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<title>*はじまり*のための*おわり*のために</title>
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<description>幾重にもまとったエゴの薄皮を剥がし続ける毎日を綴ったブログ。　　　　　　　　　　　　　　　　「本当の私」という始まりのために「表層の私」に別れを告げるために…</description>
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<title>感情のワーク4：自分への裏切り</title>
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<![CDATA[ 感情のワークショップの2日目は、更に深いワークを次々と行いました。<br>そのなかで大きく私に影響を及ぼしたものがあったので、今日はそのことを書きます。<br><br>大学での研究が楽しくてずっとそれをやりたいと思っていたけれど、将来の生活や周囲からの反応などいろいろ考えて、結局それを諦めた人のワークがありました。<br>彼は自分の力を信じずに依存をするという感情の状態にずっといたのですが、実際には頭脳明晰で理詰めの自分を心のなかに宿していました。本来の彼は何でも自分でできる自立の人だったのに、自分の人生を諦めてからの絶望感が怒りとなって依存の状態に陥り、完璧主義で自立していた自分に仕返しをしていたことが、ワークを通してだんだん見えてきました。<br><br>彼のワークのなかにいるうちに、父のことを思い出しました。<br>父はいつからか演劇に魅せられ、高校に入るとすぐに演劇部に入部しました。<br>土日が休みの高校だったので、金曜日になると学生鞄と学生服を質屋に預け、夜行列車で東京に行って演劇の裏方のアルバイトをし、日曜日の夜に帰ってきて質屋から鞄と服を引き取ると、月曜日からまた学校へ通うという演劇三昧の3年間だったそうです。<br><br>高校を卒業すると当時は父の地元に本拠地を置いていた児童劇団に入団。<br>そこで母と出会い結婚するのですが、恋愛ご法度の劇団だったのでふたりとも退団をして、父はTVや舞台の照明をする会社に入りました。このとき、父は家族を養わなければならない現実にぶつかり、また自分自身の役者としての才能の限界を感じたと、いつだったか話してくれたことがありました。<br><br>感情のワークをした彼の姿が、だんだん私の父と重なってきました。<br>自分自身を諦めてしまった父。結婚してからまるで別人のようになってしまったと、そう言えば母も話していたことがありました。夢を諦めてしまってからは、自分を変容させなければ生きていくことができなかったのかもしれない。<br><br>ワークのなかで、研究という道を捨ててしまったときに戻って、そのときの自分の感情と向き合い癒しを得ている彼を見ながら、彼がそれまでずっと自分に感じていた自分自身への裏切りを父も感じていたことに気がつきました。<br>そして、なぜだかわからないけれど、自分に裏切られた絶望感や無力感といった父の感情を、私自身がずっと引き受けて背負ってきたことにも。<br>「私、お父さんの感情まで引き受けちゃったんだ･･･」<br>理由もなく、そう感じたのでした。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 14 Apr 2011 14:11:46 +0900</pubDate>
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<title>感情のワーク3：心の抑圧</title>
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<![CDATA[ 父とのあいだに何かを抱えているらしいことや感じない心について考えながら、1日目のワークを終えてホテルの部屋に入りました。<br>夕飯を終えお風呂に入ったり自分の時間をそれぞれ過ごしたあと、ルームメイトのゆっくとふたりで今日のワークから感じた自分の抱えていることについてシェアをしました。<br><br>私が感じないようにしている感情がどうやら「裏切り」だったことや、父とのあいだに何かあるらしいことを打ち明け、「何かあるらしいけれどそれが何かがわからない」と言うと、ゆっくが「何でもいいから思い出すことはない？」と言いました。<br><br>ふと弟が生まれて、父とふたりで病院へ会いに行ったときのことを思い出しました。<br>行く途中で小さなポンプで蛙がピョンピョンと跳ぶおもちゃを買ってもらったこと、病室でその蛙をピョンピョンさせて遊んだことが映像として浮かんできました。病室のベッドや窓からの光もありありと思い出せました。<br>それからそのときのことについて、父から言われたこと、母から言われたことも続いて思い出しました。<br>父には「あのとき、病院に行きたくないと言って珍しくダダをこねたね。蛙のおもちゃを買ってあげると言って、ようやく一緒に行ったよね」と、そして母からは「病室に入ってきて、しばらくするとすぐに『帰る、帰る』と言ったの、覚えてる？」と言われたことを。<br><br>両親が言ったことは全く覚えておらず、心底驚いたことも思い出しました。<br>あれほど鮮明に場面を覚えているのに、そのときの感情は全く覚えていなかったんです。<br><br>ゆっくが「もしかしたら弟さんが生まれたとき、ご両親に対して裏切られたというような感情を抱いたのかもしれないね」と言いました。