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<title>日本フリーダイビング昔話</title>
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<description>日本におけるフリーダイビングのトピックスをランダムにアーカイブしていきます。</description>
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<title>レア　グランドコート</title>
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<![CDATA[ <br><br>だいぶ前に作ったグランドコート<br><br>イラストby森永ニッカ<br>プロデュースby高原与治<br><br>フリーダイバーはTシャツやアパレルを作るのが好きなので、タンスにTシャツがたまっていきます。<br>なつかしものもこれからアーカイブしていきたいと思います。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20131227/01/japanapnea/c8/12/j/o0720096012793984574.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20131227/01/japanapnea/c8/12/j/t02200293_0720096012793984574.jpg" alt="" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<pubDate>Fri, 27 Dec 2013 01:21:08 +0900</pubDate>
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<title>パーフェクション・ポイント</title>
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<![CDATA[ <a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=25372783" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">世界記録はどこまで伸びるのか/河出書房新社<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51osQnr8lWL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥1,890<br>Amazon.co.jp<br><br>様々なスポーツの記録について、「絶対に人間が超えられない壁＝パーフェクション・ポイントはどこなのか」について書かれた本です。<br><br>陸上１００m、マラソン、水泳、ゴルフのドライバーショット、、、などに並んで、フリーダイビングのスタティック・アプネアが取り上げられています。<br><br>科学的な根拠を元に計算した数字として、この本の上ではスタティックのパーフェクション・ポイントは14分47分と置いています。<br><br>ただ、この本では、計算上はここまでだが、プラスαは果たしてあるのかな、、、？という視点でも書かれているので、精神力などの計算出来ない面にも含みを持たせています。<br>（ちなみに陸上100m走のパーフェクション・ポイントは8秒99とされています）<br><br>現在の世界記録は11分35秒。フランスのStéphane MIFSUDが2009年に記録したもので、ここまで4年ほど更新されていません。だれがStéphaneの記録を破り、パーフェクション・ポイントにより近づくのか。あるいは論理を超えてパーフェクション・ポイントが破られるのか。楽しみです。
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<pubDate>Fri, 01 Nov 2013 00:18:58 +0900</pubDate>
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<title>9月27日付ブログ訂正</title>
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<![CDATA[ <br>またまた訂正です。<br>９月２７日付の「メダリスト」で2008年エジプト女子団体戦の銅メダルが抜けていました。大変失礼しました。<br><br>改めて日本人メダリスト一覧です。<br><br>2013年ギリシャ<br>（個人戦女子）コンスタント・ウェイト 岡本美鈴（旧姓平井）　銀メダル<br><br>2012年フランス<br>（団体戦女子）平井美鈴、廣瀬花子、福田朋夏　金メダル<br><br>2011年ギリシャ<br>（個人戦女子）コンスタント・ウェイト 平井美鈴　銅メダル<br><br>2010年沖縄<br>（団体戦女子）平井美鈴、松元恵、廣瀬花子　金メダル<br>（団体戦男子）篠宮龍三、大島俊、濱崎克哉　銀メダル<br><br>2009年デンマーク<br>（個人戦男子）ダイナミック・アプネア・ウィズ・フィン 濱崎克哉　銅メダル<br><br>2008年エジプト<br>（団体戦女子）平井美鈴、松元恵、北濱淳子　銅メダル<br><br>2007年スロベニア<br>（個人戦男子）ダイナミック・アプネア・ウィズアウト・フィン 富永直之　銅メダル<br><br><br>次のメダリストは誰でしょうか？
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11649497332.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Oct 2013 00:38:57 +0900</pubDate>
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<title>９月１０日付ブログ訂正</title>
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<![CDATA[ <br>当ブログで９月１０日付で書きました「初めての日本代表セレクション」の中で、実際と若干異なる記載があるというご指摘が実際に当時参加した方からありましたので、訂正させていただきます。<br><br>もとのページはこちら<br>http://ameblo.jp/japanapnea/entry-11610474216.html<br><br>元の記載<br>「、、、結局、リスクが比較的少ない（と思われた）スタティック・アプネアを１次予選として代表候補を選抜。そのメンバーを鹿児島のトカラ列島で合宿させ、海での「たたずまい」を元に参加者の投票で決める、という方法がとられたのでした。、、、（以下略）」<br><br>スタティック・アプネアによる一次セレクションは名古屋と東京で行なわれましたが、その後、奄美大島での2次セレクション、トカラ列島での合宿を経て代表を決定した、という経緯が正確とのことなので訂正させていただきます。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11638567245.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Oct 2013 22:09:09 +0900</pubDate>
