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<title>優しさだと思っていた自己犠牲をやめて、自分を生きる</title>
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<description>人の顔色を気にして頑張りすぎてきた私が、少しずつ自分を大切にする生き方を学んでいるブログです。心と体が楽になるヒントを、体験をもとにお届けします。同じように悩んでいる方の心が、少しでも軽くなれば嬉しいです。</description>
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<title>「良かれと思って」が相手を苦しめることもある</title>
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<![CDATA[ <p>親戚が厚意でよく家庭菜園で作ったものを送ってくれるのですが、<br>私の好みに合わないものだったので<br>ずっと困っていました。<br><br>何度も「お返しが気になるから送らなくて大丈夫」と伝えましたが、<br>「気にしなくていいから」と受け入れてもらえませんでした。<br><br><b style="font-weight:bold;">ゴリ押しされる事がストレスだったので、ある日に少し強めに断りました。</b><br>その時に気か付いた事があります。<br><br><b style="font-weight:bold;">「あれ？これ、私も同じことをしていたかもしれない。」</b><br><br>親戚のように物を押し付けたりはしていませんが、<br>良かれと思って、<br>「こうした方がいいよ」というアドバイスを伝えた<br>ことがあります。<br><br>私は喜んでもらえると思っていましたが、<br>相手の反応が微妙だった事は<br>よくありました。<br><br>せっかく教えてあげたのになぜ喜んでもらえないのだろうと<br>思っていましたが、ふり返って考えてみると<br>私のアドバイスにはその人の視点が欠けていたように</p><p>思います。<br><br><b style="font-weight:bold;">今回の私のように、良かれと思ってしたことでも、</b></p><p><b style="font-weight:bold;">相手にとっては強要のように感じられ、ストレスになることも</b></p><p><b style="font-weight:bold;">あるのだと気が付きました。</b><br><br>私は「良かれと思って」行動していました。<br><br><b style="font-weight:bold;">でも本当に必要だったのは、<br>「私はこう思う」ではなく、<br>「相手は何を望んでいるのだろう」と考えることでした。</b><br><br>相手の目線に立てるかどうかで、喜んでもらえるかどうかが<br>決まるのかもしれません。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12973187232.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Jul 2026 19:51:18 +0900</pubDate>
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<title>母の期待に応えられないと愛されないと思っていた</title>
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<![CDATA[ <p>以前、不登校の息子さんについて悩む人の相談動画を見ました。<br><br>学校や部活動も頑張っていた息子さんが、ある日気持ちが折れてしまい、<br>不登校になったそうです。<br><br>その話を聞きながら、私は不登校ではありませんでしたが、<br>「もう頑張れない」と感じた過去を思い出しました。<br><br><b style="font-weight:bold;">私の母は良い高校を出て、良い大学を出て私に公務員になって欲しかったようです。</b></p><p><br>私は真逆のクリエイティブ系の人間だったので、周囲に合わせて生きるのは<br>意見が違う自分が間違っているような気がして、とても息苦かったのを覚えています。<br><br>それでも母親に愛されたくて私なりに勉強等も頑張りました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし大学受験の時には<b style="font-weight:bold;">、自分の気持ちとは違う方向へ進もうとしていたせいか、</b></p><p><b style="font-weight:bold;">受験勉強がどうしても頭に入りませんでした。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">もう無理だと感じました。</b></p><p><b style="font-weight:bold;">「母の理想の自分にはなれない」と分かり、頑張れなくなりました。</b></p><p><br>お金を出してくれた両親には申し訳ないのですが、<br>塾にはほとんど通うことができませんでした。<br><br><b style="font-weight:bold;">いい子でいないと褒めてもらえない、認めてもらえないと思い<br>母の理想の子供にならないと愛されないような気がしていました。<br>頑張れない自分はダメな子供だと思っていました。</b><br><br>動画の先生は不登校の息子さんへのアドバイスとして</p><p>「たくさん愛情を伝え、一緒に過ごす時間を増やしてあげてください」</p><p>と話していました。<br><br>当時の自分が母にこのような行動をされたら、</p><p>期待に応えらえない自分でも<br>愛してもらえるのだと感じて、安心したのではないかと思います。<br><br><b style="font-weight:bold;">不登校の理由は人それぞれですが、<br>中には、愛されなくなる不安を抱えている人もいるのかもしれません。</b><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12970368509.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 17:23:04 +0900</pubDate>
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<title>父親を嫌う気持ちの底にあったもの</title>