<br>そうかもしれない。それまでは私だけの父であり母であったのが、その日からはこの小さい子に奪われてしまう、そう感じて、親に捨てられたような気持ちになったのかもしれない。<br>だから会いに行きたくなかったし、早く帰りたかったのかもしれません。<br>でも、大好きな両親にそんな気持ちを抱いたことさえも嫌で、その感情を心の奥深くにしまいこんでなかったことにしてしまったのかも。<br><br>友達から絶交状をもらったときにも、同じように気持ちを心の奥底に沈めて抑圧してしまったのかもしれません。<br>そう言えば小学校のころ、結構仲良くしていた女の子に根も葉もない悪い噂をたてられて、しばらくクラスメートが普通に接してくれなくなったということもありました。<br>そのときにも妙に冷静だった自分を思い出します。怒りも悲しみも飲み込んでしまっていたのかもしれません。<br><br>ワークの1日目の最後にそんな発見をして眠りにつきました。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10882857854.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Apr 2011 13:01:45 +0900</pubDate>
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<title>感情のワーク2：感じない心</title>
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<![CDATA[ 昨日のつづき<br><br>休憩時間に「普段、これだけは感じたくないと避けている感情についてバディとシェアをする」という宿題がありました。<br>避けている感情と言われても特にピンとくるものがなく、考えても全然わからない。<br>困ったな～と思いながらサロンへ降りて行って、コーヒーをいれてバディのアッツーのいるテーブルへ。<br>コーヒーをひと口すすって「私、全然思い浮かばなくて」と言うと、アッツーが即座に「俺は裏切りだな」って言ったんです。<br>その瞬間、これまた理由はわからないのですが「あっ！私もだ！」と心が反応しました。<br>でも、なぜだろう？？？<br><br>アッツーは確かにこのワークに来る直前に、そんな状況があったのでわかります。<br>でも、私は人に裏切られたと思ったことが考えても浮かんでこない。<br>仕方がないので子供のころに遡って思い出していくうちに出てきました。<br><br>小学校3年生のころ家の方向が同じで一緒に帰る友達がふたりいました。<br>帰り道に約束して、一緒によく遊んだりもしていました。<br>ある日、やはり帰り道が同じになるところへ引っ越してきた転校生が来て、私はその子に「一緒に帰ろう」と誘ったり遊びに誘ったりしていました。<br>私自身、幼稚園のころに2年のあいだに3回も幼稚園が変わるという経験をしていて、新しい園に入るたびに不安や心細さを感じていたのか、ともかく新しい友達のことが気になって仕方がなかったのです。<br><br>そうしたらある日、元々仲のよかったふたりから手紙を渡されました。<br>そこには「絶交しましょう」と書かれていました。<br>「絶交」というのがどういうものなのかよくわからないけれど、あまりいいことではないのは何となく感じて、家に帰ると母に「○○さんと○○さんにこんなお手紙もらったの」と見せました。<br>手紙を見た母は「絶交ってどういうことか知ってる？」と私に聞きました。<br>「わからない」と首を横に振ると「絶交ってね、もうお話しもしないし、顔も見ませんっていうことよ」と説明し、次の瞬間にっこりして「そんなこと、無理よね～」と言いました。<br>私もそうだな、と思ってその手紙のことはもうそれ以上考えず、翌日も普通に学校に行き普通にしていたら、そのうちふたりともまた元通りになっていました。<br><br>でも、思い出しても思い出しても、そのときに感じた感情というのがわかりませんでした。<br>何も感じていなかったみたい。<br>でも、小学生で仲良くしていた友達からこんな手紙をもらったら、悲しいとか淋しいとか、何か感じてもよさそうなものなのに。<br>そのころの私の心は感じない心だったのでしょうか。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 14 Apr 2011 12:41:32 +0900</pubDate>
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<title>感情のワーク1：今いる場所を知るきっかけになったこと</title>
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<![CDATA[ 今日は感情のワークショップに一緒に行った仲間たちとスカイプミーティングがあります。<br>同じテーブルだった仲間たちとは別のグループで、私はCグループと呼んでいるのですが、話すたびに深いところで自分自身への気づきがあったり、仲間からの理解やサポートがあったり、今日もとっても楽しみ。<br>でもその前に自分の心がいまどんな状態でどんなところにあるのか、整理しておこうと思います。<br><br>3月に行った感情のワークショップで、人との繋がりから切り離さた深い闇でひとり孤独にいる人に会いにいくというワークをやりました。<br>身近な大切な人のなかにそんな孤独な人がいたらその人に会いにいく。<br>もし思いつかなかったら、子供のころにそんな子がクラスにひとりはいたはず。