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<title>人と出会う楽しさ</title>
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<title>他人は自分を映す鏡-2-</title>
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<![CDATA[ こんにちわ、ＴＩＯです。<br>最近、めっきり寒くなってきた上に雨まで降ってますね。<br>風邪をひきやすい季節になってきましたので、<br>お部屋の乾燥や体調管理には気をつけていきましょう(＝⌒▽⌒＝)<br><br>さて、昨日の続きですが、<br>自分を振り返って見ると、人のこといえないなぁと思える行動が<br>多いと思えました。<br><br>例えば、先日のアルバイト先（コンビ二）でのことですが、休暇中の人の代わりに<br>他店からヘルプで来ていただいた方の作業内容を、店長に作成依頼していたのですが、<br>店長は作らずに帰ってしまいました。<br>腹を立てながらも、自分がこれまでに同じようなことをしたことがないかと<br>思い返してみると、結構出てくるものです。<br><br>そんな自分の行動を棚上げして、他人に腹を立てるなんて、<br>まさに他人の振り見て～ですね。<br><br>このことで、私は新たに<br><br>「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">己の欲せざるところ人に施すことなかれ</span>」<br><br>という考えに至りました。（孔子の言葉ですね）<br>今後、人間関係を円滑にするために、常に相手を想い行動していこうと<br>思います。<br>もしよろしければみなさんも、この言葉を頭の片隅に置きながら<br>人と向き合ってみませんか？<br>そして、自分のなかで何か感じられたことがありましたら<br>是非コメントをしてもらえると嬉しいです。<br><br>それでは、また次回お会いしましょう。<br>
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<pubDate>Fri, 09 Dec 2011 16:38:06 +0900</pubDate>
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<title>他人は自分を映す鏡</title>
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<![CDATA[ こんにちわ、ＴＩＯです。<br><br>第三回目の今日は<br>「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">他人は自分を映す鏡</span>」というお話です。<br><br>よく「他人の振り見て我が振り直せ」と言われていますね。<br><span style="font-size: 9pt; font-family: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;; color: black; line-height: 1.5;">他人の何気なくやっている動作や態度で好ましくないと感じたら、<br>その相手をとがめる前に、自分は他人に対して同じようなことをしていないか、<br>他人の行動を自分のこととして省みなければならない、という諺ですね。<br><br>これを、人間を観察することで、相手から何かを学び取ろうという<br>考えに置きかえます。<br>そうすると、今まで他人に興味がなかった私の中に、変化が生まれてきました。<br><br>それは、<br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">他人の行動の良いも悪いも、学び取ることが出来る<span style="color: rgb(0, 0, 0);">。<br></span></span>というものでした。<br>何を学び取ったかについては、次回お話いたします。<br><br>皆さんは、人の振りから何を学びとりましたか？<br>ぜひ、いろいろな人を観察してください。<br>そして、興味を持ってください。<br>感想、お待ちしております。<br><br>追記<br>今日、玄関掃除をしていて気づいたのですが、<br>玄関がさびしいです。<br>花か絵を飾るといいのかも知れませんので、<br>明日にでも町を散策してみよと思います。<br>私事でした。<br></span>
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<link>https://ameblo.jp/iwi0511/entry-11101166389.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 16:12:44 +0900</pubDate>
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<title>何かひとつ日常に習慣を加えましょう</title>
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<![CDATA[ 皆さん、こんにちわ。ＴＩＯです。<br>第二回目の今回は、<br>「何かひとつ日常に習慣を加える」です。<br><br>私は最近、家に帰ってくるとまず、トイレ掃除をしています。<br>とはいっても毎日本格的な掃除ではなく、汚れが目立つ場所プラス少し目立たない<br>場所を掃除しています。<br><br>ポイントなのは、少し目立たない場所の掃除です。<br>目立つ場所（便器や床）は、いつも使っている場所なので毎日掃除します。<br>目立たない場所（棚の上や手洗いタンクの後ろ）は、視線を移動させないと見えてこない<br>ので普段は気に留めていませんでした。<br>しかし、何気なく目を向けたとき、結構汚れやホコリが溜まっています。<br>ここを、毎日ローテーションで掃除していると、トイレ全体がいつも綺麗になっています。<br><br>ここで私が学んだことは、<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">誰かがやってくれる。そう思っていると、誰もやってくれません。</span><br><br>自分からやるようになると、ほかの人は口には出しませんが、トイレを<br>使うとき、ちょっと気を付けて使ってくれます。