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<title>協会主催の大会無事終了</title>
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<![CDATA[ 昨日、獅子浜で日本フリーダイビング協会主催の大会が開催され、無事終了しました。<br><br>2005年７月に行われた大会で、スタッフが水中で行方不明になるという事故がありました。<br>それ以降、協会としては海洋での主催大会を自粛してきました。これは誰かから強制された訳ではなく、自分たちで決めたものです。その禁を解くのは、新しい安全ガイドラインを作ってから、ということも我々が選んだことでした。<br><br>しかし、もともとがノウハウがまだ発展途上であるスポーツで、実践を通じて色々なことを学ぶ必要があることもまた事実。大会を行わなくてはその大会をより良くするための積み上げができない、というジレンマが常にありました。<br><br>が、日本でいくつかあるグループの面々が、それぞれ自分たちの経験と考えを集約し、徐々にあるべきやり方が見えてきました。<br>そして昨年、ようやく新しい安全ガイドラインを公表し、昨日の大会につなげることができました。<br><br>とはいえ、安全に絶対の正解はありません。今後も更によりよい道を探すための活動は続けていかなければならないと思っています。そのためには皆さんの協力が必要です。是非とも力を貸していただきたく、今後ともよろしくお願いします。<br><br>１１月３０日に予定している安全フォーラムでは、この2005年の事故のことについても少しお話させていただきたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11625187172.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Sep 2013 22:57:27 +0900</pubDate>
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<title>メダリスト</title>
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<![CDATA[ 先日のギリシャでの世界選手権で、岡本美鈴がコンスタント・ウェイトで銀メダルを獲得しました～！！<br><br>岡本美鈴は2011年の同じギリシャの個人戦で銅メダル、そして団体戦では2010年、2012年と金メダル２連覇を果たしています。また男子も2010年の沖縄世界選手権で銀メダルを獲得しており、日本はメダル獲得常連の強豪国の一つと言っていいでしょう。<br><br>日本が初めて世界選手権に参加したのは1998年。当時はまだ世界の壁はまだ厚く、日本は参加することに意義がある、という状態でした。<br>しかし徐々に経験と力をつけ、ヨーロッパの強豪国から一目置かれる存在になっていきました。<br><br>初めての日本人メダリストは、2007年スロベニア、ダイナミック・アプネア・ウィズアウト・フィンでの富永直之。この時の記録157mは6年経った今も日本記録です。<br>その次は2009年デンマーク、ダイナミック・アプネア・ウィズ・フィンでの濱崎克哉、219m。こちらもまた日本記録としてまだ破られていません。<br>そしてこの翌2010年の団体戦男女Wメダルの快挙以降は毎回日本人が表彰台に上っています。<br><br>今年のギリシャには韓国からも参加がありました。近い将来、表彰台がアジア人で埋まる日も来るかもしれません。
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11623074974.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Sep 2013 22:27:04 +0900</pubDate>
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<title>初めての日本代表セレクション</title>
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<![CDATA[ まもなく2013年の世界選手権がギリシャで開幕します。<br><br>https://www.facebook.com/pages/Aida-Individual-Depth-World-Championship/482078701803553<br><br>代表選手たちは、日本国内での選考基準にそって、過去2年間のポイントから選ばれています。<br>日本が初めて世界選手権（現在はワールド・チャンピオンシップと呼ばれていますが、当初はワールド・カップと呼ばれていました）は1998年。ただし、その当時は日本国内でフリーダイビングを行なう環境は海・プール共に整っておらず、どうやって代表を選ぶのか、というところで苦心がありました。<br>結局、リスクが比較的少ない（と思われた）スタティック・アプネアを１次予選として代表候補を選抜。そのメンバーを鹿児島のトカラ列島で合宿させ、海での「たたずまい」を元に参加者の投票で決める、という方法がとられたのでした。<br>「たたずまい」が基準？と思われる人もいると思います。ですが当時、海でのフリーダイビングのノウハウはまだほとんどなく、候補者に潜らせることができる深度も２０数メートル程度。これでは候補者はみなクリアしまい、差がつかない、ということからの苦肉の策でした。<br><br>それ以降、海外での経験からのノウハウの注入で、徐々に日本のフリーダイビングのメソッドが確立していくのでした。<br><br>ちなみにこの時の日本代表選手で最も深く潜ったのは「レオ」こと村岡正明選手の-35m。（この時は深度競技はコンスタント・ウェイトしかありませんでした）<br>これが日本初めての日本記録ということになります。<br>
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11610474216.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Sep 2013 00:47:39 +0900</pubDate>
