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<title>隠居の山田さんの遊び方教室</title>
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<title>牛肉の味</title>
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<![CDATA[ <p>このブログ、遊び方教室だってーーーもちろん！　人生の遊び方の意味だよ。</p><br><p>東京から山形へ嫁入りした三原ルツ子さん、山形の大蔵村で””””牛を飼いながらフランス料理レストラン”””</p><p>を営んでいるんです。</p><br><p>隠居は、外国の牛のＢＳＥやら、養殖魚のペニシリン漬けやらで、日本の和牛牛こそ旨くて安心、と思って</p><p>いたのだけど、三原さんの話では、日本の牛は肉色を保つために青草を食べさせないのでビタミンＡ</p><p>欠乏で体がむくみ、霜降り肉にするために高タンパク穀類を与えるので肝臓がやられている、そうです。</p><br><p>無農薬野菜を好んで買ってましたが、肉までこうとは！</p><br><p>青草を食べさせて自然に育てた牛は、ちょっぴり固いんだそうですが、肉味がするんだそうです。</p><br><p>自家育ての牛を食べさせてる三原さんのレストラン「メーテール」で、その固いって言う肉を食ってみたいなあ。</p><br><p>最上郡大蔵村赤松１９４８－１（ＴＥＬ０２３３－７５２０７５）へいつか行くぞう！</p><br>
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<pubDate>Sat, 18 Apr 2009 15:33:21 +0900</pubDate>
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<title>自民党政治の終わり</title>
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<![CDATA[ <p>挑発的なタイトルですねえ。</p><p>野中尚人教授著「自民党政治の終わり」。論旨の正しさと言い、文章の平明さといい、</p><p>隠居絶賛の書ですね。</p><p>＊＊</p><p>教授は、執筆着手を怠けているうち、書く前に自民党が無くなってしまうーー大変！と</p><p>焦ったと述懐しているが、どっこい、１２月２日の新聞各紙は、自民党総務会は景気悪化</p><p>を理由に、公共工事関係費の圧縮削減路線を棚上げ凍結する方針転換を決議したと</p><p>報じていますね。これ、旧来の自民党へ引き戻す動きであって、教授の心配は</p><p>無用かなーーーーー？</p><br><p>この本は、戦後、自民党が長年の与党であり得た理由は、経済発展を謳歌しその成果を</p><p>自民党が配ると言う図式にあったことを解明し、その歴史の中で日本では</p><p>行政官僚が絶大な地位を占めてきた特殊な形になった理由が江戸期！からの歴史</p><p>にあることを興味深く書いています。</p><br><p>しかし、「戦後」が終わり、「冷戦後」へと大転換が進んだ歴史変化と、グローバル化の進行で、</p><p>日本の環境つまりは自民党の基礎であった上記理由が崩壊したため、①「城内の平和」追及は</p><p>許されず，②国際的に機敏に国際貢献を明示しなくちゃいけないようになった、と言うのです。</p><br><p>このため、</p><p>日本は、①　国際的に機敏にアピール出来るためには政府の、特に首相のリーダーシップが発揮</p><p>出来るよう、憲法にある政府と国会のバランスオブパワー規定を運用で改変する、</p><p>②　国際貢献を国是とするように国内を改める、と言うのが、教授の提言、結論です。</p><br><p>教授は、ここまでしか言っていません。</p><p>しかし、すぐ、人は、国際的に武力貢献を機敏に出来るよう国内を改めるという</p><p>論を引き出すかも。</p><br><p>隠居は、違うのです。</p><p>リーダーシップ発揮のために、規定を改変するのはいい。しかし、リーダーシップのもと、</p><p>国際貢献は日本が戦争は放棄する憲法規定を持っていることを国際認知のもとで</p><p>財政的と人的に行うと言うのが、隠居の持論ですよ。</p><br><p>もちろん、現在のように、日本人が内弁慶で、国際機関に出て行けない，行ったら帰国時に</p><p>は前の職場に戻れない制度だ、ではだめだね。</p><p>国際貢献大学院を相当数作り、又、法律で国際機関に出て行く時はもとの会社はその間</p><p>給料とポストを保障し続けないといけないと（二重給与）大改変する荒療治をしないと</p><p>いけないでしょうね。</p><p>城内の平和追求が許されなくなったのに、進路を考えないと、日本は、衰退するね。</p><br><p>では、ばーい。</p><br><p>つまり、</p><p>①　</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/inkyonoyamada/entry-10177483432.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Dec 2008 13:50:16 +0900</pubDate>
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<title>日本人と漢字</title>
