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<title>シベリウスの眉間</title>
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<description>好きな作曲家はシベリウス。他の作曲家についても触れて行こうと思います</description>
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<title>読響　第601回　名曲シリーズ　ウエーバー　グリーグ　ドヴォルザーク</title>
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<![CDATA[ <h4><span style="font-size: 1em;">2017年4月21日(金) 19:00開演</span></h4><h4><span style="font-size: 1em;">会場：東京芸術劇場</span></h4><p>指揮=サッシャ・ゲッツェル<br>ピアノ=ユリアンナ・アヴデーエワ<br>曲目:<br>ウェーバー：歌劇「魔弾の射手」序曲<br>グリーグ：ピアノ協奏曲 イ短調 作品16<br>ドヴォルザーク：交響曲 第7番 ニ短調 作品70</p><p>&nbsp;</p><p>今回は大規模でない3曲。東京芸術劇場のコンサートホールに入るのは、何気に初めてかもしれない。ホール自体の印象はとても広いということ。座席配置が音響を加味したものなのだろうかと推察される。かなりの人が入りそうに見えたがサントリーより小さい。（後で調べた）</p><p>&nbsp;</p><p>ウェーバー：歌劇「魔弾の射手」序曲</p><p>歌劇の分野で傑作を残した前期ロマンの大家ウェーバー。「オベロン」などがほかに有名。初めてだったが、弦のアンサンブルが試される曲であるな、と感じうまく乗り越えていった感じ。少しホルンとの分離が気になった以外は好演であった。</p><p>&nbsp;</p><p>グリーグ：ピアノ協奏曲 イ短調 作品16</p><p>今回のソリストは、ショパンコンクール優勝者と、期待も高まる。アヴデーエワは以外にカジュアルな格好で出てきた。ティンパニのロールから始まる全曲中最も有名な出だし。結果少しオーケストラと打点がずれてしまったが、そのあとのカデンツァではすぐ切り替えていく。そのあとのオーケストラも少しずれてしまった感はあるが次第に調子を取り戻していく。</p><p>一楽章はあまり彼女のスタイルにはまっているようではなかった。ミスタッチも垣間見えた。しかしカデンツァは別格であった。その抒情性（彼女の持っているものと曲自体の）はうまく調和し、尋常でない技術力も体感できた。</p><p>二楽章は圧巻であった。何もかもである。まずは弱音器付の弦が主題をかなえる。その一体感、完璧である。そしてソロ。これがまた素晴らしい。歌いまわし、曲の温かみ、尋常ならぬ表現力。巨匠の雰囲気さえ感じる。しかし考えてみればグリーグは北欧のショパンと言われ、彼女はショパン弾きで世界一の栄誉を受けている。そう考えると、当然のことなのかもしれない。</p><p>三楽章はやはり一楽章で感じた、パワーの足りなさが少し垣間見えた。いい意味でも悪い意味でも彼女のスタイルは女性的である。しかし第2主題は2楽章で感じた抒情性を感じ、フィナーレも壮麗、といった感じで全体的に良い印象をもった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 22 Apr 2017 09:53:22 +0900</pubDate>
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<title>作曲家の死１)ー7つの話</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);"><span style="font-size: 2.74em;">１</span></span><span style="font-size: 1.4em;">早すぎた死</span></span></p><p><span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 1em;">ホアン・クリソストモ・アリアーガ</span></span><span style="font-size: 1em;">（1806～1826）はその早すぎた死で有名である。彼は<span style="font-weight: bold;">19歳</span>で夭折した。</span></p><p><span style="font-size: 1em;">彼の生まれはスペイン、バスク地方。スペインと言って南国風の音楽を書いたわけではない。彼の作風は古典的かつ抒情的なものが多い。</span></p><p><span style="font-size: 1em;">彼はその早熟さが際立っていた。父親に音楽を教わり、14歳には「幸福な奴隷たち」というオペラを書いた。15歳でパリ音楽院に留学。18歳で交響曲を作曲した。3つの弦楽四重奏も魅力的である。その早熟さからついた名は「スペインのモーツァルト」</span></p><p>しかし皮肉なことにその命の短さもモーツァルトのようになってしまった。その天賦の才能はその命と引き換えであったのかもしれない。彼は肺病に体を冒され、20歳の誕生日を迎える10日前、パリで静かに息を引き取った。</p><p>彼の代表作、ニ短調の交響曲は今、かろうじて残る彼の作品である。1楽章のニ長調から始まる素朴かつ荘厳な響き。まさに神の響きと言えるだろう。低弦に乗ってアレグロに入る様子はシューマンを想起させる。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/KZZpejIvOCM" width="416"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(0, 175, 255);"><span style="font-size: 2.74em;">２</span></span>&nbsp;<span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 1.4em;">フランスの天才</span></span></p><p><span style="font-weight: bold;">ギヨーム・ルクー（</span>1870～1894<span style="font-weight: bold;">）</span>もまた夭折した天才として知られる。彼は師フランクと同じくベルギーに生まれた。彼はフランク派の期待の星として将来を渇望された。しかしその人生は腸チフスによって<span style="font-weight: bold;">24年間</span>で残酷に終わりを迎えた。</p><p>彼は1891年作曲の登竜門「ローマ大賞コンクール」に自身の作曲した、カンタータ「アンドロメダ」を出品した。過去にはベルリオーズ、ビゼー、グノー、ドビュッシーなどが優勝し名門のコンクールである。結果は2位、彼は落胆し受賞を辞退したという。しかし収穫がなかったわけではない。彼の作品に感激したベルギーのヴァイオリニスト、イザイは彼にヴァイオリンソナタの作曲を依頼する。これは彼のもっとも有名な作品「ヴァイオリンソナタ　ト長調」である。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/0CqhCxKeTs4" width="416"></iframe></p><p>この若さでこの表現力。天才である。早世したことが惜しまれる作曲家である。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jackck-sib/entry-12256626321.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2017 16:11:33 +0900</pubDate>
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<title>ぐるっぽ作成のおしらせ</title>
