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<title>儚く美しい真実の詩を綴る　-癒詩-</title>
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<description>ただ名付けているだけのこと、全ては未知であること　死などないことをテーマに音楽とともにお届けいたします</description>
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<title>「良い」「悪い」のくり返し</title>
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正しい人、できる人、愛される人、有望な人など良い側を求める人は得られた時、満面の笑顔を浮かべ求めた量と比例して得られなかった時の落ち込みの量も深くなります一時的な安心感は、次への不安を生み、「もっと」「もっと」と欲求を増長させ得られないから、苦しいと思ってしまいます良い側で安心する自分も悪い側で不安になる自分もどちらも「偽りの自己」と気づくとこの悲しき悪循環を終わらせるのではないいでしょうか
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<dc:date>2010-02-20T12:15:43+09:00</dc:date>
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<title>成功観念について</title>
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成功観念について書けたらなと思いますおそらく大半の人が、成功の輝かしい栄光感、達成感を喜びと感じるのではないでしょうかこの価値観は、ある種の高揚を得られるためとても疑いにくいのですが一体感を忘れてしまった私たちが自分を突起しよう、良くしよう、勝たせようとするとどんどん孤独と分裂感を強めてしまい、心的には苦しみに入ってしまいますそれは本来私たちも、虫さんやカエルさんともつながっていて、助け合っている一体の自然界の中でその摂理に合わない事が苦しみと言わずとも分っているからなんですね成功の栄光感も、そ
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<dc:date>2010-02-15T17:16:13+09:00</dc:date>
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<title>幸せは今ここにある</title>
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自分の”考え”から、離れるということについて書けたらなと思います考えって？もちろん通常の仕事のことや夕食のメニューのことなど様々ですがここでの思考とは不安定が怖いだから「安定を手に入れなきゃ」とか「あーでもない」「こーでもない」と四六時中、防衛し、策を練り続けている、そんな自分の思考をさします例えばの話ですが親身に「君の最善の味方なんだ」と言ってくる友人がいるとしてその友人は「最善の解決方法を知っている」とか「私の助言を聴くべきだ」と言い張る。しかし　うまくいったためしがない…時には平和にくつろ
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<dc:date>2010-02-13T07:47:03+09:00</dc:date>
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<title>幸せの手法</title>
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誰もが幸せになりたいと渇望してますが間違った　「幸せの手法」を信じて私も含めてですが、大半の方が苦しんでる気がします例えば”お金があると安定が得られ幸せがある”と信じるとまだお金があったとしても、不安定に日々おびえます社会的に「認められると幸せがある」と信じると認められると幸せがあり、そして高揚する認められないと落ちこむ…　そして認められないから苦しんだと思う　そして高揚する側を得る為に99%努力し苦しんでいるにもかかわらず１％の割合でしか幸せが得られないことの不幸には盲目のようです損得的に見て
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<dc:date>2010-02-11T08:04:05+09:00</dc:date>
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<title>視点の変換</title>
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今でも幸せは　なくなってしまったのではなくて…長年積もってしまった”心のほこり”で見えなくなってしまったんですね今　積もっている心の埃をはらったら鳥はさえずり、風はやわらかくふいていて…すでにココにあるんですね足りないと思ってたから幸せを手に入れようとしたり…誰かが補ってくれるんじゃないかと思ったり…でも…すでにあるものに気づくととってもシンプルなことに気づく心の埃って？自と他があると信じた心山や空と分裂してるいると信じてる心そこから戦いと防衛の埃が積もります　子供のころに　あっという間に失った
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<title>自然の摂理</title>
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昔から好きなお話があって「天国と地獄」のお話がありますここで言う天国と地獄はちょっと想像するものとは違うのですが…そのお話をご紹介したいなと思います以下「天国と地獄のおはなし」ある日、地獄に行きました。そこでは沢山のビルが立ち並び足早に人々が行き交い…高価な洋服を身にまとい誰もが、優雅そうに歩き、一見ここは地獄ではなく　地球なんじゃないかと目を疑いました…でも、顔はとても怒っていて、とても苦しそうですよーく目をこすって見てみるとみんなの手の先に長～い箸がついていていましたそして無理矢理その長い箸
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<title>子供のころに失った 　大切なもの…</title>
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先日「偽りの自己」の意味について質問されましたここで言う偽りの自己は自然界から全体から独立した自分がいると信じると大人になるにつれ自分が守られなくなる恐怖…いろんな心配　不安　防御…　安全　理想などどんどん構築していってしまうものを「偽りの自己」と　仮に言っていています。本当はみんな偽りの自己がいくら安全に守られたとしても本当の幸せじゃない事は心のどこかで感じてるのですが…0（ゼロ）は1000回たしても0であると、どこかの本で読みました。偽りをいくらたしてもプラスにはないですね…偽りを偽りと見る
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<dc:date>2010-02-06T08:06:34+09:00</dc:date>
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<title>無意識的な期待</title>
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イライラするなと感じた時５分でも自分の内側を見るようにしています大体…こーしてほしい、あーしてほしいと無意識的な期待を相手や自分に求めてかなわなくてイライラしています(&#59;^ω^A例えば…家族や恋人　子供に　友人に　わかって欲しい　優しくしてほしい　会社で認めて欲しい自分に…良い妻であるべきだ　良い母親であるべきだ通りすがりの店員さんにまで「愛想が悪いな～　」など…きりがありません…大体かなわぬ期待で終わったりします望みがかなわなくて苦しいと思っていますが今すぐ無駄な労力と期待に気づいて　「かなわ
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<title>本当の安らぎと偽りの安らぎ</title>
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本日はスタッフのくみちゃんが更新しています偽りの自己を深く信じた代償として神秘や全体とひとつの安心感をいまや失ってしまっていると感じますでも　ほんとうは一瞬たりとも一体から離れたことなどないのですが…人はとかく、偽りの安心感を構築するために躍起になります自分にも当てはまるのですが、例えば…劣等と優越を信じてしまった人は失敗する人　どんくさい人などをさげすんだり…その人の悪口を言ったり　優越感にひたり偽りの安心感を得たと錯覚しています全体である本当の安心感と引換に…そのような思慮のない行動を悪いと
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<dc:date>2010-02-04T06:13:28+09:00</dc:date>
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<title>大人になるごとに…</title>
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大人になるにつれて「自分の時間」『自分の意見」「自分のもの」「自分の計画」が増えてゆきます。まるで安全や安心感を得たかのように錯覚して…でも…それを増やせば増やすほど”自分のもの”を失う恐怖が強まってただ苦しみを増やしているに、すぎないのかもしれませんなんか苦しいなと感じた時…少し離れた所から自分をみてみると大概、自分が守られない事で不安になったり怖くなったりしています…兎角…不安になった時、自分に危害を与える人に牙を向けがちですがこの偽りの自己感覚が、私たちの苦しみの元でこの偽りの自己感覚をい
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<dc:date>2010-02-03T05:53:00+09:00</dc:date>
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