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<![CDATA[ <p>見つけましたよー。</p><p>隠居は、漢字が中国からの借り物文化だということにこだわりがあって、</p><p>日本人が発展させた漢字は無いのか！？　と、探していましたが、ありましたよー。</p><br><p>高島俊夫著「漢字と日本人」を読んでいると、こう書いてあります。</p><br><p>かって、日本に文字はなかった。</p><p>中国から漢字が入ってきて、まず、漢語をそのまま取り込み、日本語のなかに</p><p>混ぜて使った（音読み）。さらに、漢字がさす日本語で、その漢字を直接読むと</p><p>いう使い方もするようになった（訓読み）。</p><br><p>ここまでは、隠居も、がっこでならったような記憶があるなあ。</p><p>その先なんだ。</p><br><p>文字を借りるということは、同時に、他民族が持つ概念を押しつけられるいうことでもあります。</p><p>日本には、「雨」とか、「さむい」ということばはあったけれども、「天気」という概念は</p><p>なかったのである。</p><p>逆に、日本人の生活、感情に密着した日本語を、べんぎ、漢字で書いて、漢語にない漢語を</p><p>作っていったという歴史もあるのです。</p><p>これぞさがしていた、日本（製）漢語です。</p><p>いろいろあります。</p><p>ものさわがし→物騒</p><p>日の手当→日当</p><p>武士の家につかえる使用人→中間（ちゅうげん）</p><p>武士が使用人を斬り殺す→成敗</p><p>粋でなく洗練されていないこと→野暮</p><p>あいそのないこと→無下</p><br><p>さすれば、ウーン、日本の文化ということをいう場合、われわれが日本人としてどんな感情を抱き、</p><p>どんな生活をおくるかということがまず肝心なんだなあ。</p><br><p>隠居の気分は、ひと区切りがついたのです。</p><br><p>＊＊＊＊</p><br><p>それにしても、漢字は使わないがイイ、全文日本語で書くのがいいという、漢字制限論の</p><p>えらい方々が、漢字憎さから（？）、漢字をアルファベットの文字のようにみて（？）、それぞればらばらに</p><p>略字形をつくって、そのため、一定の形を包蔵する一群の漢字は本来共通の音を持つという</p><p>漢字文化を破壊したりしているのは、建設的な活動には思えないんだがなあ、と、</p><p>隠居はひとりごちているのです。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/inkyonoyamada/entry-10150038751.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Oct 2008 09:48:45 +0900</pubDate>
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<title>漢字は好きですか？</title>
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<![CDATA[ <p>今、アレックス・カー著「美しき日本の残像」を読んでいる。</p><p>なかなかおもしろいのだでｋれど、「外国人」から日本の伝統文化について教えを受ける</p><p>体（てい）になるので、じつに複雑な気分で読んでいる。</p><br><p>日本の伝統文化なら、隠居は、漢字の世界が好きである。</p><p>好きと言っても、漢字検定の受験というような低俗ではなく、さりとて、中国の文献を</p><p>読み込まれる吉川幸次郎教授や貝塚茂樹教授のまねをしたいというが如き</p><p>大それたレベルではもちろんない。</p><br><p>ま、一人で、知的にいい世界だなと思っているんだ。</p><p>昔、子供の頃、母親から、「（おやつを）たぼうてないで、早くお食べ」と言われたり、</p><p>「（ランプの）ほやを磨くのを日課にしなさい」と言われて、学校じゃ勉強せん知らん言葉</p><p>じゃなあと思ったものだった。</p><p>インテリゲンチャの代表格だった学校の先生に聞いたのだけれど、教えは、「知らん。</p><p>教科書に出てない。方言ちゃうか。」だった。</p><p>隠居は、僕の母さん、じつは、現代のママさん族の一部がしゃべてる「チンしといてえな」</p><p>とか、「チョウけったいやなあ」というレベルの言葉をしゃべっているのだと当時思った</p><p>ものだった。</p><br><p>ずっと後年になって、あれは、「貯う、惜う（たばう）てないで、はやくお食べ」と言って</p><p>いたのであり、「火屋（ほや）を磨け」と言っていたのであったことが、漢字を見て！　一瞬にして</p><p>理解したのであった。母親こそ、美しい伝統的な日本語をしゃべっていたのである（母さんごめん）。</p><br><p>漢字の、この知的なインパクトが好きなんだ。</p><br><p>隠居には、しかしこの漢字が中国から渡来したものであることにいささか屈託がある。</p><p>日本で発展させたものとしては、ひらがな文字があり、和様書道があるけれど、漢字の</p><p>一瞬に伝達できる力の魅力には及ばない。</p><p>それで、隠居は、日本で新たに作られ発展した漢字とか、日本で派生した新種はないのか</p><p>と、無い物ねだりしている。</p><p>「辻」などの、国字がそれなんだろうか？　それはどんな文化的ストーリーを持ってるのか？</p><br><p>現代の書家に、石川九揚という著名な方がいる。で、氏の二三の書き物を読んでみたが、</p><p>残念ながら、いまだ、日本的文化香るストーリーはよう見付けないのである。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/inkyonoyamada/entry-10147133269.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Oct 2008 09:32:07 +0900</pubDate>
