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<title>笑う ソーシャルワーカー</title>
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<description>山積した課題から幸せの糸口を見つける仕事。</description>
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<title>分かち合う</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/fe/08/p/o0338060013718092753.png"><img width="338" height="600" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/fe/08/p/o0338060013718092753.png"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/1e/63/p/o0338060013718092539.png"><img width="338" height="600" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/1e/63/p/o0338060013718092539.png"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/b1/71/j/o0540030313718092358.jpg"><img width="420" height="236" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160808/13/inclusion-office/b1/71/j/o0540030313718092358.jpg"></a></p><p>&nbsp;</p><p>先日のプロジェクトミーティングで、車のディーラーの話が出てきました。</p><p>&nbsp;</p><p>ディーラーは新車を売っただけでは売り上げは知れており、その主たる利益は購入後の車検や日々の修理費用から計上されている。このため、今や店長は営業上がりの方よりも技術上がりの方の方が多いのだと。&nbsp;</p><p>これって、コピー機などに代表されるベンダー（自動販売機)方式ですよね。</p><p>初期導入の機器を安く手元に渡し、その後の消耗品や修理代で売り上げていく方式。 確か以前、東京ガスが乾燥機を普及させるためにモニターと呼んだ家庭に無料で数ヶ月だけ設置したところ、ほぼ100%の家庭で無料期間が過ぎた後で買い取ったと聞いたこともあります。</p><p>まずは使ってもらう。商品力に自信があれば、いい方法です。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>スマホの普及から便利なアプリがたくさん出てきて、その多くは無料で提供されています。そして、その便利さをもっと追求したくなると、そのアプリ内に有料コンテンツがある。使ってみて本当に便利ならそこにお金を払おうとする訳です。&nbsp;</p><p>その代表的なアプリが、ご存知のクックパッドです。&nbsp;</p><p>今やクックパッドの売り上げは、広告料よりも有料コンテンツの利用料の方が上回っており、素晴らしいビジネスモデルを作り出しています。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>友人が、1ヶ月以上かけてひとりでヨーロッパ各国を回り先日帰国しました。 何十カ国も行った中で、人が楽しい国はイタリア、自然が美しい国はクロアチア、そして美術的に優れた国がオランダだったと。 何れにしても生の体験談は面白いです。&nbsp;</p><p>そして、オランダでは、アムステルダム国立美術館が有名です。&nbsp;</p><p>2年ほど前に「みんなのアムステルダム美術館へ」というドキュメンタリー映画があって、国を代表する美術館が数年も閉鎖され、その後の開館に当たって市民との葛藤や多くの物語があったことが綴られていました。</p><blockquote><p>「みんなのアムステルダム国立美術館へ」</p><p><a target="_blank" href="http://t.umblr.com/redirect?z=http%3A%2F%2Famsmuseum.jp%2F&amp;t=Y2JhOGE1MTk4NTMyNWVjODllMTliYjUzMjMyYjY0NzQzNmY0NGM3OCxyTnpqbmJtTw%3D%3D">http://amsmuseum.jp/</a></p></blockquote><p>美術館側が「いいものを見せてやってるだろ」と、高飛車な態度ではなくて、ちゃんと市民のものとして存在しようとしている点がとても好感高く印象的でした。 日本の美術館は、何かね、敷居高くてお行儀よくしないと叱られちゃったりしますからね。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、このアムステルダム国立美術館。 何が素晴らしいかというと、そこが提供している無料アプリなんです。 各国語の対応しているので、もちろん日本語でも見れます。</p><p>&nbsp;実際に美術館に行っているように、幾つかのコースがあって絵を見ながら案内してくれる。 もちろん、ダウンロードしてから美術館に行って、音声ガイドとして聴きながら鑑賞することも可能です。広い美術館の道案内もしてくれる。&nbsp;</p><p>この無料ダウンロードで音声案内してくれるサービス、日本をはじめ世界各国の美術館で聞いたことないのですが。&nbsp;</p><p>もしあるなら教えてほしい。すごくいい。 いろんな美術館で採用してほしい。&nbsp;</p><p>さらにこの無料アプリが素晴らしいところは、いくつもの作品が無料で提供され、それをＴシャツやマグや他にアレンジして使用しても構わないという太っ腹なサービスが付いていることです。&nbsp;</p><p>普通はこういうのは、美術館の隅にあるミュージアムショップで少しお高く売ったりしていますよね。 その元ネタを無料で提供してしまっているのです。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>どうしてそれをしているのか、その理由がまた嬉しい。</p><p>&nbsp;「世の中に粗悪な模倣品が出回るくらいなら、本物の良さを広めたい。ちゃんとした美術を皆に伝えていくのも美術館の大切な役割だ」という主旨なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>この考えは、まさにソーシャルワークだと感じました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人に伝える。いいものは分かち合う。そして繋がっていったところに共感が生まれ、それがビジネスになったり運動になったり。&nbsp;</p><p>まずは、世の中に出さなくちゃ、人に伝えなくちゃ。&nbsp;</p><p>アンディウォーホルの言った好きな言葉があります。</p><p>&nbsp;Every publicity is good publicity.&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>分かち合った先に、何かが生まれると考えるのが今求められている共感型ビジネスの形ですよね。&nbsp;</p><p>今や主流ではあるけど、そこにどれだけソーシャルな気持ちがあるか。人にどうあってほしいと相手の幸せを願うか。 何よりもそこが問われている気がします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12188423976.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jul 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>女性やシニア層はもはや少数派ではない。 ＜国勢調査の結果から＞</title>
