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<title>マンゴーと大根もちと新高山　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　日本統治時代に、台湾に暮らした日本人教師一家の物語</title>
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<description>私の父と祖父母は日本統治時代の台湾で楽しく生活していました。その当時のお話を、父からの話と周囲の人たちの取材から得た情報をもとに、小説として描いています。</description>
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<title>命がけの台湾旅行８</title>
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<![CDATA[ <p>なぜなら私は、</p><p>会社に嘘をついて、「最後の家族旅行」に来たから。</p><p>&nbsp;</p><p>会社にはあくまで「台湾にいる取引先訪問」</p><p>&nbsp;</p><p>「もしこの機内で父が死んだら、私のウソがばれる。あー、私はもうおしまい」</p><p>&nbsp;</p><p>命の瀬戸際にある父を前に、自らの心配ばかりをしている己の姿が、醜かった。</p><p>&nbsp;</p><p>「ひどい娘」である。</p>
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<pubDate>Sun, 25 Mar 2018 23:47:12 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行７</title>
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<![CDATA[ <p>父は末期の肺がんという大病を患いながら、病院にも入院せず、自らの意志で台湾旅行を決行した。まさに「死出の旅路」である。</p><p>この世での営みを終える前に、あの楽しかった台湾での日々を思い出すべく、自らの死を覚悟で、最期の旅に出たのである。</p><p>飛行機は上昇すると気圧が下がるため、胚を患っている父には呼吸が苦しくなる。ちょうど機内食が出て、飛行が安定したときに、苦しみだしたのは運が良かったともいうべきか。</p><p>しかし、同行していた私にはたまったものではない。</p><p>ここで父が死んだら、新聞に載ってしまうのとか、今考えればばかげた思いがよぎっては消えた。</p><p>なぜなら私は</p>
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<pubDate>Sat, 24 Mar 2018 16:35:20 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行６</title>
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<![CDATA[ <p>く、苦しい</p><p>助けてくれ</p><p>&nbsp;</p><p>隣でワインを堪能していたはずの、父の断末魔の叫びだった。</p><p>&nbsp;</p><p>とうとうこの瞬間が来たか。</p><p>&nbsp;</p><p>娘としての私は、腹をくくった。</p><p>&nbsp;</p><p>これが親を亡くすことなのかと。</p>
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12362851041.html</link>
<pubDate>Sat, 24 Mar 2018 16:26:51 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行５</title>
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<![CDATA[ どうにかこうにか、ひやひやしながらも、飛行機に乗り込んだ私達家族3人。<br>飛行機に乗ったら、こっちのもの。<br>飛行機が飛びさえすれば、目的地の連れて行ってくれるのだから<br>「これで安心して台湾に行ける」<br><br>と、安心したのもつかの間。<br><br>嵐の起こる前ぶれとは、まさにこのことだった。<br><br><br>私たち3人は、はじめてのビジネスクラスでの豪華旅行。<br><br>CAさんたちの、おもてなしを存分に堪能。<br><br>驚いたのは機内食。<br><br>エコノミークラスは、出されたものを「食え」とばかりにかき込むしかないが、ビジネスクラスでは和洋中の3種類から好きなものを選べるシステム。<br><br>気を良くした父は、フランス料理をワインとともに楽しんでいた。<br><br>このつかの間の天国気分が、彼を一気に地獄へとあざなったのである。
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12071473497.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Sep 2015 09:20:34 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行４</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">2010年、10月</font></p><p><font size="4">散々悩んだ挙句、命がけの台湾旅行を決行した私</font></p><p><font size="4">「最期にどうしても台湾を訪れたい」と切に哀願する父に折れた結果だった。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">脚の悪い母と、末期がんの父。</font></p><p><font size="4">2人とも車いす。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">歩けるのは私だけ</font></p><br><p><font size="4">つまり、「私は2つの車いすを押さなくてはいけない」</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">なんて神業は私にはできない。</font></p><p><font size="4">じゃあ、どうすれば良いのか？</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">やはり日本の航空会社のサービスは最高である。（他国の航空会社にもこのようなサービスはあるだろうが）空港では特別に、地上勤務の職員が、搭乗口まで車いすを押してくれた。