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<title>雨実のブログ(ドーナツの穴の中へ)</title>
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<description>普段のあれこれをドーナツの穴に投げ込みます。</description>
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<title>検診</title>
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<![CDATA[ 今日は検診の日でした<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ"><br>最初に通っていたS病院は、「僕はここで産ませてあげたいんだけど、看護師に相談したらね、あなたを見るのは無理だって。だからごめんね」<br>という、なんとも不誠実な対応をされてしまいました。<br>目の見えない妊婦を受け入れたことがなく、スタッフも少ないし、無理を言うつもりはないけれど、<br>もう少し気持ちのいい言い方はなかったのか？と思ってしまいました。本当に看護師がNoを出したとしても、自分は何も悪くないかのような先生の言い方は、悪阻に拍車をかけてムカムカきました。<br><br>というわけで、今はH病院で見てもらっています。<br>こちらの先生はとても丁寧で、超音波を当てる手つきすら、S病院のときよりもよくてびっくり。<br>話も親身に聞いてくださって、産婦人科選びはその後のマタニティライフに大きく影響するんだと痛感しています。<br><br>現在18週と3日目。<br>大きさも10～12㎝ぐらいになっていました。<br>心音を探そうとしても、よく動いていたみたいですぐにぶれていて、それが嬉しかったです。<br>悪阻はピークは越えたものの、まだ1日の間に何度も吐いています。<br>でも、検診が終わったらなんだか元気になって、帰りに夫とステーキを食べて帰ることに！<br>すごく久しぶりの外食で、思いの外がっつり食べれて感無量でした。<br>外で食べたいものが食べられるって、こんなに幸せなことだったとは思わなかった！<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12283720998.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Jun 2017 19:53:56 +0900</pubDate>
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<title>つわりが起きる理由</title>
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<![CDATA[ こんにちは。<br>今13週と少しになりました。<br>つわりは相変わらずとどまることを知らず、食べつわりから吐きつわりに意向しています。<br>少なく数えて、1日30回は吐いてると思う。<br><br>日中特にしんどくて、気づいたら寝てしまい、夜中眠れない日々です。<br>夜中は少し吐き気がなぜか軽減するので、その間に水分を取ったり食事もできていて、<br>入院までは至らずにすんでいます。<br>我ながら、自分の生命力に関心しています。<br>先週、つわりがあまりにもしんどいので、病院に行ってみました。<br>5キロ以上痩せた場合は点滴の必要もあるけど、<br>私はまだそこまでは痩せていないので、やっぱり経過を見るしかないみたい。<br><br>なぜ、つわりというものが起こるのか？<br>中には全くない人や、そろそろ落ち着いてくる人もいるらしいつわり。<br>はたまた、生まれるまでつわりがある人もいるとか…！<br>なぜ、同じ女性でも、こんなに個人差があるのでしょう？<br>「僕が思うに、お腹の中の子が、反抗してるんじゃないのかと思うんだよね」<br>と、先生。<br><br>うちの子は、反骨心に満ちた子のようです。<br>子の世で生きていくためには、それなりの反骨精神が必要だと思うので、<br>その練習をしているなら、私も少しは耐えなければ！？<br>でも、やっぱりつわりは辛い！！<br><br>今は、反骨心の「はんちゃん」と、お腹の中の子に話しかけています。<br>「はんちゃん、そろそろ許して？何が気に入らないの？」<br>「はんちゃん、この世界は嫌なこともあるけれど、楽しいこともあるよ！だからそろそろ落ち着いて？」<br>と言った感じに。<br>今から、我が子に翻弄されているようでは駄目だと思いつつ、やめられません(^^;<br><br>今日は、あまりにも辛くて、朝から泣きに泣きに泣きました。<br>泣いてる間は、体のしんどさがなぜか落ち着いていて、どうせならずっと泣いていたいと思いました。<br>そして、たくさん泣いたら少しデトックスされたのか、気分も落ちついて、<br>久しぶりにブログでも書いてみようと思うまでになりました。<br><br>もう限界！と思うけど、たくさん吐いて、たくさん泣いて、<br>どうにか乗り切りたいです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12274078537.html</link>
