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<title>increasedlibidoのブログ</title>
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<description>青春恋愛小説です。性描写も多いです。</description>
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<title>ブログの引越し</title>
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<![CDATA[ <p>FC2ブログに引っ越しました。ブログの管理者は同じくincreasedlibidoです。宜しくお願いします。</p>
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<pubDate>Thu, 05 Jan 2017 22:44:51 +0900</pubDate>
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<title>この記事は表示できません</title>
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<link>https://ameblo.jp/increasedlibido/entry-12235171694.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Jan 2017 12:35:20 +0900</pubDate>
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<title>大学のクラブ活動　１</title>
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<![CDATA[ <p>大学に入ってからの楽しみの一つはどのクラブ活動や同好会に入部するかだった。僕は運動が苦手だったので、文化系の同好会を選んだ。全くの運動音痴というわけでもないのだが、どうしても文化系のクラブの方が女子が多い。とにかく、女子と友達になりたかった。女子といる時の雰囲気の柔らかさが男同士の付き合いのときよりもはるかに心地良かった。男同士だとどうしても構えてしまう。実際、男同士は本能的にメスを奪い合うライバル同士なのだ。それが男性ホルモンであるテストステロンのなせる技なのかもしれない。僕は中学時代より中国の清朝の歴史が好きだったので、東洋史研究会を選んだ。この研究会のリーダーが五年生の安井さくらという先輩だった。小柄だったが、その眼差しは男を誘う目つきをしてた。その眼差しには、誰もが性欲を刺激され、肉からの快楽を妄想してしまう魅惑を秘めていた。動物は大体雌からオスを誘う。動物の世界では、相手を選ぶのはメスの方だ。オスはメスに気に入ってもらえなければ一生独身で過ごすしかない。オスは実にかわいそうな生き物なのだ。認めたがらない男も多いが、この原則は人間の男にもある程度当てはまる。結局生命体というのはメスが中心で、オスは遺伝子の多様化のためだけに生まれ来たようなものだ。</p>
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<pubDate>Mon, 02 Jan 2017 20:48:06 +0900</pubDate>
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<title>大学入学後</title>
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<![CDATA[ <p>高校時代も勉強一筋。全国的に有名な進学塾にもほとんど休まずに通った。高校は男子校だったので、予備校に通う女子学生が目映かった。浪人中で年上の子もいて、何故か年上の女子に惹かれた。女子と廊下などですれ違う瞬間、独特の若い女の子の匂いがした。当然ながら、香水をつけて予備校に通うのは禁止されていたと思うので、その匂いは若い女子が発する独特の匂いだったようだ。男は女性の臭いにはやたら気がつくし、年齢も臭いで分かることが、年を経るにつれ、分かって来た。とにかく、若い女の匂いは爽やかそのもので、その子の近くを通るだけで、オーラみたいに「…ぐッ」っとなる。その匂いを漂わせる女子がすごく優しく感じ、自分も何か身がやせ細るような思いになる。大学入学後、一年生の夏に、僕の物心がついた頃から父の医院に勤めていた当時４３歳になっていた藤崎さんという女性看護師とカルテの整理をするよう母に命じられた。その中年の看護師さんは体を激しく動かして、カルテを棚から出し入れしていたので、暑い季節であったせいかも知れないが、脂というか汗というか、ゴミや雑巾というか、 動物の息っていうか、僕ら二人いた距離の範囲以内だけかも知れないが、なんとも生臭い臭いが鼻についた。若い女の匂いには癒される、女の匂いは年をとると共に不愉快なものに劣化して行くのだと勝手に結論してしまった。しかし、僕の女の匂いに関する認識は間違っていたのだ。この一年後には年上女の匂いに酔いしれ、欲情し、何度も激しく射精をしたことを後で書く。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 31 Dec 2016 12:20:13 +0900</pubDate>