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<title>桜新町サザエさん通り</title>
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<![CDATA[ <p>少し前、町の小さな本屋さんが店終いをした。</p><p>町並みの様子が少し変わった感じだ。</p><br><p>町の豆腐屋さんと言うにふさわしい、小さな、自家製の豆腐を売る豆腐屋さんはこの町にも</p><p>まだ残っている。</p><p>いま、大豆は、遺伝子組み換え大豆が大量に日本に入って来ていて、国産大豆は</p><p>日本の消費量のわずか５パーセント位らしいぞ。農地は空いているのにな。</p><br><p>昔は、豆腐は天然にがりで固めたが、いまは科学物質で固めるので、大豆比率が</p><p>薄くてもそれなりに固形にできるらしいんだ。つまりは、水が多いってこと。</p><br><p>スーパーで、「あら、こっちのお豆腐の方が安いわ」と言っているそこの奥様！</p><p>水だよ、結局割損ですよ。</p><br><p>町の魚屋さんも、まだ頑張っている。</p><br><p>隠居の今日の昼飯は、サンマ焼き定食だったです。</p><p>小さな鮮魚屋が（「魚徳」）、店の奥に食堂を構え、店の売り物のサンマを焼いて、</p><p>あさりのみそ汁付きで出してくれるんだ。もちろん、炭火焼き、強火の遠火で、これが</p><p>実に上手で、実に旨くて、いやー、同じサンマとは思えぬくらい。</p><p>それと、あさり汁。薄い豆腐汁でないところがいいんだ。</p><p>最近、江戸前海は、穴子とあさりの漁場だから、このあさり、そこから来たのだな、ウン、きっと。</p><p>店までは海水に入れたやり方で運ばれてくるから、砂抜きもよくて、</p><p>白飯に合いますね。</p><br><p>食の字は、人と、良し。</p><p>旨い昼飯を食って、隠居も、至福のひとときを味わい、人柄が良くなりました。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/inkyonoyamada/entry-10146341988.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Oct 2008 10:28:56 +0900</pubDate>
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<title>（自然）科学信奉</title>
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<![CDATA[ <p>隠居が育ったのは、世界的に（自然）科学が驚異的に進歩発展を遂げて</p><p>いろいろな文明の利器が発明された歴史的地代であった。国内では、太平洋戦争後</p><p>の竹ヤリ精神主義への反省邁進の教育の地代であったから、科学的な目で</p><p>物事を見、考えることこそが正しいという考えが、隠居にはしみわたっている。</p><br><p>では、人の活動の領域である社会科学においてはどうか。</p><br><p>人は、目の前の就職、快楽、慈善、勉学といった個々的なものに忙殺されつつも、</p><p>常に、これらを超えたもっと大きな思想、大きな意義に繋がりたいと欲求する。</p><p>大きな思索から出発して個々的なものを位置づけたいと考えるのである。</p><p>人の活動の、生き様を決めるようなものは、この大きな思想、大きな意義から</p><p>衝動される。</p><br><p>この大きな思索なんてものは、科学的な目で物事を見るよう努めておれば得られる</p><p>ものではないことは、明らかである。</p><br><p>しかし、隠居のような生い立ちでは、社会科学の領域に対してさえも、科学と完全に</p><p>切り離した思想にはなかなか安心が得られず、その思想の必然たるゆえんを、</p><p>あるいはその思想が一応価値あると認めうることを論証する事実やロジックの</p><p>提示を要求している自分に気付くのである。</p><br><p>では、芸術はどうか。</p><br><p>芸術とは、イリュウジョン（幻想）であると言われる。感覚でとらえ、感覚でめでる</p><p>ものであるといわれる。</p><p>しかし隠居は言う。イリュウジョンでいい、つまり今の現実に無理に結びつけなくていい、</p><p>いまの価値観でみる必要はさらさらないけれど、当該イリュウジョンの世界で、</p><p>生命（いのち）あるものがどう生きたか、どう感覚したかの生き様にかかわる作品</p><p>がやっぱりいいなあ、と。</p><br><p>なかなか変わらない隠居でした。</p>
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<pubDate>Sat, 27 Sep 2008 11:08:44 +0900</pubDate>
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<title>きのこ鑑定の会</title>