その子に会いにいきましょうと言われました。<br><br>私にはひとり闇のなかで膝を抱えて孤独と戦っているような人が見当たらなかったので、小学校のころの同級生を思い出し、彼女に会いに行くことを決めて、誘導されるがままに地下に潜っていく途中でふと、会いに行くのはその子ではなく父だということに気づきました。<br>なぜそう思ったのか理由はないのですが、「会いに行くのはお父さんだ！」と心に飛び込んできたのです。<br><br>父は6年前に他界してしまい、こうして会うのは本当に久し振りです。<br>地下に深く潜ったところにある穴倉のような建物の、一番一番奥の狭く薄暗い部屋に父はひとりでいました。<br>どうしてこんなところにいるの？<br>お父さん、迎えにきたよ。一緒に外に出よう。<br><br>闇の世界に囚われていた父と一緒に、爽やかでまぶしい外の世界に戻ってきました。<br>父はいろいろを敏感に感じてしまう人だった。<br>でもそれは広くて大きいものをもっていたから。<br>だからこそ闇の世界の囚われになってしまった。<br>自分のことも周りの人のことも全部取り込んでいるうちに、普通の人だったらおいそれとは行かない闇の世界に潜ってしまった。<br>そこへ潜って一緒に外へ出てきた私も、実は同じものを持っているの？<br><br>なんだかわからないけれど、今まで考えたこともなかったけれど、ともかく私は父とのあいだに何かあるらしいことに、そのワークでようやく気づいたのでした。<br>そしてすぐ後の休憩のときに、更なる気づきがあったのでした。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10880979380.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Apr 2011 16:50:20 +0900</pubDate>
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<title>パラレルワールドは選べる！</title>
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<![CDATA[ 昨日までのびーちぃの話で、それまでの私のモヤモヤがすっかり晴れたのをおわかりいただけたことと思います。<br><br>びーちぃは愛されていないと思い込んでいた自分が、実は愛されている自分だったことに思い至った瞬間に過去が書き換わり、閉ざしていたものが一気に開いた感じがしたそうです。<br>そのときの感覚を「もらえないから閉ざしていたんだけど、本当はあったんだと思ったら、閉ざしていたものが消えてなくなる感じ」と説明してくれました。<br><br>びーちぃは言います。<br>「過去が書き換わると自分がまず変わる。そうすると周りも変わっている。見えるものが変わる。見え方が変わるんじゃなくて実際に変わるんだよ。違うパラレルワールドに移動したみたいに」<br><br>「みたいに」じゃなく、本当に移動したのだろうとそんな気がします。<br>そうか～、別のパラレルワールドを選ぶって、こういうことだったのね！って、その結果だけでなく選び方まで教えてもらえたのだから、あとはただそれを選ぶだけ、ですよね。<br><br>だって、びーちぃが言うんですよ。<br>「過去が書き換わると今が変わって、世の中と充分に繋がるようになるんだよ」って。<br>なんてステキ！<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10873928973.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Apr 2011 15:40:27 +0900</pubDate>
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<title>違うパラレルワールドを選んだら？</title>
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<![CDATA[ 引っ張ってごめんなさい<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br>でも、あまり長いのも読む気が失せるし、読む人にも自分にも、今の状態をゆっくり見つめる時間になればな～なんて、そんな思いもあって<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif" alt="ラブラブ"><br><br>さて、びーちぃの話。<br>ランチを終え、ワークショップは明日までだけれど、今日で帰ろうと思いながら午後のワークに参加したびーちぃ。<br>なんとくじ引きで呼ばれて前に立たされました。<br>そこで自分とパートナーとの問題から自分の子供のころから抱えてきた感情にまで話が深まり、愛をもらわない決心をしたことを話しました。<br><br>そのときにびーちぃは、本当はとってもとってもほしかったのに、だからこそもらわないと決めたことを改めて思い出しました。<br>本当はもらいたかった。でも絶対にもらわないという戦いを自分のなかでしていた。<br>「こっちに来たら、銃で撃ち殺すぞ」というくらいの気持ちで、ずっと戦いをしてきた。<br><br>ワークショップのファシリテーターが「もうその戦いをやめましょう」と言い、「びーちぃが愛をもらわないと決めたときに戻ってみましょう」と言いました。