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<title>日本語について。。。</title>
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<description>日本人もあまり注目しないような日本語文化について、このブログで書いていきたいと思っています。頻繁に更新すると言う事はありませんが、「なんかアップしたかなぁ〜」という気持ちで月１くらいでのんびり見て頂けるとうれしい限りです。</description>
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<title>和製英語の実態</title>
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<![CDATA[ <strong>「和製英語」</strong>この言葉をインターネット上の辞書サイトで検索してみると<br><br><em>「日本で英語の単語をつなぎ合わせたり変形させたりして、英語らしく作った語」</em><br><br>とでる。和製英語というのはもともと外国からきた文化や物の意味を、日本人に分かりやすく伝えるためにできたシステムである。これによって出来たメリットは、外国の文化や風潮をより一層深いレベルで理解できるようになったというのを筆頭に、挙げていけばきりがないだろう。なので、今回は和製英語の普及によるデメリットについて述べたいと思う。<br><br>和製英語の最大の特徴はその使いやすさにあるだろう。外国から取り入れた言葉を、日本人の使いやすいようにアレンジを効かせてどんどん変えていけることが、和製英語が今の世の中に普及している一番の要因と言える。ただしこの便利な言語を、人は日本で作られた物だという事を理解しないといけない。そうでないとこの ”偽の言語” を平気で日本人以外に使ってしまい、大恥をかくことになる。例えば、旅行に行ったときなんかはかなり気をつけたい。<br><br>日本人が海外に旅行をした時に使ってしまいがちな和製英語に「フロント」というのがある。これは勿論ホテル等の受付の事だが、海外では受付の事を「フロント」と称する国は全くないと言っても過言ではない。ごく稀に「フロントデスク」と表記するホテルもあるが、英語圏の国では基本的に受付の事を「レセプション」という。日本人はこのレセプションという言葉をさけるために、わざわざあまり使われていない「フロントデスク」をさらに縮めて、「フロント」という言葉を作り上げてしまったのだ。このように「フロント」という言葉は日本で作られ、日本でのみ使われて許される言葉なのだ。だからもし海外のホテルで “Where is the front?(フロントはどこですか？)” と聞いても、聞かれた相手からすると “前はどっちですか？” と言われているようなものなのだ。“前はどっちですか？”なんて外国人に聞かれたら、うわっなんかこの人危ないな、なんて思ってしまう事は当然だろう。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131111/02/japa-project/d2/db/p/o0186028712745613291.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131111/02/japa-project/d2/db/p/t01860287_0186028712745613291.png" alt="$日本語の先生のブログ-コンセント" width="186" height="287" border="0"></a><br><br><br>他にも海外でついつい使ってしまいそうになる言葉に「コンセント」というものがある。これもまた海外では全く通じない和製英語なのだ。しかもこれは、英語では「アウトレット」や「ソケット」等と言った呼び方をし、どこにも和製英語の「コンセント」の要素が入ってないのである。「コンセント」とはもともと、一致、という意味を持つ英語で、残念ながら「アウトレット」や「ソケット」との繋がりは全く見えてこなかった。ではこの言葉の語源はどこにあるのか。なんと「コンセント」の語源は明治時代まで遡るそうだ。<br><br>明治時代、文明開化により鎖国が解け、日本が外国の影響を受け始めたころ、電化製品がゆっくりと日本中に広まりだした。この頃コードの付いたプラグとコンセントが一緒に“concentric plug(コンセントリックプラグ)”と呼ばれていたそうだ。それが大正時代の終わり頃に「コンセント」と「プラグ」と別々に呼ばれ始めたらしい。しかしこれもインターネットサイトで「...という一説がある」といった書き添えがされとおり、確かな情報は誰にも分からないそうだ。つまり、この「コンセント」とは実に曖昧で、腑に落ちない造語なのである。<br><br>しかも今回の場合上記の「フロント」の例とは違い、和製英語が元の英語より長くなってしまっているのだ。これでは和製英語元来の、日本人にとって言いやすい楽な言葉を作る、という概念や理論もつじつまが合わなくなってしまっている。今更「ソケット」という言葉を普及させるのは無理だとしても、私からしたら「コンセント」という言葉がこれほどまでに便利な和製英語として認識され、世にはばかっている事がどこか気に入らない。<br><br>つまり私がここで強調したいのは、日本は和製英語という楽なシステムに頼りすぎて、元々の日本語の美しさというものをなくしているのではないかと言う事だ。確かに和製英語を使う事にメリットは多数存在するが、そんなぬるま湯に浸かってばかりだと日本語がいずれ崩壊してしまうのだ。例で挙げた、「フロントデスク」を「フロント」と略す手抜き作業。明治時代まで遡らなければ語源が分からないような、あまりにもずさんでガサツな和製英語、「コンセント」！別に「フロント」を「受付」って言ったっていいんだ！「コンセント」を「電力供給口」って言ったって構わないんだ！もし「フロント」も「コンセント」も知らない人が見たって、漢字で書いてあったら意味は伝わるんだ！！こういった所に日本語の美しさがあるのにも関わらず、日本人はその魅力を丸ごと削り落とそうとしているのだ。自国に対する愛が年々薄れていってるのは果たして時代のせいにしてもいいのか。国際化が進む今こそ人は自分の国を強くみせなければいけないのではないか。そのためにはまず、日本語を愛して、推していかなければいけない。<strong>日本にはその力がある！</strong>
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<link>https://ameblo.jp/japa-project/entry-11683560990.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Nov 2013 22:29:30 +0900</pubDate>
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