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<![CDATA[ <div style="margin:0 auto;width:170px;font-style:normal;text-align:center;"><blockquote style="margin:0;padding:10px 10px 5px;"><a href="http://group.ameba.jp/group/_g7B7wBrG7M_/"><img alt="クラシックについて本気で語る" class="groupImage" height="140" src="https://stat100.ameba.jp/common_style/img/common/noimage90.gif" style="margin:0;border:none;" width="140"></a><p style="padding:5px 0 0 0;"><a href="http://group.ameba.jp/group/_g7B7wBrG7M_/">クラシックについて本気で語る</a></p></blockquote><div style="padding:5px 0 0 0;text-align:right;"><font size="1">[<a href="http://group.ameba.jp/">Amebaグルっぽ</a>]</font></div></div><br><br>ぐるっぽを作成しました。興味のある方は是非どうぞ。
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<pubDate>Tue, 07 Feb 2017 18:58:35 +0900</pubDate>
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<title>交響曲　ニ短調　（フランク）</title>
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<![CDATA[ <div><span style="color: rgb(0, 0, 0);">先に読む前にしたの動画を先に開いてください</span></div><div><span style="color: rgb(0, 0, 0);">↓</span></div><div>&nbsp;</div><div><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-weight: bold;">彼の人生は時代への軽蔑と反抗であった</span></span></span>。しかしそれは大声で叫ばれるのでではなく、静かな抗議であった。彼は真摯な態度で己の考える芸術を追い求めていったのだー</div><div>&nbsp;</div><div>《経過》</div><div><span style="color: rgb(0, 0, 255);"><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-weight: bold;">セザール・オーギュスト・フランク</span></span></span>は１８２２年ベルギーのリエージュで生まれた。父はリストのようなピアニストになることを望んだパリ音楽院に進んだ彼の興味は次第にピアノの演奏から作曲へと移って行く。華やかな活躍を望む父と決別し、教会のオルガン奏者となる。日中は生徒にオルガンなどを教え、未明に起きてやっと自分の作曲の時間を得る、といった生活を送っていた。このような限られた時間を使い、彼は<span style="font-weight: bold;">バッハなどの論理的な作曲を研究</span>し、<span style="font-weight: bold;">それをもとに自己の音楽</span>を形成していった。</div><div>&nbsp;</div><div>しかし、そんな彼に立ちはだかるものがあった。当時のフランスで大流行していたのはオペラであったのだ。ストーリーや音楽も観客受けするような安易なものになっていた。作曲家は金を得るためオペラを書き、ソナタや交響曲などの器楽曲は作られない、または作っても世間に見向きされない、といった時代が続いた。</div><div>&nbsp;</div><div>彼は1873年にパリ音楽院のオルガン科に教職を得る。ひたむきな努力、真摯な音楽への姿勢は多くの生徒をひきつけ、オルガン科の生徒に加え作曲のフランスの真の音楽はなにかー新しい道を探す生徒たちが集うようになった。この生徒たちはのちに<span style="font-weight: bold;">フランク派</span>と呼ばれる楽派を作り、ダンディ・ショーソン・デュパルク・ピエルネ・ルクーなどの優れた作曲家を輩出した。</div><div>&nbsp;</div><div>最終的に彼の才能が頂点に達したのは60歳を過ぎたころであり、彼の代表作の多くはこの頃の作品である。その代表作の一つ「交響曲ニ短調」は「器楽曲の集大成である交響曲にふさわしい曲を書いてほしい」と弟子の勧めによって書かれた。1887年　65年の時である。作曲するにあたっては2つの作品が刺激を与えたという。一つは彼の弟子ダンディの「フランス山人の歌による交響曲」　彼の教えを忠実に守ったものだった。もう1つはサン＝サーンスの「交響曲第3番」である。これにいたく感銘をうけ、楽譜を熱心に研究したという。</div><div>&nbsp;</div><div>初演は1889年に行われた初演は成功とは言えなかった。大多数のものは無関心。高い評価をしたものはごく少数派であり、あるものからは野次が飛び、気取って耳をふさぐものもいたようである。有名な批判はグノーのもので「無能さの確証が教義にまで達している」と評した。パリ音楽院の学長でもあったトマも転調に苦言を示している。オーケストレーションの重苦しさは非難されたが、これも個性ととらえる者もいてドビュッシーは「多少四角張っているが、感動を呼び起こした」と語っている。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div><div>&nbsp;</div><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/0nF6TobCyV4" width="416"></iframe><div>0:10～　第1楽章　Lento－Allegro ma non troppo</div><div>18：48～　第2楽章　Allegretto　</div><div>30：11～　終楽章　Allegro non　troppo</div><div>&nbsp;</div><div>彼が本当の意味で成功を勝ち得たのは1890年の4月国民音楽協会の演奏会で彼の「弦楽四重奏」が演奏された時だった。彼は嬉しそうに「世間の人々はやっと私を理解し始めた...」</div><div>と語った。しかし彼に残された時間はあまりにも少なく、同年の11月7日、68歳の誕生日直前に亡くなった。オペラ第一主義の当時において彼の残した交響曲は後続の作曲家に大きな影響を及ぼし、またフランスの器楽、交響楽の分野でのちの作曲家たちへの道を開いた記念碑的な作品である。</div><div>&nbsp;</div><blockquote><div><div>このブログには個人的な見解が含まれます。</div><div>指摘、意見、要望などはコメント欄にお書きください。<wbr>またその際、<wbr>公開されたくない場合などはその旨をコメント欄にお書きください<wbr>。</div><div>事実との相違が認められればその都度修正していきたいと思います<wbr>。</div></div></blockquote></div><div>&nbsp;</div>
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<pubDate>Sat, 04 Feb 2017 22:59:23 +0900</pubDate>
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<title>今年メモリアルイヤーの作曲家たち（2017年版）</title>
