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<title>フリーガムランのブログ</title>
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<description>ブログの説明を入力します。</description>
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<title>取越し苦労だったらいいな</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px; ">エボラ出血熱が12月に入る頃には、週に一万人に感染するとWHOが発表した。<br><br>恐らくその頃には、西アフリカだけではなく、色々な国にも感染は広がっていると<br>私は思う。<br><br>どれだけ、その感染を食い止められるか日本には万全をきして欲しい。<br><br>様々な感染予防と治療のシミュレーションを今からしていて欲しい。<br><br>一番怖いのは感染源のルートが分らない状態で感染者が出た時だ。<br>どこを注意すればいいか、その状態になると皆が疑心暗鬼になってしまう。<br><br>デング熱の時もそうだったが、最初の予防では間に合わず、後手後手に政府(都)の対策が遅れた。<br><br>そうならないように、もし日本でエボラ出血熱の感染者が出た場合は、大げさすぎると思われる程の対策をとるようにするべきだ。<br><br>空気感染はしないらしいが、治療のプロが二次感染するほどの感染力の強いウィルスなのだ。万全をきしてやり過ぎという事はないはずだ。<br><br>スティーヴン・キンングの「スタンド」(この小説の場合は空気感染するウイルスだが)のような世界にならないように、日本だけではなく各国が最重要事項として対策をこうじて欲しい。<br><br>そして、各国政府が情報を隠蔽しないで欲しい。<br><br>もし、隠していたりすると、そのしっぺ返しは最悪の状態を産んでしまう。<br><br>そして、ひとつ現時点で私が不安なのが、郵便物だ。<br><br>国際郵便物にウイルスが付着していた場合、これはなかなか防ぎようがない。<br><br>その辺りもつめて日本政府にはシミュレーションをしていて欲しい。<br><br>考え過ぎだったなー、と後で言って笑えるといいな。<br>これら全部が取越し苦労で、どうかあって欲しい。</span><font class="Apple-style-span" color="#1a1a1a" face="'Times New Roman', Times, 'ヒラギノ明朝 ProN', 'Hiragino Mincho ProN', YuMincho, 'Yu Mincho', メイリオ, Meiryo, 'ＭＳ Ｐゴシック', serif"><span class="Apple-style-span" style="font-size: 36px; font-weight: 800; line-height: 24px;"><br></span></font>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11940078449.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Oct 2014 00:59:54 +0900</pubDate>
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<title>とことこ</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">とことこ、走ると僕が怖いよ。<br><br>とことこ、ふっ、と後ろを振り向き、・・・<br><br>とことこ、なに？<br><br>とことこ・・・、どうした？<br><br>かわいいというか、それを通り越して、いるのかなんなのか<br><br>見てしまうな。<br><br>・・・パンパン掌を叩いて、・・・どうしたの？<br><br>うぅーぁ、・・・なに？<br><br>おいで。<br></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11472343737.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Feb 2013 08:33:08 +0900</pubDate>