<pubDate>Fri, 12 May 2017 20:39:47 +0900</pubDate>
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<title>思わぬところに罠！！</title>
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<![CDATA[ 先週で12週に入りました。<br>この頃から悪阻も少し落ち着き始めるという情報を聞いて期待してたけど、<br>むしろ状態は悪化しています。今まで比較的自由にできていた食事ができなくなって、吐き気の大往来！<br>むしろ吐いてるときが1番気が休まるとさえ思います。<br>こんな状態、後どのくらい続くのか、それだけでも教えてほしいです！<br><br>そんな中、先週は地元から親友が遊びに来てくれました。<br>せっかく遠くから来てくれたのに、どこにも出かけられず、昼夜逆転した私につきあって話しをしてくれた彼女には本当に感謝です。<br><br>前回のブログで、お産先を今通っているSクリニックにお願いすることに決めたところまで書きました。<br>2回目の検診のときに、ここでお産の予約をお願いしたい旨を先生に伝えたところ、思いがけない返事が返ってきました。<br>「うちで視覚障害の人を受け入れた経験はないし、あなたをフォローするだけのスタッフがうちにはいない。もしうちで産むなら、目の見える人と二人で一緒に入院してください。」<br>……<br>そ、そんな…<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br>先生は、私に付き添っていた夫に向かって、<br>「一緒に入院できる？」<br>と、すかさず聞いています。<br>…そんな話し、聞いたことありません。<br>その後、出産時はもちろんのこと、産後についても、目の見える人のサポートがいかに必要であるか、先生は私に言い聞かせるように話していました。<br>東京という便利な所に住んで、自分の傷害をさほど傷害と感じることなく過ごしていた私は、<br>思わぬところで、自分は障害者だったということを、痛いほど思い知らされることになりました。<br><br>私は、自分自身に傷害があるというよりは、環境が自分にとって合っていないために、生活に支障がでたり、不便を感じることを「障害者」と呼ぶと思っています。<br>でも、先生の口振りは、目の見えない私はとても無力であることを淡々と伝えてきたように感じて、とても悔しくて仕方ありません。<br><br>病院は病院として責任もあるし、てきとうなことは言えない。<br>完璧な仕事をしたいからこその先生の言葉だったとは思いますが、私は今後が一気に不安になりました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12270576407.html</link>
<pubDate>Mon, 01 May 2017 09:47:28 +0900</pubDate>
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<title>環境が変われば傷害が傷害でなくなることもある</title>
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<![CDATA[ こんにちは。<br>悪阻ですっかり味覚の好みが変わり、最近までは濃い味のものばかり食べていたのに、<br>今日はとにかくあっさりしたものが食べたくなっています。湯豆腐がおいしい。<br>出かけようとしたらリバースを続けてしてしまいお出かけを諦めたり、<br>日々自分の体に翻弄されています。<br><br>先日のブログで、お産先をどこにしたものか迷った結果、今通っている病院にしたいという結論に到りました。<br>先生をはじめ、看護支さんの対応がよかったことはもちろん、<br>自分の生活圏内にある病院というのが大きな理由でした。<br>当初は、夫の実家に近い病院も考えましたが、<br>そうなると前もって夫の実家にお世話になるか、近くに引っ越すことになります。<br>車社会である夫の実家に行ってしまうと、全盲の私はほとんど自由を失ってしまいます。<br>コンビニや、ちょっとした通院ですら、自分一人で行くことができず、誰かに頼らなければいけないのです。<br>地元から上京して、それまでできなかったことが自分でできるようになったことが、たくさんありました。<br>地元も車社会だったので、外出はほとんど誰かの手を借りなければいけなかったのが、<br>上京して便利な場所に住んだ瞬間、事態は一挙に変わりました！<br>自分の足で駅に向かい、電車に乗り、洋服を自分で選んで一人で帰ってくることができるのです。<br>あの頃の私が、そんな今の私を見たとしても、夢の中の自分としか思わなかったでしょう。<br>健常者にとっては当たり前の何気ないことが、障害者には手の届かない夢物語になることもある。<br>でも、環境さえ変われば、傷害が傷害ではなくなるということも、私はこの経験をとおして感じました。<br><br>話しが脱線しました。<br>やっと人並みの自由を手に入れた私が、必要最低限の自由すら保証されない環境にまた飛び込む自信は、今の私のどこからも沸いてきませんでした。<br>この先、この選択を後悔する可能性ももちろんありますが、<br>今の私は、この地で子供を産み育てると決め手しまったことで、少し心が軽くなりました。<br><br>心に決め手、現在お世話になっているs病院に、お産の予約を入れました。<br>ところが！思いがけない落とし穴があったのです！！<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12266436204.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Apr 2017 13:59:00 +0900</pubDate>