<br>促されるままにワークのなかでそのときの自分に会ったびーちぃは、本当は父からも母からも愛されていた自分を発見します。<br>そして確かに自分は愛されていないと感じていたけれど、別の視点から見たら誰より愛されていたし、恵まれていた自分を思い出しました。<br>そのとき、びーちぃのなかで、愛されていない自分が愛されている自分に書き換わったのです。<br><br>翌日、全てのワークを終えて家に帰ると、奥さんが別人になっていました。<br>いえ、見た目は今までと同じ奥さんですけれど、中身がすっかり変わっていたそうです。<br>子供の方ばかり見ていた人が、いつもびーちぃの方を見る人になっていたって！<br>ん～、すごいっ！<br><br>今日はここまで。<br>このまとめはまた明日。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10873911394.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 15:13:37 +0900</pubDate>
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<title>それまでのパラレルワールド</title>
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<![CDATA[ さて、昨日のつづき。<br>過去を書き換えたびーちぃの話です。<br>プライバシーの問題もあるので、ごくかいつまんでお話しします。<br><br>びーちぃは子供のころから両親の愛やぬくもりを感じることができずにいました。<br>そして思春期を迎えたある日、つらいことがあって今こそ親の優しさがほしいのにそれが得られなかったときに決心をします。<br>「望んだってどうせないんだから、もらわなくていい。もらおうと思うと痛いだけだから、僕はもう愛を望むのはよそう。その代わり僕は同じくらい淋しい人にあげるだけあげよう」<br><br>そんなびーちぃでも好きな人が現われ結婚をし、子供も授かりました。<br>でも奥さんはびーちぃよりも子供が大切らしく、全然びーちぃの方を見てくれませんでした。<br>いつもいつも子供のことばかり。子育ては大変だから仕方ないと、びーちぃはずっとそんな現実を受け入れていました。<br><br>結婚して15年以上経ったある日、びーちぃはあるワークショップへ出かけます。その日のテーマはパートナーシップ。びーちぃは苦痛でたまりませんでした。その時の心境をびーちぃはこんな風に話してくれました。<br>「だって、パートナーシップって自分がいっぱいあげて、相手からもいっぱいもらうことだよ。でも、僕は片方の道を閉ざしていることがわかって、ここにいちゃいけないと思って、ランチも食べられず帰ろうと思っていた」<br><br>そんなびーちぃ、午後に大変革が起きます！<br>その前にちょっとひと休み。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10873896301.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Apr 2011 23:55:11 +0900</pubDate>
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<title>パラレルワールドって？</title>
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<![CDATA[ 先月の感情のワークで同じテーブルだった仲間たちと、夕べはスカイプで近況や感情のシェアをしました。<br>その中のひとりが話してくれたことが、私の長年のモヤモヤを晴らしてくれることだったのでここにシェアをします。私と同じような部分で疑問を感じたり実感を持てずにいる人もきっといるでしょうから、少しでもそういう方たちの助けになれば嬉しいです。<br><br>私がモヤモヤしていたことというのは、「パラレルワールド」という概念について。<br>どういう概念かというと、<a href="http://ameblo.jp/iouty/day-20110406.html" target="_blank">4月6日の『何に焦点を当てるか』</a>にも書いたけれど、実際にはいくつものパラレルワールドが存在していて、自分が何にフォーカスするかでどのパラレルワールドにいくかを選択しているということ。だから自分をとりまく全ては、自分が創り出しているものだ、ということ。<br><br>これは15年ほど前に『神との対話』を読んだときにも書いてあり、そこには「時間の概念すらない」という記述もあったのだけれど、「いくつもの現実があるということは、私がひとりじゃなくて何人もいるということ？意味がわからない」と実感できずにいたのでした。<br><br>最近になってパラレルワールドの存在については、なんとなく感覚としてわかるようになってはきたものの、例えば自分が違うパラレルワールドにいったときに、パートナーはどうなるのかといった具体的なところで「やっぱりわからない・・・」と。<br>いまひとつモヤモヤ感を払拭できずにいたわけです。<br><br>ところが夕べ、スカイプメンバーのびーちぃが過去を書き換えた話をしてくれて、そこに大いなるヒントがあったのでした。<br>え～、本当にそんなことあるのっ？っていう話。<br><br>ちょっと長くなったので、明日につづきます。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 09 Apr 2011 23:51:37 +0900</pubDate>