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<![CDATA[ <p>6月29日に、2015年の国勢調査の抽出速報が発表されました。</p><p>そこではっきりしたことは、女性と65歳以上のシニア層の割合が就業者全体の50％を超えたということ。</p><p>海外では30年以上前から言われてきたダイバーシティ。多様性として、様々な人種、性別、年齢、LGBT、価値観などの違いを理解し、共存しようという動きです。その多様の代表格に女性やシニア層がいたのですが、そのクラスターが全就業者の半数を超えたということは、もはや就業者を代表する人々とも言えるのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>同日の日経新聞の記事によると、労働人口は6,075万人と5年前の前回調査と比べ295万人減っている中で、女性とシニア層の労働人口は伸びています。</p><p>この背景には、高齢者が増えたことにより介護・福祉分野の人材として女性とシニア層の雇用が増えたことがあると言われています。</p><p>2020年には、日本の平均年齢が50歳となり、65歳以上の高齢者の中で75歳以上の人々が半数を占めるという状況になります。今よりも年齢層の高い高齢者が増えていくことは間違いありません。ということは、その人々の担い手としてますます女性やシニア層の労働力が求められていくと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>こうして、女性やシニアの活躍が数としてマジョリティとなっていた今後、何が変わっていくのか。また、変わらなければならないのか。</p><p>&nbsp;</p><p>それは女性やシニア層の労働の質だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、就労人数こそ過半数となっても、その内容が介護や福祉現場の担い手の増加という理由だけでは、まだまだダイバーシティもスタートラインにいるのだということを突きつけられてるように感じます。</p><p>もっと、男女の性差なく賃金や労働内容が与えられる環境や、シニアという年齢区分だけで決め付けられないような環境が構築されていかないと、ダイバーシティの醍醐味というか、その推進による企業の成長というテーマには結びつかないのですから。</p><p>&nbsp;</p><p>「一人ひとりが違い、その違いを楽しむ」</p><p>&nbsp;</p><p>様々な人の視点の違いがクロスされていくことで、新たなイノベーションが生まれるような土壌が必要。</p><p>そのために今、次のステップに向けて新たな一歩を踏み出しているんだな、という思いで国勢調査の結果を見ました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195865977.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jul 2016 00:06:16 +0900</pubDate>
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<title>社会的に注目されているから小学生が保育士を目指す？？</title>
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<![CDATA[ <p>『将来の職業、女の子は保育士1位』<a href="http://this.kiji.is/120433798703480841?c=113147194022725109">http://this.kiji.is/120433798703480841?c=113147194022725109</a></p><p>&nbsp;</p><p>社会的に注目されているから小学生が保育士を目指す？？</p><p>&nbsp;</p><p>今朝も街中で、「保育士を増員！」ってスピーチが流れてました。参議院選を前に、各政党が社会保障の拡充を訴求してて、その目玉が保育士と介護士の処遇改善。保育士の給与を5万円アップと具体的に言っている政党もあります。</p><p>&nbsp;</p><p>保育士の場合、同年齢の一般職よりも10万円程度、平均給与が安いと昨夜のNHKニュースで報道されていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その中で、この春に小学校卒業の女の子のいちばんなりたい職業が保育士と。<br>でも、記事中には、その理由が巷で保育士不足が言われているからかと分析していますが、私は違うと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>子供が、需要があるからその職業を選ぼうとするとは思えない。単に、憧れがあるのだと思うのです。<br>それは、自分がこれまでの13年の人生で触れた中で、いちばん職業として輝いていたから。そして、いちばん自分がいい気持ちになれていたから。</p><p>&nbsp;</p><p>この気持ちを、この先の5年で変えてしまうのは、私たち大人の社会です。<br>そのことを、訴えかけられているように感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>この純粋な憧れが、そのまま仕事に結びつく社会にしなくては、保育士不足という課題は解決していかないのでしょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195866886.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jun 2016 00:09:01 +0900</pubDate>
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<title>IOTと鏡</title>
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<![CDATA[ <p>大手化粧品会社の調査によると、女性が鏡を見る平均時間は1日1時間とのこと。</p><p>&nbsp;</p><p>1時間。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん続けてではなくて、顔を洗ったり歯を磨いたりの時やお化粧の時、出掛けに玄関の鏡を見たり、お化粧直しをしたりと、チラッと見る時間も足してのトータルタイムということですが。</p><p>&nbsp;</p><p>単純に、眠る時間と仕事時間を引いてのプライベート時間が8時間と考えると、結構長いです。</p><p><br>総務省の平成26年度版情報通信白書によると、平日のテレビ視聴平均時間が168.3分ですから、この60分という数字は放ってはおけなくなります。</p><p>&nbsp;</p><p>考え方によっては、女性ターゲットの広告媒体にさえなりうる。 侮れません、鏡の力。</p><p>&nbsp;</p><p><br>昨日は某大学で行われた、デジタルヘルスケアのシンポジウムに参加してきました。</p><p><br>ICTの進展によって医療や医薬におけるヘルスケアにどのような変化をもたらすか、というテーマでした。<br>全体的には新しい発見や知識をいただけて非常に面白かったのですが、その中でひとつ、考えを巡らせたことがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>このシンポジウムの中で、鏡にIOT（Internet of things=日常的な製品にインターネット技術を組み合わせ通信機能により認識、制御、計測などを行う技術）を組み合わせるというお話がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>歯磨きやお化粧の時に、鏡に映った瞳孔、眼球運動、顔色など様々なデータ、鏡周りを触った時のバイタル（血圧や体温など）、足元のマットで計測する体重や体脂肪率を測り、本人の負担なく毎日収集。