<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>雨が降らなければ、虹は出ない</title>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/jasmin0221/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>結婚して出産して、乳癌になって離婚して。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>離婚に応じるとした場合の条件を考えてみた（調停３回目）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今のところ、離婚に応じるつもりは無い。</p><p>焦らし作戦決行中。こちらに非が無い以上、そしてどんな些細な証拠であっても、数を集めて夫の不貞が立証されれば、夫は「有責配偶者」となるため、夫からの離婚は認められない。</p><p>なのでこちらは悠々自適に夫を焦らし続ければ良いのだけど、そんな私だって日に日に歳は取る。</p><p>夫を焦らし、離婚せずに婚費を５年貰い続けるとしたら、私はアラフィフになってしまう。離婚しない＝自分も他の人と結婚出来ない。わけだ。うーん。人生半分を生きて来て、残り半分の折り返し地点。さっさと夫と離婚して、私自身も新しい人を見つけて、もし良い人が居れば再婚した方が良いのかな・・・。そう思う事もあった。夫にしがみついている以上、自分も第二の人生をスタート出来ない。それで果たして良いんだろうか。まあ、仕事が落ち着くまでは、その新しいパートナーを探す余力が無いので、このままで行くが、もし離婚するなら・・の条件を考えておくのも必要だ。</p><p>条件。</p><p>・養育費の一括支払い</p><p>・住宅を手放してください（ローンは夫と私でそれぞれある）</p><p>・子供たちの預貯金、学資保険は触らないでください</p><p>などか。まあ、こちらに相当有利な条件を提示して、承認するのであれば離婚に応じる可能性も</p><p>見せておくのも良い。</p><p>3回目の調停が来た。2月15日、私は断固として「離婚に応じない」としていた態度を、少しだけ緩ませ、こちらの条件をのむのであれば、離婚は０ではない。という内容を夫と夫の弁護士に伝えた。</p><p>すると、夫側から「財産目録を作って欲しい」そういう回答が来た。</p><p>なにせ、結婚してから１８年、一切合切のお金の管理を私がしていたため、夫は今我が家にいくらあるのかを本気で何も知らない。そして、夫が使える銀行口座は１つ。給料振込口座のみ。でもそこは常に動く口座で、最後は０円になるよう、私が管理していた。なので夫が自分名義で持っている貯金はほぼ無い。単に管理が簡単だからという理由で、私は家族全ての貯金口座を自分名義の銀行口座にしていたので、夫は何一つ知らないのだった。どの銀行にいくら貯金があって、とか、ローンはいくら残っているとか、本当に何も知らなかったので、夫側の弁護士がこちらに依頼をかけてきた。</p><p>財産の開示ということだ。住宅ローンの残債も含め、全ての財産の目録を次回までに提示してほしいといってきた。話はそれからだと。</p><p>養育費一括支払いが条件であるため、今我が家には財産がいくらあり、それをまず分配して、夫のお金をカウントし、私に支払う額を決めたいのだ。</p><p>今回はそれが決まらない限り話が進まないということで、打ち切りとなった。財産目録を作るのに、私側の弁護士が時間を有するということで、次回は4月12日、約２ヶ月先の調停になった。</p><p>帰宅して、財産を整理することをぼんやり考えていた。</p><p>てか、これまで私が必死にやりくりして貯めて来た財産。勿論夫の稼ぎと自分の稼ぎをきちんと管理してきたから、一軒家も建てられたし、車も外車を買えた（夫の希望）。子供も2人設けて、海外旅行にも色々いけた。貧乏だった結婚当初から考えたら、考えられないほど、一般的な家庭になれたのに。一生懸命妻を頑張り、子供の貯金も貯めて来た。なのに、なのに・・・・これがもしかしたら折半になる可能性がある。家を私がもらうのであれば、住宅ローンの夫の分を一括で返済しなきゃいけなくなる。そして、家の今の価値を調べ、半分は夫の物になるため、現金で夫に払わないといけなくなるかもしれない。家は残るけど、お金が一切なくなる可能性もある。子供たちの学資保険も解約か、解約しないなら現金で半分渡すしかないかもしれない・・・・。ああ・・・・・・。</p><p>今日はもうやめよう。財産を頑張って貯めて来たのは私なのに、夫は「財産目録出せよ」の一言で、</p><p>綺麗に整った財産目録を見て、品定めするというのか。悔しすぎた。本当に泣けて来た。</p><p>本当は預貯金をどこかに隠したかった。でも、私の弁護士さん曰く、貯金口座の目星がついている場合、弁護士なら貯金口座の照会が可能らしいので、悪あがきは無駄。と言われてしまった。</p><p>夫は何も知らないけど、私が頑張って貯めていた銀行の名前は憶えているかもしれない。それぐらいは知っているかな・・・。悪あがきが出来ないという、悪あがきをして、数日間何も手につかない日々を過ごす事になった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12800465711.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Apr 2023 15:03:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>そんな簡単に離婚には応じませんけど～（2回目）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>2回目の調停。（1回目は11月16日、２回目が1月18日。）</p><p>前回から約2ヶ月がたっていた。この2ヶ月の間に、娘の誕生日やクリスマスや年末年始が挟まっていたので、私と子供たち2人にとっては3人で過ごす初めての年間行事イベントだった。</p><p>これまで、娘の誕生日の日には必ずいた夫（パパ）が居ないので、娘が寂しい気持ちにならないように、私の両親が我が家に来て、ご馳走と大きなホールケーキを用意して大袈裟なくらい盛大にお祝いした。でも、娘は本当は寂しかったに違いない。自分の誕生日にパパが居ないということを受け入れるには、１４歳ではまだちょっときつかったのかなと思う。というのも、この間に中学校で保護者面談があった。私は学校の先生には別居の事を話してないと思っていたので、担任から「家の事情大変でしょうが・・・」という話を振られた時にびっくりした。「え！先生知ってるんですか？」