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<title>妊娠記録1(出産先を今から決める！？)</title>
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<![CDATA[ 妊娠が分かった初回の受信時、「分娩先はどこにするか決め手いるか」聞かれました。<br>妊娠の確認をお願いしたい旨を受付に伝えた直後に聞かれるとは思いませんでした。<br>だいぶ気が早いのでは！？と思ったけれど、<br>最近は出産の受け入れ先も混雑しているようで、妊娠初期には決めて予約をするものだそうです。<br>私はS病院にお世話になっていたので、<br>「それじゃとりあえずこちらに予約お願いします」と言うと、<br>そんなに気軽に予約は取ってはいけないこと、予約をしたらキャンセルはできないことなど、私の軽薄な発言をたしなめられてしまいました。<br>でも、産婦人科の知識なんて全くないし、どうしたらいいのか、途方に暮れてしまいました。<br>とりあえず、次回の受信までに考えてみることにしました。<br><br>私の地元は遠方で、両親とは事情があってもう何年も会っていません。<br>里帰り出産という選択はまず最初に排除しました。<br>多くの人が選択することの多い里帰り出産をばっさり諦めて果たして大丈夫なのか！？<br>世間にとっては当たり前のことでも、私にとってはそうでないのだからなにも不思議なことではないのです。<br>今住んでいる家の近くにするか、<br>少し離れた夫の地元にお世話になるか、どちらかかな、と、ぼんやりと考えました。<br>
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<pubDate>Mon, 10 Apr 2017 10:53:53 +0900</pubDate>
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<title>変化</title>
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<![CDATA[ こんにちは。<br>かなりお久しぶりになってしまいました。<br>確認したら、最後に更新してからちょうど1ヶ月が経ってしまったみたい。<br>この1ヶ月の間に大きな出来事がありました。<br><br>私、妊娠しました。<br>まだ初期なので、周りには1部の人にしか伝えていません。<br>このブログを読んでくれている、私と直接知り合いの方は、是非まだここだけの話しにしておりてくださいね。<br><br>妊娠をきっかけに、今まで考えなかったようなことを考えたり、<br>経験したことのないことを、すでにいくつか体験しています。<br>せっかくのブログなので、現在私が思うことや体験したことを、リアルタイムに記録していきたいと思い、ここに書くことにしました。<br>今は悪阻まっただ中で毎日正直辛いです。<br>元気だった頃の自分が羨ましくて仕方ないし、本当にまた元気になれるのか、<br>いつか終わりはあると分かっていても今は信じられずにいます。<br>いつかこれを私が読み返したときに、優しい気持ちで今の私を見てくれていることを、今はただ願っています。<br>
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<pubDate>Fri, 07 Apr 2017 12:40:09 +0900</pubDate>
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<title>障害者を褒める健常者の気持ち</title>
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<![CDATA[ 一人で歩いていると、「目が見えないのにえらいわね」とか、<br>「頑張ってね」と、通りすがりの人に言われることが結構あります。<br>「上手に歩けてるね」と言われたこともあります。<br>学生の頃は、先生と二人で歩いていたら、おじさんが突然お金を差し出してきたこともありました。<br><br>これを読んでいる人の中で、同じ体験をしたことのある方は、どんな気持ちになりましたか？<br>逆に、「頑張って」とか、「すごいですね」と話しかけたことのある人は、どのような心境だったのでしょうか？<br>言われた障害者がどう感じるか、考えたことはありますか？<br><br>なんだか説教的空気になっちゃいました(汗)。<br>いろいろな考え方、捉え方があると思うので、ここではあくまで私の感じたこと、考えることを書きたいと思います。<br><br>私の場合、上記のような声かけをされると、内心腹の立つことが多くありました。