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<title>簡単ダイエット</title>
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<![CDATA[ 1ヶ月前に参加した感情のワーク以降、本当の自分に繋がることを試みているのですが、そういえば自律訓練法も有効な手段だったことに思い至り、昨日、久し振りにやってみました。<br><br>自律訓練法は暗示の手法を用いる自己催眠法で、疲労回復、ストレス緩和、仕事や勉強の能率向上、抑鬱や不安の軽減などの効果があるとされています。<br>去年受講していた心理学の講座の課題で提出したナビを使ったのですが、このときの自己暗示のテーマを「ダイエット」としたので、ナビのなかでは「少しの食べ物で満足します」とか「ジャンクな食べ物は食べたくありません」といった言葉が出てきます。<br><br>これが思いのほか功を奏しているようで、今日は本当に少しの量で満足でき、ジャンクなものを欲しなくなっている私がいます。<br>これには本当にびっくり。<br>なんて簡単なダイエット法！<br><br>毎日やろうと思いつつ、まだうまく生活サイクルに組み込めていなくて、結局今日はチャンスを逃してしまったのですが、明日はちゃんとまたやりたいなあ。<br><br>目指しているところへ行くのって、本当はもっとシンプルで簡単なことなのかもしれない。<br>心で感じることさえできれば。<br>そして、感じたことを大切にできたなら。<br><br>この路線でトライしてみます。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10856574299.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Apr 2011 23:16:13 +0900</pubDate>
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<title>何に焦点を当てるか</title>
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<![CDATA[ 震災後、アカウントは取ったものの、ずっと放置していたfacebookやTwitterを見るようになりました。<br>Twitterは自分でフォローする人を決められるので、いろいろな立場や職業の人、できるだけ違う意見を述べているような人というのを意識してフォロー。<br><br>そのようなわけで、ものすごく悲観的な見解があったり、お花見やライブなどの楽しい、気楽な内容があったり、悲観的になり過ぎないように意識している人からの「大丈夫だよ」的な発言があったり、とにかく同じTLのなかで「情報」や「気分」が入り混じっています。<br><br>そんななか、今日はとても悲観的な情報をキャッチしてしまって、思った以上に動揺してしまいました。<br>そのせいか、友達から知らせてもらったサイト「<a href="http://www.jishin-itsumo.com/" target="_blank">地震ITSUMO</a>」で、備えておくべきものや万が一被災して避難所で生活するようになった場合のことなどを読んでいたら、ものすご～く悲しい気持ちになって、自分でもびっくりするくらい落ち込んでしまいました。<br><br>最近、落ち込むという感覚を忘れていた気がする、私。<br><br>ここ1年の勉強で、今の世界は自分の観念が作り上げているらしいことがわかりました。<br>この世界はいくつものパラレルワールドのなかのひとつで、どれにするかは自分が選択をしている。<br>その選択の鍵を握るのが「観念」ということのようです。<br><br>自分の価値や人生を信じている人は、人のいい部分に焦点を当てることができるし、自分が持っているものを人と分かち合うことができる。そして心の温かい素敵な人でいっぱいの豊かなパラレルワールドに生きることができる。<br><br>一方、この現実は恐ろしくて厳しくて、うかうかしていたら価値のない自分は飲み込まれてしまうと考えていると、どうにか身を守ろうと自分のことばかりになって、周りもそういう人ばかりの世界を創りあげてしまう。<br><br>私の友人たちでパラレルワールドを理解している人たちは、今回の震災のあとも、いつもと変わらず穏やかで楽しいことを発信しています。<br>一方、別の友達から「こんな用心をした方がいいよ」「これからのために、このことを考えた方がいいよ」という情報も善意で寄せられたりします。<br><br>この緊急事態の現実にいて、日々、何にフォーカスしていくかというのは、自分を試されているような気がする。<br>意識は常に豊かなところを見続けて、現実はきちんと準備もする、というのがいいのかな。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/060.gif" alt="チューリップ黄"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iouty/entry-10855480214.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Apr 2011 23:59:40 +0900</pubDate>
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