であった。「まだ別居中で離婚はしていないんですけど、でも、どうして先生知ってるんですか？」と聞くと、別居してすぐに、娘は学校に着くや否や泣き出し、信頼している顧問の女性の先生の所に行き「パパが出て行っちゃった」と大泣きして、教室に入れない日があったというのだ。絶句してしまった。私には微塵もそんな態度を見せなかったけど、本当はすごく寂しくて辛かったんだ（涙）。思わず私もそこで泣いてしまった。本当にごめんね・・・悲しかったよね・・・。</p><p>こんな出来事があり、だから何も知らないでのうのうと生きていやがる夫に、許せない気持ちが爆発した。子供たちをこんなに悲しませやがって。</p><p>&nbsp;</p><p>クリスマスにしても、年末年始にしても、毎年必ず家族そろって賑やかに食事をしていたので、クリスマスも年末年始もお正月も何となく1人欠員がいるこのリビングで、初めて３人で過ごす行事事に寂しそうな顔をしていた。行事って、悲しい出来事があった家には、とても残酷なんだなと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>1月1日、メールが鳴った。見ると夫から今まで使っていた家族4人のグループＬＩＮＥに、「賀正」のスタンプが入っていた。一瞬気を失いかけた。は？はあ？？？？？？？</p><p>息子が言った。「なんかパパからスタンプ来てるんだけど・・・」私も携帯を持ったまま言葉を失っていた。すると、2秒後ぐらいにスタンプが「送信取り消し」された。</p><p>だろうよ。何やってんの？意味が分からない。調停中の別居中の妻を含めた家族に「賀正」って。</p><p>おめでたいのはあんたの頭ん中だけだよ。</p><p>きっと、夫も初めて義理母と2人で過ごすお正月に、寂しさを感じていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなこんながあって、1月18日が来た。２回目の調停の日だ。</p><p>私と私の弁護士の事前打ち合わせ（作戦会議）では、「私は離婚はしません。むしろやり直して欲しい。また１からやり直しましょう。」路線で行くということになっていたので、調停でもそれを全面に出して調停員に伝えた。</p><p>調停に初めて来た夫はそれを聞くや否や、「いやいやいやいや、自分はやり直す気持ちなんて微塵もないし、自分はもう妻の顔色をうかがって生きていきたくないんですよ。子供の前で大ゲンカもしてしまうし、子供にとってもそれは良くないことだと思って自分は家を出たんです。子供は大切です。だから、もう子供に自分たちの喧嘩を見せたくないんです。」そう言ってきたらしい。</p><p>いやいやいやいやいやいや・・・・は、むしろこっちのセリフだ。なんなら「いや」を2個くらい増やしてやる。</p><p>何が「妻の顔色をうかがって生きて来た」だ。何が「もう我慢しないで生きていきたい」だ。ふざけんのもいい加減にしろ！！！！！！！大体貯金も０に等しかったあんたをずっと支えて来て、貧乏な中にも笑いあり涙ありで、子供を2人授かり、子供と4人で海外旅行にもたくさん行った。車は夫が欲しいといった車が買えるよう、日々私がやりくりをして貯金していたし、食事だって毎日「パーティですか？」というくらいのおかずを作って待っていた。3年に1回は車を買い替えたいという見栄の塊のような夫だったから、最後は外車を現金一括で購入した。それも家計は全て私任せであったし、夫は家の財産も何も知らず、全てを私に任せていてだ。</p><p>一軒家も１０年前に夫が「ここが良い」と言った土地の価格交渉を私がし、高級と呼ばれるメーカーで家を建てられたのは、貧乏な時から2人で一緒に協力してここまでやって来たからじゃないのか？我慢だってお互いあったとは思う。でも、それはお互い様だし、我慢の無い夫婦なんてこの世に存在しないと思う。だから、私たちは一般的な夫婦であったし、むしろ「とても理想的で仲の良い夫婦ですね」と言われるような夫婦だった。それをどの口が「これまでうまくやってこれたのは、自分が我慢してきたからなんです」だ。聞いて呆れる。開いた口が塞がらなかった。後日、私たち夫婦を良く知る両親、友人にこの話をしたところ、空いた口が2日くらい塞がらなかったと言っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>まあいい。言わせておけ。何故なら離婚には応じないのだから。</p><p>「そんな簡単には離婚には応じませんよ～」で、ある。</p><p>私と私の弁護士は、作戦会議で何回も自分に言い聞かして来た作戦を実行していた。調停員を味方につける。非難の応酬になって良い事なんて一つもない。心理戦。損して得取れ。負けるが勝ち。そういった類の言葉を自分の心の中で何回も何回も言い聞かせ、私は調停員にこういった。</p><p>「そうですか・・・（悲しげに）。私に直せる所があるなら、直します。私たち夫婦に離婚をしなくちゃいけない理由なんて無いんです。子供もパパには帰って来てほしいと言っています。とにかく今は離婚する気持ちなんて1ミリもないんです。」</p><p>めちゃくちゃ悔しかった。夫に女がいることも知っていたし、夫が不貞を働いている事も知っているのに、それを微塵も出せないし（夫を非難するようなことを言ったら、そんなに非難していますけど、あなた離婚したくないんですよね？と言われてしまうから、悪口は極力言えない）、言われたい放題言われている事に、逆襲したい気持ちで一杯だった。はらわたは煮えくり返っていたし、悔しくて悔しくて涙が出た。この気持ちをいつか絶対に夫に突き付けてやるんだ。それまでの辛抱だ。何度も何度も自分に言い聞かせていた。夫にすがるような自分が情けなかった。私だって今すぐにでも離婚したい。でも、我慢だった。子供たちの為に、一番良い条件で首を縦に振らせるまで。</p><p>&nbsp;</p><p>すると調停員さんは「そうよね・・・あなた頑張って来たんでしょう。聞いてれば良くわかるわ。じゃあね、もしあなたが離婚に応じない場合には、調停は不成立になるけど、それでも良いのかしら？」と。ようは、調停不成立になった場合に、向こうが納得いかなければ、裁判に持ち込まれるという。そこで私は聞いてみた。「私に非が無く、夫がただ単に離婚したくなってそう言っている場合、裁判になって離婚が認められるんですか？」そうすると、調停員さんは「恐らく今お二人から聞いた話からすると、離婚は認められないでしょうね。結婚生活も１８年と長期にわたるし、最低でも３～５年は別居して結婚生活が破綻しているという事実を作らないと、裁判では認められないでしょうね～。」</p><p>ですよね。だって女が出来て離婚したくなったのは夫なんですから。私は今までと何も変わっていないし、夫の為に頑張って来た。で、今「調停不成立」になって私に何か不都合な事があるか？