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<![CDATA[ <p>新年もあけ２０１７年　今年はどういう年になるのだろうか..</p><p><span style="font-size: 1em;">○○何周年、メモリアルイヤー、というのはその作曲家の記念祭が開かれたり、プログラムに姿を現したりとその作曲家が好きな人にとってはおいしい年である</span><font size="2">-</font></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ことしはこの作曲家だ↓</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-weight: bold;"><b>ゲオルク・フィリップ・テレマン（１６８１～１７６７）</b></span></span><span style="font-size: 1em;"><b>没後25０年</b></span></p><p><span style="font-weight: bold;"><span lang="de" xml:lang="de"><b>Georg Philipp Telemann</b></span></span></p><p><a class="image" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Telemann.jpg"><img alt="" class="thumbimage" data-file-height="525" data-file-width="360" height="321" src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/d5/Telemann.jpg/220px-Telemann.jpg" width="220"></a></p><p>ドイツの作曲家。１８世紀のヨーロッパでは絶大な人気を誇り、非常に多作曲家であった。これはギネスにも「クラシック分野で最も多く曲を作曲した作曲家」とされ、現在でも３６００曲、見つかっていないものを含めて４０００曲あると推定されている。室内曲、オペラ、協奏曲、管弦楽曲、受難曲、教会カンタータなどが作曲された主な分野。有名な曲としては<span style="font-weight: bold;">「ターフェル・ムジーク</span>」食卓の音楽と題される組曲が有名である。彼は呼吸疾患による疾患で８６歳で死亡。死ぬ直前まで創作意欲は衰えず作曲し続けた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight: bold;"><span style="font-size: 1.4em;">グラナドス・エンリケ・イ・カンピニャ （１８６７～１９１６）</span><span style="font-size: 1em;">生誕150年</span></span></p><p><span lang="ca" xml:lang="ca"><b>Pantalion Enric Joaquim Granados i Campiña</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><a class="image" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Granados.jpg"><img alt="Granados.jpg" data-file-height="295" data-file-width="242" height="268" src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cd/Granados.jpg/220px-Granados.jpg" width="220"></a></p><p><font size="2">スペインの作曲家、ピアニスト。カルターニャ地方のリェイダで生まれた。ピアニストとしては１８８９年にグリーグのピアノ協奏曲を演奏しデビューした。</font><font size="2">彼の作風はロマン、民族主義、印象主義的な側面を持ち代表作は「スペイン舞曲集」とくに第5曲目の「アンダルーサ」は演奏機会がおおい</font></p><p><font size="2">最後は渡米していた際の帰国の船でドイツのUボートに撃沈され妻とともになくなった。</font></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 1.4em;"><b>コダーイ・ゾルターン（1882～１９６７）</b></span><span style="font-size: 1em;"><b>没後50年</b></span></p><p><span style="font-size: 1.4em;"><b>　</b></span><span style="font-size: 1em;"><b>Kodály Zoltán</b></span></p><p><a class="irc_mil i3597 iUl3nFf1I5rw-zixyDjKkw5M" data-noload="" data-ved="0ahUKEwj98eKS157RAhUD2LwKHSoABn0QjRwIBw" href="https://www.google.co.jp/url?sa=i&amp;rct=j&amp;q=&amp;esrc=s&amp;source=images&amp;cd=&amp;cad=rja&amp;uact=8&amp;ved=0ahUKEwj98eKS157RAhUD2LwKHSoABn0QjRwIBw&amp;url=http%3A%2F%2Fwww2.biglobe.ne.jp%2F~endoy%2Fsuite19.html&amp;bvm=bv.142059868,d.dGc&amp;psig=AFQjCNGu8D7JlcWnYjtfREuHyDAe3Ez92A&amp;ust=1483282209054734" jsaction="mousedown:irc.rl;keydown:irc.rlk" rel="noopener" tabindex="0" target="_blank"><img alt="関連画像" class="irc_mi iUl3nFf1I5rw-pQOPx8XEepE" height="322" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fwww2.biglobe.ne.jp%2F%7Eendoy%2Fsuite19.jpg" style="margin-top: 100px;" width="250"></a></p><p>ハンガリーの作曲家、民族音楽家、教育家、言語学者、哲学家。合唱音楽の大家とも知られ彼の作品の多くを合唱曲が占める。彼は民謡などの素材をいわば編曲する形で用いた。代表作はオペラ「ハーリ・ヤーノシュ」「ガランダ舞曲集」「交響曲ハ長調」など。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみにスコット・ジョップリン（１８６８～１９１７）も没後100年...</p><p>&nbsp;</p><p>《その他》</p><p>Ｄ．スカルラッティ　　　　（１６８５～１７５７）　　没後290年</p><p>Ｌ．Ｖ．ベートーヴェン　&nbsp; (１７７０～１８２７）　　没後190年</p><p>Ｊ．Ｎ．フンメル　　　　　&nbsp; (１７７８～１８３７）　　没後180年</p><p>Ｃ．チェルニー　　　　　　（１７９１～１８３７）　&nbsp; 没後160年</p><p>Ｆ．シューベルト　　　　　（１７９７～１８２８）　　生誕220年　</p><p>Ｆ．メンデルスゾーン　　（１８０９～１８４７）　　没後170年</p><p>Ｍ．グリンカ　　　　　　　 (１８０４～１８５７）　　没後160年</p><p>Ｊ．ブラームス　　　　　　（１８３３～１８９７）　　没後120年</p><p>M．Ａ．バラキレフ　　　　（１８３７～１９１０）　　生誕180年</p><p>Ｅ．グリーグ　　　　　　　&nbsp;(１８４３～１９０７）　　 没後110年</p><p>Ｉ．ブリュレ　　　　　　　　 (１８４６～１９０７）　　没後110年</p><p>Ａ．ボロディン　　　　　　 (１８３３～１８８７）　　没後130年</p><p>Ｊ．シベリウス　　　　　　 (１８６５～１８５７）　　没後60年</p><p>Ｍ．ラヴェル　　　　　　　（１８７５～１９３７）　　没後80年</p><p>Ｋ．シマノフスキ　　　　　（１８８２～１９３７）　　没後80年</p><p>Ｇ．ガーシュウィン　　　 (１８８９～１９３７）　　 没後80年</p><p>Ｄ．Ｂ．カバレフスキー　（１９０４～１９８７）　　没後30年</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 01 Jan 2017 00:00:57 +0900</pubDate>