</p><p>&nbsp;</p><p>スマホを通じて本人にもデイリーなデータや月間または年間の平均値などが届いたり、必要に応じて医療機関に出したりするというアイデアでした。</p><p>&nbsp;</p><p>これにより、セルフ健康管理に役立てたり、病院との連携で疾病の予防や早期発見が可能となります。</p><p>&nbsp;</p><p>直感的には素晴らしいと思いました。<br>こうして健康管理をしてもらえたら、自分で血圧計やヘルスメーターや体温計を持ち出す手間が省け、楽でいいなと。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、その後で、私がどう考えを巡らせていたかというと。<br>本当に世の女性たちが、そういう機能がついた鏡をドレッサーに取り入れたいか、ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば国が社会保険料負担の軽減のために導入し、一定基準を満たした人に無償提供、とかという大きな枠組みができれば別ですが。個人的にそういう鏡をあえて買いたいと思うか、ということですね。</p><p>&nbsp;</p><p>健康への意識を高め、健康管理を医療任せではなく自己責任で行うことが必要。これは至極正論です。<br>でも、こうした意識改革を前提とした取り組みだと、購入に至りにくい。</p><p>&nbsp;</p><p><br>鏡を多く見る女性心理として欲しいのは、リアルよりファンタジーではないかと思うからです。</p><p>&nbsp;</p><p>何かの慢性疾患を抱えて健康管理をしなければならない人は除き、単純に健康な人が予防的に捉えた場合、体重やストレスやらをいちいち教えて欲しいかというと、逆に聞きたくない。<br>もっと気持ちが楽しくなるような情報なら望みます。健康な時は不健康についてはなるべく考えないようにしたい、知らないフリをしたい、という心理が働くのではないでしょうか。<br>それと、例えファンタジーでも、今その時の気分を盛り上げてくれるような情報がほしい。バイアスが掛かっていてもいいから、気持ち良くしてほしい。<br>それが素直な女性心理だと思うのです。一時期「アゲアゲ」とかいう言葉が流行りましたよね、そんな感じです。</p><p><br>いつもお部屋を綺麗にしている友人がいます。<br>でも、その家の姿見が曇ってて埃もかぶってる。仲良しなので、鏡を見たついでに気を利かせてテッシュで拭こうとしたら、「やめて、それだけはやめて！」と。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女は、その曇った鏡にぼんやり映る自分を見て、外出する時に自信を付けているのだそうです。はっきりと欠点が見える鏡など見たくない、と。</p><p>&nbsp;</p><p>なるほど。</p><p>&nbsp;</p><p><br>鏡に映るリアルよりもファンタジーを好むという例には、プリクラもあります。<br>今のプリクラはどんどん進化していて、目の色や髪型、輪郭を変えることができるのはもちろん、足の長さまで変えることができます。<br>これって、もはやファンタジーを通り越して、別人ですよね。でも、それでもそこに写し出された自分に満足してお金を払おうとするわけです。今や、画像も動画も美しく加工するためのアプリが花盛りです。</p><p>&nbsp;</p><p>これが、駅前にある証明写真だと必要最低限しか撮りません。自分を正しく写し出しているのは証明写真の方なのに。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>もしかしたら 、実際よりもずっとお肌が綺麗に写り、スタイルも良く見える鏡が売られたら人気が出るのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>というか、IOTの力で、女性の気持ちが楽しくなる方向を目指す方がいいのではと思ったりしたのです。<br>例えば、お化粧しながら迷った時に、「今日はここのメイクにポイントを置いたら」って専属ヘアメイクみたいに答えてくれるとかね。</p><p>&nbsp;</p><p><br>米国の社会心理学者であるフェニクスタインらが開発した尺度に「公的自己認識」というものがあります。人や社会から自分がどう見られるかを気になるタイプ。<br>ファッションやお化粧に対する意識が高く、自分を鏡でよく見る人も、この公的自己認識が高いとのことです。</p><p>&nbsp;</p><p>この反対が「私的自己認識」。自分の個人的、内面的側面に意識を持ちやすいタイプと言われています。<br>これが強すぎると自己に向かいすぎて、失敗を経験すると自分を責めすぎる傾向があるようです。メンタル不調にもなりやすいとのこと。<br>公的自己認識は程度はあれ、必要なことと言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>鏡を1日1時間も見るのなら、その度に笑いかけたらいいかもしれませんね。<br>そしたら、これも心理学で言う「鏡の法則」で、相手に笑いかけられたように感じてしあわせな気分になるのではと。</p><p>&nbsp;</p><p>IOT、何とか、こういう楽しくなる気持ちの後押しをしてくれる技術になるといいなと思います。</p><p>END</p>
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<pubDate>Sat, 25 Jun 2016 00:09:56 +0900</pubDate>
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<title>痛み。</title>
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<![CDATA[ <p>今週になって背中の右上あたりが痛くて、寝ていてもちょっと痛かったりして。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>普段、あんまり肩凝りとかがないので、どうしたのかとあれこれ思い出してみると単純な答えが見つかりました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>先週から今週にかけてPCでの単純入力作業を繰り返す機会が重なり、長時間同じ姿勢でマウスを握り続けていたことではないかと思うのです。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>マウス入力には椅子の高さが低すぎたのかもしれないし、途中で休むことも忘れて夢中になってしまいました。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>痛みが継続しそうだったので、マッサージしたり湿布を貼ったり。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そうすると最初は右肩全体だったものが肩甲骨付近だけになり、それが軽くなると右肩だけが痛くなり、 そして、右肩も軽くなると右の前腕上部だけに痛みが残りました。 そう、まるで痛みが移動するみたいに。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でも違うのですよね。 人が感じる痛みは一ヶ所だけと言われています。いちばん痛いところが軽くなると次に痛いところを感じるようです。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>普段ない自分の体の痛みを感じつつ、その「痛み」についてあれこれ考えてみました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>と考えてしまいたくなるくらい、「痛み」という感覚は心を鷲掴みにするようです。