いや、無い。逆に、婚姻費用分担となるため、私を含めた3人分の生活費が夫から支払われる。また、調停をきちんとやっているので、夫が支払わなかった時には、夫の会社に強制執行をかけ、給料から先取りでこちらに婚費を振り込んでもらう事が出来るというのだ。なら、すぐに離婚をしてしまうのは時期早々であったし、何よりもその時、私は転職して半年がたち、めちゃくちゃ仕事の人間関係に疲れきっていた所だった。仕事でも辛いのに、離婚の手続きなんて到底無理だ。なのでしばらくは離婚はしない。そう心に決めて、2回目の調停は終わった。夫は不服そうであったらしい。知るか！！！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12797378423.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Apr 2023 16:43:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>1回目調停から離婚成立までの簡単な流れ</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私の調停は全7回あった。</p><p>①11月16日（顔合わせ、夫来ず弁護士だけ）</p><p>②1月18日（夫が初めて来た。）</p><p>➂2月15日（離婚には応じませんと答える）</p><p>④4月12日（こちらの条件をのむなら離婚に応じるというと、財産目録を作れと言われる）</p><p>⑤5月20日（財産目録を双方弁護士で作成し、家庭裁判所へ提出）</p><p>⑥6月24日（本来なら私側の条件はあり得ない</p><p>⑦7月15日（離婚成立）</p><p>夫が家を出て行ったのが①の前の8月5日だったので、離婚成立まで11ヵ月10日かかったということです。</p><p>＜1回目＞</p><p>家庭裁判所の駐車場に着いた。家庭裁判所なんて初めて来た。中に入ると、2階に案内され、待合室があった。調停を起こした人と、起こされた人が会わないように、待合室が遠くに分かれていた。</p><p>私たちは起こされた側の人なので、その小さな待合室で待っていると、私の弁護士が入って来た。</p><p>「いやーどうもどうも。緊張しないで良いですからね。今日は顔合わせなんでね。」といった具合に、明るく話しかけられる。調停は家庭裁判所の中の小さな部屋に、調停員男女各1名が既に座っていて、私と弁護士が最初に呼ばれて、そこの部屋に入る。そこである程度話をしたら、一旦私たちは席を外し、最初の待合室に戻る。すると、夫側の弁護士がその部屋に入り、調停員2人と話をして、また私たちが呼ばれて、相手の意向を聞く。といった感じだった。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも初回、夫は来なかった。勿論弁護士は夫の代理者なので、弁護士だけでも良いみたいだが、私の弁護士が言うには「申し立てを起こした側の当の本人が来ないなんてことは、あまり無いですね。」との事だった。夫の弁護士だけが来たので、私も私の弁護士も「は？」という感じで、拍子抜けだったし、調停員さんも口にはしなかったけど「今日は旦那さんが来てないので、実際旦那さんの考えが何なのか分からないんで・・・次回が初回という感じになりますかね。」と言われた。私は仕事の休みを取って、ちゃんと来たのに、最初は顔合わせだからという理由で欠席した夫。なめてやがる。と思った。しかし、そんな態度は出せない。まあ調停員さんの心象は明らかに悪いだろうから、</p><p>これもまた我慢であった。</p><p>そして調停員さんから「旦那さん側は離婚をしたいそうなのだけど、あなたはどうしていきたいの？」と聞かれ、私は「離婚なんて全く考えていないし、離婚を突き付けられる理由も身に覚えはありません。なので離婚はしません。」と答えた。「じゃあ旦那さん側が和解してくれるように、話し合いを進めて行きましょう」と言われ、初回は本当にそれだけで終わりだった。ものの1時間も無かった。</p><p>次回調停日を決める時に、双方の都合と調停員さんの都合、あとは場所の空き状況で決める。</p><p>通常は翌月開催となるのに、私や双方の弁護士、家庭裁判所の部屋の空き状況がマッチせず、次回は1月18日になってしまった。2ヶ月後か。サクサク話合いを進めて行きたいのに、そういった理由で次回調停が2ヶ月先になる事があるという事を知る。これが本当～にもやもやする！まだ戦いは始まったばかりなのに、既にじれったい感がまとわりつき、早く終わりたいと思った。でも終わるってことは離婚か別居継続かになるわけで、どっちが良いのかなあ・・・。次回開催まで、私は毎日毎日この「離婚が継続か」を通勤の車の中、ふとした瞬間などに何度も何度も考える事になった。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12796506286.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Apr 2023 09:23:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>離婚調停とは</title>
<description>
<![CDATA[ <p>当時、夫と別居が始まった令和３年8月時点で、私は調停というものがこの世にあることすら知らなかった。離婚するなんて夢にも思った事が無かったし、周りは普通の協議離婚をしてる人がほとんどだったから。なんでもそうだけど、人間て、いざその時になって初めて知る事が多くある。</p><p>私が契約した弁護士さんは、当初から「調停はね話し合いなんでね。そんな緊張せずに、リラックスして行きましょう」とよく言っていた。当人同士では話し合いにならず、弁護士を入れずに調停に臨む夫婦もいるらしいから、第三者を含めた話し合いということだ。そこに弁護士を入れるかどうかは本人たち次第である。</p><p>しかも、調停って、円満調停（夫婦仲を直したいが、本人たちではどうにもならず、親戚など頼る人もいない場合に調停員を第三者に入れて話し合う調停。これは仲直りを目的としている。）と、離婚調停（離婚をしたいが、すぐに離婚裁判は起こせないから、離婚を目的として起こす調停）があるらしかった。</p><p>私は最初、夫から離婚調停を起こされる前、円満調停を起こそうかと思った事があった。が、中々一歩が出ないまま別居1ヵ月がたった頃に、しびれをきかせた夫から離婚調停を起こされたという経緯だ。</p><p>そもそも、離婚調停って何なのか色々調べたり、聞いたりしたことをまとめる。</p><p>１）離婚調停を起こすのには、お金は２０００円くらいで誰でも起こせる。家庭裁判所で手続き。