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<![CDATA[ <p>私の父は酒癖が悪く、</p><p>酔うとよく祖母に暴力をふるっていました。&nbsp;</p><p><br>家族には父の他に男性はいないので、誰も父に逆らえず、&nbsp;<br>父の顔色を 伺って暮らしていました 。&nbsp;</p><p><br>そんな父が大嫌いでしたが、&nbsp;</p><p>時間がたって見えてきたものがあります。&nbsp;<br><br>暴力は許せません。&nbsp;<br>それでも父は父でした。&nbsp;<br>酒癖の悪さや暴力という側面もあれば、&nbsp;<br>家族を養い、塾にも通わせてくれた側面もありました。</p><p>&nbsp;<br><b style="font-weight:bold;">父にどうして欲しかったのかを考えた時に、</b></p><p><b style="font-weight:bold;">&nbsp;安心できる居場所（家）を作って欲しかった</b></p><p><b style="font-weight:bold;">（与えて欲しかった） のだと気が付きました。</b><br><br>&nbsp;父が変われば安心できる。<br>&nbsp;父が暴力をやめれば安心できる。&nbsp;<br>ずっとそう思っていました。<br><br>&nbsp;でも今振り返ると、&nbsp;<br><b style="font-weight:bold;">私が求めていたのは「父」という一人の人間ではなく、<br>&nbsp;家族を守り、安心を与えてくれる</b></p><p><b style="font-weight:bold;">理想の父親像だったのかもしれません。</b><br><br>父が変わることを願っていましたが、<br>父は父でしかありませんでした。<br>私が思い描く理想の父親にはなってくれませんでした。<br><br><b style="font-weight:bold;">&nbsp;他人が与えてくれる安心は、 相手が考える安心です。&nbsp;<br>それが自分の望むものと一致するとは限りません。&nbsp;</b></p><p><br>だからこそ、 自分が本当に欲しいものは、&nbsp;<br>自分で形にしていくしかないのかもしれません。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12968986491.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jun 2026 21:03:37 +0900</pubDate>
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<title>なぜコンプレックスは人に指摘されるのか ― 指摘する側の心理</title>
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<![CDATA[ <p>なぜ人は、<br>他人のコンプレックスを指摘するのか。<br><br>そんなことを考えた時に、<br>気が付いたことがあります。<br><br>私はボランティアで公園に面した神社の掃除をしていました。</p><p>秋口は落ち葉も多くて掃除をしても数日で枯れ葉が積もってしまいます。</p><p><br>自然現象なので特に何も思わずに掃除をしていましたが、<br>神社の周囲にゴミを捨てる人達にはイライラしたことがありました。<br><br>境内の木の陰など一見分かりにくい所に<br>ゴミ回収しにくいものが捨ててあったり、<br>（定期的に掃除をしているので以前にはなかったことは<br>確認しています。）</p><p>入口の階段の端にカップ麺の容器が捨ててあったこともありました。<br><br>「どうしてここに捨てるんだろう」<br>とモヤモヤしたことがあります。<br><br><b style="font-weight:bold;">落ち葉が沢山積もっても気にしないのに<br>人が捨てたゴミはとても目につきました。</b><br><br>なぜかと考えた時にふと自分の部屋が思い浮かびました。<br>片づけなければと思いながら床に積んでいる本や雑誌等<br>があります。<br><br>「散らかす人」に強く反応していましたが、<br>振り返ると、<br><b style="font-weight:bold;">私自身も<br>部屋を片づけられないことへの罪悪感を<br>抱えていたのだと気が付きました。</b><br><br><b style="font-weight:bold;">コンプレックスを指摘してくる人も<br>もしかすると、<br>自分の中にある不安や気になる部分に反応していることが<br>あるのかもしれません。</b><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12966602128.html</link>
<pubDate>Tue, 19 May 2026 00:25:52 +0900</pubDate>
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<title>職場ではあいさつできるのに、近所の人にはできなかった</title>
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<![CDATA[ <p>「あいさつができない人が増えている」<br>そんな話を耳にすることがあります。<br><br>無視されたように感じて、<br>悲しくなったり、嫌な気持ちになる人も少なくないと思います。<br><br>実は私も、<br>職場では普通にあいさつができるのに、<br>近所の人にはうまくできない時期がありました。<br><br><b style="font-weight:bold;">もちろん、<br>あいさつが大切なのは分かっていますし、<br>近所の人を嫌っていたわけでもありません。<br><br>なぜ近所の人にだけできないのだろうと考えたとき、<br>「心の準備」が関係しているのかもしれないと思いました。</b><br><br>職場に行くことは前もって分かっているので、<br>ある程度気持ちの準備ができます。<br><br>でも近所の人は、<br>予想していないタイミングで突然会うことがあります。<br><br>すると驚いてしまい、<br>うまく反応できなくなっていました。<br><br>以前、上司に強く叱られたときも、<br>恐怖で頭が真っ白になり、<br>何も考えられず動けなくなったことがあります。<br><br><b style="font-weight:bold;">強いストレスを感じているときは、<br>体が防御反応を優先して、<br>思考や行動が止まりやすくなることがあるのかもしれません。</b><br><br><b style="font-weight:bold;">近所の人にあいさつができなかった時期は、<br>お金の悩みを抱えていた時でもありました。</b><br><br>あいさつができない人の中には、<br>緊張やストレスで気持ちに余裕がなく、<br>反応できなくなっている人もいるのではないかと思いました。<br><br>自分に余裕がないときは<br>人との関わりは難しくなるのかもしれません。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12965556980.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2026 01:40:53 +0900</pubDate>
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<title>なぜコンプレックスは、人に指摘されるのか</title>