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<title>徹底解説♯１－２　シベリウス　ヴァイオリン協奏曲　ニ短調　作品４７</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-style: italic;"><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-weight: bold;">シベリウス　ヴァイオリン協奏曲　ニ短調op.47 第一楽章</span></span></span></span>続き</p><p><span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(0, 0, 255);">《第２主題部》</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>第75小節目から拍子は4分の6拍子へと転じ、<wbr>ティンパニの二音の保続低音に乗って、チェロ、<wbr>オクターヴのファゴットに新しい楽想が現れる。<wbr>ここではまだ調性は不安定である。</p><div>この旋律は全く新しいもののように見えるが、<wbr>実は第1主題の冒頭部分の完全5度の下降という点で<span style="font-weight: bold;">関連性が見いだせる</span></div><div>&nbsp;</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/d8/85/p/o0599026613829905623.png"><img alt="" height="187" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/d8/85/p/o0599026613829905623.png" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div><div>これはクラリネット、オーボエ、<wbr>ヴァイオリンとフルートによって次々と現れ、<wbr>やがて変ロ長調に安定し、<wbr>低弦のトレモロによってファゴットに第2主題が現れる。<wbr>これは<span style="font-weight: bold;">先の旋律が元となっている</span>。<wbr>そしてその旋律をクラリネットが反復する。<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/63/a2/p/o0556013213829925238.png"><img alt="" height="100" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/63/a2/p/o0556013213829925238.png" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div><div>そこにしばらく沈黙をしていた独奏ヴァイオリンが新しい旋律で対<wbr>位する。</div><div>&nbsp;</div><div>独奏ヴァイオリンの変ロ長調のアルペジオが奏されたのち、<wbr>曲は変ニ長調になり、<wbr>独奏ヴァイオリンは上で第2主題を重音奏法で華麗に奏でる。<wbr>クラリネット、<wbr>ファゴットは独奏ヴァイオリンが前に奏でた旋律を奏し、<wbr>その後独奏ヴィオラが模倣する。<wbr>この旋律は<span style="font-weight: bold;">第3主題へと発展していくものである</span>。</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/8e/7b/p/o0513032913829955494.png"><img alt="" height="269" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/8e/7b/p/o0513032913829955494.png" width="420"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/4c/e1/p/o0359045113829962592.png"><img alt="" height="451" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/4c/e1/p/o0359045113829962592.png" width="359"></a></div><div>&nbsp;</div><div>シベリウスは主題のもととなるような旋律を提示し、<wbr>それから<span style="font-weight: bold;">主題を生成していくような手法</span>をしばしば好んで使ってい<wbr>た。</div><div>&nbsp;</div><div>ティンパニのニ音の保続低音の上に独奏ヴァイオリンが第2主題を<wbr>拡大させてゆき、トリルを経て第三主題へと入る。</div><div>&nbsp;</div><div><span style="color: rgb(0, 0, 255);"><span style="font-weight: bold;">《第３主題部》</span></span></div><div>Allegro molto　変ロ短調　2分の2拍子となった第3主題はすべてオーケストラのみで奏され<wbr>る。はじめは低弦と管の和音に乗って弦の強奏で奏されたのち、<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/6e/24/p/o0359011813829940299.png"><img alt="" height="118" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/22/jackck-sib/6e/24/p/o0359011813829940299.png" width="359"></a><wbr></div><div>フルートによる柔らかな、<wbr>かつ急いたようにも感じられる旋律が流れる。<wbr>これも<span style="font-weight: bold;">完全5度を基調とする</span>旋律ともとらえられる。</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/4c/8c/p/o0486011813829945775.png"><img alt="" height="102" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161225/23/jackck-sib/4c/8c/p/o0486011813829945775.png" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div><div>この旋律はクラリネットに引き継がれたのち次第に高潮していき金<wbr>管も増え爆発的な最強奏となるが、<wbr>ティンパニの変ロ音の保続低音に乗ってチェロが結句的な旋律を奏<wbr>し、曲は静まっていく。<wbr>すると突如独奏ヴァイオリンが現れト短調の華々しいアルペジオ、<wbr>第1主題の変奏を奏したのち荒々しいオーケストラによってイ短調<wbr>となり、全37小節のカデンツァに突入する。