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<title>ズーズーズッコケタ〜♪</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">考えをめぐらすことって、どういう事なんだろう？<br><br>考えってなんだろう？<br><br>布団を被って小さくなると子供のころ安心したな。<br><br>押し入れも安心したな。<br><br>でも、閉じ込められと怖いだろうな。<br><br>僕は閉じ込められた事ないけど。<br><br>一番下の弟が友達と帰ってくる声が団地の二階で聞こえた。<br><br>団地の二階のその部屋で僕は寝転がっていたんだ。<br><br>そして、ビニールのボールが外からその二階の窓に一つ投げ込まれた。<br><br>僕は、ふと思いついて、そのビニールボールを窓から顔が見えないように下に投げ返した。<br><br>うぁ、と未だ小さい弟とその友達の声が聞こえた。<br><br>外のその笑い声と共に、ビニールボールがまた二階の窓から僕の処に戻って来た。<br><br>僕は次に、その部屋にあるおもちゃ箱に幾つか入っているビニールボールを一個加えて、二つのビニールボールにして顔を見せずに窓の外に投げた。<br><br>うあぁは、という弟たちの笑い声が響いて、また二つのビニールボールが窓から投げ返された。<br><br>今度は三つにして窓の外に投げた。<br><br>弟とその友達が大きく笑った声がまた聞こえた。<br><br>三つが今度は外から投げ入れられた。<br><br>僕は、次におもちゃ箱から幾つものビニールボールを取り出し、八個ぐらいをいっきに投げ返した。<br><br>弟たちの爆笑が起こった。<br><br>外で笑う弟たち。<br><br>二階に居る僕。<br><br>その数個のビニールボールを投げ返そうとしている弟たちの雰囲気。<br>外の弟たちの近くを通る人が、「困るな～(そういう遊びは)」、というような事を言っていた。<br>その声を二階で聞く僕。<br><br>怒られた弟たちは、素早く数個を窓の外から二階に投げ入れた。<br><br>で、彼らは、後のビニールボールは外から窓に入れるのを諦め、<br>それらを手にして団地を登っり、<br>ドアを開けて僕の居るその部屋に来て、それらを手渡した。<br><br>その日の遊びはこれで終わった。でも、もしかしたら、違う日にもう一回ぐらい同じような事をやったかもしれない。<br>よく覚えていない。<br><br></span><span style="font-size: 16px;"><br>二十四歳頃だったか。<br><br></span><span style="font-size: 16px;">ズッコという友達に、僕は音楽が趣味の彼に、ばんばん適当な詩を書いて、曲をつけてくれと渡していた時期がある、短かい時期だったけど。<br><br>その中に、抱きしめてごらん自分を、というような詩があった。<br><br>書いている時から、失敗作だなという意識があった詩だ。<br><br>出来上がって、すぐさまズッコに渡した。<br><br>ふむ、という反応。<br><br>で、今度は僕がそれを見返した。<br><br>やっぱり、失敗作だなと僕は自分で思った。<br><br>しかし何年経っても、ズッコは、その時期に僕が何十も渡した詩の話をすると、その詩のことを言った。<br><br>「抱きしめてごらん自分を」、あれは良かったな。と。<br><br>僕の中では、それは失敗作だったので、あまりその詩を代表として言って欲しくなかったが、何故かズッコはその詩のことばかりを言った。<br><br>ズッコはどうしているだろう？<br><br>どうも、「ズーズーズッコケタ～」というアニメの曲の詩から、彼のあだ名は付けられたようだったけど。<br><br>おゲンコ？<br><br>どうしているだろう？<br><br><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11460921821.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Jan 2013 21:00:29 +0900</pubDate>
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<title>途方に</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">電車に乗っていて、ふと思いました。<br><br>つり革があり、電車のドアが閉まっていて、車窓の景色が流れていく。<br><br>この瞬間、産まれたばかりの自分が立っていたら、この様子をどう見るのかなと。<br><br>当たり前にある、つり革を、電車のドアを、車窓から流れていく景色を、前に座っている乗客を、どう見るのかと。<br><br>それを、それと経験上知っているから、当たり前にここに立っているけど、この今の僕は、圧倒的な情報に晒されて、そしてそれを見ているのだと、ふと思ったのです。<br><br>知っていると思っている、つり革や、電車のドア、窓から流れる景色。<br>電車はレールの上を走っている。<br><br>ある程度知っているから、この圧倒的な情報を処理出来ているけど、この光景が初めてだったら、産まれたばかりの意識の僕が仮に立っていたら、きっとこの情報量に唖然とするばかりではないかと。<br>ただ、唖然と立ちすくむばかりではないかと。