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<title>名言</title>
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<![CDATA[ 名言って、今から名言を言うぞ、と狙ってもダメですよね。<br>やはり心からの叫びでないと、名言にはなり得ない。<br><br>これまでフリーダイビングに関わって１５年、私が現場で聞いたもっとも心に残る名言を紹介しましょう。<br><br>2010年沖縄、世界選手権。<br>海面でのセキュリティを担当していたタケさんは、長時間の競技でへの対応で体力を消耗していた。<br>途中の小休止の時間、タケさんは船に近づき、船上のスタッフに弱々しく声をかけた。<br>「何か口に入れるものを下さい、、、」<br>スタッフはあわててクーラーボックスを開け、そこにあった口に入れることができそうなものをタケさんに手渡した。<br>そのゼリー飲料を受け取ったタケさんが、何気なくそのパッケージを見たとき、そこに書かれていた言葉は、、、「カロリーゼロ」。<br><br><font size="3">『オレにカロリーをくれ！！！』</font><br><br>これが心の叫びというものだ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11605510659.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Sep 2013 00:25:20 +0900</pubDate>
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<title>フリーダイビングの入り口</title>
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<![CDATA[ フリーダイビングというスポーツの入り口は、いまでは色々な切り口があるかと思います。<br><br>90年代の日本においては、映画「グラン・ブルー」を通じてフリーダイビングを知った、という人は多いでしょう。<br>日本初公開は1988年（当時は「グレート・ブルー」）、しかしこの時はほとんど話題にならず、1－2週間で打ち切り。しかしその後フランスでのヒットなどから再び注目され、1992年のリバイバルが大ヒット。<br><br>映画は2人の伝説的フリーダイバー、ジャック・マイヨールとエンゾ・マイヨルカをモデルにしたもので、ストーリーはあくまでフィクション。また朴訥なジャックと能天気なエンゾ、というキャラクターは本人とはまったく逆。また、これもストーリーとは逆に、ジャックが後に自死という道を選んでしまう、というのも何かを物語っているような、、、<br><br>この映画のヒットでフリーダイビングという競技があることが認知され、それが今につながる、ということを考えれば、色々な人の人生に直接・間接に影響を与えている作品と言えるでしょう。<br><br>2010年、グラン・ブルー完全版デジタル・レストア・バージョンとして何度目かのリバイバル上映がされた年、奇しくも日本ではじめてのフリーダイビング世界選手権が沖縄で開催されました。<br>この映画に触れて海の入り口にたつ人は今後も多くいることでしょう。<br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=24810576" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">グラン・ブルー 完全版 -デジタル・レストア・バージョン- Blu-ray/角川映画<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51ay1UU3wPL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥2,625<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11600589363.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Aug 2013 00:29:08 +0900</pubDate>
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<title>ジャパン・アプネア・ソサエティの誕生</title>
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<![CDATA[ ジャパン・アプネア・ソサエティの誕生<br><br>ジャック・マイヨールやエンゾ・マイヨルカが潜水の世界記録を争っていた頃、フリーダイビングはスポーツというより冒険でした。しかしフリーダイビングをよりスポーツライクに発展させようという動きから、国際的な振興機関であるAIDA（"Association Internationale pour le Développement de l'Apnée"）が1992年に発足します。<br>そして初めての世界選手権がニースで開催されたのが1996年。この時は6カ国が参加しましたが、日本は参加していませんでした。<br>当時の世界チャンピオンはウンベルト・ペリッツァーリ。そのウンベルトが日本で著書を刊行することになりました。96年秋に発売された「アプネア・海に融ける時」は当時のフリーダイビングに興味のある人にとっては貴重な情報源でありました。この本の日本語訳を手がけたのが早川信久氏、ジャパン・アプネア・ソサエティ創始者です。<br>本の著者と翻訳者、というビジネス・パートナーという枠を超えて交流があったウンベルトと早川氏。「<br>次はサルデニアで世界選手権をやるから、今度はノブが日本チームを作って参加しろよ！」というウンベルトの言葉を受けて、日本チーム結成のための受け皿、というのが98年、ジャパン・アプネア・ソサエティ発足の直接の理由でした。<br><br>参考<br>AIDAホームページでもフリーダービングの歴史を読むことが出来ます。<br>https://www.aidainternational.org/freediving/history
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<link>https://ameblo.jp/japanapnea/entry-11595960126.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Aug 2013 00:23:27 +0900</pubDate>
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