</div><div>&nbsp;</div><div>またこの曲では<span style="font-weight: bold;">中央にカデンツァが配置されている</span>ことが大きな特<wbr>徴である。<wbr>もともとソリストの技巧誇示が目的とされたカデンツァがここでは<wbr>形式上で<span style="font-weight: bold;">展開部</span>といえる役割を果たしており、<span style="font-weight: bold;"><wbr>論理的な構成の一部として機能している</span>ことになる。</div><div>&nbsp;</div><div><span style="color: rgb(0, 153, 68);"><span style="font-weight: bold;">《再現部》</span></span></div><div>カデンツァが終了後3つの主題が再現されるが、<wbr>ソナタ形式の再現部としては<span style="font-weight: bold;">あまりにも変化しすぎ</span>だといえる。<wbr>まずファゴットによってト短調で始められた再現部は、<wbr>すぐに独奏ヴァイオリンに引き継がれる。<wbr>おおむね呈示部どおりに進んだのち、<wbr>木管が第１主題の動機が強奏で奏で、<wbr>第1主題を巧妙に展開していきそこに新しい動機も加え激しく<span style="font-weight: bold;">クラ<wbr>イマックス</span>となる。<wbr>この部分は呈示部には見られなかったものであり、<wbr>再現部が<span style="font-weight: bold;">展開の役割も果たしている</span>という点で特徴的である。</div><div>&nbsp;</div><div>クライマックスが次第に静まっていく中でオーボエによってまた呈<wbr>示部の再現が予告される。<wbr>第2主題がロ長調で確保され再現はニ長調となり音符は倍加される<wbr>が呈示部と同じように進む。<wbr>曲はニ短調の平行調のヘ長調へと落ち着いたのちトリルを経てニ短<wbr>調の第3主題へと突入する。第3主題はヴィオラによって、<wbr>その後もフルートによって呈示部通りに奏され、<wbr>上でヴァイオリンがオクターヴ、<wbr>アルペジオを駆使し華やかに動く。<wbr>そしてオクターヴで第1主題の動機を奏し、ティンパニ、<wbr>弦は特徴的なリズム（おそらく第1主題によるもの）を奏し、<wbr>オクターヴでニ短調の旋律的短音階を示し、<wbr>荒々しく曲を終結する。<iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/h1lDz19_nHY" width="416"></iframe></div><div>&nbsp;</div><div><blockquote><div>このブログには個人的な見解が含まれます。</div><div>指摘、意見、要望などはコメント欄にお書きください。またその際、公開されたくない場合などはその旨をコメント欄にお書きください。</div><div>事実との相違が認められればその都度修正していきたいと思います。</div></blockquote><div><a href="http://blog.ameba.jp/reader.do?bnm=jackck-sib" title="読者登録してね"><img alt="読者登録してね" height="50" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_22.gif" width="150"></a></div></div>
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<pubDate>Sun, 25 Dec 2016 23:34:01 +0900</pubDate>
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<title>徹底解説♯１－１　シベリウス　ヴァイオリン協奏曲　ニ短調　作品４７</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;"><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-style: italic;"><span style="font-weight: bold;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">ベートーベン以降最大の交響曲作家</span></span></span></span>」と称されるほどシベリウスは交響曲の作曲に長けていた。また民族伝承に基づいた交響詩も彼の作品の大きな一角を占める。よって彼が唯一作ったこの協奏曲であったこの曲は従来のものよりもはるかに<span style="font-weight: bold;">交響的色彩が強い</span>。またどこかエスニックな雰囲気が醸し出すが主題に<span style="font-weight: bold;">民謡が直接用いられることはない</span>。また彼は若い頃に<span style="font-weight: bold;">ヴァイオリニストを志した</span>だけあって楽器の能力が最大限に生かされている。しかし独奏の技巧を見せつける従来の協奏曲と違い独奏とオーケストラが<span style="font-weight: bold;">対等に渡り合うように</span>なっている。<br>この曲は交響曲第２番と第３番の間に作曲されており、のちに現れる室内楽的な傾向はあまり姿を見せていないがその伝統を破ろうとする強い意志が感じられる。２年後ブラームスのヴァイオリン協奏曲を聞いた彼は自分のよりもさらに交響的なこの曲に衝撃を受けたことをきっかけに曲の改訂を行った。この稿は我々が今耳にするものとなっている。</p><div><span style="font-size: 1.4em;"><span style="font-weight: bold;">第1楽章 Allegro moderato</span></span><br>全曲中、<span style="font-weight: bold;">最も比重が大きく</span>情緒の深さ、交響的な重量感ともに最も充実した楽章である。ほの暗く内向的な北欧の雰囲気が全体を覆う。形式的には<span style="font-weight: bold;">ソナタ形式の自由な変容</span>といえ、<span style="font-weight: bold;">カデンツァが中央に置かれる</span>という独特な構成をとる。ソナタ形式の原理、根本は否定しないまでもその枠を超え、伝統の拘束から抜け出すという強い意志が感じられる。テンポは二分音符54～60、または68という表記もある.</div><div>&nbsp;</div><div>《最初》<br>弱音器付きの四分割された第１、第２ヴァイオリンの奏するニ短調の主和音に乗って独奏ヴァイオリンによって第一主題が奏される。この主題はまさに"北欧の澄み切った青空を一匹の鷲が悠然と滑空する"かのようである。この動機はすぐクラリネットによって模倣反復される。</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161220/18/jackck-sib/a5/84/p/o0903041813825631229.png"><img alt="" height="194" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161220/18/jackck-sib/a5/84/p/o0903041813825631229.png" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div><div>この主題に現れるロ音はＤドリア旋法によっており、時に現れる嬰ト、変ホはＤリディア、Ｄフリギアをまた指向されている。<span style="font-weight: bold;">教会旋法を用いている</span>ためエスニックかつ古の雰囲気を漂わせる。