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<![CDATA[ <p>自分のコンプレックスを、</p><p>人から指摘されたことはありませんか？</p><p>&nbsp;</p><p data-end="261" data-start="211">実業家の斎藤一人さんは、<br data-end="226" data-start="223">中学卒業という学歴について、<br data-end="243" data-start="240">人から指摘されたことがないそうです。</p><p data-end="261" data-start="211">&nbsp;</p><p data-end="292" data-start="263">その話を聞いたとき、<br data-end="276" data-start="273">ふと自分のことを思い出しました。</p><p data-end="292" data-start="263">&nbsp;</p><p data-end="323" data-start="294">私は体の目立つ位置に、<br data-end="308" data-start="305">少し大きめのほくろがあります。</p><p data-end="381" data-start="325">でもこれまで一度も、<br data-end="338" data-start="335">人から指摘されたことはありません。<br data-end="358" data-start="355">自分でも、特に気にしたことはありませんでした。</p><p data-end="381" data-start="325">&nbsp;</p><p data-end="381" data-start="325">一方で、別の気にしていた部分については、</p><p data-end="441" data-start="383">学生時代にいじめっ子に指摘されて、<br data-end="426" data-start="423">嫌な思いをしたことがあります。</p><p data-end="441" data-start="383">&nbsp;</p><p data-end="515" data-start="443"><b style="font-weight:bold;">不思議なことに、<br data-end="454" data-start="451">見た目としてはほくろの方が目立つのに、<br data-end="476" data-start="473">なぜかそちらには反応がなく、<br data-end="493" data-start="490">自分が気にしている部分だけが指摘されました。</b></p><p data-end="515" data-start="443">&nbsp;</p><p data-end="588" data-start="517">体をかばっている人を見ると、<br data-end="534" data-start="531">「どこか悪いのかな」と気になることがあるように、<br data-end="561" data-start="558">人はちょっとした“違和感”に反応するのかもしれません。</p><p data-end="588" data-start="517">&nbsp;</p><p data-end="669" data-start="590"><b style="font-weight:bold;">もしかすると、<br data-end="600" data-start="597">自分が気にしているものほど、<br data-end="617" data-start="614">無意識のうちにその空気が出てしまい、<br data-end="638" data-start="635">周りの目を引いてしまうことがあるのかもしれないなと感じました。</b></p><p data-end="669" data-start="590">&nbsp;</p><p data-end="725" data-start="671">だからこそ、<br data-end="680" data-start="677">人の目を気にしすぎないことも、<br data-end="698" data-start="695">人間関係を少し楽にするコツのひとつなのかもしれません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12965221860.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2026 22:10:08 +0900</pubDate>
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<title>人の顔色を伺っていた私が守っていたもの</title>
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<![CDATA[ <p data-end="390" data-start="359">父が酒に酔って暴力をふるい、<br data-end="376" data-start="373">家の中の空気が一気に変わる。</p><p data-end="390" data-start="359">&nbsp;</p><p data-end="426" data-start="392">そんな日常の中で、<br data-end="404" data-start="401">私はいつも父の顔色を伺って過ごしてきました。</p><p data-end="426" data-start="392">&nbsp;</p><p data-end="487" data-start="428">父は祖母にだけ暴力を向けていました。<br data-end="449" data-start="446">その姿を見ながら、<br data-end="461" data-start="458">怖さと同時に、どこかやりきれない気持ちもありました。</p><p data-end="487" data-start="428">&nbsp;</p><p data-end="529" data-start="489">お酒が好きというより、<br data-end="503" data-start="500">気持ちのやり場がなくて飲んでいるようにも見えました。</p><p data-end="529" data-start="489">&nbsp;</p><p data-end="565" data-start="531">私は父が荒れないように、<br data-end="546" data-start="543">機嫌を損ねないように合わせていました。</p><p data-end="565" data-start="531">&nbsp;</p><p data-end="601" data-start="567">でも本当は、<br data-end="576" data-start="573">暴力で人を支配しようとする父のことが大嫌いでした。</p><p data-end="601" data-start="567">&nbsp;</p><p data-end="415" data-start="367">あの時は、もっと違う選択肢もあったのかもしれません。<br data-end="396" data-start="393">誰かに頼ることや、その場を離れること。</p><p data-end="415" data-start="367">&nbsp;</p><p data-end="415" data-start="367">でも当時の私には</p><p data-end="448" data-start="417">余裕がなく、そうした選択肢すら思い浮かびませんでした。</p><p data-end="448" data-start="417">&nbsp;</p><p data-end="509" data-start="450"><b style="font-weight:bold;">今振り返ると、<br data-end="460" data-start="457">父の顔色を伺いながら守っていたのは、<br data-end="481" data-start="478">家の平穏だけではなく、自分自身でもあったのだと思います。