</p><p>２）弁護士はいてもいなくても良い。本人同士だけでも良い。</p><p>３）第三者の調停員は男女１人ずついる。調停員は、家庭裁判所が選定した人（元校長先生とか、元地元の偉い議員さんとかがなるらしい。なので、別に裁判官とかではなく、普通の一般の人）。</p><p>４）離婚「調停」を経てからじゃないと、離婚「裁判」は起こせない。</p><p>５）こちらに離婚事由が無いのに、相手から離婚調停を起こされた場合、離婚に応じないという回答もあり。その場合、相手が離婚裁判を起こしてきても、こちらに非が無い場合は、結婚期間に応じて、数年（３～５年）離婚は認められない。</p><p>６）調停員がこのまま調停を続けても、平行線のままだと判断した場合は「調停不成立」となり、調停は無くなる。</p><p>７）裁判は証拠だなんだと、お互いが相手を負かそうとするものだが、調停はあくまでも「話し合い」であるため、色々と譲歩案や解決案などを提示しやすい。</p><p>８）調停不成立にならなければ、３年でも５年でも調停を続けることは可能。</p><p>９）1回の調停は大体２～３時間で、毎月1回か2ヶ月に1回程度で行われる。</p><p>１０）離婚調停が成立すると、離婚が成立し、離婚届が無くても離婚調停書があれば、市役所に提出する離婚届は不要で離婚が出来る（2人のサイン不要。最後は裁判官が出て来て判決を下す為）。</p><p>&nbsp;</p><p>と、こんな具合だ。夫から来た離婚調停の申し立て書には、何故離婚したいのか？というところに、「性格の不一致」と「暴力」にチェックが入っていた。は？暴力？って別居のきっかけとなった夫婦喧嘩で私が投げた手鏡が夫に当たり、それを暴力と言っているらしい。１８年間結婚してたけど今の今まで私が夫に手をあげたことなんて1回もなく、何なら夫からの暴力の方が過去何回もあったのに。なのにここにきてよく「暴力」にチェックを入れられたもんだ。と呆れる。ようは、性格の不一致しか私に非が無いからだと容易に推測出来た。夫が私から常日頃から暴力を受けていたわけが無いし、そんな証明も出来るわけないのに、よくここにチェックをつけたなと思う。ま、証明なんてできっこないんだから、言わせとけ。と、こちらの弁護士と笑っていた。なんなら私には数年前に夫から受けた暴力の青あざ写真や、夫が暴れ狂って壊した壁の写真などもあるので、裁判になったら出しましょうという事になった。弁護士もさすがに笑っていた。「旦那さん、自分がしたことの方がひどいのに、よくここにチェック入れましたよね。」と。それ以外に性格の不一致しかないのに、離婚出来ると思ってるんですかね。とも言っていた。本当だ。そんなんで離婚が成立したら、世の中離婚だらけになってしまう。そうならないように、国はそんな簡単には離婚が出来ないようになっているし、弱者を守ってくれる法律もあるらしい。「結婚をなめんじゃねえ！」である。</p><p>そして、作戦会議で弁護士が言っていたのは、調停で何が大事かというと「調停員の心象を悪くしない事」なんですよ。との事だった。調停員とて人なので、話し合いの場を壊してきたり、暴言を吐いたりなどすると、どうしても調停員はそういう人の意見は聞きたくなくなるものなんですよね。との事だった。それはそうであろう。だから、向こうがいくら喧嘩腰に調停を起こして来たからといって、こちらも受けて立つぞと言わんばかりの態度で臨んでしまうと、調停の場が「非難の応酬」になってしまい、何の解決にもならないというのだ。確かに。そういう夫婦がごまんといるらしかった。</p><p>であれば、こちらの最終的な落とし所みたいなものを明確にし、いくら向こうが喧嘩腰で来たり、嘘（暴力を受けたとか？）を並べてきたとしても、感情的にならず、「最終的な勝利の為」に、こちらは頭脳戦で行きましょう。と言ってくれた。こういうところも、この人にして良かったなと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、第一回目の調停に向けて、こちら側の意見を弁護士とすり合わせることになった。</p><p>私としては、当初、離婚調停を起こされた事に腹は立っていたけど、実際問題色んな事が頭をよぎり、すぐに離婚をする勇気は無かったし、子供たちもパパには帰って来て欲しいと言っていたので、「離婚には応じない」「離婚を突き付けられるような非はこちらには無い」というのを全面に押し出していくということになった。この１８年間私はずっと夫に尽くして来たし、一緒に家庭を築いてきた。今回の事は普通の一般的な夫婦喧嘩であり、修復は可能であると考えている。謝るべきことが私にあるのであれば、謝るので、もう一回やり直したいと思っている。まずはそのように進める事となった。夫側に女の影があること、その証拠のようなものはまだ出さない方が良いということだった。</p><p>ひょんな事で起きた夫婦喧嘩が大きくなってしまい、振り上げた手を降ろせなくなった夫と、離婚する気なんて全くない妻。という状況で調停に臨むことになった。</p><p>&nbsp;</p><p>じゃあ、本心は？と聞かれれば、私もほとほと夫の暴挙には疲れ果てていたし、愛情というものは消えかけていた。なので、子供たちと3人で暮らしていけるだけのお金を、毎月きちんと、必ずくれるというなら、離婚しても良いと思っていた。私だってたくさん我慢してきたのに、向こうから離婚を突き付けられた事に頭に来ていたし、こっちだって願い下げだよ！はい、離婚しましょ！って言ってやりたかった。だけど、そこが肝なのである。そこで感情的になって良い事なんて一つもない。</p><p>自分に女が出来て、家庭では狭苦しくなり、自分の好きな事をやって生活していきたくなっただけでしょ。そんな人の離婚の申し立てに、1回や2回の調停で簡単に離婚に応じてしまったら、夫の思うツボだ。だから、こちらとしては、このまま私が離婚に応じず、離婚調停が不成立になって、相手が離婚裁判を起こして来たとしても、結婚年数も１８年と長期間であるし、私に非が無い上に、私の持つ小さいけどたくさんある不倫の証拠を突き付ければ、夫側が負けるのは目に見えていた。そうなれば、夫はあと５年は離婚が出来ず、婚姻生活分担費用（婚費こんぴ）を3人分払い続ける事になる。</p><p>そうなれば、夫は別居はしているけど、妻帯者であり、新しい女との結婚は出来ないし、戸籍も妻帯者のままになる。勿論財産分与も行われないし、別居して、生活費を3人分（離婚したら養育費2人で済むが、別居の場合は私の分も夫は払う義務がある）の婚費を払い続けるのは、夫は絶対に嫌なはずであった。</p><p>だから、出来る限りこちらは離婚には応じない体で、夫をじらし続け、こちらが考える一番良い条件で首を縦に振らせるのを目標とした。その結果、調停は1年間も続くことになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12795201755.