<br>突然「頑張って」と言われても、いったい何を頑張ればいいのかこちらとしては困ってしまって、<br>「いや、そう言うあんたが頑張れよ！」と、内心毒づいていました。<br>なんだか上から目線のように感じることもあったし、<br>お金を渡してきたおじさんに到っては、あきらかに障害者に対する同情があったと思います。<br>障害者にも自尊心はあるし、プライドだってある！<br>「えらいわね」と言われても、何がえらいのか、ただ歩いてるだけだし…みんなと同じことをしているだけなのに、<br>褒められる筋合いはない！<br>と、特に学生の頃はそんな風にトゲトゲと思っていました。<br><br>でも、最近は少し考えが変わってきました。<br>もし私の目が見えたとして、白杖を持って歩く人を見かけたら？<br>見える人が中心のこの世界で、<br>突然目の見えない人を見かけたら？<br>電車に乗り、雑踏をかき分けて歩く様を見たとしたら、<br>すごいな、と思い、エールを送りたくなるかもしれません。<br>「目が見えなくても、歩くぐらい当たり前のことで何もすごくない」<br>と思っていましたが、見えないながらに信号を判断し、間違えず曲がり角を見極めて道を歩くことは、確かにすごいことかもしれない！<br>よく言えば自分の傷害を客観的に認め、悪く言えば自分に甘くなったと思います。<br>でも、そんな風に思うようになってからは、通りすがりの人に話しかけられた際、<br>素直に笑えるようになったのです。<br><br>傷害がありながらも、世の中を生き抜いていくことは、たしかに簡単なことではありません。<br>障害者に「頑張って」と言う人たちは、スポーツ選手を見て応援したり、勇気をもらう気持ちと似たものがあるのかもしれません。<br>お金を恵んできたおじさんも、もしかしたら、スポーツ選手を応援するスポンサーの気持ちだったのかも？<br><br>そう思うと、むしろなんだか気分さえよくなってきました。<br><br>え？調子に乗るなって？<br>でも、そう思うことで、私の心にはゆとりが持てるようになったし、他人にも自分にも優しくなれるなら、こんな考えもありだと思いませんか？<br><br>いつか、健常者の本音も聞いてみたいものです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12254158316.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Mar 2017 14:44:32 +0900</pubDate>
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<title>ニキビとグリンピースとクッションをとおして思う</title>
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<![CDATA[ こんにちは♪<br><br>大きなニキビが鼻の頭にできました。<br>「鼻の形が変わったように見える」<br>と、夫に言われてびっくり！<br>たしかに大きなニキビではあるけど、鼻の形が変わるほどまでとは思わなかったのです。<br><br>触っただけではそこまでは思えない！<br><br>これはきっと、触覚と視覚の違いなのかな、と思いました。<br><br>いうなら、シューマイの上にのったグリンピースみたいな。<br>目の見えない私がシューマイを触った場合、<br>グリンピースよりも先に、シューマイ本体の存在が入ってきます。<br>グリンピースなんて、よくよく触らないと気づかない。<br>逆に、目の見える人がシューマイを見た場合、<br>まずグリンピースの彩りが目に入ってくるのではないでしょうか。<br>グリーンピースがないとシューマイじゃない！と言う人は、<br>味というよりも見た目が物足りないのかもしれません。<br><br>鼻の頭のニキビも、シューマイの上のグリンピースも、触覚のみで言うなら、取るに足らないことです<br>(たしかにニキビは痛いし、グリーンピースは個人的にはあの味があまり好きではないけど、これはまた別の話)。<br>一方、視覚的には、ニキビも、シューマイの上のグリンピースもなかなかインパクトを放つ存在です。<br><br>逆に、私にとっては目立つ凹凸も、視覚的には同系色で、大したことではないこともあります。<br><br>こんなこともありました。<br>この前、お店でクッションを見ていたときのこと。<br>「こっちのほうがふわふわに感じる」<br>と、夫が言いました。<br>どうやら、ダークカラーのクッションよりも、パステルカラーのクッションのほうが柔らかく感じたようです。<br>私が触ってみると、全く同じ感触でした。<br>見た目の情報が、触覚にまで影響しているなんて、とても面白いと思いました！<br>「目に見えるものに惑わされて本質を見落としている」<br>とは、私は思いません。<br>今度、もしそのクッションを買うとしたら、間違いなく渡しもパステルカラーのほうを選ぶでしょう。<br><br>でも、シューマイのグリンピースはいらないし(嫌いなのもあるけど)、<br>解析料理の上にのってる、プラスチックで出来た菊の花も私にとっては邪魔でしかありません。<br><br>ニキビも、顔が変わるほどインパクトがあると知った今、どうにか早く直ることを願っています。<br><br>見える世界と見えない世界、両方に良いところもあれば悪いところもあるかもしれない。<br>私は、私にとって納得すること、心地良いと感じることを、両方の世界から取り入れていきたいです。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12251968811.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Feb 2017 12:05:25 +0900</pubDate>