<br>漠然とそんな事を考えていました。<br><br>経験則に支えられているからこの自分なんだろうけど、そのつり革はどうやって作られるかは知らないし、乗っている電車の下の部品はどうなっているかは全然知らない。<br>そこに立っている一瞬の状態の情報量を全て正確に知っている訳ではなく、その情報を取捨選択してほんの一部を扱っているに過ぎないなと。<br><br>そして、これはなにか教訓めいた事で書いている訳でもなく。<br><br>ただ、圧倒的な情報の中に僕は立っているんだなと。<br><br>ふと、そう思ったら<br><br>途方に暮れる。<br><br><br>かと、思ったら、次の瞬間は普通に立っていた。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">私を乗せた電車は走っていく。</span><br><br><br><span style="font-size: 16px;"></span><span style="font-size: 16px;"></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11377294099.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2012 21:29:42 +0900</pubDate>
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<title>かもしれない、一歩</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;"><br><br>近、現代もっと言えば大航海時代から資源の獲得で人は動いてきた。<br><br>歴史は資源獲得により左右されてきたと言ってもいいだろう。<br><br>色々な戦争の裏は、実は資源獲得の攻防の戦争だったとも言える。<br><br>もし、安全で効率の良い再生可能エネルギーが実現すれば、そもそもの、そういう争いも減るかもしれない。<br><br>オイルの為に血で血を洗うような事もしなくてすむ日がくるかもしれない。<br><br><br>そう考えると。<br><br>随分昔に、人類は月に立ったが、<br><br>日本が、再生可能エネルギーのフロンティアを切り開ければ人類が月に立つより凄い事になるかもしれない。<br><br>日本が、国家プロジェクトとしてこの道を開拓していっていったら、<br>とても、地味かもしれないけれど、その一歩は数百年後、数千年後もしも人類が生存していれば、語り継がれる事になるかもしれない。<br><br><br>『昔、昔、核爆弾っていうのが、地球には何千発もあったんだけどね。<br>ある、地震がきっかけで・・・・』<br><br><br>僕は、現実的に夢想する。<br><br>そして、その道はけっして間違いではない筈だ。<br><br>今、地球上に、何千発もの核爆弾がある事の方が、異常であり、狂っている。<br><br>その道はいずれ破綻する。<br><br>そろそろ良き道を、<br>その一歩を、ささやかながら踏み出す時だと思う。<br><br><br>地味かもしれない一歩だけど、ね。<br><br><br><br></span><br><span style="font-size: 16px;"></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11346026364.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Sep 2012 17:11:49 +0900</pubDate>
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<title>過渡期</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">消費税を上げる事に私は賛成します。<br><br>今後のエネルギー政策を、これから決めて行くそうですが、<br>私は原発依存はゼロという方向性を支持します。<br><br><br>1000兆円の国の借金がある日本で、早めの消費税アップを決めるという事は必要です。<br>随分前から、日本の国債は殆どが日本国内で買われているので、リスクが少ないという<br>論調がありますが、それには私は与(くみ)しません。<br><br>日本人の貯蓄が高く、それを持っている日本の銀行が国から国債を多く買っています。<br>悪く言えば、銀行は日本人の貯蓄を元に国債という人質をとっているという図が、私には浮かびます。<br>良く言えば、銀行が国を支えているのだとも言えるのかもしれませんが、ある種の相互依存関係が硬直して続いているように私には見えます。<br><br>今、貯蓄が高いのは年齢の高い人達で、老後に向けて貯蓄を使っていくでしょうし、<br>急激な逆三角形の人口比から、この日本人の貯蓄が目減りしていくのは明らかです。