨汁一滴』『病牀六尺』『仰臥漫録』に熱中することになる。</p><p><br></p><p>（その間に小森陽一の『子規と漱石　友情が育んだ写実の近代』という新書をも読んだ。）</p><p><br></p><p>さらには、高浜虚子が、晩年の子規と自身の関係を、冷徹かつ見事な写生文で描いた『柿二つ』まで読んでしまったのだ。</p><p><br></p><p>先の発言をした人に、特に感謝はしていないが、あなたが知らないうちに、私は、こんなにも豊かな時間を過ごすことができたのだと、ここでこっそり囁いておく。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<pubDate>Tue, 21 Jun 2022 22:08:17 +0900</pubDate>
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<title>消え行く少女</title>
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<![CDATA[ <p></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/22/ilitama0419/af/48/j/o1024100915134890983.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220618/22/ilitama0419/af/48/j/o1024100915134890983.jpg" border="0" width="400" height="394" alt=""></a></div>小学生のとき以来、中沢啓治の『はだしのゲン』を読み直している。<br><br>その第１巻の解説で、尾崎秀樹が、同じテーマを主題とした劇画として、白土三平の『消え行く少女』を紹介していた。<br><br>『はだしのゲン』を再読し始めて間もないというのに、早速『消え行く少女』（前・後編）を読んだ。<br><br>広島で被爆し、「原子病」に罹った少女の物語。<br><br>この２冊を所収する『白土三平 初期異色作選』（青林工芸社）には、解説で鶴見俊輔が「国家にのみこまれない劇画」という一文を寄せている。<br><br>それによると、白土三平は、洋画家（プロレタリア画家）・岡本唐貴の息子であるという。<br><br>鶴見によると「一九三三年二月築地署で虐殺された小林多喜二の棺の側に岡本唐貴がすわっている、そういう写真がのこっている。この葬儀に姿をあらわすというだけで、岡本は自分も危険をおかした」。<br><br>ただ、『消え行く少女』のテーマは、おそらく父親の影響ではなく、（特に後編は）独自の眼差しによるものだろう。<br><br>わたしは、岡本唐貴のことも、白土三平のことも、よく知らない。<br><br><p>知らないからこそ、興味が湧く。</p><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/ilitama0419/entry-12749005710.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jun 2022 22:25:54 +0900</pubDate>
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