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<title>inhearentviceのブログ</title>
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<title>Inherent vice(インヒアレントヴァイス）</title>
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<![CDATA[ 今年公開された映画の中で一番をあげるとするならこの映画。INHERENT VICE。<br>すでに8回は見たと思う。どこに惹きこまれる要素があるのか、ゆっくり考察してみた。<br><br>監督は言わずと知れたポール・トーマス・アンダーソン（ＰＴＡ）。<br>原作は文学界の大御所トマス・ピンチョン。<br>舞台は70年代のＬＡ。<br>主人公はその土地で私立探偵をしてるホアキン・フェニックス演じるドック。彼が突然現れた元カノからの依頼を受けたところから物語は始まる。このオープニングが渋い。このオープニングの中毒性が強すぎる。音楽、映像、演技、演出、編集。すべてがこれしかないというほどぴったり合わさってる。このシーンをまた見たいとなって映画を見始めるとそのまま見入ってしまうという始末だ。二時間少しと短いこともないにも関わらず何度も見れるのには話の軽さ、のようなものがあるからだと思う。軽いとはいってもその軽さ特異性を持っており心の奥深くに絡みついてくるような気味悪さを持っている。何度か見た後原作を読んだがこの作品、原作を読んだ後ならさらに楽しめる。多く出てくる登場人物を把握するのには多少の時間を必要とするが、それぞれのキャラクターを理解すれば、物語の奥行きがより深くなる。まるで当時の町に戻ったかのようなトリップ体験ができる本作は一生大切にしていきたいと思える作品だった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inhearentvice/entry-12110681463.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 21:24:58 +0900</pubDate>
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<title>2001: A Space Odyssey (2001年宇宙への旅）</title>
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<![CDATA[ ＳＦというジャンルにおける金字塔と言われている本作。<br>再生され始めて暗い画面が長く続く。<br>そして話は人類の夜明けへ。正直言って中盤から終盤にかけて寝ておきてを繰り返したので話の内容は一切頭に入ってきておりません。ただ人類の夜明けの部分における猿が骨を振り回すシーン。あれだけでおなかいっぱいです。終わった後あの部分だけ２回観ました。僕の中でいい映画、面白い映画の定義は何度も見たくなる。です。それが話全体であったり一つのシーンであっても同じで、その中で一つ数秒というシーンだけのためにもう一度見たいと思わせられる作品でした。<br>またしっかり見ます。
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<link>https://ameblo.jp/inhearentvice/entry-12110571204.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 20:32:06 +0900</pubDate>
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<title>Plemya(ザ・トライブ）</title>
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<![CDATA[ 巷をにぎわしていた話題作Plemya（ザ・トライブ）を観た。<br><br>この作品、字幕また吹き替えなど存在せずすべての意思疎通が手話によっておこなわれる。物語にかかわる人すべてが聾唖者であり、音楽も物語の説明も一切存在していない。そのため、見る側も視覚から得られる情報のみを使って物語の意味を感じ取り読み取っていくしかない。<br><br>驚くべきことは多くあるが、まず演じている人は全て実際の聾唖者だということだ。彼らの体当たりの演技には演技という枠に収めることができないエネルギーが溢れていた。そして初の長編映画でこの作品を作り上げたウクライナの新鋭ミロスラブ・スラボシュピツキー監督。<br><br>大雑把な物語の展開は、主人公の青年が聾唖の学校に転校してくる。その学校に存在する不良グループの仲間になり様々な悪事を働いていく。同じ学校の女子生徒をトラックの運転手に売春させるという仕事を任されるようになる。しかしその女子生徒のうちの一人に恋をしてしまいその組織と対敵することになる。というようなものだ。そもそもこの話を手話だけで表現するのはとんでもなく難しいはずなのに、観る側（あくまで僕個人）は感情移入してしまうほど１人ひとりの存在感がある。おそらく、なんでもない行動のカットにとても長い時間をかけていることが原因だろう。音もなくその時間に動く内的な変化に耳をすますことができる。音のない映画を見たはずなのに観終わった後、いろいろな会話を聞いたように感じるのはおよそそのためだろう。そう簡単にわかることができるものだはないけれど、映画を通してすこしでも聾唖の人の心が読めた気がして普段味わうのとは別な感動が沸き起こってくる作品だった。
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<link>https://ameblo.jp/inhearentvice/entry-12110532932.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 18:00:48 +0900</pubDate>
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