この主題は後の主題にも大きく関係するのだが、それについては後々述することとする。</div><div>&nbsp;</div><div>独奏ヴァイオリンは主題の動機を発展させていく。しばらくするとコントラバスとティンパニによって二音の<span style="font-weight: bold;">保続低音</span>が奏される。これは<span style="text-decoration: underline;">シベリウスがよく使う手</span>である。クラリネット、ファゴットは第一主題の動機を模倣し上で独奏ヴァイオリンは華やな動きをつなげる。</div><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20161222/16/jackck-sib/1c/89/p/o0819056113827026679.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="384" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20161222/16/jackck-sib/1c/89/p/o0819056113827026679.png" width="560"></a></div><div>そして小カデンツァに突入する。十八世紀風のアルペジオが奏されたのちクラリネットによって主題の動機が奏され第一部が終わる。<iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/h1lDz19_nHY" width="416"></iframe></div><div>次の解説もどうぞ</div><div>&nbsp;</div><div><blockquote><div>このブログには個人的な見解が含まれます。</div><div>指摘、意見、要望などはコメント欄にお書きください。またその際、公開されたくない場合などはその旨をコメント欄にお書きください。</div><div>事実との相違が認められればその都度修正していきたいと思います。</div></blockquote><div><a href="http://blog.ameba.jp/reader.do?bnm=jackck-sib" title="読者登録してね"><img alt="読者登録してね" height="50" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_22.gif" width="150"></a></div></div><div>&nbsp;</div>
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<pubDate>Tue, 20 Dec 2016 18:23:30 +0900</pubDate>
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<title>○○何周年（２０１６年版）　今年はこの作曲家だ！！！</title>
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<![CDATA[ <p><br><br><font size="2">○○何周年、というのはその作曲家の記念祭が開かれたり、プログラムに姿を現したりとその作曲家が好きな人にとってはおいしい年である-</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">しかしこれを10月ぐらいに知っても遅い！オール○○プログラムはすでに売り切れている！！（これは大げさで近年クラシックの演奏会が満席なんてことはない）</font></p><p><font size="2">しかし演奏会の存在を知らない可能性だってある、記念祭りなんかがあったのに「え～あったの？？」なんてことになってしまう。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">知ってるか知らないか、それはあなたの人生を分ける</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">今年はこの作曲家だ<img width="16" height="16" alt="！！" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/176.gif"></font></p><p><br><br>&nbsp;</p><p><font size="4">生誕150周年<img width="16" height="16" alt="プレゼント" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/102.gif"></font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="4"><font size="5">サティ</font>・</font><font size="3">エリック・アルフレッド・レスリ　（１８６６～１９２５）</font>　<font size="3">フランス</font></p><p><a class="image" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Ericsatie.jpg"><img width="220" height="308" contenteditable="inherit" alt="Ericsatie.jpg" src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/58/Ericsatie.jpg/220px-Ericsatie.jpg" srcset="//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/58/Ericsatie.jpg/330px-Ericsatie.jpg 1.5x, //upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/58/Ericsatie.jpg/440px-Ericsatie.jpg 2x" data-file-width="2651" data-file-height="3711"></a></p><p>&nbsp;</p><p>サティは「<b>音楽界の異端児</b>」「<b>音楽界の変わり者</b>」と称されるが、西洋音楽に大きな影響を与えたといわれ<a title="クロード・ドビュッシー" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%BC">ドビュッシー</a> 、<a title="モーリス・ラヴェル" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB">ラヴェル</a> も「その多くの作曲技法はサティによって決定づけられたものだ」と公言している。そして、<a title="印象主義音楽" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B0%E8%B1%A1%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%9F%B3%E6%A5%BD">印象主義</a> の作曲家たちにも影響を与えたとされる。</p><p>&nbsp;</p><p>パリ音楽院在学中にピアノ小品『<a title="オジーヴ (存在しないページ)" class="new" href="https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AA%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%B4&amp;action=edit&amp;redlink=1">オジーヴ</a> 』『<a title="ジムノペディ" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A0%E3%83%8E%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3">ジムノペディ</a> 』『<a title="グノシエンヌ" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%82%B7%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8C">グノシエンヌ</a> 』などを発表。