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<title>あの快楽のあと</title>
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<![CDATA[ <p>中学一年の夏に初めての射精をした。男の子にとって初めての射精を「精通」という。その後は、本能の赴くまま週に４、５回はオナニーをするようになった。一日に一回では物足りず、２回も、しばしば３回することもあった。最初の一年間はその行為の度に放出される快楽の白濁液の量が増えて行く感じがした。中学三年生にもなると、射出されるザーメンはその濃さを増して行き、ホット・コーヒーに入れるミルクほどではないが、それに近い色の液となって行った。射精の時に射出される量は<font>は平均3.5ミリリットル、ティースプーン程度らしい。しかし、個人差も人種さも大きく、約0.2から7ccと幅があるそうだ。数滴しか出ない場合や逆にこれを超える例もあり、長期間射精しなかった場合13ccに達することもあるという。このような知識があったので、一度オナニーをする時にティースプーンの上に射精しようとしたことがある。なかなかティースプーン上に射精するのは困難だった。</font>何故なら、精液は勢いよく射出されるもので、通常は17から25センチメートルぐらいの距離を飛ぶ、長期の禁欲後では90センチメートル以上に達することもあるらしい。しかし、ある日見事にうまく上手に<font>ティースプーンの上にザーメンを放出した。それを医院にあった注射器で吸ってみたらちょうど３cc</font>ほどだった。オナニーをするときは、決まって当時流行していた女性歌手を想像しながら、肉根を上下にしごいた。その女性歌手はどちらといいうと水商売風の女だったが、僕は彼女の尋常でない性的魅力に惹かれていた。痩せ型のコケットだった。貧乳なのが、かえって彼女を艶かしくしていた。このように中学時代は大きな出来事もなく、勉強とオナニーと部活の三点セットであったと行って良い。高校受験も無事に済み、入学した高校の気風にも難なく溶け込み、中学時代と同じく、受験勉強、部活、オナニーの生活が続いた。中学時代と比べて、何か違いがあったとすると、異性に対する関心が異常に強くなって行ったということだった。街の通りすがりの同年代の女子学生にしろ、医院の若い看護師にしろ、学校の教師にしろ、女性を見るとまるで、男の本能であるとでもいうように、女の胸の<font>膨らみを盗み見してしまうのだ。その瞬間に十分に成熟して来た僕の肉根は反応し、猛々しい弾頭となっていることもしばしばだった。そのような時には必ず肉根の鈴口からガマン汁が滲み出ていた。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/increasedlibido/entry-12233282677.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Dec 2016 15:01:57 +0900</pubDate>
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<title>お風呂　２</title>
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<![CDATA[ <p>ところが小学校四年生の春頃からお風呂に入れてくれる女性たちの乳房が気になるようになったのだ。女性使用人が僕をお風呂に入れるときはどうしても裸になる。さすがに、子供をお風呂に入れるのに全裸になる人はいなかった。その時どの使用人も陰部だけは隠したが、上半身は必ず裸になる。乳房は思春期前は性差がなく女の子のオッパイも男の子のそれと大差ないのだが、思春期の初経を挟む約4年間に乳腺が発達し、脂肪組織が蓄積する。乳房の形や大きさは個人差が非常に大きい。そのことに僕は改めて、気づいたのである。元来、好奇心の強い僕であった。僕のオチンチンはオシッコを我慢している時など、勃起することはあった。しかし、その姿はまだ子供の性器そのものだったので、性的な関心からではないが、ついついお風呂に入れてくれる女性の胸に目が行ってしまう。お風呂に入れてくれる女性は毎日のように変わるのだが、年齢的には１８歳のおばさんから４２歳だったゆきちゃんまで、幅が広かった。ヒトの乳房は20代よりその中身が徐々に衰退するため乳房が張りを失い徐々に下垂し始める。