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>痛いと笑ってなどいれらなくなるし、穏やかにしていることも難しくなる。 生活の質を一気に落としてしまいます。 それだけ「痛み」の感覚は一刻も早く取り除きたいわけですよ。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でもって、ソーシャルワークに限らず、サービス業をはじめとした仕事の多くで求められていることは 人々の「痛み」を取り除くことなのではないかと思ったのです。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>「痛み」を取り除くと言って最初に思うのは医療ですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;私の肩の痛みももちろん、頭痛も、腰痛も、あらゆる体の痛みを取り除くために、私たちは医療機関を利用します。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、心の「痛み」。これを取り除くことは精神科医や心理士、カウンセラーなどが主に担当しています。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さらに、生活全般の「痛み」。 一般的には悩みとか課題とか言うのかもしれませんが、 それで生活がしにくかったり辛かったりすれば、本人にとっては「痛み」と言えるのでしょう。 これを取り除くのは、法律に関われば弁護士だし、お金に関われば会計士や税理士やFP。 仕事や転職ならキャリアカウンセラーだったり、ハローワークの就労相談員だったり。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>そう、私たちソーシャルワーカーも、人の「痛み」がどこにあるかをアセスメントによって察し 様々なアプローチスキルでリフレーミングしつつ取り除き、一歩が踏み出せるようエンパワメントするということなんだと思うのです。 前にも書きましたが、アセスメントは「見立て」、リフレーミングは「意識改革」、エンパワメントは「能力発揮」という意味になります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;最初はどこが痛いのか分からないかもしれない。でも対話を進めていくことで痛みの本質が見えて そこがある程度解決すると、また別にあった痛みに気付いたりする。 痛みが移動するのではなくて、重い順に気付いていくだけで、実際は複雑に絡み合って存在してる場合が多いのです。&nbsp;</p><p><br><br>&nbsp;</p><p>マーケティングでも、最近は顧客の「ニーズ」ではなく「ペイン（痛み）」という言葉が使われます。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>数年前からシリコンバレーで言われはじめ、「ペイン」を感じるほどの強い必要性がなければビジネスは育たない、 新たなビジネスの創出にも顧客の「ペイン」を発見し取り除く商品が不可欠と言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;本当の「痛み」を把握し一緒に取り除いてくれる先に、お金を払おうとするリアリティが生まれるのかもしれませんね。&nbsp;<br>こうなると、「痛み」といっても辛さということではなく、それほどの「強い感情」ということになるのかもしれませんが。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>右前腕の上部に残った痛みは、翌日には消えましたが、 人の「痛み」の感覚を見つけ出すことが大事であって、ビジネスにはその察しが必要なのだという思いは残りました。&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 21 Jun 2016 00:12:50 +0900</pubDate>
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<title>人は、何のために生きているのか（ある結論）。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>最近考えているテーマと言いつつ、そこからまた時間が空いてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p><b>「人は、何のために生きているのか」</b>ということ。3つほど書きましたが、あまりに時間が空いてしまったので、私が思う結論から書くことにします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これまで大勢の認知症高齢者と接してきました。</p><p>&nbsp;</p><p>認知症といっても、その見えている症状はそれぞれで、非常に攻撃的で猜疑心いっぱいの方や、喜怒哀楽が激しくなる方、またはとっても朗らかに笑ってばかりいる方や踊ってばかりいる方ってのもいらっしゃいます。</p><p>&nbsp;</p><p>明るい方は、もう本当にすごく明るい。突き抜けちゃっています。</p><p>&nbsp;</p><p>いい意味で羞恥心がないというか、大声で笑い飛ばして、人を褒めちぎったり、鼻歌を歌いはじめたり。ほんの些細なことに大笑いしたり。そして、そこには一般的に言う認知症の暗さは見当たらなかったりします。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、そうは言っても、判断力は低下していますからね、ある意味浮かれている状態なので、外出も一人で家にいてもらうのも危険で人のケアは必要になります。</p><p>&nbsp;</p><p>認知症の中で多いのは、喜怒哀楽が激しくなる方でしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>怒ると烈火のように怒り出します。ときには人を殴ろうとしたり、爪を立ててまで怒りを表します。でも喜ぶと、もういつまでもニコニコが止まらない。女心と秋の空って言葉がありますが、認知症と秋の空の方がふさわしいのかもしれないって思ったことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、どのような症状の方にしても往々にして、感情が幼くなるというか、抑制が効かなくなる傾向にはあるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>人に気を遣うという判断力が鈍ったことで、その場での感情に対して素直になるのかもしれませんね。</p><p>&nbsp;</p><p>私はこれまでこうした高齢者と接してきて、認知症の方が素直に喜びを表した時、久々に湯船に浸かってふ〜ってした時のお顔とかを見る時が何よりも好きだったんです。そこには本当に嘘偽りない、心からの喜びがあると思えたからでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>聞いたことがあるかもしれませんが、認知症が重くなると様々な記憶障害が起こりますが、最後まで残るものがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>それが「感情」です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分の名前や子供の顔も分からなくなったり、1分前に聞いた今日の曜日も忘れてしまう方でも、嬉しいという記憶や、悲しいという記憶は残るのです。このことは、接すれば接するほど驚くほどにはっきり分かります。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、その日の朝に不快なことがあったとします。