</b></p><p data-end="509" data-start="450">&nbsp;</p><p data-end="551" data-start="511">誰かに合わせて保たれる平穏は、<br data-end="529" data-start="526">その人の状態ひとつで簡単に崩れてしまいます。</p><p data-end="551" data-start="511">&nbsp;</p><p data-end="615" data-start="553">本当の安心は、<br data-end="563" data-start="560">相手に合わせ続けることではなく、<br data-end="582" data-start="579">少しずつでも自分の意思で選んでいくことの中にあるのかもしれません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12963854617.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Apr 2026 23:09:33 +0900</pubDate>
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<title>怒りを見ないふりをしていた私に起きたこと</title>
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<![CDATA[ <p>酒乱の父を見て育った私は、 「感情的になるのはよくないこと」</p><p>だと思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;特に怒りのようなネガティブな感情は、&nbsp;</p><p>できるだけ見ないようにして過ごしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;<b style="font-weight:bold;">あるとき、特に何もないのに、&nbsp;</b></p><p><b style="font-weight:bold;">ふと強い怒りがこみ上げてきたことがありました。&nbsp;</b></p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">理由も分からず、 ただ不快な感覚だけが残っていて、&nbsp;</b></p><p><b style="font-weight:bold;">驚いてそのまま気持ちをそらしてしまいました。&nbsp;</b></p><p>&nbsp;</p><p>そのときは、 「気のせいかもしれない」と思って、&nbsp;</p><p>深く考えずにやり過ごしてしまいました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくして、感情が戻ってきてから、 同じように</p><p>何もないのに怒りがこみ上げてきたことがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;胃の底から怒りと許せないという気持ちが湧き上がって、&nbsp;</p><p>自分の中に荒れ狂う何かがいるような感じでした。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">気づいたときには、 怒りというよりも</b></p><p><b style="font-weight:bold;">「憎しみ」に近いものに変わっていました。&nbsp;</b></p><p>&nbsp;</p><p>そのとき初めて、 怒りはそのままにしておくと、 消えるのではなく、</p><p>積み重なっていくのだと感じました。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして私は、 <b style="font-weight:bold;">その怒りを誰かに向けているのではなく、&nbsp;</b></p><p><b style="font-weight:bold;">自分に向けていたのだと気づきました。</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;<b style="font-weight:bold;">過去にできなかったこと、 うまくできなかったこと、&nbsp;</b></p><p><b style="font-weight:bold;">そのときに自分を責めた気持ちが、 ずっと残っていたのかもしれません。</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;怒りを感じること自体は、 人として自然なことだと思います。</p><p>&nbsp;でも、それを見ないふりをしてしまうと、</p><p>&nbsp;形を変えて積み重なっていくのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;だからこそ、 小さなうちに気づいてあげることや、</p><p>&nbsp;少しずつでも外に出してあげることが、 大切なのだと感じました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12962926917.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2026 23:11:37 +0900</pubDate>
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<title>人のために動いたのに、なぜか報われなかった理由</title>
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<![CDATA[ <p data-end="800" data-start="775"><strong data-end="800" data-start="775">「よかれと思って」の気持ちの底にあったもの</strong></p><p data-end="800" data-start="775">&nbsp;</p><p data-end="843" data-start="802">親切のつもりで伝えたのに、<br data-end="818" data-start="815">相手の反応が薄くてモヤっとしたことはありませんか？</p><p data-end="843" data-start="802">&nbsp;</p><p data-end="905" data-start="845">以前、完売してしまった推しグッズを探している知人に、<br data-end="874" data-start="871">中古ショップで未開封品を見かけたことを伝えたことがありました。</p><p data-end="905" data-start="845">&nbsp;</p><p data-end="953" data-start="907"><b style="font-weight:bold;">「喜んでもらえるかも」と思っていたのですが、<br data-end="932" data-start="929">反応は思っていたほどではありませんでした。</b></p><p data-end="953" data-start="907">&nbsp;</p><p data-end="1014" data-start="955">そのとき、<br data-end="963" data-start="960">「せっかく伝えたのに…」<br data-end="978" data-start="975">「なんでそんな反応なんだろう」<br data-end="996" data-start="993">そんな小さな引っかかりが残りました。