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<title>ものづくりは愛である</title>
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<description>主に建築周辺、生活周辺の「ものづくり」にまつわる話ナド</description>
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<title>『愛と暴力の戦後とその後』 レビュー</title>
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日頃ぼんやりと、もしくは漠然と思う、もしくは感じることがある。身の回りに起こる様々な現象・事象に対し、それらが、何故だか分からないがとにかく自分の何かに引っ掛かる、面白い、不思議、何じゃこりゃ、何でこうなるのか！（怒）…何でもいい、自分の何かに引っ掛かったものを、何か言葉にしないと落ち着かない、腑に落ちない、というもの。これは人間の中のある種の性質であって、とにかく言語化しないとおさまらないという人は少なからずいる。日記をつけている人は日常的に一日の終わりにその日を振り返って言語化しているのだろ
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<dc:date>2015-05-20T02:59:52+09:00</dc:date>
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<title>断髪式</title>
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昨日17時過ぎに、計5人の立会いの元、私の「断髪式」が滞りなく執り行われたことを、此処にご報告申し上げます。思えば、父の葬儀の前日に散髪して以来この1年半、別に床屋に行くお金が惜しかったワケでもなく、ただただ何となく世の状況に流されるままに伸ばしてきた、この白髪混じりの髪。伸ばし始めた頃、ある人から「反抗期ですか？w」と言われ、そうか、そういえば私は亡くなった父に対して、最期まで反抗期というものが全く無かったな～と思い至り、コレはひょっとして父に対する遅れてきた（遅すぎ）反抗期なのか？などと考え
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<dc:date>2015-05-06T01:52:16+09:00</dc:date>
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<title>会津・さざえ堂</title>
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裏磐梯在住の叔父が年初に骨折し、そのお見舞いを兼ねて遊びに行くという私の姪の企画があり、珍しいメンツだったので便乗してきました。私も叔父の所へ行くのは、おそらく14～15年ぶりくらい。そして、せっかく行くのだからと、ずっと行ってみたかった会津若松にある「さざえ堂」まで、足を延ばしてきました。「さざえ堂」は、正宗寺の僧侶・郁堂が考案したとされる仏塔で、寛永8年（1796年）会津・飯盛山に建立されました。内部が2重螺旋のスロープになっていて、上りと下りが別の通路になっています。その通路に沿って西国三
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<dc:date>2015-04-11T14:40:33+09:00</dc:date>
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<title>『イザイホウ　－神の島・久高島の祭祀－』</title>
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写真はアップリンクのサイトより拝借昨年たまたま、比嘉康雄著『日本人の魂の原郷　沖縄久高島』を読んでいたので、まさかその祭祀「イザイホウ」の映像が見られるとは！と思い、迷わず予約して観てきました。「イザイホウ」とは、久高島で12年に一度行われてきた祭祀で、1978年を最後にもう行われていないとのこと。映像は1966年の時の祭祀でしたが、島の生活の過酷さや、島を守ってきた女たちの姿、そして祭祀の様子など、貴重すぎる映像でした。興味のある方は、上記、比嘉氏の著書を合わせて読むのを絶賛オススメ中です～！
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<dc:date>2015-01-24T17:32:17+09:00</dc:date>
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<title>「精神修養」</title>
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謹賀新年今年もよろしくお願いします！もうこのブログのことを忘れていたわけではありませんｗ身の回りに起こる状況に、記述が追いつかないというくらい、いろいろありすぎていっぱいいっぱいだったわけで。あらためて記述することを積極的にしていく年にしたいなと思っております。昨年の個人的なテーマとして、「感覚」というのがありました。それを意識しながら身体を動かしていました。その流れから、今年の（でも実は去年からダラダラ続く）テーマとしては、「精神修養」コレで行くことにしました。何卒、ごひいきに。
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<dc:date>2015-01-05T23:37:51+09:00</dc:date>
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<title>新井淳夫「フランスの最も美しい村々」－第４章－</title>
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フランスの美しい風景画の並ぶ展示です。会場で「新井さんの眼は広角レンズですね」と言ったら、「みんなそう見えているんだけどね」と新井さん。そうそう確かに、時間と共にシークエンシャルな空間認識というのは歪んでいるし、それを2次元の絵にした時にはそうなるだろうなと。いつも素晴らしいなと思うのが、グッと惹きつけられる鳥瞰図的な風景画。実際にその風景を見ている場所から50mくらい上方に、鳥のように飛んだらこう見えるのかな、という新井さんの「具体的な」心象風景。ここでも空間は大いに歪む。けれど、むしろ我々は
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<dc:date>2014-10-04T10:56:00+09:00</dc:date>
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<title>『岡本太郎とアール・ブリュット〜生の芸術の地平へ』展</title>
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アーティスト・画家である中津川浩章さんから『岡本太郎とアール・ブリュット』展のお知らせを聞いた時、その親和性を思えば、これは間違いなく良い展示になるだろうと確信しました。しかも、日本で障害のあるアーティストの作品の数々のディレクションをされてきた中津川さんが、今回はどのようにキュレートされるのか、本当に楽しみでした。アール・ブリュット、アウトサイダー・アート、障害者アート、などいろんな呼び方（や厳密な定義？）があるようですが、もうそんな呼び方や境界さえどうでもいいじゃないか、同じ生命の根源という
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<dc:date>2014-07-21T17:13:40+09:00</dc:date>
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<title>『デザイン・ミーティング』開催のお知らせ</title>
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<title>ソックリ！ビックリ！</title>
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昨日までいさらアートスペースでやっていた赤佐ひかりさんの展示に来られた、作家さんの知り合い御夫妻。連れていたヘビーカーでスヤスヤ眠っていた1歳児の寝顔がウチの娘の同じ頃にソックリだね～と私とカミサンで懐かしがっていました。まぁベイビーなんて寝顔はだいたいみんな似ていて、起きたら違うんだろうな、などと思っていたら、起きてもソックリ過ぎてビックリ。ソックリ！ビックリ！娘のその頃の写真を御夫妻に見せたら、まるでウチの子の写真ですね、と。（笑一卵性ではないかという程の似方に、その場に居合わせた人も皆、驚
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<dc:date>2014-06-02T20:41:29+09:00</dc:date>
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<title>「かがく、じゃなくて、かんかく」（その4）</title>
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（その4）（その3）で紹介させて頂いた『皮膚感覚と人間のこころ』によれば、「感覚」と「知覚」の違いは、環境因子による局所的な反応が「感覚」、脳が感覚器からの情報を認識することを「知覚」と定義されている（ニコラス・ハンフリー博士『喪失と獲得』）ようですが、猫を見ていると、殆ど感覚だけで生きているんじゃないかという気がしてきます。猫を見て「あー私も猫になりたい」という方の発言は、「私は感覚的に生きたい」とついつい翻訳してしまうのですが（笑）、少し前に取り上げられていた猫の話を最後のオマケに。この猫は
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<dc:date>2014-05-06T17:49:45+09:00</dc:date>
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