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Mar 2023 17:02:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>3人目の弁護士、この人に決めた。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>弁護士には企業弁護士と町弁が居ると聞いた。町弁はその名の通り、小規模な事務所に所属しており、おもに地域内の案件を扱う<em>弁護士</em>を意味するらしい。調停申し立て書に書いてあった夫の弁護士名をネットで検索してみた。恐らく企業弁護士であろうことが推察出来た。まず町弁ではない。夫の弁護士と戦える人を探すのも重要であったが、私はもう疲れ切っていたし、まずは自分の気持ちを分かってくれる、否定しない、何より私に寄り添ってくれる弁護士を探していた。いよいよ時間もないので、早く決めないといけない。ある日弁護士検索をしていると、1人の弁護士に目が止まった。普通、弁護士ドットコムなどに載っている弁護士は、自分の写真や経歴などを載せ、りりしく、勇ましい感じの写真が多いのだが、私の目に止まったその人は、写真ではなく優しいタッチで描かれた似顔絵イラストの顔になっていたのだ。ほっこりする。が、実際の写真ではないので、イメージと全然違う可能性はある。</p><p>でも、その紹介サイトには、「離婚カウンセラーの資格あり」とも書かれていたし、事務所内に子供が遊ぶキッズスペースも設置されている写真が載っていた。きっと小さい子連れのママが、それこそ離婚相談に来た時に子供をそこで遊ばせるための場所かなと思った。なんか色んな意味で優しさを感じた。この人に会って相談してみよう。その人に面会の予約を取り、後日会いに行った。</p><p>&nbsp;</p><p>事務所から出て来たその人は、イラストにそっくりだった。温かみのある、優しい雰囲気。そして事務所内にはやはりキッズスペースももちろんあった。どうぞ座ってください。対面で席に着き、これまでの経緯をざっと話した。すると、「それはひどいですね。」「旦那さん、こんな言い方はあれですけど、ちょっと調子に乗ってますね。」「どんな小さい事でも、持っていきようでいくらでも証拠に出来ますから！」などなど、これまでの2人の弁護士とは違って、とにかくこちらの話をよく聞いてくれる。女性は基本話を聞いてもらいたい生き物だというが、まさに私は聞いて欲しかった。今回この弁護士（Ｃ弁護士とする）は話を遮る事もなく、時折笑顔もありながら、ずっと私の話を聞いてくれた。若干頼りない雰囲気ではあったが、寄り添ってくれ度は１００点満点であった。Ｃ弁護士が少し席を外した際、同席していた父に言った。「私、この人にしようかな」と。父は「ジャスミンが一番話しやすかった人で良いんじゃない」そんなやり取りをして、結局私はこのＣ弁護士と契約する事になった。</p><p>&nbsp;</p><p>家庭裁判所へ提出しないといけない調停調書もＣ弁護士が全て記載してくれるという。ありがたい。</p><p>優しい笑顔で、「一緒に頑張りましょう」と言ってくれた。</p><p>その後、調停が１年以上終われないこと。結果、全て終わるまでに計７回も調停に行かなければならなくなるなんて、</p><p>夢にも思っていなかった。</p><p>弁護士は決まったけれど、調停日が近づくにつれ、いよいよ本当の戦いが始まるんだと思った。</p><p>乳癌を患ってるだけでもしんどいのに、そこに調停も入って来るんだな・・・と。</p><p>ある日子供たちの夕飯を作りながら、これから先どうなっちゃうんだろうと、不安しかない私がいた。</p><p>でも、子供たちにはしんどい顔は出来ない。絶対に子供たちにとって一番良い結果を出してあげたかった。</p><p>泣き言なんて言ってられない。戦うしかない。しかも絶対に私が納得出来るまで、離婚なんかしてやるもんか。</p><p>そう固く心に誓った。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12794459980.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Mar 2023 17:56:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2人目の弁護士</title>
<description>
<![CDATA[ <p>初回に会った女性弁護士の「お見積書」を、父と一緒に眺めていた。</p><p>「高いんだね・・・弁護士費用って。」2人でぼーっと話している。横には家庭裁判所から届いた茶封筒がある。弁護士を頼まないのだとしたら、この中に入っている調停調書を自分で記入して提出するのだという。でも、夫に弁護士がついている以上、こちらにも弁護士をつけないと、いつ何時不利な状態に陥るか分からないから、やはり弁護士は探さないといけなかった。</p><p>数日のうちに、弁護士ドットコムや、地元の弁護士事務所をいくつか探した。女性弁護士はやはり遠くて、少し相談したい場合でも簡単にはいけない。やはり私は会って話が出来る人にしたかった。</p><p>そして、2人目の弁護士を見つけた。優秀な大学を出ている人で、割と同じ市内でも高級住宅地に事務所を構えている男性弁護士だった。見た目はとても若い。面会の予約をして、今度は父と行った。</p><p>その男性弁護士（Ｂ弁護士とする）は、こんこんこんこん咳をしていた。コロナ禍真っ只中である。</p><p>「いやー2週間前にコロナになりましてね。やっと昨日から復帰したんですよー」という。ここで息をもうこれ以上吸いたくない。私と父は同じ思いだったであろう。いくら優秀な弁護士だとしても、今ここでコロナを移されたら、色んな事が滞る。が、せっかく来たのでお話をすることに。かくかくしかじかだったんです。と事の経緯を話すと、そのＢ弁護士はとんでもない回答をしてきた。</p><p>「あのですね、裁判っていうのは、強いものが勝つんですよ。弱いものは負けるんです。強いものって何だと思いますか？証拠です。強い証拠をどれだけたくさん持ってるかで決まるんですよ。強い者が勝つ。そう決まってるんです。こんこんこん・・・」私と父はもう何も話す気にはならなかった。</p><p>次を探そう。早めに。そして、ちゃんとこちらに寄り添ってくれる弁護士が良い。見つかるのかな・・・心配は増える一方だった。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12793850702.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2023 18:27:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>離婚弁護士の選定</title>