そうすると、その記憶はかなり長く、例え1分前に聞いた曜日を忘れるような重い認知症の方でも、お昼過ぎまでその感情を持っていたりします。</p><p>&nbsp;</p><p>これをワーカーの間では「不穏」という言葉で言い表すのですが、たぶん認知症でない方もそれなりに嫌なことがあれば気分は悪い訳で、認知症の方が特別というよりも、その感情に関する判断能力だけがいつまでも残っていると考える方が正しいのではないかと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>この「感情」。</p><p>&nbsp;</p><p>一般的に大人になってからあまり出し過ぎると、幼いとか、人格がないとか、付き合いにくいとか思われがちですが、私が思うに、実は人間が人間として生きていく上でとても大事なものとしてもっと尊重しないといけないのではと、自己擁護も含めて考えたりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>大人になっても感情を横に置いたりしないで、もっと大事にするべきです。理性も大事ですが、それを大事にしすぎて自分の感情を忘れるということは本末転倒。</p><p>&nbsp;</p><p>ということを教えてくれたのが、認知症の高齢者でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>でもって本題です。</p><p>&nbsp;</p><p>「人は、何のために生きているのか」。</p><p>&nbsp;</p><p>そうです。その答えも「感情」です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私たちは、何を求めて頑張って生活したり、仕事をしたり、生きたりしてるのでしょう。私たちが本当に手に入れたいのは、名誉やお金や、家や車や、常識や世間体ではなくて。そうした「モノ」や「コト」ではなくて。</p><p>&nbsp;</p><p>実は私たちが、少なくとも私自身かもしれませんが、欲している本当はそれら何らかによって得られる「感情」ではないかと思うのです。認知症高齢者は、その思いが表出しているだけで、私たちの本心と変わらないのではと。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>嬉しい、楽しい、面白い、気持ちいい、清々しい、頼もしい、幸福感、達成感、至福感、満足感、共感、絶頂感、信頼感、充実感、情熱、夢中、癒し、安らぎ、貢献、感謝、希望、、、</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>太古の昔から、私たちはこうした感情を求めて努力をしたり、時にハッピーになったり、虚しくなったりしてきたのではないかと思うのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>細かく見ていくと、その時々で求める感情は違うかもしれないです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、少なくともこれら感情のどれかを求めていることに変わりはないのではと思うんですよね。こうした感情のどれが欲しいかでその人の価値観を形成し、人生を全うする時にそれらがどれだけ得られたかが幸不幸を決めるのではないかと。</p><p>&nbsp;</p><p>言い換えれば、自分がこうした感情の何を求めているかをしっかりと捉えことができれば、これからの人生を生きる信念のような、どう行動するべきかとう指針が見えてきたりするのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私たちが求めているのはモノやコトではなくて、実は感情なんだと思うようになってから、小さなことにも大きな愛情を持てるようになりました。例え、小なことでも心から有り難いと涙を流すほどに感謝したりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これからの人生、やっぱり自分の感情を大事にしなくちゃと、認知症高齢者に教えてもらいました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>END</p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195870435.html</link>
<pubDate>Sat, 28 May 2016 00:12:21 +0900</pubDate>
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<title>人は何のために生きているのか(3)</title>
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<![CDATA[ <p>前に書きましたが、命のギリギリで生きている方の、その生きている証に感動をいただくことが多々あります。</p><p>&nbsp;</p><p>一億層活躍って言われています。この是非は別のテーマとして。</p><p>&nbsp;</p><p>活躍って何のことだろうと考えます。<br>ノーベル賞を取ったり、金メダルを取ったりはもちろん活躍でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>お仕事で大きな成功を成し遂げ、会社を大きくしたのも活躍だし、マスコミに連日取り上げられるような有名人になったのも活躍。</p><p>&nbsp;</p><p>地域のために活動して、その地域では顔が広くなったのも活躍だし、PTA役員を何年も引き受けて学校や地域のために頑張るのも活躍です。</p><p>&nbsp;</p><p>これらは、いわば「社会的活躍」って事ですね。<br>社会に対して存在を示したという意味での活躍。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、それだけで活躍を考えると、たぶん今の「1億総活躍」は寂しいくくりになってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>活躍にはもうひとつ、「内面的活躍」というものがあると思えて仕方ないのです。<br>今の自分が出来る精一杯をするという活躍です。社会に広く伝えるのではなく、自分の中で深くじっくりと行う活躍です。</p><p>&nbsp;</p><p><br>命のギリギリで生きている方。いわゆる寝たきりで体もほとんど動かせず、でも意識だけははっきりしている。障害者にも高齢者にも、このような状況に置かれた方はいるのです。<br>この理不尽な状況に、文句を言うのも、顔をしかめるのも、泣くのも怒鳴るのも当然といえば当然の行為です。だって、本当に自分がそうなったらって考えたら、もうどうしたらいいのかわからない状況ですから。</p><p>&nbsp;</p><p>夜中も休日もいつも親や子供の世話になり、食事も排泄もままならず、痛みも続き、窓のひとつも閉められない。手が動かなければ、顔に近づいた蚊も払えないのです。</p><p>&nbsp;</p><p><br>でも、そのような状況に置かれていても、いつも穏やかな人がいます。のほほんと生きています。<br>そういう人は決まって、ちょっとしたミスは、ふふって笑って誤魔化してくれます。でもって、必ず笑顔がきれい。</p><p>&nbsp;</p><p>神様はこんなとこにいるのかなと思わされたりします。</p><p>&nbsp;</p><p>と言うか、話を戻せば、この方の笑顔は何よりの「活躍」だと思うのです。<br>活躍とは、自分が出来る事の相手への精一杯をする事なんだなと思えるのです。</p><p>&nbsp;</p><p><br>ご存知でしたらごめんなさい。<br>私がある年齢の時に知って、ハッと驚いた言葉があります。</p><p>&nbsp;</p><p>「井の中の蛙、大海を知らず」</p><p>&nbsp;</p><p>これはご存じでしょう。