<br>これは、毎日掃除をしていて見えてくるものです。<br><br>感謝の言葉が欲しいわけではありません。<br>そんなものを求めて掃除をしているわけではありません。<br>自分もトイレを使うのですから、気分良く使いたいものです。<br><br>トイレ掃除は、多くの人が敬遠する掃除です。<br>しかし、そこをあえて率先して習慣的に掃除することで、<br>ひとつの思いが生まれてきます。<br>それは、<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">いつもトイレを綺麗に使ってくれてありがとう。</span><br><br>という思いでした。<br>先にも書きましたが、汚れて当たり前の場所を、<br>気をつけて綺麗に使ってくれているのです。<br>こちらから、感謝の念が湧いてきます。<br><br>まずは、なんでもいいと思います。<br>自分が、普段無意識に行っている行為の延長にあるものを、<br>もっと日常に落としこんで、習慣化していきましょう。<br>誰かが、それによって喜んでくれるなら、毎日続けましょう。<br>喜ぶ顔が見たい、と思えるようになると習慣自体も楽しくなります。<br>楽しくなると、その顔が自分へのご褒美となってきます。<br>ですから、私はこれからもトイレ掃除を続けていきたいと思います。<br><br>人のためではありますが、何より自分のためにも・・・。<br><br>皆さんはどんなことを習慣化していますか？していきたいですか？<br>よろしければ、コメントをください。お待ちしております。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iwi0511/entry-11100342846.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 17:08:06 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ はじめまして、TIOというものです。<br><br>第一回目はまず、私がこのブログを立ち上げた趣旨について<br>お話させて頂きます。<br><br>私は、人づきあいが苦手で、職場や交友関係は最低限こなしていればいいと<br>考えていました。<br>しかし、ふと自分の周りを見渡したとき、あまりに狭い世間で生きていることに<br>気がつきました。<br><br>確かに、狭い世間で生きていくことはできます。<br>しかし、いずれ必ずやってくる自分の最後の日に、誰が自分のそばにいるのだろうと<br>思ったとき、言いようのない不安に駆られました。<br>何とかこの不安を取り去りた、そう考えるようになりました。<br><br>人と人とのつながりとは、利害関係によるものではなく、むしろ楽しい、嬉しい、<br>気持ちいいといった、プラスの感情によって結びつくのではないかと思います。<br><br>「あの人といるから毎日が楽しい」<br>「あの人といるから嬉しい」<br>「あの人といるから自分を素直に出せて気持ちいい」<br><br>私は長いことこうした感情を蔑ろにしてきました。<br>もともと、自分の感情を表に出すのが苦手で、相手の感情に合わせる<br>ことだけが、交流だと勘違いしていました。<br><br>自分の本音を語らずに、誰が本気で相手してくれるものか。<br><br>その思いに至ったとき、私は自らに足りないものの多さに気がつきました。<br>それは、社交性やコミュニケーション能力といった御大層なもの以前に、<br>人への興味の薄さが根本にあること。<br>これが、私を不安にさせるものの正体であり、最大の敵です。<br><br>ここでちょっと私の過去を書かせて頂きます。<br>私の人への興味の薄さの原因はおそらく、小学校時代にあった自身への<br>「いじめ」にあると思います。<br>今思い返せば、なんてことのない子供の遊び程度のことだったのかもしれません。<br>しかし、その頃の私にとっては、仲の良い友人たちから受ける理不尽な行為に思えたのです。<br>それは、ほぼ6年間続き、登校拒否や保健室登校などはしないまでも、学校へ行くことに<br>抵抗がありました。<br>当時、誰にも相談できず、ずっと自分の中に様々な感情をため込んだままでした。<br>子供心に、「親や兄弟に迷惑をかけたくない」そんな気持ちがますます私を殻に閉じ込めて<br>いきました。<br>迷惑をかけれないし、元気なふりをしなくてはいけない。<br>私が無意識に選んだ選択肢は、人との距離をとることでした。<br>付かず離れずの関係、最低限の関係をとること。<br>相手の話を聞き、自分は決して口を挟まず、本音を話さず、相手の欲しい言葉を口にする。<br>それが故に、学生時代を通しての私の評価は、「いい人」でした。<br>仕事を頼めば断らない、話易い、人に迷惑をかけないなど、まさに「都合がいい人」でした。<br>私自身もその評価に不満もなく、ただ日常を平穏に過ごしていました。<br><br>しかし、社会に出た時、それはなんの役にも立たず、私はただ便利に使われるだけの<br>替えのきく消耗品でした。<br>私が自ら本音を語り、相手を受け入れていたら、こんなに悩まなくてもよかったのでしょう。<br><br>今、私は自身を変えたいと思っています。理由は先に述べた通りですが、このほかにも、<br>もっといろんな人と出会って、自分の人生を色鮮やかにしていきたい、と思っています。<br><br>同じよな悩みを抱えている方、もしよければ、このブログにお付き合いください。<br>そして、どんな意見でもよいので書き込んで下さい。<br>みなさんの意見が、誰かの悩みを解決する種になるかもしれません。<br>　　　　　　　人は1人では生きていけません。<br>よく使われる言葉ですが、だからこそ真実なのかもしれません。<br>このブログが、誰かの心の枷を外すことができたら、それは、私にとって最上の歓びになります。<br><br>これからは、私自身が日常でいろんな方から学んだ事や、私自身の考えを書き込んでいきます。<br><br>つたない文章ですが、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/iwi0511/entry-11099531486.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Dec 2011 18:21:12 +0900</pubDate>
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