<description>
<![CDATA[ <p>離婚に強い弁護士を探さないといけない。</p><p>まず私が何をしたかというと、市がやっている離婚相談窓口のような所に行ってみた。ここは、男女平等なんちゃらみたいなやつで、よく市の広報新聞とかに載っているあれである。朝１０時に予約をして、町のスーパーの３階に設けられた場所に行った。そこには初老の女性が鎮座していて、私のこれまでの経緯を話す事になった。私は心身ともに疲弊していたが、何とかその人にアドバイスを頂きたく、全てお話した。女性は大層親身に聞いてくれた。ひどいわね・・と。それで本題である弁護士の選定について少し聞いてみた。すると、女性は「弁護士というのは、選び方によっては本当にひどい仕打ちに遭うから気を付けないといけない。こちらが女性だからといって、とてもひどいやり方をしてくる弁護士も中にはいる。だから、絶対によく調べて、本当に信頼出来る人を探さないと駄目よ。」と教えてくれた。そうなんだ・・・弁護士なんて今まで一回も話したことないしな・・・。</p><p>すると女性は「私が長年付き合いをしていて、本当に出来る女性弁護士さんがいるけど、良かったら紹介するわ。少し遠いのだけど（そこから１時間ぐらいかかるところ）。」といって、その女性弁護士の名前を教えてくれた。その時点で12時、外は大雨が降っていた。</p><p>私は帰宅しようと車に向かったのだが、待てよ、今日は1日仕事が休みだ。調停日は待ってくれない、この女性弁護士に会いに行ってみよう。そう思い、すぐに電話をかけてみた。すると、14時なら会えるという。ちょうど良いかもしれない。今から向かうと伝え、私はその女性弁護士の元へ向かう事にした。</p><p>着いた事務所はシンプルなマンションの一室であった。出迎えてくれた人は、大人しそうで、でも芯の強そうな女性であった。弁護士という職業の人に私が初めて会った瞬間である。</p><p>小さいテーブルと向い合せに椅子が2脚。どうぞと言われ、椅子に座る。弁護士って、時間制でお金取るんだよね・・時間どれくらいかかるんだろうという当初の心配をよそに、これまでの経緯を話し始めると1時間はすぐに経っていた。1日に同じような経緯を午前と午後で2回話すと、中々疲れる。</p><p>話し終わった私に女性弁護士は言った。「で、（浮気の）証拠はあるんですか？」と。散々話をした後に、証拠は？と聞かれて、私はうなってしまった。メールのやり取り、しかも大した内容じゃないものだ。待ち合わせがホテルのロビーにして待ち合わせしていたり、今日はご馳走様でした、また明日ね。みたいな普通の友達でも通用する内容のメール。でも、私は夫の妻として、長年夫と付き合ってきて、夫が一線を超えた女性にしか送らないような文面というのが分かるのだ。また、ホテルの最上階のバーに行く約束を交わしている二人のメール、どこの大人の男女がホテルのバーで飲んだ後に何もなくバイバイするのか。途中、お部屋でくつろぎタイムは必ずあるし、何なら2人で泊まるはず。でも、それらを全て見せても、女性弁護士は「これは証拠にはなりませんね」と無表情で私に言い放った。ホテルのロビーで待ち合わせをしただけということもあるし、バーに行ったという証拠もなければ、そのあとお部屋に行ったという証拠もないですよね。それでは難しいですね。と。。。</p><p>無残にも砕け散った瞬間だった。そして、それまでに何故か財産の話を聞かれていた。家は？預貯金は？など。それを紙に書いていく。多分財産があるのか、無いのか。弁護士としての報酬が得られる人なのかを見定めていたのだろう。弁護士にかかる費用なんて何一つ知らなかった私は、まず手付金３３万円に驚き、そのあと、もし不倫が証明できなかった場合の離婚となった場合には、先程書き留めていた我が家の総資産額（仮２０００万とする）だとしたら、それが真っ二つになり、その半分の１０００万の１１％を報酬として弁護士に支払わないといけないらしい。つまり１１０万円。</p><p>総資産には子供の学資保険や夫の死亡保険金解約金やら、車を売却した場合の想定額やらも入っていた。そして驚愕したのは、もしこのままあなたが今の一軒家に住み、車も持ち続けるのであれば、資産はあなたが得るのですから、現金の預貯金を５００万以上旦那さんに渡す必要が出てきますね。と言ってきた。え・・・勝手に出て行って、残された私と子供が今の家に住み、持ってる車を乗るとなると、私が夫に５００万以上払わないといけない上に、弁護士には１１０万は別途支払う必要があるという。それっておかしくない？？？でも。証拠が無いのだから仕方ないんですよ。財産分与は基本折半です、折半。というのがその人の意見であった。そして、夕方に差し掛かって来た夕暮れの窓を見て、私ははっと思った。何時間話したんだっけ？いくら取られるんだろう？？？不安げな私を見て、女性弁護士は言った。「今日は初回なんで５５００円だけにしてあげますよ＾＾」優しいのやらなんなのやらわからなくなっていた。これが私が初めて出会った弁護士という職業の人であった。</p><p>この人を含め、計３人の弁護士と面会をして、私が最終的に決めたのは３番目の男性弁護士だった。</p><p>次回、２，３番目の弁護士の選定を書きます。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12793848346.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2023 18:10:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>離婚調停申し立て書が届く</title>
<description>