<br>その後に、俗説ではありますが以下が続くと言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>「されど空の青きは知る」</p><p>&nbsp;</p><p>んー。広くは知らないけど、そこに居続けることでの深さは知るんですよね。<br>それはそれで素晴らし。<br>いや、もしかしたら今の私は、そちらの方が素晴らしいと思っているのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>その強さ、私も身につけたいし、教えてもらいたいです。</p><p>&nbsp;</p><p>生きるって大変なことも多いけど、どう生きるかは最期までその人次第です。<br>そしてその究極のところでも、人に何かを与えられる人になりたいなぁ。こんな風に出来てて、そう思わせてくれる人は実際にいるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>立派。偉い。カッコいい。美しい。かわいい。キレイ。神々しい。ステキ、、、。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな表現は、若く元気な時ではなく、きっと辛い時や死ぬ時まで関わるのだと思います。<br>そんなステキな人をいっぱい見てきたから、自信を持って言えます。</p><p>&nbsp;</p><p>これから先の人生で、もっとすごいと思える人に会うと思いますよ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195872014.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Dec 2015 00:01:26 +0900</pubDate>
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<title>人は、何のために生きているのか。</title>
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<![CDATA[ <p>　随分と長く書くことをお休みしてしまいました。忙しかったなどという言い訳はいたしません。他で文章を書くことが多かっただけです。あ、やっぱり言い訳してますね。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな間を置いている間に、最近特に考えているテーマが<b>「人は、何のために生きているのか」</b>ということなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　壮大かつ永遠的なテーマでなありますが、哲学とか医学とか宗教学的ではなく、ソーシャルワーク的にその答えを紐解いていきたく思っているのです。<br>「ソーシャルワーク的」という事からして、どういう事か理解できないのかもしれませんが。</p><p>&nbsp;</p><p>　難しい話をするつもりはありません。<br>　私がこれまで多くの臨床的相談援助をしてきて、実は「あれ？」と腑に落ちてしまったことがあるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　まずは、その答えに行き着いた幾つかの事例からお話しさせていただこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　でも、人が生きている理由を、「人のために」「良い行いをするために」「社会貢献のために」といった倫理観を押し付けるつもりはありませんし、生きている事は本能だから仕方ないなどという一挙両断みたいなことをいうつもりもありあませんので、ご安心ください。</p><p>&nbsp;</p><p>　ソーシャルワークはそんなにお行儀が良いものではありません。周囲には話せないような人様の生活のドロドロに平気で入り込み、大概の事には驚かず、違う価値観に動ぜす、人生は何でもアリだと感じてしまっている専門職ですから。</p><p>&nbsp;</p><p>　それでは、「ソーシャルワーク的：人は何のために生きているのか講座」はじまります。</p><p>&nbsp;</p><p><b>第1話「47歳のフェラーリー」</b><br>　車が大好きなAさん。以前からの知人ではありますが、相談に乗った事があります。若い時にはバブルを体現しているかのように、ポルシェ911カレラ、ロータスエラン、マセラティクワトロと乗り継ぎ、最終的にはフェラーリFFを数台乗り回していました。</p><p><br>　</p><p>　でも奥さんと離婚した事を契機に、なぜか急に「これからは農業だ」と言い出し、千葉県に農地を確保。有機農法を学び、首都圏の主婦向けに高級有機野菜の宅配を行いました。そして、数年前に急に「政治家になる」と、今度は市議会議員に立候補。青少年の健全な育成に関わるという公約でしたが、残念ながら落選してしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>　路線はいろいろで行き当たりばったりのようにも感じますが、そのバイタリティにはいつも感心してしまいます。そして落選した後で聞いた相談内容とは、彼なりに様々な悩みを抱え人生の進み方に困惑している様子でした。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>でも、ソーシャルワーク的な判断をすると、決して複雑に絡んだ悩みのようには思えなかったのです。Aさんの悩みは、平たく言えば「自分の幸せがどこにあるのか分からない」ということ。主訴は混乱していると言っていても、私の見立てではそこがクリアできればもう少し楽に判断できるのではないかと思えたのです。そこで過去の話も掘り下げつつ、その幸せの源泉を探っていきました。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　そして見えてきたAさんの幸せは、車でも農園でも政治でもなく「<b>達成感」や「絶頂感」「人と違うことに対する満足感」「見せびらかしたい、自慢したい感情」「目立ちたい感情」</b>などだったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　これらを批判するつもりなど全くありません。</p><p><br>　</p><p>　まずは自分を知ること、自分の欲している感情が何かを知ることが生きていく上で大事なのです。<br>　それだけで、Aさんが幸せになるために人生で何を選んでいけばいいのかが分かり、これからの一歩が踏み出せたりします。<br>これをソーシャルワークではストレングス視点と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>　特に、「感情」をストレングス視点で見ていくと、何がその人にとって幸せなのかが分かるような気がしたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　これが私の大きな気づきでした。</p><p>&nbsp;</p><p><b>つづく</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195876999.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Oct 2015 02:14:00 +0900</pubDate>
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<title>人は、何のために生きているのか（２）</title>