その違いが僕にはとても不思議に思えたのだ。しかし、月日が経つにつれ、僕も小学校五年生の冬を迎えた頃、僕のオチンチンは僅かながらも大きくなり、時折局所にくすぐったさを感じるようになった。ある日、１８歳のおばさんにゴシゴシとオチンチンを洗って貰った時に、オチンチンが少し大きくなるのを感じた。同時に不思議な何とも言えない感覚に襲われた。そのときは別に気持ちが良いとも思わなかった。ただただ無性にムズムズした感じになり、何となく恥ずかしいような気持ちがした。</p><p>&nbsp;</p><p>普通は風呂から上がったら、お布団に入る前に、テレビを３０分間だけ観ることが許されていたので、汗を拭きながら二階のリビングへ上がって、テレビをつけるのだが、そのおばさんにオチンチンをゴシゴシ洗って貰って局所がムズムズした日はテレビを見たいとは思わなかった。ただ、食卓の側の椅子に座り、ボーッとしていた。そうしていたら、いきなり身体中が麻痺し、弱い電流が全身を素早く駆け巡ったような感覚に襲われた。また、風呂場で感じた「何となく恥ずかしいような気持ち」に再び襲われ、今まで味わったことのない刺激を感じた。次に、気が付いた時にはオチンチンが力強くむくむくと起こり立っていた。まだ僕のオチンチンの<font>姿は小さな芋虫が硬い殻で覆われた感じで、包皮が亀頭を覆っていた。いつもの勃起と異なり、その日の屹立はちょっとした痛みが伴った。不思議なことに、それでも</font>気持ち良かった。今まで生まれてこのかた感じたことのない快感であった。眼を閉じ、その感覚に身を任せた。オチンチンに手をやり、触ってみると、その先端部からうっすらと濁った水のような液体がごく少量にじみ出ていた。耳かき一杯にも満たないその液が滲み出た時には全身が麻痺したような、幽体離脱でもしたかのような感覚だった。滲み出たものは初汁とまでは言えない代物だった。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/increasedlibido/entry-12233018450.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Dec 2016 16:15:48 +0900</pubDate>
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<title>お風呂　１</title>
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<![CDATA[ <p>「小児愛者にイタズラされたんだぞ」と二年上の男子校の先輩に言われたのは、カブスカウトのキャンプから三年ほど経ってからだった。しかし、異常者の性欲の対象になってしまったという意識自体がなかったので、快感などはもちろんなかったし、逆に、悔しさも、怒りも何も感じなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は初めて性を感じるようになったのは、実は風呂場の中でである。母親は病院の経営に忙しく、いつもお風呂は医院の住み込みの看護婦さんや、厨房のおばさんや女中さんだったゆきちゃんに入れて貰っていた。母親の弟が四十になって、初めて結婚した時のお嫁さんが２２歳も年下で、同居していた叔父のもとに嫁入りをしたのはまだ十八の春だった。その若いおばさんは敏子さんと行った。嫁入り後は敏子さんにもお風呂に入れて貰らうようになった。このように日替わりで、複数の女性に僕はお風呂に入れて貰っていたのだ。小学校三年の頃まではこのような習慣が僕にとっては日常的なことであり、お風呂から上がったら、「どのテレビ番組を見ようかな」程度のことしか考えていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/increasedlibido/entry-12232974167.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Dec 2016 12:49:17 +0900</pubDate>
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<title>少年時代の衝撃</title>