<br>このままいけば、銀行は貯蓄は減るは、国債はもっと買わなくてはいけないわ、では何処か<br>で破綻が生じます。<br><br>お金は紙です。子供銀行の紙幣となんら違いはないのです。<br>そこに生じる信用だけが違うから、人はお金を使っているだけにすぎません。<br><br>円が強い、強いと言われていますが、<br>誰かが、「王様の耳はロバの耳」と言って、皆が同調した瞬間、それは紙になってしまうのです。<br>他国に国債が流れていない(少ない)という事は、ギリシャのように支えてくれる国も少ないでしょう。<br>今のうちに信用を担保する意味でも、消費税を上げるという事を国が決めようとしている事は賢明だと思います。<br>今すぐ消費税が上がる訳ではないんですから。<br>今すぐ消費税を上げる法案を通そうとしているんですから。<br>信用を少しでも早めに作っておくんです。<br>良い意味でも、悪い意味でもユーロのような形では日本はありませんから、信用が無くなったら雪崩をうったように円の価値は墜落してしまうでしょう。<br><br>消費税を上げても、不況下では税収が上がらない、経済成長に重きをおけば税収は上がるという説も、どうも違うと私は思います。<br>高度成長期の日本ではもはや無くなりました。<br>今の日本は少し前のイギリスに似ているように思います。<br>経済成長に頼った税収の上げかたには無理があるでしょう。<br><br>そう、イギリスは公務員の削減など、行革を散々して消費税をあげたではないかという意見があります。<br>その意見には賛成します。<br>だから、行革だって、どんどんやればいいのです。<br>しなくては、いけません。<br>でも、だからと言って、今回の消費税アップに反対するというのも違うと思います。<br><br>ま、消費税に関しては、ここいらにして。<br><br><br>原発に関して。<br><br>国がこれからのエネルギー政策を決めようとしていますが。<br><br>ドイツも原発にノーという答えを出しました。<br>でも、ドイツだっていきなりのノーではありません。<br>イタリアはノーを出しましたが、他国から電気を買ってます。<br>地続きですから。<br><br>僕の立場はドイツ的な方向性を示せればいいな。<br>それも、早々な時期に脱原発にすべきだと思います。<br><br>電力会社と国策の原子力。<br>電力以外のところで、根が深く。<br>ここでも、電力会社と国の相互依存が違う形であるように思います。<br><br>根が深い処で、安全保障の問題と原子力は密接に繋がっているんでしょう。<br><br>リスク試算がよく言われますが、恐らく原子力に関してはこのリスク試算という事自体が出せないほど、原子力は高いリスクであり、今の科学技術では手を出すべきでは無い技術なのだと思います。<br><br>京都議定書。<br>そう、CO2削減、カーボン税とかありましたね。あれはどうなっているのか？<br>あの時、私も、それはいい事だと思いました。<br>そういう意味に於いては、確かに原子力はクリーンエネルギーではあるんですが。<br>現状、原子力は人間の科学技術でそういえるだけのものになっていません。<br><br>散々に原子力を進めてきて、いきなり止めるには無理がある。<br>原子力を止めると電力にお金が掛かり過ぎる。<br>と言われているが。<br>私は、今すぐ、この瞬間には無理だとしても、数年後には停められるんではないかと思っている。<br>莫大な原子力に掛けていたお金の何十パーセントかを地熱発電やシェールガス購入など<br>に向ければそう無理な話ではないように思う。<br>原子力をスパッと全部止めた方が低いパーセンテージでやるよりは、ゆくゆくはコスト的には一番安上がりらしいし。<br><br>私は、やはり、根底には、国の安全保障と根が深い処で密接に繋がった電力会社と国の原子力政策がネックになっていると思っている。<br><br>原子力は止めるべきだと思う。<br><br>それも、早い時期に。<br><br>ドイツの政策をたたき台にして野田総理には頑張って欲しい。<br><br>過渡期に立った政治家の役割は大きい。<br><br>(潰されたら、潰されたでいいじゃない。<br>もともと野田派なんて20数名でしょ。)<br><br>やれるだけやったら、ゆっくり休めばいいさ。<br>それまでは、なんとか頑張ってちょ。<br><br>はい。<br><br>長文すぎて疲れた。<br><br>ここいらで、了。<br><br>最後まで、読んでくれた人いるかいね？<br><br><br>※よく考えたら「王様の耳はロバの耳」の話の喩えだと若干意味が拡散してしまうな。「王様は裸だ」の方が意味が通じますね。でも、詳しく知らなかったその話を調べると少し深い話なのでそのままにしておきます(ペコリ)。<br><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11316262041.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Jul 2012 02:42:58 +0900</pubDate>