（もちろん、事前の予約済み）</font></p><p><font size="4">搭乗前のチェックも、ほぼ「顔パス」</font></p><p><font size="4">ながーい、ながーい行列に並ぶことなく、すいすいと通してくれた。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">しかも今回の旅は「ビジネスクラス」。体の不自由な両親への最大限の配慮だった。だから飛行機に乗る前にはラウンジでセレブ気分を味わえた。ちょっとした</font><font size="4">金持ち気分。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">しかし、至福の時は長く続かなかった。</font></p><p><font size="4">機内で、「あんなこと」が起ころうとは。</font></p><p><font size="4"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12047593540.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Jul 2015 11:51:46 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行３</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">2010年11月。</font></p><p><font size="4">「末期がん患者の父を連れて行こうか、いや、行けるのか」</font></p><p><font size="4">「やっぱり無理」</font></p><p><font size="4">「でも連れて行かずに、この世を去ってしまったら」</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">こんな自問自答を、10日間ほど繰り返して、散々悩んだ挙句、とうとう私は、末期がん患者の父と、足の不自由な母を連れて、台湾に旅立つことにした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">決め手はといえば、悩み疲れた体を癒やしに、たまたま入ったマッサージ屋の女主人が台湾人だったということ。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">「これは神様からの「連れて行きなさい」というお告げに違いない」</font></p><p><font size="4">そう勝手に決め込んだ私は、いったんはキャンセルした旅行を、すぐさま契約し直しに旅行社に駆けこんだ。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">今思えば、理由なんてどうでもよくって、自分の心の中ではすでに「行く」と決めていたのだと思う。しかし、自信のない私には、その決め手がほしかっただけなのである。背中を押してくれる何かを。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">しかし、この一大決心が、波乱に満ちた旅の幕開けだったのである。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12046218841.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jul 2015 20:31:48 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行２</title>
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<![CDATA[ <p>今から約80年前の昭和5年、1月。<br>父は小学校教師夫妻の三男として、台湾で生を受けた。<br>なぜ台湾かと言えば、当時、父の両親、つまり私の祖父母は、台湾で小学校教師をしていたから。<br>台湾は当時日本の植民地。だから、当時の台湾は外国ではなく日本の一地方であり、その地に派遣された日本人は地方赴任者。<br>しかも、祖父は小学校の校長先生まで上り詰めた人だから、生活は豊かだったようだ。</p><p>いわゆる現代でいえばセレブ。親が教員で、しかも校長先生ときたら、周りからちやほやされたことは想像に難くない。</p><p>そんな、何不自由なく過ごした幼年期での台湾の日々は、父にとってはまさに「バラ色」だったに違いない。</p><p>だから、死が目前に迫ったあの時、台湾の血を「冥途の土産」として、何としてでも瞼に収めたかったに違いないのだ。</p><p>しかし、父は末期がん患者。しかも肺がんを患っていた。肺がん患者が飛行機に搭乗するということが、どれだけ命の危険を顧みない行為であるか、その時の私には知る由もなかった。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12045546515.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Jul 2015 00:37:43 +0900</pubDate>
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<title>命がけの台湾旅行 １</title>
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<![CDATA[ <p>2010年、10月。</p><p>父が突然</p><p>「台湾に行きたい」と言いだした。</p><p>しかも家族3人で。</p><br><p>当時の父は末期がん患者。入院はしていなかったものの、いつ「逝っても」おかしくない状態。</p><p>「何考えてるの」</p><br><p>その言葉が一瞬頭をよぎったが、まさか、死を目の前にしている親に対して、言えるはずもなかった。</p><p>しかも、台湾に対して特別の思い入れがあった父に、そんなあこぎな一言を言い放てる図太さは、私にはなかった。。</p><br><p>「父の台湾への特別な思い入れ」</p><p>それは、私の父が、日本統治時代の台湾で生まれ、幼少期をどっぷり台湾で過ごしたことに根を張っている。</p><p>しかも、当時としてはかなり裕福な生活をしていたらしいのだ。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/izu2023/entry-12045286850.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2015 13:23:04 +0900</pubDate>
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