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<![CDATA[ <p><b>普通って何？</b></p><p>&nbsp;</p><p>　「感情」をストレング視点で見ると、望む幸せが見えてくるような気がしたものの、不確定要素もたくさんあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　そもそもその人が望む「感情」をどのように探っていけばいいのか、それをどうアドバイスしていけばいいのか。善悪でも良し悪しでも判断できない「感情」に寄り添うソーシャルワークをしようとすると、自分の立ち位置に悩むことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b>第2話　普通でいたい33歳</b><br>　結婚して4年。夫は大手都市銀行に勤め、本人は家電メーカーの開発部に勤務しているB子さん。大学時代からお付き合いしてきた同級生のご夫妻です。夫婦年収は1500万円を超えている、いわゆるセレブ夫妻でもあります。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　ロングヘアを軽く巻き髪にして、淡いピンクのお洋服を着てきたB子さんに初めてお会いしたときは、そこに座っただけで華やぐ雰囲気があり、笑顔がとても可愛らしく若々しく見えました。お互いのご両親は健在でまだ収入もあり、両親や兄弟間にも問題はなく、職場の雰囲気は良く仕事はやりがいがあり、臨海に高層マンションに家を購入したばかりとのことで、週末はご夫妻でインテリアなどをショッピングに行きながら新しいお店を探してランチすることが多いようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　こうなると、いったい何が悩みなのか、その方が気になったりします。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　それでもB子さんが話の本質にいくまでは世間話をしていたのですが、言葉使いが丁寧でしっかりしていて、話してみると芯の強さと真面目さが伝わってきました。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　いろいろお話をお聞きしていると本当に円満な感じが聞いて取れ、私は思わず「お幸せそうですね」と言ってしまったのですが、その言葉を境にB子さんの表情が急に暗くなりました。たまたまのきっけになったのか、その暗い表情のまま「いや、でも、実は、、、」という言葉が出てきたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして次に「こんなこと人前で話していいのか分からないのですが、、、」と言い出しました。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　私のところに相談にいらしたわけですから、人前で話すつもりでいらしたわけです。それを改めて話していいのかと前置きするB子さんに、改めて真面目さというか気遣いすぎる気遣いみたいなものを感じましたが、まずは、そのまま流して話を進めることにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>　B子さんはこの数ヶ月、苦しくてなかなか寝付けず、食欲もなく、職場にいるのも辛くて仕事を辞めようと考えているようです。それは、赤ちゃんが欲しいのにできず、昨年から不妊治療をはじめているものの、その兆しがまったくないことが原因とのこと。<br>　<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　互いの両親からは、ごく自然な会話としてそろそろ赤ちゃんをと言われるし、もちろん会社でもそれは同じ。自分より後に結婚した同僚が次々と妊娠出産し、部署内も育休前や育休復帰まもない人が増えています。</p><p><br>　<br>　誰も、B子さんを責める人はいないのですが。</p><p>&nbsp;</p><p>　例えばその会社では自分の机でランチを食べることが多く、このところ特に妊娠や育児の話題がほとんどで、その仲間に入っていけず、発言もなく愛想笑でいるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>　話の中身は、ほとんどが育児が大変だ、分からないことばかりで困ったという愚痴なのですが、B子さんからしたらそのような愚痴が言えること自体が既に羨ましく、最近は自慢されているようにすら感じてしまう、そんな自分が嫌になると。<br>　また、席を外そうにも、これまで何年もこのスタイルでランチをしてきたため、今さら変えるのも躊躇うようです。一緒にお店に行く人も見つからないし、やはり毎日自分のデスクで、他の同僚の妊娠や子育ての愚痴を聞きつつ食べ続けるしかないと言っていました。<br>　このランチ時間が苦痛で苦痛で、仕事を辞めようかと考えているという話です。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして、不妊治療をしても妊娠の兆しがない結果が分かった帰りには、電車に飛び込みたいような気持ちになり、家に帰っても電気もつけずに布団をかぶってしまうとのこと。<br>　ご主人が帰ってきて、その雰囲気が分かると何も話しかけずにソファで寝たりするそうです。もちろん、最初の頃は一生懸命慰めようとしてくれていたようですが、どの言葉もB子さんの心には届かず、かえってその日は何を言っても言い争いになってしまうので、こうして当たらず障らずの関係になってしまっと言っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　一通りの主訴をお聞きした後、私は、どうしてそこまで子供が欲しいのかを聞きました。本能だと言えばそれまでですが、ここまで辛い思いをしてそれでも子供が欲しいという信念みたいなものの本質を聞いてみなくては、と思ったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　B子さんの目は真剣でした。<br>　「夫婦である以上、子供がいるのが普通ですから。」</p><p>&nbsp;</p><p>　まずこう言った後で、</p><p>&nbsp;</p><p>　「多くを望んでいる訳ではないのです、普通の夫婦のように、できたら二人くらいの子供が欲しいのです。ただそれだけなのです。」</p><p>&nbsp;</p><p>　私はさらに質問を続けました。<br>　</p><p>&nbsp;</p><p>　「では、例えばの話として里子を探すとかという選択肢もあるのですか？」<br>と聞きました。ソーシャルワーカーの中には児童養護施設の児童相談員や、乳児院の里親支援相談員などもいますので、里親制度についてはおおよその知識があります。</p><p><br>　<br>　B子さんの答えは明確でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　やはり血が繋がっていないと子供だと思えない。それは自分に受け入れられることではなく、二次的な選択肢としても考えられないと答えたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　「1年半前から不妊治療をはじめて、既に250万円位上をかけています。このまま例えば40歳まで治療を続けるとすると1,000万円以上の治療費がかかると試算していました。それでも授かればいいのです。そこで授からず諦める自分を想像すると、その後の人生を心がからっぽになって生きていくような気がするのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　学生の頃から特別に優秀ではありませんでしたが、まあまあ成績は良く周囲にも褒められて育ち、世間で言うところのそこそこの大学に入り、そこそこの会社に就職し、夫と結婚しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　私はこれまでを普通に歩んできたのです。それがまさか、自分の人生が子供のことでこんなに狂うとは思ってもいませんでした。」</p><p>&nbsp;</p><p>　1時間近くお話を聞いてきて、「普通に」「そこそこ」「周り」というキーワードがなんと多かったことか。