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<title>civilization</title>
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<description>じゃむち　のブログです。詞・研究・読書感想が主体になります。</description>
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<title>若冲展</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://jakuchu.jp/jotenkaku/" target="_blank">開基足利義満六〇〇年忌記念　若冲展</a>　いってきました。と、紹介しますが、</p><p>もう終わったのであまり意味はなく…。</p><p>とにかくそういうことじゃなくて、絵を描くということは、○○に関して　</p><p>何か爆発的なものが心の中で発生して　"ボン"って出てくる。</p><p>その"ボン"って出てきた痕跡が　絵で、</p><p>若冲という男のヴィジョンからみた鶏という対象物をこんなにも</p><p>魅力的に僕たちに伝えてくれる。</p><p>やっぱり芸術は人間にしか埋めれないんだよな。</p><br><p>それにしても若冲の絵って知り合いから聞いたんだけど、</p><p>当時じゃやっぱり評価されなかったみたいね。</p><p>芸術というある種異端の世界のものに値段をつけようっていうのは</p><p>馬鹿馬鹿しいことなのかも知れないが</p><p>ちょっとこの件に関してもっと知りたいなぁ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jamchi/entry-10035675116.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jun 2007 21:29:48 +0900</pubDate>
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<title>私の詞と心の言葉</title>
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<![CDATA[ <p>「生」じゃない言葉だが、</p><br><p>心は「生」でなければいけない。</p><br><p>野生的になればなるほど、実験はズレていく。</p><br><p>論理的に考えれば、心が弱くなる。</p><br><p>まだまだ力が足りない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/jamchi/entry-10035378073.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Jun 2007 22:48:57 +0900</pubDate>
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<title>『透明人間』反省点</title>
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<![CDATA[ <p>■透明人間反省点■ </p><p>先日作成した詞「透明人間」の反省すべきところに焦点を当ててみる。</p><br><p> ① 比喩としての「透明人間」　　英語の「Invisible Man」や「透明人間」は、</p><p>　　転じて比喩的に影の薄い人を指す言葉として用いられることもある。　　</p><p>　　ラルフ・エリソン作『見えない人間』（Invisible Man）などの文学では、</p><p>　　白人から存在を無視され続けるアメリカ黒人　　青年のアイデンティティを扱っている。（『wikipedia』引用） </p><br><p>前回の詞（透明人間）では、こうした意味での透明人間に関して指して、変身する男たちの法則を参考に </p><br><br><p>(a)男が透明人間（比喩としての透明人間）である。</p><p>→男がなんらかの神的力により </p><p>(b)透明人間に身体的になってしまう。 </p><br><br><p>ということを意識して制作したが、透明人間の問題に　人からする透明人間への憧れがある。</p><p>（三月記の虎もそうかも知れないが） 足りないものは何か。心か。常態か。</p><p>男から発生する根源がクリアであっても、男の存在はもちろんそれぞれの存在がクリアであり、</p><p>クリアな状態で他者へ伝えることが出来るか。 今後の課題になりそうだ。</p>
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<pubDate>Thu, 31 May 2007 00:17:07 +0900</pubDate>
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<title>変身する男たち</title>
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<![CDATA[ <p>変身する男たち</p><br><p>三月記　：中島敦</p><br><p>隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、<br>ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、<br>賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山、<br>略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。<br>下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、<br>詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。<br></p><br><p>①男は虎になる。</p><p>大切なことは　虎になるのは結果であり、</p><p>結果に結びつく、何が発生したからという部分を埋めることでは無いか。</p><br><p>A男の職業</p><p>B男の性格</p><p>C男のあるべき姿、状態　etc.</p><br><p>重要なのはどこか、ABC、はもちろん、状態である。</p><p>「論理的に説明がつかない」＝不条理　ではなく、</p><p>ある一定の条件を満たしたもの→（作者という神的の力）→変態するといってもいいのではないか。</p><br><p>変態する上では神的力によって記号化され、目はそこに行きやすいが問題はそこではなく、</p><p>ある男の人間に歪みが生じた上で記号化されるということだ。</p><br><p>「この世界には現実のハムレット、リア王、マクベス、オセロがいる。教科書に出てくるのは</p><p>すべて冷徹で合理的なタイプであるが、この世にはもっとさまざまなタイプがいる。」</p><p>アマルティア・セン『経済学の再生：道徳哲学の回帰』より。</p><br><p>じゃむち</p>
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<link>https://ameblo.jp/jamchi/entry-10035095324.html</link>
<pubDate>Tue, 29 May 2007 23:41:07 +0900</pubDate>
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<title>はじめました</title>
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<![CDATA[ <p>じゃむちです。</p><p><a href="http://sakushi.org/" target="_blank">L.S.D</a>という作詞HPで作詞を始めたついでに</p><p>ブログをはじめました。</p><br><p>このページは主に　作詞　研究　などを綴るページになります。</p><br><p>○　読みやすい</p><p>○　何か皆さんに持って帰ってもらえる</p><br><p>などをモットーに執筆活動させていただきます。</p><p>今度ともよろしくおねがいします。</p><br><p>----------------------------------------</p><p>■プロフィール</p><p>じゃむち　：年齢　17 ：出身　高知</p>
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<link>https://ameblo.jp/jamchi/entry-10035067414.html</link>
<pubDate>Tue, 29 May 2007 20:35:41 +0900</pubDate>
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