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<title>中身もビジュアルも重要</title>
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<![CDATA[ こんにちは<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ"><br><br>この前、友人と、あるHPを見ていたときのこと。<br>友人が言いました。<br>「このページ、文字ばかりで読む気無くす」と。<br>目の見える彼女にとっては、文字ばかりの情報よりも、<br>写真や画像がたくさん使われた情報のほうが受け入れやすく、頭に入りやすいのでしょう。<br>私はつぶやきました。<br>「まじか、私のブログ文字ばかりだから、それでアクセス数増えないのかも」と。<br>最近は、手軽に写真を撮ってアップするのが当たり前になっている中、<br>このブログの地味なことといったら…。<br>やはり文字だけでは伝わらないこと、<br>写真や画像をふんだんに取り入れているからこそ引きつけられることもありますよね。<br>と、これは目の見える人目線のお話です。<br>目の見えない私からすると、「写真や画像の多いページは読む気無くす」<br>となります。<br>なぜかというと、画面情報を音声に変換しながら取得している私は、<br>文字情報については、ほとんどを音声として変換し、読むことができますが、<br>写真等については、ほぼ音声には変換されず、その部分は省略されてしまうのです。<br>ちなみに、私の携帯は、文字以外の情報を拾った場合は、<br>「画像」と読みます…。<br>例えばこんな感じ。<br>「こんなお財布買い増した→画像→中はこんな感じ→画像。<br>ほんとはこれ→画像 が欲しくてお店に行ったんだけど、これを見つけて一目惚れ！」<br>上記は、とあるブログを私が音声で聞いたときの様子です。<br>「画像」と読む部分に、自慢のお財布や、欲しかったお財布の写真が写っているのでしょうが、<br>私にはなにがなんだかさっぱり分かりません！<br>「こんなの食べました」<br>と書いてあって、写真が載っているだけのブログを読んだときは、<br>いったいどんなもの、何食べたの～！？！？！<br>と、気になって気になって、一人で悶えます(笑)。<br>見える人にとっては華やかで分かりやすいページも、私にとっては、言葉足らずの意味不明なページになってしまいます。<br>以前、会社のグループ会で、こんなことがありました。<br>グループメンバーの業務の進捗や、報告を一人ずつ行っていたのですが、<br>ある年輩社員がこう言いました。<br>「口で言われてもよく分からない。これからは、一人ずつパワーポイントに言いたいことをまとめて報告することにしませんか？」<br>私は内心、「なんて余計なことを言うんだろう！」と叫びました。<br>確かに、情報を口だけで伝えるよりも、<br>スライドにして、文字や図表、写真等、視覚から情報が入ってきたほうが分かりやすいのでしょう。<br>しかし、その場合、プレゼンする人は、スライドに任せてしまうことが多く、わざわざ自分の口で言葉にはしてくれないことが多いのです。<br>そうなると、スライドを見ることのできない私は、その場についていくことができません。<br>「こちらのアンケート結果のとおりです」<br>と、スライドを映されても、私にはアンケート結果の情報はなにも入ってこないのです。<br>逆に、私が上司にとある提案をしたときのこと。<br>言いたいことを文章にまとめたものを持って行きましたが、どうも言いたいことが伝わりません。<br>同席していた先輩が見かねて、私の言いたいことを、ホワイトボードに図式にして書いてくれました。<br>私が5分かけて説明しても伝わらなかったことが、<br>先輩は1分で、上司に伝えることができたのです。<br>そのときの悔しかったことといったらありません！<br>私の言語能力が低かった、<br>先輩の表現スキルが高かったというのももちろんありますが、<br>やはり、目の見える人は言葉をビジュアルにしたほうが受け入れやすいのでしょう。<br>小説よりも、マンガのほうが多くの人に読まれているのもそんな理由からではないでしょうか。<br>別に、目の見える人が、視覚障害者に合わせて、写真や図表は禁止し、全て文字や言葉にしてほしいとは決して思いません。<br>でも、写真や図表を見せられても、私にはあまり伝わらないことも事実です。<br>あのグループ会のとき、年輩社員が自分にとって良い方法を提案したように、<br>私は私にとって分かりやすいこと、伝わりやすい方法を言えばよかったのです。<br>それを言う度胸がなかったので、今このドーナツの穴で叫びました(苦笑)。<br>この前、写真をツイッターにあげる際、<br>どんな写真なのか、言葉の説明も添えている人と出会いました。