カフェ・コンセール『黒猫』に集う芸術家の1人となり、<a title="ジャン・コクトー" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BC">コクトー</a> や<a title="パブロ・ピカソ" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%BD">ピカソ</a> と交流<sup class="reference" id="cite_ref-1"><a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3#cite_note-1">[1]</a> </sup>。<a title="バレエ・リュス" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AC%E3%82%A8%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%B9">バレエ・リュス</a> のために『<a title="パラード (バレエ)" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%89_(%E3%83%90%E3%83%AC%E3%82%A8)">パラード</a> 』を作曲。またカフェ・コンセールのためのいくつかの声楽曲を書く。今日よく知られている『<a title="ジュ・トゥ・ヴー" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%83%BC">ジュ・トゥ・ヴー</a> 』はこの時の曲</p><p>&nbsp;</p><p><font size="3">没後１００周年</font></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><font size="5">グラナドス</font>・<font size="3">エンリケ・イ・カンピニャ</font>　<font size="3">（１８６７～１９１６）　スペイン</font></p><p>&nbsp;</p><p><a class="image" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Granados.jpg"><img width="220" height="268" alt="Granados.jpg" src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/cd/Granados.jpg/220px-Granados.jpg" srcset="//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cd/Granados.jpg 1.5x" data-file-width="242" data-file-height="295"></a></p><p><a title="スペイン" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3"><font size="2">スペイン</font></a> <font size="2">&nbsp;</font><a title="近代音楽" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E9%9F%B3%E6%A5%BD"><font size="2">近代音楽</font></a> <font size="2">の</font><a title="作曲家" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6"><font size="2">作曲家</font></a> <font size="2">、</font><a title="ピアニスト" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%88"><font size="2">ピアニスト</font></a> <font size="2"><sup class="reference" id="cite_ref-FOOTNOTE.E3.83.A9.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.82.B9.E4.B8.96.E7.95.8C.E9.9F.B3.E6.A5.BD.E4.BA.8B.E5.85.B81989534.E2.80.93535_1-0"><a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%82%B1%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%89%E3%82%B9#cite_note-FOOTNOTE.E3.83.A9.E3.83.AB.E3.83.BC.E3.82.B9.E4.B8.96.E7.95.8C.E9.9F.B3.E6.A5.BD.E4.BA.8B.E5.85.B81989534.E2.80.93535-1">[1]</a> </sup>。 7歳年長の</font><a title="イサーク・アルベニス" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%8B%E3%82%B9"><font size="2">イサーク・アルベニス</font></a> <font size="2">（1860年 - 1909年）とともに、スペイン</font><a title="国民楽派" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E6%A5%BD%E6%B4%BE"><font size="2">国民楽派</font></a> <font size="2">の旗手として並び立つ存在である。彼の作風はロマン、民族主義、印象主義的な側面を持ち代表作は「スペイン舞曲集」</font></p><p><font size="2">最後は渡米していた際の帰国の船でドイツのUボートに撃沈され妻とともになくなった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">いかがだっただろうか。紹介文はウィキからとった。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">ちなみに2017年もグラナドスは生誕150年を迎える。2年もグラナドス・イヤーが続く珍しい人物だ。</font></p><p>&nbsp;</p><p><font size="2">次のサティ・イヤーは2025年の9年後。逃したとしてもたいしたことはないかもしれないが知っておくと便利かもしれない。</font></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/jackck-sib/entry-12190417585.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Aug 2016 00:19:06 +0900</pubDate>