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<![CDATA[ <p>東京でも風は秋の香だ。長野県はその１月前を進んでるんだ。</p><br><p>軽井沢も「追分地区」が気に入ったのは、「信濃追分駅」の風景のせいかも</p><p>しれない。</p><br><p>駅舎は無人。駅前は何もなく、決して不動産屋の店舗やコンビニの一つも無く、</p><p>夏草だけである。あるとすれば、ごく稀に、ナップザックを背負ったハイカーが一人、</p><p>駅舎に掲げられている浅間山の近辺の地図絵を見上げている位のもの</p><p>である。</p><p>この、何もない風景が隠居に，都会から離れたという安らぎをくれるのである。</p><br><p>春は、小鳥が餌を求めて朝靄の中を低く群れ飛び，雉がヒナを連れて</p><p>家の敷地を横切る。</p><br><p>１０月になると、地区の古老達が、小さな公民館で、きのこの鑑定会を開き、</p><p>土地の人たちにきのこ汁をふるまうという行事をやってくれる。</p><br><p>テーブルに、古老達が地区の林や山で採った８０種類ものきのこを並べて、</p><p>名前と毒の有無を記して展示する。皆、自分が山で採ったのをこれと</p><p>見比べている。</p><br><p>別送族も持ってきている。「これ、食べれますか？」</p><p>古老「そりゃー、わしらはおいしくくっとるが、都会の人には一寸悪さを</p><p>するでやめとったほうがいいだろ」</p><p>灰色ゾーンのきのこもあるということだ。</p><br><p>展示の横では、大鍋で、古老達が採ったきのこが香りよく煮てあり、住民に</p><p>ふるまわれている。</p><p>隠居も、まぎれこんで、あまりに旨いので厚かましくも、おかわりまでしたので</p><p>あった。</p><br><p>家に帰って、ふと、ハイ(high)に気付き、はて、今日のきのこ汁は、灰色ゾーンの</p><p>きのこははたして入ってたのかどうか？　と気になった次第。</p><br><p>それでも隠居は、今年も、１０月１２日（日曜）の鑑定会は行くぞ。</p><br>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2008 19:46:07 +0900</pubDate>
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<title>ゴルフ談義</title>
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<![CDATA[ <p>碁なら、ヘボ碁という表現がある。</p><p>ゴルフでは何と言うんだろう。</p><br><p>隠居でも、ヘボとはいえ、いそいそと、この１６日（火曜）ぽん友三人と</p><p>コースへ出た。</p><br><p>「文は人なり」と言うが、ゴルフも人なり。</p><p>面子を賭けてスコアを競っているからといって、ほぼ互角の勝負で来た１６番ホール、</p><p>相手がＯＢを出した時思わず内心にっこりするなんぞは、未だ人間が出来ていない</p><p>と言うべき。心せよ。</p><br><p>隠居の信条は、</p><p>１　ゆったり、ほがらかに。</p><p>２　家事労働を厭わずに、基礎体温を上げよう。</p><p>３　髙（たか）を括（くく）るな。</p><p>なんだが、この日、ぽん友のＯＢには心から「残念。だがまだ１７番、１８番ホールが</p><p>あるから、頑張れ」と激励しぜ。決して喜んだりしなかった。ほんと。</p><br><p>ゴルフ発症の地スコットランドで、隣国イングランドとの戦争中にかかわらず国民が</p><p>ゴルフに熱中するあまり、ジェームス国王が「ゴルフ禁止令」を出したそうで、</p><p>案の定、スコットランドはイングランドとの戦争に負けた。</p><br><p>それでも隠居は、戦争よりもｺﾞﾙﾌが楽しめる平和の方を取るね。</p><br><p>１６日はチョコレートを召し上げて幸せの一日だったーーー未だ人間が出来てない？</p><br>
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<pubDate>Fri, 19 Sep 2008 18:01:25 +0900</pubDate>
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<title>スローフード</title>
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<![CDATA[ <p>一昨日（０８，９．１２）、友人二人とスローフードを実践して来ました。</p><p>今回は、下北沢。</p><p>井の頭線、これがまたおっとりした電車でいいんだなあ。</p><p>本多劇場横の「ごはん、ごはん」、売りは炊きたて釜飯です。</p><br><p>友人との話題は、一泊で旨い魚を食べに漁港へ行こうよ。</p><br><p>スローフードとは、１９８６年イタリヤはローマのスペイン広場にマグドナルドが</p><p>ハムバーガー店を出店した時、これに距離を置いた人たちが、</p><p>「じゃー俺たち、スローフードで行こうよ」と言ったのがはじまりです。</p><br><p>フランスだったら、ピーター、メイル「南仏プロヴァンスの１２ヶ月」なんかを読むと、</p><p>自分の伝統の食事文化はいささかも変えない頑固さがあるんだけどね。</p><br><p>旨い飯は、連れとの楽しい会話が必須の条件です。隠居は、満足の半日でした。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/inkyonoyamada/entry-10139173926.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Sep 2008 16:02:10 +0900</pubDate>
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