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<title>ボンナイフとミートスパゲッティー</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">小学校3年生ぐらいだったろうか。<br>ボンナイフという文房具が流行った。<br><br>簡易のナイフで小学生でも危なくなく使えて値段も安く、同級生の多くが持っていた。<br><br>買って来て、紙を切ってみた。<br>スーーッと気持ちよく切れる。<br>何枚も何カ所も紙を切った。<br>(鉛筆は鉛筆削りがあるし、何故か鉛筆などを削る方向には意識がいかなかった。)<br><br>ふと、自分の後ろにある、椅子に気が付いた。<br>キッチンに置いてあるテーブルの椅子と同じ物で、セットで買ったが間取りの関係から<br>そこに置く事が一脚出来ず余った椅子が、子供部屋の私の机の後ろにあまり意味も無く<br>置かれていたのだ。<br><br>座面が黒いビニールになっている椅子だ。<br><br>僕は、立ち上がり、後ろにあったその椅子に近寄り、黒い座面を凝視した。<br>数秒の躊躇(ためら)いの後、ボンナイフで切った。<br>ピンと張られた黒い座面のビニールが気持ちよくボンナイフで切れた。<br>10センチぐらいだったろう。切った。<br>気持ちよく切れた。<br><br>中の詰め物の黄色いスポンジが見えた。<br><br>そして、すぐにこれは、ひょっとしてマズい事をしてしまったのではないか、と思った。<br>見るからに無惨にその椅子は切れている。<br><br>その当日にすぐ、その椅子が切れている事に母が気が付き、私に問いただした。<br>隠しようも無く、直ぐにボンナイフで自分が切った事を白状した。<br><br>母は怒りながら、どうしてこんな事をしたと問いつめるのだが、その時の私はすぐに明確な<br>返答も出来ずに、ただ母の説教を聞いていた。<br>母は怒りながら、自分の子供が何故こんな事をしてしまったのか、説教をしながら推論を<br>組み立てて説教＆質問をしてくる。<br>私は、「うん」とか「違う」とか答え、その推論的説教を聞いていた。<br><br>と、それを聞いていて、あ、それだなと納得出来る、結論が導き出された。<br><br>「気持ちよく切ってみたかった」。<br><br>そうなんでしょ？と問われたが、なかなか素直には「はい」と返事は出来なかったと思う。<br>でも、自分でも判然としなかった明快な理由を突きつけられて、私は、母に同意した。<br><br>「そりゃ、ボンナイフ買って、切り心地の良さそうな処見たら、切りたくなるかもしれないけど」<br>訳の分らない自分の息子の行動に、さっきまで、烈火の如く怒っていたが、ある種の結論が<br>見えたところで母の怒りは少し静まり、私の気持ちを察するような言葉を掛けてくれるよう<br>になった。<br><br>が、普段はなるべく子供の説教には加担したくないと思っている様子の父が、それを聞いて<br>いて怒り出した。<br>「バカ、気持ちよかったら、切っていいのか。恐ろしいよ、その考え。それをいいって言っち<br>まったらこいつ、大人になって何するか、分らないぞ。いいか、ダメなものは、ダメなんだ。<br>どんな事があってもやっちゃいけない事っていう事はあるんだ。単純だ。どんな理由があろうと。」<br><br>引っ越しをするまでの長い間、その椅子はそこにずっと置かれていた。<br>切られた箇所に黒いビニールテープを貼って。<br><br><br>それから数年たった頃。<br>日曜の昼だったか、台所のテーブルでミートスパゲッティーを家族で食べている時。<br>「8時だよ、全員集合！」でカトちゃんが、パイを顔に付けてしまうシーンが面白かった<br>と、僕は両親に話して聞かせ、自分の前にあるミートスパゲッティーをパイにみたてて、<br>「こうやってたら」と顔を近づけ説明していた。<br><br>と、グッと僕の後頭部を父が押して、僕は顔面をミートスパゲテッティーに埋めた。<br>僕の顔面は、ミートソースだらけ。<br>可笑しくて可笑しくて、笑った笑った。<br>父も軽く笑った。<br><br>母は、なにがそんなに可笑しいの、と言うが。<br><br>可笑しくて、可笑しくて。<br>顔を洗っても未だ可笑しくて。<br><br>午後いっぱい、思い出して、未だ可笑しくて。<br><br><br>今でも時々思い出して、可笑しくて。<br><br><br>もしかしたら、僕の父のアイコンはこの二つの思い出かもしれない。<br><br><br>あなたのアイコンはなんですか？<br><br><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11274324683.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Jun 2012 21:01:18 +0900</pubDate>