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<![CDATA[ <p>私が性に目覚めたのは小学校五年頃だろうか。それまでも、僕は男性よりも女性が好きだった。男性は見た目も怖く、怒鳴ったり、暴力を振るったりするからだろう。それに、男性は声が大きく、言葉遣いも荒い人が多いと感じたからだろうか。その反面、女性はあたりが柔らかく、優しい人が多かった。それから、何と言っても僕の身の回りの世話をしてくれるのは全部女性だった。お風呂にも入れてくれたし、小学校の三年ごろまではオシッコにも連れて行ってくれたものだ。オシッコが終わった後、ゆきちゃんは僕のオチンチンを優しく手に取り、何度かソレを振ってくれた。排尿した後、オチンチンを振ると必ず少しの量の尿の雫が垂れる。もちろん、今でもそれは変わらない。今の僕の肉根はすでに色の白い無垢な小指の長さにも満たないオチンチンではない。今の僕の肉根は幾人かの女壺を数え切れないほどの回数貫いて来た老練な肉槍で、色も浅黒く、赤銅色に近い。もうすでに中年期を過ぎた今、亀頭部には沢山のシミが見られ、男根の竿の部分の皮も皺が目立って来た。しかし、２０代の頃のやんちゃさこそはないが、まだまだ男の匂いを放つ嫌らしい欲望の塊だ。青年時の猛々しく突出した肉根ではもうすでにないが、見た感じ、却って今の方が卑猥かも知れない。</p><p>&nbsp;</p><p>小学校の頃の話に戻ろう。四年生の頃だったが、私は近所の教会が主宰するカブスカウトに入隊していた。その隊のスカウト・マスターは４０代半ばを過ぎたあたりのカトリックの修道士だった。カトリックの修道士は貞潔の清貧・服従・貞潔の誓いを掲げている。つまり、修道士になった以上は男女の交わりはもちろんのこと、自慰行為を含め、全ての性的行為は禁じられている。</p><p>&nbsp;</p><p>ある夏、僕の育った関西地方にある湖の湖畔でキャンプが開催され、私もそれに参加させられた。私は参加するのに気があまり進まなかったが、母親がどうしても行けという。後で分かったことだが、母親に僕のいない時間が欲しかったのだ。キャンプの三日目だったと思うが、昼過ぎあたりから大雨が降り出した。私は、同年代の子と比べたら、かなり小柄でおとなしい控えめな子供だった。大雨の中、突然スカウト・マスターが僕が入っていたテントに突入して来た。そして私に「風邪をひくから、裸になれ」と大声で命令した。ズボン、下着を脱ぐのも手伝ってくれた。そして私の下半身を大人の男の強い力で拭き始めた。そして、僕の体全体を、特にオチンチンを念入りに愛おしそうに拭いた。その行為にかなりの時間をかけた。私はその分大事にされているのかと思った。何故なら、社交好きの父親はそのスカウト・マスターと懇意にしていて、頼まれて父は我がカブスカウト隊の募金活動の先導者となっていた。だから、スカウト・マスターが私に優しくお世話をしてくれるのは当然のことと考えた。私は何にも知らず、何にも感じなかった。ただ、その拭いている時に、時折オチンチンの袋の方に痛みを覚えた。</p><p>&nbsp;</p><p>後からそのカブスカウト隊、教会、学校で問題になったのだが、その修道士のスカウト・マスターは小児愛者だったのだ。小児愛の精神医学上の概念としては、精神病理に対し深い識見を備えていたウィーン大学教授リヒャルト・フォン・クラフト＝エビングが、著書<i>Psychopathia Sexualis</i>（性的精神病理，1886年）において最初に提唱したとされる。</p>
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<pubDate>Wed, 28 Dec 2016 12:19:45 +0900</pubDate>
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<title>幼少期</title>
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<![CDATA[ <p>私は母親の強い希望で医学部に入学した。父は関西の地方都市で有床の診療所を経営していた。有床の診療所で一応医院ではあったが、いつもベッドは満床に近い状態で、地域の住民からは頼りになる病院として見られていた。正式に病院と名のつく医療機関は病床が１９以上ないといけない。</p><p>&nbsp;</p><p>父親は頑固で真面目な性格の持ち主で、学問や医療技術には特に厳しかった。しかし、子供の心配などは一切せず、医院の経営も母親任せであった。母親はこれを嫌がらなかった。むしろ、経営を任されることを歓迎していた。何せ、医院建設の費用は母が自分の親から相続したものから拠出したのだから、”経営を任される”というよりは、医院経営はじめ家計も含めて金銭に関することは全て自分がコントロールしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>私は医学部へは進みたくなかった。小さな子供の頃から両親不在の家庭で、親らしいことはほとんどして貰った記憶がない。四国のどこの県だが忘れたが、僕が幼稚園の頃、ちょうど３５歳を過ぎたあたりのゆきちゃんという女性が身の回りの世話をしてくれていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/increasedlibido/entry-12232396382.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Dec 2016 12:03:00 +0900</pubDate>
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