</p><p data-end="1014" data-start="955">&nbsp;</p><p data-end="1058" data-start="1016">なぜだろうと考えたときに、<br data-end="1032" data-start="1029">自分の中にこんな気持ちがあったことに気がつきました。</p><p data-end="1058" data-start="1016">&nbsp;</p><p data-end="1073" data-start="1060"><b style="font-weight:bold;">「役に立ったと思われたい」</b></p><p data-end="1073" data-start="1060">&nbsp;</p><p data-end="1125" data-start="1075"><b style="font-weight:bold;">一見、相手のための行動のようでいて、<br data-end="1096" data-start="1093">どこかで評価されたい、認められたい自分がいた気がしました。</b></p><p data-end="1125" data-start="1075">&nbsp;</p><p data-end="1176" data-start="1127"><b style="font-weight:bold;">だからこそ、思ったような反応が返ってこなかったときに、<br data-end="1157" data-start="1154">モヤモヤしてしまったのかもしれません。</b></p><p data-end="1176" data-start="1127">&nbsp;</p><p data-end="1215" data-start="1178">それからは、<br data-end="1187" data-start="1184">「相手がどう受け取るか」を少し意識するようになりました。</p><p data-end="1215" data-start="1178">&nbsp;</p><p data-end="228" data-start="175">あのときの自分は、<br data-end="187" data-start="184">ただ誰かの役に立ちたかったというより、<br data-end="209" data-start="206">誰かに認めてほしかったのだと思います。</p><p data-end="228" data-start="175">&nbsp;</p><p data-end="274" data-start="230">本当の意味での親切は、相手の気持ちを尊重して、<br data-end="259" data-start="256">自分の期待をのせすぎないこと。</p><p data-end="274" data-start="230">&nbsp;</p><p data-end="317" data-start="276">あのとき感じたモヤモヤは、<br data-end="292" data-start="289">自分の中にあった気持ちに気づくためのサインだったのかもしれません。</p><p data-end="1215" data-start="1178">&nbsp;</p><p data-end="1215" data-start="1178">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12962624586.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2026 04:46:30 +0900</pubDate>
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<title>感情がないと、人との距離を感じてしまうとき</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">感情がなくなっていたとき、 人との関わり方で戸惑うことがありました。</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;ある日、大家さんが車を出そうとして</p><p>&nbsp;道をふさいでいる倒れた自転車をどかそうとしているのを見かけました。&nbsp;</p><p>大家さんは年配の方なので、 動かすのが大変そうだと思い、手伝いました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;そのときの私は、 メンタルの調子もあまり良くなく、&nbsp;</p><p>無表情だったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;それからというもの<b style="font-weight:bold;">以前はにこやかに接してくれていた大家さんが、</b></p><p><b style="font-weight:bold;">&nbsp;少しそっけなくなったように感じました。</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;はっきりとした理由は分かりませんが、&nbsp;</p><p>そのとき私は、少しでも役に立てればという気持ちが 伝わらなかったように</p><p>感じて、少し寂しいような、やるせない気持ちになりました。</p><p>手伝わずに、気が付かないふりをして通り過ぎた方が良かったのかな、とも思いました。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">感情が動かないと、 表情や反応も少なくなってしまい、&nbsp;</b></p><p><b style="font-weight:bold;">人との距離が開いたり、誤解が生じることが多いように感じました。</b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;うまく関われないことに、 自分を責めてしまうこともありました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;でも今振り返ると、 そんな状態のときは無理にうまくやろうとするよりも、&nbsp;</p><p>まずは傷ついていた自分を大切にすること、 安心できる時間を持つことの方が</p><p>大切だったのだと思います。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もし今、 人との距離を感じてしまっている方がいたら、&nbsp;</p><p>それはあなたの問題というよりも、 心が疲れているサインなのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>自分を大切にすることについても、<br data-end="725" data-start="722">別の記事で書いています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/iruka-444/entry-12962400421.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Apr 2026 21:58:37 +0900</pubDate>
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