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<title>母の日回顧録</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">高校生の頃。<br><br>探し物をして普段開けない棚などを漁っていた時に、自分の証明写真のようなモノを発見した。<br>モノクロ写真だったので、いつ誰に撮ってもらったものだったか憶えて無く、なんとなく変だなと思い、よくよくその写真を見た。<br>憶えが無い。<br>よーく見た。<br>・・・自分ではなかった。<br>どうも父親の若い時の写真らしい、と気が付いたのは、数分後だった。<br>それほどその写真の父親の顔とその頃の自分の顔は似ていた。<br>成人した以降の父の写真は何枚か見ていたから、大体どんな顔をしていてその当時の父の顔に至っているかは知っていたが、高校時代の自分と同世代の父の写真は見たことがなく、不意にその写真を発見したのでそんな反応になった。<br>マジで気味が悪いぐらい似ていたしね。<br><br><br>狭い玄関には白いレリーフが子供の頃からいつも飾ってあった。<br></span><span style="font-size: 16px;">父が造ったらしく、若いときは画家になりたかったらしいので、それなりに上手くできている。</span><br><span style="font-size: 16px;">白い石膏で女性の横顔である。<br>少しだけ下を向いている。<br><br>未だ僕が小学生にもなっていない時、父は膝の上の僕にスラスラスラと線描の絵を書き出して見せた。<br>なにを描いているんだ？と思って見ていくと、女の人の裸の絵だった。<br>僕が、それを見てキョトンとしていると。<br>「分るか？・・未だ早いか」と言って、父は軽く笑った。<br><br><br>母は実は気性が激しい。<br>どうも性格は母親に僕は非常に似ているようだ。<br>そして似ているからこそ、他人には分らない、その違いが僕にはよく分った。<br>だから衝突もあったが、理解度も高いように思う。<br>父も母親とお前の性格は嫌になるほど似ていると言っていた。<br>気性が激しく頑固であると。<br><br><br>小学3～4年生頃だったか、母の日が妙に盛り上がった日があった。<br><br>切っ掛けはよく憶えていないのだが、母の日だからと弟がイラストの切れ端を、洗い物をしている母にあげると、とても喜んだので、そんな物でも喜んでくれるのかと、なんでも片っ端から「母の日だから」と弟と僕で</span><span style="font-size: 16px;">プレゼントした(</span><span style="font-size: 16px;">渡した)のだった。<br>本当につまらない物ばかりをあげた。<br>広告の切れ端から、よくて小さくなった鉛筆ぐらいだったと思う。<br>僕たち子供が次々に広告の切れ端のような物を母に手渡し、母親は笑いながら嬉しそうにそれを受け取っていた。<br></span><span style="font-size: 16px;">家族に幸福な瞬間というのがあったとしたら、あの時をそう呼んでもいいような気が今するほどの盛り上がりだった。<br><br><br>数日後の朝、子供部屋で母親が僕に「父の日にも、お父ちゃんに、なんかあげてね」と言った。<br>「分ってるよ」、と応えた。<br>「あんなもんで、キャッキャ喜んで、ってお父ちゃん、なんか怒ってたから」<br>「・・・」<br>「なんでもいいからお父ちゃんにもあげて」<br>子供ながらに、そこいら辺の感じは察していた。<br>それほど、その時、子供たちと母親だけで盛り上がってしまっていたのだ。<br>余計な助言はいらないよ、と思い。<br>「分ってるって」と応えた。<br><br>が、父の日はそれほど盛り上がる事はなかった。<br>計画的なソレと、ある種の偶発的なライブ感覚の違いのようなモノである。<br><br>男親はそういう場合に弾ける事が出来ない。<br>特に僕らが子供だと、男親はどう接したらいいか迷うのかもしれない。<br>男親とは成人以降に本当の付き合いが始まるような気がするし。<br><br>で、<br>そう。<br>何故こんな事を書いたかと言うと。<br>昨日、母の日でした。<br>何もしませんでした。<br>すまんこってす。<br>回顧しないでカネーションでも送るべきなのかもしれませんが。<br>すまんこってす。<br><br><br>石膏のレリーフは今何処にあるんだろう？<br><br>そのモデルが母親だという事を、<br>その自分のような父親の写真を見つけた、数年後に僕は知る事になるのです。<br><br><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11250140074.html</link>
<pubDate>Mon, 14 May 2012 01:04:51 +0900</pubDate>
