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<title>生きる意味</title>
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<description>死にたくて消えたい気持ちを綴った自己満足なものです。ご理解いただけない方は回れ右をお願いいたします。</description>
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<title>夢</title>
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<![CDATA[ こうやって嫌なことばかりあるのも。<br><br>辛いのも苦しいのも笑えないのも全部。<br><br>悪い夢だったらいいのに。<br><br>毎日来てたママからのメールがこなくなって。<br><br>いつも声を殺して泣いてるのも。<br><br>全部。<br><br>私が見ちゃった悪い夢だったらいいのに。<br><br>自殺して、奇跡的に目を覚ましたら元の世界に戻ってるような。<br><br>そんな夢だったら良かったのにね。<br><br>死にたい。<br><br>友人も私のことなんて大切だって思ってくれていないから。<br><br>所詮は上辺の関係だから。<br><br>先輩に挨拶しても返ってこなくて。<br><br>まるで私なんかいないみたいな。<br><br>そんな感じがする。<br><br>初めから私なんか存在してないみたい。<br><br>生まれてこなきゃよかった。<br><br>もう死にたいな。
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<link>https://ameblo.jp/itsuki1140/entry-12067099748.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2015 14:46:57 +0900</pubDate>
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<title>大好き</title>
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<![CDATA[ 15の頃に母とこれまでにないくらいの喧嘩をしました。　<br><br>元同級生と会った時に人見知りの私は上手く話せなくて、その時に母からなんで話せないの？意味が分からない、と言われたんです。<br><br>人と話せないのを怒られたことは今までにも沢山ありましたが、高校入学を控えていたのもあって、自分でもそこを気にしていたので母から言われて余計に腹が立ったんだと思います。<br><br>私とは違って人見知りなしの活発な弟まで私に対して母と同じようなことを言ってきます。<br><br>そこで言い返して母と喧嘩勃発。<br><br>終いには乗っていた車を降りろと言われてしまう始末。<br><br>その場から家までは車で15分程度だったので、歩きで帰れないこともありません。<br><br>私は歩いて帰ることを決めて、車から降りました。<br><br>ついつい降りろと言ってしまったけれど、21時に娘をひとりで歩いて帰らせることはできなかったのでしょう。<br><br>母は車で追いかけてきて乗りなさい、と言いました。<br><br>まぁ、そこで大人しく乗れば大事にはなりませんよね。<br><br>本当に腹を立てていた私はひたすら逃げました。<br><br>一度きた道を戻ったり、歩きでしか通れない道に入ったりとか…。<br><br>端から見たらシュールでたいへん滑稽な光景だったと思います。<br><br>最後には母から捕まったんですけど。<br><br>その時に思わず、<br><br>「弟もママもみんな嫌い。<br><br>こんな大嫌いな人ばかりの家に<br><br>なんで帰らなきゃダメなの？<br><br>ママなんか大嫌い。<br><br>さわらないで」<br><br>と言ってしまったんです。<br><br>私もその時は悔しさと悲しさと怒りで頭がごちゃごちゃになっていたので母がどんな顔でこの言葉を受け止めたのかは分かりません。<br><br>それから４日くらいは母と冷戦状態でしたが、なんとか自然と話せるようにはなりました。<br><br>今は普通の親子関係を築けていますが、あの日に大嫌いと言ってから一度も母に大好きだと言えてません。<br><br>本当は大好きなんです。<br><br>本当は大好きだって言いたいんです。<br><br>けれど直接は勿論、メールでも大好きだと言えません。<br><br>いつか言えたらいいなぁ。<br><br>私が死ぬまでに言えたらいいなぁ。<br><br>死ぬ時にはちゃんと電話で大好きだって言いたいと思います。<br><br>今は言えそうにないからここで。<br><br>ママありがとう。大好き。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/itsuki1140/entry-12065800787.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Aug 2015 21:55:38 +0900</pubDate>
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<title>母からのメール</title>