<![CDATA[ <p>２０２１年8月上旬に夫が出て行き、中旬に再建の手術をして、9月上旬に退院した私は、9月中旬まで休養として仕事を休ませてもらっていた。その間、今後どうしていけばよいのか、色々考える時間があった。これまでは夫の給料は全て私が管理していたし、夫にはお小遣いを渡すだけだったが、今後そのやり取りが簡単には出来ない。夫が給料振込口座を変えてしまったら終わりである。</p><p>いくら別居が始まったとはいえ、お金のことなど何一つ話し合えていない。何なら嫌なことから逃げ出して、女との楽しい事だけを考えたくて、突然出て行ったのだから、こちとてやるかたなしである。ひとまず救いだったのは、夫がこれまでと同じお小遣いの額しか、口座からは引き出さない事。長年生活費の管理をしてきた私が作る、1ヵ月の収支計画をラインで送り「使い込まないで」的な圧をかけ、夫はひとまずそれは従ってくれていた。勿論既読スルー。既読スルーも本当に腹が立ったし、精神的ストレスは半端じゃなかった。このままこんな別居生活が続くと思うと、頭がおかしくなりそうだった。一緒に住んでいない夫の口座を私が操作するのも、後から訴えられたりしないかなど、心配は絶えなかった。が、父に相談すると、「勝手に家出をしているだけかもしれないし、もしかしたら戻って来るかもしれないし、そう考えたら別に夫婦である事に何ら変わりはないのだから、これまでと全く同じようにして、夫の口座を私が操作するのは現時点では全く問題ない。」といわれた。そうはいっても、いつ何時、プールしてあるお金を夫が引き出してしまうかもわからない。何せこれまで一回たりとも家計管理なんてしたことが無い夫だ。家を出て自由になった今、遊ぶお金も必要になるのは目に見えていた。だから私は不安でしょうがなかった。息子の私立校の学費が落ちる月は４０万ほど引き落とし日前にプールさせるが、たまたまそれを見た夫が引き出しかねない。</p><p>だから、既読スルーされるのは分かっていながらも、「今口座にあるお金は息子の学費なので手をつけないでください」などとメールをしないといけない。それに従ってくれるかもわからない中での一方的なメール送信程、精神的に堪える物はない。「へん、知ったこっちゃねーよ」と引き出してしまうような、最低最悪な男になっている可能性だって十分にある。だって出て行ったくらいだから。</p><p>そんな小さなストレスを山のように抱えたある日、仕事から帰宅してポストを見ると茶封筒が入っていた。差出人は家庭裁判所だった。離婚調停の申し立て書であった。分厚い封筒を開封すると、夫が弁護士を雇い、弁護士が介入して離婚調停を申し立てて来た書類が入っていた。ついに宣戦布告か。第一回調停日は11月16日だった。あと一か月以上ある。向こうに弁護士がついているのなら、こちらも弁護士を雇わなければならない。弁護士の探し方なんてどうしたらいいの？調停前に、弁護士選定の日々が始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12793774240.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2023 08:48:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夫の言い分、そしてこれから</title>
<description>
<![CDATA[ <p>結婚して１８年、私は食品メーカーで正社員として勤務し、夫は給料をほぼもらえない自営業の手伝いで数年を過ごし、貧乏でも笑顔を絶やさず2人で協力して色々と乗り越えてきた結婚生活。</p><p>そこから夫はサラリーマンへ転職が出来、決まった収入が定期的に振り込まれるだけで嬉しいねと夕飯を食べる。とにかく食にうるさい夫だったから、私は料理を頑張った。とにかく夫の事が大好きだったし、夫を喜ばせたい一心で、正社員で帰宅した後も、料理本を片手に、珍しい料理に挑戦したり、サプライズで夫が好きな焼酎を帰宅時、歩きなのに一升瓶で買って帰って来てあげたりもした。</p><p>毎日食卓には、サラダ、副菜、肉料理、魚料理、つまみ的なもの（キムチや冷ややっこ）を並べた。子供たちも今となって良く言う。「パパがいた時の家の夕食ってすごかったよね。」と。ごめん、今は手抜きなんじゃなくて、普通に戻っただけだよ。それくらい私は夫の為に頑張っていた。そして、</p><p>夫がサラリーマンでどんどん昇格していくのを、自分の事のように喜んでいた。それが・・・。</p><p>男ってお金を持つようになると変わるんだよね。誰かに言われた。そうなんだね。よく、お笑い芸人でも、貧乏で苦しかった時に結婚した奥さんを、売れてお金持ちになったとたんに捨てる奴いる。</p><p>夫はそんなお笑い芸人みたいな奴だったのか。</p><p>話を戻して、夫が児童相談員に話した家を出た理由はこうだった。「ジャスミンは僕の親族をないがしろにするんです。」だった。・・・・それだけ？児童相談員もしばし沈黙した。「そ、それって奥さんが○○（夫）さんの家族を受け入れないって事？」「はい、一度は縁を切って欲しいとまで言われました。もう自分は我慢する生活は嫌だし、そういうのが原因で喧嘩になり、子供たちの前で大声で喧嘩を見せるくらいなら、自分はもう一緒に住まない方が良いと思って家を出たんです。全ては子供たちの為なんです。」と。「・・・それだけですか。」誰しもがそう思ったはず。嫁姑や義理の家と不仲な夫婦は世の中吐いて捨てるほどいる。その何割の人がそれが理由で家を出るのか。</p><p>聞き終わった私は思った。逆に言うと、夫が家を出た理由は「自分の親族をないがしろにしたことしかない」ということか。それが別居、更には離婚の原因になんてなるとは思えない。私が考えていたのは「夜の生活が約１０年ほど無いこと」を言われるのかと思っていた。そう、我が家はレス夫婦を長年続けていた。最後に私が拒否したのが原因かと思っていたので、親族をないがしろに・・は、正直びっくりした。まあ、ないがしろにせざるを得ない理由もあったんですけどね。冒頭に書いたように、夫が最初自営業を手伝っていた時、夫を含め兄、弟の3人の兄弟も自営業を手伝っていた。</p><p>町の小さなバイク屋だ。１８～２１歳の働き盛りの若い男の子3人が、家業を手伝って、1人いくら貰えるというのか。経理というよりレジ係といった方が良いくらいの、金庫番が義理母だった。</p><p>ずさんなお金管理。義理父は義理母の親戚や友人、町金融から数百万の借金があったのを、ずっと秘密にしていた。でも、私から言わせると、義理母は何故気づけなかったんだろう。全然売り上げが無いのは分かっているのに、毎日刺身を買ってきてはお酒をたらふく飲み、たまに家族や友人を引き連れて居酒屋に行くのが好きだった義理父。勿論会計は義理父持ちだ。私も何回か連れて行ってもらったことがあった。ようは見栄っ張りで、実はお金は無かったんだ。義理父は埼玉から養子に出されて来たという話を聞いた事があった。養子に出された経緯は知らないが、自分の子供を養子に出してしまうような状況、もしくは環境であったことは間違いない。その時は結婚前で私は夫の事が大好きだったから何も考えなかった。お金は無くても愛があれば大丈夫だと真剣に思っていたし、私の親が止めるなら駆け落ちだってしてやるくらいの気持ちでいた。でも・・・。実際は、義理父は払えないくらいの借金にまみれていた。借金を借金で補う自転車操業。それに気づかないで一緒に生活していた義理母。ろくな教育をうけさせず、３人が3人県でも最低ラインの高校になんとか行ったという現実。面白くて優しい人達ではあったけど、大卒の両親、兄弟も大卒でサラリーマン家庭の我が家とは、生きて来た環境が最初から違っていたのかもしれない。