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<title>カナダ人夫妻と</title>
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<description>カナダ人夫妻とについて</description>
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<title>きらきら</title>
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<![CDATA[ 今まで積み上げたもの。楽しい計画もきらきらした思い出も一瞬でうばわれる。怒りと愛情は風煦齣フだけど分けられるほど自分がおとなではなかった証拠。自分だけが夢みて楽しかっただけ。やるべきことはやったんだし、自分の決意かためなきゃね。本当に大切だったのにね
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<pubDate>Fri, 15 Apr 2011 11:37:59 +0900</pubDate>
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<title>大いに考えよう！</title>
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<![CDATA[ 先日、東京都庁へ都営大江戸線で行きました。ところが、節電のため、エスカレーターが全ストップ。大江戸線って、深いんですよね庁舎にたどり着くまで、ふーふー言ってしまいました。今、計画停電やらなんやらで、非常に不便な生活を強いられています。でも、逆に考えれば、今はそれだけ電気に頼った生活をしているということ。この非常事態に、ちょっとくらいの不便は、甘んじて受け入れなければならないと思います。枝野氏生活様式の変更も夏場の電力供給を危惧しています。エアコンの使い方も考えなくてはならないでしょうね。そもそも、屋内の熱を全部外に出すわけですから、外が暑くなる。だから、余計に冷やして、それを外に。まさに悪循環の極致。そりゃ気温も上がりますよ。ヒートアイランド現象ですね。そうした矛盾に満ちた行為を、今一度考え直す必要があるでしょう。使うから作るのではなくて、使わずに減らす。これができれば、サイコーです。ただ、それが難しい。ちなみに、エアコンですが、室外機から出る熱風をうまく循環させて発電させるという自己完結型のシステムってできないのでしょうか我が国が誇るテクロジーならば可狽ネんじゃないかと思うのですがもしかして、電力会社が儲からなくなるので、圧力をかけているんじゃないかゲスの勘繰りでしょうか
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<pubDate>Wed, 06 Apr 2011 21:11:44 +0900</pubDate>
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<title>国際親善交流特別演奏会】ご招待</title>
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<![CDATA[ シティライツのメンバーより情報いただきました。昨年、月の国際親善交流特別演奏会のご招待のご案内をしましたが、その時のオーケストラの定期演奏会が、ございます。こちらは毎年、紀尾井ホールで、開催しており、指揮者の及川光悦おいかわみよし先生よりご招待いただいております。月日水の時開演になります。詳細は下記の通りです。お知り合いの方とご一緒に、いらっしゃりたい方がいらしゃったら、視覚障害者晴眼者、問いませんので、日木時までに、ご連絡ください。モーツァルトヴィルトゥオーゾ祝祭管弦楽団第回定期演奏会日本シンガポール文化交流演奏会国際親善交流特別演奏会日時年月日水時開演開場会場紀尾井ホール最寄駅JR四ツ谷駅東京メトロ赤坂見附駅または永田町駅全席自由席ヴァイオリン演奏ティークーンタンピア演奏川嶋仁かわしまひとし指揮及川光悦おいかわみよしプログラムモーツァルト作曲ヴァイオリン協奏曲第番イ長調K≪トルコ風≫ショパン作曲ピア協奏曲第番ホ短調作品モーツァルト作曲交響曲第番ハ長調K≪リンツ≫
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<pubDate>Sat, 19 Mar 2011 10:55:34 +0900</pubDate>
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<title>つらつらと賠償について</title>
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<![CDATA[ 無罪を訴え年運命の判決は来月布川事件ドキュメンタリー映画が公開フツーのおじさんになりたい無罪であるか、有罪であるか、それは知らないのだが。こういう冤罪らしき事件というのはよくある話である。冤罪であれば、国家として損害賠償をすべきであると考える。人生はただ時間が過ぎる訳ではない。２０代の１０年と６０代の１０年と、どちらがとは言えないが、同じではない。過ぎ去った時間を取り戻す事が出来ない以上、助ェな金額によって償うしかない。もうひとが、冤罪を起こした無博メを辺境の惑星へと追放すべきである。無狽ネだけではなく低狽ナある、とは、かのラインハルト帝の名言であるが、このような官吏を置いておくことは、帝国のためにならないのである。だが、冤罪であれば罰するとなれば、必要にして助ェな対応とはならないのである。もし、そうすれば、官僚たちは怖くて何もできなくなる。冤罪を起こす事が罪となるなら、全ての犯罪人を無罪とするようになるだろう。であれば、冤罪は仕方ないことなのか。だから、助ェに検証をする必要がある。しかし無狽ネ政治家どものやり方では駄目である。彼らは、絶対に間違わない評価方法を確立しようとする。だが、間違わない評価方法を確立するとは間違いを起こさない方法ではなく、間違いが起きそうな個所を全て取り除いた方法なのだ。間違いが起きないことを最大の要件とすれば、問題解決が目的ではなく、間違えない事に目的がすり替わるのだ。昔の人は、人を見よ、と言った。誰にも公平な規則なぞ作りようがないから、人を育てよ、と言った。誰もが冤罪を起こす事は怖いし、その責任を取ることも怖いものだ。であれば、そこで誰もを無罪とするのではなく、自分を律する。冤罪を罰するのであれば、助ェに検証可狽ナ、止む追えないか、それとも、それでも酷い、有様であったのかを助ェに検証しなければならない。それを判断できるのは、人だけであり、決してチェックリストではない。であれば、それを判断できるのは有狽ネ人材であるはずだ。無狽ネ官吏を狩るためにその有狽ネ人材を使うのは、有益であるか、無益であるか。無狽ネ官吏を追い出すために有益な人材を投入するよりも他で使う方が有益ではないか。全ての人が有狽ナあれば、仕方のない冤罪しか起きないし一部に無狽ネ人がいるのであれば、有狽ネ人が人事などで適切に処置すればよい。そうであれば、無煤A低狽ノも濃度があるのだ。絶対に許してはならないケースと、そうでないケースはありうるのだ。では、無狽ネ官吏は帝国を滅ぼさないか冤罪された側はどうなるのか。その無狽ネ官吏を徹底的に魔ュ事はできないのか。その冤罪が革命への引き金とはなりはしまいかこれがなるのである。無狽竰癆な官吏のちょっとした行いが、雪崩のように人々を革命へと狩りたてる事はあるのだ。恨みを晴らさでおくべきか。結局は、国家が無狽ネ官吏を罰する公平で間違いのない方法がないように恨みを晴らすことにも公平で間違いのない方法はない。冤罪にいては国家は補償をすべきだと思うが、恨みを晴らすのは、これは個々人がそれぞれ己を律し実施しなければならないのである。多くの恨みを多くの人々が少しづ癒してゆく、それで癒しきれなくなったとき、時代が変わるのだろう。新帝国暦年記す
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<link>https://ameblo.jp/iwpb2gicp5/entry-10832627239.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 21:17:36 +0900</pubDate>
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