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<title>「マンフレッド」序曲　（ロベルト・シューマン）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">陽気な夏に似合わない陰気な曲だが「マンフレッド」序曲　シューマンである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">このマンフレッドはシューマンがバイロンという人の戯曲「マンフレッド」を音楽化したものである。同じ作品を使いチャイコが　「マンフレッド交響曲」作品５７を作曲している。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">マンフレッドのあらすじは苦悩に満ちたものである。主人公のマンフレッドはアルプスのユングフラウの城郭に住んでいた。あるとき彼はアスターテという女性に恋をするが、これが原因で彼女は自殺してしまう。このような暗い罪悪感に苛ませれ、苦悩に満ちた人生を送る彼はこの記憶を失なおうとし、精霊を呼び寄せる技術を学ぶ。しかし精霊たちにもこの望みはかなえられない代わりに精霊たちの呪いによって不死身の体になってしまった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">失うことの最終形態は「死」。自殺を試みるも未遂に終わったが狩人に呼び止められ、小屋で手当てを受ける。狩人の素朴な生活にあこがれるが、今までの学問の知識が邪魔をしてあきらめることになる。次に滝の精に解決（死）を求めるが服属を求められ拒絶。地下の国（8・14修正）</font><font size="2">で亡きアスターテの霊と会い許しを請う。二言三言しかしゃべらなかったがそれによって不死身の呪いが解ける。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">居城に戻り死を待つ。訪ねてきた僧院長が教会との和解で身を守るように進言するが、拒否し僧院長が見守る中で静かに息絶える。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">暗い　しかしこの苦悩に満ちたマンフレッドに共感を得たのは同じく苦悩を抱えたシューマンだったのだろう。（チャイコも鬱っぽいがチャイコはバラキレフに依頼されたらしい）</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">作曲の経緯はこれと言って特筆するべきものはなくドイツのドレスデン（8・14修正）にいたころに作曲されこのころ多く歌劇・劇音楽が多く作曲された時期であり有名なピアノ協奏曲（8・14修正）、交響曲第2番ハ長調もここのときの作品である　</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">曲は変ホ短調の仄暗い曲想を持ち、曲は一貫して悲哀、悲痛な雰囲気が流れる。強奏で始まった曲はオーボエの悲痛な旋律が流れる。厚みを増した旋律はアレグロに突入し第一ヴァイオリンの主旋律に乗って第2主題へ。これまた短調の主題は弦の流動的な旋律。再現部に入り、第2主題が断片的に流れるのとペットの旋律がマンフレッドに近づく死を表すように小さく消えていく。最後にオーボエの最初の旋律が流れ曲は静かに終わる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">この曲は金管が例えばペット3本と通常より大きな編成で響きに厚みが増し、オーケストレイションも進化が認められる。</font><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=32519569" target="_blank" rel="nofollow" alt0="BlogAffiliate"></a> </p><p><br><img src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/es-toys/cabinet/img_a76/4988005417176_300.jpg?_ex=128x128" border="0"></p><dl><dd style="margin: 0px;"><font size="2">今回はこのCDを聴いて書いた。クリスティアン・ティーレマン指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1996年7月 録音である。</font> </dd></dl><p style="margin: 0px;"><font size="2">指揮ティレーマンはドイツ物が得意だそうで、マンフレッドも得意の1つなのだろう。同氏はドイツ物のオペラもやっている。フィルハーモニアだけでなくミュンヘン響、ベルリン響、ウィーンフィルなどとも共演をしていて国際的に有名な指揮者らしい。</font></p><p style="margin: 0px;"><font size="2"><br></font></p><p style="margin: 0px;"><font size="2">この録音は金管の重厚さに加え弦にも厚みがあり交響的な厚みがある聴きごたえのある録音でドイツ得意の腕が光った演奏である。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/jackck-sib/entry-12190104625.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Aug 2016 22:29:00 +0900</pubDate>
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<title>曲紹介１　ヴァイオリン協奏曲第1番３楽章（ブルッフ）（改正版）</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">訳あって3楽章である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="3"><strong>3楽章</strong></font>　<font size="3"><strong>アレグロ 　エネルジコ　</strong></font></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><font size="2">ヴィオラの6連符に乗って特徴的な旋律が１ｓｔヴァイオリンに現れ盛り上がっていく。颯爽と現れるヴァイオリンソロはハンガリー風ともいわれる特徴的なリズムに乗ってオーケストラにも表れる。重音奏法を駆使するソロや、パッセージを経たのち抒情的な雄大な、まさにロマン派の神髄ともいえる旋律がながれる。その後分散和音などを弾きまた再現部。疾走するようなコーダののち華々しく曲が終わる。</font></p><iframe height="315" src="https://www.youtube.com/embed/KbDhd-XgJWw" frameborder="0" width="420"></iframe><font size="2"><br></font><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">この演奏は非常に良い。よい。この楽章は1楽章と違い個性が出やすい曲であると思う。まさに十人十色である。この楽章はほかの楽章とは段違いに難しい楽章であり、ラロ、メンデルスゾーンという名だたる曲に並ぶ難易度であるともいわれる。10度あるし（←練習のわりにほかの曲に出てこない）。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">この曲には当時の大ヴァイオリンニスト　ハンガリー出身のヨーゼフ・ヨアヒムの支援があった。協奏曲にしたのも（もともとは幻想曲とする予定だった）1，2楽章がつながっているのもこの人の助言だしその他細かいヴァイオリンの技巧についての助言をしたそうである。3楽章の主題がハンガリー風なのはその感謝ともいわれる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">※2楽章はまたのちに解説する予定</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/jackck-sib/entry-12184099199.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jul 2016 19:15:01 +0900</pubDate>
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