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<title>言う事。</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">言っておけば良かったと思いたくないので、書いておきます。<br><br>ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版、肥田美佐子のNYリポート　米議員が4号機プールの危険性を指摘「燃料棒取り出しの迅速化を」</span><span style="font-size: 16px;"><br>でも書かれていましたし、<br>自由報道協会の上杉隆氏も似たような事をTVなどで言っていますが、<br>福島第一原発の4号機の燃料プールから燃料棒を取り出す前に、もう一度大きな地震なり、不測の事態が起こり燃料棒になにかあったら、日本はシャレにならない状態に陥ってしまう可能性があります。<br><br>政府もそこいら辺は恐らく承知して最善を尽くそうと思っているとは思いますが、もっとその事に力を注いで欲しい。もう日本独自でという面子も捨てて、その事に関しては国際的な協力を仰ぐ事も日本は視野に入れた方がいいと思います。<br><br>日本が先ずは何をすべきかという優先順位は、これが一番です。<br>消費税や行革も大切だと思いますが、一番に日本政府が全力を尽くして処理しなくてはいけない事は、4号機プールからの燃料棒の取り出しです。<br>これに万が一、失敗したら、消費税も行革もなにもありません。<br><br>少しでも速く。そして、成功裡に燃料棒の取り出しがなされる事を、切に願い希望します。<br><br>私が、こんな処で偉そうに言って何が変わるか。<br><br></span><span style="font-size: 16px;"></span><span style="font-size: 16px;">でも、言わないより、言った方が良いならば、言う。<br><br>たったこれだけの文章を書いて少しでも、一ミリでも、事が良い方に向かうのならば、書こう、言おうと思うのです。<br><br></span><span style="font-size: 16px;">リスク管理という点で、3.11で日本は大きな失敗をしました。<br>又、復興に水をさすような発言は控えるべきだと、言うのも間違いです。<br>そういう「なんとなく」で、既に一度大きな失敗を日本はしてしまったのですから。<br><br>誰だって、言うべきなのです。</span><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 01 May 2012 03:22:06 +0900</pubDate>
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<title>みっけた</title>
<description>
<![CDATA[ <div style="text-align: left;"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120424/23/istudemokoconi/77/8e/j/o0800048011934884404.jpg"><img ratio="1.6666666666666667" id="1335278298702" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120424/23/istudemokoconi/77/8e/j/t02200132_0800048011934884404.jpg" alt="フリーガムランのブログ-花猫"></a><br><span style="font-size: 16px;">花に猫が埋もれていました。<br>向こうの方に居る仲間の猫を見ているのです。<br><br>野良猫の寿命は2～3年と聞いた事があります。<br>儚いです。<br><br>かわいいです。<br><br>がんばろ。</span><span style="font-size: 16px;"><br><br><br>レイアウトがあまり上手く出来ませんでした。<br>Amebaで写真載せるのなんか難しいです。<br>みんな上手く載せてるよな～。<br><br>分りにくいですが、中央の茶色いのが、その猫です。<br><br><br></span></div>
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<link>https://ameblo.jp/istudemokoconi/entry-11232631180.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Apr 2012 23:35:21 +0900</pubDate>
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