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<![CDATA[ 高校に入学してこれまでに感じたことのないくらい死にたいと思うようになってしまいました。<br><br>県外の高校へと入学した私は寮生活だったのですが、先輩や同級生や寮母さんや先生などの様々な立場で私に関わっている人の気持ちをどうしてもネガティブな方向に捉えてしまって、そのたびに生きてる意味なんかないのではないかと思うようになりました。<br><br>ここままではだめだ、と一度夏休みに帰省して父に転校したいのだと話してみようと決心しました。<br><br>けれど、父はやはり怒りました。<br>ただ怒るのではなくて正当な理由を付けてダメだと言うのがこの人のたちが悪い所です。<br>「なにか目指すものがないまま転校しても同じことの繰り返しだ」<br>確かにそうだと思います。<br>心が健康な人からしたら確かに私のこの考えはありえないものなのだと思います。<br>父と同じ意見の人の方が多いのではないでしょうか。<br><br>それでも本当に精神的に辛い思いをしている、所謂《病んでいる》状態の私からすればそれは受け入れがたい言葉でした。<br><br>そして、私は一年間はこのまま続けるという条件で寮へと帰されることになりました。<br><br>学校を続けると決まった数日後に手首や腕の傷が母に見つかってしまいました。<br>母から腕を撫でて泣きながら「ママにとって大切な子だから」と言われました。<br>その時に初めて私はちゃんと愛されていたんだと気づきました。<br><br>そして、寮に帰る日。<br>父と母が車で寮まで送ってくれました。<br>着いて車から降りた時に母から「無理しないでね」と言われました。<br>私は戻りたくなくて、これから生きていける自信がなくて泣きました。<br><br>部屋に戻ると母からメールが届いていました。<br><br>『さっきはプリン大福を渡すの忘れたよ。<br>最後にギュっとしたかったけどあなたが泣いてるのかなと思ってママも涙がでてきたからできなかったわ。<br><br>先が見えないわけじゃないから、今やれる事をあなたなりにやってみようね。<br>ママもあなたの事を毎日考えるから。<br>あなたは無理して笑顔作るクセがあるから<br>嫌な時は笑わなくていいからね。<br>友達に嫌な事言われたら言い返していいし<br>気持ちを溜め込まなくていいから。<br><br>ママ、遅くなるけど毎日電話かメールかするからね。<br><br>つらい事があったら話してね。<br>ママはあなたの味方やからね。<br>ママも頑張るから、未来が幸せになれるように少しずつ前に進もう、お互いに。』<br><br>これを見た瞬間に部屋で涙が止まりませんでした。<br>母が悲しむから私は死んだらダメなんだと思わされました。<br>死にたいと思うほど思い詰めている長女とモラハラな旦那の間に挟まれている母こそが一番キツいし辛いのだと思います。<br><br>私もママのことが大好きだよ。<br>大切だよ。<br>世界で一番ママのことが大好きだよ。<br><br>心の中はそんな気持ちでいっぱいだったのに、私のどこかでまだ死にたいと思う気持ちが離れないことがイヤでした。<br>ママを悲しませるようなことをする可能性がまだまだあるということがイヤで、そんな自分が大嫌いです。<br><br>死にたいと思わないようになりたいのに。<br>思わずにはいられない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/itsuki1140/entry-12065077825.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 22:32:13 +0900</pubDate>
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<title>横暴な父親</title>
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<![CDATA[ 父はちょっとしたことをキッカケに気が狂ったように怒鳴り始める人でした。<br><br>怒鳴るだけなら良かったんですけど、調子が悪くて良いプレーができなかった時には試合の帰りの車の中で怒鳴られて缶コーヒーを顔の横に投げつけられることや、父の機嫌が悪い日の晩御飯が気に入らないものだと平気で料理の入った皿を投げつけて割ったりして、母に「気分が悪い時にこんなもの食わせるとか嫌がらせか」と怒鳴りつけることも珍しくはありませんでした。<br><br>そのため、私達家族は父の機嫌取りに必死でした。<br><br>父が仕事から帰ってくる時は庭の砂利の音がするので分かります。<br>機嫌が悪い日は運転が荒いので砂利の音も激しいです。<br><br>機嫌が悪いと思ったら弟はすぐに自分の部屋へと戻ります。<br>そんな日はかなりの確率で母が怒鳴られるので、私は母を父と二人にしたくなくてリビングでテレビを見たままでした。<br><br>かと言って、母が怒鳴られてる時に父を止める勇気があるわけではありませんでした。<br>母が怒鳴られるのを見て泣きじゃくるまだ２歳の妹を抱きながら私は妹に部屋の端っこで「大丈夫だよ」と言ってあげることしかできません。<br><br>泣きながら父に謝る母を見ると「いい加減にしてよ」と叫びたくなって喉につっかえます。<br><br>母が怒鳴られる理由は殆どが理不尽なことでした。<br>晩御飯を準備するのが遅いと「何もかもがうまくいかないのはお前がトロいせいだ」とかそういうことで怒鳴ることが多かったです。<br><br>そんな父に怯えて暮らしていたから私は高校を父が勧めた高校に決めました。<br>イヤだと言うとまた怒鳴られそうで怖かったからです。<br>今思えばあの時に多少怖い思いをしてでも自分の意見を言っておくべきでした。<br><br>そのせいで今こんなに苦しいんだから。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/itsuki1140/entry-12065062959.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Aug 2015 21:39:24 +0900</pubDate>
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