決して自営業が悪いのではなく、問題（借金）が起きている事に家族で話し合ったり、相談したりせずに、嫌な物には蓋をして、見たくない物を見ないで、毎日楽しい事だけに目を向ける家族の在り方に問題があると私は気づいてしまった。夫に言った事があった。「あなたの家は、何故向き合ってきちんと話をしないの？」と。経営がうまくいっていないなら、どうしていったら良いかと家族で話し合わなきゃじゃない。売上が無いなら売上を作る為にはどうしたらよいかを、みんなで知恵を出し合わなきゃじゃない。なのに、何故目を背けて、毎日家でどんちゃん騒ぎをして終わりなの？息子3人が家庭を持っても、給料を渡せていない義理父（社長）を疑うしかなかった。そして、事件は起きた。ある朝、夫の携帯に義理母から電話が来た。「お父さんの借金が何千万に膨れ上がっていたのを知らず、銀行から自宅を差し押さえられる。どうしましょう。」といった内容の電話だった。当時我が家には既に長男が生まれていたし、私の貯金を頭金にして、マンションも購入してしまっていたので、その借金の火の粉がこちらに飛んで来るのは絶対に無理だった。夫はこの電話の数カ月前に、私からの切なるお願いで家業を辞め、サラリーマンに転職し、そこで働き始めた所だった。兄と弟はまだ実家で働いているような状況であった。義理父の自転車操業が破綻したのだった。払えなくなった義理父がどうしたかというと。逃げた。雲隠れしてしまった。残された義理母と兄、弟は途方に暮れ、借金返済が出来ない為、実家を失い、借金の肩代わりもさせられることになった。義理父に対しての憎悪が膨らむと同時に、それを野放しにしていた義理母の神経も疑った。そして夫を攻め立てた。「結婚する前に、借金がある事なんて聞いてないし、給料だってろくにもらえてなかったし、マンションだって私の名義で買った。あなたの両親はどうなってるの？あなたの家族はどうなってるの？！！！」そこから私の義理両親への不信感は募る一方で、嫌悪感にまで至っていた。夫が言う、自分の親族をないがしろにされた。というのがこれから始まる借金劇での義理家族の行いの事だとしたら、ないがしろにされたのはむしろ私の方だと言い返したい。というか、こんな家族で育った夫は果たして今後大丈夫なのか・・・。そう思った事もあったが、夫だけは違う。夫だけは私と子供を考えて、真面目にサラリーマンになってくれたじゃない。きっと大丈夫。そう信じていた。</p><p>でも。今現在の状況を経験し、過去の私に言いたい。流れている血は義理父の物だよと。</p><p>見栄っ張りで、お金が無いのにある様に見せる、自分の事しか考えず、家族を簡単に捨てて出ていける男の血が、夫にも流れているんだよ。と。そして今、借金は無いとはいえ、夫は義理父と同じように、夫婦問題に向き合わず、目を背け、話し合いを拒否し、嫌な事から逃げ、外に女を作り、家族を捨て、出て行った。全く同じ血が流れているということが良く分かった。血は争えないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12793771539.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Mar 2023 08:27:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>児童相談所の介入、訪問</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私が入院前に警察に届けた夫の過去のＤＶ写真を見た時、警察に「申し訳ないんですが、子供の前での夫婦の暴力のある喧嘩は、面前暴力といって、児童虐待に値しますので、我々警察は事の大きさに関わらず、児童相談所へ通報する義務があるんです。なので数日後に児童相談所の職員がご連絡をさせて頂きますので、ご理解ください。」言われていたのだった。私は入院してしまうので、退院後に面会する事が決まっていた。が、夫と子供たち2人（夏休み中）は、私の入院期間中に児童相談所と面会予約が入っていた。自宅には私の母が寝泊まりしてくれていたので、対応をお願いした。</p><p>家を出たっきり一度も帰宅していない夫が、児童相談員との面会の為、一時帰宅する事になった。</p><p>面会日。父も心配でかけつけていた。父は夫が今どこに寝泊まりしているのかを聞きだすためであった。児童相談員は2人来て、夫、長男、長女の順番で1人ずつ話を聞くという形を取るらしかった。</p><p>内容は聞けない。夫の心の内を聞けるチャンスなのに。また、子供たちがどう思っているのか、第三者にどういう心の内を話すのか、とても気になったが、これは聞けないのか。仕方ない・・・。</p><p>児童相談員が帰ったと父から連絡が来た。夫は今は自分の母親の所にいると答え、急いでいるのでといってそそくさと出て行ったらしい。その時も、子供たちに元気か、などの声掛けは一切なかった。</p><p>子供たちへの愛情は無いのか。人間性を疑う。結局自分の事だけしか考えてない奴なんだ。</p><p>すると、母からメールが来た。何やらデータが添付されている。母から「携帯の録音機能ってちゃんと取れるのかわからなかったんだけど・・」といって、児童相談員が入って来る直前に、台所の隅に母の携帯の録音機能をオンにして置いておいたのだという。！！！！！！グッドジョブ！！！！！</p><p>その添付データには、夫から長女までの3人と、児童相談員とのやり取りが全て録音されていた。</p><p>私はベットの上で全て聞いた。夫が話した内容、調子のよい事ばかり言いやがって。自分の浮気は棚に上げ、出るわ出るわ、被害者意識。聞いていて怒りを通り越して、この人が夫だったんだと思い、情けなくなった。そして長男はとても妹を心配していた。「母は一生懸命仕事も家事もやってくれていて、病気の事があったからストレスも多かったんだと思います。父がもっと母の気持ちを理解してあげれば良いのにと思っています。妹が父の事を大好きなので、少し心配しています。」そういった内容だった。いつのまにこんなに成長したんだろう・・と涙目になった。娘は中2であったが、兄に比べるとまだ子供っぽく、「離婚はしてほしくない。出来ればまた4人で暮らしたい。寂しい。」みたいな内容だった。録音を聞き、子供たちに辛い思いをさせて本当にごめん・・・と申し訳ない気持ちで一杯になった。が、夫の言い分はよくわかった。であれば、こちらも作戦開始だ。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/jasmin0221/entry-12792860880.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Mar 2023 08:38:14 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