<br>「白いお皿の上に山盛りのイチゴがのっています」<br>という風です。<br>「全盲の方のため」と、その方はおっしゃっていました。<br>写真にわざわざ説明文をつけるのは、思いの外面倒なことだと思います。<br>その方の心配り、視点の広さに驚き、感動しました。<br>自分目線が世界の全てではないことを、もっとたくさんの人に知ってもらいたいし、<br>私自身も忘れてはいけないと思います。<br>というわけで、このブログも、文字てんこ盛り状態はこれからも変わりませんが、<br>たまには写真を載せて、視覚的にも楽しめるものにできたらいいなと思います！<br>次はそんなブログにしてみようかな…？<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12247993911.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Feb 2017 14:00:29 +0900</pubDate>
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<title>質問募集中</title>
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<![CDATA[ こんにちは☆<br>この前、友人とカフェで話していたときのこと。<br>こんな質問をされました。<br>「こんなこと聞いていいか分からないんだけど…雨実ちゃんは、透明ってどんな風に認識してるの？」<br>透明、氷とか、ガラスとか、透明だよね？<br>そこに存在していて、手で触ることはできるけど、それ事態に色はなくて、その向こうにあるものが透けて見える、<br>例えば、ガラスでできたテーブルがあるとしたら、<br>透明なガラスを通して、床に敷いてある絨毯が見えたりする、<br>そういう状態を透明と思ってる。<br>と、友人に伝えました。<br>私の持っている透明認識について、具体的に言葉にするのは結構難しいな、と、そのとき初めて気づきました。<br>でも、透明とはどういう状態か、どんなものか、しっかりとしたイメージは持っています。<br>こんなので、ちゃんと伝わったか不安でしたが、<br>友人は、とても関心していました。<br>2歳で視力を無くした私は、「色」を見た記憶はありません。<br>そんな私が、的確に、「透明」の認識をしていたことが驚きだったようです。<br>私は私で、そんなことで関心をしてくれることに感動しました(笑)。以前、色についてブログを書きましたが、<br>様々な色について、私なりのイメージがあります。<br>その中で、「透明」は、とてもイメージしやすいものの一つです。<br>友人は、「色は付いていないのにそこにある、そういうことをどうやって認識するのか」すごく不思議に思うと言っていました。<br>私の中では、透明も、ある意味「色」の延長戦で、<br>それをイメージすることは自然なことだったのですが、<br>目の見えている人にとっては、目の見えない人が透明を認識するのは難しい、と思う人もいる、<br>ということが、とても驚きで、新鮮でした。<br>それだけ、その人にとっては「透明」が特別なものなのかもしれません。<br>こんな風に、自分にとっては当たり前すぎて、わざわざ語るまでもないことが、<br>実は相手にとっては、とても不思議で、発見のあることもあるのですね。<br>とても面白いと思いました！<br>友人は、最初に、「こんなこと聞いてもいいか分からないけど…」<br>と、少し遠慮しながら質問していましたが、そういうことはよくあります。<br>「目の見えない人にこんな質問をして失礼にならないか」という気持ちがあるのだと思います。<br>上記の透明についての質問もそうだし、たいていの質問は、私にとっては全く失礼なんかではありません。<br>むしろ、目の見える人が、目の見えない人に対してどんな疑問を持っているか、もっと知りたいし、<br>答えられることならなんでも話たいと思っています。<br>少し脱線しますが、たまに、電車で隣に座った人などが、<br>「いつから目が見えないの？」<br>と、突然聞いてくることがあります。<br>正直、そういう人にはいらだちを覚えます。<br>あまりにも不躾だし、赤の他人であるただの興味本位丸出しの人に、なぜ私のプライベートなことを話さなければいけないのでしょうか。<br>そういう人にかぎって、「こんなこと聞いていいか分からないんだけど」という遠慮が全くないのが不思議です。<br><br>上記のようなケースは別として、<br>素直に不思議に思うこと、気になっていたけどなかなか聞けなかったこと等、<br>目の見えない人に対して、疑問、質問などあれば、是非私に教えてもらえませんか？<br>お待ちしています☆<br>私で答えられることであればお答えします。<br>
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<link>https://ameblo.jp/inkonotantan/entry-12244917301.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2017 17:57:28 +0900</pubDate>
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