B子さんは、それらキーワードに象徴されるように<b>「無難な」「一般的な」「世間体良く」「普通」であることに満足し、その感情を欲している</b>ことが良く分かります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　そこが、B子さんのストレングス（強み）でもある訳ですね。それによって今まで優等生で、気遣いもあり、人当たり良く過ごしてきたのでしょう。そして、そう思ってしまうことは責めることではないし、誰も<b>B子さんを審判はできない</b>ことなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　分かることはただひとつです。<b>B子さんは、こうした感情が強くあることをご自身でよく知り、自分の人生としてそれを伸ばすか修正していくかを決めていくことが求められる</b>ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>　ソーシャルワーカーは、<b>B子さんが決めた目的に対する伴走者として、叱咤激励したり必要な情報を提供したりという支援</b>をしていくことはできます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　そう、<b>幸せは誰でもない、自分自身が作るもの</b>なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　B子さんは、自分の感情を知り急に涙を流しました。そしてやはり「普通でいたい」という気持ちは捨てられないと、今でも不妊治療を継続しています。<br>　ただ、その感情が自分を苦しめていることも分かったので、36歳まで続けることにし、できなかった人生も少しずつ考えていくようにすると夫婦で話し合ったとでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　状況は変わっていないのかもしれませんが、B子さんのお気持ちは以前より軽くなったようです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>つづく</p>
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<pubDate>Sat, 17 Oct 2015 00:10:54 +0900</pubDate>
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<title>誕生日、ありがとう。</title>
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<![CDATA[ <p>先週の月曜、6月15日は誕生日でした。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>周囲の身内的な方々から「おめでとう」を言ってもらい、幸せな一日となりました。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>そしてさらに、その誕生日に株式会社を設立しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「株式会社インクルージョンオフィス」 &nbsp;といいます。よろしくお願いいたします。http://www.inclusion-office.co.jp</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そう、会社の誕生日にもなったのです。 これはたぶん、一生に一度あるかないか、かもしれませんね。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>この日は、大きなお花のアレンジメントが届いたり、いろんなメッセージやお祝いの品をいただいたり。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>大事なことはモノではないのですが、この日はこうしたモノに囲まれると、周囲の方々に支えられて設立できた会社なんだなと、だからこそ頑張らなくちゃと思いを新たにしました。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして、こうした贈り物とは別に。&nbsp;</p><p><br>&nbsp;</p><p>会社を作るために、これまで半年間、周囲のいろいろな方々のお世話になってきたことを思い返し、心が暖かくなりました。</p><p>&nbsp;&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>・事業の方向を多角的にアドバイスしてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・マーケティング戦略を考えてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・企画が詰まった時に一緒にアイデアを考えてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・私のアンケートに快く答えてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・プロフィールや名刺のデザインをしてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・ホームページ制作やサーバーの手配をしてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・会社のドメイン取得やメールアドレスの設定をしてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・株式会社の設立方法を教えてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・会社設立の書類作成や申請をしてくださった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・使い始めたMacBookを丁寧に教えてくださった方、</p><p>&nbsp;</p><p>・ソーシャルワーカーのネットワークのシステム導入してくだった方、&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>・そして、私の夢に乗ると集まった何十人ものソーシャルワーカーの仲間たち、、、&nbsp;<br>&nbsp;</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>こうした方々は、ご自分のお仕事を持ちながら時間を割き、それぞれの力を添えてくださっています。けっこう注文が細かい私なのに支えてきてくれました。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>人は人に助けられて生きています。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>先週、誕生日と会社の設立日をダブルで迎えて、「おめでとう」を言ってもらいましたが、&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>自分の誕生日も会社の誕生日も、迎えさせてくれて「ありがとう」なんだと、心から思いました。&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b>誕生日、ありがとう。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/inclusion-office/entry-12195882227.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2015 01:21:00 +0900</pubDate>
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